新書870テレビに映らない北朝鮮 (平凡社新書)

【最新 – 北朝鮮について理解を深めるためのおすすめ本 – 歴史、政治、外交などの切り口から紐解く】も確認する

北朝鮮が内包する断層を描く

著者ならではの女性的な視点やイマドキな表現が散りばめられており、ディープな内容ではありますが、読み進めやすい文章になっています。一次情報は説得力が違います。ちょっと違った目線でとらえた北朝鮮が見えてきます。

鴨下 ひろみ (著)
出版社 : 平凡社 (2018/3/15)、出典:出版社HP

テレビに映らない北朝鮮●目次

はじめに

第1章 不機嫌な独裁者
1 私が見た金正恩
「1号行事」/もう一歩で”ぶら下がり”取材
2 ロイヤルファミリー
複雑な家系図/日本生まれのファーストレディー
3 金正日の死と後継体制
三人の息子/「特別放送」の日
4 伏せられる出自
未公開の生年/金正恩を知る「料理人」/指導者就任時に語っていた「理想の北朝鮮」
5 血のつながった兄と妹
表に出る王女/表に出ない兄
6 異母兄との確執
父に尽くした長男/弟の嫌がらせ/数秒の犯行
7 金正恩の”おい”
正男の息子/ハンソル直撃
8 張粛清と恐怖政治の始まり
電撃解任/叔父に死刑判決/140人を粛清

第2章 軌道に乗れない「Jong-Un’sDream」
1 夢の摩天楼「ピョン・ハッタン」
「敵の脳天に下した歴史的勝利」/合言葉は「万里馬」
2 その新ターミナル、本当に手作りだった
まさかの専用機/飛行機好き
3 体育強国の幻想
サッカーの英才教育
4 36年ぶりの朝鮮労働党大会
締め出された外国記者/「永遠の委員長」
5 軍事パレード―北朝鮮の覚悟の怖さ
携帯、パソコン禁止/盛大なパレード、経費負担は住民側
6 肝いりのスキー場と豪華ホテル
スローガンになったスキー場/見た目は豪華なホテル、でも
7 北朝鮮はどう外貨を稼ぐか
美術館に「ヤワラちゃん」の絵/銅像ビジネス

第3章 平壌の知られざる日常
1 北朝鮮式スマホ
写メも流行/金正恩のスマホは台湾製
2 平壌の地下鉄
シェルター兼ねる駅/新車両に乗ってみた
3 「金正日ジャンパー」を作ってみた
ファッションリーダー・李雪主/オーダーメイド
4 ウズラにナマズー金正恩御用達レストラン
巨大船上レストラン/ナマズ養殖場/すっぽん養殖場で金正恩が激怒/北朝鮮の定番グルメ

第4章 統制強化と地方格差
1 エリート教育の光と影
徹底した「指導者崇拝」/科学エリート養成/サイバー攻撃能力はハイレベル/「青年重視」というデマゴーグ
2 北側から板門店をみる
冷戦の最前線「軍事境界線」/神経尖らせる「南の宣伝放送」
3 電力不足はこれで解消
街を覆う太陽光パネル/メタンガスの威力
4 元山と万景峰号
万景峰号の今/青少年育成の美名
5 監視下での取材
案内人という名の監視役/TBS記者が一時拘束/あわや追放、ヒヤリとした瞬間/BBC記者追放と統制強化/恐怖の人質外交
6 「白米と肉のスープ」はどこに―地方との格差
墓参取材で見た地方の射状/「白米と肉のスープ」の約束/太陽政策の夢の跡、寂れた金剛山観光/観光は”ご褒美”

第5章 北京で見たノースコリア
1 中朝=特殊な関係
血盟関係も今は昔、急速に広がる北朝鮮締め出し/北朝鮮にとっての命網
2 謎の北京の北朝鮮大使館
中国の中の北朝鮮/生活感たっぷり
3 素朴な大使館の運動会
好成績は忠誠の証/盛り上がる駐在員たち
4 モランボン楽団「追っかけ」をやってみた
金正恩直属の美女楽団/突然の異変
5 出稼ぎ労働者のレストラン
売りは女性ウエイトレス/海外でも思想教育は徹底

おわりに―裸の王様か、独裁者か……正恩体制の行方

協力・フジテレビジョン

鴨下 ひろみ (著)
出版社 : 平凡社 (2018/3/15)、出典:出版社HP

はじめに

戦争の時の空襲警報とは、こんな音なのだろうか。その音の響きは、人を不安に陥れる。
「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難してください。対象地域は……」
2017年8月29日午前6時02分、北朝鮮のミサイルが北海道の上空を通過し、全国瞬時警報システム(Jアラート)が沖縄県以外の広域で初めて発動された。テレビ画面が一斉に国民保護に関する情報と題された「Jアラート画面」に切り替わる。朝のニュースの時間帯だったが、そのままミサイル発射の緊急特番に突入した。
私も緊急連絡を受け、直ちにテレビ局に向かった。
6時6分、ミサイルは北海道から太平洋へ通過。
6時12分、ミサイルは襟裳岬東方の東約1180キロの太平洋上に落下。
時々刻々とミサイル情報が伝えられる。
避難対象地域ではサイレンが鳴り、防災無線を通じて避難が呼びかけられる。住民たちは突然の事態に戸惑う。発射から通過までは、わずか10分程度。いったい、どのように身を守ればよいのか。
北朝鮮のミサイルが日本に飛来し、着弾する―それまで空想していたものが、手触り感のあるものになりつつあることを、日本中が実感した出来事だった。
金日成から金正日へ、そして金正日から金正恩へ。代替わりのたびに独裁体制崩壊の可能性が取り沙汰されてきた。
だが、3代世襲は今なお揺るがない。

北朝鮮はこの間、核開発をカードに国際社会を揺さぶり続けてきた。核施設凍結と見返り支援を決めた米朝枠組み合意(1994年)、北朝鮮と日米中韓露の関係国が北朝鮮の核問題を話し合った6カ国協議(2003年開始)など、国際社会の取り組みは結局、北朝鮮にとって核開発への時間稼ぎに過ぎなかったのだ。金正恩体制に入り、弾道ミサイル開発はより速度を増す。
その金正恩を、私は計5回間近で見た。いずれも北朝鮮が海外メディアを招き取材させる祝賀行事の場だった。北朝鮮にとっては格好の宣伝の機会であるにもかかわらず、金正恩は仏頂面だ。時折見せる笑顔の陰にも、不機嫌さが貼り付いている。
不機嫌な独裁者―私は金正恩にこんな印象を抱いた。

北朝鮮、特に金正恩に対する情報は、日本だけでなく国際社会に氾濫している。しかし、そのうち、どれだけが検証に耐えうるものか……。本書では、私が実際に見て、触れて、「これこそが、北朝鮮の実像だ」と信じられるものだけを記そうと試みた。
17年末、この文章を書いている最中にも、金正恩は国際社会を振り回している。国際社会にあふれる情報からはそう見える。

しかし、ふと思うことがある。実際は、金正恩自身が最も恐怖に苛まれているのではないか。国際社会、安全保障、戦略などといった洗練された言葉ではなく、追い詰められた人間が抱く感情を読み解くことによって、北朝鮮を理解する必要があるのではないかと–。
幼少期をスイスで過ごし、在日朝鮮人の母親を持つ彼は、国際社会から北朝鮮がどう見えるか、言われなくてもわかっている。だから高層マンションや新空港などの建設にこだわるのだろう。北朝鮮を見た目だけでも国際水準に近づけたい。しかし、すべてが金正恩の思うように進むわけではない。そのジレンマが解消されない限り、彼の不機嫌は消えない。

私は大学で朝鮮語を学び、フジテレビの記者として1990年から2016年に計3回にわたって北朝鮮を訪問し、この国をウォッチしてきた。
最初の訪朝だった1990年、平壌中心部の夜は灯りがほとんどなく、人影もまばら。ポツンポツンと灯されたかすかな光の下で懸命に本を読んでいた少年の姿が忘れられない。
その後も、北朝鮮での祝賀行事などの取材のため、かの地にわたり、その多くはフジテレビのニュースや、インターネットサイト・ホウドウキョクの番組「鴨ちゃんねる」(2015~7年)で特集し放送してきた。本書では現地での北朝鮮取材を中心に、北朝鮮が内包する「断層」を再現しようと試みた。

日本人の多くは北朝鮮に対し、「何をしでかすか予測不能」「閉鎖国家」「怖い」といったイメージを持つ。一方の北朝鮮住民は「金正恩への絶対的忠誠」を徹底的に叩き込まれている。「自分たちが国際社会から孤立しているのは、アメリカのせいだ」と本気で信じている。日本やアメリカを敵視せよ、と教育され、住民同士が互いに監視し合っている。
だが、実際に北朝鮮住民の息遣いを感じれば、違った側面も見えてくる。
彼らは特別、力が強いわけでもなく、抜群に知能が優れているわけでもない。「外国人を見れば外貨をもぎ取れ」と教えられているわけでもない。彼らの率直な思いや日常生活の中で感じている喜びや悩みに触れてみれば、それは明らかに、北朝鮮当局が発信する「対外的な宣伝文句」と異なることがわかる。

日本国内にいながら抱く北朝鮮住民像と、実際に向こうに住む人たちのイメージのギャップが、あまりに大きい―私は北朝鮮を訪問するたび、このことを実感した。本来、一般庶民は、我々と変わらない普通の人たちだ。北朝鮮特有の価値観や体制による制約が、彼らを異質な存在にさせているだけなのだ。
周辺国に脅威を与えていても、彼らの目から見れば、周辺環境はまた違ったように映る。

世界の最貧国であり弱小国家である彼らが生き残るための処方箋―金ファミリー、中でも金正恩にとっては、それは核開発だった。だが、北朝鮮住民にとっては別の処方箋があるはずだ。これを突き詰めていくことが、今必要なのではないか。それは北朝鮮を等身大に理解し、彼らを国際社会に引っ張り出すためのカードを探し出すことにほかならない。
「不機嫌な指導者」の思考回路はどうなっているのか。どんな理想像を描き、国際社会とどう折り合いをつけようとしているのか―テレビには映せなかった、あの話、この話を惜しまずに書き、その断面を描いてみたい。
なお、本文では敬称を略した。写真は筆者撮影のほか、フジテレビの取材映像(熱田信、久保田晃司、永田耕一カメラマンらが撮影)から引用した。

鴨下 ひろみ (著)
出版社 : 平凡社 (2018/3/15)、出典:出版社HP