フィンセント・ファン・ゴッホの思い出 (Artist by Artist)

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ゴッホを支えた人たちがゴッホの実像を綴る

本書は、フィンセント・ファン・ゴッホの弟が書き記したゴッホとの思い出について、解説を交えて紹介している本です。天才的な側面や精神的に追い込まれた結果の事件に注目されがちなゴッホを、ありふれた画家としての側面から見ることができるようになるでしょう。

ヨー ファン・ゴッホ=ボンゲル (著), 林 卓行 (監修, 翻訳), 吉川 真理子 (翻訳)
出版社 : 東京書籍 (2020/1/27)、出典:出版社HP

フィンセント・ファン・ゴッホ
Vincent Willem van Gogh 1853.3.30-1890.7.29

オランダ生まれの画家。エドゥアール・マネ、クロード・モネなどに代表される印象主義(派)ののちに現われたポスト印象主義(派)の画家で、他の追随をみないその触覚的な筆致と激しい色彩は表現主義を準備したとも、後世に評価される。

フィンセントは、オランダ南部の町ズンデルトに、牧師の父テオドルスと母アンナの長男として生まれる。幼少期より気性が荒く気難しかったが、周囲に芸術的才能の片鱗を見せることもあった。1869年に伯父の関係先であるパリの画商・グーピル商会のオランダ・ハーグ店に入社。ロンドンなど各支店で働いたのち、画家になる希望を秘めながら、父と同じ伝道の道に転じるも挫折。1880年前後から絵画の制作に救いを求めしだいにその道に没頭していく。他方、弟テオもグーピル商会で画商としてのたしかな地位を築き、兄の画業をサポートし続ける。

1886年、パリで働くテオを訪ね、2年間にわたる兄弟での同居生活がはじまる。この期間にテオのもとに集う画家、エミール・ベルナール、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックたちと交流を深め、ポール・ゴーギャンとも知り合う。同じころ、日本から輸入された浮世絵版画を目にするようになり強く影響を受ける。都会での生活に消耗し、1888年、フランス南部・アルルに移動、しばらくしてゴーギャンとの共同生活がはじまり、この生活は同年末にみずからの耳を切り落とす事件を起こすまで続いた。サン=レミでの闘病生活を経て、1890年、カミーユ・ピサロの勧めでパリ近郊のオーヴェール=シュル=オワーズで暮らしはじめる。同地には芸術に造詣が深く、セザンヌたち印象主義者とも親しかったポール・ガシェ医師がおり、彼が主治医となった。同年7月27日、拳銃自殺をはかり、29日に世を去る。享年37。

ヨー ファン・ゴッホ=ボンゲル (著), 林 卓行 (監修, 翻訳), 吉川 真理子 (翻訳)
出版社 : 東京書籍 (2020/1/27)、出典:出版社HP

目次

はじめに——「ありふれた画家」としてのファン・ゴッホ
林卓行

解説
マーティン・ゲイフォード

フィンセント・ファン・ゴッホの思い出
ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル

掲載作品一覧

本書について
本書は以下の全訳である。
Jo van Gogh-Bonger, A Memoir of Vincent van Gogh, 2nd edition
(London:PallasAthene,2018).
原則的に、翻訳文は英語原文に即しているが、執筆当時の時代背景や文化状況などに鑑み、また必要に応じて既訳を参照し、本文の記述に語句を補い、さらに原書の訳注に加えて日本語版での訳注をページ下部に脚注として明記した。小見出しを適宜挿入した。また、人名・地名などの固有名詞および美術用語などについては原語での発音を踏まえつつも、一般的に知られている表記を採用した。

ヨー ファン・ゴッホ=ボンゲル (著), 林 卓行 (監修, 翻訳), 吉川 真理子 (翻訳)
出版社 : 東京書籍 (2020/1/27)、出典:出版社HP

はじめに 「ありふれた画家」としてのファン・ゴッホ

無数にいる芸術家たちのなかで、フィンセント・ゴッホほどその生涯をよく知られた者はないだろう。生前に売れた絵はわずか数点とか、激昂して自分の耳を切り取ったとか、ついにはピストルで自分自身を撃ったとか、驚くようなエピソードにはこと欠かない。

だがそうしたエピソードを、等身大のゴッホにじっさいに会った人間によるひとつの「語り」を通じて、あらためて読みなおしてみるとどうか。画家の伝記としてはすでに古典であり、のちに多くの「ゴッホ物語」が依拠することになる「ヨー」・ボンゲルによる『フィンセント・ファン・ゴッホの思い出(以下、『思い出』)』をいま、読むとはそういうことだ。

画家の義理の妹だったヨーは、義兄の死後、彼の遺した膨大な書簡の山に埋もれながら、そしてその遺族との親密な対話を重ねながら、そのひととなりを時系列に沿って紡ぎ出した。それはすでに多少の脚色は帯びているとしても(その事情は本書所収のゲイフォードによる解説に詳しい)、今日のセンセーショナリズムに侵された「事件」の連呼からはほど遠い、ひとりの芸術家の生涯を実直に追ったものになっている。

なるほど「耳切り」も「銃撃」も、たしかにそれだけをとれば衝撃的な(そして好奇心をそそる)「事件」だろう。だがそれらをひとりの芸術家の生涯のうちにひとつひとつ位置づけてみれば、数々の事件は意外にも画家の生涯のうちにある種の必然としてあるのであり、その背景やそのときの画家や周囲のひとびとの心情は、遠く時代と場所をへだてた私たちにも十分リアルに想像できるものになってくる。ゴッホもまた、ただ自身の才能を信じたり疑ったりしながら描き続けた、その意味ではいまもむかしも「ありふれた」芸術家のひとりだった。たしかに自身の極端な性向や、そこから生じるひとびととの軋轢には苦しんだけれど、家族、とくに弟には愛され、数こそ多くはなかったものの友人や協力者にも恵まれた。

つまり、いまこの『思い出』を読むことで、私たちはゴッホを特別な芸術家にしているのはその作品なのだという、ひとつの原点にたちかえることができる。そして幸いなことに本書には、『思い出』に登場する作品の精細な図版が、本文の進行に併せて配されている。ぜひ、迷いながらも強い意志が支えたその画業と、画家のこころの変転のふたつを同期させるようにして、本書を読んでいただけたらと思う。そのときゴッホの作品と生涯は、どちらもいっそう胸に迫るものとなるはずだ。

監訳者 林卓行 東京藝術大学准教授

ヨー ファン・ゴッホ=ボンゲル (著), 林 卓行 (監修, 翻訳), 吉川 真理子 (翻訳)
出版社 : 東京書籍 (2020/1/27)、出典:出版社HP