宇宙ロケット工学入門

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ロケット工学の入門書

高校卒業程度の数学と物理の知識を有している読者を念頭に、大学の1~2年向けの教科書向けとして書かれています。実話に基づく挿話も多く興味深く、重さと質量を正しく書き分けていることも好ましいです。これからのロケット開発者は必ずこの本に目を通すことになるだろうと言える本です。

宮澤 政文 (著)
出版社 : 朝倉書店 (2016/11/30) 、出典:出版社HP

はじめに

気球に乗って地上からゆっくりと高空に上昇していくときの様子を想像してみよう,空気はしだいに薄くなり,気圧が低くなり,やがて8,000m級のヒマラヤ山脈を超える高度になると,人は酸素吸入器のお世話にならなければ生きることができない.現在,国際線の大型旅客機は高度1万m前後の高空を飛んでいるが,さらに上昇すると空気は一層薄くなり,飛行機は飛ぶことができなくなる.気球も上昇できない,さらに,気象現象も見られなくなる.

天空あるいは空は我々の頭上に無限に広がっているが,そのうち,どこから「宇宙空間」が始まるのであろうか?その境界については,半世紀を超える長い間,国連において科学および国際法の双方の側面から議論されてきたが,未だに決着はついていない,天文学でいう何万光年先の宇宙のことはさておき,地球大気圏外の宇宙空間(Outer Space)のことを略してスペース(Space)と呼んでいるが,この地球周辺の宇宙空間だって相当に広大である.

たとえば,光の速さで静止衛星(注1.2,p.19参照)まで0.1秒強,月まで1秒余り,太陽までは500秒かかる.太陽系惑星の最も外側にある海王星の軌道直径を光の速さで飛行するのに8時間余りかかる.アメリカ航空宇宙局(NASA)のアポロ計画により,人類が初めて月に降り立ったのは1969年7月のことである.その後1972年までの間に合計27名の宇宙飛行士が月の近くまで到達し,うち12名が月面着陸を果たして無事生還している.その後は誰一人として月面に着陸した者はいない.日本では最近,月周回衛星「かぐや」を送って月表面の観測を続けたことは我々の記憶に新しい,光の速さで1秒強のところにある月にしてこのような状態であり,宇宙空間はとてつもなく大きいのである.

我々はほぼ半世紀にわたって,この広大な宇宙空間に人工衛星・探査機・飛行士を送り,多彩な宇宙活動を行ってきたが,それは「宇宙ロケット」の出現によって可能になった.その進化と成熟は未知の領域への道をさらに切り拓いていくことになろう.

ロケットは,広大な宇宙空間への唯一の輸送手段であり,宇宙活動の出発点である.宇宙への乗り物といってもよい.しかし,自動車,電車,船舶,飛行機など,我々の日常生活に欠くことのできない輸送機関と比べてみると,乗り物としては変り種であることがわかる.

アトラス,アリアン,デルタ,H-2A,ソユーズ,長征,それに最近退役したスペースシャトルなどの宇宙ロケットを打ち上げるとき,第1段ロケットのエンジンは地上で点火されるが,このとき周囲の空気はまったく使われない.ロケットは動力源である酸化剤と燃料(合わせて推進薬と呼ぶ)を自ら携行し,その燃焼ガスを後方に噴出して推進力を得るので,空気のない宇宙空間をも飛行することができる.一方,ジェット旅客機は空気を取り入れて推進力を得ているため,月世界旅行をしようと考えても,それはできない相談である.

このような宇宙ロケットに興味をもち,将来,ロケット工学や広く宇宙科学を学びたいと希望する若者は多い.一方,宇宙ロケットは,ソフトウェアおよびハードウェアを含めて,多岐にわたる分野の科学技術を有機的に組み立てることによって成り立つシステムである.このような高度で複雑なシステムを正確に理解するためには,高等数学をはじめ多くの専門分野の知識と訓練が必要になる.当然,大学1,2年レベルの素養だけでは不十分である.

ロケット工学をその基礎から学びたいと希求する学生・初心者にとって,何よりもまず,ロケットのシステムおよびその運動の物理現象を正しく理解することが必須であり,その上に立ってさらに数理解析に進むことが求められる.現在,この分野ではそれぞれ特色のあるテキストが数多く出版され,学生に利用されているが,総じて,数理解析に主眼を置いたもの,あるいは,特定分野に限られた専門書が多く,宇宙ロケットの全体像をわかりやすく解説した入門書は少ないのが現状である.

筆者は過去,わが国の宇宙開発の揺籃期から成長期にわたり実用ロケットの開発・運用や国際宇宙ステーション(ISS: International Space Station)計画初期の実務に携わってきた.ロケットでいえば,技術導入型ロケットから大型国産H-2ロケットの開発までである.その過程で,ロケット発射時のエンジン点火失敗,開発試験におけるエンジン爆発事故(複数回),基礎試験中の水素爆発事故など,多くのトラブルを経験してきた.こうした不具合に関する記者発表で冷や汗をかいたこともある.後に,大学教育にも携わることになったが,当然のことながら,「ロケットの科学と技術」のすべてに精通している訳ではない.それにもかかわらず,経験を通して得た宇宙ロケットの実像を,不完全ではあっても1つの視点から俯瞰し,独断と偏見を含めて整理し直すことも意義あることであろう,同時にそれは,ロケット工学入門書の1つとしていささかなりとも将来有望な若者達の役に立つのではないか,と考えた.

宇宙ロケットとは何か,それはどのように飛行し,何をすることができるのか.機体はどのように構成され,各システムはどのような役割を果たすのか.ロケット工学の基礎となる原理原則(科学の側面)と主要システムの作動メカニズム(技術の側面)について,難しい数学に頼らずに,その基本的な物理現象をできる限りていねいに記述することによって近代宇宙ロケットの全体像を描き出そうと思いついたしだいである.

本書は入門書である.上記の趣旨に沿って,高校の数学と物理の基礎を習得した人を対象にしており,したがって,大学1,2年生の講義用テキストまたは参考書として妥当なレベルであると考えている.また,(科学に興味をもつ)高等学校高学年生には理解できる内容であろう.同時に,一般の方でも,宇宙開発や宇宙技術に興味をもたれる方であれば,理論の詳細は別にして,基本は理解できるものと考えている.ロケット全般のことから,さらに特定の専門分野に興味をもつ方は,巻末に記した文献を参考にして,数理解析を含め,より高度な内容の学習に進んでいただきたい,

最後に,本書の内容や構成に関して若干の注意事項を記しておきたい.
1) 本書の第4章,第6章,第8章,第10章には,やや高度な専門的内容を扱う項目があり,はじめてロケット工学に触れる方には少し難しいものと思われる.そのような場合,その部分を飛ばして先に読み進んでいただいて構わない.後に省略せずに読み直していただければ,はじめは難しく感じた内容も自然に理解できるようになるであろう.
2) 第10章は,自然の法則を体系化した古典力学(ニュートン力学)の基礎について整理したものである.そもそも,宇宙ロケットはただ強力なエンジンをつけて空高く,遠くに飛び立っていけばよいというものではなく,衛星や探査機を宇宙空間の予定軌道に正確に運搬するという役割をもっている.したがって,ロケットの科学技術を深く理解するには,ニュートン力学を正しく理解することが欠かせないのである.
3) ロケット技術からはやや離れるが,宇宙政策関係のことに言及した部分がある.筆者は過去欧米の宇宙政策の専門家とたびたび接触してきた経験から,常々,わが国の宇宙科学技術の正常な発展のためには,科学者・技術者自身,この方面の理解が必要であると同時に,宇宙政策・宇宙法の分野を充実させることが急務であると考えてきた.その考えは今も変わらない,この分野について,もう少し掘り下げたいところではあるが,それは別の機会に譲り,ここではその一端に触れたに留まる.

本書は,ロケット工学の入門書を目指したもので,その趣旨に沿って高度な科学技術分野については正確さを若干犠牲にした面もある.専門家諸氏には異論もあろうかと予想されるが,この点はご容赦願いたい.本書を通して多くの若い人達がロケットだけでなく宇宙科学および宇宙技術の基礎を理解し,さらに広く科学技術探求の道に入る手がかりをつかんでいただければ幸いである.

今回,多くの方のお世話になった.(株)ビオシード代表取締役・加藤敏彦氏からは全体の構成についての貴重な考え方を示唆していただいた.筆者の不得意分野については,かつての同僚や友人の支援を仰いだ.なかでも,旧宇宙開発事業団の同僚であった只川嗣朗,長崎守高,池田茂の諸氏から,それぞれの専門分野について非常に多くの支援とコメントをいただいた.宇宙航空研究開発機構の小林悌宇氏ほか数名の方に様々なご助言をいただいた.本書の図表作成については,筆者の静岡大学時代の教え子達,なかでも,永田靖典君(現在岡山大学工学部助教)から全面的な協力を得た.最後に,本書の実現に格段のご尽力をいただいた朝倉書店の編集部に心から御礼申し上げたい.

2016年10月
宮澤政文

参考文献および出典について
本書執筆に際して参考にした文献は巻末にまとめて示した.各章全般の参考にした文献は,章末に[1],[2],[3]のように示した.また,本文テキストの中の具体的事項や表現を参考にした文献については,該当する部分を[15-3第3章]のように記した.図表の参考・引用文献については,それぞれのタイトルの末尾に記し,また,写真については出典・提供先の組織,団体名または個人名を記した.関係者および関係機関に深甚の謝意を表します.

宮澤 政文 (著)
出版社 : 朝倉書店 (2016/11/30) 、出典:出版社HP

目次

1. ロケットの歴史概説
1.1 花火から近代ロケットの登場まで
前史/近代ロケットの黎明/近代ロケット第1号―V-2号の登場―
1.2 月への先陣争い,そしてその後
人工衛星から月へ/第2次世界大戦後の時代背景/宇宙活動の多様化とスペースシャトルの登場
1.3 各国の宇宙活動
ロシアのロケットと有人宇宙活動/ヨーロッパ宇宙機関(ESA)の活躍/中国の台頭/わが国のロケット開発
1.4 宇宙ロケットの近未来―再使用ロケットの可能性―
コラム:宇宙の眼1. 宇宙空間はどこから始まるのか?

2. 宇宙ロケットの誕生
2.1 ロケットとは何か
ロケット飛翔体とロケットエンジン/ロケットの推進原理/化学ロケットの種類と用途/非化学ロケットの現状
2.2 飛行機とロケット
飛行機に作用する力/飛行機を支える揚力/ロケットに作用する力
2.3 宇宙空間への足がかり
ニュートンの人工衛星/宇宙輸送システムとしてのロケット
2.4 ミッション要求
人工衛星および宇宙探査機の軌道
2.5 宇宙ロケットに要求される機能・性能
ロケットの打上げ方位/重力と大気による速度損失/多段式構成/飛行フェーズの考え方/ロケットの道案内

3. ロケットの推進理論
3.1 ロケットの推進システム
液体ロケットと固体ロケット/ロケット推進力の発生
3.2 ロケットの推進性能
推進力と総推力/速度増加(増速度)―獲得速度―/比推力―エンジン性能―/質量比―構造性能―/打上げ性能(打上げ能力)/推進性能の比較
3.3 ノズルの働き
超音速ノズルの効用/伸び縮みする気体の性質―超音速流れの実現―/ノズルの形状/ノズル流れの実相/外気圧の影響
3.4 飛行フェーズと推進システムの選択
ブーストフェーズの推進システム/水平加速フェーズの推進システム/近未来の第1段ロケットの推進薬

4. 液体ロケットエンジン
4.1 液体ロケットとは?
再着火の機能/ロケット飛行方向の変更/ジンバルによる推力方向制御
4.2 推進薬の移送・供給
4.3 推進力の発生
噴射器/燃焼ガスの流れ―燃焼室からノズル出口までの化学反応流―/燃焼室内の化学反応―化学平衡―/ノズル内の反応流
4.4 燃焼室の冷却
再生冷却/アブレーティブ冷却/放射冷却
4.5 エンジンサイクル
開放型―ガス発生器サイクル―/閉鎖型―2段燃焼サイクルー/エンジンサイクルの比較
4.6 液体推進薬の特性
液体酸素とケロシン(RP-1)の組合せ/液体酸素と液体水素の組合せ/四酸化二窒素とヒドラジン系燃料の組合せ―毒の液体推進薬―/液化天然ガスの将来性
4.7 無効推進薬について
コラム:宇宙の眼2. 怖いロケット燃料の話

5. 固体ロケット
5.1 固体ロケットの仕組み
大推力/推進薬密度/固体ロケットの弱点
5.2 モータケース
モータケースの材料/断熱材とライナ/点火装置
5.3 固体ロケットのノズル
ノズルの材料/可動ノズル
5.4 推進薬と推力パターン
コンポジット推進薬/推進薬の組成/推進薬の断面形状と推力パターン
5.5 製造と組立て
セグメント組立てと一体組立て/上段用および下段用固体ロケットの構造性能
5.6 大型固体ロケットのシステム
5.7 固体ロケットと環境問題
酸性雨/宇宙ゴミの問題

6. ロケットの構造と材料
6.1 宇宙ロケットの骨格
構造システムの役割/ロケットの形状と構成/コア機体と補助ロケット/第1段液体ロケットと固体補助ロケットの組合せ衛星フェアリング
6.2 液体推進薬タンクの構造
一体型タンク/酸化剤タンクと燃料タンク/構造様式について/タンクの製造法
6.3 構造設計の考え方
荷重に耐荷すること/安全設計の方法/荷重と強度の定義/設計安全係数の定義/安全余裕の定義/宇宙ロケットの安全係数/耐荷することの―保証確率・統計の考え方―/例題:有人ロケットの「破壊」に対する安全の確保/安全係数と安全余裕について/軽量化の考え方
6.4 ロケットの材料
コラム:宇宙の眼3. 宇宙ロケットの先端はなぜ丸いのか?
コラム:宇宙の眼4. 頭のにぶい物体の空気力学

7. ロケットの分離機構
7.1 分離機構とは
7.2 火工品の効用
7.3 代表的な火工品の作動原理
7.4 宇宙ロケットの分離機構

8. 宇宙ロケットの飛行と誘導制御
8.1 飛行経路の設計
基準飛行経路/姿勢変更の設定/イベント・シーケンスの設定
8.2 ロケットの誘導制御
誘導制御の役割/電波誘導と慣性誘導
8.3 慣性航法
航法の原理/慣性センサユニット/IMUの搭載方式と航法計算
8.4 誘導
誘導はなぜ必要か/“誘導をかける”こと/大気層飛行中の誘導―無誘導飛行―/大気層外飛行中の誘導―誘導飛行―/日本の誘導事情
8.5 制御
姿勢制御の方法/シーケンス制御と姿勢制御
8.6 宇宙ロケットはどのように飛行するか―H-2Aロケットの打上げ―

9. ロケットの打上げ運用
9.1 ロケット打上げの諸条件
発射場の地理的制約/打上げ方位と追跡局/地球観測衛星の打上げ/打上げの窓/気象条件/垂直発射と斜め発射
9.2 計測と通信
ロケット飛行の監視
9.3 ロケットの打上げに伴う安全対策
射点近傍の警戒/機体の落下予測海域と通報/飛行安全管制
9.4 宇宙ロケットを取り巻く状況と課題
打上げに伴う国際的義務/宇宙ロケットの民営化と商業利用/わが国の営化と課題/次期ロケットの考え方
コラム:宇宙の眼5. あやまちは人の常―ロケットの開発と不具合

10. 自然の法則と宇宙ロケット―宇宙工学入門への試み―
10.1 古典力学の世界
慣性系/2体問題/非慣性系と慣性力
10.2 地球中心の円錐曲線軌道
軌道エネルギー/軌道要素について/軌道傾斜角iの補足説明
10.3 人工衛星の軌道
10.4 軌道変更の原則
10.5 静止衛星は如何にして“静止”衛星となるか
静止衛星の打上げ手順/静止トランスファ軌道の最適軌道傾斜角について/衛星質量と軌道との関係
10.6 宇宙探査機の軌道
コラム:宇宙の眼6. 無重量(無重力)とは何か?

付録A 主要な宇宙ロケット一覧
A-1 日本の宇宙科学衛星打上げロケット
A-2 日本の実用衛星打上げロケット
A-3 海外の主要な宇宙ロケット
付録B 略語表

参考文献
索引

宮澤 政文 (著)
出版社 : 朝倉書店 (2016/11/30) 、出典:出版社HP