日本政治の第一歩

【最新 – 日本政治について学ぶためのおすすめ本 – 幕末以降の政治史から現代の政治まで】も確認する

日本政治の基本をおさえるテキスト

本書は、日本政治に関する比較的オーソドックスな教科書であり、構成もしっかりとしているため、政治学の入門書としても活用できる一冊となっています。また、概況の統計も示されているため、日本政治の現状をわかりやすく学ぶことができます。

上神 貴佳 (編集), 三浦 まり (編集)
出版社 : 有斐閣 (2018/7/6) 、出典:出版社HP

はじめに

本書のねらい

世界の人々の考えを知るために行われる「世界価値観調査」(World Values Survey)という大規模な調査がある。1981年から世界100カ国ほどで,ほぼ共通の質問形式を用いて調査を実施している。この調査では,自国にとって好ましい政治形態についても尋ねている。直近の2010年調査において,民主的な政権を「非常に好ましい」政治形態と回答する者の割合は,日本では28.2%に過ぎない(「やや好ましい」43.8%,「やや好ましくない」8.1%,「好ましくない」2%,「わからない」17.9%)。この質問の調査結果が得られる59カ国中では下から10番目である(2018年3月現在)。しかも,その割合は1995年:37.9%→2000年:36%→2005年:31.2%→2010年:28.2%と単調に減少している。日本の調査結果を年齢層別にみると,30歳以上や50歳以上の層と比較して,29歳までの若年層では,この「非常に好ましい」という回答割合が低い。2010年の調査結果では18.2%に過ぎない。もちろん,母集団や回収率などが異なる調査の結果を単純に比較するには注意が必要である。そもそも,日本では「わからない」という回答が大きな割合を占めているが,この選択肢が存在しない(=回答者が「わからない」と答えられない)国々もある。こうした国々の調査結果と比べると,「わからない」が多い一方,「非常に好ましい」が少なくみえているだけかもしれない(安野2016)。ただし,「わからない」が多いこと自体,気になるところではある。

本書は,自国の民主主義に対する全幅の信頼が寄せられているといえるか,やや心許ない今日の日本にあって,新たに有権者となる人たちや有権者になったばかりの人たちを念頭に置き,日本政治を「有権者目線」で解説することに注力した。本書の各章は,有権者として,あるいはもっと広く主権者・市民として,私たちはどのように政治に関わることができるのかを,意識して書かれている。もし政治を私たちのものと感じられなければ,制度上は民主的に選ばれた政権であっても(国際的なNGOや学術調査の報告によると,日本は十全な自由民主主義の範疇に入る),心から支持することはできないであろう。
もちろん,本書は,学問として「日本政治」を初めて学ぶ人たちに必要不可欠なトピックを精選して,一冊の教科書に編み上げることをめざしている。その内容は厳密な意味での研究成果に基づいているし,各章の執筆者は衆目の一致する気鋭の研究者ばかりである。大学の教養レベルの授業で用いられることを想定しているが,18歳選挙権が実現した今日,プレ有権者教育の一環として高校などで用いられることも歓迎である。

本書の構成

本書は全12章から構成されている。まず,第1章「戦後日本の政治」は,第二次世界大戦後の日本政治の歩みを振り返っている。歴史的な視点から日本政治の概観を本書に与えることが目的である。適宜,本文の内容に関係する章を示すことにより,第1章の史実の記述と各章の政治学的な説明を相互に参照できるように工夫してある。第2章「政治参加」は,民主政治にとって本質的に重要ともいえる,私たちの政治参加を扱っている。有権者の投票行動や選挙の仕組みを中心に解説し,私たちがデモや陳情,組織を通じて政治参加する方法も紹介している。第3章「団体政治・自発的結社」は,団体や運動のような組織化された政治的な関わりを扱う。これも私たちが政治に参加するための重要なルートである。組織の目的や活動のタイプ,政治的な関与のあり方を議論する。第2章と第3章は私たちの役割に焦点を当てるのに対して,続く第4章から第7章では,政治家や政治制度の側に目を転じる。私たちがこれらをいかに使いこなすことができるのかということが,以下の各章をつらぬく,もう1つのテーマとなる。

第4章「政党と政治家」は,もっぱら選挙において有権者による選択の対象となる政治家や政党を扱う。政党の組織や理念,機能のみならず,女性の過少代表の問題や選挙制度改革の影響についても解説する。第5章「議院内閣制と首相」は,議院内閣制という仕組み,首相の権力を支える基盤を説明する。近年目立つ官邸主導についても政治学の観点から解説する。第6章「国会」は,国権の最高機関たる国会の機能と役割,立法過程を説明する。日本の議院内閣制の仕組みを踏まえつつ,政府と与党,与党と野党,それぞれの関係から国会を通じた民意の代表を読み解く。第7章「官僚・政官関係」は,民主的に決められたものごとを執行する官僚制を扱う。執行にとどまらず,政策づくりの段階にも関与する官僚制の重要性にふれつつ,民主的な統制の手段について検討する。第8章「メディア」は,政治とマスメディアのさまざまな関係,変容するメディア環境,有権者の政治参加を促進するツールとしての役割にもふれる。第9章「政策過程の全体像」では,どのように政策がつくられていくのか,有権者は選挙と選挙の間の政策づくりにどのようにかかわることができるのか,それぞれに注目して,第2章から第8章までの内容をまとめている。第10章「地方自治」は,文字どおり,地方自治を扱う。国から地方自治体への分権改革により,自治体の運営が重要となった。中央・地方関係のみならず,知事・市町村長と議会からなる二元代表制や,住民参加を説明する。

ここまでは,「誰がどのように政治的な決定にかかわるのか」という観点に重点を置いてきた。残る第11章「安心社会とケア」と第12章「共生社会とシティズンシップ」では見方を変え,21世紀に生きる私たちにとって,「何が重要な課題なのか」という観点から章を編んでいる。第11章は,超高齢社会における日本型福祉の限界に切り込んでいる。性別役割分業,雇用形態により区別される福祉の仕組み,少ない国庫負担,これらからなる日本型福祉が共働き世帯の増加や雇用の劣化によって,行き詰まりを迎えている。日本型福祉は政治の所産である以上,同様に政治の力でそれを変えることもできるはずである。第12章は,グローバル化社会において国民とはどのような存在である(べき)かを問い直している。そもそも誰が主権者になりうるのか。基本的人権の主体であった普遍的な市民概念は,国民国家の成立によって国民概念に統合されていったが,外国人居住者が増えているなか,あらためて主権者の外延が問われている。外国籍の住民の人権はどのように保障されるのだろうか。これから留学や海外出張の機会も多いだろう若い人たちにとっても,他人事ではすまないはずである。

本書の使い方

読者が日本政治の全体像を理解しやすいような順番で各章を配置しているが,興味のある章から読んでもらっても構わない。その章の内容について他の章でもふれていれば,文中で「第○章参照」のように示してある。適宜,照らし合わせながら読んでもらいたい。

各章の冒頭には,INTRODUCTION(以下,「導入」)とQUESTIONS(同「問い」)が掲げられている。「導入」には,その章の目的が示されている。各論を読み進んでいくうちに,初学者のみなさんは文章を追っていくだけで精一杯になってしまうことがあるかもしれない。そうしたときには,もう一度「導入」に目を通して,何のための議論であったのかを再確認してもらいたい。「問い」には,読者に考えてもらいたいことが示されている。極論すると,これらの「問い」に定まった答えはない。本文中では執筆者や先人たちの考えを示してはいるが,それが唯一の正解というわけではない。「問い」を材料に授業でディスカッションしてもよいだろうし,レポートの課題に転用してもらってもよい。

本文中には,ゴシック体で強調したキーワードが出てくる。本書を理解するうえで重要な言葉を指定してあるので,その意味を把握しながら読み進んでもらいたい。関連して,第1章「戦後日本の政治」には少し解説が必要な用語や歴史的出来事が頻出するので,それらを中心に用語説明をウェブサポートページ(後ほど説明)に掲載した。対象となる用語には「⇒WEB」マークを付けてあるので,ぜひ活用してもらいたい。そのほかには,適宜,Columnを掲載している。重要と考えられるトピックを取り上げて,より詳しく説明している。

章末の「読書案内」では,さらに勉強したい読者に向けて,執筆者から何冊かの本を推薦している。簡単な紹介文も付しているので,興味があれば,ぜひ手に取ってもらいたい。レポートなどの課題をこなさなければならないときにも,この「読書案内」が役に立つだろう。

ストゥディア・シリーズの特色として,ウェブサイトとの連携が挙げられる。本書では,紙幅の制約により,各章の引用・参考文献をウェブサイト上で示すことにした。章末にQRコードを掲載しているので,それを携帯電話・スマートフォンのカメラ機能で読み取ってもらいたい(すぐ下にもあるので試してほしい)。そうすると,ブラウザ画面上には有斐閣のウェブサポートページに掲載された引用・参考文献リストが表示されるはずである。書籍としてのコンパクトさと学術的な正確性の両立を期するためであり,ご不便をご海容願いたい。また,本書を教科書として用いてくださる先生方には,「先生用」のサポートページに映写用のスライド(MS PowerPoint形式)を提供する予定である。ダウンロードには登録などの手続きが必要であるが,積極的にご利用いただきたい。

本書は現在進行中の現象を取り扱っているので,時間の経過とともに,新たに付加すべき内容が生じてくるのは致し方ない。それらもウェブ上にコラム形式で提供することを計画している。

2018年5月30日
上神貴佳・三浦まり

引用・参考文献
安野智子(2016)「民主主義および政治制度に関する意識」池田謙一編『日本人の考え方 世界の人の考えた——世界価値観調査から見えるもの』勁草書房: 240-272

上神 貴佳 (編集), 三浦 まり (編集)
出版社 : 有斐閣 (2018/7/6) 、出典:出版社HP

目次

はじめに
執筆者紹介

CHAPTER1 戦後の日本政治
1 戦後改革から55年体制の成立へ
日本国憲法の制定と社会民主主義の実験
冷戦の本格化と保守・革新の対立
55年体制の成立と定着
2 経済成長と自民党長期政権
高度経済成長と利益誘導政治の発展
ポスト高度経済成長と与野党伯仲
経済大国化と保守復
3 政治改革と日本政治の変容
55年体制の崩壊と政治改革
日本政治の構造的変化と政権交代
新たな岐路に立つ日本政治

CHAPTER2 政治参加
1 国政選挙と日本人の投票行動
国民主権と選挙
投票と選挙結果
2 投票参加と投票行動
投票参加
投票行動
3 現代日本の政治参加
選挙の実際
選挙制度
日本の選挙制度
投票外参加
Column❶ 1票の格差

CHAPTER3 団体政治・自発的結社
1 団体・結社とは何か
利益集団,利益団体,圧力団体,社会運動
さまざまな活動の型——ロビー活動,アドボカシー,サービス供給
組織化されやすい利益,されにくい利益——集合行為問題
2 現代日本政治における団体・結社の影響力
日本の特徴と歴史的経緯
団体の影響力①——多元主義モデルによる理解
団体の影響力②——コーポラティスト・モデルによる理解
3 民主政治における団体の重要性

CHAPTER4 政党と政治家
1 誰がどのような活動をしているのか
政治家とは——当選・再選に向けて
誰が政治家になるのか
2 政党の理念と組織,政党システム
政党の目的と機能
政党の理念
政党組織の変遷
3 選挙制度の影響
選挙制度と政党システム
選挙制度と政党組織
選挙制度改革は政党をどのように変えたのか
Column❷ 女性の過少代表

CHAPTER5 議院内閣制と首相
1 議院内閣制とは何か
議院内閣制と大統領制
日本の議院内閣制の特徴
対等な二院制,日本型分割政府
多数決型
民主主義とコンセンサス型民主主義
2 戦後日本の首相
55年体制下までの首相の条件
首相を支える公式の制度と組織
与党のリーダーとしての首相
3 21世紀日本の首相
小泉以降の首相——「官邸主導」「日本型分割政府」の登場
制度改革の効果
世論との緊張関係
首相を民主的に統制するためには

CHAPTER6 国会
1 国会の特徴
国会とは何か
議院内閣制
二院制
委員会中心主義
2 立法過程
法案審議の流れ
法案審議の特徴
3 国会の評価
国会は無能なのか
課題と展望

CHAPTER7 官僚・政官関係
1 官僚制とは何か
官僚とはどのような人たちなのか
官僚制と社会
行政組織と行政改革
2 戦後日本政治における政官関係
日本政治における官僚制の役割
官僚優位論と政党優位論
「官邸主導」と政官関係
3 官僚制と私たち
官僚制の民主的な統制
制度的・内在的統制
制度的・外在的統制
非制度的・外在的統制

CHAPTER8 メディア
1 政治的なコミュニケーションにおけるメディア
民主主義社会におけるメディアの役割
マスメディアの立場の違い
メディアの影響力
2 現代日本政治とマスメディア
メディアの報道体制
メディアの経営体制
政治権力とメディア
3 メディア環境の変化と政治への影響
批判されるマスメディア
ネットでつながる政治家と有権者
分断化する社会
Column❸ 世論調査

CHAPTER9 政策過程の全体
1 現代日本の政策過程
政策過程の概観
誰が決めているのか
予算のつくられ方
2 政策過程とは何か
多面的な顔を持つ政策過程
政策過程の政治性と偶然性
政策過程の多様性
3 政策過程と有権者
投票から政策過程へ
団体や運動への参加から政策過程へ
Column❹ 「利益の政治」と「アイディアの政治」

CHAPTER10 地方自治
1 なぜ地方自治が必要なのか
地方自治の意義と現実
中央と地方,自治体間の関係
自治体の財政
2 自治体の政策は誰がどのように決定しているか
自治体の政策決定と執行
首長の権限とその担い手
議会の権限とその担い手
3 住民はどのように関われるのか
住民の定義
住民参加の種類——制度的な参加
住民参加の種類——非制度的な参加

CHAPTER11 安心社会とケア
1 日本型福祉レジームの特徴
「小さい政府」の日本
働かざるもの食うべからず?
財政赤字とケアの赤字
2 日本の政党政治と福祉レジーム
労働者と経営者
戦後保守政治と福祉レジームの形成
福祉国家の見直しと消費税をめぐる政治
福祉国家の制度変更
3 ジェンダー視点からみた日本型福祉レジーム
性別役割分業とジェンダー平等
雇用条件の悪化と政治の変容
少子化問題と人口減少
未来の安心社会に向けて

CHAPTER12 共生社会とシティズンシップ
1 近代国民国家の誕生
外国人と<私たち>
近代国民国家と<私たち>
<私たち国民>の誕生
2 近代シティズンシップ論
シティズンシップの歴史へ
古典的な市民から,近代的な市民へ
両義的なシティズンシップ——国家からの自由か,国家による生活保障か
3 性の原理としてのシティズンシップ
諸権利を持つ権利としてのシティズンシップ
定住外国人の権利からみるシティズンシップ
マイノリティからみたシティズンシップ

事項索引
人名索引

上神 貴佳 (編集), 三浦 まり (編集)
出版社 : 有斐閣 (2018/7/6) 、出典:出版社HP