サブスクリプション2.0 衣食住すべてを飲み込む最新ビジネスモデル

最新注目のサブスクリプションを知る4冊

序章

サブスクリプション2.0
3つの新潮流

この5年、10年で、衣食住すべてのモノの売り方、買い方が一変する――。その原動力となるのが「サブスクリプション(サブスク)」モデルである。トヨタ自動車、パナソニック、キリンビールなどの業界大手が、先を急ぐように参入している。
サブスク化で業界地図が一変したのが、定額聴き放題・見放題の「Spotify」「Netflix」などがけん引する音楽・映像業界だ。日本の音楽サブスク市場規模は2018年に349億円(広告収入含む)で、5年前の1・3倍と急拡大が続く(日本レコード協会調べ)。好きな音楽・映像の作品を買うのではなく、いつでもどこでも好きな作品を楽しめることにお金を払うような消費スタイルに移行しつつある。

そもそもサブスクとは、新聞・雑誌などの「定期(予約)購読」を意味し、「製品やサービスなどの一定期間の利用に対して、代金を支払う方式」(三省堂『大辞林』より)である。
こうしたサブスクモデルは、決して新しい概念ではない。駐車場は月極で止め放題、携帯電話の通話も定額でかけ放題が浸透している。カタログ通販事業者なども「頒布会」と称して月額会費制で毎月季節の食材などを届けるサービスを長らく展開している。EC(電子商取引)サイトでも消耗品・日用品を都度購入するより割安な定期購入が浸透している。
ではなぜ今、サブスクが脚光を浴びるのか?今までとは何が違うのか?直近で起きているのは、モノ(有形商品)の販売手法としてサブスクモデルが登場していることだ。ポイントは3つある。

「メーカー参入」「シェア」「個別カスタマイズ」
1つ目は「メーカーの参入」。従来、サブスク型ビジネスを運営するのは小売り・サービス業が一般的だった。そこへメーカー本体が、自社商品をサブスク型で提供する動きが活発化している。例えば、トヨタは新車が月額料金で乗れるサービス「KINTO」を(詳細は『Chapter04 Case01トヨタ自動車「KINTO」』、以下同)、キリンビールは工場直送のビールを家庭用サーバーで楽しめる「ホームタップ」を(「Chapter02 Case02キリンビール「ホームタップ」」)提供し始めた。
2つ目は「シェア」の概念が入ってきたこと。日用品・消耗品の定期購入は当然売り切り型だが、クルマなどは、使い回し”が可能だ。まさに「所有から利用へ」という消費者ニーズ・価値観に即したサービスが登場している。

ライフステージやライフイベント、好みの変化に応じて、利用したい商品は異なるだろう。ラクサス・テクノロジーズ(広島市)は月額6800円(税別)で高級バッグを借り放題の「ラクサス」を提供し、顧客から高い支持を集めている(『Chapter01 Case01ラクサス・テクノロジーズ「ラクサス」』)。トラーナ(東京・中野)の「トイサブ!」は、子供の成長に合わせて知育玩具を定期的に配送、交換するサービスを提供する。

ちなみに、シェア型は顧客から見ると「交換可能」型とも言える。また、企業側は商品を必ずしも顧客間でシェアしているわけではない。個々の商品の品質管理コストを考慮し、レンタルから戻った商品は中古販売の在庫に充てる企業もある。
3つ目は「個別カスタマイズ化」だ。頒布会は「今月は○○産の桃をお届け」といった具合に会員に一律同じ商品を送るのが一般的であるのに対し、近年登場しているサブスクは、利用者の趣味・嗜好に合ったものを個別に送る・選べるパーソナライズドサービスになってきている。月額制のファッションレンタルサービス「air Closet」では、利用者が好みの服装や色、利用シーンなどを登録しておくと、好みに合わせてスタイリストが選んだ3着が自宅に届く仕組みだ(『Chapter 0l Case07エアークローゼット「air Closet」』)。

通販企業などが展開してきた頒布会モデルや消耗品の定期購入をサブスク1・0とするなら、メーカーの参入、売り切りではなくシェア型、個別にカスタマイズして提供という特徴を持つ昨今の新サービスは、“サブスク2.0″と言えるだろう。

大手参入の背景に危機感
大手がこぞって参入する背景には危機感がある。
KINTOの社長に就任した小寺信也氏は、「石橋をたたいて渡るという、従来のトヨタのやり方では通用しなくなった。不透明な将来に向けて先手を打ちたかった」と語る。クルマの所有から利活用へという「ユーザーの変化」、IT企業やリース会社がモビリティサービスを自ら提供するなど「競合の変化」、ビジネスモデルが限界を迎えた「トヨタの変化」―。これらを受け、多様化するクルマの利用形態に対応した新たなビジネスモデルの構築が急務と判断したという。

パナソニックは、厳選されたコーヒー豆が毎月自宅に届き、「世界一の焙煎技術」で極上のコーヒーが飲めるというサービス「The Roast」でサブスク事業の立ち上げに挑んでいる(「Chapter02Case03パナソニック「The Roast」」)。同プロジェクトの事業リーダーを務める井伊達哉氏は、「これまでのように、ハードウエアを作って売るだけではだめだという危機感があった。調理家電を進化させ、新しい食のサービスを提案したかった」と参入の意図を語る。

国内の人口減少で消費市場の単純な拡大は見込めない。新規の顧客を獲得し続けるより、既存顧客との関係を深めていくほうが得策だ。こうした社会状勢、事業環境の変化への危機感が根底にある。そこへスマートフォンが新たな顧客接点となり、メーカーも消費者と継続的につながるサブスク事業に参入しやすくなったわけだ。

安定収入にとどまらない事業メリット
企業にとってのメリットは大きい。安定的な収入はもちろん、顧客との関係が深まることで追加購入も見込める。三光マーケティングフーズは、居酒屋「金の蔵」でスマートフォンアプリを活用した月額4000円(税別)の定額制飲み放題サービスを提供する(「Chapter02Case01金の蔵「プレミアム飲み放題定期券」」)。同社金の蔵ビジネスユニットマネージャーの福田啓佑氏は、「支払額が割り引かれる分、お客さまは料理やドリンクを追加注文する傾向がある。そのため定期券を導入しても客単価はこれまでと変わらないはず。アプリを使うお客さまの1回当たりの粗利はやや減るが、全体として来店頻度が上がり、売り上げが増えるので、店の粗利は増加する」と見る。

もう1つのメリットは、つながり続けることで顧客の利用実態が把握可能になり、商品改善などに役立てられることだ。
高級バッグ借り放題のラクサスには、既に借りられているバッグの入荷を通知する機能がある。ラクサス・テクノロジーズ社長の児玉昇司氏は、「より多くの人が通知を希望するバッグは、それだけニーズが高いということ。このデータを活用することで効率的な商品調達を実現している」と説明する。

米国では撤退も進む
しかし、米国では既にサブスク市場の一部に頭打ち感が出ている。17年に上場したミールキット(食材セット)定期購入の米ブルーエプロン(Blue_Apron)は、既に創業社長が退任し、株価も低迷している。ミールキットは参入障壁が低いだけでなく、顧客にとってもスイッチングコストが低い。そのため、継続率が高くなりにくい。その市場にブルーエプロンの成功を見た競合の参入が相次ぎ、競争が一気に激化した。

米サンフランシスコ在住で、米国スタートアップ文化やファッション、アート、消費トレンドなどに詳しいコンサルタントの江原理恵氏はこう指摘する。
「消費者がサブスクサービスに使える費用にも限りがある。ターゲット層である富裕層はさまざまなサービスを定期購入している。音楽配信のSpotify、映像配信のNetflixや「Amazonプライム」などと複数のサービスを使うため、毎月固定で支払う額がどんどん増えているのが現状だ。さまざまな業界にサブスクサービスが誕生し、今や業界を超えたサブスク市場全体で、消費者の予算の獲得競争が起きている」国内では、AOKIがサブスク型スーツレンタルサービス「suits box」を終了している(『Chapter06 Case01 AOKIホールディングス「suits box」』)。参入すれば儲かる簡単な事業モデルではない。

マーケティングは180度転換
サブスクサービスは本書で紹介するように、「衣」「食」「住」「(移)動」「楽(しむ)」といったさまざまな分野に広がっているが、確実な成功法則はまだ見えていない。明確なのは、サブスク時代はモノの作り方、売り方をすべて変える必要があるということ。「新規顧客を獲得できれば「継続的な収益」を既に顧客から約束してもらっているので、マーケティングは『再度売る』から『退会しないように顧客を維持する』へと、方向が180度転換する」と指摘するのは、Customer Perspective代表取締役の粋川謙氏だ(「Chapter07特別講座」。粋川氏は18年に独立する以前は約10年間にわたりアマゾンジャパンに所属し、Amazonプライムの責任者などを務めてきた。

シェアリングエコノミーの台頭によって、「所有」から「使用」へと消費トレンドが移り変わっていると言われる。だがサービス設計や、提供すべき価値を見誤っては、顧客に選ばれるサブスク事業は作れない。所有を超える価値提供が成功の鍵を握る。
本書で紹介するケーススタディは、マーケティングと消費分野のデジタルメディア「日経クロストレンド」で紹介してきたもの。編集部が考える、サブスク2.0で提供すべき価値は3つ。「新しい消費体験」「圧倒的な利便性」「コスト優位性」だ。ブランドバッグ借り放題のラクサスは、月額6800円で3万点を超える高級バッグを借り放題というコスト優位性が受けて、会員の継続率95%という驚異的な数値をたたき出している。

コスト優位性は価格だけで決定されるわけではない。「従来の購買より、トータルコストが得でないといけない。トータルコストは金銭的な価値だけでなく、モノを置くスペースや手間もコストとして考えるべきだ」と、消費財や嗜好品ブランド業界へのコンサルティング経験が長いEY_Japan(東京・千代田)パートナーの小林暢子氏は指摘する。契約の手間や、購入後の管理などが不要になることも含めて価値になる。

高額時計を気軽に借りられる「コスト優位性」で利用者を獲得するクローバーラボ(大阪市)の「KARITOKE」(『Chapter01Case04クローバーラボ「KARITOKE」』)。そして、ストライプインターナショナル(岡山市)の洋服レンタル「メチャカリ」はサービス開始後に、コスト優位性よりも職に合わせた洋服選びの簡易化に便益を感じていることが分かった。そこで「圧倒的な利便性」の提供を目指すことで新たな顧客を開拓している(『Chapter01Case02ストライプインターナショナル「メチャカリ」」)。フレーム選びを自由にするメガネの田中チェーン(広島市)が展開する眼鏡の定額制サービス「ニナル」も同様だ(『Chapter01Case05メガネの田中チェーン「ニナル」』)。最後に、これまでにない「新しい消費体験」を提供するのは、キリンビールのホームタップ、パナソニックのTheRoastなどだ。

「顧客至上主義」を突き詰める
いずれも異なる便益でサービスを開発しているが、1つ共通している点がある。それは「顧客にフィット」したサービスを目指し、常にサービスを改善させていることだ。
食品宅配のサブスクサービスを展開するオイシックス・ラ・大地執行役員CMT(チーフ・マーケティング・テクノロジスト)の西井敏恭氏は、「サブスクが他のECと大きく異なるのはデータの量。常に接点があるため、圧倒的に顧客データの量と質が異なる」と説明する。そのデータを見ながら、顧客のニーズにサービスをフィットさせ続けることが、継続率の向上につながると指摘する(『interview先駆者オイシックス「マスは狙わない」』)。
文字通りの「顧客至上主義」を突き詰めることが、顧客に選ばれるサブスク事業を作るうえで最も肝要になる。本書では、衣・食・住・動・楽の5分野を中心とした4社の実例と特別講座を通じて、サブスク事業の成功法則を探っていく。

目次 -サブスクリプション2.0 衣食住すべてを飲み込む最新ビジネスモデル

序章サブスクリプション2.03つの新潮流
Chapter01衣
|Case01|ラクサス・テクノロジーズ「ラクサス」高級バッグが借り放題継続率5%の勝因
|Case02|ストライプインターナショナル「メチャカリ」洋服借り放題苦節3年、黒字化視野に
|Case03|レナウン「着ルダケ」難関の定額制スーツ、成功への3指針
|Case04|クローバーラボ「KARITOKE」200万円の腕時計を月額2万円で
|Case05|メガネの田中チェーン「ニナル」眼鏡の定額制月額2100円で開拓
Case06|ユニック「YourNail」利用者がデザインを増やすネイルシール
Case07|エアークローゼット「airCloset」コラボで育つプラットフォーム」に

Chapter02食
|Case01|金の蔵「プレミアム飲み放題定期券」月4000円飲み放題脱グルメサイトへ
|Case02|キリンビール「ホームタップ」月額制ビール仕様改善1年を経て復活へ
|Case03|パナソニック「TheRoast」「家電+極上コーヒー」で狙う第4の滅
interview先駆者オイシックス・マスは狙わない」オイシックス・ラ・大地執行役員西井敬恭氏に聞く

Chapter03住
|Case01|アドレス「ADDress」月4万円で多拠点に居住空き家問題に挑む
Case02|subsclife「subsclife」家具もサブスクビジネス需要も視野
Case03Sparty「MEDULLA」月額制シャンプー倒産目前からの復活
|Case04|メニコン「メルスプラン」コンタクトレンズ会員、驚異の130万人

Chaptero4動
Case01|トヨタ自動車「KINTO」新車の月額制構想1年でサービス開始
|Case02|日産自動車「e-シェアモビ」拠点急増のEVシェア採算より接点を
Case03|ボルボ「セレクトスマポ」納車まで新車でつなぎ、中古在庫もフル回転
Case04|ブリヂストン「TPP(トータルパッケージプラン)」タイヤを売らずに稼ぐ継続率100%」

Chapter05楽
Case01|U-NEXT「U-NEXT」国産「動画配信」は高額&書籍統合に活路
interview「独占配信」の電子書籍も会員規模は2倍を目指すU-NEXT社長堤天心氏に聞く
Case02|ネクシィーズグループ「BODYARCHI」女性専用の定額制エステ&ジム、急拡大へ

Chapter06撤退の研究
Case01]AOKIホールディングス「suitsbox」スーツレンタル半年で撤退、4つの想定外
columnカミソリ、日本酒…撤退企業が明かす成否の分かれ目

Chapter07特別講座
サブスクリプション成功のための5つの要点
要点1●サブスクリプションの本質とは継続性と定額制がもたらすメリットとデメリットを知る
要点2●適切な料金、どう決める?素晴らしい価値と顧客体験を提供するには
要点30KGl、KPIはどう立てる?長期的成長を実現するために
要点4●マーケ予算はどれだけかけるべきか投資対効果の考え方を学ぶ
要点5●新たな種をどう見つけ、育てるかWow!を生む、徹底的なカスタマー視点の維持