日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任

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新しい官僚のトリセツ

教科書の様な存在で、まだ実現性が遠いかもと感じる項目も、長期的に向かうべき方向を軸にした抜本的な提言も含め、解説されています。古賀氏による官僚論は正論であり、これからの政治・行政の推移を見ていく上で大いに参考になる一冊です。

古賀 茂明 (著)
出版社 : 集英社 (2020/10/26)、出典:出版社HP

はじめに

2020年9月16日、菅義偉内閣が誕生した。
安倍晋三前総理は数々のスキャンダルで支持率が大きく落ち込んでいたが、辞任表明後は急回復。菅新内閣も7割前後の支持率を得て上々の滑り出しを見せた。突然の総理交代劇により、安倍前内閣の負のイメージは一掃され、「改革」を旗印に掲げる菅新内閣に対して、国民は、なぜか、無条件の信頼を寄せているように見える。
そんな状況を見て私の頭に浮かんだ言葉は、「リセット」。
安倍前内閣で問題となった官邸による官僚支配は、「付度」という言葉に象徴される。森友学園問題で起きた公文書改ざんとこれを強要された職員の自死は、その究極の結果だ。改ざんを強要した財務省幹部は誰ひとり責任を取らないまま、「リセット」されるのか。
新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて繰り出された安倍政権の対策はことごとく後手に回り、遅れて出てきた政策も実施段階で混乱と遅延が続いた。そのひとつの象徴が「アベノマスク」だが、これを考案した経済産業省出身の官邸官僚たちは、最後まで表に顔を出すことなく政権中枢から立ち去った。
官僚に起因する問題、あるいは、官僚の「付度」が生み出したといわれる数々のスキャンダルも、すべて何事もなかったように「リセット」されるのか。

私が経済産業省の現職官僚でありながら、『官僚の責任』(PHP新書)を出版したのは11年7月。同書の中で、私は、「政治主導」を標榜して政権に就いた民主党が、実際には財務省を頂点とする霞が関官僚たちの軍門に下り、天下り改革を大きく後退させたことを批判したが、それは民主党による「政治主導」が失敗したということも意味していた。

あれから9年。12年末に誕生した第2次安倍晋三内閣は、政治家と官僚の関係を大きく変えてしまったように見える。政治主導、なかでも「官邸主導」といわれる政治手法は、官邸側の一方的な「官僚支配」を生み、「付度」によって政治がゆがめられる結果を生んだという疑いも広まった。
菅新政権の誕生でこれらの問題すべてが「リセット」されてしまいそうなのだが、一方で、菅氏は「安倍政治の継承」を宣言している。「(官僚が)反対するのであれば異動してもらう」という発言は、安倍氏の「官僚支配」を受け継ぐという宣言なのかもしれない。

民主党政権の「政治主導」の失敗から安倍内閣の「官邸主導」、そして菅内閣への移行という過程において、官僚と政治の関係はどう変化したのか、また、政権交代を経ても変わらない本質はなんなのか。安倍政権のスキャンダルに必ずといってよいほど、重要なプレイヤーとして登場した「官僚」とはいったいどんな人たちなのか。今井尚哉総理補佐官兼秘書官(当時)を筆頭とした「官邸官僚」とはなんなのか。さまざまなスキャンダルや政策の失敗の陰で、官僚は何をして何をしなかったのか。そして、その理由は何か。さらに菅政権では何が起きると予想されるのか。こうした疑問を持つ人が多いのだろう。最近、これらの問題に関して、マスコミから非常に多くの取材依頼が入る。

本書では、こうした疑問にできるだけわかりやすく答えるために、制度論や問題となった事件の事実関係などに焦点を当てるだけではなく、官僚たちの「人間像」に、より光を当てる形で解説を試みた。それは、マスコミの取材や私が主催しているネットサロンなどでの対話を通じて、生身の人間である官僚の生い立ちや心理状態などの側面に焦点を当てた話をすると、「そういう視点で見たことはなかった」「官僚の人間的な側面がわかって彼らの行動が理解しやすくなった」という反応が来ることが多かったからだ。もちろん、そうした話のほうが読者にとっても「面白く」読めるということも期待している。

300ページを超える「官僚論」と聞いただけで、多くの人は敬遠するかもしれないが、そういう方は、目次の中から面白そうだと思ったところから読み始めていただきたい。例えば、第5章の森友学園問題をめぐる官僚の会話のページなどがおすすめだ。彼らの生態をもっと知りたいという好奇心が湧いてくると思う。

今、私たちは、20年1月に突如として日本を襲った新型コロナウイルス感染症と戦っている。いつ終息するか定かではないこの大禍は、日本社会を根底から揺さぶる「未曽有の危機」だ。しかも、コロナ禍を克服できたとしても「ポストコロナ」の時代に私たちを待ち受ける世界の変化は、凡人の「想像を超える」ものになるといわれる。
ところが、過去の歴史を見ると、日本の官僚は、「未曽有の危機」「想像を超える変化」にめっぽう弱いというのが実態だ。そうだとすれば、危機を乗り切り変化に対応するために新たな政策を提案する役割を担う官僚が、これまでと変わらなければ、アフターコロナ時代の変化に日本の国家が適応し、生き残っていくのは至難の業ということになる。
そう考えると、この混乱期だからこそ、新たな官僚論をまとめて、世に問うことには大きな意義があると思う。

最後にひとつ、触れておきたいことがある。
森友学園問題で公文書の改ざんを強要され、後に自殺された元財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さん。本書執筆中にその手記が公表された。それを読んで、私の心はブルブルと打ち震えた。

(赤木さんは)、同じマンションの方に「私の雇用主は日本国民なんですよ。その日本国民のために仕事ができる国家公務員に誇りを持っています」と話していたそうだ(『私は真実が知りたい」赤木雅子+相澤冬樹〈文藝春秋/28ページ)。これこそ、私たちが求める真の公務員像ではないか。
しかし、公務員の鑑といってもよい赤木俊夫さんが、同じ公務員である財務官僚と検察官僚によって、事実上「殺された」(そう考える理由は第5章)。
そして、公務員を指揮監督する政府のトップにあった安倍前総理も麻生太郎財務相も財務省の佐川宣寿理財局長(当時)も、不正に関わったほかの官僚たちも、見て見ぬふりをしたまま、無罪放免だ。さらに、遺された妻、赤木雅子さんが、「真実を知りたい」と声を上げても、菅新総理は一刀両断に再調査を拒否してしまった。
なんと理不尽なことか。
本文で述べるとおり、赤木さんの件は、決して突然降って湧いた災難ではない。起こるべくして起きたことだ。
だとすれば、第二、第三の赤木さんが生まれてもおかしくない。なぜなら、こうした理不尽なことが起きる仕組みも、それを操る権力者たちもまったく変わらないまま存在し続けるからだ。
赤木俊夫さんの命をかけた告発、そして雅子さんの、これもまた「命がけ」の訴えに報いるためにも、読者の皆さんが、赤木さんご夫妻の気持ちに思いを馳せながら本書を読み進めていただけたら。
それが、私の切なる願いである。

古賀 茂明 (著)
出版社 : 集英社 (2020/10/26)、出典:出版社HP

目次

はじめに

第1章 コロナと官僚
失敗だらけだった安倍政権のコロナ対策
「官邸主導」と「官僚主導」のハイブリッド
習近平ファーストで「外交の安倍」ブランドを守ろうとした
「五輪ファースト」で夢を追った安倍前総理
小池都知事の「五輪ファースト」
コロナ対策予算ゼロの悲劇
初動ミスの原因は「日の丸信仰」?
それでも日本はかたくなに韓国との協力を拒み続けた
医師からの警告「政府は俺たちを見限ったぞ!」
「アベノマスク」大失敗の理由
「アベノマスク」はこう発表するべきだった
補正予算は「2軍予算」
“官僚任せ”が招いた「10万円一律給付」のグダグダ
なぜ「星野源さん便乗動画」は炎上したのか?
突然の「一斉休校」要請はアメリカのテレビドラマの影響?
議事録は改ざんされる——会議はネット生配信を原則にすべし
コロナ禍で露呈した日本のデジタル後進性
官僚たちの行動は不思議なことだらけ

第2章 官僚とは何か
「官僚は優秀」という神話
「青雲の志」も神話
官僚の3類型——絶滅危惧種は「消防士」タイプ
官僚の性弱説——官僚は極悪人でも聖人君子でもない
「弱い人の集団」がしでかす、とんでもないこと
赤木俊夫さんは消防士タイプ
偉くなるのは、”ヒラメ”か”強面”か
「天下り」こそ官僚の命
天下りを差配する官房長の苦労
天下り”闇ルート”は今も健在
「天下り潰し」は反逆罪!?
「俺は寂しいよ」と言った局長
2年で異動する官僚にファンドをやらせると……
団体を設置、延命する官僚の手練手管
現役出向という奇策にNOと言った大臣
民主党政権時代に生まれた、もうひとつの天下り術
急増する「凡人型」の官僚

第3章 官僚と政治家
政治家は国民に、官僚は官僚に選ばれる
キャリア官僚に丸投げすると……
キャリア上司はすぐに異動する
安倍政権のパフォーマンスを見抜いた官僚たちの「逆付度」
内閣人事局はフル稼働させるべき
財務省が政治家に強いワケ
副大臣の屈辱。走馬灯のように駆け巡った「過少申告」の文字
朝食勉強会で官僚の論理に染まる政治家たち
「政策通」か「変人」かは官僚が決める
国会質問デビューは官僚の演出
陳情対応でわかる「デキる官僚」と「ダメ官僚」

第4章 官僚主導、官邸主導、独裁
民主党が失敗した官邸主導
小泉政権と安倍政権の官邸主導
空洞化していた大臣の人事権
内閣人事局をめぐる官僚との大バトル
官僚支配のために繰り出した秘策
安倍前総理が必要としたのは「自分のための官僚機構」だった
内閣人事局は官僚たちに政権との力関係を示すシンボル
官僚の劣化に見る「独裁政権」誕生のリスク
菅政権で官僚組織の再生はできるのか

第5章 森友と加計忖度への報酬と、その犠牲者
なぜ今、「森友」と「加計」なのか?
「官僚の会話」迫田理財局長と総理秘書官
「官僚の会話」佐川理財局長と事務次官
「官僚の会話」佐川理財局長と総理秘書官
森友文書改ざん発覚と職員自殺で追い詰められた佐川氏の心境
赤木さんが「殺された」と考えるわけ
安倍前総理への恐怖心と菅新総理の官僚支配への予感
「官僚格差」と「忖度の連鎖」
「強力なリーダーシップ」と「恐怖政治」の違い
柳瀬元総理秘書官の“気の毒な”立場
収賄疑惑をもみ消すために
報われなかった柳瀬氏の”命がけの付度”
役人の付度には色があり、報酬も特殊だ

第6章 官僚とマスコミ
官僚に使われる記者クラブのサラリーマンたち
官僚に使われる記者クラブ=大手マスコミ
インテリ記者の方がだまされやすい
財務省・福田次官のセクハラ事件は記者クラブが生んだ
菅義偉氏の”女性記者”イジメを官邸官僚と記者クラブが共同でサポート
「政府の言うことも信用してあげないと」と言った若手記者
アメとムチを使い分けてマスコミを操作する
守旧政治を抑え込む改革派官僚のマスコミ戦略
ダイエー再生で活躍したのは新聞・テレビではなく週刊誌
「取材しない、英語ができない、訂正しない」記者たちによる誤報「TAG」
実質賃金大幅マイナスを報じさせなかった官僚の技
基礎知識のない記者が日産と経産省に操られた「ゴーン事件」
先進国標準のマスコミを持たない日本の悲劇
対役所における、マスコミのあるべき姿とは
改革派官僚が頼りにするメディアとは
勉強と取材で官僚を超える記者はいるのか
サラリーマン記者が社会をダメにする
「サラリーマン」と「記者クラブ」という最悪の組み合わせ
テレビ局の報道を崩壊させるダメトップの介入
「放送法」という伝家の宝刀の威力
放送法4条撤廃議論の裏にある官僚の思惑は?
軽減税率は何度でも”使える”

第7章 官僚と公文書
「秘密だから出せません」で納得するな
公文書に関する官僚の4つの哲学
文書にこだわる官僚の性
前例にすがる官僚たち
官僚の公文書公開に関する6原則
「個人メモ」ほど「便利」なものはない
政権に不都合な文言を隠すためのガイドライン”改正”
大臣日程は「超危険文書」だから即日廃棄したことにする
特定秘密保護法による公文書隠しは、気軽に戦争判断を下す道を開いた
情報公開こそ国民の生命を守る王道
監視審査会は政府の特定秘密の運用にお墨付きを与えるだけの機関
すべての文書、メールの”とりあえず”保存義務を
審議会、研究会、有識者会議はネット生配信を
記録は廃棄前に公開義務を
情報公開の例外を限定する
「率直な意見交換」という名の「とんでもない悪巧み」
内部告発窓口を日弁連に委託せよ
政府が絶対に導入したくない「インカメラ」とは

第8章 経産省解体論ポストコロナに向けた緊急提言
コロナの専門家会議はガラス張りに
「DX省」創設を急げ
菅総理の「デジタル庁」構想は役人の作文
グリーンリカバリーのための資源エネルギー庁解体
経産省の産業部門+農水省=「産業省」
「日本版USTR」創設
分散革命を自治体主導で
内閣人事局があってもバランスが取れる官僚システムをDX省で
不正の告発に命をかけなくてもよい仕組みを
弱い官僚は監視が恐い

おわりに

古賀 茂明 (著)
出版社 : 集英社 (2020/10/26)、出典:出版社HP