データで読み解く中国経済―やがて中国の失速がはじまる

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統計データに基づく中国経済の変化の様子

本書ではタイトルの通り科学的データを用いて「中国」というシステムが鮮やかに解剖されていきます。「中国の急速な成長の源泉は何だったのか」「投資はどこからやってくるのか」など、中国について知る上では必読書と言っても良いくらいの一冊です。

 

この作品は、2012年11月東洋経済新報社より刊行された書籍に基づいて制作しています。
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データで読み解く中国経済

はじめに

「敵を知り、己を知れば、百戦殆うからず」。この格言は戦争でも交渉でも商売でも相手があるケースでは常に心がけるべきものであろうが、昨今の日中関係を考える上では特に重要と考える。ちなみに、この言葉は中国の兵法書「孫子」に書かれているのだが、中国について書く本の冒頭にその言葉を引用しなければならないことは、われわれが容易ではない相手と対峙していることを示している。ちょっとした知識、聞きかじり程度の情報では太刀打ちできない。きちんと相手を知ることがなければ、国益を損なうことにもなりかねない。ひいては長い目で見たときの日中関係にも悪影響を及ぼそう。
2012年4月、石原慎太郎東京都知事が米国のワシントンで講演した際に、都が尖閣諸島を購入することを発表した。東京都が開設した口座には7月7日までに3億9000万円もの寄付が集まった(『産経新聞』2012年7月9日)。多くの国民が身銭を切ってでも尖閣諸島を守ろうとしている。そのような国民の声に押されて日本政府は2012年9月に尖閣諸島を国有化した。
しかし、それは予想以上の中国の反発を招くことになった。中国各地で反日デモが繰り返され、一部の暴徒化したデモ隊が日系の工場や商店を破壊する事態にまで発展した。尖閣諸島周辺の海域には数多くの漁船や漁政部の監視船、海洋監視船、果ては中国海軍のフリゲート艦までが出没してその一部は領海を侵犯し、海上保安庁の巡視船の警告を受けて領海外に出るなどの行為を繰り返している。接続水域と呼ばれる領海周辺に船舶を滞留させ一部の船が日本の領海への侵入を繰り返す行為は、中国政府が尖閣諸島問題に対して真剣に対応していることを国内にアッピールするためのようであり、この原稿を書いている時点(2012年0月)では、中国漁船が日本の領海に侵入して漁を強行したり、武器を持った中国人が多数尖閣諸島に上陸したりするような事態には発展していない。ただ、情勢の変化いかんによっては、今後、そのような事態も想定される。それが日中の武力衝突のきっかけになるかもしれない。
1914年6月にサラエボで起きたオーストリア皇太子暗殺事件を聞いた多くのヨーロッパ人は、それによってバルカン半島で小さな戦争が起こることはあっても、まさかそれがあのような大戦争(第一次世界大戦)に発展するとは夢にも思わなかったそうだ。歴史の教訓である。
昨今、新聞やテレビ、雑誌などを通じて、中国について多くのことが語られている。その多くは外交官OBやジャーナリストによるものであり、そのコメントが間違っているとは思わないが、これまでの経験や取材に基づいたものであり、それほど深い分析にはなっていない。
今回のように、戦争になるかもしれないという思いが頭をかすめるようなときにこそ、相手を広い視点から多角的に分析し、相手が置かれた状況を深読みする必要がある。その作業から相手の弱みもわかるし、有利な解決法を見出すこともできよう。冒頭にも述べたように、今回の相手は「敵を知り、己を知れば、百戦殆うからず」という格言を生んだ国である。反日デモで日本企業に狼藉を働く若者はともかくとしても、中国共産党の幹部たちは日本について、密かに本書と同様の「深読み」を行っている可能性がある。そんな中で日本が冷静に中国を分析することを怠り、表面的な情報のみに基づいて行動すれば、それは日本の国益を大きく損なうことになろう。筆者はすでに2年前に『農民国家中国の限界――システム分析で読み解く未来』(東洋経済新報社、2010年)を上梓しているが、本書ではその分析をより深めて、中国社会をより包括的に捉えたいと思う。前書に引き続き本書でも統計データを見やすい図や表に直して、それに基づいて分析するという姿勢を貫いた。そのために、筆者の分析や推論に異論を持たれる方でも、本書が提供する図や表は中国を理解する上で役に立つと思う。
昨今の出来事を見ていると、中国の振る舞いは乱暴で自制心に欠けていると思うことが少なくない。そのことに腹を立てて声を荒らげて非難することは自由だが、それでものごとは解決できない。相手が乱暴な振る舞いに出たときこそ、なぜそのような振る舞いに出るのか、その真の原因を冷静に探るべきである。人でも国家でも、乱暴な振る舞いに出るときは、必ず弱みを抱えているものである。そして、その弱みを見つけるには、少し遠回りになるが集めて多角的に考えてみるしかない。本書が中国の粗暴な振る舞いを冷静に判断する一助になれば幸いである。

数字に基づいた分析がない

尖閣諸島問題が注目される以前から中国の政治、経済、社会に関しては、多くの本が出版されている。今回、本書を書くためにそのいくつかを手に入れて読んでみたが、学者・研究者によるものは対象を狭く限定したものが多く、多くの人が知りたいと思っていることに適切に答えてはいないと思う。全体像を伝えようとした本はジャーナリストになるものが多いが、それらは取材の印象を取りまとめたようなものになっている。ジャーナリストが書いたものは、それはそれで価値があり本書を書くにあたっても大いに参考にさせていただいたが、その多くはデータに立脚していない。見聞きした一部のことから全体を類推しようとしている。多くは新聞社の特派員や在外公館の過ごした日々の印象を語るものであり、事情通の話の域に留まっている。そのために、中国について書かれた本をいくら読んでも、中国の全体像を理解することができなかった。

現代中国は研究し難い

学者・研究者はなにをしているのだろう。中国を研究している学者・研究者こそ、日中関係がこれほどまでに悪化し、戦争になるかもしれないなどといった言葉が飛び交う時代に、日本国民に対して正確な中国像を伝える義務がある。一部にはそのような努力をしておられる方もいるが、その発信する情報が少なすぎる。また、細切れの情報ではなく、一般の人が理解可能な全体像を伝えるべきである。
実は、中国を研究している学者・研究者は、現代中国を研究することが苦手になっている。だから情報発信が少ない。これは、本書の最後に示した参考文献のリストを見ていただければよくわかるが、学者・研究者が書いた中国について包括的な情報を伝えようとする本は1世紀に入ってからめっきり減っている。
なぜ苦手になったのかといえば、現在の学問が実証主義をその中核に据えているからである。確実なデータをつくる。そして確実なデータに基づき議論する。それが学問であると考えている。しかし現代中国を対象とする場合には、この実証主義が難しい。
研究者にとって現地調査は重要である。現地調査をよく行う人は、研究者仲間でも評価が高い。しかし、現在の中国では、意味のある実地調査を行うことがきわめて難しくなっている。私は過去約20年間にわたり中国の農村を歩き、そこでいろいろな人に会い、農民に対して聞き取り調査も行ってきたが、それはその時々の相手側の好意によるものであり、組織的な農村調査を行ったことはない。
もちろん当たり障りのない調査なら可能かもしれないが、中国人研究者によると中国政府は外国人が農村に入ること、それ自体を歓迎していないと言う。ある研究者の好意により、ある農村の共産党書記(その村一番の実力者)に会い、いろいろな話を聞く機会があった。その書記はきわめて優秀で村の状況をよく把握しており、0人の村人に会って話を聞くよりも良質な情報を短時間で得ることができた。その話にウソはなく、率直に村の実情を話してくれたと感じたものだ。
その会談に際して、仲介してくれた研究者は、彼と名刺交換をしてはいけないと言った。それは私に会ったことが広く知れ渡れば、仲介してくれた研究者も書記も困るからだと言う。会った痕跡を残さないほうがよいと言うのだ。
会って話を聞くだけでも、用心深くしなければならない。そんな状況だから、筆者が中国社会を分析する上でのツボと考えている農地の使用権やその売買に関する事柄について、組織的な調査を行おうとすれば、それは許可されないだろう。許可を取らずに調査を行えば、スパイ行為とみなされて逮捕されるかもしれない。
理科系の研究者が行う中国の気温や水質に関する共同研究でも、たとえ日本が資金を出して共同で取ったデータであったとしても、最終段階になると当局の許可が下りないから日本側にデータを渡せないなどと言われることがある。中国での調査はそれほどに難しい。実際にデータを持ち出そうとして逮捕された日本人研究者もいると聞く。
研究者にとって中国の現状について調査して論文や本を書くことは難しい。文部科学省の研究費などを取ることができて中国と共同研究を行うにしても、中国側の研究者に迷惑がかからないようにしなければならない。そうであれば、日本側が本当に知りたいと思うことを研究することは難しい。当たり障りのないテーマでお茶を濁すことになりかねない。だから、ごく一部の事柄だけに言及し、中国にとって都合の悪いことには触れない本になってし
まう。
全体像を伝えるために、中国が発表するデータに基づいて研究しようと思っても、本書でたびたび言及することになるが、中国の発表するデータはどこまで本当かわからないものが多い。また、各種のデータが公表されているにもかかわらず、肝心なデータは伏せられている。
そんな状況だから、研究者が現代中国の全体像について研究することはほとんど不可能になってしまった。改革開放路線の初期段階には、日本人によって多くの優れた中国経済の核心に迫る研究が行われたが、それはまだ中国経済が単純であり、生産請負制など政策の変更が経済に及ぼす影響を研究すればよかったからである。
だが、中国が巨大な存在になり、かつ現地調査が難しく多くのデータの信頼性に疑問が呈されるようになると、中国の全体像は学者・研究者の手に余るようになってしまった。実証主義を掲げている以上、お手上げなのである。
その結果、一般の読者が中国でなにが生じているのか、どうなっているのか、これからどうなるのかなどについて知りたいと思ったときには、評論家やジャーナリストが書いたものに頼らざるを得なくなってしまった。自戒を込めて書くのだが、現代の日本の学者・研究者は皆が本当に知りたいと思っていることは研究しない。研究しやすいところ、それなりの論文にまとめやすいところを研究している。

格差社会の根本に迫る

現在、多くの日本人は中国が尖閣諸島にあれほど固執し粗暴な振る舞いを繰り返すのは、中国共産党が民衆の不満を逸らすために外に敵をつくりたいからであると理解している。その理解は正しいと思う。しかしそうであるならば、なぜ民衆が不満を持っているかについて正確に知る必要がある。|マスコミは民衆が不満を持つ理由を、貧富の格差が拡大し、かつ幹部の汚職が絶えないからと説明している。だが、これは中途半端な説明である。現象を正しく理解するには、なぜ貧富の差が拡大し汚職が絶えないのか、その理由にまで遡って説明しなければならない。
しかし、いくら探しても、中国で貧富の格差が拡大し汚職がはびこる原因を、納得のいくかたちで説明した書籍や論文を見つけることはできなかった。それならば、自分で研究してみようと思った。私はアジアを中心とした世界の食料生産について、システム分析という手法を用いて研究している。この手法については、ほかに書いたから興味のある方は読んでいただきたいと思うが、システム分析は第二次世界大戦中に英国で発達した手法であり、不確実な情報やデータに基づいて、的確な判断を行うことを目的にしている(『「戦略」決定の方法――ビジネス・シミュレーションの活かし方』朝日新聞出版、2012年)。
現代中国の研究は、実地調査が難しくかつデータの信頼性にも問題があるのだが、そのようなテーマを考えるのに、システム分析は打ってつけの手法になっている。この手法を用いて、中国で貧富の格差が拡大し汚職がはびこる原因を「深読み」してみたいと思う。
2012年10月
川島博之

 

データで読み解く中国経済 目次

はじめに
データで読み解く中国経済一やがて中国の失速がはじまる

序章 奇跡の成長とバブル
奇跡の成長
陰りが見え始めた。
数字が語る奇跡の成長
はずれ続けた共産党支配崩壊予測

第1章 急速に少子高齢化する中国
中位推計と低位推計
人口のピークは2025年頃、A億人
日本の年齢別人口構成
日本によく似る中国の年齢別人口構成
中国は日本の9年遅れ、バブルも9年遅れ
9世紀は中国の時代か
米国の時代が終わり、米国の時代がやってくる
コラムA
アジアで人口が減少する理由
天安門事件の再来はない
本当に怖いユース・バルジ

第2章 中国はごく普通の開発途上国―投資額が異常に多いいびつな構造
不自然なエネルギー消費量の変化
コラム2
信頼性に欠ける中国の統計
いまだに少ない1人当たりのエネルギー消費量
中国は石炭社会
エネルギー効率は低い
日本の2倍もの石油を消費している
教育程度は開発途上国並み
農業から見ても開発途上国
中国は世界一の工業国
サービス業は発達していない
小さな政府でも大きな政府でもない
消費は低調
投資がGDPに占める割合が異常に高い
輸出に依存する成長

第3章 成長から取り残される農民
中国統計年鑑
農民を蔑視する国家
農村人口の変遷
戸口(都市戸籍、農民戸籍)
農村から都市への移動人口
農民は貧しい
農村の所得階層別データ
農民の消費は1年間4.5兆元、貯蓄は0.5兆元
農民の食生活
中国の食料生産
なぜ農民は貧しいのか

第4章 都市住民は豊かになったのか
北京のレストランで
都市部でも平均所得は高くない
都市の上位階層はそれなりにリッチ
都市の消費は1年間9・5兆元、貯蓄は4・2兆元
冷蔵庫の普及率から探る生活程度
自動車の普及率
誰が自動車を買ったのか
マンションを買うことはできない

第5章 中国解剖図奇跡の成長のからくり
驚異的に伸びる投資額
投資の中身は自己資金
固定資本形成
中国解剖図:お金の流れ
農地は奇跡の成長の原動力
農地と中国革命史
土地は公有制
人口の都市集中と地方の過疎
地価の上昇土地開発公社
自己資金の調達法
汚職の原因
中国の裏マネー
富裕層は2000万人
中産階級は1億人
コラム3
薄熙来事件想像を絶する汚職
中国の土地の価格1:都市面積の増加と投資資金からの推定
中国の土地の価格2:地価総額の推定
土地総額はGDPの6倍:絶対にバブルだ
コラム
9名経営者はいない

第6章 中国共産党と国家
党員8000万人を擁する政党
中国解剖図:社会階層
政治局常務委員会と派閥
中央と地方:中華連邦
中央と地方の予算
支出の内訳
誰から税金を得ているか
地方交付税交付金
コラム
チベット問題と胡錦濤

第7章 中国の「失われた20年」が始まった
バブルの崩壊が始まった
急速に発展した北京の交通網
郊外住宅の価格は日本のバブル並み
都市部のインフラの整備はほぼ終わった
鬼城:無人マンション
強くなった農民
投資による成長は限界
内需では奇跡の成長は続けられない
なぜバブル崩壊は顕在化しないのか
それでも中国共産党の支配は崩壊しない
中国の失われた20年が始まった、閉塞感のある社会へ
日本にとっての不安材料

第8章 日本への影響
中国は最大の貿易黒字国
中国はお得意様
日本の不況の下支え、輸出ドライブ
中国はどこと交易しているのか
日本はなにを中国に輸出しているのか

おわりに
参考文献