ビールの教科書 (講談社学術文庫)

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ビールは人生に彩を与える

最近はクラフトビールもいろいろあり、何がどう違うの?と思っている人におすすめです。元々醸造家の方が書かれただけあって、歴史や化学的な説明は本格的な内容となっています。自ら工場を構えた経験を踏まえ、歴史、造り方、原材料、国ごとのスタイル、鑑定法など余すところなく解説してあります。

青井 博幸 (著)
出版社 : 講談社 (2019/6/12)、出典:出版社HP

目次

原本まえがき
第一章 ビールの歴史
1 ビールの起源
2 ヨーロッパでのビールの興り
3 ホップにまつわるビールの歴史
4 ラガーにまつわるビールの歴史
5 産業革命にまつわるビールの歴史~英国編
6 産業革命にまつわるビールの歴史~ドイツ・チェコ編

第二章 ビールの造り方
1 製麦・焙燥
2 仕込み――糖化とホップ投入
3 発酵によるアルコール生成
4 熟成(二次発酵)
5 濾過と「生」
6 低温殺菌

第三章 ビールの原材料
1 麦芽(モルト)
2 ホップの重要性
3 日本での副原料の使われ方
4 酵母―ラガーとエールの分かれ目
5 水の良し悪し

第四章 ビールのスタイル
1 ドイツのビール
2 チェコのビール
3 イギリスのビール
4 オーストリアのビール:

第五章 ビールの鑑定
1 ビールの鑑定方法――品評会によって異なる審査基準
2 ビールの分析的評価方法
3 ビールの官能的評価方法

第六章 日本のビール
1 日本のビール創生期
2 大掛かりな規制
3 大手寡占業界の商品特性
4 マイクロ・ブルワリーの登場

演習問題の解答

原本あとがき
学術文庫版のあとがき

第五章 ビールの鑑定
1 ビールの鑑定方法――品評会によって異なる審査基準
2 ビールの分析的評価方法
3 ビールの官能的評価方法

第六章 日本のビール
1 日本のビール創生期
2 大掛かりな規制
3 大手寡占業界の商品特性
4 マイクロ・ブルワリーの登場

演習問題の解答

原本あとがき
学術文庫版のあとがき

索引

青井 博幸 (著)
出版社 : 講談社 (2019/6/12)、出典:出版社HP

原本まえがき

第二回ジャパン・ビア・グランプリ会場で私は今、広島の独立行政法人酒類総合研究所に来ている。
第二回ジャパン・ビア・グランプリの審査がいよいよ大詰めを迎えている。日本全国から 一四三種類のビールが集まり、既に、約一ヵ月にわたった生化学的な試験を済ませ、これか ら、最終審査である官能審査が始まろうとしているのだ。先ほど、最初にサーブされる六種 類が準備室に運び込まれ、審査用コップの前に並べられている。一一名の審査委員団に同じ 温度、同じタイミングで、二日間にわたってすべてのビールが首尾よくサーブされねばなら ないのだ。私は、六名のビール・サービング・チームがそれぞれの持ち場で緊張した面持ち で私の合図を待っているのを見つめている。

この中に、お手伝いとして、一人まったくのビール素人が混ざっている。講談社の井上さ んだ。この二日間にわたる官能審査会の会期中、夜は、井上さんとホテルにこもって、本書 の最終ゲラ・チェックを行うことになっているのであった。意図的にこのタイミングを計っ ていたわけではなく、私がわがままを言って膝を突き合わせる機会を作らずにいたら、井上さんが押しかけてきただけであるが、なんとも本書の門出にふさわしい時に重なったものだと、ビールと私と本書の因果を感じているのであった。

大手紙のビール紹介文が意味不明!

ビールの鑑定については、本書の第五章でくわしく紹介するとして、まずは、本書を書く きっかけとなった記事について紹介しておこう。ビール好きなら誰でも興味を持って読むで あろう。ある大手ビール・メーカーの新商品の説明が、ある経済新聞紙に次のように紹介されていた。

無濾過の生ビール。通常のビールはすっきりした味作りが特徴の「下面発酵」を採用しているが、これは複雑な味と香りを引き出す「上面発酵」を採用した。世界で集めた約百六十種類の中から選んだ酵母を生きたまま使い、さわやかな香りとまろやかなこくを引き出したという。三百三十三リリットル小瓶入りの一種類だけで、希望小売価格は二百三十八円。 上面発酵は原料である麦芽の個性がはっきり表れるため、素材の個性を生かそうと、大麦 と小麦の麦芽だけを使った。ホップはアロマホップを使用、上質な苦みと香りをつけた。きめ細かな泡と、白く曇った黄金色の液色が特徴だ。

通常の常温流通のビールと違って、鮮度を保つチルド流通が……
(二〇〇二年九月一四日付日本経済新聞プラス1より)

さて、皆さんはこの紹介文にどれだけ納得できたか、あるいはできなかったであろうか。 私はこの紹介文が掲載された日、一般消費者はもとより、ビール醸造に従事する若者たちか らも多数の質問を頂いた。無理もないものばかりである。ここに紹介しよう。

ビール紹介文への質問ラッシュ

一般消費者1 :「無濾過、ということは、通常は生ビールでも濾過をしてあるということですか? ある地ビール・メーカーでは、無濾過で生きた酵母が入った生ビールなので冷蔵保管してください、と言っていました。濾過、生ビール、生きた酵母、冷蔵保存の関係 は?」

一般消費者2:「下面、上面、は何と読むのでしょうか? また、通常のビールは全部 *下面、で、上面、発酵のものは、すっきりしていないビールなんでしょうか?」 醸造家1:「世界で集めた約百六十種類の中から選んだ酵母、って世界中のどのビール会社のどのビールでもそうやって選んで使用するものだと思ってました。この会社、このビール以外の酵母は自社で遺伝子組み換えでもしたものしか使ってないってことでしょうか?」

一般消費者3:「酵母を生きたまま使い、さわやかな香りとまろやかなこくを引き出した、とありますが、通常は死んだ酵母を使っているので香りやこくがないということなのでしょうか?」

一般消費者4 :「上面発酵は……素材の個性を生かそうと、大麦と小麦の麦芽だけを使った、とありますが、上面発酵では小麦を使用したほうが良いのでしょうか?」

一般消費者5:「大麦と小麦の麦芽だけ”とありますが、通常のビールは他にどんな麦芽を使用するのでしょうか?」

醸造家2:「ホップはアロマホップを使用。って、この会社、他のビールにはアロマホッ プ使ってないってこと? まさか、そんなことないですよね。それから、このビール、苦味ホップを使用していないということであれば、ホップのエキスでも使用したということでしょうか? また、苦味ホップも使用しないで、きめ細かな泡》を出した、というのは、窒素ガスでも充填しているのでしょうか?泡持ちを良くする添加剤は日本ではビールの原材料としては認められてないですからね」

これでは、ほとんど全文が???ではないか。ワインや日本酒では日本人もある程度の知 識があるので、こんなわけの分からない解説を見ることは少ないが、ビールに関しては、まったく未開の国と言って良い。

このビール記事の本来の意味

日本人にとって、これほど身近なものになったビールについての新商品説明がこんなもの ではあまりにも寂しい。醸造家が指摘するような皮肉な事実はないと仮定して、勝手に(で きるだけ善意に)解釈して誤解が起きないように、この紹介文から伝わる新商品の説明を書 き直してみよう。

無濾過のビールで酵母が生きたまま入っている。通常のビールはすっきりした味作りが特 徴の「下面発酵」の酵母を使用しているが、このビールには、世界のビール酵母約百六十 種類の中から、さわやかな香りとまろやかなこくを引き出す「上面発酵」の酵母を選定し て使用した。三百三十三リリットル小瓶入りの一種類だけで、希望小売価格は二百三十八円。
コーンスターチなどの副原料は使用せず、大麦麦芽に加え小麦麦芽も使った。ホップは、 通常のビールではアロマホップとして使用しているものを苦味ホップとしても使用し、上 質な苦みと香りに仕上げた。きめ細かな泡と、白く曇った黄金色の液色が特徴だ。 通常の常温流通のビールと違って、鮮度を保つチルド流通が…

日本のビール愛好家に持って欲しい最低限の知識

さて、まだ???の方もいらっしゃるかも知れない。あるいは、すでに味への想像を馳せていらっしゃる方も。必ずしもビール通だけが読むとは限らない一般新聞紙上といえども、日本のビールを評する方々は、最低、この程度の矛盾や誤解を招かない書き方ができる知識レベルであって欲しいものだ。また、一般の方にも、デタラメとも思えるような紹介文は容認できない「常識」を身につけていただきたい。そうすれば、もっともっとビールを楽しめるからだ。

このような常識を身につけるには、まず原材料や製造についての基本的な知識を持たねば ならない。日本人の多くは「紀州の梅干し」とか「鹿児島の黒豚」というように、特産品な らではの味わいとかありがたみをなんとなくイメージできるはずである。また、そば粉のつなぎに何をどのくらい入れたか、という情報から、そばの色、硬さということをなんとなく であれ想像できるであろう。しかし、日本の一般的なビール好きは、ビールに対してはあまりにも知識が無さすぎるのだ。

青井 博幸 (著)
出版社 : 講談社 (2019/6/12)、出典:出版社HP

本書の目的と構成

私はかつて自社に小さなビール工場を持っていた。現在ではビール醸造事業は売却しているが、日本国内はもとより世界各国にビール愛好家とビール醸造家の友人がいる。日本の一 般的なビール好きの持つビールの知識と、世界のビール好きが持つビールの知識のギャップ があまりに大きく、日本のビール好きはどれだけビール人生を損しているか、ということを 痛切に感じてきた。

本書は、そのギャップを埋めるべく、私が小さいながらもビール工場を設計・建設し、醸 造・販売をしてきた経験を踏まえ、一般的な日本のビール好きが持つビールの常識を、一気 に世界でビール通と思われる人が持つべきビールの常識レベルにまで引き上げることを目的 として書いたものである。

第一章では、ビールの歴史として、ビールの始まりから、様々なビールがいかにヨーロッ パで育まれてきたかを、具体的なスタイルの登場ストーリーとして紹介していく。
第二章では、ビールの製造方法を説明する。ビールの製造方法はシンプルであるにもかかわらず、外来の飲料であり、国内では、たった五社しか造ってこなかったこともあり、ほとんどの日本人には知られざる世界であった。
第三章では、個々の原材料が、ビールの味や色などにどのように影響するのかを細かく説明する。第三章まで読んだあとに、もう一度、先ほどの新聞記事を読んでみていただきた い。先ほどのでたらめ広告の話を十分に理解でき、あなたが、既に、ビールの「常識」を十 分に持っていることが実感できるはずである。

日本は経済大国でありながら、ビールについては寡占市場であったためか、あるいはビー ルの酒税が高くて割高な飲料であるせいか、あまりにも貧しい楽しみ方しか用意されてこなかった。どのメーカーのどれを飲んでもピルスナーもどきの一辺倒な味のものばかりであっ たので、酵母もへったくれも関係なかったのだ。確かに宣伝では、これが「本物」とか、これが「キレ」とか勝手に言葉を並べているものの、どれも同じといって差し支えないではないか。味の差異ではなく、どんな言葉と宣伝方法で営業をするか、ということのみが重要な 産業になってしまった。しかも、消費者にビールの知識を正しく伝える努力をするどころ か、あえて誤解させてまでも売りつけるという観さえある。こんな日本のビール市場で、いくら自分を「ビール通」だと称したところで空しい限りだ。

ドイツでは今でもビール会社が一二○○社程度もあり、各地で様々な伝統の味わいが楽しめる。しかも、ちょっと国境を越えれば、またぞろ、まったく異なる味わいのビールがたくさん楽しめるのだ。ドイツに限らず、ヨーロッパの国々では、昔からビールといえば様々な 味わいのなかからTPOや好みに応じて選択して飲むのが常識なのだ。

日本の食生活も少しずつ豊かになり、日本人にもビールにそうした様々な味わいがあることを知る人が増えてきた。そうした真の「ビール通」のために、いわゆる地ビールと呼ばれる小規模メーカーも出てきて、最近では少しは様々なビールを楽しめるようになってきた。 第四章では、これまで日本人にとっては馴染みの少なかったタイプのビールを楽しむためのビールのヨーロッパ仮想旅行を体験していただきたい。すでに第三章で原材料とビールの味わいの関係をマスターしているので、いかなるスタイルのビールについても、特徴や楽しみ方が実感できて、思わず「ゴクリ」と唾を飲み込みたくなるに違いない。

第五章では、冒頭で述べたようなビール鑑定についての具体的な内容を詳しく説明する。
ビールの香り(フレーバー)というと、一般的に知られているものは、ビールの醸造者が品質管理のために用いる「オフ・フレーバー」のリストである。オフ・フレーバーというのは、好ましくない臭い、ということで、これらのオフ・フレーバーをかぎ分けるには、それなりの訓練を要する。ビール醸造に携わる者には必須であるが、一般の消費者が中途半端にこんな知識をもつと、美味しいビールまでクンクンと疑って鑑定したりして、かえってつまらなくなる場合もある。

そこで、決してケチをつけてその場を盛り下げない、と約束してくれる人のために(そう でない人は読まないでください)、造り手の立場から、ビールの専門的な(オフ・)フレーバーについても解説する。ちょっとはプロになった気分でビールを鑑定してみるのも面白い ものだ。しかし、当然、本当に鑑定できるようになるには、それなりの訓練をしなければな らないので、そのような機会を提供している団体を紹介しておいたので問い合わせてほしい。
さて、様々なビールの楽しみ方をすっかりマスターしたら、様々なビールを飲みたくなる

青井 博幸 (著)
出版社 : 講談社 (2019/6/12)、出典:出版社HP