北朝鮮はいま、何を考えているのか (NHK出版新書 537)

【最新 – 北朝鮮について理解を深めるためのおすすめ本 – 歴史、政治、外交などの切り口から紐解く】も確認する

北朝鮮の今後の見通しと問題解決へのシナリオを提示

朝鮮半島を歴史的・地政学的背景のもとで視界を広く取って見ようとする本です。歴史的文脈・思想で北朝鮮政治を読み解くことができ、入門書・教科書として非常に役立ちます。

平岩 俊司 (著)
出版社 : NHK出版 (2017/11/29)、出典:出版社HP

はじめに

二〇一七年十一月、アメリカのトランプ大統領は日本を皮切りに、韓国、中国、そしてベトナム、さらにはフィリピンを訪問し、ベトナムではアジア太平洋経済協力会議(APEC)、フィリピンでは東アジアサミットに出席した。トランプ大統領の初のアジア歴訪では、核・ミサイル問題で緊張を高める北朝鮮問題が重要な焦点の一つであったが、北朝鮮は歴訪にあわせるかのように、最初の訪問地である日本に到着するまさにその日(十一月五日)、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』で「トランプのような『ならず者』がいつ、どんな妄動に走るか誰にもわからない。これを防ぐ方法としては、絶対的な物理的力で制するしかない」「破滅を免れたいなら、むやみに口を開くな」としてトランプ大統領を牽制した。

一方、トランプ大統領は、到着した米軍横田基地で演説を行い、日米同盟の重要性を強調しながら、「どの独裁者もどの独裁政権も、アメリカの決意のほどを軽視してはならない」として北朝鮮を牽制した。報道によれば、日本到着前に大統領専用機内で同行記者団のインタビューを受け、アジア歴訪中に「プーチンと会う予定」「北朝鮮についてプーチンの手助けが欲しい」と話したという。初のアジア歴訪の重要なテーマが北朝鮮問題であり、目指すところが訪問先の日本・韓国・中国・東南アジアに加え、ロシアを含めた国際的連携にあることは間違いない。改めて指摘するまでもなく、トランプ大統領の初のアジア歴訪前、北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐる緊張はピークに達していた。

二〇一七年九月三日、北朝鮮は六回目の核実験を行い、「金正恩朝鮮労働党委員長が核兵器研究所の水爆を視察」したと報道し、この核実験が大陸間弾道ミサイル(ICBM)搭載用の水爆実験であることを明らかにした。国際連合安全保障理事会は、九月一一日に北朝鮮への「繊維および衣類製品の輸出禁止」と、北朝鮮に対する「原油・精製油の輸出上限制」を骨子とした国連安保理決議第二三七五号を満場一致で採択。当初アメリカが考えていた原油の全面禁輸に関しては、中国とロシアが慎重だったこともあり、全会一致での採択を優先するために見送りとなったが、原油を初の規制対象としたことで、北朝鮮の次の行動如何によっては、この部分に手を加えるという、ある種のイエローカードにあたる内容だった。

それに対して北朝鮮は反発。採決四日後の九月一五日には、前月二九日に続き、日本列島上空を通過する中長距離弾道ミサイルを発射した。日本・アメリカ・韓国はただちに国連安保理の緊急会合を要請し、北朝鮮を激しく非難。一九日には、アメリカのトランプ大統領が国連総会の場で初めて一般討論演説を行い、北朝鮮を「ならず者国家」、金正恩委員長を「ロケットマン」と呼び、北朝鮮が先制攻撃を行った場合は「北朝鮮を完全に壊滅するほか選択肢はなくなる」と述べて、核開発をやめるよう強い警告を発した。

しかし二日後の二一日、今度は北朝鮮の金正恩委員長が、先のトランプ大統領の発言に対抗するかたちで、「史上最高の超強硬な対応措置の断行を慎重に考慮する」と初めての自分名義の声明を発表。「対応措置」の真意を問われた北朝鮮の李容浩外相が「太平洋上での水爆実験を意味するのではないか」と答えるなど、その後も米朝双方が威嚇の応酬を繰り広げ、予断を許さない状況が続いている。

一触即発の米朝関係—そんな情勢を見て、一般の人がまず考えるのは、「北朝鮮の若い指導者は大丈夫か」という思いではないだろうか。つまり、気まぐれや経験不足から、戦争を引き起こすなどの常軌を逸した行動をとるのではないのかという不安だが、それは正しくない。核にしてもミサイルにしても、北朝鮮は思いつきで行動しているわけではなく、彼らなりの合理的な—もちろん、世界が受け入れられるものではないが—論理がある。それぞれの実験では常に目標を設定し、用意周到に準備したうえで、アメリカをはじめ中国・韓国・日本などの周辺国に最もインパクトを与えられる機会を狙って強行している。国際社会の声を無視して核・ミサイル実験を繰り返すのは、金正恩が「若くて経験不足の独裁者」だからではなく、北朝鮮という国家の明確な方針であり、目標なのである。

となると、「金正恩は交渉可能な相手なのか」という問いが出てくるが、それに対しては「そう見るべきだ」と私は思っている。彼らには彼らなりの緻密な考えや計算があり、決して場当たり的にやっているわけではない。だからこそ彼らの行動論理を理解したうえで、彼らの行動の真の意味と目的を把握する必要がある。もちろん彼らの論理に付き合うことはできないが、少なくとも常軌を逸した思いつきの行動ではないことを前提にして彼らに向き合う必要がある。

経済制裁を科されても、残念ながら国際社会には多くの抜け道がある。だからどんなに圧力をかけられても、自分たちが目標としている核・ミサイルの開発(アメリカ本土に届くICBM)を優先する。もちろん、そこにはアメリカが軍事行動に出るレッドラインを越えない保証はないので、ギリギリの見極めをしているのは間違いない。大事なのは、表面的に見ると理解しにくい北朝鮮の行動をすべて若い指導者のパーソナリティーに帰して説明し、「金正恩は何を考えているかわからないし、何をするかわからない」という見方に陥らないことだ。

詳細は本編で詳しく触れるが、一見不条理と感じられる行動も、北朝鮮の置かれている状況を整理し、北朝鮮の立場に立って彼らの考え方、価値観を前提に分析すれば、その思惑が見えてくる。もとより国際社会がそれをそのまま受け入れられるはずはないが、少なくとも北朝鮮の思惑がどこにあるかを把握したうえで、北朝鮮が「交渉・対話」のテーブルに着くよう働きかけなければ、かりに北朝鮮が交渉テーブルに着いたとしても、議論はすれ違い、交渉それ自体が意味のないものになってしまう。

では、核戦争の危機すら叫ばれるいま、どうすれば彼らの行動を止められるのか。本書の第一章ではまず、二〇一七年に入ってから緊張を高めている北朝鮮情勢の現状を、アメリカ・日本・韓国、そして中国・ロシアを加えた国際関係の力学を軸に解説し、問題のポイントを明らかにしていく。
そのうえで第二章から第四章をとおして、北朝鮮をめぐる三つの論理—①なぜ独裁体制を続けられるのか、②なぜ核・ミサイルに固執するのか、③なぜ国際社会を翻弄するのか—についての読み解きを行い、第五章で日本の北朝鮮との向き合い方を論じたい。日本に対する拉致問題も含めて、北朝鮮がとる不可解な行動の根本にあるのは、常にアメリカの存在である。冷戦終焉に際して「崩壊寸前」では、と言われたこともありながら、政権発足七〇年以上の長きにわたって体制を維持してきた金日成・正日・正恩の三代にわたる「対アメリカ戦略」をたどり、今後の動向を探れればと思う。

北朝鮮はいま、何を考えているのか—。危機の只中にあるからこそ、慎重かつ丁寧な視点で現状をとらえていただければと願っている。

平岩 俊司 (著)
出版社 : NHK出版 (2017/11/29)、出典:出版社HP

北朝鮮はいま、何を考えているのか 目次

はじめに

第一章 世界は暴走を止められるか
核・ミサイル問題の現状
圧力路線は功を奏するか
アメリカの三つの誤算
中国とロシアの思惑
暴走を止める二つの方法
「凍結」したとき世界は―
危機を回避するために必要なこと

第二章 なぜ独裁体制を続けられるのか
攻撃性と脆弱性を併せ持つ国家
金日成時代の国際関係
朝鮮戦争の時代
中ソの影響力を排除したい
主体とは何か
主体から主体思想へ
首領論の誕生
金正日時代
天安門とチャウセスク処刑の衝撃
軍を国家大に拡大させる
そして正恩が登場した
ナンバー2ポストの新設
張成沢事件の意味
三六年ぶりの党大会の意味
金正男殺害事件
体制の強靱性

第三章 なぜ核・ミサイルに固執するのか
核に対する純粋な野望
対米安全保障のお守り
インド・パキスタンもやっている
第一次核危機
無力だった中国
開戦寸前
米朝合意枠組み
Anything But Clinton
第二次核危機
多国間協議の準備を始めた中国
約束された北朝鮮の核放棄
安全地帯と化した六者協議
オバマ政権誕生とミサイル
うるう合意
強盛大国の大門を開く

第四章 なぜ国際社会を翻弄するのか
南を解放する戦い
朝鮮革命の主要な敵
朝鮮半島対立構造の認識のズレ
南北共同声明と高麗民主連邦共和国
ラングーン事件
オリンピック南北共催の挫折
大韓航空機爆破事件
南北基本合意書金大中による太陽政策
各国の足並みの乱れ
「六・一五共同宣言」と「一〇・四合意」
「非核・開放・三〇〇〇構想」
民族の凝集性
日米韓三カ国協力の構造
朴槿恵政権の対北政策
中国に対する「二つの誤解」
フェードアウトするソ朝関係
ロシアにとっての朝鮮半島問題
北朝鮮ははたして外交巧者なのか

第五章 日本は北朝鮮とどう向き合うべきか
北朝鮮にとっての日本
日本における北朝鮮イメージ
日朝国交正常化交渉
北朝鮮との関係正常化の意義
小泉訪朝の意味
拉致問題と日朝平壌宣言
米朝協議と日朝協議の温度差
DNA鑑定をめぐって
金正恩政権の対日姿勢
ストックホルム合意
拉致問題をめぐる国際協力
「拉致問題、核問題、ミサイル問題の包括的解決」をめざして

おわりに
北朝鮮と世界の動きの略年表

平岩 俊司 (著)
出版社 : NHK出版 (2017/11/29)、出典:出版社HP