NETFLIX コンテンツ帝国の野望 :GAFAを超える最強IT企業

【最新 – NETFLIXの経営について学ぶためのおすすめ本 – 企業文化から人事戦略まで】も確認する

NETFLIXの創業秘話

世界のエンターテインメント業界に革新をもたらしたネットフリックスは今でも成長を続けており、世界中の企業が「打倒ネットフリックス」を目指しています。本書は、そんなネットフリックスの役員が赤裸々に自己評価をし、失敗も含めて正直に語ったインタビューに基づいた、ネットフリックスがIT企業の頂点に上り詰めるまでの壮大な物語です。

ジーナ・キーティング (著), 牧野 洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2019/6/26)、出典:出版社HP

 

〇新潮社の電子書籍 : 「Shincho LIVE!(新潮ライブ!」」
http://www.shiricho live.jp
●新潮社の書籍:「新潮社ホームページ」
http://www.shinchosha.co.jp

NETFLIX コンテンツ帝国の野望 GAFAを超える最強IT企業
ジーナ・キーティング
牧野 洋 訳

NETFLIXED
Gina Keating
Copyright o tina Keating, 2012, 2018 All rights reserved including the right of reproduction in whole or in part in any form. This edition published by arrangement with Portfelis, an imprint el Penguin Publishing Group
a vision of Pregula Rondon LLC through Tuttle Worl Agency, Inc., Tokyo

日本語版特別寄稿

史上初のグローバルインターネットテレビ
2012~2018年

エンターテインメント業界再編の起爆剤

本書が出版されてから6年の間に、ネットフリックスはさらに強力になった。世界のエンターテインメント業 界に激震をもたらし、業界秩序を完全に塗り替えてしまった。この短期間で「グローバルインターネットテレ ビ」のパイオニアになり、独自コンテンツの制作費とエミー賞へのノミネート数で他社を圧倒したのだ。一時は 株式時価総額で世界最大のエンターテインメント企業に躍り出ている。
ネットフリックスは現在、「世界で最も価値あるエンターテインメント企業」の座をめぐってウォルト・ディ ズニーと競い合っている。ディズニーはテーマパークや映画スタジオだけでなく、ABCやディズニーチャンネ ル、ESPNなど複数のテレビ局を所有する。さらには、ミッキーマウスなど伝統的知的財産のほか、近年買収 したルーカスフィルムの『スター・ウォーズ」シリーズやマーベル作品、ピクサー作品なども抱える業界の巨人だ。
ネットフリックスがもたらす新秩序によって競争環境が激変し、エンターテインメント資産の再評価が行なわ れている。結果として大型M&A(企業の合併・買収)が続出して大掛かりな業界再編が進行中だ。再編の渦中にある のはディズニーや1世紀フォックス、タイムワーナー (現ワーナーメディア)など有力コンテンツを持つ映画スタジオ 大手であり、AT&Tやコムキャストなどコンテンツ流通を担う通信・ケーブルテレビ大手だ。各社はネットフリックスを脅威に感じ、同社が世界のエンターテインメント市場で支配的地位を築いてしまうのを防ぐために再 編に突き進んでいるのだ。 シリコンバレー系IT(情報技術)企業もネットフリックスに狙いを定めて一斉に動き始めている。ファストカンパニー誌のハリー・マクラッケンによれば、IT業界の巨人はどこも何らかの形でネットフリックスと競争しているという。
2018年10月現在、ネットフリックスの契約者は全世界で1億3700万人に達している。彼らは「バンド ル」契約に反発し(アメリカではケーブルテレビに加入してセットトップボックス経由でテレビを視聴するのが一般的で、複数のテレビチャ ンネルがパッケージになったバンドル契約は月1万円を超えることもある)、自由にコンテンツを消費したいと思っている。当然 ながら、パンドルにあぐらをかいてきたケーブルテレビ大手など旧来型メディアはジリ貧だ。
毎週決まった日時に決まったチャンネルで視聴する「アポイントメントテレビ」の時代は終わったのだ。ネッ トフリックスの会長兼最高経営責任者(CEO) リード・ヘイスティングスは「ストリーミングの百年帝国」構築を 目指している。エンターテインメント業界はこれから否応なしに「ストリーミングの百年帝国」をめぐる戦いに 突入する。
ネットフリックスはすでにIT業界の勝ち組と見なされている。株式市場で圧倒的なパフォーマンスをたたき 出し、フェイスブック(F》、アマゾン(A)、グーグル(G) と共に「FANG(ファング=牙)」としてくくられる ようになった。4社とも米ナスダック市場の上場銘柄で、3千銘柄以上に上るハイテク株・成長株全体のパフォ ーマンスを左右するほどの影響力を持つ。ちなみにネットフリックス以外の3社も独自のストリーミングサービ スを開始し、ネットフリックス追撃態勢に入っている。 ネットフリックス躍進の裏で同社の企業文化も変貌を遂げた。もともとのDNAはカオス状態で予測不能だけれども、創造性に富んだスタートアップ(斬新なビジネスモデルを探し出し、短期間で急成長を遂げる一時的なチームのこと)だ。
そんなDNAは今では消え去り、代わりにヘイスティングスの肝いりで生まれたのがプロのスポーツチームさながらの競争文化だ。数字ですべてが決まる優勝劣敗の文化ともいえる。社員は大幅な情報アクセス権と自由裁量権を与えられながらも、失敗したら割増退職金を渡されて容赦なく首にされる。
それだけに採用方針も徹底している。ネットフリックスに入る人材はトップクラスに限られる。いったん入社 すれば「完璧な大人」として振る舞わなければならない。スケジュールや有給休暇取得、経費請求について百パ ーセント自分で判断するのはもちろん、上司・同僚の辛辣な評価も甘んじて受け入れる度量を求められる。ウォ ールストリート・ジャーナル紙はネットフリックスについて「ここには直言と透明性が何にも増して美徳とされ る文化がある。問題社員を解雇すべきかどうかをめぐって公の場で活発に議論が交わされる。それは一種の儀式であり、ありふれた光景でもある」と伝えている。
競争文化があるからネットフリックスはライバル勢よりも一歩先を行っているのか? 少なくともヘイスティングスの答えは明確なイエスだ。

合言葉は「打倒ネットフリックス」

競争はますます激しくなっている。ソーシャルフローCEOのジム・アンダーソンはテレビのトーク番組「バ ーニー&カンパニー」に出演し、「ネットフリックスの周りは競争相手ばかりですよ。フェイスブックは10億ドル投じて動画配信サービス『ウォッチ』をスタート。Huluもいるしアップルもいる。いまは映像コンテンツ の黄金時代です。誰もがオリジナルコンテンツを制作・配信している。でも、こんなに大量のコンテンツを一体 誰が見るのでしょうかね?」と語った。
1年暮れに書いた本書エピローグの中で、私はケーブルテレビとコンテンツ制作の両業界に対して、「高額な料金、ひどいサービス、最低のコンテンツ」に消費者が不満を強めていると警告した。それから1年足らずで警 告通りの展開になった。ネットフリックス主導で消費者が反乱を起こしたのだ。ここで映画スタジオは事の重大 さにようやく気付いた。ネットフリックスに映画やテレビドラマなどのコンテンツを供給することで、知らぬ間 に同社のストリーミングサービスを後押ししていたのである。
テレビ番組制作も手掛ける映画スタジオ大手は当初、ネットフリックスとの提携は互恵的と考えていた。例えばあるドラマをテレビ局が放送中としよう。ネットフリックスが放送済みの古いエピソードをストリーミング配 信すると、ドラマは大きな反響を呼び、過去の全シーズンを一気見する契約者が続出する。その後、最新エピソ ードがテレビで放送されると、彼らが大挙してテレビに押し寄せ、ドラマの視聴率ははね上がる。テレビ局幹部 はこれを「ネットフリックス効果」と呼んだ。
代表例がテレビドラマの『ブレイキング・バッド」と「マッドメン」だ。いずれも当初は苦戦したが、ネット フリックスで過去のシーズンが配信されると、状況が一変。突如として視聴率がはね上がり、高い評価を受けて 大ヒットした。
だからこそテレビ業界はこぞってネットフリックス詣でに乗り出したのである。ネットフリックスを「アルバ ニア軍」などと呼び、見下していた映画スタジオ大手タイムワーナーのCEOジェフリー・ビュークスも例外ではない。彼は人気テレビドラマ『NIP/TUCK マイアミ整形外科医』のほか、『ヴェロニカ・マーズ」 『プッシング・デイジー恋するパイメーカー」「ターミネーターサラ・コナー・クロニクルズ」のようなカ ルトドラマの配信権をネットフリックスに売った。それでありながら、ネットフリックスをなおもばかにしてい た。もうどこにも売る相手がいなくなったときに最後に頼る相手だとし、「ゴミ収集のような公共サービス」と 決めつけていた。
ネットフリックスにとってハリウッドとの取引はますますうまみを増していった。同社の最高コンテンツ責任 者 (CCO) テッド・サランドスはリーマンショックの後遺症を引きずっていた映画スタジオに近づき、大枚をはた いて有利な条件でコンテンツを獲得していった。テレビドラマについては全シーズンの独占配信権を基本にして いた。視聴者のビンジウォッチング(一気見)需要に応えるためだ。
映画スタジオ側が知らないことが一つあった。ネットフリックスのフォーカスグループ(グループインタビュー) に よれば、視聴者はビンジウォッチングによって高揚感を得ている。何時間もぶっ続けでドラマを見ていると、ネ ットフリックスブランドにほれ込んでしまうのだ。 「ストリーミングはいつの間にか一般人が使う語彙の一つになり、消費者行動を根本的に変えた。サランドスは プレスリリースの中で「ストリームチート(だまし)」に触れて、次のような冗談を書いたことがある。 「パートナーをだまして先にテレビドラマを一気見してしまうとどうなるでしょう?信頼関係が壊れたり、けんかになったり、離婚騒ぎになったりするかもしれません。でも、ネットフリックスは責任を負いかねます。どうかご自身で責任を持って視聴するように心掛けてください」
しかしながら、サランドスとヘイスティングスは少しずつ危機が近づいているということも察知していた。映 画スタジオはいずれ「インターネットテレビ=テレビの必然的進化形」という現実に目を向けるようになる。そ うなったらネットフリックスへの映画やテレビドラマの供給をストップし、自らストリーミングサービスを開始 するはずなのだ。
ビュークスにも一理ある、とサランドスは思った。消費者がネットフリックスを利用するのは第一級のコンテ ンツを視聴できるからである。映画スタジオからのコンテンツ供給が止まったら、ネットフリックスは自ら第一 級のコンテンツを作らなければならない。でないと古い映画とドラマで出来た埋立地になってしまう。つまり、 ビュークスが言ったようなゴミ捨て場だ。
映画スタジオはネットフリックスとの提携によって、多額の収入と視聴率上昇というメリットを享受してき
た。だが、コンテンツ供給によってネットフリックスのストリーミング拡大を手助けしていたことに徐々に気づ き始めた。それだけではない。不満を強めるケーブルテレビ契約者に対して、「こんなに安くて使いやすいサー ビスがあるよ」と乗り換えを勧める格好になっていたのである。

あらゆるデバイスに組み込まれたアプリ

2000年代も終わりに近づくと、リーマンショックの傷跡もようやく癒えてきた。とはいっても、ネットフ リックスにとって主な顧客となる若い消費者はなおも苦しんでいた。例えば、2000年代に成人・社会人にな った「ミレニアル世代」は、経済的事情からなかなか家庭を持つことができなかった。家庭を持つとなれば当然 ケーブルテレビを契約し、月額128ドルもの出費を強いられることになる。結局、ミレニアル世代の多くはブ ロードバンド回線だけを導入し、ストリーミングなどインターネット上のエンターテインメントへ流れていった。
このような状況を見て、ヘイスティングスは営業チームにハッパを掛けた。インターネットにつながるあらゆ るデバイスに、ネットフリックスのストリーミングアプリを組み込むよう指示したのである。家庭用ゲーム機、 スマートフォン、インターネット対応テレビ、セットトップボックス、iPadのようなタブレット端末ー。 対象となるデバイスは枚挙にいとまがない。今ではネットフリックスのアプリは至る所に存在している。
ネットフリックスは無数のデバイスから送られてくる膨大な顧客データを蓄積することで、ライバル勢よりも 圧倒的に有利な立場を手に入れ、覇権を築いた。どのように映画を探しているのか?どこで見ているのか? 何時に見ているか?1日何時間見ているのか?どのシーン・人物を何度も早送りしているのか?どの視聴者にとってどの俳優が魅力的なのか? 契約者の視聴パターンを細かく把握できるようになったのだ。
ここからネットフリックスは個々の契約者について複雑なプロフィールを作り上げた。ビッグデータとアルゴ リズムを駆使すれば、契約者の好みや行動がどのように変化していくのかを驚くほどの精度で予測できる。これ を突き進めると、エンターテインメント業界で支配的な地位を築くための次のステージに進める。コンテンツ制作である。
2年までにサランドスとヘイスティングスはハリウッドとの蜜月の終わりを確信した。ネットフリックスを阻止するために、映画スタジオ大手は最新DVDのリリースを遅らせると同時に、デジタル配信権料の引き上げに 踏み切ったからだ。映画スタジオ幹部の一人はロイターの取材に応じて「われわれはネットフリックスについて すっかり勘違いしていましたね。数年前にデジタル配信権を売ったときには、いずれ脅威になるかもしれないなんてこれっぽっちも思っていませんでした」と語っている。
ハリウッドからのコンテンツ獲得が難しくなり、ライバル勢が同じデジタル配信という土俵に入ってくると、サランドスとヘイスティングスはコンテンツ予算の配分先をコンテンツ獲得からコンテンツ制作へシフトさせ始 めた。サランドスによれば、目標は「HBOがネットフリックスのビジネスモデルをまねるよりも先に、HBO に匹敵するコンテンツ企業になる」だった。HBOはコンテンツの質の高さで定評があるプレミアムケーブルチ ャンネルだ。

『ハウス・オブ・カード』の成功

オリジナルコンテンツへの最初の大型投資は、イギリスの政治テレビドラマのリメークだった。リメークを模 索していたのは映画監督デビッド・フィンチャー。『ソーシャル・ネットワーク」「セブン」「ベンジャミン・ パトン 数奇な人生」などで知られ、アカデミー監督賞にノミネートされたこともある大物だ。
ドラマ初挑戦ということもあり、テレビ各局は一斉にフィンチャーにラブコールを送った。そんななか、ネッ トフリックスはどうにかして目立たなければならなかった。それまでに同社が自主制作したドラマは2年配信の 『リリーハマー」という風変わりな作品しかなく、正面から張り合える状況ではなかったからだ。
フィンチャーは、ソニーのスタジオを借りて各社のプレゼンを聞こうとした。だが、サランドスは通常ルート を避けて、フィンチャーのオフィスを直接訪ねて売り込みを掛けた。契約者データをフィンチャーに見せて、 「ネットフリックスの予測アルゴリズムを使えば、多くの視聴者にアピールできます」と説明した。 データによればフィンチャーと主演のケビン・スペイシーには興味深い共通項があった。両者とも一般視聴者の間では知名度は今一つだが、フィンチャー監督作品を一つ見た視聴者はフィンチャー監督作品をすべて見たが
り、スペイシー出演作品を一つ見た視聴者はスペイシー出演作品をすべて見たがった。共通項はほかにもあった。フィンチャーとスペイシーのファンはそろって『ハウス・オブ・カード』に興味を持っていたのだ。これは 1990年にイギリスで放送された政治テレビドラマで、実はこれこそがフィンチャーがアメリカ向けにリメークしようと考えていた作品だったのである。 8年、サランドスは当時を振り返ってインタビューの中で次のように語っている。
「われわれにとって未来とは未知の世界を開拓することです。ここで役立つのがビッグデータです。新しいオリ ジナルドラマを制作しようというとき、ビッグデータを活用すれば適任の監督・俳優を割り出せるし、潜在的視 聴者の人数も割り出せるんです。その一回目が『ハウス・オブ・カード」でした。われわれとしてはライバルを 出し抜いてどうにかして『ハウス・オブ・カード」を手に入れたかった。
長編映画からテレビドラマへ転身するわけですから、フィンチャーにとっても大きな賭けでした。われわれは 『これまでのテレビドラマとはまったく違う先駆的なものに挑戦できる」と言ったんです。最後には彼はとても エキサイトしてネットフリックスを選んでくれました 」
巨額の制作費も見逃せない。2シーズンの制作費としてネットフリックスはハリウッド基準でも破格の1億ドルを用意した。フィンチャーにとって魅力的な要素は制作費以外にもあった。同社経営陣はコンテンツには一切 関与せず、監督への全権委任を確約したのである。
ネットフリックスはアポイントメントテレビに対して痛烈な一撃も放った 。テレビ業界の常識を覆して、『ハ ウス・オブ・カード」の第1シーズンの全話(全エピソード)を一気に配信したのだ。アナリストは「同時配信直後 の加入者増は一時的な現象。全話を見終わった新規加入者はすぐに契約を切る」と予測した。しかしながら、ア ナリストの予想とは裏腹に同社の契約者数は拡大し続けた。「ハウス・オブ・カード」第1シーズンの配信(8年 2月1日)から1年以内に契約者数は3割以上増え、その後も勢いは止まらなかった。

制作現場を一変させたビッグデータ

ネットフリックスは成功を追い風に、ビッグデータ主導のオリジナルコンテンツ制作を加速させた。同じ20 13年には、専門家からは高い評価を受けていながら低視聴率に甘んじていたコメディドラマの新エピソードを 制作・配信した。ジェイソン・ペイトマンとポーシャ・デ・ロッシが出演し、フォックステレビが放送した『ア レステッド・ディベロップメント」だ。オリジナルコンテンツとしては同社初のホラードラマ「ヘムロック・グ ローヴ」も登場した。
ネットフリックスは制作現場の在り方を一変させた。ベテランプロデューサーの直感や過去の常識に縛られず、ビッグデータを信じて監督や俳優を選ぶことを基本にした。海外展開を加速させていたため、海外の契約者の好みに合ったコンテンツを制作していくうえでもビッグデータを全面活用した。
ネットフリックスの初期オリジナルコンテンツで『ハウス・オブ・カード」に続くヒットドラマになったの は、女性刑務所を舞台にしたドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」。国境を越えて多くのファンを得た ほか、批評家からも高く評価された。エンターテインメント系ウェブサイトであるIGNのデビッド・グリフィ ンはインタビューに応じて次のように語っている。 「ネットフリックスらしさという点では『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」はいい例ですね。従来のケーブ ルテレビや地上波テレビのドラマとはまったく違うんですよ。特に注目すべきは出演者の人種や性的指向などの 多様性。これまでテレビでの出番がまったくなかったようなキャラクターがたくさん使われているんです。この ように多様な登場人物を見て、同じく多様な視聴者が何年もかけて感情移入していく――これが『オレンジ・イ ズ・ニュー・ブラック」です」
同作の出演女優ダーシャ・ポランコも同意見だ。5年の全米映画俳優組合賞授賞式で「このドラマは世界の縮 図です」としたうえで、「多様性は一つの流行です。でも、これこそ本物。ここで語られている物語はアメリカ ばかりか世界の本当の姿を映し出しているんです」と語っている。
しかしこの年、「テレビ界のアカデミー賞」とも称されるエミー賞で、HBOが126部門でノミネートされ たのに対して、ネットフリックスのノミネートは8部門にとどまった。世界全体の契約者で見ても、ネットフリ ックスはHBOの半分にすぎず、大差を付けられていた。これを見て、映画スタジオとケーブルテレビの両業界 は安心してしまったようだ。HBOは誰にもまねできないノウハウを備えており、ネットフリックスがビッグデ ータで攻め込んだところで太刀打ちできるわけがないーこのように結論したのだ。HBOはオリジナルドラマ に絶対の自信を持ち、『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』『セックス・アンド・ザ・シティ」『ゲーム・オ ブ・スローンズ」などの大ヒット作を送り出してきた老舗だ。
明らかに市場環境は変化していた。「アラカルト的に質の高いコンテンツを個別に買いたい」「テレビドラマ の中に自分自身と同じような人間を見いだして感情移入したい」「いつどこで見るのかはもちろん、どのデバイ ス上で見るのかも自分で決めたい」――このように消費者は思うようになっていたのだ。
それでもハリウッドは現実に目を向けようとしなかった。タイムワーナーのCEOビュークスは「コードカッティング(ケーブルテレビを解約すること)は現実というよりも概念ですね」と言った。「いずれミレニアル世代は切り 詰めた生活を卒業します。まともな住居へ引っ越して、テレビを買います。そうしたらどうすると思います? HBOを契約しますよ」。HBOはワーナー傘下のケーブルチャンネルだ。
しかしながらケーブルテレビを取り巻く状況は厳しい。若い世代を中心にケーブルテレビの契約世帯は減少す る一方だ。
消費者運動も起きた。2012年、HBOファンの一人ジェイク・カプートは「テイクマイマネーHBO」と 名付けたウェブサイトを立ち上げた。ウェブサイト上で消費者調査を実施したうえで、HBOに対してケーブル テレビと縁を切り、単独でストリーミングサービスを始めるよう呼び掛けたのだ。

『ゲーム・オブ・スローンズ』もストリーミングヘ

それでもビュークスは動じなかった。HBOのケーブルテレビ収入は親会社タイムワーナーにとって数十億ド ルに上るドル箱であり、それを無視するわけにはいかなかった。しかも、HB0のストリーミングサービス化を 強行すれば、ケーブルテレビ業界全体を敵に回しかねなかった。
そんななか、HBOの『ゲーム・オブ・スローンズ」は大規模な海賊行為に遭い、世界で最も違法にダウンロ ードされたテレビドラマシリーズになった。
一方で、ネットフリックスは『ハウス・オブ・カード」をテコにして100万人単位で新規契約者を増やして いた。5年半ばには契約者ペースは世界れカ国で5千万人―このうちアメリカ3600万人の大台に乗せ た。アメリカ全体のケーブルテレビ契約世帯数は5600万世帯だから、同社はケーブルテレビ業界全体を射程 内に収めたわけだ。
こうなるとさすがにビュークスも静観していられなくなった。5年3月9日、ケーブルテレビ業界に爆弾を落 とした。HBOがアップルと組んでストリーミングサービス「HBOナウ」を始めるとぶち上げたのだ。 _HBOのCEOリチャード・プレップラーは、アップルのCEOティム・クックと共にサンフランシスコの会 場に現れた。熱狂的な聴衆を前に「HBOにとって大転換です」としたうえで、「これはミレニアル・ミサイル です」と宣言した。ケーブルテレビを契約せずにインターネットのブロードバンド回線だけ契約している1千万 世帯―ミレニアル世代が中心をターゲットにする方針を鮮明にしたのだ。
ミレニアル世代は大喜びした。ローンチから1カ月以内でおよそ100万人がHBOナウに新規申し込みをし た。対照的にケーブルテレビ業界は怒り心頭に発した。業界全体でHBO放送のためにW億ドル支払っているか ら、HBOのストリーミング参入に危機を覚えるのは当然だった。ケーブルテレビ大手チャーター・コミュニケ ーションズのCEOトム・ラトリッジは「HBO経営陣はインターネット上でコンテンツを売りながら、一方で ケーブルテレビのバンドルの対象であり続けたいのか? 何か勘違いしているのではないか?」と批判した。
プレップラーはHB0ナウのローンチ後、経済ニュース専門局CNBCの番組「スクォークアレー」に出演し て反論した。 「全体のパイが大きくなりますから、まったくカニバリゼーション(共食い)は起きないとみています。HBOナウ は純粋に上乗せです。ケーブルテレビ業界も絶対に付いてくると思います。自分たちにとってプラスになると気 付くからです。そもそも何のためにHBOを放送してくれているのでしょう? われわれに恩を売りたいからじ ゃなくて、自分たちの事業を拡大したいからなんですよ」
HBOナウは確かに爆弾に相当した。タイムワーナーのようなコンテンツ大手がケーブルテレビ業界と一線を 画したのだ。ケーブルテレビ業界は、ネットフリックス主導のストリーミング革命にのみ込まれて二度と立ち上 がれなくなるのではないか、との読みが背景にあった。
ビュークスはHBOナウ向けプロモーションの一環として『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」のスター俳優 2人を呼び出し、ジェイク・カプート|ウェブサイト「テイクマイマネーHBO 」の創設者―と引き合わせ た。旧敵と仲直りしたわけだ。最初は間違ってしまったけれども、これからはファンの声にきちんと耳を傾けて いくよ!
ネットフリックスはさらに先を行っていた。翌6年1月6日、ヘイスティングスはラスベガスで開かれた家電 見本市「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」 に参加し、世界130カ国で新たにストリーミン グサービスを開始したと発表。これで世界190カ国への進出を果たし、中国を除いて実質的に全世界を網羅し た格好になった。
CESの聴衆を前にヘイスティングスは「本日、真にグローバルなインターネットテレビネットワークが誕生 しました」と宣言した。「シンガポールでもサンクトペテルブルクでも、サンフランシスコでもサンパウロで も、世界中の消費者がテレビドラマと映画を楽しめるようになったのです。みんな同時に、待ち時間なしに、ですよ。インターネットの登場によって主役は消費者になりました。いつ、どこで、どんなデバイスで見るのかを 決めるのは、あなた自身なのです」 CESでヘイスティングスはもう一つ大きな発表を行なった。オリジナルコンテンツの大幅強化だ。具体的に は、新作とリメークを合わせて30本以上のドラマシリーズのほか、20本以上の長編映画や30本の子ども向けドラ マシリーズ、多数のスタンドアップコメディ番組を制作する計画を明らかにした。並行してストリーミングアプ リの対応言語数を3カ国語以上へ増やしつつ、各国の消費者ニーズに合わせた現地制作コンテンツを充実させる 方針も示した。コンテンツ制作費は5年の億ドルから年を追うごとに増えていく計画を示した。

第2のテレビ黄金時代が到来

これはエンターテインメント業界全体への警鐘であり、消費者の好みや行動が激変する未来へのロードマップ でもあった。今回は業界の大物は危機意識を持って反応した。HBOは制作費を9億ドルへ拡大、テレビネット ワーク大手CBSはコンテンツ予算を9億ドル投下、アマゾンはストリーミングサービス「プライムビデオ」用 コンテンツに5億ドル支出――。いわば「エンターテインメント版の軍拡競争」が始まったのだ。
競争で優位に立ったのはストリーミングサービスを手掛けるIT系巨大企業だ。株式市場では目先の利益より も成長を目指すよう求められており、大胆に行動できるからだ。旧来型のメディア大手―タイムワーナー、デ ィズニー、バイアコム、CBS―はまともに勝負できなかった。株式市場から安定的な利益や配当を期待され ているからだ。コンテンツに巨費を投じたり高リスクの成長戦略を打ち出したりするわけにはいかない。 「利益を出していない企業と競争するのは不思議だし、興味深いですね」とケーブルテレビ局FXのCEOジョ ン・ランドグラフは語った。「市場シェアを奪うために果敢に投資し、意図的に赤字を出している―そんな企 業を相手にして勝負するんですよ。仮にうちが負けてつぶれたら? 敗因は利益を出していることだとした ら?」
ネットフリックスは目先の利益よりも成長を優先する典型的IT企業だ。8年までにコンテンツに130億ド ル投資し、このうち%をオリジナルコンテンツへ回す計画を策定した。サランドスがニューヨークのメディア 会議で語ったところによれば、同社のオリジナルドラマシリーズは8年末までに累計千本に達し、このうち半分 は同年中にストリーミング配信される予定になっていた。
ネットフリックスに刺激されて各社がコンテンツ強化に一斉に乗り出したことで、1990年代のテレビ黄金時代を彷彿とさせる状況がアメリカに出現している。
もちろん違いはある。1990年代は男優を中心としたアンチヒーロードラマのオンパレードで、同質的だっ た。『ザ・ソプラノズ』『マッドメン』『ザ・シールド ルール無用の警察バッジ」が代表例だ。2010年代 のテレビドラマは型にはめるのが難しい。登場人物、ジャンル、言語、ストーリー展開――。いろいろな点で多 種多様なのだ。ネットフリックス制作ドラマでは『ストレンジャー・シングス 未知の世界」がSFホラーなが ら大ヒットした。このほか『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」は人種のるつぼ状態になっている女性刑務所 の実態を赤裸々に示し、『ナルコス」はコロンビアの麻薬組織を舞台にした血なまぐさい物語を主にスペイン語 で描いた。アマゾン制作ドラマでは、カミングアウトした父親と向き合う家族を題材にした『トランスペアレン ト」が評判になった。
映画スタジオ大手―4世紀フォックス、ディズニー、NBCユニバーサル、ワーナーメディアーもストリ ーミング用のコンテンツ制作に乗り出した。ストリーミングサービスの共同出資会社Hulu向けに新ドラマシ リーズ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」を制作し、アメリカで誕生した架空の全体主義国家を描いた。こ のドラマは非常に高い評価を受け、7年にエミー賞ドラマ部門で作品賞を受賞した。ストリーミング専用作品が 同賞を受賞するのは初めてだった。テレビドラマは広告の制約から解放され、自由を得た。同質的な視聴者にア ピールする作品である必要はなくなり、第2のテレビ黄金時代が到来したのである。
そうしたことから、俳優や監督、脚本家ら映画界のクリエイターがこぞってストリーミング向けドラマの世界 へ流れ込んでいった。ストリーミングの世界であれば、コンテンツの形式やテーマについて大きな自由があり、 限界に挑戦できると思ったのだ。
アメリカで主流だったケーブルテレビのバンドル契約が消費者から見放されるなか、インターネット企業によ るストリーミングサービス参入が相次いでいる。動画投稿サイトのユーチューブは有料のサブスクリプション型 (定額課金制)サービス「ユーチューブ・プレミアム」をスタート。短文投稿サイトのツイッターはアメフトプロリ ーグ「NFL」と提携し、レギュラーシーズン木曜夜の試合を独占配信する権利を獲得した。 「スキニーバンドル」と呼ばれるストリーミングサービスも続々と登場している。インターネット経由で地上波 テレビやケーブルテレビなどの番組を配信するサービスだ。バンドル化されているチャンネル数が少ない代わりに月額料金が格安最低でのドルーなのが特徴だ。衛星放送大手ディッシュ・ネットワークは「スリングT V」、通信大手AT&Tは「ディレクTVナウ」、ソニーは「プレイステーションビュー(PS Vue)」、ユ ーチューブは「ユーチューブTV」、Huluは「ライブTV」をローンチした。

二つの「ネットフリックス・キラー」

伝統的なメディア企業が失速していく傍らで、ネットフリックスの株価はにわかに信じられない水準にまで上 昇し続けた。3年の『ハウス・オブ・カード」配信直後の株式時価総額はまだ100億ドルで、敵対的買収を誘 発してもおかしくないほど割安だった。それが、年末には880億ドルに達し、敵対的買収のリスクはほぼゼロ になった。
伝統的なメディア企業はネットフリックスにどう立ち向かったらいいのか? 市場シェアを拡大し、コンテン ツを増やし、デジタル配信のノウハウを得るにはどんな手段を取ればいいのか?
7年以降になって各社が一斉に大型M&Aに乗り出し、ネットフリックスが引き起こした環境激変を乗り切ろ うとしている。ディズニーが713億ドルを投じて3世紀フォックスの買収に踏み切り、AT&Tが850億ド ルを投じてタイムワーナーの買収で合意した。バイアコムとCBSが合併交渉に入ったとの観測も浮上。コムキ ャストは大型買収で立て続けにディズニーと競り合った。7世紀フォックスの買収ではディズニーに競り負けた が、英有料テレビ大手スカイの買収ではディズニーに競り勝った。
伝統的メディア企業の中で「ネットフリックス・キラー」の一番手はディズニーだとみられている。同社は19 年に独自のストリーミングサービス「ディズニープラス」をローンチする予定だ。主なコンテンツとして、『ス ター・ウォーズ」シリーズやディズニーとピクサーのアニメ映画、マーベルのスーパーヒーロー作品を持ってい る。そのうえ、1世紀フォックスの買収によって、『X-MEN」シリーズやテレビアニメ『ザ・シンプソンズ」 のほか、『サウンド・オブ・ミュージック」 『エイリアン』『タイタニック』『アバター」などの大ヒット映画 なども新たに獲得。ハリウッドの中でも頭一つ抜けたコンテンツの巨人であることは間違いない。
ディズニーは「ディズニープラス」開始に合わせてネットフリックスへのコンテンツ供給を全面停止する方針 を示した。これまで独占配信権を得ていたネットフリックスは、コンテンツに大きな穴をあける格好になる。しかしヘイスティングスは平静を装っている。

「ディズニーのストリーミングは成功するでしょう。いいコンテンツがあるし、私も会員になるつもりです。で もそれほど脅威には感じていません。これまでもHuluと競争してきましたから。それに昔ほどディズニーに 依存していないので、ディズニーのコンテンツがなくてもわれわれは引き続き成長できます」
ネットフリックス・キラー二番手はタイムワーナーの買収を決めたAT&Tだ。トランプ政権から独禁法違反 として横やりを入れられたが、2年2月には司法省との法廷闘争に勝った。世界最大級の通信会社と世界最大級 の娯楽・メディア企業が合体して打倒ネットフリックスに動きだした。
AT&T・ワーナーメディア連合は19年後半にストリーミングサービス「ウォッチTV」を始める計画だ。証 券取引委員会(SEC)へ提出された文書によれば、ワーナーメディアが持つ映画やテレビドラマ、資料映像、ドキ ュメンタリー、アニメなどのコンテンツを全面活用するという。
AT&TのCEOランダル・スティーブンソンは2018年暮れ、大手金融機関UBS主催のメディア会議に 出席して「大手メディア企業が膨大なコンテンツを巨大なパンドルに詰め込んで消費者に押し付ける――こんな やり方はもう通用しません」と言い切った。
AT&T・ワーナーメディア連合が計画するウォッチTVは、格安料金|月額5ドルーのスキニーバンド ルだ。ニュース専門局CNNやドキュメンタリー専門局ディスカバリーなどのチャンネル前後が視聴可能にな る。一方、ネットフリックスは地上波テレビやケーブルテレビの配信サービスには参入していない。
メディア業界の再編が続くなか、ネットフリックスの時価総額は一段と拡大した。8年半ば時点で1800億 ドルを記録。アナリストの間では「明らかに割高」との指摘も聞かれた。ウェドブッシュ証券アナリストのマイ ケル・パクターは「ワーナー・ブラザースとHBOを傘下に抱えるタイムワーナーが840億ドル、7世紀フォ ックスが900億ドル。ネットフリックスはワーナー・ブラザース、HB0、7世紀フォックスの3社合計より も大きいのでしょうか? ばかげてます」との見方を示した。
株式市場での高い評価をテコにして、ネットフリックスは一流プロデューサーや監督、脚本家を片っ端からス カウトした。ジェンジ・コーハン(「Weeds~ママの秘密』『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」)、ライアン・マーフィー(「アメリカン・クライム・ストーリー」「アメリカン・ホラー・ストーリー」「NIP/TUCK マイアミ整形外科医」)、ションダ・ライムズ(『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学」『スキャンダル 託された秘密』)、エリック・ニューマン(「ナルコス」「ヘムロ ック・グローヴ」ー。大物がこぞってネットフリックスと手を握ったことで、ハリウッド全体が驚愕した。これに
よってネットフリックスはドラマコンテンツの面で向こう10年の体制を固めた。

大きな不確定要素の一つはアップル

大きな不確定要素が一つある。アップルだ。 1年秋、死を目前にしてベッドに横たわったスティーブ・ジョブズは、伝記作家のウォルター・アイザックソ ンに、テレビについての自分の考えを語った。コンピューターや携帯音楽プレーヤー、スマートフォンでやった ことをテレビでもやってみたいーこれが彼の夢だった。シンブルでエレガントな「アップルTV」のアイデア がひらめいたというのに、それを見届けられないことを悔しがっていたという。 「完璧に使いやすい統合型テレビを世に送り出したかった。あらゆるデバイスやiCloudとシームレスに同 期し、DVDプレーヤーやケーブルテレビのような複雑で使いにくいリモコンは不要になる。シンプルさでは突 出したユーザーインターフェイスを備えたテレビだ」
8年、アップルはオリジナルコンテンツ制作に向け大規模なスタジオを開設している。すでに新ドラマシリー ズの制作に向け、大枚をはたいてスティーブン・スピルバーグやリース・ウィザースプーン、グウィネス・パル トローらハリウッドの大物との契約も済ませている。
誰がアップルの新スタジオを運営するのか。アップルはソニー・ピクチャーズのテレビ制作部門に目を向け、 『ブレイキング・バッド」や『ザ・シールド」などのヒット作を飛ばした最高幹部を引き抜いた。19年にはオリジナル作品のストリーミングサービス「アップルTV +」 を始める予定であり、オリジナルコンテンツ制作にと りあえず10億ドルの予算を割り当てた。2022年までに2億ドルへ増額する方針だ。 _HBOは引き続き健闘している。契約者数は拡大しているうえ、契約者の中心層はどんどん若年化している。 HBOが誇る特大ヒット作『ゲーム・オブ・スローンズ」は世代を超えて広範なファンを獲得しており、この部 分では誰もネットフリックスでさえも太刀打ちできない。 「ネットフリックスを取り囲むライバルは枚挙にいとまがないのだ。 アメリカ全体で制作されたテレビドラマシリーズは8年に500本以上に達し、過去1年間で3倍になってい る。こうなってくると明らかに供給過多だ。HBOのCEOプレップラーは今後のカギを握るのはドラマの本数 ではなく品質だとみている。「われわれはドラマの本数で勝負するつもりはありません。多ければいいというもんじゃない。あくまで品質で勝負します」
品質に加えて利益も必要だろう。7年の営業利益で比べると、HBOの8億ドルに対してネットフリックスは 8億3900万ドルにとどまっている。
ヘイスティングスは壮大な未来を予測している。ネットフリックス伝統の「郵便DVDレンタル」は終わると みて、「最後のDVDは自分の手で配達する」と公言している。さらに、地上波テレビの時代は2030年に終 わりを迎え、それ以降はインターネットテレビの時代が100年以上続くという。
ほんの10年前を思い返すと、あまりの違いにあぜんとしてしまう。車を走らせて、近所のビデオレンタル店で 映画をレンタルしていた。それが当たり前であり、今後もずっと続くと思い込んでいたのだ。
これからもHBOやFX、アマゾンなどの有力企業がさまざまな形で競争を続け、エンターテインメント、メ ディア、IT各業界の勢力図を大きく変えていくだろう。ただし一つだけ決して変わらないことがある。どれだ け各社が大金をつぎ込み、目もくらむようなテレビドラマを制作したところで、1日は1時間しかない。食べた り、働いたり、散歩に出掛けたり、ソーシャルメディアをチェックしたりー。残った時間を各社で奪い合う競 争でもあるのだ。 ヘイスティングスはもう一つ予測している。ひょっとしたらそれはもう起きているかもしれない。 「死ぬほど見たい映画やドラマがあったらどうしますか? 夜更かしするしかないでしょう。つまり競争相手は 睡眠。ここでもわれわれは勝ちつつあります!」

ジーナ・キーティング (著), 牧野 洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2019/6/26)、出典:出版社HP

本書の成り立ち

本書は主に通信社記者時代の取材と本書用の独自取材によって構成されている。私は2004年から2010年にかけて英通信社ロイターのロサンゼルス支局記者としてエンターテインメント業界を取材し、業界に関する情報を多く集めた。加えて、本書執筆のために独自取材を進め、合計で100人以上にインタビューした。 一部を除いてインタビューはすべてオンレコ(記録あり)で実施し、相手の同意を得たうえで録音して文字に起こした。電子メールを通じて多くの追加取材も実施した。
取材の過程で、2年以上かけて全米各地へ何度も出張した。本書の登場人物に直接会うのはもちろんのこと、 彼らが語る情景を自分の目で見て確認するためだ。ロイター時代の取材を通じて登場人物の大半をすでに熟知し ており、本書中では私自身の印象に基づいて人物描写している。必要に応じて別の調査で得た情報も加味してい る。
財務・経営情報は主に三つのルートから収集した。四半期決算説明会の内容を記した資料(合計2千ページ前後) のネットフリックス、ブロックバスター、ムービーギャラリー、ハリウッドビデオの4社による投資家説明会3 4社を中心とした主要企業が起こした訴訟資料や法廷開示資料――である。足りない部分については通信社記者 として書いた記事|どちらかと言えば実利的な内容ーに加えて、多数の一流メディアやブログからも引用し た。本書の中ではできる限り引用元を明示した(引用元の記事・書籍は新潮社のHPにまとめてある)。 共同創業者リード・ヘイスティングスとマーク・ランドルフの家系について一言記しておきたい。 ヘイスティングスの家系を調査中、ニューヨーク・タイムズ紙の社交面で百万長者の科学者アルフレッド・リ ー・ルーミスとのつながりを発見した。ここではジェネット・コナントの名著『タキシードパークー第2次大 戦を変えたウォール街の大物と秘密の科学宮殿」に大いに助けられた。同書はルーミスを詳細に描写しており、 科学とマーケティングの融合―その産物がネットフリックスーの意味合いについて私が深く考えるきっかけを与えてくれた。
ランドルフの大叔父エドワード・L・バーネイズに関しては、バーネイズ自身の著書から多くを学んだ。パー ネイズがアメリカ文化に多大な影響を与えた点については、ラリー・タイ著『スピンの父ーエドワード・L・バーネイズとPRの誕生」が参考になった。 ネットフリックス創業チームの協力を得られなければ、株式公開前の同社創業期に焦点を当てた第1~4章を書くことはできなかった。本書の調査のために惜しみない協力を申し出てくれたのは、ランドルフのほか、ミッ チ・ロウ、クリスティーナ・キッシュ、ティー・スミス、ジム・クック、コーリー・ブリッジス、ボリス・ドラ ウトマン、ビータ・ドラウトマンらだ。彼らはインタビューに応じてくれたばかりか、資料やスクリーンショッ ト、写真、メモも提供してくれた。
ヘイスティングスにも本書向けにインタビューを申し込んだものの、協力を得られなかった。しかし、7年に 及ぶ記者時代に3回以上も単独インタビューしていたうえ、ネットフリックスの四半期決算や商品発表などのイ ベントを通じて何度も話を聞いていた。必要な情報はあらかた入手していたと思っている。
また、ヘイスティングスはネットフリックスの現役員・社員に取材協力の許可を与えなかったとはいえ、私が 知る限りは元役員・社員に圧力をかけることもなかった。シリコンバレーはいろいろな意味で小さな村社会だ。 本書の取材を進めている時期、ヘイスティングス株は急上昇していた。多くの人が彼のような有力者を怒らせて はいけないとびくびくしていた。
結果として、一部の取材先はヘイスティングスにとって不利と考えられる情報を提供する際に匿名を条件にし た。当該情報を直接知る第三者による検証が可能であれば、私は匿名の条件を受け入れた。このような場合、ほ ぼ例外なく2人以上の第三者によって事実関係を検証できた。 登場人物の会話を直接引用で再現するとき、原則として会話の当事者と目撃者から聞いた話を基に構成した。
つまり、会話の当事者双方に確認するのを基本にしつつ、必要に応じて会話の現場を目撃した第三者にも確認し て直接引用した。同時期に会話の内容を知らされた第三者に問い合わせることもあった。
直接引用できない場合、少なくとも2人以上の関係者に確認したうえで会話の要旨を地の文で記した。ここで の関係者とは会話の当事者ではなく、会話の現場を目撃した第三者か、同時期に会話の内容を知らされた第三者 のことだ。

私がネットフリックスとブロックバスター両社に最初に本書出版計画を伝えたとき、両社経営陣からは「素晴 らしい本になるのではないか」との反応を得られた。両社の対決とエンターテインメント業界の変貌をテーマに した本に興味を抱いてくれたようだ。
ブロックバスターの元役員から協力を得るのは比較的容易だった。ジム・キーズが最高経営責任者(CEO)に就 任すると、経営の軸足がオンライン型レンタルから店舗型レンタルへ逆戻りした。それを受けて多くの役員が転 職し、新しい職場でブロックバスター失墜の原因について質問攻めに遭った。事実関係を明確にしておきたかったのだろう。
私はブロックパスターに対して、何カ月にもわたってキーズとの直接インタビューを打診した。結局のとこ ろ、同社広報部の協力を得られず、なしのつぶてだった。とはいっても、ロイター時代にキーズに何度かインタ ビューしており、彼の思考や戦略観について本書の中できちんと伝えることができたと思っている。
すでに述べたように、ネットフリックス側ではヘイスティングスが取材協力を拒否した。しかし、尊敬すべき ケン・ロスとスティーブ・スウェイジーは親切にも私の原稿に目を通し、事実関係をチェックしてくれた。おか げで、ほかの取材源では裏付けを取れなかった事実についても確認できた。
取材に応じてくれたネットフリックス役員の多くは寛容であり、新たな取材源として同僚も紹介してくれた。 結果として、本書で描かれる同社の物語はよりカラフルになった。
インタビューではネットフリックス役員はそろって赤裸々に自己評価し、失敗も含めて正直に語ってくれた。 私はジャーナリストとして長い間金融界・政界・法曹界を取材してきたが、このような取材先に巡り会うことは あまりなかった。間近で彼らと思考や感情を共有できたのは、望外の喜びである。

ジーナ・キーティング (著), 牧野 洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2019/6/26)、出典:出版社HP

目次

【日本語版特別寄稿】
史上初の グローバルインターネットテレビ

本書の成り立ち
プロローグ
第1章 暗闇でドッキリ
第2章 続・夕陽のガンマン
第3章 黄金狂時代
第4章 宇宙戦争
第5章 レオン
第6章 お熱いのがお好き
第7章 ウォール街
第8章 キック・アス
第9章 我等の生涯の最良の年
第10章 帝国の逆襲
第11章 Mr.インクレディブル
第12章 真昼の決闘
第13章 大脱走
第14章 勇気ある追跡
第15章 ニュー・シネマ・パラダイス エピローグ

謝辞
訳者あとがき

NETFLIX コンテンツ帝国の野望
GAFAを超える最強IT企業

私を彼らの物語へといざなってくれた
ネットフリックスとプロックバスターの人々、
そして私を支えてくれた母マーガレット・ロメオと

ジーナ・キーティング (著), 牧野 洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2019/6/26)、出典:出版社HP