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【最新 地方自治体財政を学ぶおすすめ本 – 基本から実務まで】も確認する
地方財政の新入門書
地方財政制度を作り上げてきた先人たちの物語が描かれています。それらを通して無味乾燥なはずの地方財政制度の裏側にある地方自治への熱い思いが伝わってくるので、楽しみながら読み進めることができます。歴史的な視点を踏まえて、日本の地方財政の現状を理解できる1冊です。
はしがき
歴史の大きな流れは、社会経済的な構造の変化によって動かされる。しかし、確率論が示すように、偶発的な出来事によって、流れが変わることも少なくない。マクロ経済のような無数の担い手によって動かされるものの場合には属人的な働きはみえないが、地方財政のような制度形成においては、担い手はごく少数に限られており、その過程における属人的な働きが結果を大きく左右する。それは、文字通りドラマそのものである。歴史が動いた瞬間に着目し、その当時の背景に十分注意しながら、どのようなパワーバランスで制度運営がされていったかをみることが重要である。
筆者は、『日本地方財政史』(有斐閣、2017年)において、敗戦後の地方財政制度の形成過程を通史的に振り返ってみた。同書では、事実関係を捕捉し、その因果関係を記述したが、背景にある属人的な動きは、残念ながら脚注の一部に紛れ込ませることしかできなかった。物語として面白い部分は十分に描けていない。
そこでいう物語とは、「制度を担うというのはどういうことなのか」を考えさせられるものである。そこには、今後のあり方を考えるときのヒントがある。改革が求められる時代では、制度形成の過程でどのような議論があったのか掘り起こしていく必要がある。そうした検証作業を怠れば、改革は頓挫するからである。そこで、本書は、地方財政の制度形成において、重要と思われるエピソードを厳選して、属人的な働きがみえる読み物として書き起こすこととした。限られた資料をもとに再現ドラマを制作するようなものである。
敗戦後から、昭和、平成、令和の時代を通して、わが国の地方財政の制度形成の過程を振り返った際に、占領統治下で日本国憲法と地方自治法が制定され、内務省が解体され、シャウプ勧告が地方税改革のみならず、地方財政平衡交付金の導入を勧告し、事務再配分を促したことのインパクトは実に大きい。
本書では、最初の4つの章は、シャウプ勧告にかかるエピソードである。一般に、研究者は、シャウプ勧告が勧告通りに実施されなかったことに対して、否定的な考え方をすることが多い。それに対して、本書では、シャウプ勧告が実行可能性に欠いた案であって、その通りに実行できないと、当時の地方自治庁の幹部たちが論理的に考えていたことを明らかにした。その考え方が妥当であるかどうかを検証することが、地方財政制度の運営のあり方を考える出発点になる。シャウプ勧告は、理想的な地方自治を鮮やかに示した。しかし、その通りにはけっして実施できなかった。そこで、シャウプ勧告の理念を方向性の議論として受容したうえで、現実的に運用可能な制度に作り替えていったというのが本書の見立てである。
後半の4つの章は、地方財政制度の運営に係る問題である。地方交付税の法定率の引き上げをめぐる国の財政当局との対立と、年度間調整における国の財政当局との協調に続いて、地方自治体が国に対して地方財政制度のあり方に対して行った2つの訴訟を取り上げた。そこには、地方財政制度のあり方に関わる本質的な考え方が顔を出している。制度を運営する側の論理はあえてみようとしなければ表面化しないが、そこに気を止めることが重要である。
地方財政には3つの敵がある。大蔵省(財務省)、市場主義、そして地方自治原理主義である。本書では、大蔵省(地方財源では主計局、地方債関係では理財局)はヒール役として度々登場する。地方財政を主役として物語を書く以上、そこはご容赦いただきたい。本当に書きたかったことは、自治省と大蔵省が、公経済を支える車の両輪として協調する瞬間と対立する瞬間があり、大蔵省が国の財政当局の論理だけで押し通そうとしたときには、何かが起きるということである。その一方で、地方自治原理主義は、地方財政の内部の敵である。本書では、シャウプ勧告への理解という点で、地方自治原理主義の弊害をいかに除去すべきかについて考察している。本書が取り上げた物語は、もっぱら昭和の時期であり、3つめの敵である市場主義との対立はそれほど顔を出していない。何れ続編を書くときがあれば、そこが焦点となるであろう。
本書は、日本加除出版株式会社の編集者である倉田芳江氏の強いお勧めによって出版することができた。深く感謝申し上げたい。物語として地方財政の歴史を掘り起こす機会を得たことは、望外の幸せともいうべきであろう。原稿を書き進めながら、自分が書きたかったことに改めて気づく瞬間も少なくなかった。
本書の草稿に対して、総務省OBの平嶋彰英氏や自治体関係者から多くのコメントをいただいた。そのすべてを反映させることはできなかったが、ご意見をいただいたことに感謝申し上げたい。
筆者も、研究者としてどうやら黄昏時を迎えてきた。願わくは、北欧の夏の薄暮が長く続くように、これからも精進をしていきたい。
2019年、令和となった年の終わりに
筆者
著者紹介
小西砂千夫(こにし さちお)
昭和35年、大阪市生まれ
関西学院大学経済学部卒業、博士(経済学)
現在、関西学院大学大学院経済学研究科・人間福祉学部教授
専門は、財政学
過去に就任した公職
総務省
地方財政審議会專門委員
地方財政の健全化及び地方債制度の見直しに関する研究会座長
地方公会計の活用の促進に関する研究会座長
下水道財政のあり方に関する研究会座長
主な著書
『地方財政改革の政治経済学』(有斐閣、平成19年)
『日本財政の現代史Ⅲ』(編著、有斐閣、平成26年)
『日本の地方財政』(神野直彦と共著、有斐閣、平成26年)
『日本地方財政史』(有斐閣、平成29年)
『社会保障の財政学』(改訂版、日本経済評論社、令和元年)
『自治体財政健全化法のしくみと運営』(学陽書房、令和元年)
目次
第1章 シャウプ勧告は理想論だが、ワークしない提言だった
第2章 地方財政制度の運命を定めた「穴あき地方財政計画事件」
第3章 道州制はなぜ実現しない、地方分権はもう終わりなのか?
第4章 補助金を改革しようとすると義務教育費国庫負担金が暴れ出す
第5章 地方交付税はマッハだよ―法定率30%の壁をめぐる闘い
第6章 お互いにダラ助になって来た―地方交付税の年度間調整
第7章 国庫支出金の超過負担問題で天下を震験させた摂津訴訟
第8章 起債自由化を求めた東京都起債訴訟は時期尚早だった
最終章 物語をいまにつなげるために
②地方財政法第26条は最後の砦
③借入資本金はクールビズ
④内務省以来の伝統である三惚れ主義
第1章 シャウプ勧告は理想論だが、ワークしない提言だった
国民に絶大な人気があったシャウプ使節団
シャウプ使節団のカール・S・シャウプ(コロンビア大学教授)が来日したのは、昭和24年5月10日であった。来日時に49歳。名門コロンビア大学教授という経歴もさることながら、ニューヨーク州租税委員会幹事や、財務省租税研究顧問なども歴任し、実務に強いという経歴があったことで来日要請がされたという。
シャウプ教授は、来日前年の秋、研究室で、日本を占領統治したGHQ(連合国軍総司令部)の組織であるESS(経済科学局)の歳入課長であったハロルド・モスから、電話を受けている。旧知ではなく、突然の電話であったという。後日、ニューヨークで対面したところ、モスは「マッカーサー司令部は日本の税制について、外側から客観的な研究をする必要がある」と説明し、シャウプに来日を要請した。シャウプは「もしこのような使節団を組織するものであれば、私は他の同僚たちと相談をし、その人たちと一緒に仕事をしなければ成功はおぼつかない」として来日時期に加え、「報告書の公表についてです。綴告書が有益であるかどうかということは、それが公表できるかどうかということにかかる点が大きい」と条件をつけた(*1)。