経営戦略としての「健康経営」: 従業員の健康は企業の収益向上につながる!

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健康経営の全容がわかる!

最新の研究結果や健康経営に取り組んだ企業の事例がわかりやすくまとめられています。健康経営優良法人の認定項目の解説もされており、企業の経営層や関連部署の方が読むにはとてもおすすめの本です。

新井 卓二 (著), 玄場 公規 (著)
出版社 : 合同フォレスト (2019/10/30)、出典:出版社HP

この本を最愛なる息子(1歳)に捧げる。
きみが二十数年後、働くであろう社会では、「健康経営」が当たり前になっていることを願う。
そして、100歳を超えても“健康”に過ごすことを、妻と共に切に願っている。
新井 卓二

※「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

はじめに 健康経営ブームと今後の課題

「健康経営」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? 企業における新しい経営手法として注目されており、日本政府の「日本再興戦略」(2014年~)、「未来投資戦略」(2017年~)に位置づけられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つとして、政府内の主に経済産業省が推進しています。

「健康経営」とは、所管する経済産業省によると「従業員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営学的な視点で考え、戦略的に実践すること」と定義しています。つまり「企業で働いている従業員の健康状態が良好でなければ、会社業績は向上しない」という概念となります。この概念を、企業や組織において実践する経営手法が「健康経営」となり、具体的には、働いている人や環境等に対し、法律で義務づけられている以上の健康投資が求められています。

「企業で働いている従業員の健康状態が良好でなければ会社業績が向上しない」と書くと、当たり前と言えばそのとおりで、企業において働いている従業員は、古くから大切な資産であり、また利益の源泉であり、また人財(材)と言われるほど重要でもあり、当然従業員の健康は、企業にとって、大切な経営項目の一つでした。

ではなぜ、近年「健康経営」と言われ始めたのでしょうか? まず法律の流れから見ていきましょう。古くは、鉱山や潜水等の仕事に従事していた従業員の健康状態は、その企業や組織において死活を決める大切な経営項目でした。そして働いている従業員を危険から守るため、そして労働災害の防止のため、労働基準法と相まって、1972年に労働安全衛生法が施行されました。同法の施行によって、単に法律で定める労働災害の防止のための基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて、職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならないことになりました。さらに、労働安全衛生法は時代に合わせて改正され、2015年にはストレスチェック制度が義務化され、労働者のメンタルも健康状態に含めることになりました。このように従業員の健康の範囲は、労働災害の防止から始まり、身体やメンタル、健康増進まで拡大し、企業に対し従業員の健康が課せられてきました。

次に企業で働く従業員の動向から見ると、働く人口(生産年齢人口/15~64歳)は、戦後一貫して増え続けていましたが、1995年の8726万人をピークに減少に転じました。その後、ITや技術革新により生産性の向上が図られ、さらに65歳以上の働き手の増加、女性の就業者の増加等で、働き手の減少スピードは緩やかなものとなりました。しかし、2015年以降の年少(15歳未満)人口の減少や、共働き世帯の増加により生産年齢人口の減少スピードは速まり、ますます働き手の総数が 減っていくことが予測されています。

一方、働き手から見ると、労働基準法や関連法令を守らず、従業員に長時間労働やサービス残業などを強制する企業をさす「ブラック企業」という言葉が認知されるようになりました。これにより求職者、特に大学生からはブラック企業の情報がSNS等で拡散され、就職を避ける傾向がみられました。また、ブラック企業の対義語であるホワイト企業を探す動きも現れ、健康経営アワードの一つである健康経営優良法人(大規模法人部門)は、「ホワイト500」(2020年から変更予定)とも呼ばれ、認定企業はホワイト企業として認知され始めています。

そしてもう一つ、経営面でも意識の変化がありました。それは、従来の「従業員の代わりはいくらでもいる」という考え方からの変化です。知名度が高い企業では、就職希望者が多いため、健康状態が不調に陥った従業員がいても、すぐに労働市場から労働者を雇うことができていました。

しかし、うつ病等の精神疾患の病気により、元気に働けなくなる従業員が増えると同時に、昨今の景気拡大も相まって、そうした企業でさえも、深刻な人手不足(働き手・従業員不足)が発生しました。またブラック企業としての悪評を得ると、労働者の採用が困難になり、雇用コストが増加するだけでなく、離職率も高まるようになってきました。結果、ブラック企業を含め全企業にとって、現在働いている従業員の貴重性が高まってきました。さらに、従業員を大切にしている企業は、自社のブランドイメージを上げ、採用につながる動きも現れてきました。
これらの、法律の改正や労働人口の減少、ブラック企業の認知といった社会的背景、加えて企業側の意識の変化もあり、近年特に「健康経営」の重要性が高まり、具体的な取り組みが始まってきました。

2019年度の「健康経営アワード」において「健康 経営優良法人ホワイト500(大規模法人部門)」で、全上場企業(3660社)の23%の859法人と、非上場941法人が参加し、821法人が認定されました。 法律で義務化されていない制度としては、類を見ない普及といえるでしょう(表1)。

表1 健康経営アワード(表彰制度)の認定数

年度 健康経営銘柄 健康経営優良法人ホワイト500(大規模法人部門) 健康経営度回答企業数 健康経営優良法人(中小規模法人部門)
2015 22 493
2016 25 573
2017 24 235 726 318
2018 26 539 1239(718) 776
2019 37 821 1800(859) 2503

 

取り組み企業が、全上場企業の23%を超えたということは、図1のとおりロジャーズ氏が提唱したイノベーター理論によると、キャズム(別名死の谷。16%)を越え、普及期を迎えました。つまり「健康経営」に取り組まないと時代遅れと言われるほど、上場企業を中心にブームとなり浸透してきました。今後は中小企業も含め日本の全企業に対し普及していくものと思われます。

図1 イノベーター理論の図

ブームの反面、健康経営の研究者として、今後のさらなる普及についていくつか課題も見つかってきました。
まず既存学術学会による学術論文の少なさです。つまりエビデンスがないことです。「健康経営」はアメリカの事例を参考に、日本に導入されてきましたが、日本での実証や検証は少なく、さらに学術論文においては数えるほどしかありません。これは、「健康経営」が、「健康」分野と「経営」分野をまたぐため、 既存の学術学会では対応が難しいからであろうと推察します。
次は、ブームによってできた団体や協会等の活動の縮小または停止です。2015年からさまざまな団体や協会ができました。 最初は華々しく活動していましたが、その後残念ながら続かない団体や協会も出ています。さらに、「健康経営」に取り組む企業が増えたため、「健康経営」に資するサービスやモノを開発・提供する企業からも、見込んでいたほど利益が上がらないと悩み、縮小や撤退するところがでてきました。
もう一つ、「健康経営」を管轄・推進する省庁への依存もあげられます。省庁からの委託事業への依存や、委託事業が終了すると同時に活動を停止する団体や協会が出てきており、継続性に疑問を呈してきました。
加えて、初めての不景気の到来もあげられます。過去には不景気になると、広告宣伝費と共に法定以上の制度や福利厚生費が真っ先に削減の対象となってきました。「健康経営」の顕彰制度が始まった2015~2019年まで、景気は戦後最長の拡大を続けてきましたが、制度開始以来、初めての景気後退局面を迎えることとなり、「健康経営」の普及が正念場を迎えることになりそうです。

本書では、第1章で、基礎となる経営戦略の歴史から最新の経営手法(CSV経営等)や現在企業に求められているSDGs等の「戦略」、そして「イノベーション」について紹介します。第2章では、「健康経営」の歴史やブームの立役者ともいえる経済産業省の“取り組み”を紹介します。第3章では、労働衛生の延長としてとらえられることの多い「健康経営」を、「経営戦略」の視点で紐解きます。第4章では、「健康経営」の実証や最新の研究の成果を紹介します。そして第5章では、取り組み1年で「健康経営優良法人ホワイト500(大規模法人)」に認定された株式会社富士通ゼネラル、2019年「健康経営銘柄」に初選定されたヤフー株式会社、「健康経営銘柄」の制度開始から5年連続で選ばれているSCSK株式会社の3社を紹介します。
また、「健康経営」というワードが誕生する以前から取り組まれてきた株式会社フジクラに、パイオニアならではの視点で「健康経営」取り組みのプロセスについてアドバイスをいただきました。「おわりに」では、筆者なりの問題解決策や今後の普及策、そして日本の国力として「健康経営」の位置づけを提示します。

本書は、「健康経営」を初めて経営学的にとらえた書籍となります。そして日本で初めて学術的なエビデンスをもって、「健康経営」の期待される効果や実証結果を紹介していきます。
残念ながら健康経営の取り組みの歴史は浅く、まだ表れていない、または感覚値として効果はあるが測定できていない項目もあります。今後、さらに多くの効果が実証されていくなかで、本書がその一助となれば幸いです。また現在働いている皆様のためにも、未来に働く子どもたちのためにも、今後、健康経営が企業にとって当たり前(基本)の経営手法になっている世の中を信じています。
最後に、「健康経営」は、一つの経営手法です。つまり、他の経営手法を採用し、「健康経営」に取り組まなくてもかまいません。ただ本書を読み終わる頃には、取り組まないと、これから訪れる不景気を乗り切れない、または会社存続のために必要な経営手法だと思っていただけるはずです。ぜひ最後までお付き合いください。

新井卓二

注1 日本健康会議と経済産業省の共催で、健康経営に取り組む企業の顕彰や健康経営促進のためのディスカッションを行うことを目的に、2019年2月1日に開催。
2 2015~2018年までは1業種1社、またROE(自己資本利益率)等基準があったが、徐々に緩和され2019年からは1業種1社以上認定できる制度へ変更された。

新井 卓二 (著), 玄場 公規 (著)
出版社 : 合同フォレスト (2019/10/30)、出典:出版社HP

もくじ

はじめに 健康経営ブームと今後の課題

第1章 経営戦略の流れからみる健康経営(玄場公規)
1 企業における戦略
2 イノベーション
3 環境経営
4 CSRとCSV
5 SDGsとESG投資

第2章 健康経営の歴史(新井卓二・第2章~第4章)
1 健康経営と先行研究
2 日本における普及
3 他省庁や自治体の取り組み
4 ブームの理由
5 現在の「健康経営」は産業安全や労働衛生の延長

第3章 戦略としての「健康経営」
1 期待される五つの効果とアメリカとの違い
2 日本独自の健康経営と期待できる効果
3 イメージアップとリクルート効果
4 大学生アンケートからみる健康経営
5 健康経営の誤解

第4章 投資効果を上げる健康経営の取り組み
1 健康経営銘柄、健康経営優良法人への取り組み
2 取り組みの基本
3 波及効果と効果を最大化する健康経営手法
4 日本で初めての投資リターンと効果測定
5 「働き方改革」との関係

第5章 最新の「健康経営」取り組み事例
1 株式会社富士通ゼネラル(健康経営推進室 室長 佐藤光弘)
2 ヤフー株式会社(グッドコンディション推進室 川村由起子)
3 SCSK株式会社(ライフサポート推進部 副部長 杉岡孝祐)

健康経営のパイオニアが指南する実行プロセスの手引き
株式会社フジクラ (CHO補佐)兼 株式会社フジクラ 健康社会研究所(代表取締役 浅野健一郎)

おわりに 健康経営が当たり前の社会へ

新井 卓二 (著), 玄場 公規 (著)
出版社 : 合同フォレスト (2019/10/30)、出典:出版社HP