キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影 (文春新書)

【最新 中国経済について学ぶためのおすすめ本 – 中国経済の実態から今後の展望まで】も確認する

キャッシュレス社会を切り口に解説

本書は、中国に在住している著者により、中国で起きている数々の変化を時に自身の体験を交えながら、また時には詳細に調べ上げたデータを駆使しながらわかりやすく解説してくれている。中国のキャッシュレス事情を中心とした経済状況について詳細に述べている一冊となっている。

西村 友作 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2019/4/19)、出典:出版社HP

 

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はじめに

中国の首都・北京市の北東部に位置する対外経済貿易大学。私が教鞭をとるこの経済金融系重点大学のそばに、中国人の同僚や友人たちとよく行く、お気に入りの四川料理店がある。好物の「麻辣香鍋」や「口水鶏」などの料理と一緒に、北京の地酒「牛欄山二鍋頭」をたらふく飲んでも一人0元(約800円)程度で済むローカルレストランだ。
店には紙のメニューもあるが、私は使わない。テーブルの端に設置してあるQRコードをスマートフォン(スマホ)でスキャンすると、写真付きの料理一覧が出てくる。商品名をタップして数量を入力し、決定するとオーダーされる。食事後は、食べた料理の名前と品数、値段をスマホ上で確認。支払いボタンをタップして指紋認証で完了。店員は料理を運んでくる以外、一切かかわらない。
お店への支払いはアリババの決済(支払)アプリ「支付宝」(アリペイ)を使うが、食後に友人たちと割り勘にするときは、アリババと並んで中国ではポピュラーな決済アプリ、テンセントの「微信支付」(ウィーチャットペイ)を使うのが私流。
のちほど詳しく解説するが、中国人の生活に、すっかり溶け込んでいるチャットアプリ「微信」(ウィーチャット)には割り勘機能がある。アプリのアドレス帳から参加メンバーを選びグループチャットを作成して、食事代の総額を打ち込むと、自動で頭割りの金額が計算されて、メンバー全員に請求が届く。支払い状況もチェックできるので安心だ。
モバイル・インターネットの時代に突入し、すでにスマホが社会のインフラとなった中国。スマホにインストールされた決済アプリをプラットフォーム(ビジネスの基盤)にして、これまでなかった新しいタイプのビジネスが次々に生まれ、それらが互いに結びついた巨大なエコシステム(ビジネスの生態系)がダイナミックに広がっている。これが「中国新経済」の現在の姿だ。後述のように、無人コンビニなど「買う」場面、フードデリバリーなど「食べる」場面、シェア自転車など「移動する」場面、無人カラオケなど「遊ぶ」場面のような、生活の様々な消費シーンにおいてモバイル決済が使われている。これらだけではなく、公共料金の支払い、先ほど述べたレストランでの割り勘などユーザー同士の送金、ご祝儀やお年玉、宗教施設でのお布施や災害義援金の支払いにいたるまで、ありとあらゆる場所でモバイル決済が利用されており、財布を持たずにスマホ一台で生活できる社会が実現している。
一方、日本でも、この「決済」について大きな変革が起きつつある。中国ではすでに一般的となっているQRコード決済サービスだが、日本でもついに導入が始まり、シェア獲得に向けたキャンペーン合戦が繰り広げられている。2018年2月、ソフトバンクとヤフーの合弁会社が展開する「PayPay」は、店舗側の初期導入費用や決済手数料を無料にする一方で、ユーザーに対しては100億円を投じた大規模なキャッシュバックキャンペーンを行った。当初4ヶ月を見込んでいたこのキャンペーンは、わずか10日で予算を使い切り終了するなど、その反響は大きかった。その後、ライバルの「LINE Pay」も3%還元を実施した。この2サービス以外にも、「楽天Pay」「ORIGAMI Pay」「d払い」「メルペイ」などがすでにQRコード決済などのサービスを始めており、セブンイレブンの「7Pay」や、ゆうちょ銀行の「ゆうちょPay」など、金融機関や小売りといった業種の企業が参入を予定している。
また、2019年10月に予定されている消費増税に伴う景気の落ち込み対策として、キャッシュレス決済時のポイント還元も予定されている。「平成」が終わり新元号となった2019年は、後に「キャッシュレス元年」「モバイル決済元年」と呼ばれるようになるかもしれない。
中国ではこのモバイル決済の普及が起点となり、それまで想像もしなかったようなサービスが相次いで開発され、社会が劇的な変化を遂げた。いま日本でも、スマホのアプリを通じたモバイル決済は徐々に広まりつつあるが、この点では中国がはるかに先行している。いち早く「新経済」が発展し、キャッシュレス国家へと変貌しつつある中国の現状を知ることで、今後、日本の社会や経済がどのように変わっていくのかを占うことができるだろう。
本書ではこの「中国新経済」について、データ分析やケーススタディだけにとどまらず、読者がより身近に感じられるよう、北京で実際に生活する私自身の実体験や友人・知人の話など、リアルな現場の情報を織り交ぜながらわかりやすく解説する。
第1章では、「新経済」エコシステムの中核を担う「決済」の発展の過程を紹介する。中国でなぜ「オンライン決済」が普及したのか、スマホの登場によって国内決済市場の勢力図がどのように変化し、スマホを使ったモバイル決済がどのように利用されているのかをみていく。
第2章では、モバイル決済というプラットフォーム上に、ダイナミックに広がる「新経済」のエコシステムについて、中国人の生活に欠かせない「買う」「食べる」「移動する」「遊ぶ」の4つの視点から、具体的なサービス名や内容、マーケット状況などの情報を交えながら紹介する。財布を持ちあるく必要がなくなった中国人のリアルな生活状況がわかるはずだ。
第3章では、中国で「新経済」が発展してきた背景を説明する。中国政府は「イノベーション駆動型の経済成長」の実現に向け、その原資となる「ヒト」「モノ」「カネ」が集まる政策を積極的に推し進めている。そして、それをチャンスと捉えリスクを恐れず起業にチャレンジする人材が、実際にイノベーションを生み出している。また、中国国内に山積する「社会問題」にビジネスチャンスがあり、そこでイノベーションが起こっているという社会的構造についても解説する。
第4章のキーワードは「信用」である。「新経済」は、経済活動において最も信用が必要とされる「決済」が基盤となっており、プラットフォーム企業には多くの信用情報が集まる。それをスコア化し利用者の囲い込みに利用している現状について、アリババの実際の取り組みを例にみていく。一方で、信用社会の実現を目指す中国政府は、これら民間企業が集めた信用情報を利用し始めている。「新経済」がビジネスの枠組みを飛び出し、社会システムの基盤となりつつある現状を紹介する。
最終章では、世界第2位の経済大国となった中国と、日本が「新経済」という新しいビジネスにおいて、どのような協力関係を結べるのかを考察している。本書は単純な中国礼賛本ではない。「新経済」は中国社会をどのように変えたのか、そしてどこに向かっているのか。「光」の部分のみにとどまらず、その「影」の部分も指摘する。中国では新しいビジネスが数多く誕生しているが、それは裏を返せば、他国に代わって壮大な社会実験を行っているとも言える。そのため成功ばかりでなく、失敗するケースも少なくない。最近では、かつてもてはやされたシェア自転車が、規制強化や労働コストの上昇を背景に退潮傾向にある。また、キャッシュレスが進んだことで新たな手法の犯罪が横行。銀行などではリストラが始まっている。スマホを利用した料理のデリバリー・サービスが急成長しているが、それにともない配達員の乗る電動バイクの事故や料理を入れるプラスチックごみの大量廃棄といった新しい課題もみられるようになってきた。
今の中国で実際に起こっているこうした現象から、われわれ日本人が学ぶ意義は大きい。本書が「中国新経済」に対する理解を深め、これからの日本がどのような未来を選択していくべきかを考える一助となれば幸甚である。

西村 友作 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2019/4/19)、出典:出版社HP

 

目次

はじめに
第1章
「中国新経済」の二大プラットフォーマー
決済を制する者が、「中国新経済」を制す
スマホの登場が勢力図を変えた

第2章
これが「中国新経済」のエコシステムだ
「買う」――ネットからリアル店舗へ急拡大
「食べる」――拡大するデリバリー・サービス
「移動する」―新サービスの誕生で快適に
「遊ぶ」広がる余暇の過ごし方

第3章
「中国新経済」はなぜ発展したのか
中国政府が目指すイノベーション駆動型の経済成長
イノベーションで社会問題を解決する

第4章
「中国新経済」を支える信用システム
「信用スコア」がもたらす様々な特典
社会統治に組み込まれる「新経済」

第5章
「中国新経済」のゆくえ~日本はどう向き合うか~
「中国新経済」の影
キャッシュレスのメリットとデメリット
規制される「新経済」
日本の商機をさぐる

おわりに

西村 友作 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2019/4/19)、出典:出版社HP