【最新】NETFLIXの経営について学ぶためのおすすめ本 – 企業文化から人事戦略まで

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NETFLIXはなぜ急成長を遂げ、成功をおさめることができたのか?

Netflixは世界最大のストリーミングサービス企業です。ここ数年で急激に成長を遂げ、IT企業として成功をおさめました。Netflixはなぜここまで急成長を遂げることができたのでしょうか。ここでは、Netflixの企業文化や人事戦略、創業者の物語など、Netflixの成功の裏側を学ぶことのできる本をご紹介します。

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出典:出版社HP

NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX

経営者が読むべき1冊

なぜネットフリックスは世界の変化に対応することができたのか。それは、プロセスより社員を重視する、効率よりイノベーションを重んじる、そしてほとんど制約のないカルチャーです。本書では、それぞれの組織ならではの「自由と責任」のカルチャーを醸成するにはどうすれば良いのか、ネットフリックスをモデルにしながら考えていきます。

リード・ヘイスティングス (著), エリン・メイヤー (著), 土方 奈美 (翻訳)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/10/22)、出典:出版社HP

Contents

はじめに

Section1 「自由と責任」のカルチャーへの第一歩
第1章 最高の職場=最高の同僚
第2章 本音を語る(前向きな意図をもって)
第3a章 休暇規程を撤廃する
第3b章 出張旅費と経費の承認プロセスを廃止する

Section2 「自由と責任」のカルチャーへの次の一歩
第4章 個人における最高水準の報酬を払う
第5章 情報はオープンに共有
第6章 意思決定にかかわる承認を一切不要にする

Section3 「自由と責任」のカルチャーの強化
第7章 キーパーテスト
第8章 フィードパック・サークル
第9章 コントロールではなくコンテキストを

Section4 グローバル企業への道
第10章 すべてのサービスを世界へ!

結び
謝辞
参考文献

はじめに

「ブロックバスターはぼくらの1000倍もデカいんだぜ」
2000年初頭。テキサス州ダラスのルネッサンスタワーのみ階で、私はだだっ広い会議室に足を踏み入れながらマーク・ランドルフに耳打ちした。そこはホームエンタテインメント業界の雄、ブロックバスターの本社で、当時の同社は年商億ドル、世界中に9000店近いレンタルビデオ店を展開していた。
ブロックバスターのCEO、ジョン・アンティオーコはやり手経営者として知られていた。超高速インターネットの普及で業界が激変するであろうこともよくわかっており、私たちを丁重に迎えてくれた。品の良いあごひげをたくわえ、高級スーツに身を包み、悠々としていた。
それに引き換え、私は心底ちぢみあがっていた。マークと2人で2年前に立ち上げたちっぽけなベンチャーは、ウェブサイト経由でDVDレンタルの注文を受け、郵送するサービスをしていた。社員は100人、会員はわずか10万人。事業は順調とはいえず、その年だけで損失は5700万ドルに膨らむ見通しだった。なんとかブロックバスターと手を組みたいと、何カ月もアンティオーコに連絡を取り続けた末にやっと実現した面談だった。
私たちは特大のガラステーブルを囲んだ。しばらく世間話をしたあと、マークと私は本題に入った。ブロックバスターがネットフリックスを買収してくれれば、オンライン・ビデオレンタル部門の「ブロックバスター・ドットコム」を立ち上げて運営する、という申し出だ。アンティオーコは熱心に耳を傾け、何度もうなずいてから、こう尋ねた。「それでブロックバスターはネットフリックスにいくら払えばいいんだい?」。だが5000万ドルというこちらのオファーを聞くと、アンティオーコはきっぱり断った。マークと私はしょんぼりと会議室を後にした。
その晩ベッドに入って目をつむると、ブロックバスターの6万人の社員が、私たちのバカげたオファーに爆笑する場面が浮かんできた。アンティオーコが興味を示さなかったのも当然だ。何百万人もの顧客、莫大な売上、有能なCEO、家庭用レンタルビデオの代名詞のようなブランドを有する大企業のブロックバスターが、ネットフリックスのような危なっかしいベンチャー企業に興味を持つはずがない。ブロックバスターが自前でやる以上にネットフリックスがうまくできることなどあるだろうか。
だが世界は少しずつ変化していった。そしてネットフリックスは生き延び、成長していった。アンティオーコとの面談から2年後の2002年には株式を上場した。ネットフリックスは成長していたが、ブロックバスターはまだ100倍も大きく(0億ドル55000万ドル)、しかも当時メディア企業として世界最大の時価総額を誇っていたバイアコムの傘下にあった。だが2010年には破産に追い込まれた。2019年の時点では「ブロックバスター」のレンタルビデオ店はオレゴン州ベンドにたった1店舗残っているだけだ。DVDレンタルからストリーミングへという時代の変化に適応できなかったのだ。2019年はネットフリックスにとって記念すべき年となった。自ら制作した映画『ROMA/ローマ」がアカデミー賞作品賞など10部門にノミネートされ、3部門でオスカーを獲得した。アルフォンソ・キュアロン監督のすばらしい快挙によって、ネットフリックスは押しも押されもせぬ本格的なエンタテインメント企業となった。そのずっと前に私たちは郵送DVDレンタルから、世界190カ国で1億6700万人の会員を擁するインターネット・ストリーミングサービスに転換し、さらには世界中で独自のテレビ番組や映画を制作するようになっていた。ションダ・ライムズ、コーエン兄弟、マーティン・スコセッシなど、世界で最も才能溢れるクリエイターたちと一緒に仕事をする機会にも恵まれた。ユーザーがすばらしい物語を楽しむための、まったく新しい手段を生み出した。それはときとしてさまざまな壁を打ち破り、人生を豊かにする力を持つ。
「なぜこうなったんだ」とよく聞かれる。なぜネットフリックスは何度も世界の変化に対応することができたのに、ブロックバスターにはそれができなかったのか、と。私たちがダラスを訪れたあの日、ブロックバスターには最高のカードが揃っていた。ブランド、影響力、経営資源、そしてビジョンだ。ネットフリックスなど敵ではなかった。
しかしあのときは私にもわかっていなかったのだが、ネットフリックスにあって、ブロックバスターにはないものがひとつだけあった。プロセス(手続き)より社員を重視する、効率よりイノベーションを重んじる、そしてほとんど制約のないカルチャーである。私たちのカルチャーは「能力密度」を高めて最高のパフォーマンスを達成すること、そして社員にコントロール(規則)ではなくコンテキスト(条件)を伝えることを最優先している。そのおかげでネットフリックスは着実に成長し、自らをとりまく世界と社員のニーズ変化に応じて変化することができた。
ネットフリックスは特別な会社だ。そこには「脱ルール」のカルチャーがある。

風変わりなネットフリックス文化

カルチャーというのは、曖昧な言葉と不完全でどうとでも取れるような定義に満ち溢れた世界だ。そのうえ明文化された企業のモットーが、実際にそこで働く人々の行動と一致していることはめったにない。ポスターやアニュアルレポートに書かれた気の利いたスローガンは往々にして、空虚な言葉の羅列に過ぎない。
とあるアメリカ有数の大企業は、本社ロビーに会社のモットーを誇らしげに掲示していた。「誠実さ。コミュニケーション。他者への敬意。卓越性」。その会社とはエンロンである。経営破綻によって産業史上最悪の不正経理や不正行為が明るみに出るまさにそのときまで、この高邁な理念を掲げていた。
一方ネットフリックス・カルチャーは、その実態を赤裸々に語っていることで有名である(良い意味か、悪い意味かは判断の分かれるところだが)。「ネットフリックス・カルチャー・デック」と呼ばれる127枚のスライドは、当初は社内で使うために作成されたが、2009年にリードがネット上で一般公開して以降、数百万人のビジネスパーソンの注目を集めてきた。フェイスブックC00(最高執行責任者)のシェリル・サンドバーグは、これを「シリコンバレーで生まれた最高の文書」と評したとされる。私はネットフリックス・カルチャー・デックの率直さが大好きだが、その内容は大嫌いだ。

その理由を説明するために、サンプルをお見せしよう(次ページ)。

リード・ヘイスティングス (著), エリン・メイヤー (著), 土方 奈美 (翻訳)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/10/22)、出典:出版社HP

Like every company, we try to hire well
ほかの会社と同じようにわれわれも優秀な人材の採用に努める
Unlike many companies, we practice: adequate performance gets a generous severance package
ほかの会社と違ってわれわれは並みの成果には十分な退職金を払う

The other people should get a generous severance now, so we can open a slot to try to find a star for that role
The Keeper Test Managers Use: Which of my people, if they told me they were leaving, for a similar job at a peer company, would I fight hard to keep at Netflix?
スター以外には即座に十分な退職金を払い、スターを採用するためのスペースを空ける
マネージャーが使うべき「キーパーテスト」:「ネットフリックスを退社して同業他社の同じような仕事に転職する」と言ってきたら必死に引き留めるのはどの部下か?

懸命に働いているのに圧倒的成果を出せない社員をクビにすることが道徳的にどうかという問題はさておき、スライドは最悪のマネジメントを映し出しているように思えた。ハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・エドモンドソンが2018年の著書『恐れなき組織(The Fearless Organization)』[未邦訳」で提唱した、「心理的安全性」の原則に反している。エドモンドソンはイノベーションを促したければ、社員が安心して壮大な夢を描き、意見を言い、リスクのとれる環境を生み出さなければならないと指摘している。安全な雰囲気があるほど、イノベーションは活発になるというわけだ。
ネットフリックスではおそらく誰もこの本を読んでいないのだろう。最高の人材を採用し、圧倒的成果を挙げられなければ「十分な退職金を与えられて」捨てられるという恐怖を植えつけるというのは、イノベーションの芽を摘もうとしているとしか思えない。
もうひとつ、別のスライドを見てみよう。

Netflix Vacation Policy and Tracking
“there is no policy or tracking”
There is also no clothing policy at Netflix, but no one comes to work naked
Lesson: you don’t need policies for everything
ネットフリックスの休暇規程と追跡
「規程も追跡も一切なし」ネットフリックスには服装規程もないが、誰も裸で出社しない
教訓:あらゆることに規程が必要なわけではない

社員の休暇日数を指定しないというのは一見、無責任に思える。それでは誰も休暇を取ろうとせず、奴隷のように働かされるだけではないか。しかもそれを社員にとって好ましい特典であるかのように言うなんて、どういうことか。
休暇を取得する社員は幸福度が高く、仕事を楽しみ、生産性も高いとされる。それにもかかわらず休暇の取得に消極的な労働者は多い。求人クチコミサイトのグラスドアが2017年に実施した調査では、アメリカの労働者は与えられた休暇日数の5%しか消化していないことがわかった。
休暇日数を指定しなければ、社員はますます休暇を取得しなくなるだろう。心理学者は「損失回避性」という行動バイアスの存在を明らかにしている。人は新たに何かを得ることより、すでに持っているものを失うことのほうを嫌がる。何かを失いそうになると、それを避けるためにあらゆる手を尽くす。休暇を取得するのは、その権利を失うのが嫌だからだ。
はじめから休暇日数を示されていなければ、失うおそれもないわけで、まったく休暇を取らなくなる可能性が高い。多くの会社が採り入れている「取得しなければ失効する」というルールは、一見社員に制約を課すようだが、実は休暇の取得を奨励する効果がある。あと1枚、スライドをお見せしよう。

Honesty Always
As a leader, no one in your group should be materially surprised of your views
常に正直にリーダーとして、部下があなたの意見を聞いて寝耳に水だと思うようなことがあってはならない

もちろん、秘密や嘘が蔓延している職場が良いと思う人はいない。しかし率直に意見を言うより、空気を読んだほうが良いときもある。たとえば壁にぶつかっている同僚のやる気を引き出したり、自信を取り戻させたりするときだ。「正直さが必要なときもある」なら誰もが賛成だろうが、「常に正直」であることを求められると、人間関係はめちゃくちゃになり、モチベーションは低下し、職場の雰囲気は居心地が悪くなりそうだ。
私にはネットフリックス・カルチャー・デックは全体として、あまりにマッチョ的で、過度に対立を煽り、きわめて攻撃的なものに思えた。いかにも人間の本質を機械的かつ合理的にとらえるエンジニアが創った会社、というイメージだ。それにもかかわらず、どうにも否定できない厳然たる事実がある。

ネットフリックスは圧倒的に成功している

ネットフリックスが上場してから7年後の2019年までに、株価は1ドルから350ドルに上昇した。同じタイミングでS&P500かナスダック指数に1ドルを投資しても、3~4ドルにしかなっていない。
ネットフリックスに夢中になっているのは株式市場だけではない。消費者も批評家もネットフリックスが大好きだ。『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』や『ザ・クラウン』などのオリジナル・コンテンツはここ10年を代表する人気作品となり、『ストレンジャー・シングス未知の世界』はテレビ番組として世界最多の視聴者を集めているとされる。スペインの『エリート』、ドイツの『ダーク』、トルコの『ラスト・プロテクター』、インドの『聖なるゲーム』など英語以外の言語で制作された番組は、それぞれの国でドラマへの期待値を上げ、新たな国際スターを生み出した。アメリカではここ数年でネットフリックス作品がエミー賞に計300回ノミネートされ、複数のアカデミー賞も獲得した。さらにゴールデン・グローブ賞ではあらゆるテレビ局やストリーミングサービスを上回る7回のノミネートを受け、コンサルティング会社レピュテーション・インスティテュートが毎年発表する「アメリカで最も評価の高い企業ランキング」で1位を獲得した。
社員もネットフリックスが大好きだ。テクノロジー系人材のマーケットプレイス・サイトであるハイアードが

2018年に実施した調査では、グーグル(2位)、イーロン・マスク率いるテスラ(3位)、アップル(6位)などを上回り、ネットフリックスが最も働きたい会社に選ばれた。同じ年、報酬やキャリアに関するサイトを運営するコンパラブリーが、アメリカの大企業4万5000社で働く500万人以上を対象に、社員の幸福度を調べた。そこでは数千社を抑えてネットフリックスが第2位に選ばれた(第1位はマサチューセッツ州ケンブリッジのソフトウエア会社、ハブスポット)。
とりわけ興味深いのは、自らの業界が変化すると経営が傾く企業が多いなかで、ネットフリックスはわずか5年のあいだに4回ものエンタテインメント業界と事業内容の大きな変化にうまく対応したという事実だ。
・郵送DVDレンタル事業から、古いテレビ番組や映画のインターネット・ストリーミングへ。
・古いコンテンツのストリーミングから、外部スタジオが新たに制作した独自コンテンツの配信へ(「ハウス・オブ・カード野望の階段」など)。
・外部スタジオ制作のコンテンツをライセンス配信する状態から、社内スタジオを立ち上げて数々の賞を受賞するほどのテレビ番組や映画を制作する体制へ(「ストレンジャー・シングス未知の世界」「ペーパー・ハウス」「バスターのバラード」など)。
・アメリカだけの企業から、世界190カ国のユーザーを楽しませるグローバル企業へ。
稀に見る成功というレベルではない。まさに驚異的である。2010年に破綻したブロックバスターとは違う、何か特別なことがネットフリックスで起きていたのは間違いない。

新しいタイプの職場

ブロックバスターは決してめずらしい例ではない。業界が変化すると、そこに身を置く大多数の会社は潰れる。コダックは写真が紙焼きからデジタルへと変化したのに適応できな買った。ノキアは携帯電話からスマートフォンへの変化に適応できなかった。AOLはインターネットのダイアルアップからブロードバンドへの変化に適応できなかった。私自身が最初に興した会社「ピュア・ソフトウエア」も業界の変化に適応できなかった。それはイノベーションを生み出し、柔軟性を持つようにカルチャーが最適化されていなかったからだ。
私は1991年にピュア・ソフトウエアを創業した。最初はすばらしいカルチャーを持っていたと思う。ほんの十数人でまったく新しい製品を創り出す日々は最高に楽しかった。起業家精神あふれる小さなベンチャー企業のご多分に漏れず、社員の行動を縛るようなルールはほとんどなかった。マーケティング担当者が「自宅のダイニングルームだと好きなときにシリアルが食べられるので頭がよく働く」という理由で在宅ワークを決めたときも、経営陣から許可を得る必要はなかった。設備担当者がオフィスデポで激安で売っていたヒョウ柄のオフィスチェアを1個買おうと決めたときも、CFO(最高財務責任者)の決裁をあおぐ必要はなかった。
しばらくしてピュア・ソフトウエアは成長しはじめた。新たな社員が増えると、そのうち何人かがバカなミスをして、それが失敗につながり、会社に余計なコストが発生するということが起きた。そのたびに私は再発を防ぐために新しいプロセスを採り入れた。たとえばマシューというセールス担当者が、見込み客と会うためにワシントンDCに出張した。その客が5つ星のウィラード・インターコンチネンタル・ワシントンに泊まっていたので、マシューも同じホテルに部屋を取った。1泊700ドルもする部屋だ。その事実を知ったときには猛烈に腹が立った。そこで人事部門の担当者に出張規程を作らせ、社員が出張するときに航空券、食事、ホテルに使ってよい限度額を設定し、それを上回る場合は管理職の承認が必要ということにした。
また財務担当のシーラは黒いプードル犬を飼っていて、ときどき職場に連れてきていた。ある日、私が出勤すると、会議室に敷いてあったカーペットに大きな穴が開いていた。プードル犬の仕業だ。カーペットの買い替えにも相当な費用がかかった。そこで新たなルールを作った。「人事部門の特別な許可がないかぎり、職場への犬の同伴は禁止」
ピュア・ソフトウエアではルールや管理手続きが山のようにでき、決められたルールのなかでうまくやっていける者が出世する一方、クリエイティブな一匹狼タイプは息が詰まり、会社を辞めていった。そうした人材が会社を去るのは残念だったが、会社が成長する時期には仕方がないことだと自分に言い聞かせた。
するとふたつのことが起きた。まず会社は迅速にイノベーションを生み出せなくなった。業務の効率は高まったが、クリエイティビティは低下していったのだ。成長するためにはイノベーティブな製品を生み出している会社を買収しなければならなくなった。それによって会社はますます複雑になり、ルールや手続きがますます増えていった。
わる必要があった。しかし新しい発想や速く変化することより、プロセスに従うことが得意な人材を選び、そのような職場環境を整えてきたために、変化に適応することができなかった。こうして1997年、ピュア・ソフトウエアは最大のライバルに身売りした。
次に創業したネットフリックスでは、ミスを防ぎ、ルールに従うことより、柔軟性や自由やイノベーションを重視したいと考えた。その一方で会社が成長する段階では、ルールや管理プロセスがなければ組織がカオスに陥ることもわかっていた。
ネットフリックスは何年にもわたって試行錯誤を繰り返し、徐々に進化していき、ようやく正しいアプローチを探り当てた。社員に守るべきプロセスを与えれば、自らの判断力を働かせて考える機会を奪ってしまう。そうではなく自由を与えれば、質の高い判断ができるようになり、説明責任を果たすようになる。それによって社員の幸福度や意欲は高まり、会社も機敏になる。ただし社員の自由度をそこまで高くするためには、まず土台としてふたつの要素を強化しなければならない。

「+」能力密度を高める

一般的に企業がルールや管理プロセスを設けるのは、社員のだらしない行為、職業人にふさわしくない行為、あるいは無責任な行為を防ぐためだ。だがそもそもそのような行為を働く人材を採用せず、会社から排除できれば、ルールは必要なくなる。優秀な人材で組織をつくれば、コントロールの大部分は不要になる。能力密度が高いほど、社員に大きな自由を与えることができる。

「+」率直さを高める

優秀な人材はお互いからとても多くを学ぶことができる。しかし常識的な礼儀作法に従っていると、互いのパフォーマンスを新たな次元に引き上げるのに必要なフィードバックをできなくなる。有能な社員が当たり前のようにフィードバックをするようになると、全員のパフォーマンスの質が高まるとともにお互いに対して暗黙の責任を負うようになり、従来型のルールはますます不要になる。

このふたつの要素が整ったら、次は…

「-」コントロールを減らす

まず社内規程の不要なページを破り捨てるところから始めよう。出張規程、経費規程、休暇規程はすべて廃止していい。その後、社内の能力密度が高まり、フィードバックが頻繁かつ率直に行われるようになったら、組織の承認プロセスはすべて廃止してもいい。そして管理職には「コントロールではなくコンテキストによるリーダーシップ」という原則を教え、社員には「上司を喜ばせようとするな」といった指針を与える。
ありがたいことに、このようなカルチャーが醸成されてくると好循環が生まれる。コントロールを撤廃することで「フリーダム&レスポンシビリティ(自由と責任)」のカルチャーが生まれる(これはネットフリックス社員が頻繁に口にする言葉で、略して「F&R」と言われることも多い)。それが一流の人材を引き寄せ、さらにコントロールを撤廃することが可能になる。そうしたことが積み重なると、他の会社がおよそ太刀打ちできないようなスピード感とイノベーションが生まれる。しかし一度の挑戦でこのレベルに到達できるわけではない。
本書の第1~9章ではここに挙げた3つのステップを、3サイクル繰り返す方法を説明していく。1サイクルでひとつのセクションとなる。第1章では、ネットフリックス・カルチャーを、固有の文化を持つさまざまな国に持ち込んだときの経験を描いている。グローバル企業に脱皮するなかで、私たちはとても重要な、そしてとても興味深い新たな課題に直面することになった。
もちろんあらゆる実験的プロジェクトには成功と失敗の両方がつきものだ。ネットフリックスの現実は(現実というものはたいていそうだが)、ここに示した図のような単純なものではない。本書の執筆に、ネットフリックス・カルチャーを外部の視点で分析してくれる助っ人の手を借りたのはそのためだ。公平な専門家の目で社内を見て、ネットフリックス・カルチャーが実際には日々どのように機能しているかをしっかり見てもらいたいと思ったのだ。

第1段階
有能な人材だけを集めて能力密度を高める
フィードバックを促し率直さを高める
休暇、出張、支出に関する規程などコントロールを撤廃していく
第2段階
個人における最高水準の報酬を払い能力密度を一段と高める
組織の透明性を強化して率直さをさらに高める
意思決定の承認を不要とするなど
もっと多くのコントロールを廃止していく
第3段階
キーパーテストを実施して能力密度を最大限高める
フィードバック・サイクルを生み出し率直さを最大限高める
コンテキストによるマネジメントでコントロールをほぼ撤廃する

そこで頭に浮かんだのが、ちょうど読み終えたばかりだった『異文化理解力」の著者、エリン・メイヤーだった。パリ郊外のビジネススクール、INSEADの教授で、最近世界で最も影響力のある経営思想家の1人として「経営思想家ベスト(Thinkers50)」にも選出された。ハーパード・ビジネス・レビュー誌などには職場における文化的差異についての研究成果を頻繁に寄稿している。著書を読み、私より1年あとにアメリカ政府が運営するボランティア組織「平和部隊」からアフリカ南部のスワジランド[現・エスワティニ」に派遣され、教師をしていたことも知った。そこで私はエリンにメッセージを送った。
2015年2月、私はハフィントンポストで「ネットフリックスが成功する理由社員を大人として扱う」と。題する記事を読んだ。内容はこんな具合だ。
ネットフリックスは社員には優れた判断力が備わっているという前提に基づいている。(中略)そしてプロセスではなく判断力こそが、明確な答えのない問題を解くカギだと考えている。
ただ裏を返せば、(中略)社員はとてつもなく高いレベルの成果を出すことが期待されるということだ。それができなければすぐに出口を示される(十分な退職金付きで)。
私はとても興味をひかれた。そんな方法で現実に成功している組織とはどんなものだろう。適切なプロセスが設定されていなければ、組織は大混乱に陥るはずだ。そして圧倒的成果を出せない社員が退出を迫られるなら、社内には恐怖心が蔓延するだろう。

そのほんの数カ月後のある朝、受信ボックスに次のようなメールが入っていた。
送信者:リード・ヘイスティングス
日付:2015年5月3日

件名:平和部隊と御著書についてエリンさん、私も平和部隊スワジランドのメンバーでした(1983~1985年)。いまはネットフリックスのCE0です。御著書、すばらしいと思ったので、社内の全リーダーに読ませています。いつかコーヒーでもご一緒しませんか。パリには頻繁に行っています。世間は狭いですね!
リード

こうしてリードと私は出会った。そしてネットフリックス・カルチャーがどのようなものか直接知るために社員にインタビューをして、一緒に本を書くためのデータを集めてみないか、と提案された。それは心理学、経営学、そして人間行動にかかわるあらゆる常識の真逆を行くカルチャーを持つ企業がなぜこれほどすばらしい成果を挙げているのか、明らかにするチャンスだった。
私はシリコンバレー、ハリウッド、サンパウロ、アムステルダム、シンガポール、そして東京で、ネットフリックスの現役社員と元社員に合計200回以上のインタビューをした。対象者は経営幹部から事務部門のアシスタントまで、すべての階層におよんだ。ネットフリックスは一般的に匿名による発言を良しとしないが、私はすべての社員に匿名でインタビューを受けるという選択肢を与えるべきだと主張した。その結果、匿名を選択した社員は本書に仮名で登場している。しかし「常に正直であれ」というカルチャーを反映してか、多くの関係者が実名で、自分やネットフリックスについてびっくりするような話や、ときには否定的な意見やエピソードを堂々
と語ってくれた。

「点と点を結びつける」方法を変えてみる

スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学卒業式での有名なスピーチで、こう語った。「先を見通して点と点を結びつけることはできない。点と点は後から振り返って初めて、結びつくものだ。だから、いずれどうにかして点はつながるのだと信じなければならない。自分の直感、運命、人生、カルマなど、何でもいい。何かを信じるんだ。私の場合、この方法でずっとうまくやってきたし、それは人生に大きな違いをもたらしてくれた」
これはジョブズだけの考えではない。ヴァージン・グループ創業者、リチャード・ブランソンのモットーは「ABCD(「Always Be Connecting the Dots. (常に点と点をつなげ)」)だとされる。またデビッド・ブライヤーとファスト・カンパニー誌は、私たちそれぞれの人生の点と点をつなげる方法が、現実をどう見るか、ひいてはどのような意思決定を下し、結論を導き出すかを決定づけることを示す、すばらしい動画を発表している。
大切なのは、常識的な点と点を結びつける方法に疑問を持つことだ。たいていの組織では、社員は周囲と同じやり方、これまで正しいとされてきたやり方で点と点を結びつけようとする。それが「現状維持」につながる。だがある日、誰かがまったく違うやり方で点と点を結びつけてみせると、人々の世界に対する見方はがらりと変わる。
それこそまさにネットフリックスで起きたことだ。リードはピュア・ソフトウエアで失敗したからといって、初めからまったく新しいエコシステムを創ろうとしたわけではない。ただ組織の柔軟性を高めようとしただけだ。その後起きたいくつかのことをきっかけに、カルチャーにまつわる点と点をそれまでとは違う方法で結びつけるようになった。さまざまな要素が少しずつ融合していくなかで、ネットフリックス・カルチャーの何が成功の原動力となったのか、少しずつわかってきた(やはり後から振り返って初めてわかったのだが)。
本書では章を追うごとに、新たな点と点を結びつけていく。それは実際にネットフリックスが発見した順番になっている。さらにそうした気づきがいまのネットフリックスの職場環境にどう反映されているのか、この間私たちが何を学んできたのか、そしてみなさんの組織ならではの「自由と責任」のカルチャーを醸成するにはどうすればよいのか、一緒に考えていこう。

リード・ヘイスティングス (著), エリン・メイヤー (著), 土方 奈美 (翻訳)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/10/22)、出典:出版社HP

NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く

ビジネスパーソン必読

スタートアップから巨大ビジネスまで、どんな企業も優れた適応力を身につけなければ、ライバル企業にイノベーションで先を越されてしまいます。本書は、著者がネットフリックスで学んだ教訓や、生み出した原則や手法を紹介し、ネットフリックスの成功を支えてきた、俊敏なハイパフォーマンス文化を形成するための方法を説明していきます。

パティ・マッコード (著), 櫻井祐子 (翻訳)
出版社 : 光文社 (2018/8/17)、出典:出版社HP

初めて知った真のリーダー、父に捧ぐ

目次

序章 新しい働き方
―自由と責任の文化を育む
人にはもともと力がある。それをとり上げてはいけない、人の力を解き放て/自由と責任の規律

第1章 成功に貢献することが最大のモチベーション
―従業員を大人として扱う
優れたチームは嬉々として挑戦に立ち向かう/迅速でなければ、思いがけないニーズやチャンスに対応できない/光明が見えた

第2章 従業員一人ひとりが事業を理解する
―課題が何であるかをつねに伝える
人は仕事に娯楽を求めない、学びたいのだ/コミュニケーションのハートビート/コミュニケーションは双方向で(どんなレベルの従業員も事業を理解することができる/飲み会よりも、事業や顧客について学ぶ機会を提供しよう/継続する

第3章 人はうそやごまかしを嫌う
―徹底的に正直になる
それ直接いったの?/人は批判を歓迎するようになる/フィードバックの与え方を練習しよう/上司が模範を示せば部下もそれをまねる/フィードバックのしくみを設ける/全員が事業に関する問題についても知る権利がある/まちがいを素直に認めればよりよいインプットが得られる/オープンな共有は歴史の書き換えを難しくする/匿名調査が発する矛盾したメッセージ

第4章 議論を活発にする
―意見を育み、事実に基づいて議論を行う
根拠に基づく意見をもとう/データ自体には何の意見もない/見栄えはよいが中身のないデータに注意/事業のため、顧客のための議論に徹する/私心のない人という評判を得よう/自分のやりたい議論を企画する

第5章 未来の理想の会社を今からつくり始める
―徹底して未来に目を向ける
頭数をそろえればよいというものではない、今のチームがこの先必要なチームになると期待してはいけない/6か月先を考える/会社はチームであって家族ではない/昇進させることが正解とは限らない/スタートアップ創業者の目線で考える/ノスタルジアは危険な兆候

第6章 どの仕事にも優秀な人材を配置する
―すべての職務に適材をそこで働いていたことが誇りになるような会社にしよう/従業員特典がすばらしい仕事をさせるわけではない/愛はお金じゃ買えない/モチベーションは人材濃度と魅力的な課題から/才能の多様性/履歴書に表れないスキル/採用の文化を形成する/人事担当者はビジネスマインドを持て

第7章 会社にもたらす価値をもとに報酬を決める
―報酬は主観的判断である
人事考課と報酬制度を分離する/あなたの会社で働くことの価値を説明する/トップレベルの給与を支払うことの価値/契約時ボーナスの不思議/透明性が市場ベースの報酬を支える

第8章 円満な解雇の方法
―必要な人事変更は迅速に
―その会社で働いていたことを誇れるような組織にしよう
「10試合」ごとに人事考課を行う/人事考課制度を廃止しよう/PIPを破棄せよ(または業績改善に実際に役立つものにせよ)/訴訟を起こされることはめったにない/従業員「エンゲージメント」について/私流のアルゴリズム/文化を自分のものとして受け入れ、実践する/みずから実践する

結論

謝辞
訳者あとがき
原註

パティ・マッコード (著), 櫻井祐子 (翻訳)
出版社 : 光文社 (2018/8/17)、出典:出版社HP

序章 新しい働き方

自由と責任の文化を育む

ある日のネットフリックスの経営会議で、私たちは突然気がついた。あと9か月もすれば、アメリカの全インターネット・トラフィックの3分の1を、うちの会社が占めるようになるのだと。
当時ネットフリックスは3四半期連続で30%近い成長を続けていた。いつかHBO[アメリカ最大の衛星・ケーブルテレビ局」と規模で肩を並べるようになるだろうが、それは何年も先のことだと、このときまで誰もが思っていた。プロダクト責任者は、今のペースで成長を続けたとして、1年後にどれだけの帯域が必要になるかをざっと計算して、こういった。「ええっと、アメリカの全トラフィックの3分の1になるね」みんなが彼のほうを向き、声を合わせて叫んだ。「何だって?」私は尋ねた。「それに対応する方法がわかる人、うちにいる?」彼はうちの会社でつねに求められているように、正直にいった。「わからないよ」私が経営陣の一員として過ごした4年の間、ネットフリックスは成長につきものの手ごわい課題をたえず突きつけられていた。会社の存続を脅かすような重大な課題もあれば、私たち自身が開発した技術やサービスに関する課題もあった。出来合いの攻略法などあるはずもなく、その場その場を切り抜けるしかなかった。私が参画した草創期から今に至るまで、ネットフリックスの事業の性質と競争環境は、驚くほどの速さでめまぐるしく変化し続けている。
ビジネスモデルにも、サービスを提供するためのテクノロジーにも、成長を実現するために必要なチームにも、たんに遅れずについていく以上のことが求められる。変化を予測し、それを迎え撃っための戦略を策定し、準備をする。まったく新しい専門分野のスター人材を採用し、チームを粛々と組み換えていく。また、いついかなる瞬間にも、計画をかなぐり捨て、まちがいを認め、新しい進路をとることのできる態勢でいなくてはならない。

ネットフリックスはみずからをたえまなくつくり替えてきた最初はDVD宅配レンタル事業の急成長を維持しつつも、ストリーミング動画配信技術の構築に果敢にとりくみ、続いてシステムをクラウドに移行し、それからオリジナル作品の制作に着手した。
この本はネットフリックス創業の歴史をふり返る本ではない。事業環境の急激な変化に柔軟に適応できる、ハイパフォーマンス文化を育むための方法を、あらゆるレベルのチームリーダー向けに説明する本である。
たしかにネットフリックスは極端な例かもしれない。だがスタートアップから巨大ビジネスまで、どんな企業も優れた適応力を身につけなければ生きていけない。新たな市場需要を先読みし、大きなビジネスチャンスや新しいテクノロジーをものにする能力がなければ、ライバル企業にイノベーションで先を越されてしまう。私はネットフリックスをやめてから、世界中の企業にコンサルティングを行っている。ジェイ・ウォルター・トンプソンなどの有力企業をはじめ、ワービー・パーカーやハブスポット、インドのハイク・メッセンジャーのような成長著しい新興企業、創業間もないスタートアップなど、多種多様な企業にコンサルティングを提供するうちに、企業をとり巻く競争環境を、より幅広い視点からはっきりととらえられるようになった。
企業の抱える根本問題は、どれも驚くほど似通っていて、どれも早急な対応を必要とする。コンサルティングではいつも同じことを聞かれる。「どうすればネットフリックスの魔力を身につけられるんですか?」
具体的にいうと、「どうすればネットフリックスの成功を支えてきた、あの俊敏なハイパフォーマンス文化を形成できるのか」ということだ。それを説明するのが本書である。私たちがネットフリックスで学んだ教訓や、生み出した原則や手法を、あなた自身のチームや会社に活かす方法を教えよう。
私たちがネットフリックスでやってきたことは、すべて正しかったのか?とんでもない。山ほどの失敗をしたし、そのうちのいくつかは広く知られるところとなった。それに私たちは挑戦に立ち向かう方法を、稲妻のようにいきなりひらめいたわけでもない。段階的に適応しながら、新しい方法を編み出していった。新しいことを試しては失敗し、また一からやり直すうちに、優れた結果を出せるようになった。やがて適応力とハイパフォーマンスを支える独自の文化をもつようになった。
もちろん、急激な変化に適応することが、どんな分野のどんな人にとっても簡単だ、などというつもりはない。だがさいわいなことに、重要な行動規範の周知を図り、それを実行するかどうかを各人の裁量に任せることでーいや、実行するよう求めることでーチームは驚くほど活性化し、積極的になることがわかった。会社がめざす方向に進む原動力として、このようなチームに勝るものはない。
この本には、ネットフリックスがどう試練に立ち向かってきたかという物語をちりばめた。その方が楽しく読めるし、私たちが開発した手法を実際に導入する方法を理解しやすいと思ったからだ。なんだか変わった本だな、と思うかもしれない――そして、常識を打破することをめざす本にぴったりのスタイルだと思ってもらえるとうれしい。

ネットフリックス文化の柱の一つは、「徹底的に正直であれ」だ。幼い頃から歯に衣着せぬテキサスで鍛えられた私も、これをモットーとしてきた。ネットにアップされた私の動画を見れば、いいたいことをはっきりいうのが私の流儀だとわかってもらえるだろう。この本でも同じやり方でいきたい。活発な議論に参加するような気もちで、この本を読んでもらいたい。私のいうことに苛立ったり反発したりすることもあるだろう。また、うん、うん、と強くうなずきながら読むこともきっとあるだろう。私はネットフリックスで白熱した議論を重ねるうちに、自由な知性の応酬ほど楽しいものはないと思うようになった。この本も楽しみながら読んでもらえればと願っている。

人にはもともと力がある。それをとり上げてはいけない
これから紹介する手法をとり入れる第一歩として、まずは常識を覆すような人材管理の考え方を受け入れてもらいたい。
私たちがネットフリックスで学んだ、今日のビジネスでの成功に関する根本的な教訓は、「20世紀に開発された複雑で面倒な人材管理手法では、21世紀の企業が直面する課題に立ち向かえるはずがない」ということだ。創業者のリード・ヘイスティングスと私たち経営陣は、これまでにない斬新な人材管理方式を考えようじゃないかと誓った。誰もがもてる力をいかんなく発揮できるようにする、そんな方法を見つけようとした。
従業員全員に、経営陣やお互いを相手に活発な議論を戦わせてほしかった。アイデアや問題について自由に発言し、同僚や経営陣に公然と反論してほしかった。
どのレベルのどの従業員であろうと、貴重な発見や疑問を胸に秘めてほしくなかった。だから経営陣がみずから模範を示した。話しかけやすい雰囲気をつくり、質問を歓迎した。従業員の前で激しい議論を交わし、マネジャー全員にもそうしてほしいと促した。リードは経営陣の公開討論まで企画した。また会社がどんな課題を抱えていて、どうやって対処するつもりかを、正直にかつ継続的に知らせた。変化が常態だということ、すばやく前進するために必要とあれば、計画や人員をいくらでも変更するつもりでいることを、全員に理解してほしかった。
変化が必要だということを受け入れ、みずから変化を起こすことにスリルを感じてほしかった。破壊的変化の荒波のなかで最も成功できる組織とは、すべてのチームのすべてのメンバーが、「この先何が起こるかはわからず、何もかもが変化している」と考え、それに心を躍らせるような組織だと、私たちは考えるようになった。

そんな会社をつくるために、私たちはチームワークと斬新な問題解決を促す文化にこだわった。毎日職場にわくわくしながら難しい課題が「あるにもかかわらず」ではなく、「あるからこそ」胸を躍らせながら来てほしかった。ネットフリックスでは肝を冷やすようなできごとが何度もあった。未知の世界に目をつぶって飛び込むこともあったし、本当におっかない思いもした。でもそれは血湧き肉躍る経験でもあったのだ。
ネットフリックスの文化は、複雑な人材管理方式を通して形成されたのではない。むしろ、その正反対だ。人材管理の手法や方針を次々と廃止していったのだ。破壊的変化のペースが加速するなか、製品開発の手法が時代遅れになり、微捷で無駄のない顧客中心主義の手法が必要とされるようになったのと同様、従来型のチーム構築や人材管理の手法では時代に対応できなくなっている。企業が人材をよりよく活かすための努力を怠っているとはいわない。そうした努力のほとんどが的外れか、逆効果だといいたいのだ。
多くの企業がいまだにトップダウンの指揮統制方式にしがみつきながら、「従業員エンゲージメント」を高め「エンパワメント」を促すための施策でうわべを飾り立てている。
言葉倒れの「ベストプラクティス」がまかり通っている。たとえば人事考課連動型のボーナスと給与、最近流行りの生涯学習のような仰々しい人事施策、仲間意識を育むための楽しい催し、業績不振の従業員に対する業績改善計画(PIP)など。こういうことをすれば従業員の力を引き出し(エンパワメント)、やる気を促し(エンゲージメント)、仕事に対する満足度と幸福度を高めることができ、それが高い業績につながるという思い込みがあるのだ。

私自身、そう信じていた時代があった。私はサン・マイクロシステムズと、続いてボーランドで人事のキャリアを開始し、ありとあらゆる従来型の手法を実施していた。魅惑的なボーナスを導入し、うんざりするような人事考課の季節には部下の人事部員たちにハッパをかけ、業績改善計画のやり方をマネジャーたちに指導した。サンで多様性プログラムを運営していたときは、10万ドルかけてシンコ・デ・マヨ・パーティー[メキシコのお祭り]を主催したこともある。
でもそのうちにわかってきた。こうした施策や制度は、どれもお金と時間が無駄にかかるうえ、本来の業務の妨げになるのだ。さらに悪いことに、それらは人間に関する誤った考えを前提としている。つまり、人が仕事に全力を尽くすためには、インセンティブを与えられ、何をするかを指示されなくてはならない、という考えだ。皮肉なことに、この前提をもとに考案された「ベストプラクティス」は、かえってやる気と力を削ぐ結果になっている。
たしかに、やる気の高い従業員は業績も高いのだろう。だが問題は、最終目標が顧客サービスの向上ではなく、やる気を高めることそれ自体になりがちなことだ。それに、「人がどうやって、なぜ仕事に打ち込むか」に関する一般通念からは、仕事へのやる気を駆り立てる原動力の理解が抜け落ちている。
そしてエンパワメントに関していえば、私はこの言葉が大嫌いだ。よかれと思ってやっているのだろうが、そもそもエンパワメントがこんなに注目されるのは、今行われている人材管理の手法が従業員から力を奪っているからにほかならない。力をとり上げることを狙っているわけではないが、やたらと介入しすぎる結果、従業員を骨抜きにしている。
私は血気盛んなスタートアップの世界に足を踏み入れてから、人にもともと力があることを、以前とはちがう視点から深く理解するようになった。従業員に力を与えるのではなく、あなたたちはもう力をもっているのだと思い出させ、力を存分に発揮できる環境を整えるのが、会社の務めだ。そうすれば、彼らは放っておいてもめざましい仕事をしてくれる。

人の力を解き放て

ネットフリックスで私たちが開発した新しい人材管理手法をこれから紹介するが、まずは今日の人材管理の大前提に異議を唱えたい。すなわち、従業員の忠誠心を高め、会社につなぎ止め、キャリアを伸ばし、やる気と満足度を上げるための制度を導入することが、人材管理の仕事だとする考えである。そのすべてがまちがっている。そんなのものは経営陣の仕事でも何でもない。
代わりに、ラディカルな提言をさせてほしい。ビジネスリーダーの役割は、すばらしい仕事を期限内にやり遂げる、優れたチームをつくることである。それだけ。これが経営陣のやるべきことだ。
ネットフリックスでは、時代にそぐわない方針や手順のほとんどを廃止した。一気にすべてを廃止したのではなく、数年かけて実験を重ねながら一歩ずつ行った。業務革新を進めるのと同じ方法で、文化の形成にとりくんだ。これほど抜本的な改革を断行できる企業ばかりでないことはわかっている。それにすべてのチームリーダーが、現行の方針や手順を廃止する裁量を与えられているわけでもないだろう。だがネットフリックスの柔軟性を支える手法を、社内に定着させるために私たちが用いた施策をとり入れることなら、どんな企業のどんなマネジャーにもできるはずだ。

自由と責任の規律

既存の方針や手順を破棄し、従業員の主体性を尊重しても、やりたい放題の風潮を生むことにはならない。私たちはお役所的な決まりごとを廃止しながら、どんなチームのどんな人も、基本的な行動指針をしっかり守るように指導した。「方針」や「手順」という言葉は今後一切使わない、でも規律は大好きよ、というのが私の口癖だった。私はキャリアを通じてエンジニアたちとずっと仲よくやってきた。エンジニアはとても規律正しい人たちだ。私が導入しようとする施策にエンジニアから不満の声が上がるときは、何が彼らを悩ませているかをはっきり突き止めなくてはならない。彼らは無意味な手続きやばかげた施策を忌み嫌う。だがそんな彼らも、規律は一向に気にしないのだ。
チームの文化であれ全社的な文化であれ、文化を抜本的に変えようとするときに理解しておきたい大切なことがある。それは、たんに理念や業務方針を示すだけでは不十分だということだ。

まず従業員に一貫してとってほしい行動をはっきりと打ち出し、続いてそれを実行するための規律を定着させる必要がある。
ネットフリックスでは、規律をもって実践してほしいと経営陣が思う行動を、全員にあますところなく繰り返し伝えた。まずマネジャー全員から始めた。会社の哲学と経営陣が実践してほしいと望む行動を、一人残らずすべての人に理解してもらいたいとの強い思いから、リードはそれを説明するためのパワーポイント資料をつくり始め、私とほかの経営陣が一緒に完成させた。これが、ネットフリックスの「カルチャーデック」(略してデック)という名で知られるようになった資料だ[Deckは甲板の意味。甲板にすべてを並べるように全項目を列挙した資料]。読んでくれた人も多いだろう。
リードが何年か前にそれをオンラインで公開したところ[https://www.slideshare.net/reed20017culture-1798664]、あっという間にクチコミで広まり、これまでに1500万回以上も閲覧されている。
こんなに話題になるなんて予想もしなかった。一般向けにつくったものではなく、ネットフリックスの文化を新入社員に教え、どんな行動が求められているかを明確に説明するための社内資料なのだから。
またこの資料は経営陣が従業員に求める行動であるとともに、従業員が経営陣に求めるべき行動でもあることを、はっきり説明した。カルチャーデックは一度に作成されたわけでもないし、リードと私の2人だけで作成したわけでもない。それは、経営陣全員が社内リーダーの助けを借りて、文化を形成するうちに気づいたことを書き留めたもので、命をもち、呼吸をし、成長し、変わり続けている。
この本はデックと合わせて読むと、より一層理解が深まるだろう。実際、講演やコンサルティングを行うたびに、デックの内容や、それを実行に移す方法について質問が殺到することが、この本を書いたきっかけの一つなのだ。
私はじっくり考え、デックの原則や行動指針をチームに定着させる方法について、自分なりに学んだことをまとめた。ネットフリックスがとり入れ、デックで説明した具体的な手法を、すべてのチームや企業にそのままあてはめることはできない。ネットフリックス社内でさえ、文化は部署によって多くの点で異なる。たとえばマーケティング部門は、エンジニアの集団とはかなりちがう方法で運営されている。それでも企業文化を支える基本的な行動規範が存在する。

●マネジャーは自分のチームだけでなく会社全体がとりくむべき仕事と課題を、チームメンバーにオープンにはっきりと継続的に伝える。
●徹底的に正直になる。同僚や上司、経営陣に対して、時機を逃さず、できれば面と向かって、ありのままを話す。
●事実に基づくしっかりした意見をもち、徹底的に議論し検証する。
●自分の正しさを証明するためではなく、顧客と会社を第一に考えて行動する。
●採用に関わるマネジャーは、チームが将来成功できるように、適正なスキルを備えたハイパフォーマーをすべてのポストに確実に配置する。

経営トップを含むすべてのマネジャーに、これら行動方針の模範になってほしいと求めた。彼らは自分のチームの手本となり、そうすることによって文化を具体的に実行に移す方法を示すことができた。
こうした要求事項に沿ってチームに行動してもらうなんてとても無理だ、とあなたは思うかもしれない。実際、この本を書くためにネットフリックスの現役・元社員に話を聞いてみると、最初はいくつかの手法に抵抗があったという人が多かった。たとえば、面と向かって正直な意見をいうのは気が進まなかったという人がいた。それでも勇気を奮い起こしてやってみると、部下がすぐにやり方をとり入れ、チームの業績が劇的に改善したそうだ。

大切なのは、段階的に進めることだ。小さな一歩から始め、どんどん続けよう。自分のグループや課題に合いそうな手法を選び、それを踏み台にするといい。経営陣の場合は、最もやりやすい、または最も変化を必要としている部署やグループから始める。文化の創造は、積み重ねのプロセスだ。実験を通した発見の旅のようなものと思ってほしい。私たちもネットフリックスでの文化形成をそんなふうに考えていた。どのステップから始めてもかまわない。とにかく始めることが肝心だ。めまぐるしく変化する今日のビジネスでは、何事も「思い立ったが吉日」なのだから。

パティ・マッコード (著), 櫻井祐子 (翻訳)
出版社 : 光文社 (2018/8/17)、出典:出版社HP

不可能を可能にせよ! NETFLIX 成功の流儀

世界を変えた男の物語

急速に成長を遂げ、IT企業として成功をおさめたネットフリックス。創業者たちが何に立ち向かい、逆風の中で成功を掴み取ったのか、本書を読めば理解できるでしょう。ネットフリックス創業者たちの人となりを生き生きとかつ正確に描き出し、当時の空気をそのまま感じられるように書かれています。

マーク・ランドルフ (著), 月谷真紀 (翻訳)
出版社 : サンマーク出版 (2020/2/19)、出典:出版社HP

ロレイン―絶対うまくいかないと思った君に。
君はアイデアは信じなかったが、
僕のことはいつでも信じてくれたのを知っている。
愛してるよ。

著者より――本書は回想録であり、ドキュメンタリーではない。20年前のできごとについての私の記憶をもとに書いているため、作中の会話のほとんどは再構成したものである。執筆中に重視したのは、ネットフリックス創業者たちの人となりをできるだけ生き生きと、かつ正確に描き出すことだった。彼らの姿、当時の空気をそっくりそのまま再現したかった。何よりも、ネットフリックスで私たちが何に立ち向かっていたかを―そして逆風の中で成功をつかみとったあの気持ちを伝えたかった。

目次

第1章 ひらめきなんか信じるな
―1997年1月:サービス開始5カ月前
新しい企画
冷静沈着な男リード
ひらめきは簡単には起こらない
プロジェクト成功に必要な真実

第2章 「絶対うまくいかないわ」
―1997年春:サービス開始1年前
ものづくりが好きだった父
父の教え
自分の会社を立ち上げる
ピュア・エイトリア買収
新会社のアイデア
アイデアは私リードは資金
ビデオでeコマース
妻ロレインのダメだし
敵は貸ビデオ店のブロックバスター

第3章 人生一番のリスクはリスクをとらないこと
―1997年初夏:サービス開始10カ月前
まだ店舗にないDVD
ファーストセール・ドクトリン
DVD郵送レンタル
ダイレクトメール王
とにかくやってみる
早期参入で優位に立つ
アイデアに値段をつける
株の希薄化
最高技術責任者
根拠なき熱狂

第4章 型破りな仲間を集める
―1997年7月:サービス開始9カ月前
アイデアは人に話せ
肩書インフレ
レンタルビデオ業界の見本市
レストラン・バックス
創業者の15ポンド

第5章 どうやって資金調達をするか?
―1997年秋:サービス開始8カ月前
OPMの利点
サバイバル体験で学んだもの
無一文で放り出される
究極の営業とは?
5年後に消える会社
「すばらしいですね、しかし……」
高度な頼みごと
母へも出資依頼をする。

第6章 いよいよ会社が立ち上がる
―1997年秋~冬:サービス開始6カ月前
資金入手
ネットフリックスCEO
家は言い値で買え
ストックオプションはすぐ売れ
課題は1000件よりどりみどり

第7章 こうして社名は決まった
―1997年冬:サービス開始4カ月前
道のない道を歩む
行き方ではなく行き先を伝える
あらゆる角度からのたゆまぬ挑戦
マネージド・ディスサティスファクション
四つの利点データベースの構築
相手のニーズを見抜く
デジタル移行への不安
仕事ばかりだと生産性は下がる
火曜日は妻とデート
会社の名前を決める
仮の社名は「キブル」いかがわしい響き

第8章 準備完了
―1998年4月1日:サービス開始当日
スティーブの心配り
三人の取締役会
ブラッディ・フィンガー
準備がすべていよいよサービス開始
メディアへのパブリシティ
最後の確認
サイト公開まで5分
出足は好調
サーバーのクラッシュ
エラーページを急いで作る
注文が止まらない
DVDを郵便局へ
課題は山積み
NETFLIX始動

第9章 ある日のオフィス
―1998年初夏:サービス開始7週前後
午前5時朝のモニター
DVDレンタルの伸びは今ひとつ
午前7時半スパイ・ハミルトン
午前9時
ラスベガス・コンシューマー・エレクトロニクス・ショー
ニューメディアルック
DVDレンタル3枚の無料クーポン
東芝の掲示板が大反響
午前1時5分
エンジニアはお金では動かない
午後0時3分
午後2時
ソニーとの折衝
午後4時DVD販売かレンタルか
午後5時5分
午後8時封筒が勝負だ!
午後0時

第10章 ハルシオン・デイズ
―1998年夏:サービス開始2カ月後
アマゾンからの買収提案
全米2位の頭脳
「ピザ2枚」の悪名
質問攻め
「でも」は使わない
稼ぎ頭のDVD販売
ひとつの事業に集中する
資金問題売り込みは「見通しの提供」
不可能を可能にするのが起業家
凪の日々

第11章 ビル・クリントンにちょっと一言
―1998年9月:サービス開始5カ月後
成功と失敗のはざまで
新しいオフィス
チームの成長をマネジメントする
一緒に恥をかくと結束が強まる
アナログビデオのデジタル化技術
オリジナルDVD
公共の利益を考え無料に
2セントでご意見を
バグだらけのソフト
プレスリリース完成
ラベルなしで発送
自分たちができることをする

第12章 「君を信頼できなくなっている」
―1998年秋:サービス開始6カ月後
不可能の追跡
提携で信用を得る
会社の先行きを懸念
悪いことを伝える話術
的を射た指摘
リードとの共同経営へ
自分の限界に向き合う
会社という夢
株を手放す

第13章 山を越えて一
―1999年春:サービス開始1年後
合唱団で歌う
補佐役に徹する
ネットフリックスの企業文化
成文化されない原則
自由と責任と徹底的な正直さ
人事の仕組みを成文化する
企業文化をスケールアップ
遊び心は残す
キッチンでのゲーム
大物ふたりの入社
企業ステージに合わせた人材を
アマゾンのDVD販売開始
借り方を変える
新しい課金方法
考えるより試してみる

第14章 先のことは誰にもわからない
―1999年秋:サービス開始1年半後
嬉しい予想外
ノーバディ・ノウズ・エニシング
サブスクリプションモデル三つの問題
継続はたずねない
キャンセルは来るか?
カナダ原則
サブスクリプションサービスに集中
ムービー・オンデマンド
翌日配送のテスト
クチコミ広告
大好きな映画を見つける
アルゴリズムによるマッチングサービス
観たい映画を自動的に提案
シネマッチの登場
大きな二つの発展

第15章 成功の中で溺れる
―2000年9月:サービス開始2年半後
ドットコムバブル到来
バブル崩壊
矢継ぎ早の倒産
初月無料の膨大な負担
ブロックバスターへの接触
カジュアルで実力主義のシリコンバレー
アリサル・ランチでの合宿
宴会は大盛況いよいよ敵陣へ

第16章 激突
―2000年9月:サービス開始2年半後

プライベートジェットでの出張
いざダラスへ
ブロックバスターのCEO2000年代の復活
業界の嫌われもの
完璧な説得のサンドイッチ
大逆転なるか?リベンジの誓い

第17章 緊縮策
―2000~2001年:サービス開始1~3カ月後
難しいやめる決断
会社の体質を変える
次の手は人員削減のみ
気の合う仲間LIFO方式
皆で正しい結論に至る
レイオフ決行
空襲警報解除
笑顔のお別れ

第18章 株式公開
―2002年5月:サービス開始?カ月後
翌日配送保証
リフレクション・ポイント
スーパースター集団
デジタル配信への期待と不安
お呼びじゃない
ノーをイエスに変えるのが仕事
自分の持ち株を売る
ベンチャーキャピタルと創業者の違い
株式公開前夜
ふたりの金融マン
二週間のロードショー
初値のつけかた
大興奮のローガン
お金で私は変わるか
ナスダック市場
本社ヘレポート
NETFLIXの初値は?
ニューヨーカーの洗礼
夢見た日

エピローグーランドルフ家の成功訓

成功訓の実践
父の死
二つの重要なこと
問題を見抜く目
キオスク・サービス
送別会
スーパーマーケットでアンケート
コアビジネスに集中
ロスガトス・シアターのステージ
最後のスピーチ
ネットフリックスのメンバーは今
ネットフリックスの大躍進
夢から身を引くとき
あなたの物語

謝辞

訳者あとがき

マーク・ランドルフ (著), 月谷真紀 (翻訳)
出版社 : サンマーク出版 (2020/2/19)、出典:出版社HP

主な登場人物

マーク・ランドルフ(主人公、NETFLIX創設者)
ロレイン・ランドルフ(マーク・ランドルフの妻)
ローガン・ランドルフ(マーク・ランドルフの長男)
モーガン・ランドルフ(マーク・ランドルフの長女)
ハンター・ランドルフ(マーク・ランドルフの次男)

リード・ヘイスティングス(NETFLIX投資家第1号、のちに共同経営者、CEO)

クリスティーナ・キッシュ(NETFLIXプロダクト・マネージャー)[夫カービー]

ティー・スミス(NETFLIXコミュニケーション・ディレクター)
エリック・メイエ(NETFLIXCTO)
ボリス&ビータドラウトマン(NETFLIX技術者ウクライナ人夫婦)
スティーブ・カーン(マークのかつての上司でメンターNETFLIX投資家第2号)
デュエンメンシンガー(NETFLIX最高財務責任者(CF0]候補)
ジム・クック(NETFLIX業務担当部長)
ミッチ・ロウ(NETFLIX社員元ビデオドロイド経営者、ビデオ流通のプロ)
グレッグ・ジュリアン(NETFLIX経理担当)
コーリー・ブリッジス(NETFLIX顧客獲得担当)
スレーシュ・クマール(NETFLIXエンジニア)
コー・プラウン(NETFLIXドイツ人エンジニア)
パティ・マッコード(NETFLIX人事部長)
バリー・マッカーシー(NETFLIXCFO)
トム・ディロン(NETFLIX業務運営部長)
ジョエル・マイアー(NETFLIX調査・分析責任者)
ニール・ハント(NETFLIXプログラミング部門統括)
アレクサンドル・バルカンスキー(C-キューブ・マイクロシステムズ経営者)
マイケル・アールワイン(映画データ収集家)

マイク・フィドラー(ソニーアメリカ現地法人DVD事業代表)
スティープ・ニッカーソン(東芝アメリカ現地法人DVD事業代表)
ラスティオスターストック(パナソニックアメリカ現地法人DVD事業代表)
ジョイ・コヴィー(アマゾンCFO)
ジェフ・ベゾス(アマゾンCEO)
ジョン・アンティオコ(プロックバスターCEO)
エド・ステッド(プロックバスター法務部長)

マーク・ランドルフ (著), 月谷真紀 (翻訳)
出版社 : サンマーク出版 (2020/2/19)、出典:出版社HP

NETFLIX コンテンツ帝国の野望 :GAFAを超える最強IT企業

NETFLIXの創業秘話

世界のエンターテインメント業界に革新をもたらしたネットフリックスは今でも成長を続けており、世界中の企業が「打倒ネットフリックス」を目指しています。本書は、そんなネットフリックスの役員が赤裸々に自己評価をし、失敗も含めて正直に語ったインタビューに基づいた、ネットフリックスがIT企業の頂点に上り詰めるまでの壮大な物語です。

ジーナ・キーティング (著), 牧野 洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2019/6/26)、出典:出版社HP

 

日本語版特別寄稿

史上初のグローバルインターネットテレビ
2012~2018年

エンターテインメント業界再編の起爆剤

本書が出版されてから6年の間に、ネットフリックスはさらに強力になった。世界のエンターテインメント業界に激震をもたらし、業界秩序を完全に塗り替えてしまった。この短期間で「グローバルインターネットテレビ」のパイオニアになり、独自コンテンツの制作費とエミー賞へのノミネート数で他社を圧倒したのだ。一時は株式時価総額で世界最大のエンターテインメント企業に躍り出ている。
ネットフリックスは現在、「世界で最も価値あるエンターテインメント企業」の座をめぐってウォルト・ディズニーと競い合っている。ディズニーはテーマパークや映画スタジオだけでなく、ABCやディズニーチャンネル、ESPNなど複数のテレビ局を所有する。さらには、ミッキーマウスなど伝統的知的財産のほか、近年買収したルーカスフィルムの『スター・ウォーズ』シリーズやマーベル作品、ピクサー作品なども抱える業界の巨人だ。
ネットフリックスがもたらす新秩序によって競争環境が激変し、エンターテインメント資産の再評価が行なわれている。結果として大型M&A(企業の合併・買収)が続出して大掛かりな業界再編が進行中だ。再編の渦中にあるのはディズニーや1世紀フォックス、タイムワーナー (現ワーナーメディア)など有力コンテンツを持つ映画スタジオ大手であり、AT&Tやコムキャストなどコンテンツ流通を担う通信・ケーブルテレビ大手だ。各社はネットフリックスを脅威に感じ、同社が世界のエンターテインメント市場で支配的地位を築いてしまうのを防ぐために再編に突き進んでいるのだ。 シリコンバレー系IT(情報技術)企業もネットフリックスに狙いを定めて一斉に動き始めている。ファストカンパニー誌のハリー・マクラッケンによれば、IT業界の巨人はどこも何らかの形でネットフリックスと競争しているという。
2018年10月現在、ネットフリックスの契約者は全世界で1億3700万人に達している。彼らは「バンドル」契約に反発し(アメリカではケーブルテレビに加入してセットトップボックス経由でテレビを視聴するのが一般的で、複数のテレビチャンネルがパッケージになったバンドル契約は月1万円を超えることもある)、自由にコンテンツを消費したいと思っている。当然ながら、パンドルにあぐらをかいてきたケーブルテレビ大手など旧来型メディアはジリ貧だ。
毎週決まった日時に決まったチャンネルで視聴する「アポイントメントテレビ」の時代は終わったのだ。ネットフリックスの会長兼最高経営責任者(CEO) リード・ヘイスティングスは「ストリーミングの百年帝国」構築を目指している。エンターテインメント業界はこれから否応なしに「ストリーミングの百年帝国」をめぐる戦いに突入する。
ネットフリックスはすでにIT業界の勝ち組と見なされている。株式市場で圧倒的なパフォーマンスをたたき出し、フェイスブック(F》、アマゾン(A)、グーグル(G) と共に「FANG(ファング=牙)」としてくくられるようになった。4社とも米ナスダック市場の上場銘柄で、3千銘柄以上に上るハイテク株・成長株全体のパフォーマンスを左右するほどの影響力を持つ。ちなみにネットフリックス以外の3社も独自のストリーミングサービスを開始し、ネットフリックス追撃態勢に入っている。 ネットフリックス躍進の裏で同社の企業文化も変貌を遂げた。もともとのDNAはカオス状態で予測不能だけれども、創造性に富んだスタートアップ(斬新なビジネスモデルを探し出し、短期間で急成長を遂げる一時的なチームのこと)だ。
そんなDNAは今では消え去り、代わりにヘイスティングスの肝いりで生まれたのがプロのスポーツチームさながらの競争文化だ。数字ですべてが決まる優勝劣敗の文化ともいえる。社員は大幅な情報アクセス権と自由裁量権を与えられながらも、失敗したら割増退職金を渡されて容赦なく首にされる。
それだけに採用方針も徹底している。ネットフリックスに入る人材はトップクラスに限られる。いったん入社すれば「完璧な大人」として振る舞わなければならない。スケジュールや有給休暇取得、経費請求について百パーセント自分で判断するのはもちろん、上司・同僚の辛辣な評価も甘んじて受け入れる度量を求められる。ウォールストリート・ジャーナル紙はネットフリックスについて「ここには直言と透明性が何にも増して美徳とされる文化がある。問題社員を解雇すべきかどうかをめぐって公の場で活発に議論が交わされる。それは一種の儀式であり、ありふれた光景でもある」と伝えている。
競争文化があるからネットフリックスはライバル勢よりも一歩先を行っているのか? 少なくともヘイスティングスの答えは明確なイエスだ。

合言葉は「打倒ネットフリックス」

競争はますます激しくなっている。ソーシャルフローCEOのジム・アンダーソンはテレビのトーク番組「バーニー&カンパニー」に出演し、「ネットフリックスの周りは競争相手ばかりですよ。フェイスブックは10億ドル投じて動画配信サービス『ウォッチ』をスタート。Huluもいるしアップルもいる。いまは映像コンテンツの黄金時代です。誰もがオリジナルコンテンツを制作・配信している。でも、こんなに大量のコンテンツを一体誰が見るのでしょうかね?」と語った。
1年暮れに書いた本書エピローグの中で、私はケーブルテレビとコンテンツ制作の両業界に対して、「高額な料金、ひどいサービス、最低のコンテンツ」に消費者が不満を強めていると警告した。それから1年足らずで警告通りの展開になった。ネットフリックス主導で消費者が反乱を起こしたのだ。ここで映画スタジオは事の重大さにようやく気付いた。ネットフリックスに映画やテレビドラマなどのコンテンツを供給することで、知らぬ間に同社のストリーミングサービスを後押ししていたのである。
テレビ番組制作も手掛ける映画スタジオ大手は当初、ネットフリックスとの提携は互恵的と考えていた。例えばあるドラマをテレビ局が放送中としよう。ネットフリックスが放送済みの古いエピソードをストリーミング配信すると、ドラマは大きな反響を呼び、過去の全シーズンを一気見する契約者が続出する。その後、最新エピソードがテレビで放送されると、彼らが大挙してテレビに押し寄せ、ドラマの視聴率ははね上がる。テレビ局幹部はこれを「ネットフリックス効果」と呼んだ。
代表例がテレビドラマの『ブレイキング・バッド」と「マッドメン」だ。いずれも当初は苦戦したが、ネットフリックスで過去のシーズンが配信されると、状況が一変。突如として視聴率がはね上がり、高い評価を受けて大ヒットした。
だからこそテレビ業界はこぞってネットフリックス詣でに乗り出したのである。ネットフリックスを「アルバニア軍」などと呼び、見下していた映画スタジオ大手タイムワーナーのCEOジェフリー・ビュークスも例外ではない。彼は人気テレビドラマ『NIP/TUCK マイアミ整形外科医』のほか、『ヴェロニカ・マーズ』 『プッシング・デイジー恋するパイメーカー』『ターミネーターサラ・コナー・クロニクルズ』のようなカルトドラマの配信権をネットフリックスに売った。それでありながら、ネットフリックスをなおもばかにしていた。もうどこにも売る相手がいなくなったときに最後に頼る相手だとし、「ゴミ収集のような公共サービス」と決めつけていた。
ネットフリックスにとってハリウッドとの取引はますますうまみを増していった。同社の最高コンテンツ責任者 (CCO) テッド・サランドスはリーマンショックの後遺症を引きずっていた映画スタジオに近づき、大枚をはたいて有利な条件でコンテンツを獲得していった。テレビドラマについては全シーズンの独占配信権を基本にしていた。視聴者のビンジウォッチング(一気見)需要に応えるためだ。
映画スタジオ側が知らないことが一つあった。ネットフリックスのフォーカスグループ(グループインタビュー) によれば、視聴者はビンジウォッチングによって高揚感を得ている。何時間もぶっ続けでドラマを見ていると、ネットフリックスブランドにほれ込んでしまうのだ。 「ストリーミングはいつの間にか一般人が使う語彙の一つになり、消費者行動を根本的に変えた。サランドスは プレスリリースの中で「ストリームチート(だまし)」に触れて、次のような冗談を書いたことがある。 「パートナーをだまして先にテレビドラマを一気見してしまうとどうなるでしょう?信頼関係が壊れたり、けんかになったり、離婚騒ぎになったりするかもしれません。でも、ネットフリックスは責任を負いかねます。どうかご自身で責任を持って視聴するように心掛けてください」
しかしながら、サランドスとヘイスティングスは少しずつ危機が近づいているということも察知していた。映画スタジオはいずれ「インターネットテレビ=テレビの必然的進化形」という現実に目を向けるようになる。そうなったらネットフリックスへの映画やテレビドラマの供給をストップし、自らストリーミングサービスを開始するはずなのだ。
ビュークスにも一理ある、とサランドスは思った。消費者がネットフリックスを利用するのは第一級のコンテンツを視聴できるからである。映画スタジオからのコンテンツ供給が止まったら、ネットフリックスは自ら第一級のコンテンツを作らなければならない。でないと古い映画とドラマで出来た埋立地になってしまう。つまり、ビュークスが言ったようなゴミ捨て場だ。
映画スタジオはネットフリックスとの提携によって、多額の収入と視聴率上昇というメリットを享受してきた。だが、コンテンツ供給によってネットフリックスのストリーミング拡大を手助けしていたことに徐々に気づき始めた。それだけではない。不満を強めるケーブルテレビ契約者に対して、「こんなに安くて使いやすいサービスがあるよ」と乗り換えを勧める格好になっていたのである。

あらゆるデバイスに組み込まれたアプリ

2000年代も終わりに近づくと、リーマンショックの傷跡もようやく癒えてきた。とはいっても、ネットフリックスにとって主な顧客となる若い消費者はなおも苦しんでいた。例えば、2000年代に成人・社会人になった「ミレニアル世代」は、経済的事情からなかなか家庭を持つことができなかった。家庭を持つとなれば当然ケーブルテレビを契約し、月額128ドルもの出費を強いられることになる。結局、ミレニアル世代の多くはブロードバンド回線だけを導入し、ストリーミングなどインターネット上のエンターテインメントへ流れていった。
このような状況を見て、ヘイスティングスは営業チームにハッパを掛けた。インターネットにつながるあらゆるデバイスに、ネットフリックスのストリーミングアプリを組み込むよう指示したのである。家庭用ゲーム機、スマートフォン、インターネット対応テレビ、セットトップボックス、iPadのようなタブレット端末ー。 対象となるデバイスは枚挙にいとまがない。今ではネットフリックスのアプリは至る所に存在している。
ネットフリックスは無数のデバイスから送られてくる膨大な顧客データを蓄積することで、ライバル勢よりも圧倒的に有利な立場を手に入れ、覇権を築いた。どのように映画を探しているのか?どこで見ているのか? 何時に見ているか?1日何時間見ているのか?どのシーン・人物を何度も早送りしているのか?どの視聴者にとってどの俳優が魅力的なのか? 契約者の視聴パターンを細かく把握できるようになったのだ。
ここからネットフリックスは個々の契約者について複雑なプロフィールを作り上げた。ビッグデータとアルゴリズムを駆使すれば、契約者の好みや行動がどのように変化していくのかを驚くほどの精度で予測できる。これを突き進めると、エンターテインメント業界で支配的な地位を築くための次のステージに進める。コンテンツ制作である。
2年までにサランドスとヘイスティングスはハリウッドとの蜜月の終わりを確信した。ネットフリックスを阻止するために、映画スタジオ大手は最新DVDのリリースを遅らせると同時に、デジタル配信権料の引き上げに踏み切ったからだ。映画スタジオ幹部の一人はロイターの取材に応じて「われわれはネットフリックスについてすっかり勘違いしていましたね。数年前にデジタル配信権を売ったときには、いずれ脅威になるかもしれないなんてこれっぽっちも思っていませんでした」と語っている。
ハリウッドからのコンテンツ獲得が難しくなり、ライバル勢が同じデジタル配信という土俵に入ってくると、サランドスとヘイスティングスはコンテンツ予算の配分先をコンテンツ獲得からコンテンツ制作へシフトさせ始めた。サランドスによれば、目標は「HBOがネットフリックスのビジネスモデルをまねるよりも先に、HBOに匹敵するコンテンツ企業になる」だった。HBOはコンテンツの質の高さで定評があるプレミアムケーブルチャンネルだ。

『ハウス・オブ・カード』の成功

オリジナルコンテンツへの最初の大型投資は、イギリスの政治テレビドラマのリメークだった。リメークを模索していたのは映画監督デビッド・フィンチャー。『ソーシャル・ネットワーク」「セブン」「ベンジャミン・パトン数奇な人生」などで知られ、アカデミー監督賞にノミネートされたこともある大物だ。
ドラマ初挑戦ということもあり、テレビ各局は一斉にフィンチャーにラブコールを送った。そんななか、ネットフリックスはどうにかして目立たなければならなかった。それまでに同社が自主制作したドラマは2年配信の 『リリーハマー』という風変わりな作品しかなく、正面から張り合える状況ではなかったからだ。
フィンチャーは、ソニーのスタジオを借りて各社のプレゼンを聞こうとした。だが、サランドスは通常ルートを避けて、フィンチャーのオフィスを直接訪ねて売り込みを掛けた。契約者データをフィンチャーに見せて、「ネットフリックスの予測アルゴリズムを使えば、多くの視聴者にアピールできます」と説明した。 データによればフィンチャーと主演のケビン・スペイシーには興味深い共通項があった。両者とも一般視聴者の間では知名度は今一つだが、フィンチャー監督作品を一つ見た視聴者はフィンチャー監督作品をすべて見たがり、スペイシー出演作品を一つ見た視聴者はスペイシー出演作品をすべて見たがった。共通項はほかにもあった。フィンチャーとスペイシーのファンはそろって『ハウス・オブ・カード』に興味を持っていたのだ。これは 1990年にイギリスで放送された政治テレビドラマで、実はこれこそがフィンチャーがアメリカ向けにリメークしようと考えていた作品だったのである。 8年、サランドスは当時を振り返ってインタビューの中で次のように語っている。
「われわれにとって未来とは未知の世界を開拓することです。ここで役立つのがビッグデータです。新しいオリジナルドラマを制作しようというとき、ビッグデータを活用すれば適任の監督・俳優を割り出せるし、潜在的視聴者の人数も割り出せるんです。その一回目が『ハウス・オブ・カード」でした。われわれとしてはライバルを出し抜いてどうにかして『ハウス・オブ・カード」を手に入れたかった。
長編映画からテレビドラマへ転身するわけですから、フィンチャーにとっても大きな賭けでした。われわれは 『これまでのテレビドラマとはまったく違う先駆的なものに挑戦できる』と言ったんです。最後には彼はとてもエキサイトしてネットフリックスを選んでくれました 」
巨額の制作費も見逃せない。2シーズンの制作費としてネットフリックスはハリウッド基準でも破格の1億ドルを用意した。フィンチャーにとって魅力的な要素は制作費以外にもあった。同社経営陣はコンテンツには一切関与せず、監督への全権委任を確約したのである。
ネットフリックスはアポイントメントテレビに対して痛烈な一撃も放った 。テレビ業界の常識を覆して、『ハウス・オブ・カード」の第1シーズンの全話(全エピソード)を一気に配信したのだ。アナリストは「同時配信直後の加入者増は一時的な現象。全話を見終わった新規加入者はすぐに契約を切る」と予測した。しかしながら、アナリストの予想とは裏腹に同社の契約者数は拡大し続けた。「ハウス・オブ・カード」第1シーズンの配信(18年2月1日)から1年以内に契約者数は3割以上増え、その後も勢いは止まらなかった。

制作現場を一変させたビッグデータ

ネットフリックスは成功を追い風に、ビッグデータ主導のオリジナルコンテンツ制作を加速させた。同じ2013年には、専門家からは高い評価を受けていながら低視聴率に甘んじていたコメディドラマの新エピソードを制作・配信した。ジェイソン・ペイトマンとポーシャ・デ・ロッシが出演し、フォックステレビが放送した『アレステッド・ディベロップメント」だ。オリジナルコンテンツとしては同社初のホラードラマ「ヘムロック・グローヴ」も登場した。
ネットフリックスは制作現場の在り方を一変させた。ベテランプロデューサーの直感や過去の常識に縛られず、ビッグデータを信じて監督や俳優を選ぶことを基本にした。海外展開を加速させていたため、海外の契約者の好みに合ったコンテンツを制作していくうえでもビッグデータを全面活用した。
ネットフリックスの初期オリジナルコンテンツで『ハウス・オブ・カード」に続くヒットドラマになったのは、女性刑務所を舞台にしたドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」。国境を越えて多くのファンを得たほか、批評家からも高く評価された。エンターテインメント系ウェブサイトであるIGNのデビッド・グリフィンはインタビューに応じて次のように語っている。 「ネットフリックスらしさという点では『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』はいい例ですね。従来のケーブ ルテレビや地上波テレビのドラマとはまったく違うんですよ。特に注目すべきは出演者の人種や性的指向などの 多様性。これまでテレビでの出番がまったくなかったようなキャラクターがたくさん使われているんです。この ように多様な登場人物を見て、同じく多様な視聴者が何年もかけて感情移入していく――これが『オレンジ・イ ズ・ニュー・ブラック」です」
同作の出演女優ダーシャ・ポランコも同意見だ。5年の全米映画俳優組合賞授賞式で「このドラマは世界の縮図です」としたうえで、「多様性は一つの流行です。でも、これこそ本物。ここで語られている物語はアメリカばかりか世界の本当の姿を映し出しているんです」と語っている。
しかしこの年、「テレビ界のアカデミー賞」とも称されるエミー賞で、HBOが126部門でノミネートされたのに対して、ネットフリックスのノミネートは8部門にとどまった。世界全体の契約者で見ても、ネットフリックスはHBOの半分にすぎず、大差を付けられていた。これを見て、映画スタジオとケーブルテレビの両業界は安心してしまったようだ。HBOは誰にもまねできないノウハウを備えており、ネットフリックスがビッグデータで攻め込んだところで太刀打ちできるわけがないーこのように結論したのだ。HBOはオリジナルドラマに絶対の自信を持ち、『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』『セックス・アンド・ザ・シティ」『ゲーム・オブ・スローンズ」などの大ヒット作を送り出してきた老舗だ。
明らかに市場環境は変化していた。「アラカルト的に質の高いコンテンツを個別に買いたい」「テレビドラマの中に自分自身と同じような人間を見いだして感情移入したい」「いつどこで見るのかはもちろん、どのデバイス上で見るのかも自分で決めたい」――このように消費者は思うようになっていたのだ。
それでもハリウッドは現実に目を向けようとしなかった。タイムワーナーのCEOビュークスは「コードカッティング(ケーブルテレビを解約すること)は現実というよりも概念ですね」と言った。「いずれミレニアル世代は切り詰めた生活を卒業します。まともな住居へ引っ越して、テレビを買います。そうしたらどうすると思います? HBOを契約しますよ」。HBOはワーナー傘下のケーブルチャンネルだ。
しかしながらケーブルテレビを取り巻く状況は厳しい。若い世代を中心にケーブルテレビの契約世帯は減少する一方だ。
消費者運動も起きた。2012年、HBOファンの一人ジェイク・カプートは「テイクマイマネーHBO」と名付けたウェブサイトを立ち上げた。ウェブサイト上で消費者調査を実施したうえで、HBOに対してケーブルテレビと縁を切り、単独でストリーミングサービスを始めるよう呼び掛けたのだ。

『ゲーム・オブ・スローンズ』もストリーミングヘ

それでもビュークスは動じなかった。HBOのケーブルテレビ収入は親会社タイムワーナーにとって数十億ドルに上るドル箱であり、それを無視するわけにはいかなかった。しかも、HB0のストリーミングサービス化を強行すれば、ケーブルテレビ業界全体を敵に回しかねなかった。
そんななか、HBOの『ゲーム・オブ・スローンズ」は大規模な海賊行為に遭い、世界で最も違法にダウンロードされたテレビドラマシリーズになった。
一方で、ネットフリックスは『ハウス・オブ・カード」をテコにして100万人単位で新規契約者を増やしていた。5年半ばには契約者ペースは世界れカ国で5千万人―このうちアメリカ3600万人の大台に乗せた。アメリカ全体のケーブルテレビ契約世帯数は5600万世帯だから、同社はケーブルテレビ業界全体を射程内に収めたわけだ。
こうなるとさすがにビュークスも静観していられなくなった。5年3月9日、ケーブルテレビ業界に爆弾を落とした。HBOがアップルと組んでストリーミングサービス「HBOナウ」を始めるとぶち上げたのだ。 HBOのCEOリチャード・プレップラーは、アップルのCEOティム・クックと共にサンフランシスコの会場に現れた。熱狂的な聴衆を前に「HBOにとって大転換です」としたうえで、「これはミレニアル・ミサイルです」と宣言した。ケーブルテレビを契約せずにインターネットのブロードバンド回線だけ契約している1千万世帯―ミレニアル世代が中心をターゲットにする方針を鮮明にしたのだ。
ミレニアル世代は大喜びした。ローンチから1カ月以内でおよそ100万人がHBOナウに新規申し込みをした。対照的にケーブルテレビ業界は怒り心頭に発した。業界全体でHBO放送のためにW億ドル支払っているから、HBOのストリーミング参入に危機を覚えるのは当然だった。ケーブルテレビ大手チャーター・コミュニケーションズのCEOトム・ラトリッジは「HBO経営陣はインターネット上でコンテンツを売りながら、一方でケーブルテレビのバンドルの対象であり続けたいのか? 何か勘違いしているのではないか?」と批判した。
プレップラーはHB0ナウのローンチ後、経済ニュース専門局CNBCの番組「スクォークアレー」に出演して反論した。 「全体のパイが大きくなりますから、まったくカニバリゼーション(共食い)は起きないとみています。HBOナウは純粋に上乗せです。ケーブルテレビ業界も絶対に付いてくると思います。自分たちにとってプラスになると気付くからです。そもそも何のためにHBOを放送してくれているのでしょう? われわれに恩を売りたいからじゃなくて、自分たちの事業を拡大したいからなんですよ」
HBOナウは確かに爆弾に相当した。タイムワーナーのようなコンテンツ大手がケーブルテレビ業界と一線を画したのだ。ケーブルテレビ業界は、ネットフリックス主導のストリーミング革命にのみ込まれて二度と立ち上がれなくなるのではないか、との読みが背景にあった。
ビュークスはHBOナウ向けプロモーションの一環として『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」のスター俳優2人を呼び出し、ジェイク・カプート|ウェブサイト「テイクマイマネーHBO 」の創設者―と引き合わせた。旧敵と仲直りしたわけだ。最初は間違ってしまったけれども、これからはファンの声にきちんと耳を傾けていくよ!
ネットフリックスはさらに先を行っていた。翌6年1月6日、ヘイスティングスはラスベガスで開かれた家電見本市「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」 に参加し、世界130カ国で新たにストリーミングサービスを開始したと発表。これで世界190カ国への進出を果たし、中国を除いて実質的に全世界を網羅した格好になった。
CESの聴衆を前にヘイスティングスは「本日、真にグローバルなインターネットテレビネットワークが誕生しました」と宣言した。「シンガポールでもサンクトペテルブルクでも、サンフランシスコでもサンパウロでも、世界中の消費者がテレビドラマと映画を楽しめるようになったのです。みんな同時に、待ち時間なしに、ですよ。インターネットの登場によって主役は消費者になりました。いつ、どこで、どんなデバイスで見るのかを決めるのは、あなた自身なのです」CESでヘイスティングスはもう一つ大きな発表を行なった。オリジナルコンテンツの大幅強化だ。具体的には、新作とリメークを合わせて30本以上のドラマシリーズのほか、20本以上の長編映画や30本の子ども向けドラマシリーズ、多数のスタンドアップコメディ番組を制作する計画を明らかにした。並行してストリーミングアプリの対応言語数を3カ国語以上へ増やしつつ、各国の消費者ニーズに合わせた現地制作コンテンツを充実させる方針も示した。コンテンツ制作費は5年の億ドルから年を追うごとに増えていく計画を示した。

第2のテレビ黄金時代が到来

これはエンターテインメント業界全体への警鐘であり、消費者の好みや行動が激変する未来へのロードマップでもあった。今回は業界の大物は危機意識を持って反応した。HBOは制作費を9億ドルへ拡大、テレビネットワーク大手CBSはコンテンツ予算を9億ドル投下、アマゾンはストリーミングサービス「プライムビデオ」用コンテンツに5億ドル支出――。いわば「エンターテインメント版の軍拡競争」が始まったのだ。
競争で優位に立ったのはストリーミングサービスを手掛けるIT系巨大企業だ。株式市場では目先の利益よりも成長を目指すよう求められており、大胆に行動できるからだ。旧来型のメディア大手―タイムワーナー、ディズニー、バイアコム、CBS―はまともに勝負できなかった。株式市場から安定的な利益や配当を期待されているからだ。コンテンツに巨費を投じたり高リスクの成長戦略を打ち出したりするわけにはいかない。 「利益を出していない企業と競争するのは不思議だし、興味深いですね」とケーブルテレビ局FXのCEOジョン・ランドグラフは語った。「市場シェアを奪うために果敢に投資し、意図的に赤字を出している―そんな企業を相手にして勝負するんですよ。仮にうちが負けてつぶれたら? 敗因は利益を出していることだとしたら?」
ネットフリックスは目先の利益よりも成長を優先する典型的IT企業だ。8年までにコンテンツに130億ドル投資し、このうち%をオリジナルコンテンツへ回す計画を策定した。サランドスがニューヨークのメディア会議で語ったところによれば、同社のオリジナルドラマシリーズは8年末までに累計千本に達し、このうち半分は同年中にストリーミング配信される予定になっていた。
ネットフリックスに刺激されて各社がコンテンツ強化に一斉に乗り出したことで、1990年代のテレビ黄金時代を彷彿とさせる状況がアメリカに出現している。
もちろん違いはある。1990年代は男優を中心としたアンチヒーロードラマのオンパレードで、同質的だった。『ザ・ソプラノズ』『マッドメン』『ザ・シールド ルール無用の警察バッジ」が代表例だ。2010年代のテレビドラマは型にはめるのが難しい。登場人物、ジャンル、言語、ストーリー展開――。いろいろな点で多種多様なのだ。ネットフリックス制作ドラマでは『ストレンジャー・シングス 未知の世界」がSFホラーながら大ヒットした。このほか『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」は人種のるつぼ状態になっている女性刑務所の実態を赤裸々に示し、『ナルコス」はコロンビアの麻薬組織を舞台にした血なまぐさい物語を主にスペイン語で描いた。アマゾン制作ドラマでは、カミングアウトした父親と向き合う家族を題材にした『トランスペアレント』が評判になった。
映画スタジオ大手―4世紀フォックス、ディズニー、NBCユニバーサル、ワーナーメディアーもストリーミング用のコンテンツ制作に乗り出した。ストリーミングサービスの共同出資会社Hulu向けに新ドラマシリーズ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」を制作し、アメリカで誕生した架空の全体主義国家を描いた。このドラマは非常に高い評価を受け、7年にエミー賞ドラマ部門で作品賞を受賞した。ストリーミング専用作品が同賞を受賞するのは初めてだった。テレビドラマは広告の制約から解放され、自由を得た。同質的な視聴者にアピールする作品である必要はなくなり、第2のテレビ黄金時代が到来したのである。
そうしたことから、俳優や監督、脚本家ら映画界のクリエイターがこぞってストリーミング向けドラマの世界へ流れ込んでいった。ストリーミングの世界であれば、コンテンツの形式やテーマについて大きな自由があり、限界に挑戦できると思ったのだ。
アメリカで主流だったケーブルテレビのバンドル契約が消費者から見放されるなか、インターネット企業によるストリーミングサービス参入が相次いでいる。動画投稿サイトのユーチューブは有料のサブスクリプション型 (定額課金制)サービス「ユーチューブ・プレミアム」をスタート。短文投稿サイトのツイッターはアメフトプロリーグ「NFL」と提携し、レギュラーシーズン木曜夜の試合を独占配信する権利を獲得した。「スキニーバンドル」と呼ばれるストリーミングサービスも続々と登場している。インターネット経由で地上波テレビやケーブルテレビなどの番組を配信するサービスだ。バンドル化されているチャンネル数が少ない代わりに月額料金が格安最低でのドルーなのが特徴だ。衛星放送大手ディッシュ・ネットワークは「スリングTV」、通信大手AT&Tは「ディレクTVナウ」、ソニーは「プレイステーションビュー(PS Vue)」、ユーチューブは「ユーチューブTV」、Huluは「ライブTV」をローンチした。

二つの「ネットフリックス・キラー」

伝統的なメディア企業が失速していく傍らで、ネットフリックスの株価はにわかに信じられない水準にまで上昇し続けた。3年の『ハウス・オブ・カード」配信直後の株式時価総額はまだ100億ドルで、敵対的買収を誘発してもおかしくないほど割安だった。それが、年末には880億ドルに達し、敵対的買収のリスクはほぼゼロになった。
伝統的なメディア企業はネットフリックスにどう立ち向かったらいいのか? 市場シェアを拡大し、コンテンツを増やし、デジタル配信のノウハウを得るにはどんな手段を取ればいいのか?
7年以降になって各社が一斉に大型M&Aに乗り出し、ネットフリックスが引き起こした環境激変を乗り切ろうとしている。ディズニーが713億ドルを投じて3世紀フォックスの買収に踏み切り、AT&Tが850億ドルを投じてタイムワーナーの買収で合意した。バイアコムとCBSが合併交渉に入ったとの観測も浮上。コムキャストは大型買収で立て続けにディズニーと競り合った。7世紀フォックスの買収ではディズニーに競り負けたが、英有料テレビ大手スカイの買収ではディズニーに競り勝った。
伝統的メディア企業の中で「ネットフリックス・キラー」の一番手はディズニーだとみられている。同社は19 年に独自のストリーミングサービス「ディズニープラス」をローンチする予定だ。主なコンテンツとして、『スター・ウォーズ』シリーズやディズニーとピクサーのアニメ映画、マーベルのスーパーヒーロー作品を持っている。そのうえ、1世紀フォックスの買収によって、『X-MEN」シリーズやテレビアニメ『ザ・シンプソンズ」のほか、『サウンド・オブ・ミュージック』 『エイリアン』『タイタニック』『アバター』などの大ヒット映画なども新たに獲得。ハリウッドの中でも頭一つ抜けたコンテンツの巨人であることは間違いない。
ディズニーは「ディズニープラス」開始に合わせてネットフリックスへのコンテンツ供給を全面停止する方針を示した。これまで独占配信権を得ていたネットフリックスは、コンテンツに大きな穴をあける格好になる。しかしヘイスティングスは平静を装っている。

「ディズニーのストリーミングは成功するでしょう。いいコンテンツがあるし、私も会員になるつもりです。でもそれほど脅威には感じていません。これまでもHuluと競争してきましたから。それに昔ほどディズニーに依存していないので、ディズニーのコンテンツがなくてもわれわれは引き続き成長できます」
ネットフリックス・キラー二番手はタイムワーナーの買収を決めたAT&Tだ。トランプ政権から独禁法違反として横やりを入れられたが、2年2月には司法省との法廷闘争に勝った。世界最大級の通信会社と世界最大級の娯楽・メディア企業が合体して打倒ネットフリックスに動きだした。
AT&T・ワーナーメディア連合は19年後半にストリーミングサービス「ウォッチTV」を始める計画だ。証券取引委員会(SEC)へ提出された文書によれば、ワーナーメディアが持つ映画やテレビドラマ、資料映像、ドキュメンタリー、アニメなどのコンテンツを全面活用するという。
AT&TのCEOランダル・スティーブンソンは2018年暮れ、大手金融機関UBS主催のメディア会議に出席して「大手メディア企業が膨大なコンテンツを巨大なパンドルに詰め込んで消費者に押し付ける――こんなやり方はもう通用しません」と言い切った。
AT&T・ワーナーメディア連合が計画するウォッチTVは、格安料金|月額5ドルーのスキニーバンドルだ。ニュース専門局CNNやドキュメンタリー専門局ディスカバリーなどのチャンネル前後が視聴可能になる。一方、ネットフリックスは地上波テレビやケーブルテレビの配信サービスには参入していない。
メディア業界の再編が続くなか、ネットフリックスの時価総額は一段と拡大した。8年半ば時点で1800億ドルを記録。アナリストの間では「明らかに割高」との指摘も聞かれた。ウェドブッシュ証券アナリストのマイケル・パクターは「ワーナー・ブラザースとHBOを傘下に抱えるタイムワーナーが840億ドル、7世紀フォックスが900億ドル。ネットフリックスはワーナー・ブラザース、HB0、7世紀フォックスの3社合計よりも大きいのでしょうか? ばかげてます」との見方を示した。
株式市場での高い評価をテコにして、ネットフリックスは一流プロデューサーや監督、脚本家を片っ端からスカウトした。ジェンジ・コーハン(『Weeds~ママの秘密』『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』)、ライアン・マーフィー(「アメリカン・クライム・ストーリー」「アメリカン・ホラー・ストーリー」「NIP/TUCK マイアミ整形外科医」)、ションダ・ライムズ(『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学」『スキャンダル 託された秘密』)、エリック・ニューマン(「ナルコス」「ヘムロ ック・グローヴ」ー。大物がこぞってネットフリックスと手を握ったことで、ハリウッド全体が驚愕した。これによってネットフリックスはドラマコンテンツの面で向こう10年の体制を固めた。

大きな不確定要素の一つはアップル

大きな不確定要素が一つある。アップルだ。 1年秋、死を目前にしてベッドに横たわったスティーブ・ジョブズは、伝記作家のウォルター・アイザックソンに、テレビについての自分の考えを語った。コンピューターや携帯音楽プレーヤー、スマートフォンでやったことをテレビでもやってみたいーこれが彼の夢だった。シンブルでエレガントな「アップルTV」のアイデアがひらめいたというのに、それを見届けられないことを悔しがっていたという。 「完璧に使いやすい統合型テレビを世に送り出したかった。あらゆるデバイスやiCloudとシームレスに同期し、DVDプレーヤーやケーブルテレビのような複雑で使いにくいリモコンは不要になる。シンプルさでは突出したユーザーインターフェイスを備えたテレビだ」
8年、アップルはオリジナルコンテンツ制作に向け大規模なスタジオを開設している。すでに新ドラマシリーズの制作に向け、大枚をはたいてスティーブン・スピルバーグやリース・ウィザースプーン、グウィネス・パルトローらハリウッドの大物との契約も済ませている。
誰がアップルの新スタジオを運営するのか。アップルはソニー・ピクチャーズのテレビ制作部門に目を向け、 『ブレイキング・バッド』や『ザ・シールド』などのヒット作を飛ばした最高幹部を引き抜いた。19年にはオリジナル作品のストリーミングサービス「アップルTV +」 を始める予定であり、オリジナルコンテンツ制作にと りあえず10億ドルの予算を割り当てた。2022年までに2億ドルへ増額する方針だ。 HBOは引き続き健闘している。契約者数は拡大しているうえ、契約者の中心層はどんどん若年化している。 HBOが誇る特大ヒット作『ゲーム・オブ・スローンズ』は世代を超えて広範なファンを獲得しており、この部分では誰もネットフリックスでさえも太刀打ちできない。 「ネットフリックスを取り囲むライバルは枚挙にいとまがないのだ。 アメリカ全体で制作されたテレビドラマシリーズは8年に500本以上に達し、過去1年間で3倍になっている。こうなってくると明らかに供給過多だ。HBOのCEOプレップラーは今後のカギを握るのはドラマの本数ではなく品質だとみている。「われわれはドラマの本数で勝負するつもりはありません。多ければいいというもんじゃない。あくまで品質で勝負します」
品質に加えて利益も必要だろう。7年の営業利益で比べると、HBOの8億ドルに対してネットフリックスは 8億3900万ドルにとどまっている。
ヘイスティングスは壮大な未来を予測している。ネットフリックス伝統の「郵便DVDレンタル」は終わるとみて、「最後のDVDは自分の手で配達する」と公言している。さらに、地上波テレビの時代は2030年に終わりを迎え、それ以降はインターネットテレビの時代が100年以上続くという。
ほんの10年前を思い返すと、あまりの違いにあぜんとしてしまう。車を走らせて、近所のビデオレンタル店で 映画をレンタルしていた。それが当たり前であり、今後もずっと続くと思い込んでいたのだ。
これからもHBOやFX、アマゾンなどの有力企業がさまざまな形で競争を続け、エンターテインメント、メディア、IT各業界の勢力図を大きく変えていくだろう。ただし一つだけ決して変わらないことがある。どれだけ各社が大金をつぎ込み、目もくらむようなテレビドラマを制作したところで、1日は1時間しかない。食べたり、働いたり、散歩に出掛けたり、ソーシャルメディアをチェックしたりー。残った時間を各社で奪い合う競争でもあるのだ。 ヘイスティングスはもう一つ予測している。ひょっとしたらそれはもう起きているかもしれない。「死ぬほど見たい映画やドラマがあったらどうしますか? 夜更かしするしかないでしょう。つまり競争相手は睡眠。ここでもわれわれは勝ちつつあります!」

ジーナ・キーティング (著), 牧野 洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2019/6/26)、出典:出版社HP

本書の成り立ち

本書は主に通信社記者時代の取材と本書用の独自取材によって構成されている。私は2004年から2010年にかけて英通信社ロイターのロサンゼルス支局記者としてエンターテインメント業界を取材し、業界に関する情報を多く集めた。加えて、本書執筆のために独自取材を進め、合計で100人以上にインタビューした。 一部を除いてインタビューはすべてオンレコ(記録あり)で実施し、相手の同意を得たうえで録音して文字に起こした。電子メールを通じて多くの追加取材も実施した。
取材の過程で、2年以上かけて全米各地へ何度も出張した。本書の登場人物に直接会うのはもちろんのこと、彼らが語る情景を自分の目で見て確認するためだ。ロイター時代の取材を通じて登場人物の大半をすでに熟知しており、本書中では私自身の印象に基づいて人物描写している。必要に応じて別の調査で得た情報も加味している。
財務・経営情報は主に三つのルートから収集した。四半期決算説明会の内容を記した資料(合計2千ページ前後) のネットフリックス、ブロックバスター、ムービーギャラリー、ハリウッドビデオの4社による投資家説明会34社を中心とした主要企業が起こした訴訟資料や法廷開示資料――である。足りない部分については通信社記者として書いた記事|どちらかと言えば実利的な内容ーに加えて、多数の一流メディアやブログからも引用した。本書の中ではできる限り引用元を明示した(引用元の記事・書籍は新潮社のHPにまとめてある)。 共同創業者リード・ヘイスティングスとマーク・ランドルフの家系について一言記しておきたい。 ヘイスティングスの家系を調査中、ニューヨーク・タイムズ紙の社交面で百万長者の科学者アルフレッド・リー・ルーミスとのつながりを発見した。ここではジェネット・コナントの名著『タキシードパークー第2次大戦を変えたウォール街の大物と秘密の科学宮殿」に大いに助けられた。同書はルーミスを詳細に描写しており、科学とマーケティングの融合―その産物がネットフリックスーの意味合いについて私が深く考えるきっかけを与えてくれた。
ランドルフの大叔父エドワード・L・バーネイズに関しては、バーネイズ自身の著書から多くを学んだ。パーネイズがアメリカ文化に多大な影響を与えた点については、ラリー・タイ著『スピンの父ーエドワード・L・バーネイズとPRの誕生』が参考になった。 ネットフリックス創業チームの協力を得られなければ、株式公開前の同社創業期に焦点を当てた第1~4章を書くことはできなかった。本書の調査のために惜しみない協力を申し出てくれたのは、ランドルフのほか、ミッチ・ロウ、クリスティーナ・キッシュ、ティー・スミス、ジム・クック、コーリー・ブリッジス、ボリス・ドラウトマン、ビータ・ドラウトマンらだ。彼らはインタビューに応じてくれたばかりか、資料やスクリーンショット、写真、メモも提供してくれた。
ヘイスティングスにも本書向けにインタビューを申し込んだものの、協力を得られなかった。しかし、7年に及ぶ記者時代に3回以上も単独インタビューしていたうえ、ネットフリックスの四半期決算や商品発表などのイベントを通じて何度も話を聞いていた。必要な情報はあらかた入手していたと思っている。
また、ヘイスティングスはネットフリックスの現役員・社員に取材協力の許可を与えなかったとはいえ、私が知る限りは元役員・社員に圧力をかけることもなかった。シリコンバレーはいろいろな意味で小さな村社会だ。本書の取材を進めている時期、ヘイスティングス株は急上昇していた。多くの人が彼のような有力者を怒らせてはいけないとびくびくしていた。
結果として、一部の取材先はヘイスティングスにとって不利と考えられる情報を提供する際に匿名を条件にした。当該情報を直接知る第三者による検証が可能であれば、私は匿名の条件を受け入れた。このような場合、ほぼ例外なく2人以上の第三者によって事実関係を検証できた。 登場人物の会話を直接引用で再現するとき、原則として会話の当事者と目撃者から聞いた話を基に構成した。
つまり、会話の当事者双方に確認するのを基本にしつつ、必要に応じて会話の現場を目撃した第三者にも確認して直接引用した。同時期に会話の内容を知らされた第三者に問い合わせることもあった。
直接引用できない場合、少なくとも2人以上の関係者に確認したうえで会話の要旨を地の文で記した。ここでの関係者とは会話の当事者ではなく、会話の現場を目撃した第三者か、同時期に会話の内容を知らされた第三者のことだ。

私がネットフリックスとブロックバスター両社に最初に本書出版計画を伝えたとき、両社経営陣からは「素晴らしい本になるのではないか」との反応を得られた。両社の対決とエンターテインメント業界の変貌をテーマにした本に興味を抱いてくれたようだ。
ブロックバスターの元役員から協力を得るのは比較的容易だった。ジム・キーズが最高経営責任者(CEO)に就任すると、経営の軸足がオンライン型レンタルから店舗型レンタルへ逆戻りした。それを受けて多くの役員が転職し、新しい職場でブロックバスター失墜の原因について質問攻めに遭った。事実関係を明確にしておきたかったのだろう。
私はブロックパスターに対して、何カ月にもわたってキーズとの直接インタビューを打診した。結局のところ、同社広報部の協力を得られず、なしのつぶてだった。とはいっても、ロイター時代にキーズに何度かインタビューしており、彼の思考や戦略観について本書の中できちんと伝えることができたと思っている。
すでに述べたように、ネットフリックス側ではヘイスティングスが取材協力を拒否した。しかし、尊敬すべきケン・ロスとスティーブ・スウェイジーは親切にも私の原稿に目を通し、事実関係をチェックしてくれた。おかげで、ほかの取材源では裏付けを取れなかった事実についても確認できた。
取材に応じてくれたネットフリックス役員の多くは寛容であり、新たな取材源として同僚も紹介してくれた。結果として、本書で描かれる同社の物語はよりカラフルになった。
インタビューではネットフリックス役員はそろって赤裸々に自己評価し、失敗も含めて正直に語ってくれた。私はジャーナリストとして長い間金融界・政界・法曹界を取材してきたが、このような取材先に巡り会うことはあまりなかった。間近で彼らと思考や感情を共有できたのは、望外の喜びである。

ジーナ・キーティング (著), 牧野 洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2019/6/26)、出典:出版社HP

目次

【日本語版特別寄稿】
史上初の グローバルインターネットテレビ

本書の成り立ち
プロローグ
第1章 暗闇でドッキリ
第2章 続・夕陽のガンマン
第3章 黄金狂時代
第4章 宇宙戦争
第5章 レオン
第6章 お熱いのがお好き
第7章 ウォール街
第8章 キック・アス
第9章 我等の生涯の最良の年
第10章 帝国の逆襲
第11章 Mr.インクレディブル
第12章 真昼の決闘
第13章 大脱走
第14章 勇気ある追跡
第15章 ニュー・シネマ・パラダイス エピローグ

謝辞
訳者あとがき

NETFLIX コンテンツ帝国の野望
GAFAを超える最強IT企業

私を彼らの物語へといざなってくれた
ネットフリックスとプロックバスターの人々、
そして私を支えてくれた母マーガレット・ロメオと

ジーナ・キーティング (著), 牧野 洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2019/6/26)、出典:出版社HP