新版 北朝鮮入門

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北朝鮮の全体像を平易かつ網羅的に解説

写真や図表を多用し、文章も分かりやすく、まさに入門書として良書です。最新の憲法全文など資料が充実していて図表が多くデータを重視しているので、ハンドブックとして重宝できそうです。巻末の文献案内では北朝鮮に批判的なものから擁護するものまで紹介されており、最初の一冊としても最適です。

礒〓 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社; 新版 (2017/1/13)、出典:出版社HP

はじめに

北朝鮮という国に対して日本で抱かれているイメージは、いかなるものだろうか。特権階級もいつ処刑されるかわからないと脅え、体制が動揺しているらしい。国民が飢えているのに無謀な核・ミサイル開発に突き進んで国際社会に歯向かい、中国がかばってくれなくなったら崩壊するに違いない。それなのに中国にも逆らうことがある、手に負えない国のようだ。つまりは「理解不能」、そのようなイメージを持っている人が多いのではないか。

2011年12月に金正日が死去し、息子の金正恩が権力を継承して以降、このようなイメージはますます強まったと思われる。金正日政権では米国や韓国との対話が進展することもあったが、金正恩政権は強硬一辺倒という印象だ。叔父である張成沢を2013年12月に処刑したことで、その「恐怖政治」にも注目が集まった。
北朝鮮が核・ミサイル開発を始めたのは、金正恩の祖父である金日成が最高権力者だった時代からである。2006年10月、最初の核実験を行ったのは、金正日の時代だった。それを引き継いだ金正恩は、開発のピッチを急速に上げている。2016年には、それまでほぼ3年おきだった核実験を1月と9月に強行し、「テポドン2」や「ムスダン」「ノドン」、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)といった多種多様なミサイルの発射を繰り返すようになった。ミサイル技術は急速な向上を見せており、核弾頭の開発にも成功したという見方が強まっている。

金正恩体制の安定性については、希望的観測や先入観を捨てて考えることが必要だ。金正恩は権力を継承して以降、自らの体制を軌道に乗せるべく腐心してきたように見える。対内的には、高い地位にある幹部を次々と粛清することで権力基盤を固めつつ、一般国民には微笑みながら寄り添う姿をアピールしてきた。対外的には、体制の安全を確保するため核・ミサイル開発を急いでいる。米国主導の国際社会が金正恩体制を圧迫しているというのが北朝鮮の情勢認識であり、核兵器とミサイルは抑止力を高めるのに不可欠なものと考えられているのである。
北朝鮮は従来、米国との「平和協定」締結によって国外からの攻撃を防ぐという外交目標を持っていた。金正恩政権も核ミサイルを保有することで、対米交渉力を高めようと考えているのかもしれない。しかし、金正恩が実際にどのような中長期的展望を持っているのか、もしくは持っていないのかを判断するには、もう少し展開を見ていく必要があろう。最高権力者である金正恩という人物に対する情報がきわめて乏しい現状で推論を立てるのはこれまで以上に難しい。

一方、北朝鮮の体制はもう持たないだろうという「北朝鮮崩壊論」に寄り掛かるのは危険である。冷戦終結で北朝鮮の国際的孤立が高まり、半世紀にわたって絶対的権力者として君臨してきた金日成が1994年に死去したことで、日米韓では北朝鮮の体制崩壊に関する議論が交わされた。しかし、それから20年以上経ってもその体制は崩壊していない。もちろん永遠に続く政治体制などというものは存在しないものの、北朝鮮の体制が今すぐ動揺する兆しはみられない。
新しい権力者の能力に対する評価にも注意深さが必要だ。1994年7月に金正日政権が発足した当初も、新しい指導者には体制を維持する資質がないのではないか、という議論が活発に行われた。実際に、金日成死去から2年半余り経った1997年2月には、権力序列26位の黄長樺党書記が韓国へ亡命した。権力内部に深刻な葛藤が生じていたことを示すものだろうが、金正日の権力掌握は着々と進んでいった。一方で、金正日が死去した2011年12月から本稿脱稿(2016年10月)までの間には、黄長に匹敵するような人物の亡命は確認されていない。

北朝鮮経済についても、多数の触死者を出した「苦難の行軍」と呼ばれる経済危機に苦しんだ1990年代後半のイメージが強すぎ、正確な現状認識を妨げている。実際には、北朝鮮経済は2000年頃までに最悪の状況を脱し、国際社会の制裁にもかかわらず回復基調にあると評価されている。制裁はさらに強化される可能性があるものの、その効果は未知数である。
北朝鮮の核・ミサイル開発は、日本にとって直接の脅威となる。国民的な関心の高い日本人拉致事件の解決も進んでいない。日本の安全保障を考えるならば、北朝鮮を知ることは必要不可欠である。隣国である以上、嫌いだから無視すればいいということにはならない。何が問題なのかを知ることが求められる。

北朝鮮研究が盛んな韓国では、これらの問題を考える基礎となる、大学生向けの教科書が数多く出版されている。しかし、それらには、韓国主導による「吸収統一」ありきで北朝鮮を論じているという問題点もみられる。わが国でも北朝鮮に関する書籍は多いが、政治指導者、体制構造、経済、社会事情に至るまで、一国の全体像をバランスよく平易に解説した教科書・入門書の類はほとんどみられなかった。研究者がそれぞれの専門分野について分担して執筆すれば専門性は保持されるものの、単行本として一貫性が保たれにくい。それらの問題点を克服するために、研究者(磯崎)と記者(澤田)が協力して2010年11月に上梓したのが『LIVE講義北朝鮮入門』であった。

本書は同書の改訂版となる。出版の1年余り後に金正日が死去したことで北朝鮮をめぐる状況は大きな変動に見舞われた。その後、2016年5月の朝鮮労働党大会での党規約改正と6月の最高人民会議(国会)での憲法改正によって、ようやく金正恩独自の政治体制が整った。このタイミングに合わせ、前著の内容を大幅に加筆修正することとした。
金正恩政権になってからの特徴的な動きを新たに第1章としてまとめたが、日朝関係や南北関係など他の章についても最新の情報を盛り込み、事実上の全面書き換えとなった。図表や参考資料を大幅に増やし、ハンドブックとしての機能も高めた。

なお、北朝鮮の正式な国名は朝鮮民主主義人民共和国、韓国は大韓民国であるが、本書では基本的に「北朝鮮」「韓国」と表記している。人名については、肩書きを付けたほうが理解しやすいと思われる場合以外は敬称・呼称を省略した。

礒〓 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社; 新版 (2017/1/13)、出典:出版社HP

新版北朝鮮入門―目次

はじめに
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の概要
北朝鮮の国旗・朝鮮労働党の党旗
北朝鮮の地図

第1章 金正恩時代の幕開け
新体制の北朝鮮
■リビアを生き残りの教訓に《金正恩体制の基本路線》
■実利志向の若き指導者《金正恩の特性》
■連続するサプライズ《体制研究の限界》
■金正日「先軍」路線からの脱却《金正恩体制の確立》
■昇格、降格そして粛清《金正恩の権力掌握手法》
■「水爆」とSLBM《金正恩時代の核開発》
■ミッキー、ミニスカート、絶叫マシン《金正恩時代の経済・社会》
■不透明な中朝、南北…《金正恩政権の対外政策》

第2章 王朝国家・北朝鮮
3代世襲小史
■粛清繰り返した建国のカリスマ《金日成の権力掌握》
■権力闘争での勝利《金正日の権力学歴》
■「有能」な将軍様《金正日の政治手腕》
■病に倒れ「残り時間」意識《金正恩への後継内定》
■突然の「若き大将」《金正恩の公式化》
■スイスで見せた横顔《金正恩の少年時代1》
■友人を連れてパリでバスケ観戦《金正恩の少年時代2》
■後継にならなかった兄2人《金正男と金正哲》

第3章 なぜ拉致を認めたのか
日朝関係
■デタントに連動《冷戦期の日朝関係》
■冷戦終結で対話再び《ポスト冷戦期の日朝関係》
■小泉訪朝と金正日の「謝罪」《拉致問題と日朝関係》
■拉致を認めた理由《北朝鮮の国内事情》
■不自然さ目立つ北朝鮮の説明《日朝関係の悪化》
■破られた再調査への期待《ストックホルム合意》
■地上の楽園への礼賛《1970年代までの北朝鮮イメージ》
■生活雑と民族差別から逃避した先で…《帰国事業と日本人妻》

第4章 究極の格差社会
北朝鮮経済
■現在進行形の格差拡大《北朝鮮経済の現状》
■メゾネットに住む特権階級《旧来型の格差》
■「お金がお金を儲ける世の中」《一般国民の経済格差》
■韓国より豊かだった時代《冷戦下の北朝鮮経済》
■ほころぶ統制社会《格差拡大の背景》
■「苦難の行軍」の試練《ポスト冷戦期の経済危機》
■思考革新と実利追求、そして挫折《金正日の経済改革》
■異例の「2カ月で政策撤回」《デノミの失敗》
■電子マネーとソーラーパネルの普及《金正恩時代の経済》
■出稼ぎ労働で外貨稼ぎ《北朝鮮の人材輸出》

第5章 平壌ではやる韓流
北朝鮮社会
■普通の人の、普通の暮らし《北朝鮮の庶民生活》
■小学2年から組織活動で洗脳《北朝鮮の国民管理体制》
■平壌でも韓流は人気《北朝鮮国民の娯楽》
■徹底したメディアの使い分け《北朝鮮のメディア戦略》
■北朝鮮に自由な情報を送り込む《米韓の北朝鮮向け放送》
■韓国から北朝鮮に電話する《内部情報の流出》
■北朝鮮のラジオを聞く《モニタリング機関》
■幹部にだけ知らせる本当のこと《国内での情報統制》

第6章 体制が揺るがない理由
北朝鮮政治体制
■憲法が党の優位性を規定《北朝鮮の最高規範》
■最高領導者は国務委員長《国家首班ポストの変遷》
■信任投票で賛成率は100%《北朝鮮の選挙》
■悲願だった「事大」からの脱却《主体思想》
■軍が歯向かわなければ体制安泰《先軍思想》
■金日成・金正日主義の登場《金正恩時代の党規約》
■ナンバー2は作らない《金正恩体制の人事》
■一生続く監視と密告《北朝鮮の国民管理体制》
■住民を押さえつける暴力装置《北朝鮮の治安機関》

第7章 統一へのためらい
南北関係
■世界を驚かせた突然の強硬姿勢《開城工業団地の閉鎖》
■軍事衝突でも維持されてきた交流《李明博政権までの南北関係》
■民家に降った砲弾の雨《延坪島砲撃事件と北方限界線》
■勝負ついた体制間競争《朝鮮戦争後の経済開発》
■「恐ろしい敵」から哀れみの対象に《韓国における安保観の変化》
■「緊張が高まったら外資が逃げる」《韓国経済への影響》
■デタントで進んだ南北接近《冷戦下の南北関係》
■選択肢から外れた「戦争」《冷戦終結後の変化》
■恐れられる「負担の重さ」《韓国人の統一観》
■食糧を求め、国内外へ《脱北者の発生》
■NGOとブローカーに導かれ…《韓国へ向かう脱北者》
■スムーズにいかない“統一の予行演習”《脱北者と韓国社会》

第8章 なぜ中国は北朝鮮をかばうのか
中朝関係
■「普通の隣国」になったのか《習近平・金正恩時代の中朝1》
■否定しがたい「特殊な関係」《習近平・金正恩時代の中朝2》
■血で固めた友誼《中朝の軍事同盟関係》
■ソ連への警戒心で連帯《社会主義圏の中での中朝》
■「共通の敵」が生む縁とすれ違い《中朝関係と米国》
■紅衛兵の金日成批判《過去の中朝関係険悪化》
■それでも北朝鮮をかばう理由《中国の国内事情》
■メンツをつぶされても…《中国による北朝鮮擁護》
■貿易の9部以上が中国相手《北朝鮮経済の中国依存》
■中国に後継・金正恩支持を依頼か《金正日晩年の対中外交》

第9章 核ミサイルの照準はどこか
米朝関係
■「核大国」を誇示する金正恩政権《核開発の背景》
■「悪の枢軸」と呼ばれて《北朝鮮の対米不信》
■北朝鮮はなぜ核兵器にこだわるのか《核開発の歴史》
■米国を交渉の場に引き出した北朝鮮《第1次核危機》
■米韓の50万人以上が死傷と予測《第2次朝鮮戦争の危機》
■金日成急死の3カ月後に妥結《米朝枠組み合意》
■外貨稼ぎであり、米朝交渉のツールでもあり《北朝鮮のミサイル開発》
■瀬戸際政策は成功したのか《第2次核危機》
■瀬戸際政策と戦略的忍耐のすれ違い《オバマ政権下の米朝関係》
■国際社会からの新たな攻勢《北朝鮮の人権問題》

おわりに
用語解説
北朝鮮の憲法
朝鮮勞動党規約日朝平壌宣言
文献紹介
参考文献
関連年表

礒〓 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社; 新版 (2017/1/13)、出典:出版社HP

コラム目次

党委員長?それとも国務委員長?
乗り物好きの元帥様
朝鮮人民軍の階級、
「序列」とは何か
NBAスター選手を歓待
涙は本物だったのか
北朝鮮の人名表記は悩ましい
「パルコルム」の歌詞
留学の成果?国際標準を志向
金王朝とスイス留学
拉致謝罪には前例があった
ストックホルム合意
北朝鮮観光
深刻な乳幼児の栄養失調
「300万人餓死説」は本当か
平壌時間と主体年号
食糧も統制の道具
モデルチェンジした『労働新聞』
北朝鮮をめぐる情報収集
飢饉を招いた主体農法
唯一的領導体系確立の10大原則
他の社会主義国との比較
北朝鮮をなんと呼ぶか
北朝鮮が強く反発する心理戦
朝鮮戦争開戦時の国際情勢
和解の象徴だった「金剛山」と「開城」観光
勇士扱いから自立奨励へ
安保理決議と議長声明
文化では共感得られる中朝交流
偽ドル、覚せい剤密輸でも外貨稼ぎ
毛沢東も瀬戸際政策?
障害者を厚遇して人権アピール?

礒〓 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社; 新版 (2017/1/13)、出典:出版社HP

図・表・年表目次

図1-1 核・ミサイル開発関連地図
図1-2 2016年2月の「テポドン2改良型」発射
図1-3 北朝鮮の弾道ミサイルの射程
図2-1 金ファミリーの家系図
図4-1 北朝鮮の経済成長率推移
図4-2 1970年代に南北の経済力は逆転した
図4-3 苦難の行軍期に落ち込んだ食糧生産量
図4-4 5歳以下の乳幼児死亡数(1000人当たり)の推移
図4-5 コメの反収(10a当たり収穫量)推移
図7-1 南北経済協力の象徴だった開城工業団地
図7-2 1人当たり国民総所得(GNI)の南北格差
図7-3 金大中政権以降に急増した韓国人の北朝鮮訪問
図7-4 韓国に入国する脱北者の8割が女性に
図7-5 韓国に住む脱北者が感じる暮らしぶり
図8-1 中国、韓国、日本と北朝鮮との貿易額推移
図9-1 朝鮮半島の軍事力

表1-1 朝鮮労働党政治局常務委員
表1-2 金正日葬儀(2011年12月)で霊柩車に寄り添った「後見役」7人のその後
表1-3 ひんぱんに入れ替わる序列と肩書き
表1-4 北朝鮮による核実験
表1-5 北朝鮮が開発・保有するミサイル
表1-6 2016年に相次いだミサイル発射(10月15日まで)
表1-7 北朝鮮の核実験・長距離ミサイル発射と国際社会の対応
表1-8 北朝鮮の携帯電話加入数
表1-9 北朝鮮の公休日(2016年10月現在)
表1-10 北朝鮮の外交関係(2014年現在)
表2-1 金正日と金正恩の後継プロセス比較
表3-1 日本政府が認定した拉致被害者(2016年10月現在)
表5-1 北朝鮮のメディア環境に関する調査結果(2010年)
表5-2 平壌の市場での販売価格(2011年)
表6-1 歴代の首相と内閣
表6-2 歴代の最高人民会議代議員選挙
表7-1 主な出来事と韓国人訪朝者数の変動(月別)
表コラム 金剛山と開城への観光客の数
表7-2 韓国人の持つ「統一」に対する意識
表7-3 東西ドイツと南北朝鮮の比較
表8-1 金正日の外遊

年表1-1 北朝鮮の考えるバルカン半島と中東諸国の教訓
年表1-2 金正恩の軌跡
年表2-1 北朝鮮解放・建国期の動き
年表2-2 金正日後継決定と国際情勢
年表2-3 金正恩への後継内定から公式化まで
年表2-4 公式化直後から活発に活動を始めた金正恩
年表3-1 米ソの雪解けと日朝関係(1950年代)
年表3-2 デタントと日朝関係
年表3-3 冷戦終結と日朝関係
年表3-4 北朝鮮の政策変化と日朝首脳会談
年表7-1 デタントと南北関係
年表7-2 冷戦終結と南北関係
年表8-1 金正恩・習近平体制初期の中朝関係
年表8-2 冷戦終結と中朝関係
年表9-1 冷戦終結と第1次核危機
年表9-2 第2次核危機とミサイル開発をめぐる主な動き

 

礒〓 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社; 新版 (2017/1/13)、出典:出版社HP