ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか 工学に立ちはだかる「究極の力学構造」

【最新 ロボット工学について学ぶおすすめ本 – 基本から応用まで】も確認する

ロボットの仕組みがよくわかる

お掃除ロボットが“生きた化石”に見える、ワイヤ駆動のヒューマノイドが“馬”に見えるなど、多くの先端ロボットはなぜか生き物の身体構造に近づいていくという不思議があります。本書では工学の視点から初めて見えてくる「生体」の精巧な力学構造を解明し、生き物の限界を超えるロボット機構学について語られています。

本作品は、縦書き表示での閲覧を推奨いたします。横書き表示にした際には、表示が一部くずれる恐れがあります。
また、画面が小さい端末の場合、文字サイズの拡大等により稀に体裁に違和感が生じることがあります。その際は、通常の文字サイズにお戻しのうえお読みください。

ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか
工学に立ちはだかる「究極の力学構造」
鈴森康一

扉デザイン/二ノ宮E(TYPEFACE)
図版/さくら工芸社

はじめに

私はこれまで、さまざまなロボットの設計に携わってきた。ロボットを設計するにあたって、どうしても気にせざるを得ない存在の一つが「生き物」である。生き物は、自然界で長い進化の歴史を経て生まれたもの、いわば「神様が設計したロボット」だからである。
ロボット設計者としての生き物への関心は、たとえば次のようなものだ。
どのような関節やモータ(動力)を使って動いているのか?どのような強度設計がなされているのか?―好むと好まざるとにかかわらず、私たちロボット設計者は、ロボットのお手本とも言える生き物の設計に興味を抱いてしまう。
ロボット工学は、人工知能や画像認識、制御工学にセンサ……等々、さまざまな専門分野に分かれているが、その中で私は、特にロボットのメカニズムを主な専門としている。
ロボットのメカニズム設計という立場からロボットとヒトを含めた生き物とを見比べると、数多くの共通点や類似点があることに気づく。外観だけではない。内部構造や動くしくみを比較しても、両者にはたくさんの共通点があるのだ。
なかでも興味深いのは、「意図せざる」共通点がいくつも見つかることだ。ロボット作りはもともと、ヒトをはじめとする生き物を模倣するところからスタートした。したがって、生き物をまねて作られたロボットが生き物に似るのは当然のことだ。ところが、本来は生き物をまねる必要のないロボットや、設計者自身は生き物を意識せずに設計したであろうロボットたちもまた、どういうわけか生き物に「似てしまう」のである。
8年前に私は、『ロボット機構学』(コロナ社)という、ロボットのメカニズムの設計や解析に関する専門書を書いた。同書をまとめる過程で、ロボット機構学の理論や知見には、そのまま生き物のからだに適用できる部分がたくさんあることに気づいた。ロボットにおける理論がうまく生き物に適用できるとき、そこには「神様が施した設計の意図」が透かし見えてくる。
たとえば、ウマという生き物を「走るロボット」という観点から見つめ直すと、その工夫された構造やメカニズムに感嘆し、大いなる自然の中に設計ポリシー”の存在を感じてしまうのだ。
20代の頃の私にも、こんな実体験がある。FMA(フレキシブルマイクロアクチュエータ)という柔らかいからだを持ったロボットを開発したときのことだ。工学の知識やコンピュータを使って考えに考えぬいて作りだしたFMAを学会やマスコミに発表した際、ヒトのからだの「ある部分」とまったく同じ構造であるという指摘を受けた。それがどこなのかは本文を楽しみにしていただくとして、あまりに意外で予想もしていなかった部位だけに本当に驚かされた。
駆け出しの設計者であった私が知恵をふり絞って一生懸命考えて行き着いた場所に、実は生き物が先着していた――。私と同じことを神様がすでに考えていたのである。感慨深く、ショッキングな体験であった。
本書では、これら私自身の経験を例にとり、ロボット設計者が一生懸命に考えて作製したロボットと、自然が築き上げた(あるいは神様が設計したと言うべきか)生き物の構造とが、どうしても「似てきてしまう」事実を紹介していく。そして、その背景に力学的かつ幾何学的な理由が明確に存在することもお伝えしたい。
一方で、ロボットと生き物との間に横たわる大きな違いを感じる場面についても、お話ししていくつもりだ。「自然は素晴らしい。長い進化の中で工学的にも納得のいく究極の設計が実現されている」というのは本書の主要なテーマの一つではあるが、私は自然が作り上げた生き物の設計を絶対視しているわけではない。ロボットにはロボットの、生き物とは違った設計思想や可能性があると考えているからだ。
本書の後半では、「神様の設計を超える」挑戦とも言えるロボット設計独自の発想や試みについて語ってみたい。たとえば、車輪やプロペラ、スクリューといった回転機構は、ロボット設計者が最も好んで使うものだが、生き物のからだにはクルクル回る回転機構はほぼ皆無である。
神様はなぜ、回転機構を使わないのか?あるいは、ロボット設計者が好んで使う金属材料を使わないのはなぜか?強い骨や歯、爪、外敵から身を守る硬い皮膚が作れるのに……。「なぜ似てしまうのか」という問いかけのさらにその先に、ロボット工学者ならではの、生き物に対する新たな視点が生まれうることも、あわせて紹介していこうと思う。
自然界で長い進化と淘汰の歴史を経て生まれた生き物と、エンジニアが知恵をしぼって工学の知識を駆使して設計したロボットー対極にある両者の構造や動くしくみを、ロボット設計者の視点から眺めてみる旅に、しばしお付き合いいただきたい。
そこに広がる風景からは、ロボットや生き物に対する視野の広がり、神様の設計の意図を工学の知見で理解してゆく面白さ、自然の素晴らしさへの感銘と畏敬の念、動物の体構造から得られる新しいロボット設計のヒント、そしてロボットだけに許される「神様の設計」を超える可能性……、さまざまなものが見えてくるはずだ。

目次

はじめに
I部 「まねる」と「似てしまう」のあいだ
第1章 それは「似せる」ことから始まった
疑似人間を作りたい!/「似せる」意味を考えてみる/生き物に「似てしまう」ロボットたち

Ⅱ部 ロボットはなぜ、生き物に似てしまうのか?
第2章 巨大ショベルカーとゾウがそっくり!?―ロボットも生き物も、力学法則から逃げられない
ゾウとアリとショベルカー/横着者の設計者が見落としたもの/力学法則は空中も支配する/飛行姿勢も似てしまう?/ティラノサウルスの姿を変えた力学法則

第3章 「足を動かす順序」まで似てしまう!?―生き物はいつも先手を打っている
脚の運びが「似てしまう」/4脚歩行と「倒れないテーブル」の共通点は?/四つん這いで歩いてみよう!/ウマの肘はどこにある?/脚が増えたらどうなる?―6脚歩行の場合/支持多角形は必要不可欠なのか?/大腸内を自走するロボットが似てしまう相手は?/波を使ってからだを動かす/謎を解いたその先に……/カメラの中に尺取虫?/もう一つの移動方式――そして
謎は残された

第4章 2足歩行ロボットはテニスプレーヤー!?―なぜ彼らは「中腰」なのか?
ヒトの腕は何方向に動く?/マジックナンバー6/マジックナンバーより多いアーム、少ないアーム/UFOキャッチャーの自由度はいくつ?/「生きる戦略」で自由度を変える生き物たち/なぜ3つのパーツでできているのか/2足歩行ロボットはなぜ”中腰”なのか?―消えた自由度の謎/クルム伊達公子のレシーブ姿勢

第5章 柔らかいからだと柔らかい動き―なぜ、ロボットにも生き物にも“いい加減さ”が必要なのか?
“いい加減さ“を求めはじめたロボットたち/コンプライアンスを重視せよ/ピーカを摘むのはなぜ難しいか?/まさか自分のからだに似ているとは……/硬いからだを柔らかく動かす/ロボットに正座させる?/ヒトの膝関節の驚異/「ロボットが背中をかく」ためにはどうすればいいか?

Ⅲ部 ロボットを誘惑する生き物たち―工学から見た生き物のからだの機能美
第6章 ロボット設計者が憧れる究極のモーターロボットはなぜ、握手が苦手なのか?
減速機の役割―なぜ速度を落とす必要があるのか?筋肉とは「似て非なる」人工筋肉/筋肉とアクチュエータの共通点/ワニの顎に見る筋肉の弱点/筋肉に隠された魅惑のメカニズム/握手と死後硬直の奇妙な関係/動物の筋肉はムダに多い?/ロボットではあり得ない筋構成/ロボットはなぜキャッチボールができないか?

第7章 神は細部に宿る―思わずまねたくなる生き物たちの微細構造
サメ肌とアメンボの足に魅せられて/まだまだあるロボット設計者のアイディアの源泉/「神の製造技術」を求めて/「自己組織化」の応用/自ら故障を修理するロボット、子孫を残すロボット/「異方性」に注目せよ垂直壁を歩く足に求められる条件/「摘む」より「手放す」が難しい

第8章 ロボットと生き物の境界線――自然治癒するロボットはなぜ難しいか?
「生き物に見える」ロボットの特徴を考える/自己複製はなぜ難しいか?/「形を最適化する」エンジニアの設計手法/神様はまったく異なる設計手法を持っている/現地生産か、工場生産か

Ⅳ部 神に挑む―「生き物を超える」ロボット作りを目指して
第9章 神様に素朴な質問を投げかけてみる―人間にはなぜ、2本しか腕がないのか?
なぜ金属を使わないのか?/重くなるから?―ではない!/磁石に引き寄せられる生き物たち――彼らは「例外」なのか?/現地生産方式の限界生産方式が材料を選ぶ/では、回転機構を使わない理由は?/「車輪機構は凸凹道に不向き」に反論する/身長差の段上に上る方法/大きな段差を乗り越える車輪機構は実現可能!/チューブと電線、血管と神経/難題を解決する“裏技”/生き物の形は「洗練された設計」なのか?/マイナーチェンジを重ねる生き物、フルモデルチェンジを行うロボット

エピローグ 「カンブリア紀」に向かうロボットたち―ロボットはなぜ、急速に“進化“できたのか?
お手本を乗り越えてこそ/ロボット版「カンブリア大爆発」を!

あとがき
参考文献

Ⅰ部 「まねる」と、「似てしまう」のあいだ