落語名作200席 (上) (角川ソフィア文庫)

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極上のガイドブック

情緒たっぷりの廓噺「紺屋高尾」、涙を誘う家族ドラマ「子別れ」、子供に人気の言葉遊び「寿限無」など、寄席や落語会で口演頻度の高い噺が厳選されています。演目別にストーリーや主な会話、結末と落ちなどがコンパクトにまとまっており、落語の初心者・上級者を問わず楽しめる1冊です。

京須 偕充 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川学芸出版 (2014/3/25)、出典:出版社HP


落語名作200席 (上) (角川ソフィア文庫)

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目次

まえがき

青菜
あくび指南
明烏
麻のれん
愛宕山
あたま山
穴どろ
鮑斗

居酒屋
一眼国
井戸の茶碗
居残り佐平次
今戸の狐

浮世床
うどん屋
殿のたいこ
馬の田楽
うまやかし
厩火事

王子の狐
阿武松
近江八景
大山詣り
御血脈
お茶汲み
お直し
おばけ長屋
御神酒徳利
お見立て
親子酒
お若伊之助

火焔太鼓
掛取り万歳
笠碁
蹴沢
火事息子
片棒
かぼちゃ屋
がまの油
紙入れ
蛙茶番
替り目
集編
看板の一
巌流島

紀州
気の長短
胆潰し
禁酒番屋
金明竹
首提灯
首ったけ
減前圍籠

孝行糖
強情灸
高津の富
甲府い
紺屋高尾
黄金餅
小言幸兵衛
小言念仏
後生變
五人如し
子ほめ
子別れ
蔬酶問答
榆兵衛理

盃の殿様
佐々木政談
真田小僧
皿屋敷
三軒長屋
山号寺号
三十石
三人旅
三年目
三方一両損
三枚起請

鹿政談
紫檀楼古木
七段目
質屋庫
十憲
品川心中
死神
芝浜
締め込み
蛇含草
宗論
寿限無
松竹梅
素人鰻
城木屋
心眼

酢豆腐
崇徳院

千両みかん

粗忽長屋
粗忽の釘
粗忽の使者

番外 真景累ヶ淵

本書に登場する噺家一覧(上巻)

京須 偕充 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川学芸出版 (2014/3/25)、出典:出版社HP

まえがき

落語は好きだが、よくは知らない。そういう人がとてもたくさんいる。あの噺をもういちど聴いてみたいが、 演目名を知らないので、実演にも録音録画にも手が出せない。それが判明したとしても、とりあえず誰の口演を 聴けばいいのかよくわからないー。
そんな、落語の玄関口でのささやかな、だが基本的なつまずきが、この芸能と一般社会との間の風通しを、ひどく悪いものにしている。
数ある伝統芸能の中で、落語はいちばん身近な、誰にでも手軽に楽しめる、それでいて探れば結構奥も深い不 思議な存在だ。落語がルーツの「笑い」のパターンは、コントやコメディの中に限りなく拡散しているし、ヨイ ショ、セコい、マジ、ジャリ、トリ、前座などの寄席用語が国民の日常語に浸透している。「紅白歌合戦」の “大トリ”なんて、寄席にはなかった半新造語まで生まれているほどだ。 「昭和の名人」がことごとく世を去ったあとに思いがけず平成の落語ブームというのがあった。それも今は落ち 着いたが、聴き手側はすっかり世代交替して、客席には若い人や女性が目立つ。落語がまだ時代に取り残されて いないのはめでたい。 だが、落語の山脈をどう歩けばいいのか相変わらずよくわかっていない。このままにしておくと、また落語に縁遠くなる人が増えてしまうのではないか。
落語の玄関口は、これまでよりたしかに広くなっている。開放的な明るい雰囲気が出てきて、一般の人が入り やすくなったのは、九〇年代以降の若手の活躍のお蔭だろう。 だが、せっかく玄関口に集まった人々にも、まだ落語屋敷の間取りや、廊下の道順がよくわからない。 向こう見ずに奥へ入り込むと、落語三百年の歴史とともに生き続けた落語博士の妖怪が物陰に潜んでいるよう な気がする。おもしろいはずの落語で恐怖を味わいたくはないから、玄関先で失礼しようかー。 そうした膠着状況が、落語の空から雲や霞を払拭し切れない、いちばん大きな原因ではないだろうか。 一粒で効く特効薬はないと思う。が、そこを何とかしたい。その思いは今に始まったことではなく、落語に関するさまざまな仕事をしてきた私の、変わらぬテーマだった。本書もまた、その一環の産物なのである。
以上は本書の母体となった『ガイド落語名作100選」(弘文出版、一九九九年)の重版後の「あとがき」の書き出しの骨子だ。
それから十五年ほどたって、落語の環境はかなり変わったが、この種の書物へのニーズはあまり変わっていな いとみえて、こうして文庫化の日を迎えることになった。
私は芸が好きだが、噺はもっと好きだ。どういう作品を誰がどう演じるか。それが音楽でも芝居でも肝心要と 思っている。その観点から噺を選び、それを生かしてくれた噺家の名前をあげた。あくまでも私の聴き方を軸に 述べているが、この道ではずいぶん古くから仕事をしてきたので、噺の急所は心得ているつもりだ。これからもっと落語を楽しもうという方々のお役に立つところもあるかと思う。
初めに噺ありきのように申し上げた。私は初めに演者ありき派ではない。ある演者以外の落語は聴きたくない という人もあるが、それでは演者と心中することになりかねず、落語の広大な平原を百歩と歩いていないことになる。
特別な能力をもつ演者が噺を別のものにする例は史上数多くあるが、それほどの奇跡は年に二度も三度もある ことではないから、まずは三百年の寿命をもつ噺と素心に対話するのが、落語の楽しみ方の第一だろう。
上巻、下巻合わせて二百席余では、まだまだ落語の大海を渡り切れるものではないし、文章化しにくい噺のいくつかはあえて取り上げていないので、不満を抱かれる方もあろうかと思うが、まずはベーシックな噺を揃える ことが出来たのではないか。
噺をただデータ的に記述するのではなく、読み物としてもおもしろく紹介する。それが目的のひとつなので、噺によってはまるで口演速記に近い文字数になってしまい、事典としては項目が肥大化していると思われるだろ うが、それは著者の至らざるところ、おもしろくなかったら、平にお許しを願いたい。
なお、落語は小咄を核のようにして数多くの演者が歴史的歲月の下に噺を増幅拡充して今日の形になったもの がほとんどで、特定の作者が書き下ろした噺はとても少ない。 そのため筋立ても題名も今なお流動性を持っていて、ほぼ同一の噺にさえ、複数のバージョンやタイトルがあるのが珍しくない。
そこで本書所収の演目に限って、以下に別題や類似の噺、同工異曲版、また参考になる他演目などを列記しておく。
【上巻】
『あくび指南」(上方では『あくびの稽古」)。「気の長短」(ただ『長短」が多くなった)。『首提灯」(後 半が異なる「胴斬り」がある)。『高津の富」(東京では「宿屋の宮」)。『紺屋高尾」(『幾代餅」が極めて 類似)。『子別れ』(上が「強飯の女郎買い』、『屑屋の遊び」、下に『子は錠」の別題)。『佐々木政談」 (上方では「佐々木裁き」)。「皿屋敷』(東京では『お菊の皿」)。『蛇含草」(同工異曲に『そば清」)。 『素人鰻」(後半の簡潔形が「鰻屋」)。『酢豆腐」(改作版が『ちりとてちん」)。『粗忽の釘」(上方では 『宿替え」)。
【下巻】
『たちきれ線香」は「たちきれ(立切れ)」、「たちきり』の別称がある。「短命」は『長命』ともいう。『出 来心」を『花色木綿」でやることがある。『天狗裁き」(同工異曲に『羽団扇」)。「天神山』(東京の簡略形 は『安兵衛狐」)。『時そば」(上方の原形は『時うどん」)。『長屋の花見』(上方では「貧乏花見」)。 『夏どろ」(亜種は『置きどろ』)。『猫忠」(上方では「猫の忠信」)。「寝床」(別題に「素人義太夫(素 人浄瑠璃)」)。『野晒し」(上方の類似演目は『骨釣り』)。『のめる」(別題『二人群」)。『はてなの茶碗』(東京版は『茶金』)。「花見の仇討」(上方では『桜の宮」)。『妾馬」(別題『八五郎出世」)。『宿 屋の仇討」(上方では「宿屋仇」)。『夢の酒』(同工異曲に『橋場の雪(夢の瀬川)」)。「四段目』(上方 では『蔵丁稚」)。

青菜
「植木屋さん、菜をおあがりか」
「鞍馬より牛若丸が出まして」
◆プロット 「植木屋さん、御精が出ますな」
当お屋敷の旦那様から突然声をかけられて植木屋はびっくりした。
構図を考えることがあるから、たばこをすうのも仕事のうちだが、手を休めているときの不意打ちはパッが悪 い。実は、あまりに暑いので早仕舞にしようと思っていたのだ。
青いものに水を打ってくれたので風が 快いと旦那は喜び、仕事着の汚れがついても構わないから、と植木屋に 縁先の座をすすめ、自分の涼み酒を相伴させた。焼酎に味跡を割った冷用酒・柳影。有は下に氷を敷いた鯉の洗い。ああ、上流の生活。
「植木屋さん、菜をおあがりか」
青菜のおひたし、いただきます。旦那の打つ手に応えて奥様が直々のご登場、しとやかに三つ指ついて「鞍馬 より牛若丸が出ましてその名(英)を九郎(喰らふ)判官」「そうか。義(止し)経にしておきなさい」|菜 がない、ならばよそう、の客前での見事な隠しことば。
植木屋、長屋の自宅へ帰って、さっそく上流ごっこをしてみたくなった。付け焼き刃の上にガサツな女房ときているから、心許ないことこの上もない。友人が立ち寄る。 「植木屋さん、御精が出ますな」 「植木屋はおまえ、おれは大工。しっかりしろよ」
柳影と称してタダの酒、鯉の洗いとは真赤な偽り鯛の塩焼き。友人は一いちあきれながらも賞味してくれる。 「植木屋さん、菜をおあがりか」

京須 偕充 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川学芸出版 (2014/3/25)、出典:出版社HP