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日本政治はどのような歴史をたどったのか? 現代政治の理解を深める
ニュースや新聞などで政治に関する話題が毎日取り上げられますが、みなさんはどれだけ理解しているでしょうか。有権者として、政治について自分で考えることは大切です。政治について考えるためには、基本知識だけでなく、現在に至るまでの歴史、特に戦後の政治史の流れを知ることが重要です。そこで今回は、政治の基礎知識から政治史まで学べる本をご紹介します。
現代日本政治入門
広い視野で日本政治を学ぶ入門テキスト
本書は、現代日本の政治が抱える問題についてわかりやすく解説されており、初学者には最適の一冊となっています。また、中央政府の政治と対比して、自治体という地方政府の歴史と制度実態が詳細に記されており、入門的な概説テキストとして活用できます。
まえがき
政治の変化は、じつに激しい。ここ三〇年ほどの日本政治をとりあげてみても、自由民主党の一党優位のもとで安定的に推移していたかにみえた体制は、一九九〇年代に入って流動化の度合いを加速した。一九九三年の自民党の下野、九四年の連立政権のもとでの自民党の政権復帰、二〇〇九年から一二年にかけての民主党政権、そして二○一二年からの自民・公明党による連立政権といった具合である。しかも、現在の安倍政権のもとでは、特定秘密保護法、集団的自衛権の行使を可能とする安全保障法制の制定、これらと密接に関係する立憲主義のありかたなどをめぐって多くの論争がおきているし、政権の政治指向にたいする世論はかつて以上に分裂状況にある。
政治なるものを抜きにして市民の生活は成り立たない。政治は良かれ悪しかれ市民の生活を左右する。政治の織り成す事象について関心をもち考察することが、これほど問われている時代もないのではなかろうか。
この本は、大学の専門課程で「日本の政治」を学ぶ学生だけではなく、選挙権年齢の一八歳への引き下げによって政治を考える機会が増えるであろう高校生、また政治の動きに関心をもち学習をかさねる市民を念頭に、入門的な概説書として書かれたものである。当然、民主主義政治体制のもとでは、政治にたいするアプローチは多様であってよいし、政治をみる眼もそれぞれの人間のよって立つ場により異なってくる。
この本はその意味で現代日本の政治についての一つの見解である。とはいえ、激動している日本政治の背景にあるものは、どのような価値観であり思想であるのか、日本政治の基本的枠組とその制度実態はどのようなものであるか、また、多くの論争を生んでいる政治の動きをどのように理解すればよいのか、に焦点を絞りつつ、入門的テキストとしてまとめてみた。そして、もうひとつこの本の特徴を記すならば、中央政府の政治とならんで自治体という地方政府の歴史と制度実態にページを割いたことである。中央政府の政治や行政と自治体のそれが、高度に融合関係にあるのはいうまでもない。けれども、そうした大きな枠組のなかで市民に身近な政府の政治が展開されている。中央政府の政治(国政)のみならず自治体の政治を考察することは、トータルに日本の政治を学ぶにあたって不可欠と思えるからである。
ところで、ここで本書の成り立ちについてふれておきたいと思う。一九八六年度から八九年度まで放送大学の専門科目として「日本の政治」がおかれた。放送大学の科目終了後の一九九〇年一〇月に、「日本の政治」を担当した阿部齊・川人貞史・新藤宗幸の共著として、印刷教材をアップ・トゥ・デイトした『概説 現代日本の政治』を、東京大学出版会から刊行した。さすがに二一世紀に入るとこの本はアウト・オブ・デイトとなり、改訂せねば読者に失礼となった。
こうして改訂が著者間で話し合われたのだが、著者の一人である川人貞史・東京大学教授は諸般の事情から作業にくわわるのが難しかった。そうこうしているうちに、共著者である阿部齊は、二〇〇四年三月に放送大学を定年退職し、わずかにできた時間の余裕を利用して懸案であった心臓手術をうけた。当初、術後の経過は順調にみえたのだが、その後急速に様態が悪化し、二〇〇四年九月、残念なことに逝去した。
それからすでに一○年余の時間が経過する。本書はこうした事情と時間の経過ゆえに、『概説 現代日本の政治』の改訂版としてではなく、この激動する時代を理解するために新たな現代日本政治の入門書として執筆したものである。ただし、日本の政治の動きをたえず批判的に考察し民主主義政治体制の充実を追究した阿部齊の遺志を受け継ぎ、『概説 現代日本の政治』において阿部齊が執筆した部分を基本的に生かし、新たな動きなどの修正をくわえ阿部齊との共著として刊行することにした。こうした新藤の意図をご理解いただき共著とすることをご快諾いただいた、阿部齊のパートナーであった中田京さんに感謝申し上げるしだいである。
一国の政治は、国内・国際環境の変化に絶えず影響をうけて動く。したがって、日本の政治はより一段と流動化の速度をはやめていくことも予測される。そこでは新たな政治体制を模索する動きもでてくるかもしれない。そして、学問的には大きな論争が展開されることにもなろう。とはいえ、将来おこりうる事態も、しょせん、過去、現在の政治の営みと無縁のものではない。したがって、どのような変化や論争が生まれるにせよ、本書で述べたことが意味を失うことはないであろう。本書が現代日本政治の洞察に寄与でき、民主政治の発展の一助となるならば幸いである。
本書は構成案の作成から編集にいたるまで、東京大学出版会編集部の斉藤美潮さんのひとかたならぬご努力にささえられている。斉藤美潮さんに心よりお礼を申しあげたいと思う。
二〇一五年一二月二五日
新藤宗幸
目次
まえがき
1 日本国憲法体制と政治の枠組
政治とは何だろうか
明治国家の前近代性
日本国憲法に集成された戦後民主改革
「民主化」政策に内在した限界
自民党一党優位体制の成立
連立政権の時代――大手を振るう新自由主義
新国家主義の台頭
政治の変容と岐路
2 「国権の最高機関」としての国会の機能
三権分立と優位する国会
二院制
国会に求められる機能
議院内閣制のもとの国会
国会審議期間
委員会中心主義の国会審議
不透明な議事手続き
議員の活動とスタッフ機関の体制
代表と公開
3 日本の立法過程
内閣と議員による法案提出
法案の審議手続きと成立
立法過程の特色と変化
内閣提出法案と官僚の役割
自民党政務調査会との協議・同意
連立政権の時代と立法機能
民主党政権と立法機能の行方
第二次・第三次安倍政権と立法機能
4 日本の官僚制
官僚制の多様なイメージ
ウェーバーの官僚制概念
日本における近代官僚制の形成
原理の転換と公務員
戦後近代化と官僚制
行政手続法と規制緩和
官僚制組織の特徴
公務員制度改革
5 政策と政策の形成・実施
政策の概念と実施手段
政策体系と政策実施
政策の準備と作成
戦略的政策——集団的自衛権の行使容認のケース
実施政策と官僚制
法案要項と政権与党
与党事前審査制の問題点
6 予算と政治・行政
予算の意義と機能
予算制度の概容
予算編成——基本的枠組
国債の累積と予算政治
7 行政改革
概念の多義性
第一次臨時行政調査会
その後の行政改革
「小さい政府」論の台頭
第二次臨時行政調査会
政治改革としての行政改革
連立政権の時代
行政改革会議による行政改革―――首相発議権
中央省庁体制の再編成
独立行政法人の設立
二〇〇一年改革以降
8 選挙制度
政治改革としての選挙制度改革
小選挙区比例代表並立型
参議院議員選挙
定数不均衡——衆議院
定数不均衡――参議院
選挙制度と代表性
9 マス・メディアの政治機能
マス・メディアと政治
新聞の日本的特質と変容
テレビと政治
マス・メディアと世論
権力としてのマス・メディア
10 地方自治の歴史と制度
近代国家と地方自治
明治地方制度の論理と構造
工業化と都市化の影響
戦後改革と地方自治
戦後改革の裏面と修正
高度成長期の地方自治
ポスト近代化時代の地方自治
11 地方政治の変遷
画一的な自治体政治・行政制度
追い付き型近代化のもとの地方政治
住民運動・市民運動と「革新」自治体の叢生
「革新」自治体の衰退と多党相乗り選挙
平成の市町村合併
人口減少時代の地方政治に問われるもの
12 地方議会と地方選挙
地方議会の意義と役割
「強い首長・弱い議会」の制度と実態
議会改革の動きと課題
議会の予算責任
ジェンダーバランスと代表性
著しい投票率の低下
13 地方分権改革
政治改革としての地方分権改革
地方分権推進委員会の設置と活動
二○○○年の第一次地方分権改革
「三位一体」改革の虚構
地方分権改革推進委員会と政権交代
自民党政権の復活と地方分権改革のゆくえ
14 日本の民主主義
日本における民主主義の起源
大正デモクラシー
戦後の民主主義
日本的特徴
「官僚政治」の伝統と民主主義
政治倫理と民主政治
「観客民主主義」と大衆迎合主義
参加民主主義と討議民主主義
15 日本の自由主義
日本における自由主義の起源
天皇制国家と自由主義
「私化」と自由
私的自由と自律的個人
経済的自由主義の追求
16 保守主義の政治
戦後政治における保守と革新
日本人の保守性
一九五五年体制と保守・革新
対抗軸なき政治と保守性の強まり
保守主義の政治と新自由主義の政治
17 平等化と平等主義
平等主義社会
日本における平等化
平等主義社会の政治
平等主義社会と差別
差別の解消
平等主義社会の教育
18 日本のナショナリズム
ナショナリズムの起源
明治国家のナショナリズム
超国家主義への移行
ナショナリズムの崩壊
日の丸・君が代・天皇制
国際化とナショナリズム
19 日本の政治課題
東日本大震災と原発事故
政治の責任と信託
「決められない政治」批判は妥当なのか
政治主導――政治と官僚の関係
立憲主義の原点に立つ
参考文献
現代日本の政治〔改訂版〕
現代日本の政治をゼロから学ぶ
本書は、放送大学のテキストであり、一般の有識者にも向けたテキストとなっています。現代日本の政治についての基本的な内容が整理されており、政治学の概念を学ぶことができます。初学者には最適な一冊となっており、新しい知識を取り入れることができます。
まえがき
この講義では,政治学の立場から現代日本の政治について解説する。現代日本の政治は,多くの人々にとって,新聞やテレビ,インターネットなどのメディアを通じて,関連する情報に触れる機会の多い現象である。日頃から見聞きすることが多く,親しみ深いともいえるが,逆に,よく聞く割にはわからないという人も少なくない。そこで,この講義では,現代日本の政治の多様な側面を順に検討することで,その全体像を把握することを目指している。
現代日本の政治について研究することは,単に新たな知識を身につけるというだけではない。現代日本に暮らすわれわれにとって,日本の政治は遠くから観察する研究対象ではなく,有権者として積極的に参加し,それをつくっていく対象でもある。そのため,この講義では現代日本の政治を分析するとともに,それにどう働きかけるのかという観点を加えている。
このように,政治について考えることは,政治をどうしたいのかという点と密接不可分である。しかし,好き嫌いをもとにした勝手な議論だけでは,政治のあり方を正確に理解することはできない。そこで,政治的立場の違いを認めつつ,何が共通了解となり得るかを探究するのが,政治学にとって欠かせない手順となる。この講義では,各自が自分の考えをまとめるために助けになる知識を提供し,考える道筋を示すことが重要だというアプローチをとるので,自分なりに政治について考えていくことが大切である。
また,この印刷教材では,分厚くなることを避けるために,さまざまな政治的な出来事を詳しく記述することは省いている。そのため,出来事の説明が簡単になっていたり,重要な役割を担った人物の説明が抜けていることも少なくない。ただ,現在では,さまざまな手段で,現代日本の政治に関する基礎的なデータを得やすくなっているので,疑問に思うことがあれば,他の書籍やウェブで調べてみてほしい。
放送教材においては,政治の臨場感を得たり問題意識を深めたりといったことを重視して,この印刷教材の各章で扱っている事柄をまんべんなく取り上げることは避け,重点を置いた項目に集中している。そのため,印刷教材だけしか扱っていない事項も少なくないし,場合によって放送教材だけに現れる話題もある。そこで,この印刷教材と放送教材の双方によって,理解を深めてほしい。
この講義の最終的な目的は,関連する諸科目の受講とあいまって,政治学の方法を習得するとともに,現代日本に生きる上で基礎的な教養としての政治に関する基本知識を身につけることにある。受講者の積極的な学習を期待したい。
なお,本版作成にあたっては,編集者の小峰紘一氏にたいへんお世話になった。記して感謝の意を示したい。
2018年10月
飯尾 潤
目次
まえがき
1 現代日本政治を見る視点
1. 「現代」をめぐって
2. 「日本」をめぐって
3. 「政治」をめぐって
2 議院内閣制の展開
1. 民主政と憲法秩序
2. 政治体制と制度
3. 社会と体制論
3 内閣と首相
1. 議会制としての議院内閣制
2. 政府・与党関係
3. 内閣の構成:日本における執政府
4. 首相主導と大統領制的首相論・官邸主導
4 政治と行政:中央省庁と官僚制
1. 政治と官僚制
2. 改革手段としての行政改革
3. 官僚制と社会
4. 官僚制の構造転換
5 国会と与野党関係
1. 国会の役割についての議論
2. 二院制の問題
3. 国会における基本的な審議のあり方
4. 国会と与野党の対応
6 政党システムと選挙制度
1. 政党システム
2. 五五年体制と一党優位政党制
3. 選挙制度と政党システム
4. 日本における選挙制度改革と政党システムの変化
5. 政権交代の可能性と政党システムの将来
7 政党組織と選挙運動
1. 政党と政党組織
2. 日本の政党
3. 日本の選挙と政党
8 社会集団の政治的役割
1. 利益集団と政治
2. 日本における集団政治の展開
3. 市民社会と運動
9 政治報道とメディアの変貌
1. 政治とメディア
2. 日本における政治報道の構造
3. 輿論と世論
4. 新しいメディアと政治情報
10 政党政治からの独立
1. 民主的統制と政治的中立
2. 天皇と皇室制度における超然性の確保
3. 司法権の独立性と裁判の政治的機能
4. 政治的中立が求められる行政機関など
11 地方政治:首長と議会
1. 日本における地方自治体の制度的特徴
2. 地方選挙と二元代表制の動態
3. 住民と地方自治体
12 中央・地方関係の展開
1. 中央・地方関係の位相
2. 地方分権改革
3. 地方自治単位の変更
13 外交・安全保障と政治指導
1. 外交と政治指導
2. 戦後日本の対外路線と国際環境
3. 内政と外交
14 経済・社会の変化と政治
1. 経済と政治
2. 戦後日本の政策的遺産と改革の困難
3. 現代日本の政策課題
15 市民と政治:政治的統合と政治参加
1. 政治参加の諸相
2. 政治的統合と自由
3. 政治と参加のきっかけ
索引
図解でわかる 14歳から知る日本戦後政治史
若者が学ぶべき日本政治史を読み解く
本書は、1941年から2018年までに起こった出来事について、時系列に沿って日米政権の相互の動きを表現しています。図解があるのでわかりやすく、過去を知りつつ現代日本の現状を知るためにベストであり、14歳から学ぶべき貴重な一冊となっています。
目次
はじめに
第1部 日本を改造せよ
❶アメリカ・イギリスは日米開戦前から戦勝後の世界を話し合っていた
❷マッカーサーは日本改造計画を持って焼け野原の東京に進駐してきた
❸天皇、マッカーサーと会談するそこで何が話され、実行されたのか
❹日本を統治する権限はすべてGHOに次々と改造指令が発せられた
❺理想主義的なGHQ草案に日本の議会が修正を加え、日本国憲法が誕生
❻刑務所から解放された人々と刑務所に送られ、追放された人々
第2部 東西冷戦に組み込まれた日本
❶朝鮮戦争が激変させたアメリカの世界戦略が日本の平和憲法との矛盾を生み出した
❷昭和のワンマン総裁吉田茂の光と影 サンフランシスコ講和条約と日米安保条約
❸吉田政権で始まった日本の対米従属その仕組みは砂川事件で完成した
❹反共の防波堤作りのために戦争を推進した人々が次々と復活
❺岸信介は脱占領体制を旗頭に保守派を束ねて自民党結成に導く
❻1960年、岸内閣は安保改定を強行 反対運動の渦が国会を包囲した
第3部 高度経済成長の光と影
❶今日よりも明日はもっと素晴らしい給料も倍になる、そんな時代があった
❷いまある普通の便利な暮らしその原型がこの時期に誕生した
❸すべては東京オリンピック開幕までに。道路、鉄道、街が変貌した
❹石炭から石油へのエネルギー革命その影で労使が対決した三池争議
❺経済成長まっただ中の日本は同時に公害列島でもあった
❻公害裁判で告発された企業 問われたのは「利益」が「生命」か
❼沖縄、日本に切り捨てられた島 その怒りの歴史を知る。
❽沖縄が日本に返還された! なのに米軍優位が変わらないわけ
第4部 変革を求めて激走した時代
❶同時多発文化発生都市「新宿」に若者たちが集った60~70年代
❷世界の若者が怒った1960年代日本の全共闘運動は何と闘ったのか
❸日本の60年代の新左翼運動は赤軍派の凄惨な暴力で自滅した
❹1960年代後半、混沌の中からいまにつながる若者文化が弾け出る
❺メッセージからファッションへ団塊の世代が担ったもの
❻佐藤内閣の密約反故のツケを精算して庶民派宰相、田中角栄登場
❼アメリカの虎の尾を踏み続ける角栄をロッキード事件が追い始める
❽戦後の歴代内閣を比べると脱・対米従属内閣は、なぜか短命
第5部 アメリカ経済に翻弄される日本
❶福田内閣から中曽根内閣まで対米従属派と独自路線派で揺れ続ける
❷経済絶好調の日本にプラザ合意1人負けのアメリカが貿易ルール変更を迫る
❸プラザ合意から円高、そして不況に日本政府・企業は回避努力するが
❹日本の銀行に溢れたお金は土地と株に注がれ、バブルが発生した
❺日本政府はバブル潰しを断行するが時遅く、その傷は深すぎた
❻日本の政治は大混戦続き その陰で日米金融戦争に敗北
第6部 露わになった戦後日本の矛盾
❶自民党をぶっ壊す!と小泉純一郎登場 小泉政権の「構造改革」は何を壊したのか
❷小泉政権が破壊したもうひとつのこと 歴代首相が阻止した自衛隊海外派遣
❸自分探しの若者たちがたどり着いたのは 「オウム真理教」という悪夢の惨劇
❹国民の圧倒的支持を得た民主党の改革 その政権が、なぜ無様に瓦解したのか
❺執拗に繰り返される小沢バッシング 内紛続く稚拙な民主党政権を国民は見放す
❻東日本を未曽有の災害が襲う 日本人はこの厄災をどう教訓とするのか
❼福島第一原発重大事故は人災 真実を隠す人々が被害を拡大させた
❽被爆国なのに、核兵器禁止条約を無視 原発事故があったのに、原発推進政策
❾親米右翼という奇妙な矛盾に支えられ安倍政権はどこへ向かうのか?
おわりに
参考文献
索引
はじめに
いまある日本の姿をつくった戦後史をその背後にあるアメリカとの関係を読み取りながらたどってみよう
日本の戦後史といえば、その起点を1945年8月15日の終戦とするのが通常でしょう。しかし本書では、1941年8月4日、大西洋上で、イギリスのチャーチル首相とアメリカのルーズベルト大統領が発表した大西洋憲章を始まりとしています。なぜなら日本の東条内閣がアメリカに宣戦布告する4カ月も前に、この二人は第二次世界大戦後の世界の仕組みを、すでに構想していたからです。しかも彼らは「連合国」が勝利することを前提にして、敵国の戦後処理を話し合っていました。
玉音放送が伝える敗戦に呆然とした日本の人々が、そのことを知るよしもありませんでした。しかし、日本人はその瞬間から、厳しく処遇されるべき敵国民として、連合国が構想した戦後世界の中に組み込まれていたのです。
日本人が語る戦後史には、ひとつの成功物語があります。軍部の暴走で誤った戦争に巻き込まれた日本人は、敗戦の焦土から立ち上がり、懸命の努力の結果、戦後の高度経済成長を成し遂げ、世界有数の先進国にまでになった。この物語は間違いでありません。しかしこれは、日本人が、そうであってほしいと願う物語でもあります。
ひとつの歴史をたどる時、忘れてはならない視点があります。歴史とは、常に相対的なものだということです。一国の歴史の動きには、常に他国という相手があり、その相手との相互作用によって、物事は変化していきます。
日本人が生きてきた戦後世界には、常に巨大な相手が存在していました。戦勝国の代表として6年間日本を問接統治したアメリカです。アメリカは大きな戦後世界構想を持って、日本を統治しました。このアメリカによる占領時代に、戦後日本の基礎となる憲法を始め、様々な政治・社会制度が改められました。現在、私たちが暮らす社会の枠組みは、この時につくられたのです。私たちのいまは、70年以上昔と地続きでつながっているのです。
もし、世界が70年前のままであれば、現在の日本が抱える問題は、もっと単純なものだったでしょう。しかし、世界は動き、その度にアメリカの世界戦略は変化し、それと連動して、日本に設定されたルールもその都度変更されました。時には180度転換することすらあったのです。ですから、先の日本人の戦後物語をアメリカの視点で見ると、他者が設定したルールに忠実に従い、その中で必死に努力する従順な人々の物語でもあるのです。
本書に展開されるのは、1945年の太平洋戦争終結から現在に至るまでの、70余年にわたる日本とアメリカの決して対等ではない「関係史」です。
この間、アメリカでは13人の大統領が政権を担いました。その一方、日本では実に33人の首相が交代しています。これは世界中のどの国を見ても例のない現象です。
本書では、この日米政権と、その時々の出来事を時系列に沿って図解し、そこに働いた相互の動きを表現しています。すると単純な形が見えてきます。アメリカのつくったルールから踏み出し、日本独自の政策を推進しようとした政権は、その都度スキャンダルに見舞われて短命政権で終わっていること。その反対に、アメリカのルールに率先して従い、日本社会の諸制度を変更した政権が、例外なく長期政権として存続していることです。
70余年一貫するこの現象を、さすがに「偶然」と強弁できる人はいないでしょう。そのように歴史を動かす相互作用が働いている、と考えるほうが合理的なのではないでしょうか。
現在、私たちの前には、例えば憲法改正問題、日米安全保障問題、沖縄の基地問題、原子力発電所問題など、多くの課題があり、様々な立場から議論がなされています。こうした問題を自分の頭で考えるためには、いま現在、目の前に見えているものだけではなく、日本の戦後の政治と社会を動かしてきた「相互作用」に目を向ける必要があります。つまり、戦後史全体を俯瞰して見つめることが重要なのです。
戦後日本は、どのような外因に動かされ、どのように歩んできたのか?その70余年の道のりを、これからたどっていきましょう。
日本政治の第一歩
日本政治の基本をおさえるテキスト
本書は、日本政治に関する比較的オーソドックスな教科書であり、構成もしっかりとしているため、政治学の入門書としても活用できる一冊となっています。また、概況の統計も示されているため、日本政治の現状をわかりやすく学ぶことができます。
はじめに
本書のねらい
世界の人々の考えを知るために行われる「世界価値観調査」(World Values Survey)という大規模な調査がある。1981年から世界100カ国ほどで,ほぼ共通の質問形式を用いて調査を実施している。この調査では,自国にとって好ましい政治形態についても尋ねている。直近の2010年調査において,民主的な政権を「非常に好ましい」政治形態と回答する者の割合は,日本では28.2%に過ぎない(「やや好ましい」43.8%,「やや好ましくない」8.1%,「好ましくない」2%,「わからない」17.9%)。この質問の調査結果が得られる59カ国中では下から10番目である(2018年3月現在)。しかも,その割合は1995年:37.9%→2000年:36%→2005年:31.2%→2010年:28.2%と単調に減少している。日本の調査結果を年齢層別にみると,30歳以上や50歳以上の層と比較して,29歳までの若年層では,この「非常に好ましい」という回答割合が低い。2010年の調査結果では18.2%に過ぎない。もちろん,母集団や回収率などが異なる調査の結果を単純に比較するには注意が必要である。そもそも,日本では「わからない」という回答が大きな割合を占めているが,この選択肢が存在しない(=回答者が「わからない」と答えられない)国々もある。こうした国々の調査結果と比べると,「わからない」が多い一方,「非常に好ましい」が少なくみえているだけかもしれない(安野2016)。ただし,「わからない」が多いこと自体,気になるところではある。
本書は,自国の民主主義に対する全幅の信頼が寄せられているといえるか,やや心許ない今日の日本にあって,新たに有権者となる人たちや有権者になったばかりの人たちを念頭に置き,日本政治を「有権者目線」で解説することに注力した。本書の各章は,有権者として,あるいはもっと広く主権者・市民として,私たちはどのように政治に関わることができるのかを,意識して書かれている。もし政治を私たちのものと感じられなければ,制度上は民主的に選ばれた政権であっても(国際的なNGOや学術調査の報告によると,日本は十全な自由民主主義の範疇に入る),心から支持することはできないであろう。
もちろん,本書は,学問として「日本政治」を初めて学ぶ人たちに必要不可欠なトピックを精選して,一冊の教科書に編み上げることをめざしている。その内容は厳密な意味での研究成果に基づいているし,各章の執筆者は衆目の一致する気鋭の研究者ばかりである。大学の教養レベルの授業で用いられることを想定しているが,18歳選挙権が実現した今日,プレ有権者教育の一環として高校などで用いられることも歓迎である。
本書の構成
本書は全12章から構成されている。まず,第1章「戦後日本の政治」は,第二次世界大戦後の日本政治の歩みを振り返っている。歴史的な視点から日本政治の概観を本書に与えることが目的である。適宜,本文の内容に関係する章を示すことにより,第1章の史実の記述と各章の政治学的な説明を相互に参照できるように工夫してある。第2章「政治参加」は,民主政治にとって本質的に重要ともいえる,私たちの政治参加を扱っている。有権者の投票行動や選挙の仕組みを中心に解説し,私たちがデモや陳情,組織を通じて政治参加する方法も紹介している。第3章「団体政治・自発的結社」は,団体や運動のような組織化された政治的な関わりを扱う。これも私たちが政治に参加するための重要なルートである。組織の目的や活動のタイプ,政治的な関与のあり方を議論する。第2章と第3章は私たちの役割に焦点を当てるのに対して,続く第4章から第7章では,政治家や政治制度の側に目を転じる。私たちがこれらをいかに使いこなすことができるのかということが,以下の各章をつらぬく,もう1つのテーマとなる。
第4章「政党と政治家」は,もっぱら選挙において有権者による選択の対象となる政治家や政党を扱う。政党の組織や理念,機能のみならず,女性の過少代表の問題や選挙制度改革の影響についても解説する。第5章「議院内閣制と首相」は,議院内閣制という仕組み,首相の権力を支える基盤を説明する。近年目立つ官邸主導についても政治学の観点から解説する。第6章「国会」は,国権の最高機関たる国会の機能と役割,立法過程を説明する。日本の議院内閣制の仕組みを踏まえつつ,政府と与党,与党と野党,それぞれの関係から国会を通じた民意の代表を読み解く。第7章「官僚・政官関係」は,民主的に決められたものごとを執行する官僚制を扱う。執行にとどまらず,政策づくりの段階にも関与する官僚制の重要性にふれつつ,民主的な統制の手段について検討する。第8章「メディア」は,政治とマスメディアのさまざまな関係,変容するメディア環境,有権者の政治参加を促進するツールとしての役割にもふれる。第9章「政策過程の全体像」では,どのように政策がつくられていくのか,有権者は選挙と選挙の間の政策づくりにどのようにかかわることができるのか,それぞれに注目して,第2章から第8章までの内容をまとめている。第10章「地方自治」は,文字どおり,地方自治を扱う。国から地方自治体への分権改革により,自治体の運営が重要となった。中央・地方関係のみならず,知事・市町村長と議会からなる二元代表制や,住民参加を説明する。
ここまでは,「誰がどのように政治的な決定にかかわるのか」という観点に重点を置いてきた。残る第11章「安心社会とケア」と第12章「共生社会とシティズンシップ」では見方を変え,21世紀に生きる私たちにとって,「何が重要な課題なのか」という観点から章を編んでいる。第11章は,超高齢社会における日本型福祉の限界に切り込んでいる。性別役割分業,雇用形態により区別される福祉の仕組み,少ない国庫負担,これらからなる日本型福祉が共働き世帯の増加や雇用の劣化によって,行き詰まりを迎えている。日本型福祉は政治の所産である以上,同様に政治の力でそれを変えることもできるはずである。第12章は,グローバル化社会において国民とはどのような存在である(べき)かを問い直している。そもそも誰が主権者になりうるのか。基本的人権の主体であった普遍的な市民概念は,国民国家の成立によって国民概念に統合されていったが,外国人居住者が増えているなか,あらためて主権者の外延が問われている。外国籍の住民の人権はどのように保障されるのだろうか。これから留学や海外出張の機会も多いだろう若い人たちにとっても,他人事ではすまないはずである。
本書の使い方
読者が日本政治の全体像を理解しやすいような順番で各章を配置しているが,興味のある章から読んでもらっても構わない。その章の内容について他の章でもふれていれば,文中で「第○章参照」のように示してある。適宜,照らし合わせながら読んでもらいたい。
各章の冒頭には,INTRODUCTION(以下,「導入」)とQUESTIONS(同「問い」)が掲げられている。「導入」には,その章の目的が示されている。各論を読み進んでいくうちに,初学者のみなさんは文章を追っていくだけで精一杯になってしまうことがあるかもしれない。そうしたときには,もう一度「導入」に目を通して,何のための議論であったのかを再確認してもらいたい。「問い」には,読者に考えてもらいたいことが示されている。極論すると,これらの「問い」に定まった答えはない。本文中では執筆者や先人たちの考えを示してはいるが,それが唯一の正解というわけではない。「問い」を材料に授業でディスカッションしてもよいだろうし,レポートの課題に転用してもらってもよい。
本文中には,ゴシック体で強調したキーワードが出てくる。本書を理解するうえで重要な言葉を指定してあるので,その意味を把握しながら読み進んでもらいたい。関連して,第1章「戦後日本の政治」には少し解説が必要な用語や歴史的出来事が頻出するので,それらを中心に用語説明をウェブサポートページ(後ほど説明)に掲載した。対象となる用語には「⇒WEB」マークを付けてあるので,ぜひ活用してもらいたい。そのほかには,適宜,Columnを掲載している。重要と考えられるトピックを取り上げて,より詳しく説明している。
章末の「読書案内」では,さらに勉強したい読者に向けて,執筆者から何冊かの本を推薦している。簡単な紹介文も付しているので,興味があれば,ぜひ手に取ってもらいたい。レポートなどの課題をこなさなければならないときにも,この「読書案内」が役に立つだろう。
ストゥディア・シリーズの特色として,ウェブサイトとの連携が挙げられる。本書では,紙幅の制約により,各章の引用・参考文献をウェブサイト上で示すことにした。章末にQRコードを掲載しているので,それを携帯電話・スマートフォンのカメラ機能で読み取ってもらいたい(すぐ下にもあるので試してほしい)。そうすると,ブラウザ画面上には有斐閣のウェブサポートページに掲載された引用・参考文献リストが表示されるはずである。書籍としてのコンパクトさと学術的な正確性の両立を期するためであり,ご不便をご海容願いたい。また,本書を教科書として用いてくださる先生方には,「先生用」のサポートページに映写用のスライド(MS PowerPoint形式)を提供する予定である。ダウンロードには登録などの手続きが必要であるが,積極的にご利用いただきたい。
本書は現在進行中の現象を取り扱っているので,時間の経過とともに,新たに付加すべき内容が生じてくるのは致し方ない。それらもウェブ上にコラム形式で提供することを計画している。
2018年5月30日
上神貴佳・三浦まり
引用・参考文献
安野智子(2016)「民主主義および政治制度に関する意識」池田謙一編『日本人の考え方 世界の人の考えた——世界価値観調査から見えるもの』勁草書房: 240-272
目次
はじめに
執筆者紹介
CHAPTER1 戦後の日本政治
1 戦後改革から55年体制の成立へ
日本国憲法の制定と社会民主主義の実験
冷戦の本格化と保守・革新の対立
55年体制の成立と定着
2 経済成長と自民党長期政権
高度経済成長と利益誘導政治の発展
ポスト高度経済成長と与野党伯仲
経済大国化と保守復
3 政治改革と日本政治の変容
55年体制の崩壊と政治改革
日本政治の構造的変化と政権交代
新たな岐路に立つ日本政治
CHAPTER2 政治参加
1 国政選挙と日本人の投票行動
国民主権と選挙
投票と選挙結果
2 投票参加と投票行動
投票参加
投票行動
3 現代日本の政治参加
選挙の実際
選挙制度
日本の選挙制度
投票外参加
Column❶ 1票の格差
CHAPTER3 団体政治・自発的結社
1 団体・結社とは何か
利益集団,利益団体,圧力団体,社会運動
さまざまな活動の型——ロビー活動,アドボカシー,サービス供給
組織化されやすい利益,されにくい利益——集合行為問題
2 現代日本政治における団体・結社の影響力
日本の特徴と歴史的経緯
団体の影響力①——多元主義モデルによる理解
団体の影響力②——コーポラティスト・モデルによる理解
3 民主政治における団体の重要性
CHAPTER4 政党と政治家
1 誰がどのような活動をしているのか
政治家とは——当選・再選に向けて
誰が政治家になるのか
2 政党の理念と組織,政党システム
政党の目的と機能
政党の理念
政党組織の変遷
3 選挙制度の影響
選挙制度と政党システム
選挙制度と政党組織
選挙制度改革は政党をどのように変えたのか
Column❷ 女性の過少代表
CHAPTER5 議院内閣制と首相
1 議院内閣制とは何か
議院内閣制と大統領制
日本の議院内閣制の特徴
対等な二院制,日本型分割政府
多数決型
民主主義とコンセンサス型民主主義
2 戦後日本の首相
55年体制下までの首相の条件
首相を支える公式の制度と組織
与党のリーダーとしての首相
3 21世紀日本の首相
小泉以降の首相——「官邸主導」「日本型分割政府」の登場
制度改革の効果
世論との緊張関係
首相を民主的に統制するためには
CHAPTER6 国会
1 国会の特徴
国会とは何か
議院内閣制
二院制
委員会中心主義
2 立法過程
法案審議の流れ
法案審議の特徴
3 国会の評価
国会は無能なのか
課題と展望
CHAPTER7 官僚・政官関係
1 官僚制とは何か
官僚とはどのような人たちなのか
官僚制と社会
行政組織と行政改革
2 戦後日本政治における政官関係
日本政治における官僚制の役割
官僚優位論と政党優位論
「官邸主導」と政官関係
3 官僚制と私たち
官僚制の民主的な統制
制度的・内在的統制
制度的・外在的統制
非制度的・外在的統制
CHAPTER8 メディア
1 政治的なコミュニケーションにおけるメディア
民主主義社会におけるメディアの役割
マスメディアの立場の違い
メディアの影響力
2 現代日本政治とマスメディア
メディアの報道体制
メディアの経営体制
政治権力とメディア
3 メディア環境の変化と政治への影響
批判されるマスメディア
ネットでつながる政治家と有権者
分断化する社会
Column❸ 世論調査
CHAPTER9 政策過程の全体
1 現代日本の政策過程
政策過程の概観
誰が決めているのか
予算のつくられ方
2 政策過程とは何か
多面的な顔を持つ政策過程
政策過程の政治性と偶然性
政策過程の多様性
3 政策過程と有権者
投票から政策過程へ
団体や運動への参加から政策過程へ
Column❹ 「利益の政治」と「アイディアの政治」
CHAPTER10 地方自治
1 なぜ地方自治が必要なのか
地方自治の意義と現実
中央と地方,自治体間の関係
自治体の財政
2 自治体の政策は誰がどのように決定しているか
自治体の政策決定と執行
首長の権限とその担い手
議会の権限とその担い手
3 住民はどのように関われるのか
住民の定義
住民参加の種類——制度的な参加
住民参加の種類——非制度的な参加
CHAPTER11 安心社会とケア
1 日本型福祉レジームの特徴
「小さい政府」の日本
働かざるもの食うべからず?
財政赤字とケアの赤字
2 日本の政党政治と福祉レジーム
労働者と経営者
戦後保守政治と福祉レジームの形成
福祉国家の見直しと消費税をめぐる政治
福祉国家の制度変更
3 ジェンダー視点からみた日本型福祉レジーム
性別役割分業とジェンダー平等
雇用条件の悪化と政治の変容
少子化問題と人口減少
未来の安心社会に向けて
CHAPTER12 共生社会とシティズンシップ
1 近代国民国家の誕生
外国人と<私たち>
近代国民国家と<私たち>
<私たち国民>の誕生
2 近代シティズンシップ論
シティズンシップの歴史へ
古典的な市民から,近代的な市民へ
両義的なシティズンシップ——国家からの自由か,国家による生活保障か
3 性の原理としてのシティズンシップ
諸権利を持つ権利としてのシティズンシップ
定住外国人の権利からみるシティズンシップ
マイノリティからみたシティズンシップ
事項索引
人名索引
新版 日本政治ガイドブック 民主主義入門
日本政治を概観できるガイドブックとして有効
本書は、日本政治を多様な視点から眺め、幅広く現代社会の理解にも役立つ一冊となっています。政治学の参考資料や図解がよく盛り込まれており、読者が容易に理解できる工夫がなされているほか、索引も多く、手引きとしても非常に優れています。
はじめに
21世紀の日本の政治は変化に富み、さまざまな方向への転換が行われてきましたが、有権者は多様で、仕事や遊びに専念する「政治的無関心」、政治を利益追求の手段だと割り切る「利益政治」、ともかく強そうなリーダーを支持する「ポピュリズム」、強権的な政治を批判する「リベラル派」などが併存します。
こうしたなかで政治学は、細分化された専門研究の傍らで、社会や学生にどのように語るべきなのか。「民主主義を支えるために、有権者は関心を持ち参加するべきだ」が本筋ですが、「政治は面白いよ」という案内もたいせつです。実際、「誰がどんな作戦で勝つのか」と観戦しても、「なぜ変化するのか」と知的に分析しても、政治は興味深いものがあります。また「保守が日本を強くする」との期待と「右傾化」「一方的改憲」への不安が聞かれる現状では、バランスよく賢く考えるための情報が望まれます。
おそらく政治学は、意外に現実の役に立つのでしょう。外国では「マスコミ記者や議員になるために有利」という話も聞きますが、それは政治が、人々を助ける政策から独裁や戦争までを含む世界であり、政治学がそうした現実を見つめ、適用可能な(中範囲の)理論や価値観を提供する学問だからでしょう。そうした視野の広さ、社会の現実への関心、観察、思考の技術は、(他の専門の勉強と併せれば)、社会のさまざまな仕事・活動で役立ちます。
日本を中心とする政治や民主主義についての教科書を、僭越ながら「ガイドブック」と名づけたのは、基礎知識の分かりやすい説明に加えて、そこから政治学研究の世界へと案内し、また複数の枠組みや視点、賛否両論を情報提供して、自分でも考えていただく趣旨からです。
また、副題の「民主主義入門」は、「民主主義イコール多数決」と単純化する風潮のなかで、政治制度、歴史、理論、選挙の実際、憲法原理などを学んで理解する方がよいという勧めです。
政治に関する情報を見ると、あくまでも一般論ですが、政治家や評論家の子によるものは経験にもとづき分かりやすくても、「一刀両断」に陥り、根拠しなる資料や文献も示さないことがあります。
この本は、政治学の研究成果や資料・データを参考にしながら、かつ明快に読みやすく書きました。
ここで重要なのは、政治を勉強するとき、知識を暗記し、裏話やトリビアを楽しむだけでは足りないということです。何といっても意見や利害が分かれ対立する(それが意味のある)世界ですから、複数の立場や論理を知り、ときどき疑い、どちらが妥当かを考え、論じる力が求められます。
そこで、「ガイドブック」を目指す本書は、そうした自学やディベイト、知的探求を進めやすいように、いくつかのしくみを設けました。
◎各章末で、テーマに関する基本的な文献やウェブサイトを紹介した。
◎参考文献は、本文でカッコ内にページ数まで案内した。読者は効率よく、自分で研究・確認するための情報源にアクセスできる。……カッコの文献のタイトル等は、法律文化社HPの教科書関連情報『新版 日本政治ガイドブック』文献リストを参照していただきたい。
◎問題を多面的に考え、またディベイトにも活用できるように、賛否両論など複数の主張を紹介し、さらに、それをまとめた【議論の整理】の表を、重要な問題について置いている。……まずこの【議論の整理】を眺め、表の空欄に自分の意見を書いてから、本文を読むという順序もある。
◎図表6-1の略年表で、近現代の政治や社会の有名な場面をリアルに「体験」できる映画を紹介しているので、鑑賞していただきたい。
この本の構成について説明します(詳しくは、Ⅰ~Ⅳ部の初めの解説を参照)。
第Ⅰ部「政治学入門」は、広い政治学の全体を10のテーマに整理し、それぞれキーワードを理解しながら学びます。「35ページで学べる政治学入門」ですが、各種の文献・ウェブサイト案内や注で、さらに深められます。
第Ⅱ部「日本政治の基礎知識」は、日本政治のしくみの中核、つまり国会、政党、選挙、内閣・行政、地方自治、さらに政治的な座標軸(対立軸)や理念を説明し、「100ページで読める日本政治入門」になっています。
Ⅲ部とⅣ部は、重要な政治的テーマを掘り下げます。第Ⅲ部「民主主義とポピュリズム」は、民主主義の多面性、その特定の面だけを利用するポピュリズム、そして現代日本の選挙・政党間競争の研究です。第Ⅳ部「憲法と統治機構をめぐる議論」は、ニュースでもよく取り上げられる、憲法「改正」、首相公選、国会議員定数減、参議院改革、道州制をめぐる論争を解説します。
教科書がふつう、制度やアクターを順に章として並べるのに対して、この本のⅠ、Ⅱ部とⅢ、Ⅳ部は、「基礎と発展」の関係です。つまり、Ⅰ、Ⅱ部で触れた重要問題のいくつかに、Ⅲ、Ⅳ部が再び光を当て考察を深める構造になっています。つぎの図のようなイメージになるでしょう。
目的や関心に応じて、いろいろな読み方ができます。
「初級コース」および「中級コース」については、図に示した通りです。
また、教養レベルの政治学入門としてはⅠ、Ⅲ部(関係する日本の事例についではⅡ部)が、専門レベルの日本政治論としては、Ⅱ部、Ⅳ部およびⅢ部7、8章が、それぞれ利用できます。
なお、論争的なテーマを扱う場合、一方の側に立つスタイルと、両論を併記するだけの「完全中立」スタイルがありますが、この本は中間を行きます。つまり、両論(と参考文献)を紹介するが、事実と論理から導き出された筆者の意見も述べ、深めるべき議論のポイントに触れています。
また、政治学の研究書としては、国際比較もしながら、日本政治における年点軸、自民党優位の復活(リベラル政党はなぜ弱いのか)、「市民」と「大衆」の政治意識、ポピュリズム(扇動政治)の定義と実証研究、扇動型住民投票、道州制の光と影、大阪都(大阪市廃止分割)構想、「一方的改憲」と「合意型改憲」などについて、比較的知られざる情報や新たな仮説を提示しようとしました。こうした—アメリカ政治学の理論に準拠しにくいためか—「日本で重要なのに実証研究が少ないテーマ」が、より研究されるきっかけになればと願います。
大学の教養科目(政治学入門、日本政治入門)の教科書、および専門科目(日本政治論など)の参考書として書きましたが、一般の方々、マスコミ関係者、さらに政治家の方々にも、読んでいただけるかもしれません。
この本が、単純化しても、神秘化しても、強者に委ねても、見捨ててもいけない日本政治や民主主義について、知識、複数の視点そして分析能力を身につけ、合理的な意見を持ち、投票・政治参加するための「ガイドブック」として多少とも役立てば、幸甚に存じます。
今回の新版発行に当たっては、全面的な改訂・追加を行いました。
・第Ⅰ部「政治学入門」を新設した。
・既存の各章も見直し、データや記述を更新した。
・とくに、7章(ポピュリズム)、8章(政党と選挙)、9章(改憲)については、2017年衆議院選挙までの現実政治の動向を反映させるなど、全面的に書き直した。
2017年秋
村上 弘
第2刷発行にあたって、8章末尾に2019年参議院選挙の概要を追加した。
2019年秋
目次
はじめに
参考文献の表示について
第Ⅰ部 部政治学入門——キーワードと考え方
まず見てみたいウェブサイト
政治・政治学を学ぶための事典・辞典
政治ニュースの調べ方
1. 政治、政治学
1. 政治とは何だろう
2. 政治、経済、文化のメカニズムはどう違うか
3. 政治、政治学は何に役立つか
2. 権力、影響力、権威
1. 権力または影響力
2. 誰が、なぜ影響力を持つのか
3. 権威のいくつかの源泉
3. 国家の必要性とリスク
1. 国家とは何か
2. 国家の機能と必要性
3. 20世紀の独裁政治の教訓
4. 国家の暴走を防ぐしくみ
4. 立憲主義、政府機構
1. 憲法と立憲主義
2. 立法、行政、司法
3. 地方自治
5. 政治参加、政党、有権者
1. 政治参加にはどんな条件が必要か
2. 政党、利益団体の役割と問題点
3. 人々の政治意識と棄権
4. ポピュリズム(扇動政治)
6. 民主主義、保守とリベラル
1. 政治体制の古典的な分類
2. 民主主義の宣言、拡大、崩壊事例
3. 民主主義の多面的な定義へ
4. 多元性のための対抗軸——政治の「右と左」、保守とリベラル
7. 公共性、政治的リーダーシップ
1. 公共性と「既得権」
2. 公共性とは国家の利益か、社会の利益か
3. 政治的統合とリーダーシップ
8. 国際関係、国際政治
1. 多面的な国際関係
2. 国際政治史から学ぶ
3. 国際政治の複数のモデル
4. グローバリゼーション
9. 戦争と平和
1. 戦争の原因
2. 戦争の種類
3. 戦争をどう防ぐか
10. 安全保障と軍事力
1. さまざまな安全保障
2. 憲法9条と自衛隊
3. 日米安全保障条約と自衛隊
第Ⅱ部 日本政治の基礎知識
1章 政府と国会
政府の役割——経済システムを補い修正する
国や政府が問題を起こすこともある——政府の両義性
立憲主義と国民主権
権力分立
最高機関としての国会
国会の権限
二院制と衆議院の優越
明治憲法(大日本帝国憲法)
日本国憲法
日本国憲法のもとでの政治の展開
意思決定——変化と合理性
2章 政党・選挙と政治参加
政党の定義、役割、分類
政党システム(政党制)
日本の政党システム
選挙制度の種類と長所・短所
衆議院選挙の並立制
18歳選挙権と政治学(主権者)教育
政治参加
投票行動はどのように決まるか
政治的無関心、棄権
無党派層と政党衰退論
棄権の政治的「効果」
デモ、内閣支持率、「日本会議」
市民社会と大衆社会
政治的情報の流れ
マスコミとインターネット
政府のマスコミへの関与利益团体
3章 内閣と行政
行政の活動と組織
内閣と議院内閣制
政府と行政の規模——赤字財政の原因は?
公務員・官僚の膨張、待遇への批判
行政の権力の源泉——官僚制の理論
行政の2つの仕事
政策の執行——行政の裁量をどう統制するか
政策の立案・決定——官僚優位から政治主導へ
首相・与党と官僚の関係
官邸主導
首相のリーダーシップ——2000年代
首相のリーダーシップ——2010年代
アクターの協力、ガバナンス
行政改革——有効性、民主性と説明責任
行政改革——効率性と小さな政府
4章 地方自治
地方自治の定義と役割
日本での略史
自治体の種類と2層制
市町村合併、道州制、大阪「都」構想
団体自治——法的な中央地方関係
団体自治——財政的な中央地方関係
住民自治——長、議会とその選挙
地方議会の改革
住民自治——市民の多様な政治参加
住民投票における熟議と扇動
NPO、足による投票
5章 政治の理念と座標軸
政治を理解するための座標軸
政治的立場の左派と右派
現代日本政治の座標軸——保守とリベラル
論点(1)——大きな政府か小さな政府か論点
論点(2)——多元主義か権威主義か
2つの軸の相互関係
保守とリベラルの社会的基盤
「改革か、既得権か」
「変化か、現状か」
「強いか、弱いか」または「タカ派、ハト派」
ナショナリズム
昭和の戦争をめぐる議論
第Ⅲ部 民主主義とポピュリズム
6章 民主主義——なぜ、多数決だけではダメなのか
近代民主主義の展開——18~19世紀
近代民主主義の展開——20世紀
民主主義の4つの構成要素・理念
民主主義の要素(1)——多数者による支配
要素(2)——多元主義、自由主義
要素(3)——参加型民主主義
要素(4)——熟議民主主義
4つの要素の関連、民主主義の類型化
日本は多元的な民主主義を維持できるか
民主主義の存立条件と評価
7章 ポピュリズム——なぜ、単純化と攻撃性で集票できるのか
2つの日本語訳——「迎合」か「扇動」か
おもな構成要素にもとづく定義——構造、アピール、支持
日本での事例(1)——小泉首相、ポピュリズム型首長
日本での事例(2)——橋下大阪市長と「維新」
欧米の事例
実証的研究(1)——単純化(ウソ)と攻撃性
実証的研究(2)——支持者とその意識の台頭の背景
ポピュリズムと民主主義の関係
ポピュリズムへの擁護と批判
対抗策は?
8章 日本の選挙と政党システム——なぜ、リベラルは保守より弱いのか
「1955年体制」とその変動
自民党の1党優位制とその原因
衆議院への小選挙区制の導入
小選挙区制の政党システムに対する影響
比例代表制の政党システムに対する影響
政党得票率による分析
小泉政権と「強い首相」
政権交代——民主党政権の失敗と成果
2012年衆議院選挙——自民党が政権奪還
2013年参議院選挙——自民の「1強多弱」へ
2014年衆議院選挙——超早期解散の真意と妥当性は?
2016年参議院選挙——自民・維新・公明の「改憲派」が両院で3分の2に
2017年衆議院選挙——リベラル政党への解体作戦
投票行動モデルの精緻化を
政党システムの国際比較
自民党1党優位制の復活か?
望ましい政党システムとは?
日本のリベラル勢力の展望
自民党——安倍政権の統治・宣伝の技術
公明党、維新——自民への直接および間接協力と独自性
民進党(民主党)——党運営の課題
共産党、社民党——中道左派の存続と役割
野党の存在理由
教育とマスコミの責任
第IV部 憲法と統治機構をめぐる議論
9章 改憲(憲法改正) ——争点と政治過程
日本国憲法の制定過程
制定過程の解釈
改憲論の実質的な目的——集団的自衛権、基本的人権の制限など
改憲の手続き——国際比較では「硬性憲法」が多い
96条改正論
「一方的改憲」はなぜ悪いのか
「合意型改憲」のための対抗策
【資料A】首相公選、議員定数、二院制
【資料B】道州制
あとがき
新版あとがき
索引
現代日本の政治 持続と変化
現代日本の政治を多面的にみる
本書は、現代日本の政治において、その持続する側面と変化する側面の双方に配慮しつつ、可能な限り多面的に考察された一冊となっています。総論として、戦後70年間の日本政治を基本的論点を軸に俯瞰したのち、各論として、政治における主要な主体や、政治活動を行う主要な場について、その動態を記す構成となっています。
はじめに
本書は、現代日本の政治について、その持続する側面と変化する側面の双方に目を配りつつ、できる限り多面的に考察しようとしたものである。このような観点から、本書では、まず序章において、総論として戦後70年間の日本政治をいくつかの基本的な論点を軸に俯瞰する。続いて、各論として「第Ⅰ部 政治の主体」(全5章)で、政治における主要な主体について論じ、「第Ⅱ部 政治の場」(全6章)で、これらの主体が政治活動を行う主要な場について、その動態を描く。なお、ここで「現代」というとき、1945年の大戦終結から今現在までを指すものと理解されたい。基本的に日常の常識的な感覚にしたがったものだが、序章で見るように、政治学的にも妥当だと考える。
ところで、若い読者にとっては非常に奇異に思えるかもしれないが、日本の政治学者による「現代日本政治」の学術的研究が本格化するのは、1980年前後あたりからであろう。1960年代末の時点ではまだ、ある外国の日本政治研究者が次のような「驚き」を書いていたほどであった。
「日本の学者は、西欧の最新の社会諸科学の方法や理論に次第に通暁するようになってきてはいるが、若干の顕著な例を除けば、あまり現代政治に学問的な関心を払っていない。日本語の知的な雑誌や定期刊行物に現われた、現代的な政治問題に関する厖大な数の論文は、そのほとんどがジャーナリスティックなものであるか、イデオロギー的な色彩を帯びたものであるか、あるいは政策表明的なものである。アメリカの大学のカリキュラムにおいて現代アメリカ政治がきわめて重要な地位を占めているのとは非常に違って、日本[の大学]では戦後の日本政治を取り扱うコースは事実上まったくない。日本の内外においてこのように日本の現代政治の学問的分析が軽視されていることは、豊富に得られる資料、および根本的に新しい政治諸制度の下での全般的な経済的・社会的変化の試練の中にある政治体制というものにそなわっている面白さという点から見て驚くべきことである」(D.C.ヘルマン(渡辺昭夫訳)『日本の政治と外交—日ソ平和交渉の分析』(中央公論社、1970年:原著は1969年)3頁)。
このような状態は、しかしながら、1980年代後半になると次のように描かれるまでに変化してくる。
「変わる政治学については、つぎのエピソードが、多くのことを語っているのでなかろうか。アメリカ人を中心として、日本政治の専門家がしばしば来日するが、彼らに、「日本の政治は変化が早いから、毎年来ないとその変化に追いつけないのではないか」と尋ねると、ほとんど全員が、「そうではなく、日本の政治学者の研究をフォローするためにやってきている」と答える。ここ数年における、日本の政治学者の日本についての研究の質と量はかなりのものであると考えた方が正しいであろう」(曽根泰教「変わる政治、変わる政治学—日本政治学の最近の変化」レヴァイアサン1月(1987年)162頁)。
このように第一線の研究において、日本の政治学者自身による日本政治の学問的研究が著しく発展した結果、1980年代半ば頃から、多くの大学で、かつてのように、もっぱら外国の政治を紹介したり、抽象的な理論の解説に終始するのではなく、主目的は日本政治を学問的に講義する(そのなかで理論や外国の事例を説明する)、という授業が一般的になる。
これとともに、日本の政治学者による、日本政治についての体系だった概説書が次々と刊行されるようになってきた。日本政治研究を専攻する政治学者であっても、研究の細分化と高度化の著しい昨今、自分が直接専門としない領域にまで精通するのは並大抵のことではない。そのような場合に、日本政治を主題とした体系的概説書が多様に存在することは、編者自身の狭い経験から言っても、政治学者にとって寄与するところがたいへん大きいと思う。本書もこのような役割を果たすことを願って編まれたものである。
最後に本書刊行の経緯について触れておきたい。ちょうど10年前の2006年に『シリーズ日本の政治』(全4巻)の第4巻として『現代日本の政治と政策』(以下、前著)を描編著で刊行した。幸いにして版を重ねることができ、また日本政治論の教科書等で推薦図書にあげていただくなど、一定の手ごたえを感じることができたのは編者としてたいへん嬉しいことであった。今回、この前著をベースとしつつ、この間の日本政治の展開と政治学研究の進展をふまえて相応の改訂を施すとともに、新しくいくつかの章を設けることで、現代日本政治をさらに多面的に理解できるように工夫を凝らした。また執筆者にも若い世代の研究者に加わっていただいた。前著の一部改訂版ではなく、判型もあらためて、新刊書として出版した次第である。この場を借りて、前著刊行にあたってご協力いただいた方々にあらためて御礼を申し上げるとともに、編集・出版に際して今回もお世話になった法律文化社編集部の小西英央氏、また新たに編集実務を担当し、編者の様々な要望に丁寧に対応して下さった上田哲平氏に心から御礼申し上げたい。
2016年1月
森本哲郎
目次
はじめに
序章 「現代日本の政治」をどう論じるのか: 「戦後70年」の意味
1 はじめに
2 戦後改革の意義
3 「55年体制」の形成と崩壊
4 ポスト「55年体制」: 「新しい体制」の成立?
第Ⅰ部 政治の主体
第1章 政党と政党システム
1 はじめに
2 政党の形成とその目標
3 政党システムの形成と変容
4 組織としての政党
5 政党の今後
第2章 利益団体
1 はじめに
2 大衆社会と利益団体
3 戦後日本政治と利益団体
4 利益団体政治の現在
第3章 新しい政治のなかの市民運動
1 はじめに
2 「新しい政治」とは何か
3 エコロジーをめぐる政治過程
4 ジェンダーをめぐる政治過程
第4章 首相のリーダーシップ
1 はじめに
2 岸信介首相: 初期55年体制の波乱
3 田中角栄首相: 60年体制の形成
4 小泉純一郎首相: 60年体制の破壊へ
5 おわりに
第5章 官僚
1 はじめに
2 公務員
3 官僚優位論と政党優位論
4 官僚の役割は何か?
第Ⅱ部 政治の場
第6章 選挙と投票行動
1 はじめに
2 投票行動の理論
3 現代日本の選挙制度と投票行動
4 実証分析
第7章 政策過程
1 はじめに
2 政策過程とは何か
3 課題設定
4 政策決定
5 政策実施
6 政策評価
7 政策終了
第8章 国会
1 はじめに
2 民主主義の2つのモデル
3 日本の国会は多数決型かコンセンサス型か
4 ねじれ国会は国会審議にどのような影響を及ぼしたか
5 与党多数支配下での安全保障関連法案の国会審議
6 日本の国会の機能をどう位置づけるか
7 おわりに: 機能する国会に向けて
第9章 司法
1 はじめに
2 裁判所
3 検察
4 弁護士
5 結びにかえて: 未完の司法制度改革
第10章 地方政治
1 はじめに
2 二元代表制と地方の選挙制度
3 知事選挙から見る戦後日本の地方政治
4 地方政治のダイナミズム
5 おわりに
第11章 政治と情報
1 はじめに
2 政治と情報との関係
3 マスメディアと政治
4 インターネットと政治
索引
執筆者紹介
日本政治史 — 現代日本を形作るもの
日本政治を軸に感性を育む
本書は、幕末から55年体制成立までの日本政治の通史を扱っており、内政・外政ともにバランスよく記されている一冊となっています。また、内閣の活動内容やその政治過程などの記述が豊富であり、日本政治史の基本的な知識を得る上で非常に有益な本となっています。
はじめに 日本の来歴――現代日本を形作るもの
日本政治史を学ぶ意義
本書は,大学での日本政治史の入門講義用テキストを意図して編まれている。もちろん,一人でも学べるよう工夫し,また,大学生に限らず,歴史好きの高校生や,海外と/で仕事をするような社会人が広く手に取ってくれると,とてもうれしい。
日本政治史は,「近代日本の政治権力に関する歴史的分析であり,政治権力を中心として見た近代史」であると定義される(北岡2017:ⅲ)。また,こう定義した北岡伸一が教科書の副題に「外交と権力」とつけたように,内政と外交の連関を重視する日本政治外交史の伝統がある。それは世界の中の日本という視座であり,本書も同様である。さらに,内政と外交が結び付くところには,生活があり思想があり文明史への広がりも含まれる。
そもそも日本政治史を学ぶ意味はどこにあるのだろうか。第1に,史実を学ぶという意味がある。本書は,現在の日本政治史研究が示す理解の最先端をわかりやすく提供することをめざしている。その観点から日本政治にかかわる歴史上の基本的な事実とその相互の結び付き,変化が明らかにされ,現在の私たちがどのような世界に生きているのかの歴史的見取り図が与えられる。もとよりエピソードも重要であり,登場する人物の生涯には自らを励ますものがあるかもしれない。
近年,歴史とは歴史家の語りたい物語に過ぎないのではないかという疑念を耳にすることがある。また,残された史料から現実を再現することも,そもそも可能なのだろうか。さらに,先に日本と中国との間で行われた歴史共同研究でも双方の見解が時に分かれたように,国境を越える歴史というものはないのではないか(北岡・歩2014)。これらは,それぞれに傾聴すべき論点を含んでいる。しかしながら,史料などから裏づけられる尊重されるべき史実,共有できる史実というものはあり,史料の精査に立脚した歴史内在的な討論を通して,真実の漸近線(交わらないが限りなく近づいていく線)を描くことはできるのである。
第2に,日本政治史を学ぶことには,その方法を学ぶという意味がある。政治史は政治学における一つの方法であり,政治学における歴史分析である。それは政治学と歴史学の2つの学問領域が交わるところにある。政治学の中でいえば,歴史研究は事例研究の一つであり,過去にあった重要な政治的出来事を歴史資料等によって明らかにする。もとより何が重要であるかは問いによっても異なる。史料は大きな導きとなるが,史料を並べれば歴史が書けるわけではなく,史料や史実は分析されなければならない。政治史においては,エリートへの着目やリーダーシップの態様,制度の影響など関心の集まる領域があるが,いずれも全体の中に位置づける必要があり,時に諸外国の事例や同じ国の異時点間での比較が行われ,理論的知見が分析に活かされる。
政治史のもう一つの側面は歴史学としての面である。そもそも史料には真贋があり,どちらの史料がより信頼に堪えるかという問題がある。史料批判といわれ,時間が離れた史料よりは直近の史料,第三者の史料よりは当事者の史料.史料の目的や残り方によっても問題への証明上の信頼性は変わってくる。同じ史料でも問いによって有効性は異なるのである。歴史家は新史料の発掘と紹介に大きな意義を見出す。しかし,新史料だから価値があるという単純な話ではなく,新史料によって古典的史料に新たな光が当たることもしばしばである。もとより本書では原史料はほとんど登場しないが,このような史料との接し方が本書の叙述の土台となっている。ぜひ専門書に読み進み,注を見てほしい。
なお,歴史分析の方法に親しむことには2つの効用がある。一つは目利きとしての効用である。歴史リテラシー(歴史読み書き能力)といってもいいが,単なる物知りを越えて,ぜひ歴史書の評価者になってほしい。書かれていることの根拠,そして書かれていないことに注目することで,議論の信頼性を推し測ることができる。もう一つは自ら歴史の書き手となることをお勧めしたい。例えば自らの暮らす地域はどのような歴史をたどってきたのだろうか。図書館や博物館はもとより,近年では,文書館を完備する地方自治体も増え,地方史も活発である。また,自らの家族の移動に注目してもよい。自らの職業の歴史をひもとくことも有意義である。歴史を読み,歴史を書くことは最高の遊びの一つである。その際にも日本政治史は重要な見取り図を提供するだろう。
そして第3に,政治を学ぶという意味がある。すなわち,歴史から政治を学ぶことができる。私たちは日々,政治との深いかかわりの中で生活している。政治には人々を結び付ける力もあれば,人々を引き離す力もある。政治にばかり心を奪われることも不健全だが,人任せにしてしまうにはあまりに重要である。近代日本の歴史は政治の加害性を最も明らかなかたちで提示したし,災害後の救済や所得の再分配,防衛,公共財の提供など,政治にしかできないことも多い。私たちが生きる現代日本の政治体制は人権とデモクラシーによって基礎づけられている。それを日本の歩みを通じて理解することは,日本で生活する者の一つのたしなみであろう。
民主政治のもとで生活する中で,私たちはデモクラシー共同体の一員として政治の担い手であり,本書の読者の多くは選挙権をもつ有権者共同体の一員でもあるだろう。有権者共同体には,有権者でない年少者,外国籍者,生まれてもいないまだ見ぬ人々,そして人類への責任もある。本書が,政治の危険性と可能性,そして有権者の役割について,感受性や想像力を磨く手がかりになればよいと思う。
なお政治史を通して政治を学ぶ際に留意すべきは,そもそも自由な政治史研究ができる社会は当たり前ではないということである。政治史は自由な社会を必要としており,自由な社会は政治史を必要としている。そしてそれは歴史的に形成され,失われうるものである。
学びの環境変化
近年,大学での日本政治史の学びの環境は大きく変化している。一つには,高校での学びの変化である。歴史が暗記科目であるといわれて難問・奇問の知識を競っていたのは遠い昔のことで,大学と同様,基本的知識の上に立って自ら考えたり調べたりするアクティブ・ラーニングの力がますます求められるようになっている。さらに,2022年度に入学する高校新入生から近現代の日本史と世界史を学ぶ「歴史総合」が必修化される。このような変化は,もう一つの新必修科目「公共」が主権者教育を重視することともあわせて,政治学的感性と歴史学的感性を併せ持つ政治史の観点から歓迎される。中学ではそもそも世界史と日本史をあわせた,いわば歴史総合であった。高校は義務教育ではないが,私たちの社会が重力の働きや進化論などと同様,等しく共有すべきと考える歴史が,より詳細な像を結ぶことになる。そして,ほかならぬ日本の政治経験を学ぶことの意味は,自らの来歴を説明できること,そして日本国民が主権を行使できるのはデモクラシー共同体としての日本だけである点で大きい。
第2の変化は,第二次世界大戦後の歴史が長くなったことである。歴史研究にはその時々の問題意識が投影される。敗戦後の歴史学がまず追究したのは目の前の貧困の問題であり,平和の問題であった。第1段階として,日本政治史が問うたのはまず敗戦という過ちへの日本固有の道であり,民主主義の不十分さであった。それは他国にとっての反面教師であった。ところが,奇跡的といわれる復興から高度経済成長を果たして豊かさを享受し,クーデタも起こらない。1964年の東京オリンピックがそうであったように,「東洋で初めて」とか「アジアで唯一」といった言葉が好んで使われるようになると,非西洋諸国で日本だけが成功した固有の原因が問われる第2段階を迎えた。それには発展途上国のモデルを探す意味もあった。
現在は第3段階である。その後,東アジアの国々も豊かになり,比較的平和になり,民主主義を享受する社会も多くなった。日本は低成長と人口減少と世代構造の悪化が憂慮されるようになった。「日米関係が世界で最も重要な二国間関係である」と述べたのはマンスフィールド元駐日アメリカ大使であったが,「失われた20年」と呼ばれた冷戦後の経済停滞と政治的混乱を経験して,その地位は明らかに低下している。少なくとももはや「唯一」の存在ではない。
「唯一」でないことは,しかし悪いことではない。人口縮小が安定してもなお日本は国際比較の中で小さな国にはならない。日本の行動は国際社会で小さくない意味を持ち続けるのである。私たちは個人として世界と直接結び付く機会があるとともに,国家を通しても国際社会と結び付いている。唯一でなくとも小さくもない日本の道行きを考える時,日本語で日本を中心に人類の歩みを学ぶことの意義は大きいといえよう。本書は日本がある気象条件や地理条件,歴史的条件などからユニークであるとともに,ある条件が揃えばどこででも起こりうることであり,本質的に他国史と異ならないものとして理解している。
また,敗戦からの時間的距離は過去から学びうる可能性を高める。国際政治学者の高坂正堯はフランスの政治指導者ド・ゴールの青年時代を論じる中で,百年以上もの間,王政への復帰を説く反動派と革命の理想の実現を求める急進派の間に引き裂かれてきたフランスにおいて共和制が自明なこととなる中で,かえって革命以前の旧制度から必要な知恵を見出すことを可能にしていたと指摘し,「王政という政治制度が最後の息を引き取ったことによって,人々はこれに対して客観的な態度をとり,そこから学ぶことができるようになったのである」と記した(高坂1999:370)。戦後日本においてもいわゆる「戦後民主主義」が制度・意識の両面で定着し,植民地帝国としての大日本帝国が最後の息を引き取る中で,その智恵を学ぶことができるようになったのではないだろうか。
本書の特徴と構成——日本の来歴
ストゥディア・シリーズは,考える力を養い,自ら学びを深めるよう促すことを基本姿勢としている。本書もその一冊として,単なる知識のパッケージにとどまらず,日本を通して世界を見ることで,読者にとって世の中がどう動いてきたのかを考える手がかりとなることを期待している。それは日本で何がありました,誰がいました,ということのさらに先,どのような制度や構造の下で何が起こりうるのか(にもかかわらず起こらなかったのか)への感性を育む試みである。もとより,読んで楽しいものがよい。
本書は1850年代から1950年代の約100年間を扱う4部13章からなる。まず第1部(近代国家・国際関係の形成)は第1~3章からなり,幕末・維新期の混乱から大日本帝国の成立までを論じる。黒船来航を機に従来の幕府による支配は動揺し,さまざまな政治勢力や構想の競合を経て天皇を中心とした新しい政権が誕生する(1章)。とはいえそれは終わりではなく,国際社会の荒波に耐えうる統一的で文明的な富国強兵国家を実現する近代国家建設の始まりであった(2章)。そのような明治維新の取り組みの一つのゴールに大日本帝国憲法制定と議会開設があり,日本は文明国と肩を並べる立憲国家の装いを得る(3章)。こうして世界の変化の中で日本も近代国家として国際社会を形作っていく。
第2部(近代国家・国際関係の運用と改良——大国化への適合・不適合)は第4~7章からなり,第1部で扱われた大日本帝国憲法の運用が始まって日清・日露戦争から第一次世界大戦までを論じる。憲法制定はまた新たな始まりであり,行政を構築し,議会を運営していかなければならない。そこで大きな争点となったのが「不平等」条約であった(4章)。そのような取り組みは東アジア情勢の緊張と相次ぐ対外戦争によって規定されていく。日清戦争(5章),日露戦争(6章)を経て植民地帝国化するとともに,政治・経済・社会の自立性が次第に高まり,政府と政党の結び付きも次第に深まって第一次世界大戦を迎えた(7章)。立憲国家が戦時と戦後を何層も重ねながら内実を整えていき,さらに植民地の問題を抱え込んでいくのがこの時期の特徴である。
第3部(現代世界の誕生――近代帝国日本の分かれ道)は第8~10章からなり,第2部を通して世界的な大国として成長した第一次世界大戦後の立憲帝国日本の日中戦争勃発前夜までを扱う。4年に及んだ第一次世界大戦は世界を変えたといわれるが,日本でも同様であった。大国となった日本で国際協調と結び付いた政党内閣の時代が幕を開ける(8章)。それは関東大震災の災後にあって「憲政の常道」と呼ばれる政党政治に結実したが,世界大恐慌と満州事変を受けて挫折していく(9章)。さらに政党政治と国際協調の回復に努めるも二・二六事件など国内の混乱と暴力によって果たせず,新たな均衡点を模索しながらも国際的孤立と政治の漂流が進んでいった(10章)。この時期の政治はさまざまな社会運動の台頭や市民社会的な文化の広がりをともない,明治の近代国家建設と昭和の戦争動員の物語として語られがちな近代日本の多様性やさまざまな選択を示すことにもなる。
第4部(焦土の中の日本と再編)は第11~13章からなり,第3部の果てに戦われた日中戦争から第二次世界大戦を経て占領後の再編までを扱う。それは現在とも直接結び付く過去である。日本政治の再均衡点を探しながら日中全面戦争が始まり,戦時体制の構築が急がれた(11章)。ところがアジア太平洋戦争にまで発展し,薄氷を踏む終戦となる(12章)。帝国日本は解体され,明治立憲国家は新たな装いと条件の中で再出発する(13章)。すべてが戦争に塗りつぶされたかのようなこの時期にも日常はあり,第3部までの蓄積はどっこい生きている。
本書が日本の来歴をたどるうえで,その始点と終点についてもう少し説明しておきたい。政治はいつの時代にも存在するが,日本政治史という場合,一般に19世紀半ばのペリー来航を始点として論じられる。それは冒頭の定義にもよるが,明治維新によって身分社会から職業選択の自由がまがりなりにも認められた社会に移行したことは,私たちの生きる現代社会に直接つながる過去として妥当な区切りといえよう。
より論争的なのは終点である。本書は1955年前後を終点とした。それは1945年の敗戦時ではないということである。敗戦への道は一つの描き方であるが,現在では貫戦史など戦時下と占領下をひとまとまりとして理解する見方も有力である。また,憲法が変わり,占領が終わっても,すぐさま異なる政治秩序が動き出すわけではない。したがって1947年の日本国憲法の施行でも1952年の講和独立回復時でもなく,本書は,政党政治だけでなくその後長期にわたる戦後政治の創発が形成されたと考える1955年前後を区切りとした。また,暗い谷間論ではないが,研究が進む中で現在の日本が1920年代以前の日本との連続性で語られることもあらためて多くなっている。その意味で歴史は単線ではない。
なお,いずれ本書の後の時代を扱う別のストゥディア「日本政治史」が出版され,21世紀にまで議論が及ぶのだろう。しかし,本書は本書で未来に向かって完結していると考えている。一つには,すでに本書には1955年以降の時代を考える手がかりに満ちている。かえって19世紀末の日本の中に未来が見えるかもしれない。また,私たちは大学で学んだ知識で生涯を過ごすわけではない。重要なのは幹となる基本的知識とともに,情報を外から集めながらそれを総合し,位置づける基礎的な訓練である。そのような歴史分析力こそ本書を通じて身につけてほしい能力である。
歴史を活用する
最後に,歴史の活用についても簡単にふれておきたい。まず取り上げたいのは研究者にとっての活用である。政治学では近年,質的研究の高度化が積極的に議論されてきた。キング,コヘイン,ヴァーバは,定性的研究を,数量的な測定に依拠しているものではなく,一つ,もしくは少数の事例に着目し,徹底的な聞き取り調査を行ったり,歴史的資料を綿密に分析する傾向をもつと定義したうえで,その精緻化を議論した(キング=コイン=ヴァーバ2004)。また,ガーツとマホニーは,定量的研究と定性的研究それぞれの長短を指摘し,それが総合的に行われる必要を述べている(ガーツマホニー2015)。
さらに進んで歴史から理論をつくる興味深い試みもあらためて議論されている(保城2015など)。一定の範囲の中で事例をすべて取り上げ,限定的であるが理論化を行おうとする。理論化は構造理解の深化に有用なだけでなく,他分野の研究者をはじめとして,社会への説明となる。
次に政治エリートや公職者にとっての活用である。政治史は意思決定論や政治過程論と相性がよい。メイは名著『歴史の教訓』で第二次世界大戦後のアメリカ外交を題材に,外交政策形成者がいかに歴史から影響を受け,誤用するかを論じて歴史の効果的利用方法と基盤となる歴史研究のあり方を検討した(メイ2004)。科学的根拠に基づいた政策形成(EBPM)が高唱される中,定性的な歴史政策研究が政策形成の重要な基盤となることは見逃してはならない。
そして最後に社会にとっての活用である。近代日本の外交史家清沢列が1941年に「外交史に関する知識が,今日ほど必要とされてみるときはない。この知識を基礎とせずして造り上げられたる外交政策と,外交輿論は,根のない花である」と記した時,そこには公職者だけでなく国民の歴史理解が問われている(清沢1941)。民主政治において国民は政治への参画者であり,そうでない社会においてすら重要なのである。現代の歴史家マクミランは歴史の濫用に警鐘を鳴らし,「謙虚であることは過去が現在に提供できる最も有用な教訓のひとつである」と述べている(マクミラン2014:177)。そしてマクミランは「私たちは,断固として,できるだけ幅広く見るように気をつけなければならない」とも述べる(同上:159)。
昨日のように今日があるわけではない。だから昨日を知らないといけない。今日のように明日があるわけでもない。だからこそ私たちは考え続けるのである。
本書は比較的世代の近い3人の共著であり,企画・編集には有斐閣の岩田拓也氏にお世話になった。深く感謝したい。3人で執筆した原稿を統合し,その草稿は五百旗頭薫先生,齊藤紅葉先生,曽我謙悟先生,武田知己先生,奈良岡聰智先生,待鳥聡史先生に見ていただいた。頂戴したコメントやチェックはいずれも真摯であり,緻密であり,本質的であり,専門家としての知見を惜しみなく提供してくださったものであった。心からお礼を申し上げる。ありがとうございました。教科書をつくることで最も学ぶのは筆者なのかもしれない。さらに未来の日本政治史の教科書のあり方も感じさせられるものであった。すべてを盛り込めたわけではないが,ともかく私たちは多くの助けを得て前に向かって走った。そして次の走者がまたバトンを手に走り継いでくれるのだろう。
2019年11月
著者一同
目次
はじめに
日本政治史を学ぶ意義
学びの環境変化
本書の特徴と構成——日本の来歴
歴史を活用する
第1部 近代国家・国際関係の形成
CHAPTER1 江戸幕府の崩壊と新秩序の模索
明治維新への道
1 開国――ペリー来航と江戸幕府
ペリー来航前夜の世界と日本
ペリー来航と日米和親条約——阿部正弘政権
ハリス来日と日米修好通商条約
2 動乱の時代――尊皇攘夷の激化と公議輿論の行方
公武合体の模索――幕府権威の凋落
尊攘運動の激化
薩長の対立と提携——八月十八日の政変から薩長同盟まで
3 大政奉還への道のりとその後
孝明天皇の死と政局の不安定化
大政奉還——広ク天下之公儀ヲ尽シ,聖断ヲ仰キ,同心協力,共ニ皇国ヲほど仕候
王政復古の大号令と人材登用
CHAPTER2 近代国家の建設
急激な近代化に成功した要因は何か
1 統一国家への道
五箇条の「御誓文」と政体書
廃藩置県への道
2 文明国家への道
岩倉使節団の発遣
文明の洗礼
万国公法の相対
3 富国強兵への道
留守政府の国内改革
征韓論政変
台湾出兵と大久保の渡清
西南戦争——最後の士族反乱
殖産興業政策の含意
CHAPTER3 大日本帝国憲法の制定と議会の開設
立憲国家建設プロジェクト
1 公儀輿論の追求――幕末の立憲制度導入論
立憲主義との出会い
公議と言路洞開
2 維新政府の立憲制度論
列侯会議から国民代表制へ
戸と大久保の憲法意見書
公議所と集議院
3 自由民権運動の始まりと高揚
民撰議院設立の建白書
自由民権運動の興隆と国会開設の勅諭
自由民権運動の歴史的意義
4 大日本帝国憲法の成立
憲法制定前史
明治十四年の政変
草と井上毅の存在
明治憲法の起
第2部 近代国家・国際関係の運用と改良
大国化への適合・不適合
CHAPTER4 国制の構築と条約改正への道
「不平等」条約をどう改正したか
1 行政国家と立憲国家
伊藤博文の港欧憲法調査
立憲国家への道——行政の整備
天皇の立憲君主化
2 立憲国家と議会政治
明治憲法下の議会制度
議会政治の発足——第1回帝国議会
初期議会の混迷
3 文明国と条約改正
幕末の条約体制へ向けて
条約の「不平等」さ
条約改正へむけて
CHAPTER5 日清戦争と国民・政党
初の対外戦争の意味
1 開戦への道――「中華」の克服をめざして
朝鮮半島情勢
国内の政治状況
日清開戦
2 戦争指導体制の形成
国民統合の契機として
国軍統合の契機として
戦後東アジア関係の構築に向けて
3 国外における戦後体制と植民地
下関条約と三国干渉
台湾領有と朝鮮半島情勢
日清戦争後の国民像と東アジア情勢——北清事変と東亜の憲兵
4 日清戦後経営とその紛糾——政党の台頭と提携
戦勝の帰結――財政膨張と政党の台頭
政界の構造変化——藩閥と政党の連携と対立
激動の1898年——財政膨張と政党の台頭
政官共同体制の樹立——横断型政党という解
CHAPTER6 日露戦争と韓国併合
中華世界から列強世界へ
1 避けられた戦争か
伊藤—政友会内閣と山県—貴族院
政治家としての桂太郎——軍事,外交,財政
伊藤の退場と政府議会対立の激化
2 総力戦体制の原型
戦争完遂と挙国一致
元老たちの世代交代
桂園体制——安定の中の変化
3 日露戦後体制
1907年の憲法改革——指導者の世代交代と政党台頭の中で
戦後の対列強関係——満州問題協議会と現状維持の隊列
韓国併合と辛亥革命——東アジアの動乱
CGAPTER7 大正デモクラシーと第一次世界大戦
2つの称等変動
1 大正改変——政党政治への序曲
慈政擁護運動の勃発
政界再編——政党対官僚から政党対政党へ
非政党勢力の奮闘——陸軍,海軍,貴族院
2 政党政治と戦争指海の幸
非政友——多元的内閣の成立
第一次世界大戦への参戦
ポピュリズムの登場?——第12回総選挙
3 中外交の混迷
対華二十カ条要求の蹉跌
大隈改造内閣の戦時外交指導——中国政策のさらなる混迷
寺内内閣と挙国一致外交——ロシア革命,アメリカ参戦とシベリア出兵
4 国内における戦後体制の構築
大戦下の自由と平等——デモクラシーの時代とその反動
世界の中の大日本帝国
第3部 現代世界の誕生
近代帝国日本の分かれ道
CHAPTER8 第一次世界大戦後の政治と外交
国際社会の主要なアクターとして
1 「本格的」政党内閣の矜持
第一次世界大戦後を見据えた首班指名
原教・政友会内の成立——初の「本格的」政党内閣の誕生
初の「本格的」政党内閣の施策
2 国際協調体制の萌芽
第一次世界大戦の終結と東アジア情勢の変動
国際協調の時代へ——国際連盟の創設とワシントン会議
原首相の暗殺と後継内閣の混乱
3 政党内閣への序曲
「憲政常道」の揺籃期——転換期の首相選定
関東大震災の災後政治——後藤新平と科学的統治
第2次憲政擁護運動——明治立憲制下での遅れてきたリベラル・デモクラシー
CHAPTER9 政党政治の全盛と陥穽
内に政党政治,外に国際協調
1 政党政治の時代へ
護憲三派内閣の誕生——連立政権と内閣補佐機能の整備
震災対応と男子普通選挙の実施
政界再編へ——護憲三派の瓦解
2 二大政党の時代へ
加藤内閣の改造と首相の死
第1次若槻内閣と加藤の遺産
第1次若槻内閣の終焉と二大政党の確立
3 内政と外交の相克――平和主義と民主主義の新日本
田中内閣と初の男子普通総選挙
張作霖爆殺事件と不戦条約締結
台頭する政党政治と昭和天皇
浜口内閣とロンドン海軍軍縮問題――世界大恐慌の直撃
4 政党政治の修正をめざして
世界大恐慌下の議会政治と満州事変——「協力内閣」運動と政変
犬養内閣と五・一五事件——「話せばわかる」
CHAPTER10 非常時日本の大転換
国際的孤立と内政の変化
1 斎藤内閣と満州国承認——日満議定書と国際連盟脱退
非常時暫定政権の誕生――宮中官僚のイニシアティブ
満州国の建設と国家承認——五族協和の夢と現実
国際連盟脱退と塘沽停戦協定による満州事変の終息
2 非常時下の憲政改革と帝人事件——均衡回復への困難
経済危機と自力更生——経済外交と国際秩序
選挙制度改革と官吏の身分強化——矯正された政党政治の再建
滝川事件と転向
帝人事件と2度目の暫定政権への道
3 岡田内閣と二・二六事件――海軍軍縮条約の廃棄と国体明徴運動
岡田内閣の成立——もう一つの「挙国一致」内閣
海軍軍縮条約の廃棄
国体明徴運動——天皇機関説事件から二・二六事件へ
4 二・二六事件後の日本——憲政の手詰まりと国民の不在
二・二六事件の収拾——広田弘毅内閣
軍部と政党
混迷を深める政府一軍部一議会関係——林銑十郎内閣
第4部 焦土の中の日本と再編
CHAPTER11 日中全面戦争と真珠湾への道
近衛文麿を求めた日本
1 近衛文麿内閣と盧溝橋事件
近衛内閣の誕生と集まる期待
盧溝橋事件と局地解決の失敗
早期解決の失敗
物の予算と和平工作——近衛内閣の模索と総辞職
2 戦時体制の構築と欧州情勢の変化——相次ぐ挫折の果てに
平沼駐一郎官僚内閣の挫折
阿部信行陸軍内閣の挫折
米内光政海軍内閣の挫折
3 近衛の再登場と新体制運動
近衛新体制と新党構想——同床異夢の体制改革
交錯する交渉と混乱するガバナンス——外交一元化の失敗
外交の混乱,日米交渉の頓挫——近衛時代の終焉
CHAPTER12 アジア太平洋戦争下の日本
帝国日本の崩壊
1 開戦の論理と初期の戦果——東条英機内閣
戦争回避内閣として
戦争指導内閣として
戦況の悪化
2 大東亜新秩序の模索と銃後の日本社会
東亜新秩序と自存自衛の間で
占領地統治の理想と現実
戦時日本社会の生活と政治——戦時の転形
3 国本土決戦論と戦争末期の日本社会――小磯国昭内閣
近づく終局とアメリカの日本占領計画
小磯・米内連立内閣の成立——消極的陸海軍協力内閣
近衛上奏文
4 敗戦過程——鈴木貫太郎内閣
鈴木貫太郎戦争完遂内閣の成立
超高度国防化と突然の終戦——「聖断」の利用
敗戦受容に向けて
CHAPTER13 戦後改革と日本の再出発
国民・国際社会との絆の回復
1 日本国憲法制定と政党政治の再開——占領改革
占領の開始
占領改革
新憲法の制定
政党政治の再開
2 占領下における日本再建と経済計画
第1次吉田茂内閣——憲法改正の継承
経済復興への陣痛——労働運動,日本政府,GHQ
片山哲内閣——社会党首班中道連立政権
芦田均内閣―中道連立政権の継承と挫折
3 占領の終結と日米安全保障条約の締結——敗戦後の再出発
占領政策の転換――経済復興の推進と講和問題
朝鮮戦争の勃発と講和条約締結
占領終結に向けて
4 戦後政治の出発——憲法・講和・安保と1955年の政治体制
占領後の再出発
戦後政治の枠組み――1955年体制の成立
参考資料
事項索引
人名索引
Column一覧
❶公議と国体
❷福沢諭吉と井上毅
❸政治とメディア——デモクラシーの鑑
❹吉野作造と美濃部達吉
❺西園寺公望と近衛文麿
❻移民,植民,国民——移民送り出し国家であった近代日本
❼中央・地方制度——近代化のサブシステムとして
❽平塚らいてうと市川房枝
日本政治史 — 外交と権力
日本が歩んだ政治を知る入門書
本書は、幕末から冷戦の終焉に至る130年余りを、対外問題とこれに対する日本の権力の対応を中心に分析したものとなっています。文章の展開や論理が非常にわかりやすく、初学者でも手に取りやすい一冊となっています。
増補にあたって
本書は、二〇一一(平成二十三)年に刊行した旧版に、「植民地とその後」を補章として付け加えたものである。それ以外に実質的な加筆修正はない。
二〇一一年の旧版刊行時にも、植民地統治にふれていないことは気になっていた。日本帝国の周辺部に対する関心は、かなり前から持っていたからである。
私の最初の著作『日本陸軍と大陸政策1906-1918年』(東京大学出版会、一九七八年)は、初期の日本の満洲統治を扱っている。一九九六年、読売新聞社が「20世紀の日本」というシリーズを出したとき、私は編集責任者として、植民地に関する一書が必要だと考えて、友人の故マーク・ピーティー教授に執筆を依頼した(マーク・ピーティー/浅野豊美訳『植民地――帝国30年の興亡』<読売新聞社、一九九六年、のち慈学社、二〇一二年>)。その後、私は二〇〇二年から二年間、日韓両国政府が支援する日韓歴史共同研究に参加し、また二〇〇六年から三年間、日中両国政府が支援する日中歴史共同研究に日本側座長として参加して、韓国や中国から日本の近代がどう見られているか、いろいろ学ぶところがあった。多くの書物や研究よりも、こうした歴史対話から得るところは大きかったかもしれない。
ただ、本書は内政と外交との相互作用という視点で貫いて執筆したため、旧版にはうまく植民地統治に関する叙述を織り込むことができなかった。
その後、二〇一五年に、安倍晋三首相の戦後七十年談話作成の参考とするため、「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会」(21世紀構想懇談会)が設けられ、私はその座長代理を務めた。そこで二〇世紀における日本の発展を振り返る作業を行ったが、当然、植民地にも世界の動きの中でふれることとなった。
今回、本書が英訳されることになったため、これを機会に、21世紀構想懇談会の経験をふまえて、植民地に関する叙述を加えようと思った。
以上の長い能書きの割に、実際に付け加えたのは台湾、朝鮮、樺太、南洋諸島、満洲といった五つの植民地に関する簡潔な事実の記述にすぎない。これまでの膨大な先行研究に比べて、あまりに短い。しかし、長い叙述は本書のスタイルとそぐわないし、また植民地に関する叙述は、感情的な議論を惹起しやすいため、むしろ簡潔な客観的事実を、その後の変化を含め、若干の比較の視点を交えて述べることには、ある程度意味があるように思っている。
二〇一七年四月三十日
北岡伸一
初版まえがき
日本政治史とは、近代日本の政治権力に関する歴史的分析であり、政治権力を中心として見た近代史である。その対象は、古代以来の日本の政治でもなく、近代全般でもなく、地方その他のレベルの政治でもなく、あくまでも近代日本における中央レベルの政治であり政治権力である。それは、近代国家というものが、次のような特殊な性格を持つことに由来していると、私は考えている。
まず、近代国家はその構成員に対し、圧倒的な力を持っている。一七世紀半ば、ホッブズは当時成立しつつあった絶対主義国家を、聖書に登場する怪獣にちなんでリヴァイアサンと呼んだ。今日ではそれどころではない。国家の権力は国民生活のすみずみにまで浸透しており、冷戦期のアメリカやソ連の場合には、人類を絶滅させる力さえ持っていた。これほどの強大な力は、過去いかなる時代にも存在しなかった。
しかしその一方で、近代国家の権力は、広範な国民の支持なしには存在できない。一八世紀末に国民主権が政治原理として登場して以来、この原理を受け入れない国ですら、国家の発展のためには国民の積極的な参加を推し進めざるをえなかった。全国民の平等な政治参加が権利として確立され、マスメディアが著しく発達した現在の国家では、国民の意向に反する政策を採用することは容易ではないのである。
また近代国家では、政治のプロとアマの区別が明確になる。政府の仕事が著しく増えると、これを片手間に処理することは不可能となり、フルタイムで政治に従事する多数の人間が必要となる。その結果、近代国家の政治は、彼ら政治におけるプロ――職業政治家と官僚――と、これを監視するアマチュア――一般国民――との分業によって担われることとなった。
もう一つの特色は、対外関係と内政との密接な結び付きである。たとえば、唐とローマ帝国との間に、政治的に重要な関係は何もなかった。しかし産業革命と貿易の発展、それに運輸・通信技術の発展によって、国際関係ははるかに濃密なものとなった。今日では、自国のことを自国だけですべて決定できる国は一つもない。いかなる国の内政も、国際関係と切り離して考えることはできないし、関係国の内政を無視した国際関係もありえない。近代国家は、他国に強い影響を及ぼしうる一方で、他国の影響を受けやすいものとなっている。
このような強さと脆さが複雑に入り組んだ近代国家における政治権力の形成と発展の過程をたどり、その特質を明らかにすること、それが政治学の一部門としての政治史の基本的な課題である。政治史が近代の政治を対象とし、中央レベルの政治権力を対象とする理由もそこにあるわけである。
ところで政治史は、歴史学の諸分野の中で、最近まであまり人気のあるものではなかった。ヘロドトスやトゥキュディデスの例に見られるように、歴史学の始まりは政治史であったけれども、一振りの有力者に焦点を当てた政治史は、表面的で時代遅れの学問だという批判が、やがて生じてきた。たとえば、歴史は基本的には経済力によって決定される(マルクス主義によれば生産力と生産関係)という主張である。それは長期的には正しいかもしれない。しかし、たとえば戦争が何故どのようにして起こったかということを、経済要因だけで説明することはできない。そしてそのような短期的な問題が、現代では決定的に重要なのである。経済史はそれ自体重要な分野であるし、政治史の前提としても不可欠の分野ではあるが、政治史を経済史に還元することはできない。重要な政治的決定は、やはり政治の動きの中から明らかにしなければならない。経済史のほか、社会史などについても同様のことが言えるであろう。
また、一握りの権力者よりも民衆の方に関心を持ち、権力の役割よりも民衆の役割を重視する立場がある。しかし、やはり民衆の動きを中心として重要な政治的決定――たとえば日米開戦の決定――を説明することはできない。また、戦争中の民衆の生活が、いかに悲惨であったかを明らかにすることももちろん重要であろうが、何故そのような戦争が起こったかということの方が、もっと重要なように思われる。民衆史もやはり政治史に取って代わることはできないのである。
要するに、政治史は一見したところ古めかしい分野のように見えるけれども、歴史学がまず政治史から始まったのには、それなりの意味があったのである。政治が国民に及ぼす影響の圧倒的な今日、その意味は一段と重いというべきであろう。
さて、日本における近代国家の形成は、幕末の西洋との出会いに始まる。本書は幕末から冷戦の終焉にいたる百三十年余りを、「外交と権力」という副題のとおり、対外問題とこれに対する日本の権力の対応を中心に分析したものである。幕末の対外危機に直面した日本は、これに対処するために新しい権力を作り出し、その権力が今度は国際環境の方に働き掛けていった。そのような国際環境の変容と日本の権力の再編成という相互作用が、近代日本政治史を貫くテーマであり、それはいまも続いているように思われるからである。もし日本がアメリカのように自給自足の可能な大国なら、対外関係による影響は少なかったであろうし、はるかに小さな国であったならば、外圧に圧倒されてしまって、主体的に外へ働き掛けることはできなかったであろう。幸か不幸か、日本はそのいずれでもなかったのである。
一九七〇年代や、八〇年代のように近い過去を取り扱うことには、事実の確定や評価の点で、多少の危険は避けられないであろう。にもかかわらず、幕末から冷戦の終焉までを一つのテーマによってカバーすることにより、読者に、現在もまた歴史の一こまであり、われわれが日々歴史を作っていることを意識してもらえるかもしれない。また現在のプロの政治家を見る目を養ってもらえるかもしれない。限りある枚数に、無理を承知で百三十年余りを詰め込んだことには、そういう狙いがある。
本書の原型は、一九八九(平成元)年に放送大学の教科書として出版した同名の著作である。
教科書を書くにはおそらく二通りの方法がある。一つは若いうちに、一気呵成に怖いもの知らずに書くものであり、もう一つは長年の経験を経て、じっくり書くものである。前者には独断や間違いもあるが、勢いがある。後者は重厚かもしれないが、その分だけ平凡になる。一九八九年に出した著作は、前者の典型のようなもので、当時四十歳だった私が文字どおり一気呵成に書き上げたものである。
幸い旧著は好評を博し、多くの大学でテキストとして使われたのみならず、一部の予備校でも使われたそうである。しかし放送大学の教科書という性質上、私が講師を終えるとともに、絶版となった。
その後、多くの読者や編集者から、旧著の改訂版の執筆を求められたが、私はその後の自分自身の講義において発展させた内容を盛り込んだ、より詳細な教科書を執筆するからと、お断りしてきた。しかし、五十歳を超えてから、なかなか難しいと感じるようになった。勉強すればするほど、わからないこと、自信を持って断言できないと感じる部分がかえって増えてきたのである。成熟型の教科書というのは難しいものである。
そこであらためて、両方を出そうと考えるようになった。つまり旧著を全面改訂しコラムや資料は付け加えるが、若書き風のスタイルは変えないものを出し、より大部な教科書は別にこれを書く、ということに決めたのである。
そういう結論は、有斐閣書籍編集第二部の青海泰司氏というベテラン編集者と話し合う中から生まれた考えである。辛抱強く私の気持ちが熟するのを待ってくださった青海さんには深く感謝しているし、青海さんのコメントに学んだことは少なくない。しかし、本書に誤りなどがあるとすれば、それはすべて私の責任であることは言うまでもない。
旧著のはしがきにも書いたことであるが、教科書を書いて、あらためて痛感するのは、自分が学生あるいは研究者の卵として接した日本政治史の講義や演習によって、いかに強く影響されているかということである。そうした講義や演習の内容は、必ずしも本になっていないから、参考書として挙げられないのは残念であるが、東京大学において私に日本政治史研究の手ほどきをしてくださった故佐藤誠三郎先生と三谷太一郎先生とには、あらためて感謝の気持ちを申し上げたい。
二〇一一年三月
東北関東大震災からの速やかな復興を信じつつ
北岡伸一
目次
増補にあたって
初版まえがき証
第1章 幕藩体制の政治的特質
一六世紀の日本と西洋
西洋の多元性
幕藩体制の一元性
正統性の問題
崩壊の容易さと統一の容易さ
平和の配当
武士のエトス
第2章 西洋の衝撃への対応
一 開国か鎖国か
日本人の対外意識
幕府リーダーシップへの期待
条約勅許問題と将軍継嗣問題
二 幕末の動乱
尊王攘夷運動の激発
幕府雄藩連合体制の模索と崩壊
倒幕への道
低コスト革命の条件
第3章 明治国家の建設
一 中央集権体制の確立
公議輿論の調達
権力の集中
権力基盤の整備——軍事
権力基盤の整備
財政
二 「国民」の形成
国民的基盤の創出——西洋文明の導入
人的エネルギーの動員
第4章 政府批判の噴出
一 対外関係の整備と士族の反乱
国際秩序の伝統と近代
征韓論
反政府派の発生
宥和政策とその限界
西南戦争
二 自由民権運動
民権運動の発展
明治十四年政変
民権運動の高揚と後退
第5章 明治憲法体制の成立
一 明治憲法の制定
憲法制定への道
プロイセン流の憲法
憲法付属の制度
明治憲法の特徴
天皇親政論と天皇超政論
二 条約改正への取り組み
条約改正問題
大同団結運動
第6章 議会政治の定着
一 初期議会時の藩閥—政党関係
議会政治の出発
超然主義
初期議会の諸相
民力休養論の変容
二 日清戦争後の藩閥—政党関係
日清戦後経営
隈板内閣成立前後
山県内閣
政友会の成立
第7章 日清・日露戦争
一 日清戦争
主権線と利益線
朝鮮をめぐる日清対立
条約改正の成立
日清戦争
清国分割の進展
門戸開放宣言
二 日露戦争
戊戌変法と義和団事件
日英同盟
日露戦争
第8章 帝国の膨張
一 韓国併合
二 日本の満洲政策
満洲問題と国際関係
ドル外交の展開と日露の接近
三 第一次世界大戦と日本
中国革命
二十一カ条要求と反袁政策
寺内内閣の中国政策
シベリア出兵と西原借款
第9章 政党政治の発展
一 日露戦争後の藩閥—政党関係
伊藤内閣から西園寺内閣へ
桂園時代と藩閥
二 大正期の藩閥—政党関係
大正政変
第一次世界大戦期の藩閥と政党
桂園時代と政党
三党鼎立論の挫折
第10章 国際協調と政党内閣一原内閣
一 原内閣の成立
原敬没後
二 ワシントン体制
ワシントン体制の成立
ワシントン体制の崩壊
三 政党内閣の時代
第11章 軍部の台頭
一 満洲事変
軍縮と軍備近代化
昭和軍閥の台頭
満洲事変と国際連盟脱退
二 二・二六事件
連盟脱退後の国際関係
斎藤内閣と岡田内閣
陸軍の派閥対立
第12章 帝国の崩壊
一 日中戦争
広田内閣の成立
宇垣から近衛へ
日中戦争と総動員
東亜新秩序
二 日米戦争
第二次世界大戦の勃発
日米戦争への道
帝国の崩壊
第13章 敗戦・占領・講和
一 初期占領改革
敗戦
占領
非軍事化と民主化
占領下の政治過程
二 冷戦と講和
占領政策の転換
講和に向けて
第14章 自民党政治の発展
一 高度経済成長
五五年体制の成立
岸内閣と日米安保条約改定
池田内閣と佐藤内閣
二 自民党政治
派閥の発展
政策決定における自民党と官僚
第15章 国際秩序の変容と冷戦の終焉
一 「危機」の時代の日本政治
国際関係の変容
田中内閣と対外問題
保革伯仲
西側意識の定着
二 新たな国際的責任
補章 植民地とその後
台湾
朝鮮
満洲
敗戦後
脱植民地と戦後日本
参考文献
関連年表
人名索引
事項索引