クリーンミート 培養肉が世界を変える

【最新 食の未来について学ぶためのおすすめ本 – フードテックの現状と今後の展望】も確認する

家畜を育てずに肉食を続ける第1歩

クリーンミートとは、動物の細胞を人工的に培養して科学的に作った肉のことです。本書では肉だけでなく、皮革や鶏卵なども培養によって作ろうとしているベンチャー企業が紹介されており、様々な視点から現代の食について学ぶことができます。

ポール・シャピロ (著), ユヴァル・ノア・ハラリ(序文) (その他), 鈴木 素子 (翻訳)
出版社 : 日経BP (2020/1/9)、出典:出版社HP

目次

序文 ユヴァル・ノア・ハラリ
第1章 培養肉をつくる
第2章 科学の進歩で動物を救う
第3章 グーグル創業者からの支援を武器にする
第4章 培養レザーで先陣を切る
第5章 クリーンミート、アメリカ上陸
第6章 プロジェクト・ジェイク
第7章 食品(と物議)を醸す
第8章 未来を味わう
謝辞
訳者あとがき

序文

ユヴァル・ノア・ハラリ
いま、地球上の大型動物のほとんどは工場型の大規模農場で暮らしている。私たちが思い描く地球は、広大なサバンナをライオンやゾウが自由に歩き回り、ペンギンが海を自由に泳ぎ回る、そんな地球だ。ナショナル・ジオグラフィックTVやディズニー映画、子ども向けのおとぎ話の中では、そのとおりかもしれない。だが、テレビ画面の外の現実の世界には、もはやそんな地球は存在しない。
いま、世界にはライオン4万頭と家畜化された豚10億頭、象50万頭と家畜化された牛15億頭、ペンギン5000万羽と鶏500億羽が暮らしている。2009年の個体数調査では、ヨーロッパには全種合計で16億羽の野鳥がいることが確認された。同じ年にヨーロッパの養鶏場で飼育された鶏の数は70億羽近くにのぼる。地球上の脊椎動物の大半は、もはや自由には生きられなくなっている。ホモ・サピエンスというただ1種類の動物に所有され、支配されているのだ。

工業型の大規模農場にいる何十億もの動物たちは、痛みや苦しみを感じる生きものとしてではなく、食肉、牛乳、鶏卵を生産する機械として扱われている。工場に似た施設で大量に生み出される動物たちは、体そのものも、畜産業のニーズに合わせてつくり変えられている。そして一生を巨大な生産ラインの歯車として過ごし、生存の期間も質も、農業関連企業の損益計算によって決定されている。動物に与える苦痛の総量からすれば、工業的畜産はまちがいなく、史上最悪の犯罪のひとつに数えられるだろう。
これまでの科学的研究や技術的発明は、畜産動物の生活を悪化させるばかりだった。古代エジプト、ローマ帝国、中世の中国といった伝統的な社会では、生化学、遺伝学、動物学、疫学に対する人間の理解は非常に限られており、そのぶん人間にできることも限定的だ。中世の村では鶏は家々の間を自由に走り回り、ごみの山の中から種や虫をつつき出し、納屋に巣をつくっていた。もしも1000羽の鶏をひとつの小屋に押し込もうとする野心的な農民がいたら、おそらく致命的な鳥インフルエンザが流行し、すべての鶏が死滅しただけでなく、村民の多くも命を奪われたにちがいない。聖職者であろうとシャーマンや呪術医であろうと、それを防げる者はだれひとりいなかった。
だが、鳥、ウイルス、抗生物質の神秘が現代科学の力で解き明かされると、人間は動物を過酷な生活環境下に置けるようになった。いまでは予防接種や薬剤、ホルモン剤や殺虫剤、集中空調システムや自動給餌器、そのほか多くの目新しい機器のおかげで、何万もの鶏や動物を小さな小屋に詰め込んでおける。そこでは過去に例のないほど効率良く肉や卵が生産されていると同時に、動物たちは過去に例のないほど悲惨な状態に置かれている。

21世紀の人間は、科学と技術の発展により、動物に対するさらなる支配力を手にするだろう。40億年にわたって地球上の生命を支配してきた自然淘汰の法則は、まもなく、人間によるインテリジェント・デザインにその座を明け渡すだろう。しかし、技術はけっして決定論的なものではない。同じ技術革新を利用して、まったく異なる社会や状況をつくり出すこともできるのだ。たとえば20世紀の人間は、列車、電気、ラジオ、電話などの産業革命による新技術を使って、共産主義独裁政権、ファシスト政権、民主主義国家など、体制の異なる社会を生み出してきた。
同様に、21世紀のバイオテクノロジーにもさまざまな利用方法があるはずだ。動物たちの苦痛を顧みず、より早く、より多くの肉がとれるように牛、豚、鶏のゲノムを設計し直すこともできれば、動物を飼育することも1頭丸々殺すこともせずに細胞を培養し、クリーンミートという名の本物の肉をつくることもできる。後者の道を選ぶなら、バイオテクノロジーは家畜にとって、災厄から救済への180度の転換を果たすことになるだろう。培養肉の技術を使えば、非常に多くの人が熱望する食肉を、現在の畜産業が地球に強いている甚大な犠牲を払うことなく生み出せる。というのも、食肉は細胞から培養するほうが、動物を飼育したうえで同じ量の食肉を獲るよりも、はるかに効率が良いからだ。
クリーンミートはSFの産物ではない。本書にあるように、2013年には世界初の培養肉ハンバーグがつくられ、人間の口に入っている。たしかにこのハンバーグは、グーグル共同創業者のサーゲイ・ブリンの援助を得て、8万ドルもの資金をかけてつくられたかもしれない。だが、思い出してほしい。いまではわずか数百ドルでできるヒトゲノムの解読も、最初は何十億ドルもかかったのだ。実際、世界初のクリーンミート・ハンバーグをつくった研究チームは培養プロセスを改良し、初の試食会のわずか4年後の2017年には、以前よりずっと低いコストでハンバーグをつくれるようになっている。
すでに、競合する企業も続々と生まれている。あるアメリカ企業は2016年、世界初の培養ミートボールを1200ドルという比較的低価格でつくることに成功している。2017年には史上初の培養チキンサンドイッチと培養鴨肉のオレンジ風味(鴨のローストのビガレードソース添え)をさらに低コストで生産し、近い将来、商品化する構えだ。適切な研究と投資さえあれば、クリーンミートは今後10年か20年で、牛や鶏を飼育するよりも安く、大量に生産されるようになるだろう。ステーキが食べたくなったら、牛を1頭丸々育てて殺す代わりに、ステーキを育てるだけでよくなるのだ。
この技術に秘められた変革の力の大きさは、どれほど強調してもしきれない。価格さえ手ごろになれば、殺された動物の肉をすべてクリーンミートに置き換えることは、倫理的に意義深いだけでなく、経済的、環境的に見ても大きな意義がある。畜産業は地球温暖化の主要因のひとつであり、国連の調査によれば、畜産業から生じる温室効果ガスの排出量は、運輸部門全体のそれに匹敵する。

気候変動だけではない。畜産業は抗生物質とワクチンの消費市場としても、空気、土地、海の汚染原因としても、トップクラスにランクしている。ヒトによって引き起こされている地球規模の問題を嘆く場合、非難の矛先は石油や石炭会社に向かいがちだが、現代の食肉産業はそれに劣らぬ汚染源なのだ。化石燃料をクリーンエネルギーに置き換える必要があるのと同様、私たちは工業的畜産をクリーンミートに置き換える必要がある。破滅的な気候変動や環境汚染から地球を救うには、クリーンミートへの転換が不可欠だ。
希望にあふれた魅力的な本書で、ポール・シャピロは「細胞農業」と呼ばれる食品・衣料品の新たな生産方法の可能性を生き生きと描き出している。細胞農業の技術のおかげで、人間はまもなく、毎年何十億もの家畜を飼育し、殺すのをやめられるかもしれない。そしてさほど遠くない将来、工業的畜産を戦慄をもって振り返るのかもしれない。幸い、いまは過去の遺物となった、奴隷制と同じ人類史の汚点として。

21世紀のテクノロジーによって、人間は神に等しい創造と破壊の力を手にするだろう。しかしテクノロジーは、その力をどう使うべきかを教えてはくれない。「すばらしい新世界」の設計を任されることになったとき、人間はヒトだけでなく、感覚をもつすべての生き物の福祉を考慮すべきだ。私たちはバイオエンジニアリングの驚異を用い、楽園をつくることもできれば、地獄を生み出すこともできる。賢い選択ができるかどうかは、私たち一人ひとりの肩にかかっている。

ポール・シャピロ (著), ユヴァル・ノア・ハラリ(序文) (その他), 鈴木 素子 (翻訳)
出版社 : 日経BP (2020/1/9)、出典:出版社HP