【最新】天才アセモグルのおすすめ経済学書籍・論文

天才アセモグル(MIT)書籍、論文を読もう

現在の経済学者の中でも、MITのアセモグル教授は世界を代表する一流の研究者です。将来はノーベル経済学賞受賞もあると言われております。また専門の幅の広さも一流です。政治経済学、経済発展と成長、人的資本理論、成長理論、イノベーション、サーチ理論、ネットワーク経済学、または最近ですとコロナ関連やAI関連の論文も多く出しております。

今回はそのアセモグル教授ですが、一般向け書籍として様々な書籍をだしております。国家はなぜ衰退するのかは、世界的にもベストセラーとなり、その後の自由の命運はその国家の強さと民の自由がどうせめぎ合うか、またマクロ、ミクロの非常に楽しめる教科書もだしております。また今回はセレクトしていませんが翻訳はされていない洋書での、大学院生向けの「Introduction To Modern Economic Growth」や独裁や民主化を描いた「Economic Origins of Dictatorship and Democracy」などもあります。

ランキングも確認する
出典:出版社HP

 

アセモグル/レイブソン/リスト マクロ経済学

ALLマクロ経済

本書はDaron Acemoglu, David Laibson, John A. List, Microeconomics (2015, Pearson Education)の日本語版です。アメリカ経済学をリーディングする3人が書いたマクロ経済学となります。最新のマクロのスタンダードをやさしく最先端を紹介しています。

ダロン アセモグル (著), デヴィッド レイブソン (著), ジョン リスト (著), 岩本 康志 (翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2019/2/1)、出典:出版社HP

まえがき

経済学はとても面白い。経済は驚くべき仕組みでできている。スマートフォンを前にして私たちが思い浮かべるのは、とてつもなくすばらしいテクノロジーに関する複雑なサプライ・チェーンだ。そこでは、世界中で製造された部品を組み立てるために、多くの人々が生産に参加している。

誰の命令によるものでもなく、世界を動かす市場の力は、意識の存在や人生そのものと同じぐらいに、印象的で深淵な現象だ。市場システムの創造は、人類が創り出した最大の作業であることは間違いない。

経済学の考え方はシンプルなものでありながら、世界の出来事を説明し、予測し、改善するうえでとても役に立つ。それを知ってもらおうと思い、私たちは本書を執筆した。学生たちに経済分析の基本的な原理を理解してもらうために、人間行動を理解するうえでの経済学のアプローチの核心を3つの原理にまとめた。3つの原理は抽象的な単語にまとめられているが、その内容は直観的に理解できるものだ。

ダロン アセモグル (著), デヴィッド レイブソン (著), ジョン リスト (著), 岩本 康志 (翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2019/2/1)、出典:出版社HP

経済学のアプローチにおける3つの原理

第1の原理は最適化である。最適化とは、人々は可能な選択肢の中で最善のものを選ぼうとする、という考えだ。誰もがつねに最適化ができているとは限らないが、人々は最適化を試みることによって、多くの場合にうまく最適化を行っている。最大の便益をもたらす選択肢を選ぼうと努力する意思決定者にとっては、最適化とは人間の行動を予測するための有用なツールである。最適化はまた、有用で規範的なツールでもある。最適化のための方法を学ぶことによって、人々は意思決定と生活の質を向上させることができる。本書を読み終えた後には、誰もが最適化行動をうまく選択することができるようになっていることだろう。最適化を行うには複雑な数式は必要なく、ただ経済学的直観を用いるだけでよい。

第2の原理は、第1の最適化の原理を拡張することによって導き出される均街の原理である。経済システムは均衡の下で機能する。均衡とは、誰もが同時に最適化しようとしている状態だ。幸福度(ウェル・ビーイング)を最大限に高めようとしているのは、自分だけではない。各人が今とは違う行動をとっても状況は変化しないと誰もが感じるときには、その経済は均衡状態にある。均衡の原理は、経済主体のつながりに注目するものである。たとえば、アップルストアには、大勢の消費者がiPhoneを買いに来るので、大量のiPhoneの在庫が用意されている。その一方で、多くの消費者は、iPhoneが買えると思うからアップルストアを訪れる、とも考えられる。均衡においては、消費者も生産者も同時に最適化しているのであり、両者の行動は関係しあっているのである。

最適化と均衡という最初の2つの原理は、概念的なものである。それに対して、第3の原理である経験主義は、方法論である。経済学では、経済理論を検証したり、世の中について学んだり、政策担当者と話をする際には、データを使う。本書においても、データは主役である。ただし、実証分析は、極めて単純なものにとどめている。本書が他のテキストと違うのは、経済学の理論と現実データのマッチングに重点を置いた点にある。すなわち本書では、経済学ではどのようにデータを用いて具体的な問題の解決策を示すのかを描いている。各章の記述は、具体的でかつ読んで面白いものであることに努めた。最近の学生は理論の背景にあるエビデンス(実証的裏づけ)を求めるものだが、それについても十分に提供した。

たとえば、各章では、実証的な質問を提示して、その後に、データを使ってその質問に答えていくというスタイルをとっている。たとえば、7章は、以下の質問からスタートする。

「アメリカ経済は、過去200年間にわたって、なぜ経済成長を続けることができたのか?」

7章では、アメリカが経済成長を成し遂げ、また私たちの暮らしが数世代前よりも格段に向上している主要な要因は、主に技術進歩にあることを学ぶ。

自分たちの経験を振り返っても、経済学を学びはじめた当初の学生たちは、経済学は理論重でエビデンス(実証的裏づけ)に乏しいという印象を持っていることが多い。本書では、データを用いることによって、経済学ではどのように科学的分析や改善が行われているかを説明する。データを用いることによって、概念の理解は容易になる。またエビデンスが示されることによって、学生は直観的に理解できる。データは、抽象的な原理をより具体的な事実に変換してくれる。各章では、学生が興味を持ち続けることができるように、経済学ではどのようにしてデータを使って疑問に答えているのかについて焦点を当てる。どの章をとっても、経済学を科学的に応用するにはエビデンスが重要な役割を果たしていることが示される。

ダロン アセモグル (著), デヴィッド レイブソン (著), ジョン リスト (著), 岩本 康志 (翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2019/2/1)、出典:出版社HP

コラムの目的

3種類のコラムの目的は、現実社会の問題を直観的に理解することである。

「根拠に基づく経済学」(EBE) EBEは、各章冒頭で取り上げた問いに答えるコラムであり、経済学ではどのように現実のデータを用いて問いに答えるかが示されている。EBEでは、各章で議論する重要な概念に関係する実際のデータが使用される。データを活用することによって、自分たちを取り巻く世界の中で経済学が果たしている役割について、読者はよりリアルに実感が湧くだろう。

各章の質問で取り上げるのは、無味乾燥な理論だけに基づく概念ではない。たとえば、以下のように、教室の外の現実社会に関連した問いが取り上げられる。

フェイスブックは無料か?(1章)
大学には、進学する価値はあるのか?(2章)
熱帯地域と亜熱帝地域の貧困は地理的条件が原因なのか?(8章)
2007~09年の景気後退はなぜ起きたのか?(12章)
ナイキのような企業はベトナムの労働者の敵なのか?(14章)

「データは語る」 2番目のコラム「データは語る」では、現実のデータを議論の根幹に据えることからスタートして、経済に関する疑問を分析する。以下のようなコラムがある。

平均寿命とイノベーション(7章)
相互につながった世界で暮らす(14章)
中国政府が元の過小評価を維持させた理由(15章)

「選択の結果」最適化の原理を扱う本書では、現実の経済的意思決定の問題を考えたり、また過去に行われた経済的意思決定の評価をしたりする。そうした課題に取り組むコラムが「選択の結果」だ。そして、同じ意思決定の問題を、経済学ではどのように取り扱うのかについて学ぶ。以下のようなコラムがある。

指数的成長がもたらす結果(7章)
対外援助と腐敗(8章)
大きすぎて潰せない(10章)

ダロン アセモグル (著), デヴィッド レイブソン (著), ジョン リスト (著), 岩本 康志 (翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2019/2/1)、出典:出版社HP

本書の構成

「第Ⅰ部 経済学への誘い」の目的は、世界を知るための経済学的な考え方を理解するための基盤を作ることである。「1章 経済学の原理と実践」では、最適化の原理が私たちの選択のほとんどに関係していることを学ぶ。私たちは便益と費用を考慮に入れて優先順位をつけるのだが、そのためには、トレードオフ、予算制約、機会費用について理解しなければならない。続いて学ぶ均衡とは、誰もが同時かつ個別に最遮化しようとしている状態であることを説明する。均衡では、自分の行動を変えることによって便益が変化することはない。また、個人の最適化と社会の最適化が必ずしも一致するわけではないフリーライダー問題についても紹介する。

データは経済学では中心的役割を担う。「2章 経済学の方法と問い」では、経済モデル、科学的方法、実証的エビデンス、そして相関関係と因果関係の重要な違いについて説明する。そして、人間の行動に関する興味深い疑問に答えるためには、経済学ではどのようにモデルやデータが利用されているのかを示す。結論では、グラフの作り方とその解釈の仕方について学ぶ。また、この補論では、インセンティブに関して実際に行われた実験が例として用いられる。

「3章 最適化:最善をつくす」では、最適化の概念について詳しく学ぶ。また限界分析を直観的に理部するために何を用いる。ここでは、アパートを探す際の、通勤時間と家賃のトレードオフが問題になる。ここでは、水準による最適化と差分による最適化という2つのアプローチが紹介されるのだが、経済学で用いられることが多いのは後者の差分による最適化(限界分析)の手法である。その理由についても学ぶことになる。

「4章 需要、供給と均衡」では、ガソリン市場を例にとって、需要と供給の枠組みについて学ぶ。ガソリン価格は、どのようにドライバーなどの買い手の意思決定に影響を及ぼすのだろうか?また、エクソンモービル社などの売り手の意思決定に影響を及ぼすのだろうか?4章では、以下の手順でモデルが構築される。まず個々の買い手を足し合わせて市場の需要曲線を作り、個々の売り手を足し合わせて市場の供給曲線を作る。次に、買い手と売り手を合わせて、完全競争市場において交換される財の市場均衡価格と市場均衡取引量がどのように決定されるのかを示す。最後に、価格が、需要量と供給量が一致するように調整できないときには市場が機能しなくなることを示す。

「第Ⅱ部 マクロ経済学への誘い」では、文字どおりマクロ経済学の基礎を学ぶ。「5章 国の富:マクロ経済全体を定義して測定する」では、基礎的な測定ツールについて説明する。経済の総産出量である国内総生産(GDP)を導出するフレームワークである国民経済計算について、生産、支出、所得の3つのアプローチから説明し、これら3つが等価であり、同じGDPの値になる理由を説明する。また、家庭における生産などの、GDPでは測定できないものについて考える。最後に、インフレーションの測定と物価指数の概念について議論する。

「6章 総所得」では、1人当たり所得(GDP)を国際比較する方法について、為替レートと購買力平価という2つの類似した手法を通して検討する。集計的生産関数は、一国のGDPが、物的資本ストック、労働資本(労働者1人当たりの総労働時間と人的資本)、および技術に関係づけられているかを説明する。また一国のGDPと、1人当たり所得、労働者1人当たりの物的資本ストック、人的資本、技術との関連を示す。これらのツールを用いれば、各国ごとの繁栄の水準に大きな差がある理由を説明できる。ここでも、物的資本、人的資本、技術は重要な要因となっている。

「第Ⅲ部 経済成長と発展」では、経済成長と発展について包括的に取り扱う。「7章 経済成長」では、経済成長が過去200年間を通して、多くの国々の姿を大きく変えてきたことを示す。たとえば、今日のアメリカの1人当たりGDPは、1820年当時の約25倍だ。この議論の中では、経済成長の「指数的」性質についても学ぶ。指数的成長とは、新しい成長は過去の成長のうえに成り立っていることを意味している。指数的成長があるときには、1人当たり成長率のほんの少しの違いが、数十年の時間を隔てると大きな差となって現れる。そのうえで、持続的成長は技術進歩に依存すること、また国ごとに長期的成長の経路が異なる理由を説明する。経済成長は、すべての市民に等しく恩恵をもたらすわけではない。一部の市民を貧困に陥らせてしまうことは、技術進歩が意図していることでは必ずしもない副産物だ。

物的資本や人的資本に十分に投資をせず、最新の技術を採用せず、生産を効率的に組織しない国があるのはなぜだろうか?世界全体が経済発展できないのはなぜだろうか?「8章 なぜ豊かな国と貧しい国があるのか?」では上の疑問に答えることを通して、貧困の根本的原因について考える。繁栄の根本的原因の仮説には、地理、文化、制度からの3つのアプローチがある。繁栄の地理的要因はしばしば貧困の根本的原因であるとして言及されるが、各国ごとに経済の繁栄水準が異なる理由を十分に説明するものではないことも議論する。

「第Ⅳ部 マクロ経済の均衡」では、労働市場、クレジット市場、銀行準備の市場について議論する。これらは、マクロ経済の分析において中心的な役割を果たす3つの重要な市場だ。「9章 雇用と失業」では労働市場、すなわち労働需要と労働供給について扱う。標準的な競争均衡においては、労働者の賃金と労働量は、労働需要曲線と労働供給曲線の交点で決定される。しかし、賃金が十分に伸縮的でない場合には、失業が発生する。この枠組みを用いることによって、摩擦的失業や構造的失業のような、様々な失業の要因についても議論をする。

「10章 クレジット市場」では、現代の金融制度が、どのようにして貯蓄者から借り手へと資金を循環させているのかについて説明する。また、金融システムを不安定にする様々なショックについて説明する。銀行やその他の金融仲介機関が、どのようにしてクレジット市場において需要と供給を結びつけているのかを学ぶ。また銀行の貸借対照表(バランスシート)を使って、短期負債を持つリスクと、長期投資をするリスクについて説明する。

「11章 金融システム」では、最初に貨幣の機能について説明する。そして、(アメリカの中央銀行である)連邦準備銀行(Fed)について紹介し、準備預金市場の需要と供給の役割に焦点を当てるとともに、金融システムの基本的な機能を明らかにする。準備預金をコントロールし、準備預金の金利(フェデラル・ファンド・レート)をはじめとした金利に影響を与えるFedの役割については詳細に説明する。最後に、インフレーションの原因と、インフレーションの社会的費用と社会的便益について説明する。

「第Ⅴ部 景気変動とマクロ経済政策」では、景気変動を分析するための最新の分析枠組みについて説明する。本書の分析は、包括的かつ統合的なものであり、経済学の異なる学派の考え方の中から最も妥当で有用な考え方を取り出して、関連する内容や有益な考え方を融合させたものである。我々の考えでは、経済学を学びはじめた学生が景気変動を理解するにあたっては、労働市場に眼を向けることが最も有益だ。そこで労働市場と失業を分析の中心に置いた。そして、その分析枠組みを、金融市場の役割と金融危機についての議論に拡大する。次に、過去100年間の理論と実証分析から明らかになった多岐にわたる重要な知見を融合させる考え方について提示する。

「12章 景気変動」では、アプローチの基盤である労働市場に焦点を当てる。様々な経済ショックがどのようにして景気変動を引き起こすのかが示される。技術変化、景況感(アニマル・スピリットを含む)、金利に影響を与えたり金融危機を引き起こす貨幣的・金融的要因などを検証する。それぞれのケースにおいて、当初のショックの影響が乗数効果の働きによって増幅されていく過程が説明される。また、賃金の硬直性が、労働市場のショックへの対応に影響を与える理由を説明する。景気後退と景気拡大の両方の分析に対して労働市場モデルを応用し、経済成長が遅すぎるときや早すぎるときに起こる問題について検討する。

「13章 反循環的マクロ経済政策」では、景気変動を部分的に相殺するために用いられる金融政策や財政政策について、その内容を議論する。ここでは近年、中央銀行が行っている最も重要な戦略が説明される。その後に、財政政策の役割について議論し、反析環的な支出や課税の影響を評価する際に用いることができる分析ツールを紹介する。

「第Ⅵ部 グローバル経済のマクロ経済学」では、グローバル経済と各国間の結びつきに関する多角的な視点を提供する。「14章 マクロ経済と国際貿易」では、特化、比較優位、機会費用の概念を用いて、国際貿易がどのように機能しているのかを示す。次に、企業内の業務の最適な配分について学ぶ。(国際貿易と同様に、企業における取引においても)比較優位に従うべきであり、個人は自分の職業を選択すべきであることが示される。そして、国際間の事業の最適な配分に眼を転じても、同じ原理が適用できることを示して、この視点を拡大する。次に、財とサービスの国際的な流れと貿易赤字が金融面に及ぼす影響について分析する。ここでは、貿易のグローバル化の様々なパターンを経済学で分析するための会計式(経常収支と金融収支)が提示される。さらに、技術移転の重要な役割についても議論される。

「15章 開放経済のマクロ経済学」では、異なる通貨間の為替レート(名目為替レートと実質為替レートがある)を決定する要因と、為替レートがマクロ経済に及ぼす影響について学ぶ。また、様々な為替相場制度と外国為替市場の働きについて紹介する。最後に、実質為替レートの変化が、純輸出とGDPにどのように影響を及ぼすのかについて学ぶ。

ダロン アセモグル (著), デヴィッド レイブソン (著), ジョン リスト (著), 岩本 康志 (翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2019/2/1)、出典:出版社HP

謝辞

私たち3人の執筆者は、テキスト・プロジェクトに取り組むにあたって、経済学だけではなく、教育(ティーチング)、執筆(ライティング)についても議論を重ねた。加えて、本書執筆の段階では多くの方々から、さらに多くを学ぶことができた。貴重な助言に対して、遊んで感謝申し上げたい。それらの助言は、執筆開始時には想像もできなかったほど、大変に貴重なものだった。彼らの洞察とアドバイスのおかげで本書のアイデアは大きく改善されることとなった。

本テキストのレビュアー、フォーカス・グループ、テスト授業参加のみなさんには、どのように私たちのアイデアを組み立てていけばいいのかを示していただいただけでなく、執筆をサポートし、私たちの文章をより簡潔にするためのお手伝いをしていただいた。彼らのすばらしいフィードバックは、経済学についての私たちの誤解を修正し、概念的な思い込みを改善し、明快に執筆する方法を示してくれた。彼らのアドバイスによって、本書のあらゆるパラグラフが改善された。サポートをいただいた方々を以下に紹介しよう。

リサーチ・アシスタントのAlec Brandon、Justin Holz、Josh Hurwitz、Xavier Jaravel、Angelina Liang、Daniel Norris、Yana Peysakhovich、Jan Zilinskyには、データの分析、文章の推敲、本書全体を貫く教育的原理についての深い洞察を生み出すなど、プロジェクトのあらゆる場面で重要な役割を果たしていただいた。彼らは、多くの役割を担っていた。本書の細部に至るまで影響を及ぼした彼らの才能と貢献がなければ、プロジェクトの成功はなかったであろう。とりわけ、Joshの貢献は特筆すべきものである。

Joshの深更まで及んだ作業、優れた編集能力と経済学に関する深い洞察に対する感謝の気持ちは永遠に忘れることはない。Zick Rubinには、プロジェクトがスタートした初期の段階から助言と激励をいただいた。プロジェクトの内容に貢献してくれた多くの経済学者のみなさんにも感謝したい。ボストン大学のBruce Watson、Anuradha Gupta, Julia Paulには、章末問題の作成に貢献していただいた。テキサス工科大学のRashid Al-Hmoudには、革新的なインストラクターズ・マニュアルとアクティブラーニングの演習問題を作成していただいた。カリフォルニア州立大学ロングビーチ校のSteven Yamarikと、インディアナ大学ブルーミントン校のPaul Grafには、本書の重要点を抽出したすばらしいパワーポイントのスライドとアニメーションを作成していただいた。Anuradha GuptaとJulia Paulには、TestBankを作成していただいた。

最も重要な貢献は、編集者とピアソン社のみなさんによるものである。彼らとは、本書のすべての段階をともに過ごした。夜も週末も、数えきれないほどの時間をこのプロジェクトに注いでいただいた。このプロジェクトに寄せられた彼らの情熱、ビジョン、編集に際しての提案のすべてが、テキストの至るところに活かされている。プロジェクトにおける重要な決断のほとんどは、編集者の助言と協力の賜物である。この関係があったからこそ、本書を完成させることができた。ピアソン社の多数の人たちが重要な役割を担ってくれたが、特にお世話になったのが、Executive Acquisitions EditorのAdrienne D’Ambro sio, Executive Development Editor Mary Clare McEwing, Production Manager Nancy Freihofer. Project Manager Sarah Dumouchelle. Andra Skaalrud. Diane Kohnen Ann Francis. Product Testing and Learner Validation Manager Kathleen McLellan, Executive Field Marketing Manager Lori DeShazo. Senior Product Marketing Manager) Alison Haskins, Digital Content Team Lead ) Noel Lotz, Digital Studio Project ManagerのMelissa Honig、Margaret E. Monahan-Pashallである。

なかでも特にAdrienneには感謝している。プロジェクトがスタートした当初から献身的に関わり、重要な決断のすべてに労を惜しまず貢献してくれた。プロジェクトの立案にあたったDigital EditorのDenise Clinton、そして、Vice President Product ManagementのDonna Battistaには、プロジェクトを通じて支援していただいた。みなさんは、私たち3人にとっては、筆者であり、教育者であり、コミュニケーターであった。本書は、プロジェクトに関わったすべての方々の忍耐と献身の証であり、良い文章(いや悪い文章!)を見い出した慧眼の証でもある。彼らのプロジェクトへの修大な献身に私たちは感銘を受けてきた。完成までの助言と協力に心から感謝している。

最後に、私たちを支えてくれた人々に感謝したい。私たちを経済学者として導き、教育の力と経済学を学ぶことから得られる喜びを実例をもって示してくださった指導教授たち。私たちを育て、私たちのキャリアを可能にした人的資源を与えてくれた両親。私たちの子どもたち、Annika、Aras、Arda、Eli,Greta、Mason、MaxとNoahは、執筆に追われて様牲にせざるをえなかった家族との時間を我慢してくれた。そして、プロジェクトを通して私たちをサポートし、理解してくれた配偶者にも感謝しきれない。

本書は、このプロジェクトにともに取り組んだ、慧眼と情熱を持った多くの人々の成果である。数多くの協力者たちに心から感謝を捧げたい。

ダロン アセモグル (著), デヴィッド レイブソン (著), ジョン リスト (著), 岩本 康志 (翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2019/2/1)、出典:出版社HP

監訳者まえがき~日本語版刊行にあたって~

本書は、Daron Acemoglu, David Laibson, John A. List, Macroeconomics (2015, Pearson Education)の日本語版である。同じ著者によるMicroeconomics(2020年に日本語版を刊行予定)とともに、大学での経済学入門コースの教科書として、アメリカをはじめ世界各国で好評を博している。日本の大学では、4単位科目(通年1コマか半期2コマ)の教科書に適した分量であるが、 内容を取捨選択して2単位科目か、ミクロ経済学を合わせた4単位科目の半分 をカバーする教科書として使用することもできるだろう。

翻訳された教科書で本書のレベルに相当するものには、「マンキュー経済学Ⅱ マクロ編」、「スティグリッツ マクロ経済学」、「クルーグマン マクロ経済学」 (以上、東洋経済新報社)、「ハバード経済学Ⅲ 基礎マクロ編』(日本経済新聞出版社)等がある。これらと比較した本書の特徴は、「新しい」と「やさしい」である。

「新しい」面は、従来の入門レベルの教科書では扱われていないが、学界の最先端で議論されているような最新のトピックを、教科書の中核に取り入れて いることである。改訂を重ねている教科書には、長年使われて改良が施されて いる利点がある一方で、経済学の新しい知見が現れても、教科書の骨格を変化 させることが難しい。その結果、時代の変化とともに廃れつつある知識を最初 にしっかりと学び、今重要な新しい知識は上級の教科書で触れられるものとしていっさい取り上げないか、最後に少しだけ触れられるような構成になってしまうことが起こりがちである。結局、既存の教科書は変化できずに、新しい教科書に取って代わられることで、教科書は進歩してきた。
本書は、革新的業績で経済学を変貌させてきた著者たち(いわば教科書の書 換えを迫る張本人)が、自分たちが変えた経済学の姿を教科書に盛り込もうと 試みたものである。その「新しさ」の例をいくつか挙げよう。

まず、事実とデータにより理論を検証しようとする「経験主義」を、経済学 のアプローチにおける3つの重要な原理の1つに掲げ、各章の構成をその精神で貫いている。各章冒頭では重要な問いかけを行い、それを解明するために必 要な経済学の概念や論理を学び、コラム「根拠に基づく経済学」(EBE)で、実際のデータを用いて理論を検証している。もちろん教科書であるから、概念と理論を積み上げていくように章の順番は構成されているが、理論を学ぶことが優先ではなく、経済を理解するために経済学を学ぶことが優先である。データは時間が経つと古くなるので、従来の教科書ではなかなか積極的に採用できなかったアプローチである。本書では、長く学生にとっても役に立つ、本質的 な問題を精選することで、この問題に対応している。

本書が取り上げる課題の多くは、経済に起こった現象の原因と結果の関係の 解明である。因果関係から生じる影響を抽出するために、原因から影響を受ける処置群と影響を受けない対照群を設定するという手法 (現在の学界では、ゴールドスタンダードと呼ばれる)が中心的な役割を占める(2章)。「平均処置効果」 このような学部レベルでは扱われていなかった概念まで最初からしっかり説明されているのは、従来の教科書にはない特徴である。最初からこのような方法論 を学べることは、本書を学んだ後に経済学を使って自分で経済問題を考える際 には大きな助けとなることだろう。

「なぜ豊かな国と貧しい国があるのか?」(8章)、という重要な問いかけに 対しても、本書では数章(5~8章)をかけてこの方法論から解明する。そして、技術の蓄積の差が国際間の貧富の差の重要な要因になっていることと(7章)、 経済制度の差が技術の差を生じさせていることを(8章)、朝鮮半島などにおける実際のデータを用いて論証している(8章)。理論の展開を重視する従来 の教科書では、背景となるモデルの数学的な難しさから十分に踏み込めなかった話題である。こうしたテーマに対して経験主義の方向から接近することによって、著者の1人であるアセモグル教授の著名な研究のエッセンスを入門教科書で展開しているのは、本書の白眉と言える。

従来の教科書での定番教材としては、現代の教科書の元祖であるサミュエル ソンの「経済学」(1948年初版)で導入された「45度線モデル」(マクロ経済 を安定化される財政政策の乗数効果を説明するモデル)がある。しかし、現代のマクロ経済学は45度線モデルには立脚しておらず、乗数効果はゲーム理論での「戦略的補完性」の概念に基づいて説明されるようになっている。このことをはじめとして、現在、マクロ経済学では学部で学ぶことと大学院で学ぶことの乖離が大きいことが教育上の問題になっている。経済学入門コースで45 度線モデルをしっかり学んでも、レベルが上がるにつれて、45度線モデルで学んだことは不要になる。本書では戦略的補完性の技術的説明はしていないが、そのエッセンスを伝える説明をすることで、そのまま現代のマクロ経済学での議論につながる体裁をとっている(12章)。

金融に関しても、サブプライム・ローンの破綻から金融危機(2008~09年) が起きたことで、教科書の書換えが迫られていた。これまで金融危機が長らく起こらなかったことで、金融危機が起こらない経済の動きをうまく説明するようにマクロ経済学は発達し、教科書もそのような経済学に基づいて書かれてきた。いまやそれは不適切である。本書では、銀行の機能からリーマン・ブラザーズ証券の破綻を招いた現象である組織的銀行取付けに至るまで、金融危機がなぜ起こるのかを理解するために必要な概念を一直線に学べるように工夫されて いる(10章、11章)。

内容が複雑にならない、記述が難しくならない、という意味での「やさしさ」 については本書のレベルは、従来の教科書では一番やさしいとされる「マンキュー 経済学Ⅲ マクロ編」よりも少しやさしい水準だろう。また、重要な話題が精選されていることによって読みやすく、かつ学びやすくなっている。

翻訳でもそうした「やさしさ」を伝えることにひときわ気を遣った。原書で 使われている英語は非常に平易なものであるが、翻訳によっては学術的で固い日本語になってしまいがちである。日本語版を企画した東洋経済新報社の佐藤 朋保氏とも議論のうえに、本書は、高校生でも読めるような翻訳を目指した。そのため一部では、日本語として意味が通りやすい意訳を志向している。

アメリカでは、本書のようなレベルの教科書は、高校で大学レベルの授業をするAP(Advanced Placement) プログラムでも使用される。これは、日本での高大連携にあたる。ただし、日本の高校の社会科教科書の内容と比較して、 暗記よりも、考えることが重視されている。本書で扱われる問いは、たとえば、「2009年に破綻して、世界的な金融危機の引き金になった金融機関はどこか?」 を問うのではなく、「2007~009年の景気後退はなぜ起きたのか?」(12章)と 金融危機が起こった背景を問うものである。経済学を用いて考える力を養う本書は、高校生や社会人にとってもおすすめである。

経済学の内容を読者にやさしく伝えるために、本書ではアメリカの学生が経験する身近な事例を多数取り上げている。翻訳教科書のつねとして、そのような事例は日本ではなじみのないもので、逆効果になることもある。その場合は、 固有名詞を一般名詞に置き換えたり、日米の慣習や制度の違いについて訳注を付けたりして、日本の読者にも読みやすくなるようにした(原書注とは区別して、「*」を付して脚注としている)。また、日本のデータを参照した図をいくつか追加している(図表番号の終わりに「J」を添えている)。なお、原書のわかりにくさを改善するために、7章補論にあった経済成長モデルの数学的説明は割愛し、10章 (337ページ)の実質金利と名目金利に関する記述は第2版と差し替えた。

経済学のテキストを実際の大学の講義で使用するにあたっては、アメリカでは教科書に適合した様々なサポート教材が提供されている。本書でも、同様 のセットが日本語版として提供される。テキスト各章に対応した、図表スライド、講義用スライド、TestBank、eラーニング、章末問題の解答、アクティブラーニング用スライドなどの様々なサポート教材のセットについては、東洋経済新報社の茅根恭子氏に準備していただいた。

本書の著者の経歴と業績は巻末に紹介されているが、プロフィールの若干の補足をしておこう。
アセモグル教授は、その業績を要約することが難しいほど、多岐にわたる分野で活躍をしている。専門分化が進んだ現代の経済学の中で、1つの専門分野にとどまることなく重要な問題に次々と関心を移し、それぞれで影響力のある業績をあげ、稀有な存在として業界の尊敬と畏怖の念を集めている。教授の活 躍自体が、経済の様々な重要な問題をゴールドスタンダードに沿って検証するという本書のアプローチのお手本になっていると言ってよい。教授の知的好奇心は、最近では、人工知能(AI)の経済への影響に関する研究にも影響を発揮している。

レイブソン教授は、心理学の知見を取り入れて発展した行動経済学の確立に貢献した重鎮である。行動経済学の知見は、本書の経済主体の行動の説明の中 心に置かれていて、3つの重要な原理の1つである「最適化」について、本書では、誰もがつねに最適化ができているとは限らないが、人々は最適化を試みることによって、多くの場合にうまく最適化を行っている、という説明から出 発している。教授はまた、神経科学を取り入れた神経経済学、遺伝子情報をデータとして活用する遺伝子経済学でも活躍しており、隣接科学との交流によって経済学の方法論を大きく広げる活躍をされている。

リスト教授は、実験室内ではなく実際の社会で実験を行うという、フィールド実験を用いた研究の第一人者である。経済学の研究対象が自由貿易の是非のような国民経済全体に関わることであった時代には、経済学は自然科学とは違って実験ができない学問とされていた。しかし現代では教育、社会保障のような対個人サービスが重要な位置を占めるようになり、政策の効果の検証には実験が可能な研究課題が多くなってきた。それだけでなく教授は、人々の経済行動の研究にもフィールド実験を積極的に適用して、経済学の方法論を革命的に進歩させた。こうした革新的な業績をあげ続けているスーパースターのチームが、教科書の世界を革新しようとする醍醐味を、本書を読むことで味わっていただきたいと思う。

最後に、佐藤氏に加えて東洋経済新報社の村瀬裕己氏と堀雅子氏には、本書の編集・校正作業にあたっていただいた。6000ページを超える大部を隅々までチェックして、数多くの不備を修正していただいた。みな様の深いプロ意識と 優しいサポートに厚く感謝を申し上げる。
この種の翻訳では複数人で分担して翻訳するところを、日本語版の意図を貫植する観点から、単独での翻訳を岩本千晴氏にお願いした。限られた期間で大 部の原稿を翻訳することで大変なご苦労をおかけしたが、すばらしい翻訳をされたことに厚く感謝を申し上げたい。

岩本 康志

ダロン アセモグル (著), デヴィッド レイブソン (著), ジョン リスト (著), 岩本 康志 (翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2019/2/1)、出典:出版社HP

目次

まえがき
謝辞
監訳者まえがき~日本語版刊行にあたって~

第I部 経済学への誘い
1章 経済学の原理と実践
1.1 経済学の対象
経済主体と経済資源
経済学の定義
事実解明的経済学と規範的経済学
ミクロ経済学とマクロ経済学
1.2 3つの原理
1.3 第1の原理:最適化
トレードオフと予算制約
機会費用
費用便益分析
EBE フェイスブックは無料か?
1.4 第2の原理:均衡
フリーライダー問題
1.5 第3の原理:経験主義
1.6 経済学は役に立つ?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

2章 経済学の方法と問い
2.1 科学的方法とは
モデルとデータ
経済モデル
EBE 大学を卒業すると、どれぐらい所得が増えるのか?
平均値
伝間に基づく議論
2.2 因果関係と相関関係
赤色の広告キャンペーン
因果関係と相関関係
実験経済学と自然実験
2.3 経済学の問いと答え
EBE義務教育が1年延びたら、賃金はどれぐらい上がるのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題
補論 グラフの作成と解釈
インセンティブに関する研究
実験のデザイン
変数の説明
原因と結果
キーワード
練習問題

3章 最適化:最善をつくす
3.1 最適化の2つの方法:焦点の違い
3.2 水準による最適化
選択の結果 人々は本当に最適化しているのか?
比較静学
3.3 差分による最適化:限界分析
限界費用
EBE 立地は家賃にどのように影響するのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

4章 需要、供給と均衡
4.1 市場
競争市場
4.2 買い手の行動
需要曲線
支払意思額
個人の需要曲線から総需要曲線を導き出す
市場需要曲線を作る
需要曲線のシフト
EBE ガソリン価格が安くなったら、もっとガソリンを買うだろうか?
4.3 売り手の行動
供給曲線
受入意思額
個別の供給曲線から市場供給曲線を導き出す
供給曲線のシフト
4.4 均衡における供給と需要
競争均衡における曲線のシフト
4.5 政府がガソリン価格を決めたらどうなるか?
選択の結果 市場価格を固定することによる予期せぬ出来事
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

第II部 マクロ経済学への誘い
5章 国の富:マクロ経済全体を定義して測定する
5.1 マクロ経済学の問題
5.2 国民経済計算:生産=支出=所得
生産アプローチ
支出アプローチ
所得アプローチ
経済循環
国民経済計算:生産アプローチ
国民経済計算:支出アプローチ
EBE アメリカの経済社産の1年間の総市場価値はどれほどの規模になるのか?
国民経済計算:所得アプローチ
データは語る 貯番か投資か
5.3 GDPでは測定されないもの
物的資本の減耗
家庭における生産
地下経済
負の外部性
国内総生産(GDP)と国民総生産(GNP)
余暇
GDPで幸福が買えるだろうか?
5.4 実質と名目
GDPデフレーター
消費者物価指数
インフレーション
名目変数の調整
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

6章 総所得
6.1 世界の経済格差
1人当たり所得の違いを測定する
データは語る ビッグマック指数
1人当たり所得の格差
労働者1人当たり所得
生産性
所得と生活水準
選択の結果 1人当たり所得を見ているだけではわからないこと
6.2 生産性と集計的生産関数
生産性の違い
集計的生産関数
物的資本と土地
集計的生産関数を式で表す
6.3 技術の役割と決定要因
技術
データは語る ムーアの法則
技術に関するいくつかの面
データは語る 企業レベルでの生産の効率性と生産性
企業家精神
データは語る 独占とGDP
EBE 平均的アメリカ人が平均的インド人よりずっと豊かな理由は何か?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題
補論 集計的生産関数の数学的説明

第Ⅲ部 経済成長と発展
7章 経済成長
7.1 経済成長の力
ひと目でわかるアメリカの経済成長
指数的成長
選択の結果 指数的成長がもたらす結果
経済成長のパターン
データは語る GDPは水準で比較すべきか? 成長率で比較すべきか?
平均成長率の計算
7.2 経済はどのように成長するのか?
最適化:貯蓄と消費の間の分割の選択
持続的成長は、どのように実現されるのか?
選択の結果 貯蓄率が上昇するのは、どんな場合にもいいことなのか?
知識・技術進歩・経済成長
EBE アメリカは、過去200年間にわたって、なり性人成長を続けることができたのか?
7.3 経済成長と技術の歴史
近代以前の経済成長
マルサスが考えた経済成長の限界
産業革命
産業革命以降の経済成長と技術
7.4 経済成長、不平等、そして貧困
経済成長と不平等
データは語る アメリカにおける所得格差
選択の結果 格差と貧国
経済成長と貧困
どうすれば貧困を減らすことができるのか?
データは語る 平均寿命とイノベーション
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

8章 なぜ豊かな国と貧しい国があるのか?
8.1 繁栄の直接的原因と根本的原因
地理仮説
文化伝説
制度仮説
歴史上の自然実験
8.2 制度と経済発展
包摂的経済制度と収奪的経済制度
経済制度が経済に及ぼす影響
データは語る 東ヨーロッパにおける分岐と収束
収奪的経済制度が選ばれる論理
包摂的経済制度と産業革命
データは語る 鉄道建設を阻止した理由
EBE 熱帯地域と亜熱帯地域の国は地理的条件が原因なのか?
8.3 対外援助は世界の貧困の解決策になるのか?
選択の結果 対外援助と腐敗
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

第IV部 マクロ経済の均衡
9章 雇用と失業
9.1 雇用と失業の測定
16歳以上人口の分類
失業率の計算
失業率の傾向 302
失業者の内訳
9.2 労働市場の均衡
労働需要
労働問要曲線のシフト
労働供給
労働供給曲線のシフト
競争的労働市場の均衡
9.3 失業はなぜ起きるのか?
9.4 ジョブ・サーチと摩擦的失業
9.5 賃金の硬直性と構造的失業
最低賃金法
選択の結果 ラッダイト運動
労働組合と団体交渉
効率賃金と失業
賃金の下方硬直性と失業の変動
自然失業率と循環的失業
EBE 企業が工場を閉鎖すると、地域の雇用と失業にはどのような影響が及ぶのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

10章 クレジット市場334
10.1 クレジット市場とはどういう市場か?
借り手と融資の需要
実質金利と名目金利
信用需要曲線
貯蓄の決定
選択の結果 なぜ貯蓄をするのか?343
信用供給曲線
クレジット市場における均衡
クレジット市場と資源の効率的配分
10.2 銀行と金融仲介機関:供給と需要をあわせて考える
銀行の貸借対照表上における資産と負債
10.3 銀行はどのような業務を行っているのか?354
利益につながる融資機会を見つけ出す
満期変換
リスクの管理
銀行取付け
銀行の規制と銀行の支払い能力
EBE 銀行の破はどのぐらい頻繁に起こっているのか?
選択の結果 大きすぎて潰せない
選択の結果 産価格の変動と銀行の破線
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

11章 金融システム
11. 1 貨幣
貨帯の機能
貨幣の種類
マネーサプライ
選択の結果 金に交換できた貨幣とできなくなった貨幣
11.2 貨幣、物価、GDP
名目GDP、実質GDP、インフレーション
貨幣数量説
11.3 インフレーション
インフレーションの原因は何だろうか?
インフレーションが及ぼす影響
インフレーションの社会的費用
インフレーションの社会的便益
11.4 連邦準備制度
中央銀行と金融政策の目的
EBE 1922~23年のドイツでは、なぜハイパーインフレーションが起きたのか?
中央銀行は何をしているのか?
準備預金
フェデラル・ファンド市場の需要サイド
フェデラル・ファンド市場の供給サイド、およびフェデラル・ファンド市場の均値
Fedはマネーサプライとインフレ率にどのような影響を及ぼすのか?
選択の結果 フェデラル・ファンド市場以外で準備預金を得る
フェデラル・ファンド・レートと長期実質金利の関係
選択の結果 インフレ期待の2つのモデル
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

第V部 景気変動とマクロ経済政策
12章 景気変動
12.1 景気変動と景気循環
景気変動のパターン
大恐慌
12.2 マクロ経済均衡と景気変動
労働需要と変動
変動の要因
データは語る 失業率と実質GDPの成長率:オークンの法則
乗数と景気変動
賃金が下方硬直的で乗数効果が働くときの短期均衡
中期的な均衡:部分的な回復と完全な回復
12.3 経済モデルの拡張
EBE 2007~09年の景気後退はなぜ起きたのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

13章 反循環的マクロ経済政策
13.1 景気変動における反循環的政策の役割
13.2 反循環的金融政策
フェデラル・ファンド・レートの操作
Fedが用いるその他の手段
期待、インフレーション、金融政策
データは語る 期待をコントロールする
金融引締め政策:インフレーションのコントロール
ゼロ金利制約
選択の結果 政策の失敗
政策のトレードオフ
13.3 反循環的財政政策
景気循環と財政政策:自動的な部分と裁量的な部分
支出を増やす財政政策の分析
減税による財政政策の分析
労働市場を直接の対象とした財政政策
政策の無駄と政策のラグ
13.4 財政政策と金融政策の境界が曖昧な政策
EBE 政府が支出を増加させると、GDPはどのぐらい上昇するのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

第Ⅵ部 グローバル経済のマクロ経済学
14章 マクロ経済と国際貿易
14.1 貿易はなぜ行われるのか?またどのように行われるのか?
絶対優位と比較優位
比較優位と国際貿易
効率性と貿易の勝者と敗者
貿易はどのように行われているのか?
貿易障壁:関税
データは語る 相互につながった世界で暮らす
14.2 経常収支と金融収支
選択の結果 関税と投票526
貿易黒字と貿易赤字
国際的な資金の流れ
経常収支と金融収支の仕組み
14.3 国際貿易、技術移転、経済成長
データは語る IBMからレノボへ
EBE ナイキのような企業はベトナムの労働者の敵なのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

15章 開放経済のマクロ経済学
15.1 為替レート
名目為替レート
変動為替相場制、管理為替相場制、固定為替相場制
15.2 外国為替市場
政府は外国為替市場にどのように介入するのか?
過大評価された為替レートを維持する
当選択の結果固定為替相場制と政治腐敗
EBE ジョージ・ソロスはどうやって10億ドルを稼いだのか?
15.3 実質為替レートと輸出
名目為替レートから実質為替レートへ
名目為替レートと実質為替レートの共変動
実質為替レートと純輸出
15.4 開放経済におけるGDP
データは語る 中国政府が元の過小評価を維持させた理由
金利、為替レート、純輸出
ブラック・ウェンズデーの再考
データは語る 固定為替相場制の費用
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

用語解説
索引
著者紹介

ダロン アセモグル (著), デヴィッド レイブソン (著), ジョン リスト (著), 岩本 康志 (翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2019/2/1)、出典:出版社HP

アセモグル/レイブソン/リスト ミクロ経済学

ALLミクロ経済

本書はDaron Acemoglu, David Laibson, John A. List, Microeconomics (2015, Pearson Education)の日本語版です。アメリカ経済学をリーディングする3人が書いたミクロ経済学となります。最新のミクロのスタンダードをやさしく最先端を紹介しています。

ダロン・アセモグル (著), デヴィッド・レイブソン (著), ジョン・リスト (著), 岩本 康志 (監修, 翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2020/3/20)、出典:出版社HP

 

 

まえがき

経済学はとても面白い。経済は驚くべき仕組みでできている。スマートフォンを前にして私たちが思い浮かべるのは、とてつもなくすばらしいテクノロジーに関する複雑なサプライ・チェーンだ。そこでは、世界中で製造された部品を組み立てるために、多くの人々が生産に参加している。

誰の命令によるものでもなく、世界を動かす市場の力は、意識の存在や人生そのものと同じぐらいに、印象的で深淵な現象だ。市場システムの創造は、人類が創り出した最大の偉業であることは間違いない。

経済学の考え方はシンプルなものでありながら、世界の出来事を説明し、予測し、改善するうえでとても役に立つ。それを知ってもらおうと思い、私たちは本書を執筆した。学生たちに経済分析の基本的な原理を理解してもらうために、人間行動を理解するうえでの経済学のアプローチの核心を3つの原理にまとめた。3つの原理は抽象的な単語にまとめられているが、その内容は直観的に理解できるものだ。

ダロン・アセモグル (著), デヴィッド・レイブソン (著), ジョン・リスト (著), 岩本 康志 (監修, 翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2020/3/20)、出典:出版社HP

経済学のアプローチにおける3つの原理

第1の原理は最適化である。最適化とは、人々は可能な選択肢の中で最善のものを選ぼうとする、という考えだ。誰もがつねに最適化ができているとは限らないが、人々は最適化を試みることによって、多くの場合にうまく最適化を行っている。最大の純便益をもたらす選択肢を選ぼうと努力する意思決定者にとっては、最適化とは人間の行動を予測するための有用なツールである。最適化はまた、有用で規範的なツールでもある。最適化のための方法を学ぶことに よって、人々は意思決定と生活の質を向上させることができる。本書を読み終えた後には、誰もが最適化行動をうまく選択することができるようになっていることだろう。最適化を行うには複雑な数式は必要なく、ただ経済学的直観を用いるだけでよい。

第2の原理は、第1の最適化の原理を拡張することによって導き出される均衡の原理である。経済システムは均衡の下で機能する。均衡とは、誰もが同時に最適化しようとしている状態だ。幸福度(ウェルビーイング)を最大限に高めようとしているのは、自分だけではない。各人が今とは違う行動をとっても状況は変化しないと誰もが感じるときには、その経済は均衡状態にある。均衡の原理は、経済主体のつながりに注目するものである。たとえば、アップルストアには、大勢の消費者がiPhoneを買いに来るので、大量のiPhoneの在庫が用意されている。その一方で、多くの消費者は、iPhoneが買えると思うからアップルストアを訪れる、とも考えられる。均衡においては、消費者も生産者も同時に最適化しているのであり、両者の行動は関係しあっているのである。最適化と均衡という最初の2つの原理は、概念的なものである。

それに対して、第3の原理である経験主義は、方法論である。経済学では、経済理論を検証したり、世の中について学んだり、政策担当者と話をする際には、データを使う。本書においても、データは主役である。ただし、実証分析は、極めて単純なものにとどめている。本書が他のテキストと違うのは、経済学の理論と現 実データのマッチングに重点を置いた点にある。すなわち本書では、経済学で はどのようにデータを用いて具体的な問題の解決策を示すのかを描いている。各章の記述は、具体的でかつ読んで面白いものであることに努めた。最近の学生は理論の背景にあるエビデンス(実証的裏づけ)を求めるものだが、それについても十分に提供した。

たとえば、各章では、実証的な質問を提示して、その後に、データを使ってその質問に答えていくというスタイルをとっている。たとえば、5章は、以下の質問からスタートする。
「月100ドルの報酬で禁煙できるだろうか?」
5章は、禁煙すれば報酬を支払うという実験では、どのように喫煙率が下落するかを考える。
自分たちの経験を振り返っても、経済学を学びはじめた当初の学生たちは、経済学は理論偏重でエビデンス(実証的裏づけ)に乏しいという印象を持っていることが多い。本書では、データを用いることによって、経済学ではどのように科学的分析や改善が行われているかを説明する。データを用いることによって、概念の理解は容易になる。

またエビデンスが示されることによって、学生は直観的に理解できる。データは、抽象的な原理をより具体的な事実に変換し てくれる。各章では、学生が興味を持ち続けることができるように、経済学ではどのようにしてデータを使って疑問に答えているのかについて焦点を当てる。どの章をとっても、経済学を科学的に応用するにはエビデンスが重要な役割を果たしていることが示される。

ダロン・アセモグル (著), デヴィッド・レイブソン (著), ジョン・リスト (著), 岩本 康志 (監修, 翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2020/3/20)、出典:出版社HP

コラムの目的

3種類のコラムの目的は、現実社会の問題を直観的に理解することである。
「根拠に基づく経済学」(EBE) EBEは、各章冒頭で取り上げた問いに答えるコラムであり、経済学ではどのように現実のデータを用いて問いに答えるかが示されている。EBEでは、各章で議論する重要な概念に関係する実際のデータが使用される。それらのデータは、フィールド実験やラボ実験から得られるものもあるし、あるいは様々な事象(自然に起こる事象)を観察することから得られるものもある。そうしたデータを活用することによって、自分たちを取り巻く世界の中で経済学が果たしている役割について、読者はよりリアルに実感が湧くだろう。
各章の質問で取り上げるのは、無味乾燥な理論だけに基づく概念ではない。たとえば、以下のように、教室の外の現実社会に関連した問いが取り上げられる。

フェイスブックは無料か?(1章)
大学には、進学する価値はあるのか?(2章)
自由貿易は仕事を奪うのか?(8章)
最適な政府の大きさとは?(10章)
相手の立場で考えることは得策か?(13章)

「データは語る」
2番目のコラム「データは語る」では、現実のデータを議論の根幹に据えることからスタートして、経済に関する疑問を分析する。以下のようなコラムがある。
マクドナルド社は、弾力性を考慮に入れるべきだろうか?(5章)
労働供給が増加すると貸金は本当に下がるのか?(11章)
広告を出す企業と出さない企業があるのはなぜか?(14章)

「選択の結果」
最適化の原理を扱う本書では、現実の経済的意思決定の問題を考えたり、また過去に行われた経済的意思決定の評価をしたりする。そうした課題に取り組むコラムが「選択の結果」だ。そして、同じ意思決定の問題を、経済学ではどのように取り扱うのかについて学ぶ。以下のようなコラムがある。

人々は本当に最適化しているのか?(3章)
レブロン・ジェームズは自宅のペンキ塗りをすべきだろうか?(8章)
報復の進化論的解釈(18章)

ダロン・アセモグル (著), デヴィッド・レイブソン (著), ジョン・リスト (著), 岩本 康志 (監修, 翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2020/3/20)、出典:出版社HP

本書の構成

「第I部 経済学への誘い」の目的は、世界を知るための経済学的な考え方を理解するための基盤を作ることである。「1章 経済学の原理と実践」では、最適化の原理が私たちの選択のほとんどに関係していることを学ぶ。私たちは便益と費用を考慮に入れて優先順位をつけるのだが、そのためには、トレードオフ、予算制約、機会費用について理解しなければならない。続いて学ぶ均衡とは、誰もが同時かつ個別に最適化しようとしている状態であることを説明する。均衡では、自分の行動を変えることによって便益が変化することはない。また、個人の最適化と社会の最適化が必ずしも一致するわけではないフリーライダー問題についても紹介する。

データは経済学では中心的役割を担う。「2章 経済学の方法と問い」では、経済モデル、科学的方法、実証的エビデンス、そして相関関係と因果関係の重要な違いについて説明する。そして、人間の行動に関する興味深い疑問に答えるためには、経済学ではどのようにモデルやデータが利用されているのかを示す。補論では、グラフの作り方とその解釈の仕方について学ぶ。また、この補論では、インセンティブに関して実際に行われた実験が例として用いられる。

「3章 最適化:最善をつくす」では、最適化の概念について詳しく学ぶ。また限界分析を直観的に理解するために例を用いる。ここでは、アパートを探す際の、通勤時間と家賃のトレードオフが問題になる。ここでは、水準による最適化と差分による最適化という2つのアプローチが紹介されるのだが、経済学で用いられることが多いのは後者の差分による最適化(限界分析)の手法である。その理由についても学ぶことになる。

「4章需要、供給と均衡」では、ガソリン市場を例にとって、需要と供給の枠組みについて学ぶ。ガソリン価格は、どのようにドライバーなどの買い手の意思決定に影響を及ぼすのだろうか?また、エクソンモービル社などの売り手の意思決定に影響を及ぼすのだろうか?4章では、以下の手順でモデルが構築される。まず個々の買い手を足し合わせて市場の需要曲線を作り、個々の売り手を足し合わせて市場の供給曲線を作る。次に、買い手と売り手を合わせて、完全競争市場において交換される財の市場均衡価格と市場均衡取引量がどのように決定されるのかを示す。最後に、価格が、需要量と供給量が一致するように調整できないときには市場が機能しなくなることを示す。

「第II部 ミクロ経済学の基盤」は、需要と供給がどのように決まるのかについて詳しく説明することからはじめる。著者たちの教育者としての経験では、ほとんどの学生たちは、経済学を1年間学んだ後でさえ需要曲線と供給曲線に関する基本的な考え方――特に、これらの曲線がどのようにして作られているのか―を、理解できていない。そして、多くの教科書ではこの問題は放置されたままになっている。

5章と6章を執筆したときの著者たちの目標は、インセンティブの考え方に基づけば、消費と生産が実は表裏一体の関係にあることを示す意を用意することであった。他の教科書では様々な章でバラバラに学んでいた、消費者と生産者に関係する概念をここに集めることによって、消費者による最適化と生産者による最適化の間の共通する点と関連する点を明らかにすることを目指した。こうした構成をとることで、読者は、概念がどのように関係しているのかを理 解するために教科書の様々な章を前後して参照する必要もなく、1つの場所で全体像を学ぶことができる。

「5章 消費者とインセンティブ」では、需要曲線の背景に立ち入って、需要曲線がどのようにしてできるのかを考える。消費者が何を買うのかを決めるやり方を「買い手の選択」と名づける。買い手の選択に影響を及ぼすのは、買い手の選好、財とサービスの価格、予算の3つの要素である。この3要素を合わせて考えることによって、需要曲線が導き出される。このアプローチの延長で、消費者余剰と需要の弾力性を説明し、消費者がインセンティブにどのように反応するのかを見る。本章の議論から、政策当局や企業は、経済を需要側から考えるべきである理由が理解できるだろう。さらに理解を深めたい学生のために、補論では所得効果と代替効果について説明する。

「6章 生産者とインセンティブ」では、5章と同様の包括的なアプローチをとって「売り手の選択」について考える。題材としているのは、ある1つの企業(著者の1人が10代の夏休みにアルバイトをしたウィスコンシンチーズマン社)である。売り手の選択に影響を及ぼすのは、生産、費用、利益の3つの要素である。他の教科書では、これらの3要素を、様々な章でバラバラに学んでいたが、売り手の選択を考えるときには、3要素を1つにまとめるのが自然である。そもそも最適な選択を行う企業は、これらの3要素について同時に考えているのだ。また、1つの企業を題材にしたことによって、章全体の説明は一貫したものとなり、わかりやすくなっている。さらに理解を深めたい学生のために補論では、企業によって費用構造が異なると、長期でも経済的利潤が発生することを解説する。

「7章 完全競争と見えざる手」では、市場全体に目を向ける。まず、5章で説明した買い手と6声で説明した売り手が完全競争市場で出会うことによって、何が起きるかを考える。本章の冒頭の問いは、「利己的人間だけがいる市場は社会全体の幸福度を最大化できるか?」だ。この問いに関しては、我々の目を見張らせる経済学の考え方がある。完全競争市場では、「見えざる手」が働き、個人の利益と社会の利益を調和させるというのだ。価格が見えざる手を動かし、買い手と売り手にインセンティブを与えることによって、経済のあらゆる産業間と産業内で資源を効率的に配分し、社会的余剰を最大化する。さらに、バーノン・スミス(ノーベル経済学賞受賞)が行った実験で、価格と取引量は需要と供給が等しくなるところに近づく結果が得られていることを紹介する。

「8章 貿易」では、まず生産可能性曲線、比較優位、さらに貿易による利益を学ぶ。そして、個人間の取引の説明からはじめ、州間の取引である交易を説明し(入門レベルの教科書では画期的なテーマである)、最後に国と国の間の取引である国際貿易を説明する。このような流れに沿って学ぶことで、個人問で取引が生まれる原理が、州際交易でも、国際貿易でも同じように働くことが理解できる。貿易が行われることによって、一国の中で勝者と敗者が生まれることは多いが、勝者が貿易から得る利益は敗者の損失を上回る。政策の課題は、すべての人が貿易の利益を享受できるように、余剰の振り分け方を考えることである。

ここで本書を読むのを止めてしまったら、市場システムのすばらしさに魅了された自由市場のにわか信奉者のままで終わるだろう。しかし、自由市場がもたらすのは利点だけではない。「9章 外部性と公共財」では、見えざる手の働きを妨げる重要な状況を議論する。企業は操業をすることによって、大気や河川を汚染することがある。また、国防などのように、ひとたび提供されれば、すべての人々が消費できる財がある。9章では、外部性、公共財、共有資源と いう3つの市場の失敗のケースを取り上げる。この3つの市場の失敗に共通するのは、社会的便益と私的便益が一致しない、あるいは社会的費用と私的費用が一致しないことである。こうした場合には、7章で学んだ見えざる手はうまく働かないかもしれない。社会の幸福度を高めるためには、政府が介入して、外部性に対処する政策を実施し、公共財を提供し、共有資源を保護することがある。

しかし、政府の介入は両刃の剣になりうる。「10章 政府の役割:税と規制」では、「政府の介入はどの程度必要で、どの程度の介入が望ましいのだろうか?」を考える。租税と政府支出の概要を学んだ後に、外部性やその他の市場の失敗に対処するために政府が使用する主要な政策手段である規制は、費用が伴うものであり、限界があることを学ぶ。また、大きな政府を支持する議論と小さな 政府を支持する議論の違いの核心には、公平性と効率性のトレードオフの問題があることを述べる。章末コラム「根拠に基づく経済学」(EBE)では、所得税の死重損失について詳しく検討することを通して、「最適な政府の大きさとは?」という本書冒頭で問いかけられた難問に取り組む。

「11章 生産要素市場」では、企業が財やサービスを生産するために使用する投入物に目を向ける。ここでは、「労働市場に差別はあるのか?」という本章の冒頭の問いを詳しく検討することを通して、生産要素市場の重要性を学ぶ。この疑問は言葉を変えれば、「なぜ賃金には格差があるのか?」という一般にも関心の高い課題だ。この疑問に取り組むことによって、需要者(5章で学んだ、財の買い手)が、一方では(労働の)供給者でもあることが理解できるだろう。労働に関する議論の背景にある経済学をしっかり理解することができれば、その他の生産要素―物的資本と土地の市場を理解することも容易になるだろう。章末コラム「根拠に基づく経済学」(EBE)では、労働市場に差別が存在するかどうかを検証したエビデンスを紹介する。

「第II部 市場構造」では、独占、寡占、独占的競争という完全競争ではない市場を考え、これらの市場構造を理解するために必要な考え方を学ぶ。「12章 独占」では、まず6章で学んだ「売り手の選択」で生産と費用について学んだことが独占でも当てはまることを述べる。独占においても、限界費用と限界収入が等しくなる水準まで生産を拡大する、という原則はそのままだ。「独占企業の選択」を考える事例として、20年間の特許を得たアレルギー薬のクラリチンを製造する独占企業がどのように最適化を図るかを考える。見えざる手がうまく働かなくなっているために、独占企業は自社の利潤が増えるように資源配分に影響を与え、その結果として社会的余剰は減少することになる。そうすると、政府が規制によってこのような市場支配力を作り出すのはなぜだろうか、という疑問が生じるだろう。そこで、「独占は社会にメリットがあるか?」という問いを検討し、独占にはもう1つの側面があり、独占が社会に役立つこともある、という事例を紹介する。

ここまでの内容は、既存の教科書にも含まれている標準的なものだ。「13章 ゲーム理論と戦略的行動」では、従来の教科書とは趣を異にして、1章分をまるごとゲーム理論の説明に充てる。ゲーム理論には、非常に重要な経済的洞察が含まれている。特に重要なのは、相手の立場で考えることで、世界の動きをより良く理解できるようになることである。人々はどのように行動するのかを考えることによって、相手の戦略に対して、どういう戦略を立てれば良いかが わかる。また、この章では、広告、サッカー、公害などの様々な状況にゲーム理論を適用する。

「14章 寡占と独占的競争」で取り上げる寡占と独占的競争という2つの市場構造は、完全競争と独占という両極端の市場の間に位置するものだ。「市場 を競争的にするために必要な企業の数は?」という問いを軸にして、議論を進めていく。寡占企業と独占的競争企業の行動が、ここまでの議論と違うところは、競争相手の選択を考慮に入れて、自分たちの価格や生産量を設定することだ。しかし、これらの企業の最適化問題は、「寡占企業の選択」や「独占的競争企業の選択」と名づけて、これまでの議論と関連づけることができる。これらの企業の選択は、短期においては独占企業の選択と同じになり、長期では完全競争モデルの均衡と同じ結果となる。

「第IV部 ミクロ経済学の拡張」では、さらに発展した話題を取り上げる。第IV部の各章は、講義の目的によって、章を選択して教えられることになるだろう。経済学の基礎知識をせっかく数カ月間学んでも、それを実際に応用する醍醐味を味わう機会を得られない学生があまりにも多い。そうした状況を変える一助となることを願い、本書では以下の章が加えられた。

「15章 時間とリスクのトレードオフ」では、最初に、報酬をいつ受け取るかによって、その経済的価値がどのように変わるのかを考える。利子に利子が付く複利の効果によって、資金は年数を経るとともに大きくなっていく。また、将来の金銭を現在価値に割り引く計算方法を学ぶ。また純現在価値の考え方に基づいて、将来の価値が関係する経済判断を行う方法も学ぶ。15章後半では、確率とリスク、期待値を計算する方法を説明する。期待値は、ギャンブル、家電製品の延長保証、保険について考える際には必須の概念だ。

一度乗ると新車の価値が大きく下がるのはなぜか?「16章 情報の経済学」では、私たちの誰もが経験したことがある市場——売り手と買い手のどちらかがより詳しい情報を持っている市場について考える。売り手と買い手が持っている情報が異なるという状況を、隠された特徴(たとえば、健康上のリスクが高い人ほど医療保険を買おうとする)と、隠された行動(たとえば、自動車保険に加入しているドライバーは、危険な運転をしがちである)に分類して説明する。具体的には、中古車市場の不良車、医療保険市場の逆選択、リスクや保険市場に関係するモラルハザードの問題を取り上げる。

「17章 オークションと交渉」では、身近な存在となったオークションと交渉を取り上げる。様々な状況での最善の戦略や交渉も最適化の原理に基づいて考えていく。本章では代表的な4種類のオークションの働きを考察した後に、ネットオークションから不動産オークション、チャリティー・オークションに至るまで、オークションに参加するときに、経済学の知識がいかに役立つかを説明する。そして、私たちの日常の生活にも大いに影響がある交渉の場面として、コラム「根拠に基づく経済学」(EBE)では「家計のお金の使い道を決めるのは誰か?」を検証した実証的エビデンスを紹介し、交渉を分析する経済学 のモデルが有用であることを示す。

「18章 社会経済学」は、おそらくは経済学の入門教科書としては最も異彩を放つ意だろう。この章では、経済学が伝統的に想定する人間像(ホモ・エコノミカス)とは違った(拡張された)人間の行動を探求し、慈善活動、公正、信頼、報復の経済学を解説する。私たちは、寄付することや、人に報復することから満足を得ているのだろうかと問うことを通して、そもそも選好とはどういうものであり、どのように形成されるのかを、改めて考える。この章では、心理学、歴史学、人類学、社会学、政治学などの経済学とも関連している分野で培われた知見を動員することによって、世の中をより深く理解することにつながることを学んでほしい。

謝辞

私たち3人の執筆者は、テキスト・プロジェクトに取り組むにあたって、経済学だけではなく、教育(ティーチング)、執筆(ライティング)についても議論を重ねた。加えて、本書執筆の段階では多くの方々から、さらに多くを学ぶことができた。貴重な助言に対して、謹んで感謝申し上げたい。それらの助 言は、執筆開始時には想像もできなかったほど、大変に貴重なものだった。彼らの洞察とアドバイスのおかげで本書のアイデアは大きく改善されることとなっ た。

本テキストのレビュアー、フォーカス・グループ、テスト授業参加のみなさんには、どのように私たちのアイデアを組み立てていけばいいのかを示していただいただけでなく、執筆をサポートし、私たちの文章をより簡潔にするためのお手伝いをしていただいた。彼らのすばらしいフィードバックは、経済学についての私たちの誤解を修正し、概念的な思い込みを改善し、明快に執筆する方法を示してくれた。彼らのアドバイスによって、本書のあらゆるパラグラフ が改善された。サポートをいただいた方々を以下に紹介しよう。

リサーチ・アシスタントの Alec Brandon、Justin Holz、Josh Hurwitz、Xavier Jaravel、Angelina Liang、Daniel Norris、Yana Peysakhovich、Jan Zilinskyには、データの分析、文章の推敲、本書全体を貫く教育的原理についての深い洞察を生み出すなど、プロジェクトのあらゆる場面で重要な役割を果たしていただいた。彼らは、多くの役割を担っていた。本書の細部に至るまで影響を及ぼした彼らの才能と貢献がなければ、プロジェクトの成功はなかったであろう。とりわけ、Joshの貢献は特筆すべきものである。Joshの深更まで及んだ作業、優れた編集能力と経済学に関する深い洞察に対する感謝の気持ちは永遠に忘れることはない。

ZickRubinには、プロジェクトがスタートした初期の段階から助言と激励をいただいた。プロジェクトの内容に貢献してくれた多くの経済学者のみなさんにも感謝したい。ボストン大学のBruce Watson、Anuradha Gupta、Julia Paul には、章末問題の作成に貢献していただいた。テキサス工科大学のRashid Al-Hmoudには、革新的なインストラクターズ・マニュアルとアクティブラーニングの演習問題を作成していただいた。カリフォルニア州立大学ロングビーチ校のSteven Yamarikと、インディアナ大学ブルーミントン校のPaul Grafには、本書の重要点を抽出したすばらしいパワーポイントのスライドとアニメーションを作成していただいた。 Anuradha GuptaとJulia Paulには、TestBank を作成していただいた。

最も重要な貢献は、編集者とピアソン社のみなさんによるものである。彼らとは、本書のすべての段階をともに過ごした。夜も週末も、数えきれないほどの時間をこのプロジェクトに注いでいただいた。このプロジェクトに寄せられた彼らの情熱、ビジョン、編集に際しての提案のすべてが、テキストの至るところに活かされている。プロジェクトにおける重要な決断のほとんどは、編集者の助言と協力の賜物である。この関係があったからこそ、本書を完成させる ことができた。

ピアソン社の多数の人たちが重要な役割を担ってくれたが、特にお世話になったのが、Executive Acquisitions EditorのAdrienne DAmbrosio, Executive Development Editor Mary Clare McEwing, Production Manager Nancy FreihoferProject Manager Sarah Dumouchelle, Andra Skaalrud, Diane Kohnen & Ann Francis. Product Testing and Learner Validation Manager Kathleen McLellan, Executive Field Marketing Manager Lori DeShazo, Senior Product Marketing Manager ) Alison Haskins, Digital Content Team Lead Noel Lotz, Digital Studio Project ManagerのMelissa Honig、Margaret E. Monahan-Pashallである。

なかでも特にAdrienneには感謝している。プロジェクトがスタートした当初から献身的に関わり、重要な決断のすべてに労を惜しまず貢献してくれた。プロジェクトの立案にあたったDigital EditorのDenise Clinton、そして、Vice President Product ManagementのDonna Battistaには、プロジェクトを通じて支援していただいた。みなさんは、私たち3人にとっては、筆者であり、教育者であり、コミュニケーターであった。本書は、プロジェクトに関わっ たすべての方々の忍耐と献身の証であり、良い文章(いや悪い文章!)を見い出した慧眼の証でもある。彼らのプロジェクトへの偉大な献身に私たちは感銘を受けてきた。完成までの助言と協力に心から感謝している。

最後に、私たちを支えてくれた人々に感謝したい。私たちを経済学者として導き、教育の力と経済学を学ぶことから得られる喜びを実例をもって示してくださった指導教授たち。私たちを育て、私たちのキャリアを可能にした人的資源を与えてくれた両親。私たちの子どもたち、Annika、Aras、Arda、Eli、Greta、Mason、MaxとNoah は、執筆に追われて犠牲にせざるをえなかった家族との時間を我慢してくれた。そして、プロジェクトを通して私たちをサポートし、理解してくれた配偶者にも感謝しきれない。

本書は、このプロジェクトにともに取り組んだ、慧眼と情熱を持った多くの 人々の成果である。数多くの協力者たちに心から感謝を捧げたい。

ダロン・アセモグル (著), デヴィッド・レイブソン (著), ジョン・リスト (著), 岩本 康志 (監修, 翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2020/3/20)、出典:出版社HP

監訳者まえがき〜日本語版刊行にあたって〜

本書は、Daron Acemoglu, David Laibson, John A. List, Microeconomics (2015, Pearson Education)の日本語版である。同じ著者によるMacroeconomics (日本語版は2019年に出版)とともに、大学での経済学入門コースの教科書として、アメリカをはじめ世界各国で好評を博している。日本の大学では、4単位科目(通 年1コマか半期2コマ)の教科書に適した分量であるが、内容を取捨選択して2単 位科目か、マクロ経済学を合わせた4単位科目の半分をカバーする教科書として使用することもできるだろう。

翻訳された教科書で本書のレベルに相当するものには、「マンキュー経済学I ミクロ編』、『スティグリッツ ミクロ経済学」、「クルーグマン ミクロ経済学」(以上、東洋経済新報社)、『ハバード経済学II 基礎ミクロ編』(日本経済新聞出版社)等がある。これらと比較した本書の特徴は、「新しい」と「やさしい」である。

「新しい」面は、従来の入門レベルの教科書では扱われていないが、学界の最先端で議論されているような最新のトピックを、教科書の中核に取り入れていることである。改訂を重ねている教科書には、長年使われて改良が施されている利点がある一方で、経済学の新しい知見が現れても、教科書の骨格を変化させることが難しい。その結果、時代の変化とともに廃れつつある知識を最初にしっかりと学び、今重要な新しい知識は上級の教科書で触れられるものとし ていっさい取り上げないか、最後に少しだけ触れられるような構成になってしまうことが起こりがちである。結局、既存の教科書は変化できずに、新しい教科書に取って代わられることで、教科書は進歩してきた。

本書は、革新的業績で経済学を変貌させてきた著者たち(いわば教科書の書換えを迫る張本人)が、自分たちが変えた経済学の姿を教科書に盛り込もうと試みたものである。本書の最も優れた特徴は、実験経済学と行動経済学の知見を前面に出して、活用していることである。従来の教科書ではとってつけたように扱われていたこれらの内容が、教科書を読み進む過程で経済学の中に根づいた概念として身に付くように解説されている。

実験経済学については、本文とコラム「根拠に基づく経済学」「選択の結果」などで、実験室で行われるラボ実験と実際の現場で行われるフィールド実験の成果が多数、紹介されている。一国経済を対象とするマクロ経済学ではなかなか一国経済そのものを実験台にはしにくいが、ミクロ経済学の研究対象は実験的手法と親和的なものが多い。現在では、本書が経済学の3つの重要な原理の 1つに挙げた、事実とデータにより理論を検証しようとする「経験主義」の実 践として、実験で得られたデータを用いることがさかんに行われている。

市場の働きの解明はミクロ経済学の中心課題であるが、複雑な現実の市場をそのまま説明することは難しい。重要な要素を抽出した環境を実験室に作り出し、市場の働きの本質を解明しようとするのが実験的手法である。実験によって制御された環境によって、消費者はインセンティブに反応するのか(5章)、供給は価格に反応するのか(6章)、価格は本当に均衡に収束するのか(7章)、という問題が検証されている。フィールド実験の分野で活躍する、著者の1人のリスト教授の研究を含めて、実際に求人広告に応募したり(11章)、ネットオークションに出品したり(17章)、募金活動を行ったり(18章)した様々な実験が紹介されている。このような実験に基づくエビデンスが豊富に登場し、教科書の中心的地位を占めるのは、まさに革新である。

行動経済学の知見も随所に活かされているのは、この分野の重鎮であるレイブソン教授が執筆陣に加わっている賜物だ。伝統的な経済学の人間像である、利己的で合理的な「ホモ・エコノミカス」を、実際のより人間的な姿に拡張しようとするのが行動経済学だ。行動経済学の知見は、本書の経済主体の行動の説明の中心に置かれていて、3つの重要な原理の1つである「最適化」について、本書では、誰もがつねに最適化ができているとは限らないが、人々は最適化を試みることによって、多くの場合にうまく最適化を行っている、という説明から出発している。

入門レベルの教科書にも行動経済学は取り入れられつつあるが、これからの教科書は行動経済学を取り入れたかどうかではなくて、行動経済学のどの話題をどのように取り上げたかが問われる段階に来ている。本書で取り上げられた 主な話題は、15章での毎日、「明日からダイエットをはじめる」と決意する(ありがちな)行動(「選好の逆転」)と、18章での利己的な人間像から拡張された「社会的選好」である。いずれも、昔から教科書にある伝統的な教材かと思わせるような、しっかりとした取扱いがされている。

実は「選好の逆転」も「社会的選好」も合理的な行動であり、合理的な行動に絞った従来の教材からのギャップが小さく、とりかかりやすく、かつ身近に感じられる題材であり、これらを選択して、入門レベルの解説を行ったのは、巧みな構成である。なお、選好の逆転では何が合理的で、何が非合理的かは、行動経済学の教科書でもきちんと説明されていないことが多いが、本書では、 丁応に解説されている。

また、自分の状態が自らの選択だけではなく、他者の選択にも依存する状況をゲーム理論によって分析することは、ミクロ経済学の重要な研究領域であるが、本書では13章の1章全体を解説に充てて、しっかりとゲーム理論の基礎 を学べるようになっている。そして、その前までがゲーム理論を必要としない議論、それ以降がゲーム理論を用いた分析、となっていて、ゲーム理論が本書の全体の構成を特徴づける、斬新な構成になっている。13章以降では、ゲーム理論を使って、寡占市場での企業行動(14章)、経済主体が保有する情報が非対称な市場の問題点(16章)、他者への信頼と報復が生まれるメカニズム (18章)、等が分析されている。また、17章では、ネットオークションの普及で多くの人が経験するようになったオークション市場が取り上げられ、収入同値定理のような、かなり高度な内容まで解説されている。

こうした新しい内容を限られた紙幅に盛り込むためには、従来の教科書にあった話題を削らなければいけないが、そのことで何か学習に弊害が生じないか(たとえば、公務員試験の定番問題が扱われなくなる)という不安は杞憂である。主に削られているのは、完全競争市場をより掘り下げた議論である。標準的な経済学部のカリキュラムでは、この教科書が使われる入門レベルの科目の後に中級レベルの科目がある。従来の教科書にあり、本書で削られた題材は、中級レベルの科目で学ぶことができる。公務員試験を受験するには、そのレベルの教科書での勉強が必須なので、本書のような題材の選択は問題とはならない。なお、日本の教科書では入門と中級の区別がはっきりしないことが多いが、世界的には区別がはっきりしている。翻訳されている中級レベルのミクロ経済学の教科書には、「レヴィット ミクロ経済学(基礎編・発展編)」(東洋経済新報 社)等がある。

独習するなど、中級ミクロ経済学に進まない場合には、本書の知識までしか得られないが、これは限られた時間で何を学ぶかの選択の問題である(そこで賢い選択をする方法を学ぶことは、本書の大きな主眼でもある)。本書のように、読者の視野を広げてくれる内容を学ぶことは、十分に理にかなった勉強法である。
内容が複雑にならない、記述が難しくならない、という意味での「やさしさ」については本書のレベルは、従来の教科書では一番やさしいとされる「マンキュー経済学I ミクロ編』よりも少しやさしい水準だろう。また、重要な話題が精選されていることによって読みやすく、かつ学びやすくなっている。

翻訳でもそうした「やさしさ」を伝えることにひときわ気を遣った。原書で使われている英語は非常に平易なものであるが、翻訳によっては学術的で固い日本語になってしまいがちである。日本語版を企画した東洋経済新報社の佐藤朋保氏とも議論のうえに、本書は、高校生でも読めるような翻訳を目指した。そのため一部では、日本語として意味が通りやすい意訳を志向している(ただし、経済学の教科書であるので、原文の論理そのものを踏み外すわけにはいか ないとともに、日本語が固まっている専門用語はそのまま用いている)。

経済学の内容を読者にやさしく伝えるために、本書ではアメリカの学生が経験する身近な事例を多数取り上げている。翻訳教科書のつねとして、そのような事例は日本ではなじみのないもので、逆効果になることもある。その場合は、固有名詞を一般名詞に置き換えたり、日米の慣習や制度の違いについて訳注を付けたりして、日本の読者にも読みやすくなるようにした。また、10章では政府の収入と支出の内訳に関する節があるが、日本の読者はアメリカのことよりも日本のことを先に学ぶべきであるので、日本のデータに基づく節を追加した。

原書の節を[アメリカの場合]とし、同様の内容を日本のデータによって説明した節を[日本の場合]として[アメリカの場合]の直後に収めているので、アメリカでどのように教えているかが第一の興味でなければ、[アメリカの場合]を飛ばして、[日本の場合]だけ読めば十分である。
経済学のテキストを実際の大学の講義で使用するにあたっては、アメリカでは教科書に適合した様々なサポート教材が提供されている。本書でも、同様のセットが日本語版として提供される。テキスト各章に対応した、図表スライド、講義用スライド、TestBank、eラーニング、章末問題の解答、アクティプラーニング用スライドなどの様々なサポート教材のセットについては、東洋経済新報社の茅根恭子氏に準備していただいた。

本書の著者の経歴と業績は巻末に紹介されているが、プロフィールの若干の補足をしておこう。
アセモグル教授は、その業績を要約することが難しいほど、多岐にわたる分野で活躍をしている。専門分化が進んだ現代の経済学の中で、1つの専門分野にとどまることなく重要な問題に次々と関心を移し、それぞれで影響力のある業績をあげ、稀有な存在として業界の尊敬と畏怖の念を集めている。教授の活躍自体が、経済の様々な重要な問題をゴールドスタンダードに沿って検証するという本書のアプローチのお手本になっていると言ってよい。教授の知的好奇心は、最近では、人工知能(AI)の経済への影響に関する研究にも影響を発 揮している。

レイブソン教授は、心理学の知見を取り入れて発展した行動経済学の確立に貢献した重鎮である。3章で経済学の第1の原理である「最適化」を説明する際にも、人が最適化できない状況があることに注意を促して、行動経済学の考え方を最初から取り入れている。また、神経科学を取り入れた神経経済学、遺伝子情報をデータとして活用する遺伝子経済学でも活躍しており、隣接科学との交流によって経済学の方法論を大きく広げる活躍をされている。教授は2019年秋より、勤務するハーバード大学の経済学入門講義を担当することになった。長年、この講義を担当し、入門用教科書のベストセラーの著者であるマンキュー教授からの交代は、教科書の世代交代を印象づけることとなった。

リスト教授は、実験室内ではなく実際の社会で実験を行うという、フィールド実験を用いた研究の第一人者である。経済学の研究対象が自由貿易の是非のような国民経済全体に関わることであった時代には、経済学は自然科学とは違って実験ができない学問とされていた。しかし現代では教育、社会保障のような対個人サービスが重要な位置を占めるようになり、政策の効果の検証には実験が可能な研究課題が多くなってきた。それだけでなく教授は、人々の経済行動の研究にもフィールド実験を積極的に適用して、経済学の方法論を革命的に進歩させた。
こうした革新的な業績をあげ続けているスーパースターのチームが、教科書の世界を革新しようとする醍醐味を、本書を読むことで味わっていただきたいと思う。

最後に、佐藤氏に加えて東洋経済新報社の村瀬裕己氏と堀雅子氏には、本書の編集・校正作業にあたっていただいた。700ページを超える大部を隅々までチェックして、数多くの不備を修正していただいた。みな様の深いプロ意識と優しいサポートに厚く感謝を申し上げる。
この種の翻訳では複数人で分担して翻訳するところを、日本語版の意図を貫微する観点から、単独での翻訳を岩本千晴氏にお願いした。限られた期間で大部の原稿を翻訳することで大変なご苦労をおかけしたが、すばらしい翻訳をされたことに厚く感謝を申し上げたい。

岩本 康志

ダロン・アセモグル (著), デヴィッド・レイブソン (著), ジョン・リスト (著), 岩本 康志 (監修, 翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2020/3/20)、出典:出版社HP

目次

まえがき
謝辞
監訳者まえがき〜日本語版刊行にあたって〜

第I部 経済学への誘い
1章 経済学の原理と実践
1.1 経済学の対象
経済主体と経済資源
経済学の定義
事実解明的経済学と規範的経済学
ミクロ経済学とマクロ経済学

1.2 3つの原理

1.3 第1の原理:最適化
トレードオフと予算制約 機会費用
費用便益分析
EBE フェイスブックは無料か?

1.4 第2の原理:均衡
フリーライダー問題

1.5 第3の原理:経験主義

1.6 経済学は役に立つ?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

2章 経済学の方法と問い
2.1 科学的方法とは
モデルとデータ
経済モデル
EBE 大学を卒業すると、どれぐらい所得が増えるのか?
平均値
伝聞に基づく議論

2.2 因果関係と相関関係
赤色の広告キャンペーン
因果関係と相関関係
実験経済学と自然実験

2.3 経済学の問いと答え
EBE 義務教育が1年延びたら、賃金はどれぐらい上がるのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題
補論 補論グラフの作成と解釈
インセンティブに関する研究
実験のデザイン
変数の説明
原因と結果
キーワード
練習問題

3章 最適化:最善をつくす
3.1 最適化の2つの方法:焦点の違い

3.2 水準による最適化
選択の結果 人々は本当に最適化しているのか?
比較静学

3.3 差分による最適化:限界分析
限界費用
EBE 立地は家賃にどのように影響するのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

4章 需要、供給と均衡
4.1 市場
競争市場

4.2 買い手の行動
需要曲線
支払意思額
個人の需要曲線から総需要曲線を導き出す
市場需要曲線を作る
需要曲線のシフト
EBE ガソリン価格が安くなったら、もっとガソリンを買うだろうか?

4.3 売り手の行動
供給曲線
受入意思額
個別の供給曲線から市場供給曲線を導き出す
供給曲線のシフト

4.4 均衡における供給と需要
競争均衡における曲線のシフト

4.5 政府がガソリン価格を決めたらどうなるか?
選択の結果 市場価格を固定することによる予期せぬ出来事
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

第II部 ミクロ経済学の基盤
5章 消費者とインセンティブ
5.1 買い手の選択
好きなもの
財とサービスの価格
選択の結果 絶対水準 vs 割合
使える金額

5.2 3要素を合わせて考える
価格の変化
所得の変化

5.3 買い手の選択から需要曲線へ

5.4 消費者余剰
価格上昇による消費者余剰の減少
EBE 月100ドルの報酬で禁煙できるだろうか?

5.5需要の弾力性
需要の価格弾力性
需要曲線上の位置と価格弾力性
弾力性の判定:弾力的と非弾力的
需要の価格弾力性を決定する要因
需要の交差価格弾力性
需要の所得弾力性
データは語る マクドナルド社は、弾力性を考慮に入れるべきだろうか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題
補論 無差別曲線で選好を表す:予算制約のもう1つの活用法
キーワード
練習問題

6章 生産者とインセンティブ
6.1 完全競争市場における売り手

6.2 売り手の選択
財の生産:投入物と生産物
生産のための費用:費用曲線
生産から得られる利益:収入曲線
すべてを合わせる:3つの要素を活用して最善の選択を行う
選択の結果 1単位当たり利潤ではなく、総利潤を最大化する

6.3 売り手の選択から供給曲線へ
供給の価格弾力性
企業の操業停止
選択の結果 限界で判断するとサンクコストは無視される

6.4 生産者余剰

6.5 短期から長期へ
長期供給曲線
選択の結果 自動車製造工場:分業と規模の経済

6.6 企業から市場へ:長期競争均衡
企業の参入
企業の退出
長期では利潤はゼロになる
経済的利潤と会計上の利益
EBE エタノールへの補助金は生産者にどう影響するか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題
補論 企業の費用構造が異なるとき

7章 完全競争と見えざる手
7.1 完全競争と効率性
社会的余剰
パレート効率性

7.2 見えざる手の及ぶ範囲:個人から企業へ

7.3 見えざる手の及ぶ範囲:産業間の資源配分

7.4 価格が見えざる手を動かす
死重損失
計画鞋清
選択の結果 ハリケーン・カトリーナの災害:FEMAの対応とウォルマートの対応
中央集権国家
選択の結果 Kマートの計画と統制

7.5 公平性と効率性
EBE 利己的人間だけがいる市場は社会全体の幸福度を最大化できるか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

8章 貿易
8.1 生産可能性曲線
機会費用の計算

8.2 貿易の基本:比較優位
特化
絶対優位
選択の結果 比較優位の実験
取引の価格

8.3州際交易
選択の結果 レブロン・ジェームズは自宅のペンキ塗りをすべきだろうか?!
経済全体の生産可能性曲線
各州の比較優位と特化

8.4 国際貿易
国際貿易を決定する要因
データは語る フェアトレード:ブームの裏側
輸出国での勝者と敗者
輸入国での勝者と敗者
世界市場での価格はどう決まるのか?
国の比較優位を決めるもの

8.5反自由貿易の根拠
国家安全保障に関する懸念
グローバル化が自国の文化に与える影響に対する不安
環境問題と資源問題に関する懸念
幼稚産業保護論
関税の効果
EBE 自由貿易は仕事を奪うのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

9章 外部性と公共財
9.1 外部性
「うまく働かない」見えざる手:負の外部性があるケース
「うまく働かない」見えざる手:正の外部性があるケース
選択の結果 あなたが想像したこともない正の外部性
金銭的外部性

9.2 外部性の民間による解決
民間による解決:交渉
コースの定理
民間による解決:正しいことをする

9.3 外部性の政府による解決
政府による規制の手段:直接規制
政府による規制の手段:市場に委ねる政策
補正的課税と補正的補助金
データは語る 外部性をどう推計するか?
データは語る ゴミ処理の有料化:消費者だって負の外部性を作っている!

9.4 公共財
政府による公共財の提供
選択の結果 フリーライダーのジレンマ
公共財の私的提供

9.5 共有資源
選択の結果 共有地の悲劇
選択の結果 釣り競争
EBE ロンドンの交通渋滞はどうすれば緩和できるのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

10章 政府の役割:税と規制
10.1 アメリカの租税と政府支出
政府はどこから収入を得るのか? [アメリカの場合] 政府はどこから収入を得るのか? {日本の場合] 租税と支出の目的 (1) [アメリカの場合] 租税と支出の目的 (1) [日本の場合] 租税と支出の目的 (2)
データは語る 連邦所得税の税率等級
租税:租税の帰着と死重損失
選択の結果 死重損失の大きさは税の種類によって違う

10.2 規制
直接規制
価格統制:上限価格規制と下限価格規制

10.3 政府の失敗
官僚組織の直接費用
腐敗
地下経済

10.4 公平性と効率性

10.5 消費者主権とバターナリズム
意見の違い
EBE 最適な政府の大きさとは?
データは語る 政府探検隊と民間探検隊のどちらが効率的か?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

11章 生産要素市場
11.1 競争的労働市場
労働需要

11.2 労働供給:労働と余暇のトレードオフ
選択の結果 ウェブサイトとプログラムの作成
データは語る ホットドッグ販売と天気の関係
労働市場均衡:供給と需要の交点
労働需要をシフトさせる要因
労働供給をシフトさせる要因
データは語る 労働供給が増加すると賃金は本当に下がるのか?

11.3 賃金格差
人的資本の違い
選択の結果 労働者の訓練費用は誰が負担するのか?
補償貨金
選択の結果補償賃金の上乗せ
労働市場での差別
賃金格差の動向

11.4 その他の生産要素市場:物的資本と土地
EBE 労働市場に差別はあるのか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

第Ⅲ部 市場構造
12章 独占
12.1 新しい市場構造

12.2 市場支配力の源泉 |
法による市場支配力
自然市場支配力
選択の結果 公害規制が利益を生む
必要資源の支配 |
規模の経済

12.3 独占企業の選択
収入曲線
価格、限界収入、総収入

12.4 最適な生産量と価格の選択
最適な生産量の決定
最適な価格の決定
独占企業の利潤の計算
独占企業には供給曲線がない

12.5 「うまく働かない」見えざる手:独占がもたらすコスト

12.6 価格差別による効率性の向上
3つのタイプの価格差別
データは語る 第3種価格差別の実態

12.7 独占に対する政府の政策
マイクロソフト社の事例
価格規制
EBE 独占は社会にメリットがあるか?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

13章 ゲーム理論と戦略的行動
13.1 同時手番ゲーム
最良反応と囚人のジレンマ
支配戦略と支配戦略均衡
支配戦略が存在しないゲーム

13.2 ナッシュ均衡
ナッシュ均衡を求める
選択の結果 仕事か?遊びか?

13.3 ナッシュ均衡の応用
共有地の悲劇を考える
ゼロ和ゲーム

13.4 人々はどのように行動するか?
ペナルティーキックでのゲーム理論

13.5 展開型ゲーム
後ろ向き帰納法
先行者利益、コミットメント、報復
EBE 相手の立場で考えることは得策か?
選択の結果 お金より大事なものがある
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

14章 寡占と独占的競争
14.1 2つの市場構造

14. 2 寡占
寡占市場での企業の選択
同質の財の寡占
最善の方法:利潤を最大化する価格設定
差別化された財の寡占
データは語る 航空運賃の値下げ競争
談合:高価格を維持する手段
データは語る裏切るべきか、従うべきか、それが問題だ

14.3 独占的競争
独占的競争企業の選択
選択の結果 談合の現実
最善の方法:独占的競争企業の利潤最大化
データは語る 広告を出す企業と出さない企業があるのはなぜか?
独占的競争企業の利潤の計算
独占的競争産業の長期での均衡

14.4 「うまく働かない」見えざる手
市場支配力の規制

14.5 まとめ:4つの市場構造
EBE 市場を競争的にするために必要な企業の数は?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

第IV部 ミクロ経済学の拡張
15章 時間とリスクのトレードオフ
15.1 時間とリスクのモデル化

15.2 お金の時間価値
将来の価値と複利
貸し手と借り手
現在価値と割引

15.3 時間選好
時間割引
選択の結果 選好の逆転を予測できないことは非合理的
EBE 楽しいことは今やりたい?

15.4 確率とリスク
ルーレットと確率
独立性とギャンブラーの誤認
期待値
選択の結果 ギャンブルで儲けることはできない
延長保証

15.5 リスク選好
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

16章 情報の経済学
16.1 非対称情報
隠された特徴:中古車市場での逆選択
隠された特徴:医療保険市場での逆選択 |
逆選択に対する市場の解決策:シグナリング
選択の結果 あなたはどんなシグナルを出しているのか?
EBE 一度乗ると新車の価値が大きく下がるのはなぜか?
選択の結果 クジャクの尾羽はなぜ色鮮やかなのか?

16.2 隠された行動:モラルハザードがある市場
データは語る ヘルメット着用に関するモラルハザード
労働市場におけるモラルハザードの解決策:効率賃金
保険市場におけるモラルハザードの解決策:「リスクの一部を負担させる」
データは語る 教師に対してインセンティブを付与すべきか?
EBE 民間医療保険はなぜ高額なのか?

16.3 非対称情報がある場合の政府の政策
政府の介入とモラルハザード
公平性と効率性のトレードオフ
データは語る 求職者のモラルハザード
プリンシパル-エージェント問題としての罪と罰
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

17章 オークションと交渉
17.1 オークション
オークションの種類
公開入札・イングリッシュ・オークション
データは語る スナイピングは有効か?
公開入札・ダッチオークション
封印入札・第一価格オークション
封印入札・第二価格オークション
収入同値定理
EBE ネットオークションで賢く入札する方法

17.2 交渉
交渉の結果を左右するもの
オークションでの交渉:最後通牒ゲーム
交渉とコースの定理
EBE 家計のお金の使い道を決めるのは誰か?
データは語る 男女比率は交渉力も変える?
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

18章 社会経済学
18.1 慈善と公正の経済学
慈善の経済学
データは語る 寄付の費用(価格)が上がると、寄付金額は下がる
データは語る なぜ人々は寄付をするのか?
公正の経済学
データは語る 実験室の独裁者
EBE 人は公正を気にするか?

18.2 信頼と報復の経済学
信頼の経済学
報復の経済学
選択の結果 報復の進化論的解釈

18.3 意思決定における他者の影響
私たちの選好はどのように形成されるのか?
ピア効果の経済学
データは語る あなたは経済学に毒されていないか?
データは語る ヒア効果と身体能力
大衆に同調する:ハーディング現象
選択の結果 インターネットと確証バイアス
まとめ
キーワード
復習問題
演習問題

用語解説
索引
著者紹介

ダロン・アセモグル (著), デヴィッド・レイブソン (著), ジョン・リスト (著), 岩本 康志 (監修, 翻訳), 岩本 千晴 (翻訳)
出版社: 東洋経済新報社 (2020/3/20)、出典:出版社HP

自由の命運 上: 国家、社会、そして狭い回廊

国家の自由はどのように獲得されるのか?

自由の命運を握る「狭い回廊(The Narrow Corridor)」は、著者達の以前の作品「国家はなぜ衰退するのか」の続編としてそえられます。前作では非常に包括的な本であり、制度がどのように進化するか、良好な制度的構造の成長に関連して必要とされるかを解き明かします。

今回は、自由と繁栄を人々が保つ上で国家の位置づけに焦点を当てています。国家が強すぎる場合や国家が弱すぎる場合は、制度の進化にとって非常に困難な条件につながり、その間の狭い回廊について歴史を紐解くかたちとなります。

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), Daron Acemoglu (著), James A. Robinson (著), 稲葉 振一郎 (その他), 櫻井 祐子 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2020/1/23)、出典:出版社HP

本書への賛辞

「政治史における最大の逆説のひとつは、人類社会には過去一万年以上にわたり、強力な中央集権国家へと発展する傾向がみられることである。この発展はいずれも、かつて人類社会を構成していた数百人にも満たない集団や種族からはじまっている。そうした国家なしには、数百万人が暮らす社会を機能させるのは不可能だったことだろう。しかし、強力な国家は、その国に暮らす市民の自由と、いかに両立しうるのか?この根源的なジレンマに対する答えを本書が示してくれる。好奇心を満たすだけでなく、刺激に富む一級の本だ」
――ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』でピュリッツァー賞受賞)

「異彩を放ち、洞察にあふれた本書は、これ以上ないくらい時宜にかなっている。世界中で、国々は国家と社会の緊張関係と格闘している最中だ。左右両派によるポピュリズムが、耳触りはよいが危険な対処法をちらつかせている。対照的にアセモグルとロビンソンは、自由への狭い回廊に至る道は、強力で有能な国家と、同じく強力で市民中心の社会とを結び付けられるかどうかにかかっているとする。どちらか一方ではなく、両方が必要なのだ。これこそが、すべての人々が繁栄へと至る道である。ただし、二人も述べている通り、これは楽な仕事ではない」
――マイケル・バーバー(『いかに国家を運営するか(How to Run A Government)』)

「自由は容易にはもたらされない。多くの人々が、機能不全国家に苦しみ、規範と伝統の檻にとらわれている。この檻は独裁的な族長、紛争仲裁人、宗教指導者、暴君と化した夫などによって生み出されるものだ。専横のリヴァイアサンに抑圧されている人々もいる。非常に独創的で素晴らしいこの著作のなかで、ダロン・アセモグルとジェイムズ・ロビンソンは、私たち読者を時空をまたぐ旅へと連れ出してくれる。リヴァイアサンを監視下に置き、規範の檻を緩めさせるために、社会は不断に、ときに不安定な戦いを続けている。彼らの狭い回廊という概念は、そのことを浮き彫りにする。二人にしか引き出せない非凡な成果だ。名著『国家はなぜ衰退するのか」の再来だ」
――ジャン・ティロール(二○一四年度ノーベル経済学賞受賞)

「国家と社会はお互いを必要としている。世界の富の詳細な歴史研究を、シンプルな分析枠組みに当てはめることで、アセモグルとロビンソンは、こんにち猫鐵をきわめている全体主義や無政府社会に対する強力な反論を展開している」
――ポール・コリアー(『最底辺の10億人』ほか)

「本書は、人類史をたどる時空を超えた魅惑的な旅に私たちを誘う。自由に不可欠な構成要素をさがす旅へと。この旅から見えてくるのは、私たち一人一人の双肩に、自由の命運がかかっているということだ。
すなわち、私たち自身の市民としての関与、民主主義的な価値を支えることこそが、自由の不可欠な構成要素なのである。こんにち、これほど重要なメッセージはなく、これほど重要な本はない」
――ジョージ・アカロフ(二〇〇一年度ノーベル経済学賞受賞)

「アセモグルとロビンソンによる、傑出して洞察にあふれた新たなる成果。本書は、民主主義的な社会を実現し、維持することの重要さと難しさを示している。さまざまな実例と分析に満ちた興味尽きない本だ」
――ピーター・ダイアモンド(二〇一〇年度ノーベル経済学賞受賞)

「私たちの民主主義が、いま直面している問題をいかに見るべきか?この見事かつ時宜にかなった本は、選択肢となりうる社会統治の形態を考えるために、シンプルで強力な枠組みを提供してくれる。そして、国家と社会のあいだの適切なバランスを保って狭い回廊”の内部に留まり、無政府状態にも独裁体制にも陥らないためには、警戒を怠ってはならないことを、本書の分析は気づかせてくれる」
――ベント・ホルムストローム(二〇一六年度ノーベル経済学賞受賞)

「じつに野心的で示唆に富む本だ。現在の重要テーマを数多く取り上げ、それらを世界中の広範な地域における歴史と事例に巧みに結び付けて分析している」
――ジム・オニール(『次なる経済大国』ほか)

「世界でも指折りの社会科学者二人が、計り知れない洞察と学識に満ちた大著をものした。真の傑作だ。国家と社会のあいだの微妙な均衡についての分厚い歴史研究に基づき、ものを考える人すべてが知っておくべき、ぞっとするような結論が導かれる。すなわち、自由は希少であるばかりか脆弱で、専制政治と無政府状態のあいだに危なげに押し込められているにすぎないことを」
――ジョエル・モキイア(『知識経済の形成』ほか)

「著者たちはアメリカの経済学者だが、二〇年におよぶ比較研究と議論の豊かな成果に基づく本書は、前著『国家はなぜ衰退するのか』の期待にたがわず、専門的で、味気ない数字の羅列とはまさに対極にある。制度分析を武器に、民主主義的な社会を独裁的な社会と、先進国を悲惨な運命にある世界中の貧困国と、それぞれ適切に比較・対照させることで、前者に生きている大いなる幸運を浮き彫りにする。自由は多頭のヒドラであり、頭がひとつしかない専横のリヴァイアサンの前に屈することを、決して許してはならないのだ」
――ポール・カートリッジ(『古代ギリシア人』ほか)

(早川書房編集部訳)

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), Daron Acemoglu (著), James A. Robinson (著), 稲葉 振一郎 (その他), 櫻井 祐子 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2020/1/23)、出典:出版社HP

目次

序章
自由
この世のあらゆる悪
ギルガメシュ問題
自由への狭い回廊

第一章 歴史はどのようにして終わるのか?
迫り来るアナーキー?
第一五条国家
支配の遍歴
闘争とリヴァイアサン
衝撃と畏怖
労働教養
二つの顔をもつリヴァイアサン
規範の檻
ホップズを超えて
テキサス人に足枷を
足枷のリヴァイアサン
歴史の終わりではなく、多様性
本書の残りの概要

第二章 赤の女王
テセウスの六つの偉業
ソロンの足枷
赤の女王効果
どうしても必要な場合に追放する方法
抜け落ちていた権利
首長? 首長って何だ?
危険な坂道
判読不能なままでいる
狭い回廊
論より証拠
リヴァイアサンに足枷をはめる――信頼せよ、されど検証もせよ

第三章 カへの意志
預言者の台頭
あなたの強みは何?
雄牛の角
法を知らぬ暴れ者
赤い口の銃
タブーを破る
動乱の時代
なぜ力への意志に足枷をはめられないのか

第四章 回廊の外の経済
穀倉の幽霊
動労の余地がない
檻に入れられた経済
イプン・ハルドゥーンと専制のサイクル
イプン・ハルドゥーン、ラッファー曲線を発見する
二つの顔をもつ専横的成長
折れた櫂の法
内陸に向かうサメ
他人をむさぼる鳥
パラ革命の経済
檻に入れられた経済と専横の経済

第五章 善政の寓意
カンポ広場のフレスコ画
善政の効果
聖フランチェスコの名前はどこから?
カナリア諸島の最初のネコ
回廊のなかの経済
悪政の効果
トルティーヤはいかにして発明されたのか

第六章 ヨーロッパのハサミ
ヨーロッパが回廊に入る
長髪王の集会政治
もう一枚の刃
二枚の刃を合わせる
「不」連合王国
一〇六六年などなど
赤の女王効果の働き――マグナ・カルタ
プンプン不平を鳴らすハチの巣
さまざまな議会
シングからアルシングヘ――回廊の外のヨーロッパ
中世のドル――ビザンティンのリヴァイアサン
回廊のなかを進む
次に破られるべき檻
産業革命の起源
なぜヨーロッパなのか?

第七章 天命
舟を覆す
すべてが天の下に
井田法の興隆と衰退、そして再度の興隆
弁髪切り
金欠の専横
依存社会
中国の繁栄の逆転
マルクスの命
道徳的リーダーシップの下での成長
中国式の自由

文献の解説と出典
索引

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), Daron Acemoglu (著), James A. Robinson (著), 稲葉 振一郎 (その他), 櫻井 祐子 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2020/1/23)、出典:出版社HP

序章

自由

本書は自由について、また人間社会がどのようにして、なぜ自由を獲得できたか、できなかったのかについての本である。そしてそのことが、とくに繁栄にどのような影響を与えてきたかについての本でもある。私たちの自由の定義は、イギリスの哲学者ジョン・ロックの定義に倣う。ロックは以下があるとき、人間は自由であると論じた。

他人に許可を求めたり、他人の意志に頼ったりすることなしに……みずからの行動を律し、みずから。が適当と考えるままに、みずからの所有物と身体を処理することができる……完全な自由。この意味での自由は、すべての人間の基本的な希求である。ロックは次を強調した。

何人も他人の生命、健康、自由、または財産を害するべきでない。

しかし、自由が歴史上まれであり、こんにちもまれなことは明らかだ。毎年中東やアフリカ、アジア、中米の何百万という人々が故郷を逃れ、その過程で生命や身体を危険にさらしている。人々が逃げるのは、高収入や物質的な快適さを求めるからではない。暴力と恐怖から自分と家族を守ろうとするからなのだ。

古今東西の哲学者は、自由のさまざまな定義を提唱してきた。だが最も基本的なレベルでは、ロックも認めるように、自由は人々が暴力や威嚇、その他の屈辱的な行為から解放された状態を出発点としなければならない。人はみずからの人生について自由な選択を行ない、理不尽な罰や過酷な仕打ちに脅かされずに、その選択を実現する手段をもつことができなくてはならない。

この世のあらゆる悪

二〇一一年一月、シリア・ダマスカス旧市街のハリーカ市場で、バッシャール・アル=アサドの専横政権に反対する抗議運動が、自然発生的に起こった。ほどなくして南部の都市ダルアーで、子どもたちが見よう見まねで「国民は政権打倒を望む」と壁に書いた。子どもたちは逮捕され、拷問を受けた。釈放を求めて群衆が集まり、二人が警官に殺された。騒動は大規模なデモに発展し、やがて全国へと広がった。多くの人が実際に政権打倒を望んでいた。そしてまもなく内戦が勃発した。国家、軍隊、治安部隊が、国土のほとんどから完全に姿を消した。しかし、シリア人が手に入れたのは自由ではなく、内戦と野放図な暴力だったのだ。
ラタキア県のメディア・オーガナイザー、アダムは、その後起こったことについてこう語った。

贈り物をもらったと思っていたら、この世のあらゆる悪が飛び出した。

アレッポの劇作家フセインは、状況をひと言でいい表した。

あの暗黒集団がシリアに入ってくるなんて、思いもしなかった――いまやあいつらの意のままだ。

これら「暗黒集団」の筆頭が、当時ISIS〔イラクとシリアのイスラム国〕として知られていた、「イスラム・カリフ制国家」の樹立をめざす組織、イスラミック・ステートである。二〇一四年にISISは、シリアの主要都市ラッカを制圧した。国境の向こう側のイラクでは、ファルージャ、ラマディ、そして人口一五〇万人の歴史ある都市モスルが、ISISに占領された。ISISやその他多くの武装集団が、シリアとイラクの政権崩壊によって残された国家なき間隙を、想像を絶する残虐さで埋め尽くした。鞭打ち、斬首、身体切断が日常と化した。自由シリア軍の戦士アブ・フィラスは、シリアの「新しい常態」をこう説明する。

誰かが自然死したなんて、もうずいぶん長い間聞いていない。最初のうちは殺されても一人か二人だったのが、そのうち二〇人になり、五〇人になり、そして死ぬのが当たり前になった。五〇人死んでも、いまじゃ「よかった!五〇人ですんだ!」と思う。爆弾や銃弾の音がしないと、何かが欠けているような気がして眠れなくなった。

アレッポの理学療法士アミンはこう回想する。

仲間の一人が女友達に電話して「ねえ、電池が切れそうだ。アミンのケイタイを借りてかけ直すよ」といった。しばらくして女友達が彼の様子を聞いてきたから、殺されたよと伝えた。彼女は泣いてしまい、僕は「どうしてそんなことをいうんだ?」とみんなに責められた。だからこう答えた。「だって本当じゃないか。ふつうのことだろ。あいつは死んだんだ」。……ケイタイを開いてアドレス帳を見ると、生き残っているのは一人か二人しかいない。誰かにいわれたよ。「人が死んでも番号を消してしまうな。名前を『殉教者」に変えろ」と。……だから僕のアドレス帳は、殉教者、殉教者、殉教者が並んでいる。

シリア国家の崩壊は、とほうもない人道危機をもたらした。内戦前に約一八〇〇万人だった人口のうち、五〇万人ものシリア人が命を落としたとされる。六〇〇万人以上が住む場所を追われて国内の別の場所に移り、五〇〇万人が国外に逃れ、現在難民として暮らしているのだ。

ギルガメシュ問題

シリア国家の崩壊によって厄災が解き放たれたことは、驚くにあたらない。紛争の解決と法の執行、暴力の抑制には国家が必要だと、哲学者や社会科学者ははるか昔から主張してきた。ロックもこう述べている。

法のないところに自由はない。

それでもシリア人は、アサドの独裁政権からいくばくかでも自由を得るために抗議を始めた。アダムは悲しそうに回想する。

皮肉なことに、僕らは腐敗や犯罪、悪、人々の苦しみをなくそうとしてデモに加わった。なのに、ずっと多くの人が苦しむ結果に終わった。

アダムのようなシリア人が格闘している問題は、人間社会につきものの問題であり、今から約四二〇〇年前のシュメールの石板に刻まれた、現存する最古の文書に数えられる『ギルガメシュ叙事詩」のテーマでもある。ギルガメシュは、現在のイラク南部にあたる、いまは干上がっているユーフラテス川支流沿いにあった、おそらく世界最古の都市、ウルクの王である。叙事詩には、交易で繁栄し、住民に公共サービスを提供するめざましい都市を、ギルガメシュがつくりあげたことがうたわれている。

陽が当たると銅とまがうようにつくられた、その城壁を見よ。石造りの階段を上ってみよ……ウルクの城壁に上り、都市を行き来してみよ。その堅牢な礎石を調べ、レンガを吟味せよ。それがどれほど巧みに建てられたかを調べよ。城壁内部の土地を観察し、輝かしい宮殿や神殿、店や市場、家や広場を見つめよ。

しかし、一つ問題があった。

ギルガメシュのような者がどこにいるだろう?……都市は彼のものだった。彼は傲慢にも頭を高く掲げ、野牛のように市民を威嚇しながら行き来する。彼は王であり、やりたい放題にふるまう。息子をその父親から取り上げて打ちのめす。娘をその母親から取り上げてなぶりものにする……ギルガメシュをあえて止めようとする者は誰もいない。

ギルガメシュは制御不能だった。シリアのアサドに似ていなくもない。絶望した人々は、シュメールの主神である天の神アヌのいる「天に向かって叫び」、訴えた。

天の父よ、ギルガメシュは……すべての束縛を超えてしまいました。民はその暴虐に苦しんでいます……これが、あなたが王にお望みになった支配でしょうか?羊飼いが自分の羊を痛めつけてよいものでしょうか?

アヌは民の訴えを聞き、創造の女神アルルに命じた。

ギルガメシュの分身をつくれ。彼と同じだけの力と勇気を持ち、その荒ぶる心に立ち向かう男をつくるのだ。ウルクが安息を得られるように、新たな英雄をつくり、二人が互いに釣り合うようにせよ。

このようにアヌは、本書で「ギルガメシュ問題」と呼ぶもの――国家の悪い面ではなく、よい面を引き出すために、その権威と権力を制御することーへの解決策を考案した。アヌの案はドッペルゲンガー【世界に一人だけいるという、自分にそっくりな人」的解決策であり、こんにちでいう「チェック&バランス(抑制と均衡)」に近いものだった。分身のエンキドゥになら、ギルガメシュをくい止められると考えたのだ。合衆国の政治制度の生みの親の一人、ジェイムズ・マディソンはきっと同意したことだろう。マディソンはその四〇〇〇年後に、「野望には野望をもって対抗させる」ように憲法を設計すべきだと主張したのだから。

ギルガメシュが自分の分身に初めて遭遇したのは、新しい花嫁を陵辱せんとしていたときだった。エンキドゥが足止めを食らわせ、家の中に入れなかった。二人は戦った。ギルガメシュは最後には勝利したが、無双の専横的な力を戦いで失った。ウルクには自由が芽生えたのだろうか?

残念ながらそうではない。パラシュートのように上から与えられる抑制と均衡は、一般に効果がないし、ウルクでも功を奏さなかった。まもなくギルガメシュとエンキドゥは結託し始めた。叙事詩にはこう記されている。

彼らは抱擁を交わし、互いに接吻した。彼らは兄弟のように手を取り合った。彼らは寄り添って歩いた。彼らは真の友になった。

その後二人は力を合わせて、レバノン杉の森の守護神である怪物フンババを殺した。神たちが二人を罰するために差し向けた聖牛も、協力して倒してしまった。自由への展望は、抑制と均衡とともに消え去ったのだ。

ドッペルゲンガーや抑制と均衡が導入された国家から生まれないとしたら、自由はいったいどこから生まれるのだろう?アサド政権からではない。シリア国家崩壊後の無政府状態から生まれないのも明らかだ。

私たちの答えは単純だ。自由には国家と法律が必要である。だが、自由は国家やそれを支配するエリート層によって与えられるのではない。自由は一般の人々によって、つまり社会によって獲得されるのだ。国家が二〇一一年以前のシリアでアサドが行なっていた暴虐ぶりのように人々の自由を踏みにじらぬよう、社会は国家を制御して、人々の自由を保護し促進するようにさせなくてはならない。自由を実現するためには、政治に参加し、必要とあれば抗議し、投票によって政権を追放する、結集した社会が必要なのだ。

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), Daron Acemoglu (著), James A. Robinson (著), 稲葉 振一郎 (その他), 櫻井 祐子 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2020/1/23)、出典:出版社HP

自由への狭い回廊

本書の主張は、自由が生まれ栄えるためには、国家と社会がともに強くなければならない、というものだ。撃力を抑制し、法を執行し、また人々が自由に選んだ道を追求できるような生活に不可欠な公共サービスを提供するには、強い国家が必要だ。強い国家を制御し、それに足枷をはめるには、結集した強い社会が必要だ。ドッペルゲンガー的解決策や抑制と均衡では、ギルガメシュ問題を解決することはできない。社会のたえざる警戒がなければ、どんな憲法も保証も、それが書かれた羊皮紙ほどの価値しかもたなくなるからだ。

専横国家がもたらす恐怖や抑圧と、国家の不在がもたらす暴力や無秩序の間に挟まれているのが、自由への狭い回廊である。国家と社会が互いに均衡するのは、この回廊の内部である。均衡といっても、革命によって瞬間的に達成されるものではない。均衡とは、両者のたえまない、日常的なせめぎ合いである。このせめぎ合いは利益をもたらす。回廊の中で、国家と社会はただ競争するだけでなく、協力もする。この協力に助けられて、国家は社会が求めるものを提供する能力を高め、社会は国家の能力を監視するためにますます結集することができるのだ。

これが扉ではなく回廊である理由は、自由の実現が点ではなくプロセスだからだ。国家は回廊内で長旅をして、ようやく暴力を制御し、法律を制定・施行し、市民にサービスを提供し始めることができる。これがプロセスである理由は、国家とエリートが社会によってはめられた足枷を受け入れることを学び、社会の異なる階層が違いを超えて協力し合うことを学ぶ必要があるからだ。

この回廊が狭い理由は、こうしたことが容易ではないからだ。巨大な官僚機構と強力な軍隊、法律を自由に決定する権限をもつ国家を、どうやって抑え込めるだろう?複雑化するこの世界でますます大きな責任を担うことが求められる国家を、どうやって手なずけ、制御し続けることができるだろう?社会が相違や分裂から内輪で争うのを阻止し、協力し続けるようにするには、どうしたらいいのか?こうしたすべてがゼロサム競争に陥らないようにする方法はあるのだろうか?まったく容易なことではない。だからこそ回廊は狭く、またそこに入る社会やそこから出ていく社会には多大な影響がおよぶのだ。

こうしたことのどれ一つとして、計画的にもたらすことはできない。といっても、計画的に自由を生み出そうとする指導者などそうそういるものではない。国家とエリート層が強力で、社会が弱いとき、指導者は人々に権利や自由を与えたりするだろうか?たとえ与えたとしても、約束を守り続けると信用できるのか?

自由の起源を知るには、ギルガメシュの時代から現在に至るまでの女性解放の歴史を見ればいい。叙事詩のいう、「すべての女子の処女膜が……王に属する」ような状況から、(限られた地域ではあるが)女性が権利を有する状況にまで、社会はどうやって変化したのだろう?ひょっとすると、そうした権利は男性によって与えられたのだろうか?たとえばアラブ首長国連邦(UAE)には、二〇一五年にシャイフ・ムハンマド・ビン・ラーシド・アル・マクトゥーム副大統領兼首相兼ドバイ首長によって設置された、男女均等協議会がある。協議会は「最も男女均等を支援した政府団体賞」「最も男女均等を支援した連邦機関賞」「男女均等イニシアティブ大賞」などの賞を毎年与えて、男女均等への貢献を表彰している。マクトゥーム首長の手から授与された二〇一八年度の賞には、共通点が一つある―受賞者が一人残らず男性だったのだ!UAEの解決策の問題点は、それがマクトゥーム首長によって計画され、社会を関与させずに一方的に押しつけられたことにあった。

これとは対照的に、よりよい成果を上げてきたイギリスなどの女性の権利拡大運動では、女性の権利は与えられたのではなく、勝ちとられた。女性たちは社会運動を起こし、サフラジェット〔婦人参政権を求める活動家」と呼ばれるようになった。サフラジェットは一九〇三年に結成された女性だけの政治団体、婦人社会政治連合から生まれた。女性たちは、男性が「男女均等イニシアティブ大賞」を授けてくれるのを待ったりせず、みずから立ち上がり、直接行動と市民的不服従に訴えた。当時の大蔵大臣でのちに首相となった、デイヴィッド・ロイド・ジョージの夏の別荘に爆弾を仕掛けた。国会議事堂の外の手すりに、自分たちの体を鎖でつないだ。納税を拒否し、投獄されるとハンガーストライキに訴え、強制的に食事を取らされた。

エミリー・デイヴィソンはサフラジェット運動の著名なメンバーだった。一部報道によると、一九一三年六月四日の栄えあるエプソムダービーで、サフラジェットの紫、白、緑色の旗を掲げたデイヴィソンが、国王ジョージ五世の愛馬アンマーの目の前に走り出てはね飛ばされた。馬は転倒し、口絵の写真が示すように、デイヴィソンはその下敷きになった。四日後、デイヴィソンは事故による負傷で死亡した。五年後、女性は議会選挙で投票できるようになった。イギリスで女性が権利を手に入れたのは、一部の(男性)指導者の寛大な許可のおかげではない。権利獲得は、女性が組織化し、力を高めたことの帰結だった。

女性解放の物語は特殊でも例外でもない。自由の実現は、社会が結集し、国家とエリートに立ち向かえるかどうかによってほぼ決まるのだ。

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), Daron Acemoglu (著), James A. Robinson (著), 稲葉 振一郎 (その他), 櫻井 祐子 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2020/1/23)、出典:出版社HP

自由の命運 下: 国家、社会、そして狭い回廊

国家の自由はどのように獲得されるのか?

自由の命運 上: 国家、社会、そして狭い回廊に続く下巻となります。

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), Daron Acemoglu (著), James A. Robinson (著), 稲葉 振一郎 (その他), 櫻井 祐子 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2020/1/23)、出典:出版社HP

目次

第八章 壊れた赤の女王
憎悪の物語
規範の檻の中のインド
壊された民
支配する者たち
檻の中のカースト経済
古代の共和国
タミル人の地
ガナ・サンガ国からローク・サバーに至るまで
ヴァルナに仁義なし
壊れた赤の女王

第九章 悪魔は細部に宿る
ヨーロッパの多様性
戦争が国家をつくり、国家が戦争をつくった
戦争がつくった国家
丘の上の自由
重要な違い
レーニン造船所にて
ロシアのクマの野性化
専横から崩壊へ
だってそうするしかないから
乖離の原因
フィンカでの抑圧
歴史はどのように重要か

第一〇章 ファーガソンはどうなってしまったのか?
正午の殺人
アメリカ例外主義の巻き添え被害
権利章典がなんだって?
アメリカの奴隷制、アメリカの自由
紆余曲折の合衆国の国家建設
勝利をわれらに
合衆国の回廊内の生活
ルート66で楽しむのは誰?
すべてのシグナルをずっと収集していればいいじゃないか?
逆説的なアメリカのリヴァイアサン

第一一章 張り子のリヴァイアサン
国家を待つ人々
鉄の檻の中のニョッキ
ダックテストを欺く
道路のための場所はない
タキシードを着たオランウータン
大海を耕す
アフリカのミシシッピ
植民地独立後の世界
張り子のリヴァイアサンの影響

第一二章 ワッハーブの子どもたち
戦術家の夢
ウラマーを飼い慣らす
規範の檻を強化する
サウジアラビアの不可触民
ネプカドネザルの再臨
9・11の火種

第一三章 制御不能な赤の女王
破壊の革命
不満分子の虹色連合
ゼロサムの赤の女王
下からの専横
赤の女王はどのようにして制御不能に陥るか
インキリノにはどれだけの土地が必要か?
誰がために鐘は鳴る
専制君主の魅力
抑制と均衡が好きな人なんてどこにいる?
回廊内に戻る?
迫り来る危険

第一四章 回廊のなかへ
黒人の重荷
虹の連合
回廊への入り口
鉄の檻を足場とする
黒いトルコ人、白いトルコ人
バイアグラの春
オランウータンからタキシードを引きはがす
回廊の形状
違う世界?
グローバリゼーションがつくる回路
いまや誰もがホップズ主義者

第一五章 リヴァイアサンとともに生きる
ハイエクの誤り
牛売買
リヴァイアサンvs市場
共有されない繁栄
タガの外れたウォール街
超巨大企業

ゼロサムの赤の女王を回避する
リヴァイアサンの対テロ戦争
権利の実際 ニーメラーの原則

謝辞
解説 自由と繁栄の安定経路を求めて 稲葉振一郎
文献の解説と出典
参考文献
索引

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), Daron Acemoglu (著), James A. Robinson (著), 稲葉 振一郎 (その他), 櫻井 祐子 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2020/1/23)、出典:出版社HP

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

国家の発展の分かれ目はどこから?

主題は、西ヨーロッパやアメリカなど経済的に成長し続けている国がある一方で、アフリカ、ラテンアメリカ、南アジアの多くの国が依然として貧困状態にあるということであるといい、それには政治システムとそれに関連する経済システムが要因であるといいます。

著者は前者での国々は包括的制度と呼ばれるシステムがある一報、収奪的制度というシステムでは独裁者や一部のエリートたちが国民へ反映の恩恵を与えず自分たちが吸収して歴史が豊富な事例として含まれ解説されています。

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), 稲葉 振一郎(解説) (その他), 鬼澤 忍 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2013/6/21)、出典:出版社HP

本書への賛辞

「アセモグルとロビンソンは、ある問題をめぐる議論に重要な貢献をなした。一見似たような国家が、経済や政治の発展においてまったく異なっているのはなぜかという問題である。幅広い歴史的事例を通じて二人が明らかにするのは、制度の発展によって、ときにはきわめて偶発的な事情に基づき、重大な帰結がいかにしてもたらされてきたかということだ。社会の開放性、創造的破壊を受け入れる意思、法の支配といったものが、経済的発展にとって決定的な意味を持つように思える」
——ケネス・J・アロー 一九七二年度ノーベル経済学賞受賞者

「二人の著者は説得力をもって次のことを明らかにしている。国家が貧困を免れるのは、適切な経済制度、特に私有財産と競争が保証されている場合にかぎられるのである。二人はさらに独創的な主張をしている。国家が正しい制度を発展させる可能性が高まるのは、開かれた多元的な政治体制が存在するときであり、そうした制度に必要なのは、公職につくための競争、幅広い有権者、新たな政治指導者が生まれやすい環境だというのだ。政治制度と経済制度のこうした密接な関連は、二人の大きな貢献の核心であり、経済学と政治経済学における重要問題の一つに関する研究を大いに活気づけることになった」
——ゲイリー・S・ベッカー 一九九二年度ノーベル経済学賞受賞者

「歴史的事例を満載した、重要かつ洞察に満ちた本書の主張は、包括的な経済制度に支えられた包括的な政治制度は持続的な繁栄の鍵であるというものだ。本書では、良き政治体制が発足し、好循環のスパイラルに入るケースがある一方で、悪しき政治体制が悪循環のスパイラルのなかで持続するメカニズムが概説されている。これは見逃してはならない重要な分析である」
——ピーター・ダイアモンド 二〇一〇年度ノーベル経済学賞受賞者

「ダロン・アセモグルとジム・ロビンソンは、国家の経済的運命を決めるのは地理や文化だと考える人たちに悪いニュースを届ける。国の貧富を決めるのは、地勢や先祖の信仰ではなく人為的制度なのだ。アダム・スミスからダグラス・ノースに至る理論家の業績を、経済史学者による最近の実証研究とともに見事にまとめあげ、アセモグルとロビンソンは説得力のあるきわめて読みやすい本を書き上げたのだ」
——ニーアル・ファーガソン 『マネーの進化史』の著者

「アセモグルとロビンソン——開発に関する二人の世界的権威——が明らかにするのは、豊かな国もあれば資しい国もある理由は、地理でも、病気でも、文化でもなく、むしろ制度や政治の問題だということだ。このきわめて読みやすい本は、専門家にも一般読者にも同じく歓迎すべき知見を提供してくれる」
——フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』 『政治的秩序の起源』の著者

「希望を与えるすばらしい本——だが一方で、ひどく心をかき乱す警鐘でもある。アセモグルとロビンソンは、経済発展にかかわるほとんどあらゆる問題について、説得力ある理論を展開している。国家が興隆するのは、成長を促す適切な政治制度を導入するときであり、国家が——しばしば劇的に——崩壊するのは、政治制度が硬直したり環境に順応できなかったりするときだ。権力を握っている人々は、時代と地域を問わず、政府を完全に支配しようとし、みずからの強欲のために社会の幅広い進歩を妨げる。有効な民主主義によってそうした人々を抑え込もう。さもなくば、自国が崩壊するのを眺めることになる」
——サイモン・ジョンソン 『国家対巨大銀行』の共著者 MITスローン校教授

「世界最高にして最も学識ある経済学者のうちの二人が、これ以上ない難問に取り組んでいる。裕福な国もあれば貧しい国もあるのはなぜか、という問題だ。経済学と政治史に関する深い知識をもとに書かれた本書はおそらく、『制度が重要」という、これまでになされた最も強力な声明である。刺激的で、教育的で、それでいてとことん夢中にさせられる本だ」
——ジョエル・モキール ノースウェスタン大学 ロバート・H・ストロッツ学芸教授・経済学・歴史学教授

「四〇〇年におよぶ歴史を描く、このうきうきするほど読みやすく面白い物語において、現代の社会科学の巨人である二人は、元気の出る重要なメッセージを送っている。世界を豊かにするのは自由なのだ、と。あらゆる場所にのさばる暴君を震え上がらせよう!」
——イアン・モリス スタンフォード大学歴史学教授 『なぜ西洋が世界を支配するのか——ただし、いまのところ』の著者

「一つのテーブルを囲み、ジャレド・ダイアモンド、ヨーゼフ・シュンペーター、ジェームズ・マディソンが、二〇〇〇年を超える政治経済の歴史を検討しているのに耳を傾けていると想像してみよう。彼らは自分の考えを、一貫した理論的枠組に組み込むものと想像してみよう。その枠組みの土台となるのは、収奪の制限、創造的破壊の促進、権力を分かち合う強力な政治制度の創設だ。こうしてあなたは、魅力的に書かれたこのすばらしい本の貢献を理解しはじめるのである」
——スコット・E・ペイジ ミシガン大学教授およびサンタフェ研究所

「驚くほど幅広い話題を扱う本書において、アセモグルとロビンソンは単純ながらきわめて重要な問いを発している。裕福になる国もあれば貧しいままの国もあるのはなぜだろうか、と。彼らの答えもまた単純だー一部の国はより包括的な政治制度を発展させるからだというのだ。本書の注目すべき点は、明快な記述、的確な議論、きわめて詳細な歴史的事例である。西洋世界の政府が並外れた規模の債務危機に対処する政治的意思を示さねばならない現在、本書は必読の書である」
——スティーヴン・ピンカス イェール大学歴史・国際地域学ブラッドフォード・ダーフィー教授

「問題は政治なのだ、愚か者め!これが、アセモグルとロビンソンの述べる、多くの国が発展できない理由をめぐる単純ながら説得力ある説明だ。ステュアート朝による絶対王政から南北戦争以前の南部まで、シエラレオネからコロンビアまでを題材に、この重々しい著作が明らかにするのは、強力なエリート層が、多くの人々を犠牲にして自分たちの利益を確保するため、いかにしてルールを操作するかということだ。二人の著者は、悲観主義にも楽観主義にも傾くことなく、歴史や地理が必ずしも避けられない運命ではないことを論証する。だが、その一方で、合理的な経済的アイデアや政策も、政治が根本的に変化しなければ、往々にしてほとんど何も実現できないことを立証してもいる」
——ダニー・ロドリック ハーバード大学行政大学院教授

「これは魅力的で興味深いだけではなく、本当に重要な本だ。アセモグルとロビンソンの両教授が行なってきた、また現在も継続しているきわめて独創的な研究、すなわち、経済力、政治、政策選択はいかにしてともに発展し、相互に制約するか、こうした発展に対する制度の影響はいかなるものかをめぐる研究は、社会や国家の成功や失敗を理解する鍵である。本書ではこの点に関し、それらの洞察がきわめて近づきやすい、それどころか胸を躍らせる形で述べられている。本書を手に取って読みはじめたら、途中でやめるのは難しいだろう」
——マイケル・スペンス 二〇〇一年度ノーベル経済学賞受賞者、 『マルチスピード化する世界の中で』の著者

「この魅力的で読みやすい本が焦点を当てるのは、政治制度と経済制度の複雑にからみあった、善悪両方向への発展である。こうした発展の土台となるのは、政治的・経済的行動の論理と、『決定的な岐路』における大小の偶発的な歴史的事件によって方向づけられる変化との微妙なバランスだ。アセモグルとロビンソンは歴史上の膨大な事例を提示することによって、そうした変化がいかにして、好ましい制度、革新的なイノヴェーション、経済的な成功へ向かうのか、あるいは、抑圧的な制度や最終的な衰退・停滞へ向かうのかを明らかにする。ともかく、二人は興奮と思索をともに生み出せるのだ」
——ロバート・ソロー 一九八七年度ノーベル経済学賞受賞者

アルダとアスヘ——ダロン・アセモグル
私の人生にして魂であるマリア・アンジェリカヘ——ジェイムズ・ロビンソン

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), 稲葉 振一郎(解説) (その他), 鬼澤 忍 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2013/6/21)、出典:出版社HP

目次

序文

エジプト人がホスニ・ムバラクを打倒すべくタハリール広場を埋め尽くしたのはなぜか、またそれは、繁栄と貧困の原因をめぐるわれわれの理解にとって何を意味するのか。

第一章 こんなに近いのに、こんなに違う
アリゾナ州ノガレスとソノラ州ノガレスは、人も、文化も、地勢も同じだ。それなのに、一方が裕福でもう一方が貧しいのはなぜだろうか。

第二章 役に立たない理論
貧しい国々が貧しいのは、地理や文化のためではないし、国民を豊かにする政策を指導者が知らないためでもない。

第三章 繁栄と貧困の形成過程
いかにして、制度から生じるインセンティヴによって繁栄と貧困が決まるのか。また、いかにして、政治を通じて国家がどんな制度を持つかが決まるのか。

第四章 小さな相違と決定的な岐路——歴史の重み
政治的対立を通じて制度はいかに変化するか、過去はいかにして現在を形成するか。

第五章 「私は未来を見た。うまくいっている未来を」
——収奪的制度のもとでの成長
スターリン、シャーム王、新石器革命、マヤ族の都市国家のすべてに共通するものは何か。そしてそれは、中国の目下の経済成長が長続きしない理由をどう説明するか。

第六章 乖離
制度は時とともにいかに発展し、往々にしてゆっくりと乖離していくのか。

第七章 転換点
一六八八年の政治革命はイングランドの政治制度をいかに変え、産業革命に結びついたのか。

第八章 領域外——発展の障壁
多くの国で政治力を持つ人々が産業革命に反対したのはなぜか。

文献の解説と出典

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), 稲葉 振一郎(解説) (その他), 鬼澤 忍 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2013/6/21)、出典:出版社HP

序文

本書のテーマは、この世界の裕福な国々(アメリカ合衆国、イギリス、ドイツなど)と貧しい国々(サハラ以南のアフリカ、中央アメリカ、南アジアなどの国々)とを隔てる、収入と生活水準の巨大な格差である。

この序文で述べるように、北アフリカと中東は、いわゆるジャスミン革命に端を発する「アラブの春」によって揺れ動いてきた。この革命に最初に火をつけたのは、二〇一〇年一二月一七日にムハンマド・ブアジジという露天商が払った自己犠牲をめぐる、一般市民の怒りだった。二〇一一年一月一四日、一九八七年以来チュニジアを支配してきたザイン・アル=アービディーン・ベン・アリー大統領が退陣した。だが、特権的エリートの支配に反対する革命の熱気は衰えるどころかますます高まりつつあったし、すでに中東のほかの国々に広がっていた。二〇一一年二月一一日、ほぼ三〇年にわたってエジプトをしっかりと掌握してきたホスニ・ムバラクが追放された。バーレーン、リビア、シリア、イエメンにおける政権の運命は、この序文を書き終える時点ではわかっていない。

これらの国々における不満の根は、その貧しさにある。平均的なエジプト人の収入レベルは合衆国の平均的市民の一二パーセント程度で、予想される寿命は一〇年短い。人口の約二〇パーセントが極度の貧困にあえいでいる。こうした格差はかなり大きいものの、合衆国と世界の最貧国―たとえば北朝鮮、シエラレオネ、ザンビアなどーの格差と比べれば、実はきわめて小さい。こうした国々では、人口の優に半分以上が貧困のうちに暮らしているのである。

合衆国と比べ、エジプトがそれほどまでに貧しいのはなぜだろうか。エジプト人がもっと裕福になることを妨げている制約は何だろうか。エジプトの貧困は変えられないのだろうか、それとも撲滅できるのだろうか。これについて考えはじめる自然な方法は、エジプト人が直面している問題について、また彼らがムバラク政権を打倒すべく立ち上がった理由について、エジプト人自身が何と言っているかに耳を傾けてみることだ。カイ口の広告代理店で働く二四歳の女性、ノハ・ハメドは、タハリール広場でのデモの際にはっきりと意見を述べた。「私たちは腐敗、抑圧、劣悪な教育に苦しんでいる。変革するしかない腐敗したシステムの真っただ中で生きているのよ」。広場にいた別の一人、二〇歳の薬学生のモサーブ・エル・シャミも同じ意見だった。

「僕の願いは、今年の末までに選挙で選ばれた政府を実現すること、一般的自由が認められること、この国に蔓延する腐敗を終わらせることだ」。タハリール広場に集まった抗議者たちは、政府の腐敗、政府が公共サービスを提供できないこと、国内に機会の平等が存在しないことについて、声をそろえて訴えた。彼らはとりわけ、弾圧と政治的権利の欠如をめぐって不満を述べた。国際原子力機関の元事務局長、ムハンマド・エルパラダイは、二〇一一年一月一三日にツイッターでこう書いている。「チュニジア:弾圧+社会正義の欠如+平和的変革への道筋の否定=時限爆弾」。エジプト人とチュニジア人はともに、自国の経済問題は、基本的に政治的権利の欠落によって起こっていると考えていた。

抗議者が自分たちの要求をより体系的に述べはじめた際、最初の一二の即時的要求——それを公表したのは、エジプトの抗議運動のリーダーの一人として現れたソフトウェア・エンジニアでブロガーのワエル・ハリルだった——は、すべて政治的変革に焦点を合わせていた。最低賃金の引き上げといった問題は、追って実行されるべき暫定的要求の一つにすぎないようだった。

エジプト人にとって、自分たちを抑圧してきたものの一部は、無能で腐敗した国家であり、自分たちの才能、野心、創意、受けられる教育を活用できない社会である。しかし、彼らはまた、これらの問題の根が政治的なものであることも認識している。エジプト人が直面している経済的障害は、エジプトの政治権力が限られたエリートによって行使され、独占されているという事態から生じているのだ。これこそ最初に変わらねばならないことだというのが、彼らの理解である。

だが、そう信じる点で、タハリール広場の抗議者の意見は、このトピックをめぐる社会通念とは明らかに異なっている。大半の学者や評論家が、エジプトのような国が貧しい理由について論じる際、まったく別の要因を重視するのだ。ある者は、エジプトの貧困を決定づけているのは何よりもその地勢、つまり、その国はほとんどが砂漠で十分な降雨がないし、土壌と気候のせいで生産的な農業が営めないという事実だと強調する。またある者は、そうではなく、経済的発展や繁栄に不利だと思われるエジプト人の文化的特性を指摘する。

彼らによれば、エジプト人は他国を繁栄に導いたのと同種の労働倫理や文化特性を欠いており、代わりに、経済的成功とは両立しないイスラム教の信仰を受け入れてきたという。第三の説は、経済学者や政策通のあいだで有力なもので、次のような考え方を土台としている。つまり、エジプトの支配者は自国を繁栄させるために何が必要かを知らないだけであり、これまで間違った政策と戦略に従ってきたというのだ。この考え方によると、こうした支配者が適切なアドバイザーから適切なアドバイスをもらいさえすれば、繁栄が訪れるはずである。

これらの学者や政策通にとって、社会を食い物にして私腹を肥やす限られたエリートによってエジプトが支配されてきたという事実は、その国の経済問題を理解することとは無関係らしい。

本書でわれわれは、タハリール広場のエジプト人の考え方のほうが、大半の学者や評論家よりも正しいと論じる。実際、エジプトが貧しいのは、その国が限られたエリートによって支配されてきたからにほかならない。彼らは圧倒的多数の国民を犠牲にして、自己の利益を追求しようと社会を組織してきたのだ。政治権力はごく一部に集中し、それを手にしている人々のために莫大な富を生み出すべく利用されてきた。たとえば、前大統領のムバラクは七〇〇億ドルもの資産を築いたらしい。割を食わされてきたのはエジプト国民である。彼らがわかりすぎるほどわかっているとおりだ。

われわれが示すのは、エジプトの貧困に関するこうした解釈、つまりエジプト国民の解釈は、貧しい国々がなぜ貧しいのかに関する一般的説明を提供するということだ。北朝鮮であれ、シエラレオネであれ、ジンパブ工であれ、貧しい国々が貧しい理由は、エジプトが貧しい理由と同じなのだ。イギリスや合衆国のような国々が裕福になったのは、権力を握っていたエリートを国民が打倒し、現在のような社会をつくりあげたからだ。

すなわち、政治的権利がはるかに広く分散され、政府が国民に説明責任を負って敏感に反応し、国民の大部分が経済的機会を利用できる社会である。われわれは、こんにちの世界にそうした不均衡があるのはなぜかを理解するには、過去について深く探究し、社会の歴史的発展を研究しなければならないことを示す。エジプトよりもイギリスのほうが裕福なのは、一六八八年にイギリス(正確にはイングランド)が政治、したがって経済を変える革命を起こしたからであることを見る。人々はいっそうの政治的権利を求めて戦い、勝ち取った。そして、その権利を行使して自分たちの経済的機会を拡大した。結果として、根本的に異なる政治的・経済的軌跡が描かれ、それが産業革命で頂点に達したのである。

産業革命とそれが解き放ったテクノロジーがエジプトに広がらなかったのは、その国がオスマン帝国の支配下にあったからだ。オスマン帝国はエジプトを、のちのムバラク一族と同じように扱った。一七九八年、オスマン帝国のエジプト支配はナポレオン・ボナパルトによって崩壊させられた。だが、エジプトはその後、イギリスの植民地支配を受けることになる。オスマン帝国と同様、イギリスはエジプトの繁栄の後押しにはほとんど興味がなかった。

エジプト人はオスマンとイギリスの両帝国を追い払い、一九五二年には君主制を打倒した。ところが、これらの出来事はイングランドにおける一六八八年の出来事とは違い、革命ではなかった。工ジプトの政治を根本的に変えることはなく、また別のエリートに権力を渡してしまったのだ。このエリートたちは、オスマン帝国やイギリスと同じく、ふつうのエジプト人のために繁栄を遂げることには無関心だった。結果として、社会の基本構造は変わらず、エジプトは貧しいままだった。

本書でわれわれは、こうしたパターンが時とともにいかに再生産されるのかを、また、時としてそれが——一六八八年のイングランドや一七八九年の革命時のフランスのように——改まるのはなぜかを研究する。これによって、こんにちエジプトの情勢が変化したのかどうかが理解しやすくなるだろう。また、ムバラクを打倒した革命が、ふつうのエジプト人に繁栄をもたらしうる新たな一連の社会制度につながるかどうかも理解しやすくなるはずだ。

エジプトは過去にいくどか革命を経験したにもかかわらず、状況は変わらなかった。革命を起こした人々が、みずからが追放した人々から支配権を引き継ぎ、似たような体制を再構築したにすぎなかったからだ。一般市民が真の政治権力を手に入れ、社会のあり方を変えるのはたしかに難しい。だが、それは可能である。われわれは、イングランド、フランス、合衆国で、また日本、ボツワナ、ブラジルで、それがいかにして起こったかを見ることになる。本来、貧しい社会が豊かになるために必要なのは、この種の政治変革である。それがエジプトで起こりつつあるかもしれない証拠がある。タハリール広場のもう一人の抗議者であるレダ・メトワリーはこう主張した。「いまや、イスラム教徒とキリスト教徒が一丸となっているのがわかる。

いまや、老いも若きも一丸となっているのがわかる。誰もが同じことを望んでいるのだ」。われわれは、そうした幅広い社会運動が、これらの別の政治変革における出来事の鍵だったことを見るはずだ。こうした転換がいつ、なぜ起こるのかを理解すれば、その種の運動が従来よくあったように失敗すると予想されるのはどんな時であり、運動が成功して多くの人々の生活が改善されると予想されるのはどんな時なのかを評価するのに、われわれはより有利な立場にいることになる。

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), 稲葉 振一郎(解説) (その他), 鬼澤 忍 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2013/6/21)、出典:出版社HP

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源

国家の発展の分かれ目はどこから?

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源に続く下巻となります。

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), 稲葉振一郎(解説) (その他), 鬼澤 忍 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2013/6/24)、出典:出版社HP

目次

第九章 後退する発展
ヨーロッパの植民地主義は、いかにして世界の多くの地域を貧困に陥れたか。

第一〇章 繁栄の広がり
世界の一部の地域は、いかにしてイギリスとは異なる道筋で繁栄に至ったのか。

第一一章 好循環
葉栄を促す制度はいかにして、エリート層の妨害を避ける正のフィードバック・ループを生み出すのか。

第一二章 悪循環
資困を生む制度はいかにして、負のフィードバック・ループをつくって持続するのか。

第一三章 こんにち国家はなぜ衰退するのか
制度、制度、制度。

第一四章 旧弊を打破する
いくつかの国家はいかにして、制度を変えることによってみずからの経済的軌道を変更したか。

第一五章 繁栄と貧困を理解する
世界はいかにして異なるものになったのか、そしてこれを理解することが、貧困と闘おうとするほとんどの試みが失敗してきた理由をいかにして説明できるのか。

謝辞
解説 なぜ「制度」は成長にとって重要なのか 稲葉振一郎
付録 著者と解説者の質疑応答
文献の解説と出典
参考文献

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), 稲葉振一郎(解説) (その他), 鬼澤 忍 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2013/6/24)、出典:出版社HP