ブラック霞が関 (新潮新書)

【最新 – 霞が関の実態を知るためのおすすめ本 – 霞が関官僚の実態に迫る】も確認する

政治システムがよくわかる

読み進めるうちにリアルすぎて胸が苦しくなるページもありますが、著者の飾らない実直な人柄が良く出ており、霞が関が等身大に描かれていると感じます。役所を志望しているような方は、一読をお勧めします。

千正 康裕 (著)
出版社 : 新潮社 (2020/11/18)、出典:出版社HP

まえがき

2019年9月30日、僕は18年半勤めた厚生労働省を退官しました。どうしてもなりたかった職業に就き、育ててもらい、使われすぎるほど使ってもらいました。
例えば、年金、子育て、働き方、児童福祉、医療など幅広い分野で法律改正など、重要な仕事に携わることができました。政治家をサポートする秘書官の経験も得がたいものでしたし、外国(インド)でも仕事をする機会をいただきました。
僕は、官僚の仕事とは、「現場や人の生活の中にある課題を発見し、それを解決するための政策をつくること」だと思っています。そのために、厚労省の分野を中心に支援やビジネスの現場に足を運び、団体の代表や支援者、ビジネスマンたちと対話するのがライフワークでした。例えばホームレス、性犯罪やDVの被害者、児童虐待の被害児童、中途退学した若者や引きこもりの支援や自殺対策、子ども食堂、困難を抱える若年女性の支援、外国ルーツの子ども・若者支援、ヘルスケア関係の企業、中小企業などです。自分が霞が関でやっている法改正などの仕事がどうやって人に届いているのかをどうしても知りたくて、平日の夜や休日にこうした現場によく行っていました。NPOや企業などの民間の関係者と信頼関係を築きながら、現場の実態から政策を立案することを心がけてきました。

また、自分が携わった法改正の内容が、全く国民に届いていない状態で法律ができていくことに愕然として、10年くらい前から実名でブログやツイッターを使って情報発信もしてきました。法改正や政策を通じて本当に人の生活がよくなるためには、政策の中身や作り方を一般の人が理解できるようにして、人々の行動が変わるようにする必要があると考えたからです。
このように、よい政策をつくるために必要だと思ったことは、他の官僚がやっていないことでも素直に行動に移してきました。その意味では、自由な官僚だったと思いますが、そのことで一度も厚労省に怒られたことはありません。
こんな自分を受け入れ、思うとおりにさせてくれて、たくさんの活躍の場を与えてくれたのが厚労省でした。
その結果、厚労省や他省庁、そして民間企業や地方自治体、NPOなど民間団体にも、たくさんの仲間ができました。僕の考えにフィードバックをくれるブログやツイッターの読者もいます。今振り返っても、本当に最高の職業人生でした。この間、関わってくれたすべての方に感謝しかありません。
そんな自分が、大好きな厚労省・霞が関を離れる決断をしました。近年、見える景色が急に変わったからです。僕は、官僚としては少し変わっていたかもしれません。他人からの評価よりも自分がよいと思ったことを優先し、素直に行動に移します。組織に言われなくても社会に必要だと思えば、新しいことにも取り組んできました。
信頼する同期からも「やることが決まっている政策をちゃんとつくっていくことは誰でもできる。そういう仕事は俺たちに任せろ。お前は誰にもできない新しいことができるんだから、どんどん新しいことをやっていったらいいよ」と言われていました。
しかし、やらないといけない仕事をしっかりやった上で、さらに新しいことをやろうとすれば、仕事の量が増えます。それでも管理職になるまでは、プレイヤーである自分自身が頑張れば、増えた作業をこなすことができていました。

18年に僕が管理職になった頃、役所は深刻な人手不足に陥っていました。関係者の意見を聞きながら方向性を示し、若い人たちに作業をお願いしないといけません。ところが、作業を進める若い人たちが圧倒的に不足していました。新しいアイディアを思いついて、新しい事業をより効果的なものにしようとしたら、行政経験の長い年上の部下に止められたことがありました。「担当者は今でも死ぬほど残業しているのに、これ以上仕事が増えたらパンクしてしまう」と。
部下に、体を壊したり、家庭を崩壊させたりするような働き方を強いることはもちろんできません。組織全体を見わたしてみると、ほかの部署も状況は同じでした。最低限やらないといけない仕事すらこぼれ落ちそうな状況です。このままでは厚労省が崩壊してしまう、という危機感を覚えました。管理職としては、最低限の労力で、とはいえ税金を使っている仕事ですから、国民に怒られないギリギリの及第点を狙うようなマネジメントをするしかありません。
深夜・土日も働いている部下たちをつぶさずに、手がついていない埋もれた仕事がないか常に注意して、不祥事を起こさないようにうまくすり抜けていく。それは、技術的にはできないことではないですし、管理職の役割とも言えるでしょう。ただ、僕にはものすごく我慢が必要なことでした。国民のためにできることがあるのに、諦めなければならないのです。また、うまくこなしていくだけなら、僕みたいな自由な発想で新しいことをやる官僚でなくてもできる人がたくさんいるでしょう。
辞めるのを決意した時、僕は4歳。おそらく、今のペースで動けるのはあと3年くらいでしょう。その間、ずっと我慢をし続け、不祥事を起こさないように、部下をつぶさないように、そろそろとうまくすり抜ける。公務員ですから生活は安定していますし、給料も少しずつは増えていくでしょう。それなりに出世することも可能かもしれません。「でも、そんな人生の意味って何だろう」。そんな思いが、駆け巡るようになりました。
妻に、その思いを打ち明けました。

「このままの人生を送ると後悔すると思う。自由に動ける環境で、自分の能力を最大限使ってもらって社会に貢献したい」
「いいと思う!」

即座に賛成してくれました。僕が自由になることを妨げるものが、全くなくなった瞬間でした。
今になって振り返ってみると、もしかしたら、自分は官僚の仕事や厚労省が大好きだったので、そのままそこにいて、嫌いになりたくなかったのかもしれません。
自分が役所を辞めることについては迷いがなくなりましたが、厳しい状況の中で役所に残って踏ん張っている同僚や後輩たちのことはすごく気になりました。
自分が、これから幹部として厚労省を引っ張って変えていく。自分自身もそういう気持ちを持っていましたし、同僚や後輩たちの中にもそう思ってくれていた人が少なからずいたと思います。
19年8月22日、職場に退官の意思を伝えたあと、心からほっとして体から力が抜け、一日中脱力していました。好きな仕事を、自分のスタイルで楽しくやっていただけのつもりでしたが、思ったより重いものを背負っていたことに気づきました。僕が外部の人と接する時、それが仕事であろうとプライベートであろうと、片時も自分が厚労省の職員であり、官僚だということを忘れたことはありませんでした。相手が初めて官僚に会った、初めて厚労省の人に会ったというケースも珍しくありません。その時に、僕のことを「意外とフランクでいい人だ」と思ってくれるのか、「いやなやつだ」と思われるのかで、その人の厚労省や官僚に対するイメージができ上がってしまうからです。

官僚である僕らの活動や生活は、すべて税金で成り立っています。その税金を払っている皆さんが、僕らのことを「みんなのために働く、信頼できる人だ」と思うような社会の方が幸せですし、よい政策をつくるためには、そういう信頼が必要です。そう思ってきました。道で知らない人とすれ違った時にも、「この人たちはみんな僕のお客さんなんだな」と思いながらずっと生きてきました。
僕の場合は少し極端だったかもしれませんが、多かれ少なかれ公務員はそういう思いを背負っています。退官し、僕自身は、自由になって楽しく社会のために働けるかもしれない。だけど、そうした思いを背負い続けて踏ん張り続ける同僚たちはどうなるのだろうか。退官を心に決めてから、そんな思いにとらわれるようになりました。
厚労省を含め霞が関では、仕事が増え続ける一方で、人員は減り、長時間労働が常態化しています。長時間労働そのものの問題もありますが、より本質的なつらさは、社会の役に立ちたい、この国で暮らしている人たちの生活を少しでもよくしたい、そのための政策をつくれるはずだという思いで官僚になったのに、そういう実感が持てずにいることです。
今の霞が関に必要なのは、昔からの惰性でやっている非効率なやり方を変えて、官僚が働いている時間の多くを、国民のための政策の検討や執行に費やせる環境作りです。それは、官僚の生活を楽にするということではありません。体を壊したり、家庭を壊したりするほど働いている官僚たちは、忙しい部署に配置されている優秀な人たちです。いわゆるキャリア(幹部候補)に限らず、どの職種の人も転職しても十分やっていけます。後輩たち一人ひとりの人生を考えたら、辞めて別の道で家族を大事にしながら仕事をしていくという選択を僕は止めることはしません。

僕が心配しているのは官僚の生活よりも、この国に絶対必要な「政策をつくる」という機能をちゃんと存続できるのかということなのです。国民が困っている時に、解決策を「決める」のは政治家の仕事ですが、その解決策を提案したり、実務に落とし込めるかを考えて、うまく回る仕組みを考えるのは官僚です。どんなに政治家がよい議論をして正しい指示をしても、実務が崩壊すれば国民に政策の効果は届きません。
若手の離職や採用難が深刻化する中、霞が関はもはや崩壊の入り口にさしかかっています。今以上に、霞が関から若手が流出し、国家公務員を志望する学生が減っていけば、霞が関の仕事の質はどんどん落ちていくし、そもそも業務が回らなくなります。そうなれば、国民にも企業にもどんどん迷惑がかかっていく。
新型コロナウイルス対策で、保健所や10万円の特別定額給付金、雇用調整助成金などの給付事務で役所がパンクしたことは記憶に新しいと思います。通常の業務量をはるかに超えた仕事が突然発生して、国も地方自治体も混乱しました。このままでは同じことが、コロナのような未曾有の緊急事態でなくても、この国の役所のあちこちで常態化していきます。

若手が雪崩を打って離職したらもうおしまいです。崩壊するか変わるか。崩壊すると国民に迷惑がかかるので、僕は変える方にかけたいのです。自分の知見、発想、ネットワークなど、持てる力を存分に使って国民の役に立ちたい。そして外側から霞が関の働き方を変えていきたい。それが僕のやりたいことです。

そのためにまず、僕たちも含めて国民みんなで考えて取り組んでいかないといけないのは、霞が関の仕事を徹底的に効率化して、国民の生活と直接関係のない作業を全部やめさせることです。そして、特に若い官僚には、効率化して自由になった時間を使って、もっともっと外部の人と接したり、現場や企業を見に行ったり、最先端の技術を見たり、そういった経験をしてほしいのです。また、異常な長時間労働が改善され、多くの官僚が生活者としての時間を持つようになれば、制度を使う側の気持ちも分かるようになるはずです。
官僚は、制度を使う側である生活者の気持ちを理解し、また制度を運営している現場の人たちや、その受け手である最終的なお客さん。と会って話して実情を知ることによって、初めて自分の作った法案や予算や答弁がどんな結果を生み出すのかをイメージできるようになるのです。しかし、普段、役所にいて会う人というのは、国の役人、地方自治体の役人、国会議員、審議会の委員になっているような有識者、業界団体、記者クラブに所属しているメディアといった限られた人たちです。人の世界観や想像力は、会う人の範囲に限定されてしまいます。人の生活をよくしたい、日本という国をもっとよくしたい、そういう思いを持って官僚になった人間も、いつしか一生懸命働くが故に悪気なく霞が関の論理に染まり、官邸や永田町の怖い国会議員の先生方を向いて仕事をするのが自然になってしまいます。

そもそも、学生時代にたくさん勉強してきて、いわゆるいい学校を出て官僚になっている人間というのは、誤解を恐れずに言えば世間知らずなのです。役所に入ってから、自分が担当している行政分野という窓からこの世界の隅々まで見渡すことができて、やっと世界をフラットに見ることができるようになります。さらに言えば、自分が担当している行政分野と直接関係ない人も納税者ですから、その人たちもみんなお客さんです。よい政策をつくるためには、そのくらいの広い視野を持つことが必要です。
でも、安心してください。彼らは、自由に使える時間さえあれば、もっと勉強したり現場を見に行ったりして、政策立案能力を高めます。自分の仕事が国民の役に立っていると実感すれば、喜んで頑張ります。各省庁の官僚同士がつながり、縦割りを超えて横のつながりを作っていきます。官民の交流ももっと進むでしょう。そう願う若い官僚はたくさんいます。
この本を書くことにしたのは、官僚を本当に国民のために働かせるためにはどうしたらよいか、それを皆さんと一緒に考えて実現していくためのきっかけとしたいからです。霞が関の仕事に最も大きな影響を与える、国会の運営も変えていかないといけません。今まで誰もそれに真剣に取り組んでこなかったと思います。最初は、僕の話を聞いても「必要なことだけど、実現するのは難しいんじゃないか」と半ば諦めている国会議員や官僚がたくさんいました。でも、新聞、雑誌、テレビなどのメディアでも繰り返し伝えていくうちに、同じ思いを持ってくれる人が増えてきています。
長年変わらなかったのだから簡単だとは思っていません。でも、世の中に変えられないことなんて何もないと思います。少しの時間と仲間が必要なだけです。
どうか最後までお付き合いください。そして、「そうだな。自分たちの税金で仕事をしている官僚には、国民のためになることに極力時間を使ってほしいな」。そう思ってくださったら、とても嬉しいです。社会を変える仲間の一人になってください。また、よいアイディアが浮かんだら、編集部や僕のツイッターでもnote(ブログ)でも結構です。お気軽に声をお寄せいただければ望外の喜びです。

千正 康裕 (著)
出版社 : 新潮社 (2020/11/18)、出典:出版社HP

目次

まえがき

第1章 ブラック企業も真っ青な霞が関の実態
〜政策の現場で何が起こっているのか〜

20年前の若手官僚の働き方
1年生は「窓口」に
「余裕」が生み出すコミュニケーション
今の若手官僚の働き方
管理職も幹部も異様な忙しさ
残業代は最低賃金を下回る
なくならないパワハラ
誰もが経験するカスハラ
形ばかりの女性活躍
女性のロールモデルがない
組織にも政策にもマイナス
定年延長が霞が関崩壊の引き金を引く
国会質問の意味
前日夜の質問通告が国会待機と深夜残業の元凶
激増する質問主意書
野党合同ヒアリングで答えられない官僚
目玉政策の後に残る作業
大量のコピー作業と配達に追われる若手

第2章 石を投げれば長期休職者に当たる
〜壊れていく官僚たちと離職の背景〜

誰もが長期休職のリスクを抱える
僕が休職したワケ
「タコ部屋」での生活に突入
ついに限界が来て胃潰瘍に
家族の犠牲と家庭崩壊
切迫早産や流産も
若手が求めているフィードバック
自分の仕事の意味が見えない
世の中は変わっているのに
離職した若手の思い
採用難に直面する霞が関
民間人と自治体職員にもしわ寄せが

第3章 そもそも官僚はなぜ必要なのか
〜民間と大きく違う公務の本質〜

「政策をつくる」という仕事
複雑な調整過程の意味
よい政策をつくるための3つのプロセス
中間組織の弱体化
官邸主導の内実
「これじゃない」政策ができるワケ
民間と公務の本質的な違い
官僚はいつの時代にも必要
霞が関の働き方改革は国民のためのもの
届用主としての視点を
今一番力があるのは間いなく国民

第4章 政策は現場から生まれる
〜政策と人の生活の間〜

初めての法律改正
年金は一番安心できる制度
「未納三兄弟」と「グリーンピア」
法律の先に何があるのか
霞が関の外で国の未来を考える
法律改正の残念な結末
役所の広報が弱い理由
児童虐待が教えてくれたこと
ベーシック・タイズ
NPOが教えてくれた仕事の意味
現場が官像を育てる
山中教授のノーベル賞受賞
最後の法律改正に挑む
母親のがん
いい法律を作れば研究が進む
インドに行ってこい
ミッションの見えない仕事
欧米企業との扱いに差
霞が関より自由な空気
現場を歩いて見つけた政策のタネが芽吹く時
若い女性の問題に注目が
現場のニーズを先取りする

第5章 「できる上司」と「偉い人」が悩みのタネ
〜霞が関の働き方改革の壁〜

スーパーサイヤ人ばかりが引っ張る組織
頻発する不祥事
負のスパイラル
実務を考えない政策決定
やることばかり決定される
事業仕分けのカラクリ
霞が関も年功序列
小泉進次郎議員の評判
国会には逆らえない
重鎮議員の理解がカギ
公務員の美学と沈黙
清潔さを求めすぎると
倒産しないことの難しさ

第6章 本当に官僚を国民のために働かせる方法
〜霞が関への10の提言〜

政府の改革
1. ペーパーレス化の推進
2. テレビ会議の活用
3. チャットなどビジネスツールの活用
4. テレワークの推進
5. 畑雑な手続の簡素化
6. 作業の外注
7. 国家公務員の兼業推進
8. 民間とのパートナーシップ
9. 官僚自身の意識改革
10. 霞が関全体の人員配置の適正化と柔軟化

第7章 本当に国会を国民のために動かす方法
〜永田町への10の提言〜

国会の改革
1. 委員会日程の決定と質問通告時刻の早期化・見える化
2. 質問主意書のルール見直し
3. 公務と関係ない発注の禁止
4. 議員立法は執行体制もセットで
5. 議論の場の効率的な設定
6. 国会、政党の会議や議員レクの対応者の柔軟な設定
7. コミュニケーションのオンライン化
8. 国会の入館証の大幅な増加
9. 国会議員の研修
10. 国会議員と官僚の交流

あとがき

千正 康裕 (著)
出版社 : 新潮社 (2020/11/18)、出典:出版社HP