フェイクニュース時代を生き抜く データ・リテラシー (光文社新書)

【最新 フェイクニュースを知るおすすめ本 – 真偽を見分けてメディアリテラシーを身につける】も確認する

今の時代を生き抜く考え方

著書は元ニューヨーク・タイムズ東京支局長。日本の大手メディアの構造的な問題点についてに限らず、世界のフェイクニュースの現状、中国の情報戦、米国の新興デジタルメディア、一個人としてどういうメディア・リテラシーを持つのが良いかなど、幅広いトピックについてコンパクトにまとまっています。

マーティン・ファクラー (著)
出版社 : 光文社 (2020/4/14)、出典:出版社HP

目次

序章「データ・リテラシー」の時代
情報に流されないための新スキル
本書のねらい・12日で「5兆バイトの100万倍」ものデータが生成
毎分3万6000のツイート
ネットでモノから人までつながり始めた

第1章「紙」とともに消える日本の新聞
トランプがもたらしたNYタイムズの黄金時代
ホワイトハウスからの締め出しが追い風に
NYタイムズのアプリをフル活用せよ
デジタル転換に遅れる日本の新聞
スマートフォンによって変わった伝え方
マクルーハンの至言「メディアはメッセージ」
20年で1600万部もの激減
記者クラブ制度とアクセス・ジャーナリズム
新時代の「キャンペーン・ジャーナリズム」
大物プロデューサーを追及する#Me Too運動
原発事故のSPEEDI隠蔽
「吉田調書」をめぐる朝日の失敗
小泉進次郎の「脱原発発言」
報道姿勢を今こそ問い直せ
販売店と配達制度の症桔

第2章フェイクニュースに操られる世界
下院議長を「酔っぱらい」にした動画
「トランプ応援団」FOXニュース
「リアリティTV」と化したホワイトハウス
フェイクニュース・マスター
ロシアが仕掛けたヒラリー妨害工作
オールド・メディアへの回帰
トランプのフェイク集
ステレオタイプは記憶に残りやすい
悲劇一歩前の「ピザゲート事件」
フェイクニュースの3つのパターン
トーマス・ジェファーソンとトランプの共通点
言葉の”魔術師”
タイムラインを埋め尽くすトランプのつぶやき

第3章中国が仕掛ける情報戦
中国の禁句「くまのプーさん」
北京で200万人の「サイバー監視員」
セレブ生活を送る首相の娘もNGワード
中国政府が世界で繰り広げる情報境乱
「雨傘運動」をSNSで語るリスク
中国政府が作った2万個のアカウント
休眠アカウントが乗っ取られる
2つに分かれるネット空間
中国資本がハリウッドを変えていく
『トップガン』から消えた日の丸と台湾国旗

第4章ジャーナリズムと戦争
戦争を起こしたイエロー・ジャーナリズム
人々を駆り立てる「リメンバー」
オーソン・ウェルズが広めた「宇宙戦争」
ソーシャル・メディアとラジオの類似性
貧困地域ではラジオが扇動メディアに
原発の広報官になった日本のメディア
フェイクの元祖「大本営発表」
隔離された「零戦最後のパイロット」

第5章海外ジャーナリストが見るメディア20
ネットが促進した「タコツボ化」
無料メディア・アクシオスを使い倒せ
ニュースは専用アプリで直接読もう
メディアのメールマガジンを活用せよ
日本でも聴けるNPR News Podcasts
フィナンシャル・タイムズに追随する日経電子版
「ワセダクロニクル」の調査報道
今こそ新メディアを作る好機
メディアの復権
独立系識者のツイッター
左右両方の意見を意識的に聞く
「インフルエンサー」と「インタープリター」
私がフォローする日本の論客

第6章日本のジャーナリズム復活のために
NYタイムズの復活と「新しい危機」
客観性とアジェンダ…のmanipulationとempowerment…社説はもういらない
オピニオンは署名入りで書け
悪質アカウントを見破る6つの方法
ブロックとミュート
建設業者の「サクラ」コメント
ソーシャル・メディアのパトロール隊
書きこみへの責任を回避するプラットフォーム
SNS規制が急務
世界が注目した日本のブロガー殺人事件
東京オリンピックで強化されるネット監視

付録フェイクニュース還を敵り上げる級編9編

おわりにゲートキーパーとしてのジャーナリズム

取材・構成/荒井香織

マーティン・ファクラー (著)
出版社 : 光文社 (2020/4/14)、出典:出版社HP

序章「データ・リテラシー」の時代

情報に流されないための新スキル

私たちは今、「第4次産業革命」(Industry4.0)の始まりを目撃している。
18世紀終わり、蒸気機関の発明によって工場の機械化と人・モノ・カネのダイナミックな移動が可能になった(第1次産業革命)。重化学工業を中心とする第2次産業革命を経た20世紀初頭には、電気機関の発明によって大量生産・大量消費社会が到来する。
1970年代初頭になると、マイクロ・エレクトロニクス(微細技術を用いた電子工学)とIT(情報技術)の進展によって、製造業の自動化が急速に進んだ(第3次産業革命)。
20世紀終わりに生じたIT革命は、生産技術をさらに高次の段階へ移行させる。インターネットとパソコン、スマートフォンを通じて、世界中の人・モノ・サービス・カネが結びつくIoT(Internet of Things=あらゆるモノがインターネットによってつながる社会)が実現したのだ。ロボットとAI(人工知能)が駆動する現在の第4次産業革命において、最も重要なものは何か。データだ。
しかし私たちは、データが日常生活をいかに変えうるか、その本当の可能性について理解していない。
地球上で暮らす。億もの人々は、日々膨大なデータを生み出す。そのデータは政府と企業によって追跡・分析され、ビッグデータとして集積する。
政府はビッグデータを使い、自分たちに有利なアジェンダ(政策課題)を設定したい。そのアジェンダに対して社会的合意を獲得し、支持率を高めたい。政党は、選挙に勝つために「ビッグデータを活用して対策を打ち、世論を形成する。
ビッグデータは、新商品やサービスを売りたい企業にとっても役立つ道具だ。しかし、悪用も多い。英語圏で「トロール」(troll)と呼ばれる荒らし屋やネット右翼は、ツイッターやフェイスブックなどのSNS(social networking service)で、意図的にフェイクニュースを流して世論を撹乱する。
人間やAIがデータを使って私たちを誘導し、騙す能力は、これからますます高くなる。昔は写真を捏造するのが困難だったから、写っているものはすべて「これは真実だ」と信じられた。逆に、写真になっていないものは噂や風聞の可能性があると考えられた。
今は素人には見分けがつかない精度で、写真や動画はいくらでも捏造できてしまう。本物の情報なのか、あるいはフェイクニュースなのか、普通の人にはとうてい見分けられないディープ・フェイク(deep fake)が、これからどんどん作られていくだろう。
本物そっくりの虚偽や権力者による扇動が溢れる情報の洪水の中、私たちは正しい判断を下すために、いかにして真実を見極めればいいのか?そのために必要となるのが、「データ・リテラシー」だ。
従来、「メディア・リテラシー」の重要性が主張されてきた。これは、テレビや新聞、ラジオといったマスメディアが発信する情報を正しく読み取る能力を指す。しかし、SNSが発達した今、人々は情報の受け手であると同時に作り手でもある。日常生活において、情報源としてのいわゆるオールド・メディアの役割は低下し、ツイッターやフェイスブック、インスタグラム、LINEなどのSNSやネットメディアのデータ』が席巻している。
このデジタル時代を生きる私たちはネット上の情報がどのようにして生まれ、広がっているのかについて意識的にならなければならない。グーグルやLINEに操られるのではなく、私たちが自ら人生の主導権を握り、身を守るための方策を学ばなければならない。そのための新しいスキルを「データ・リテラシー」と呼びたい。データ分析のニュアンスを感じられるかもしれないが、分析にとどまらずデータを解釈し行動につなげる能力を指す新しい言葉としてアメリカでは用いられることがある。本書では、スマートフォン等を通じた一般的なネット利用者に必要な基礎知識という広い意味で積極的に用いる。

本書のねらい

本書は、データ・リテラシーの身につけ方を示すとともに、読者の皆さんに情報の「積極的な利用者」になることを提唱する。読んだり見たりしたことをそのまま受け入れる姿勢は危険だ。情報の本当の価値を理解し、真実とフェイクニュースを選別し、悪意のあるSNSアカウントを見極められるようになってほしい。この混とんとした情報の海を賢く渡っていく術を、今から学んでもらいたい。
そして、2020年冬に感染が拡大している新型コロナウイルス問題は、まさにデータ・リテラシーの重要性を示している。フェイクニュースが蔓延する時代で最初に起こったウイルス・エピデミック(epidemic:伝染病)である。
エピデミックは常にフェイクニュースとともに流行する。中世ヨーロッパで数百万人の命を奪ったペスト禍では、恐怖におびえる人々は黒猫と魔女、そしてユダヤ人が病の原因だと考え迫害した。しかし真犯人はネズミだった(もっと正確にいえば、ネズミに寄生したノミだった)。
そして技術が発展を遂げた現代、情報は指数関数的なスピードで莫大な数の人々に広がるようになった。すなわちこれは、ミスインフォメーション(misinformation:偽情報)がかつてないほどの規模で広がる危険性があるということだ。
日本はじめ世界では、パニックに陥った人々がマスクやハンドソープ、そしてトイレットペーパーまで買い占めている。しかし、なぜトイレットペーパーなのか?コロナウイルスの主な症状は下痢だとでも聞いたのだろうか?そんな馬鹿な話はない。アメリカでも、フェイクニュースと陰謀論のエピデミックがソーシャル・メディアムらホワイトハウスまで蔓延している。
コロナウイルスにまつわる陰謀論は、ソーシャル・メディアで何百万回も発言されている。アメリカ国防総省が中国を攻撃するためにウイルスを作ったとか、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が作ったなどとでっち上げられている(後者は明らかに巨大IT企業への不信を反映している)。さらには、株式市場を混乱させるためにウイルスが作られたというストーリーまで見られる。
コロナウイルスは普通の風邪と同じでまったく危険ではないと発言するユーチューバーたちもいる。アメリカの10代の若者に人気のソーシャル・メディアReddit(レディット)では、政権転覆を謀る「ディープ・ステート」(deepstate:国家内の闇の政府)がコロナウイルスを作ったという陰謀論が存在する。また、ウイルスは「コウモリのスープ」を食べる中国の人々によってもたらされたというデマも流れている(2003年に流行したSARSウイルスは、ハクビシンを食べる中国の人々から発見された。しかし実際の発生源はコウモリだと考えられている)。
https://www.reddit.com/

ワシントン・ポストは、ツイッターやフェイスブック、インスタグラム等のソーシャル・
*2.メディアが、社会を混乱やカオスに陥れることが目的のストーリーを拡散していると報じた。多くの人々は、ロシア政府やハッカーグループなどが、恐怖をもたらすためにフェイクニュースを流しているのではないかと不安を抱いている。
情報捏造が行なわれるのはソーシャル・メディア上だけではない。タブロイド紙であるNYポストは、コロナウイルスが中国の生物研究所から流出したとでっち上げている。
もっとも注目すべきはトランプの行動だ。彼は、デマを阻止して国民を安心させるのではなく自らフェイクニュースを作り、積極的に広めようとしている。3月初めにFOXテレビで彼が発言した内容はデマの典型で、皮肉にもコロナウイルスのように急速に拡散した。
「民主党議員たちは、ウイルスがアメリカに来て数百万の国民の命を奪うことを願っている。そうなれば私を批判できるからだ」
トランプは支持者たちの集会でお決まりのように、「コロナウイルスは民主党員たちが次の選挙で私を敗北させるためのでっち上げだ」と発言する。
こうした状況で必要なのは、アメリカ大統領のウソも含むフェイクニュースの検証、つまりファクト・チェックであり、自分でできるようになるのが一番だ。そのための基礎的技能(basicskills)を提供するのが、この本の第一の目的だ。
しかし、誰だって自分ですべてのニュースを検証する時間はないだろう。だから、この時代にこそ、ファクト・チェックや情報のゲートキーパー(門番)の役割を果たすプロのジャーナリストが不可欠だと考える。
したがって、これまで以上に今、真のジャーナリズムが求められているということも本書では訴えたい。フェイクニュースを見破り、政治家やビジネスリーダーがSNSで私たちに直接訴えかける”ファクト(事実)とストーリー”を検証してくれる取材者の存在が欠かせないのだ。私はジャーナリストを、「権力の番犬」「ファクトチェッカー」「ゲートキーパー」の3つの役割を担う者として定義する。
SNSが繁栄を誇る現代、私たちは溢れんばかりの情報をもっている。しかし、私たちがもっていないのは「信頼」だ。ジャーナリストは、信頼できる情報を見極める手助けをしてくれる存在となる。
*2https://www.washingtonpost.com/technology/2020/02/29/twitter-coronavirus-misinformation-statedepartment/
*3https://nypost.com/2020/02/22/dont-buy-chinas-story-the-coronavirus-may-have-leaked-from-a-lab/

とはいえ、ジャーナリスト自身も「信頼問題」に直面している。失った読者の支持をいかに取り戻すのかが、ジャーナリズムにとっての緊急課題だ。そのために今、この3つの役割という原点に立ち返る必要があると私は考える。

2日で「5兆バイトの100万倍」ものデータが生成

Dell EMC(DellTechnologiesの子会社)というアメリカの大手IT企業によると、2020年に地球上で暮らすすべての人類は、一人ひとりが1秒間につき平均1・7メガバイトのデータを発信している。ものすごい量だ。
グーグルのCEO(最高経営責任者)を務めたエリック・シュミット(Eric Schmidt)は、「現在を生きる人類はたった2日間で、人類の文明が始まってから2003年までに生み出された総量と同じだけの情報を生み出している」と指摘した(2010年)。たった2日間で5エクサバイト(exabyte)ものデータが、新たに生まれているというのだ。「エクサ」とは10の2乗、つまり1兆バイトの100万倍にのぼる。気が遠くなるような数値だ。
今日、自分がどんな1日を過ごしてきたか振り返ってみよう。読者の皆さんも、今日1日だけでツイッターやフェイスブック、インスタグラムやLINEに一度はアクセスしたと思う。SNS上で誰かがアップロードした写真やミニ動画を見たり、スマートフォンを使って誰かにメッセージや写真を送ったりしたはずだ。
誰から命令されたわけでもないのに、誰もが自発的に日々たくさんのデータを発信し、受信している。これが現代社会の特徴だ。エリック・シュミットは「これから大きな変化が起こるにもかかわらず、誰も準備ができていない」と指摘する。
10年の段階で、5エクサバイトものデータがたった2日間で流通していた。それから10年後の20年になれば、さらに膨大なデータが世界中で飛び交っていることは言うまでもない。ネットメディアやSNSで、いったいどれほどすさまじい量のデータが流れているのか。具体的に紹介しよう。

毎分布万6000のツイート

17年、アメリカにあるDomoというソフトウェアの会社が興味深いリポートを発表した(“DataNeverSleeps5.0″)。
*4https://www.domo.com/learn/data-never-sleeps-5

このリポートによると、5~7年に世界中で出回ったデータは、それまで人類が生み出してきたデータの実に9倍にのぼる。世界では毎日2.5クィンティリオン(quintillion)バイトものデータが作られている。100万(million)、10億(billion)、1兆(trillion)、1000兆(quadrillion)、100京(quintillion)という数字のケタを見ると、2.5クィンティリオンバイトがいかにとんでもない大きさか理解できる。
しかも人類がデータを作るペースは、IoTによってさらに加速しているというのだ。Domoのリポートでは、図のような数字が報告されている。これらは1日とか1時間ではなく、1分ごとに生み出されているものだ。

ネットでモノから人までつながり始めた

IoTの時代には、コンピュータやスマートフォン、スマート家電などの電子機器がモノと人とデータをつなぐ。2006年の段階で、IoTによってネット上で連結したデバイスは20億機だった。20年には、ネットでつながるデバイスの数は2000億機に増える。たった1年で100倍の増加だ。
IoTが広がれば、家(スマートハウス)も車(スマートカー)も家電もデータで紐づけられる。映画『007カジノ・ロワイヤル』(2006年)では、主人公ジェームズ・ボンドの動きを監視下に置くために、GPS搭載の小型カプセルを体内に埋めこむシーンが出てくる。今やそれは現実となっていて、スウェーデンでは数千人が体内にマイクロチップを埋めこみ、切符やクレジットカードや鍵と一して使用していると言われている。また、日本では8年6月に国会で動物愛護法が改正された。これにより災害時にペットとはぐれる事故や、捨てネコ捨てイヌ問題、ペット虐待に対策を打つため、イヌやネコにマイクロチップを埋めこむことが義務化される。こうしてモノだけでなく人やペットまでネットワークでつながるようになっているのだ。
データがモノや家、車、人やペットを結びつければ、利便性は高まる。ただし、どんな便利なものにもマイナス面が当然ある。体内のマイクロチップは、個人情報の漏洩や監視社会化につながるリスクがある。また、日常でデータに接する機会が増えれば、一般市民は自分の意思で判断できることは少なくなり、外部に委ねざるをえなくなるだろう。そうすると、間違ったデータに騙されてしまうことも多くなる。
それでも私たちは、どんどん拡大し深くなっていくデータの海で生きていかなければならない。政治・経済から日常生活まで、データはあらゆる場面で関わり人間と密接不可分だ。私たちはデータ・リテラシーを今すぐ身につけ、高めていかねばならない。


2015~17年に各インターネットサービスが1分ごとに生み出したデータ量(米ソフトウェア会社Domo発表)

マーティン・ファクラー (著)
出版社 : 光文社 (2020/4/14)、出典:出版社HP