【最新 – 北朝鮮について理解を深めるためのおすすめ本 – 歴史、政治、外交などの切り口から紐解く】も確認する
北朝鮮をめぐる底流の動きや北朝鮮なりの論理を解説
歴史の中で動いて来た北朝鮮という切り口で、「金正日は無能なのか」「体制が揺るがない理由」などいろいろな切り口で多面的に解説してくれています。参考文献も丁寧にあげられており、北朝鮮、さらには日本という国がおかれているこの世界の一面を読み解いていくきっかけの本としてとても面白くためになります。
まえがき
私は、二〇〇八年四月に慶應義塾大学日吉キャンパスで北朝鮮現代史をテーマにした一、二年生向けの学部共通科目「地域文化論(朝鮮半島)Ⅰ・Ⅱ」を開講しました。さいわいなことに新設科目であるにもかかわらず、四〇〇人もの腹修者を迎えることができました。
翌二〇〇九年度は、新学期が始まる四月上旬に合わせたかのように、北朝鮮が「人工衛星の打ち上げ」と称して弾道ミサイル・テポドン2を打ち上げました。これは日本のはるか上空を通過するのですが、当時の麻生太郎自民党政権は「軌道を外れて日本に落ちてきた時に備える」として、地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を都心部にまで展開しました。北朝鮮問題が大きな注目を集めたためか、この年の履修希望者は一〇〇〇人を超えるほどになりました。多くの大学生が北朝鮮という未知の隣国に、いくばくかの関心を抱いているといってもいいでしょう。
二〇一〇年度からは、東京大学駒場キャンパスで三、四年生向けの専門科目「韓国朝鮮社会構造論I」を担当させていただき、こちらでも北朝鮮情勢についての授業を中心に行っています。二〇人ほどの少人数授業で、学生たちとのやりとりは非常に楽しく有益なものとなっています。
ただ、こうした講義を行うにあたって困ったのは、最初に紹介すべき入門書がないことでした。学生たちから「なにかいい本はありませんか」とよく聞かれるのですが、彼らに紹介したい本を探すのが大変なのです。日本では北朝鮮関連の書籍はたくさん出版されています。すぐれた本も少なくありませんが、そういった良書は、政治や経済、外交、あるいは脱北者問題などといった一つのテーマに特化したものが多いのです。多くの分野を網羅的に扱った良書も皆無ではありませんが、初学者である学生たちに勧めるには内容が難しすぎるものばかりです。私自身も、尊敬する諸先生や先輩研究者、ジャーナリストの方々の執筆された研究書や論文、ルポを大量に読み込んできましたが、北朝鮮を取り巻く問題の全体像を示すような手引書が不足していると考えていました。
そうした時に、毎日新聞社の澤田克己記者から共著執筆の誘いを受けました。澤田記者は、私が一九九七年に慶應義塾大学大学院の修士課程で北朝鮮研究を始めたころから一緒に北朝鮮問題を論じてきた朝鮮半島問題の専門記者です。澤田記者はその後、一九九九年から二〇〇四年までソウル支局に駐在して南北首脳会談や日朝首脳会談、金正日総書記の二回にわたる訪露、さまざまな南北対話や米朝協議、日朝国交正常化交渉などを現場で取材しました。二〇〇五年から二〇〇九年まではジュネーブ支局に赴任し、二〇〇九年六月に金正日総書記の三男である正恩氏がスイスの首都ベルンの公立中学に留学していたことを世界で初めて報じています。
私自身はまだ一介の専任講師にすぎません。私よりも高い見識をお持ちの先生方、先輩方を差し置いて、研究者としても教育者としても経験不足の若手が教科書を書こうというのはおこがましいという思いもありました。しかし、学生たちの便宜を考えると、日本人拉致事件や核・ミサイル問題、北朝鮮の政治体制や食糧難、急増した脱北者といった個別のテーマを線でつなぎ、それらを簡潔に見渡せる入門書が必要だと考えるようになりました。本書は、澤田記者の現場での経験なども織り交ぜながら、普段の講義を再構成したものです。
金正日総書記は二〇一〇年九月二七日、金正恩氏に「朝鮮人民軍大将」の称号を授与しました。そして、翌二八日に開かれた朝鮮労働党代表者会と党中央委員会総会を経て、金正恩氏は党中央軍事委員会副委員長に選出されました。北朝鮮は「金正恩氏が後継者に決まった」とは公式にいいませんが、事実上の後継者として内外にお披露目したということです。北朝鮮はこれから、金正日総書記から金正恩副委員長への権力継承作業を本格化させていくのでしょう。
権力の移行期というのは不安定なもので、これまで以上に何が起きるかわかりません。でも実は、北朝鮮のような独裁国家の場合、明日なにが起きるかは予測できなくとも、中長期的になにをしようとしているのか考察するのは比較的容易だったりします。あえてわかりやすく大雑把にいわせてもらうならば、五年前に民主党・菅直人氏の首相就任を予測できた政治評論家や政治学者は皆無に近いでしょうが、北朝鮮研究者は一〇年前から「金正日総書記の息子のうちの誰かが跡を継ぐだろう」と考えてきたのです。
本書では、こうした長期的展望を可能にする北朝鮮をめぐる底流の動きや北朝鮮なりの論理を解説したいと思っています。それは、新聞やテレビで流れる北朝鮮関連のニュースを読み解く際にも理解を助けることになるでしょう。
本書を読んで「北朝鮮のことをもっと知りたい」と思われた方は、巻末に掲載した文献案内を参考にしてください。依然としてブラックボックスの側面が強い北朝鮮のような国は、同じ事象に対して真逆の評価が下されることも少なくありません。ですから、入門書である本書を足がかりに、興味ある分野の他の本も読み、その本に掲載されている参考文献や注釈からさらに次の本を探す、といった芋づる式学習を続けて、同じテーマをさまざまな視点から理解するようにしてください。
北朝鮮は、国際関係や日本外交を学ぶ際にも避けて通れない国ですが、残念ながら現在の日本では、北朝鮮の実像をきちんと理解していない議論も見うけられます。北朝鮮という国は、私たちの国の安全保障に大きな影響を及ぼす隣国です。好きか嫌いかという価値判断の前に、真実を追求することが重要です。
本書は、読みやすさのために「です・ます」調で書かれていますが、真面目な手引書に仕上げたつもりです。この分野の本ではあまり例を見ない、研究者と記者のコラボによって、互いの長所を生かし、足りない部分を補いながら、北朝鮮の全体像をわかりやすく示すよう心がけました。現役の学生さんのみならず、多くの一般読者の皆様にとって隣国を理解するための一助になれば幸いです。
二〇一〇年一〇月 礒崎敦仁
目次
まえがき
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の概要
北朝鮮の地図
第1講義 金正日は無能なのか
■「有能」な将軍様
■したたかな交渉者
■巧みな演出家
■権力闘争での勝利
■後継者登場
■金正雲なのか?金正銀なのか?
■三代世襲への焦り
■祝杯を挙げよう
■スイスで見せた横顔
■言葉の壁で苦労?
■金正男氏はどこへ
■第1講義の用語解説
第2講義 なぜ拉致を認めたのか
■デタントに連動
■冷戦終結で対話再び
■拉致問題と小泉首相の訪朝
■拉致を認めた理由
■日朝関係の悪化
■地上の楽園への礼賛
■帰国事業と日本人妻
■第2講義の用語解説
第3講義 究極の格差社会
■超格差社会・北朝鮮
■メゾネットに住む特権階級
■庶民に広がる激しい格差
■韓国より豊かだった北朝鮮
■ほころぶ統制社会
■苦難の行軍
■思考革新と実利追求
■改革からの逆行
■貨幣交換装置
■強盛大国への道遠く
■急増する脱北者
■企画亡命で韓国へ
■第3講義の用語解説
第4講義 平壌で流行る韓流
■普通の人の、普通の暮らし
■小学二年から組み込まれる管理体制
■平壌でも韓流は人気
■中国経由の海賊版
■徹底したメディア使い分け
■北朝鮮を狙うラジオ
■ロコミに乗る外部情報
■流出する内部情報
■北朝鮮のラジオを聞く
■平壌が聞く外国放送
■第4講義の用語解説
第5講義 体制が揺るがない理由
■憲法より大切な教示
■国家元首は国防委員長
■北朝鮮にも選挙がある
■最も大事な主体思想
■冷戦終結で先軍思想に
■人事はバランス型
■密告と連座制で監視・統制
■住民を押さえつける暴力装置
■第5講義の用語解説
第6講義 統一へのためらい
■制裁と交流の併存
■勝負ついた体制間競争
■吹かない北風
■混乱恐れる韓国
■お互いの体制認めず
■もう戦争はできない
■統一への恐れ
■吸収されるのは嫌だ
■第6講義の用語解説
第7講義 なぜ中国は北朝鮮をかばうのか
■メンツをつぶされ続ける中国
■北朝鮮をかばい続ける中国
■投資も中国が頼り
■貿易・支援も中国
■血で固めた友誼
■軍事同盟で関係担保
■北朝鮮から見た中国
■紅衛兵の金日成批判
■中国が北朝鮮をかばう理由
■ソ連への警戒心で連帯
■中朝関係と米国の影
■第7講義の用語解説
第8講義 核ミサイルの照準はどこか
■「悪の枢軸」と呼ばれて
■北朝鮮はなぜ核兵器にこだわるのか
■第一次核危機の始まり
■第二次朝鮮戦争の危機
■局面打開と金日成の急死
■ミサイルで外貨稼ぎ
■二回目の核危機
■弱点さらした瀬戸際政策
■第8講義の用語解説
あとがき
北朝鮮の憲法
関連年表文献紹介
参考文献
補講
コラム目次
■金王朝とスイス留学
■金王朝の複雑な家族関係
■北朝鮮観光
■日朝平壌宣言のポイント
■拉致謝罪には前例があった
■涙は本物だったのか
■深刻な乳幼児の栄養失調
■脱北者と北朝鮮を結ぶ
■食植も統制の道具
■モデルチェンジした労働新聞
■飢饉を招いた主体農法
■確定していない海上の南北境界
■和解の象徴「金剛山」と「開城」
■朝鮮戦争開戦時の国際情勢
■勇士扱いから自立奨励へ
■北朝鮮をなんと呼ぶか
■安保理決議と議長声明
■米国が怖い北朝鮮
■偽ドル、覚せい剤密輸でも外貨稼ぎ
■毛沢東も瀬戸際政策?
カバーデザイン: 吉住郷司
本文DTP・図表制作: 望月義
写真提供: 礒崎敦仁・澤田克己・共同通信社・時事通信社