サブスクリプション 製品から顧客中心のビジネスモデルへ

はじめに

「サブスクリプション(サブスク)」は昔から存在しました。新聞や雑誌の購読に始まり、貨貸住宅や公共料金、電車の定期券など、一定期間、利用の契約関係を結び定額制もしくは従基制で月額料金を支払い、製品やサービスを享受するシステムです。これらはいわゆる「レガシー・サブスク」として社会の片隅で息を潜めていました。しかし、経済成長の停滞が長期化し、人々の生活や暮らしが多様化していくと共に、現代社会の中心へと躍り出てきました。

インターネットが商用化して高度情報化社会を迎えるまでの約10年間は、デジタル化が進み、情報量が格段に増加し、多くのビジネスが生み出され、モノやサービスが現れては去って行きましたが、その背景には大きなトレンドが存在していました。「所有」から「利用」への変化です。

重要なのはこの大きな流れが進化し続けていることで、このトレンドが未来の社会でも消費の原動力として増大し続けることです。現状では、この流れを止めるようなものは見えていないばかりか、今後、少子高齢化やAI(人工知能)などのテクノロジーの進歩が促進されることで、格差社会がさらに進展することになれば、このトレンドが益々大きな潮流となっていくことが予想されます。

利用したいものを所有したいと考えるのは、一昔前では当たり前でした。経済的に裕福になれば、気に入ったものを手に入れたいという所有欲は強くなります。日本では、高度経済成長期に「1億総中流」という意識が生まれ、この意識が以降の日本社会を支配するようになりました。経済的な生活水準の向上は購買意欲を高め、購入して所有することがステータスにもなった時代です。

以来何十年も続いてきた「製品やサービスを販売して収益化する」というビジネスモデルは今、大きな転換点にさしかかっています。計画的に陳腐化していく仕組みを作り出し、頻繁に新製品を市場に投入し、消費者に購入を促すという時代は終寿を迎えようとしています。それを後押ししたのはデジタル化の波であり、「所有」から「利用」への消費者ニーズの変化であり、ミレニアル世代以降の新しい価値観でありました。「所有」から「利用」への変化は、まさしくビジネスに広がる成長機会です。

それは、成長への新たなる道筋として置き換えることもできます。なぜなら、利用の中心に位置するサブスクが、今ではあらゆる産業やビジネス分野に取り入れられ、潜在需要を顕在化させ、製品中心から顧客中心への変革を創り出しているからです。経営の財務基盤として機能するだけでなく、ビジネスの常識を塗り替えているのです。

サブスクは、消費する側にも多くのメリットをもたらしてくれます。私たちは、日々の生活や暮らしの中でさまざまな選択を迫られますが、その中で最も価値ある選択肢のひとつとして機能してくれます。膨大な情報の中から判断を下す際の煩わしさを和らげてくれます。所有や維持に伴う負担や労力を軽減してくれます。自動的もしくは定期的に製品やサービスが提供されるので便利でもあります。こうした便益は、まさに購入では得られないサブスクならではのものであるため、サブスクを選択する人たちが増えているのです。

本書では、サブスクを多面的に捉え、さまざまな視点から考察して行きます。
第1章のテーマは、「所有から利用へーサブスクリプション時代の到来」です。サブスクの考え方やクラスタリングに始まり、サブスクとレンタルやリース、シェアなどとのビジネスモデルの比較、サブスク3.0などの考え方、サブスク・ボックスの特取、サブスクの成功事例と成功条件などを検証した上で、サブスクの戦略モデルについて考察します。

第2章では、「サブスクリプション・エコノミーの創出―デジタル化と融合するサブスク」をテーマにして、急速に発展するサブスクリプション・エコノミーの促進要因やデジタル化との関係性、サブスクのシェアリングエコノミーにおける位置付けなどについて考察します。
第3章では、「米国を席巻するサブスク・ボックスの波製品中心から顧客中心へ」と題して、米国における12のサブスク・ボックス事例を取り上げ、戦略やビジネスモデル、オペレーション、マネタイズ(収益化)、マーケティングミックスなどの面から成功や失敗要因を探ります。
第4章では、「未来社会に広がる成長機会―新たなる成長機会を捉えるサブスク」のテーマのもとに、今後、少子高齢化やAIなどのテクノロジーが進展していく社会において、サブスクがあらゆるビジネスに広がる成長機会をどのようにして捉えるか検証します。

第5章では、「モノを売る時代の終岩―すべての消費を飲み込むサブスク」のテーマで、自動車産業を始めとして、コンテンツ業界、外食産業、家具業界、家電業界でサブスク化が進みモノを売る時代が終焉しつつあることを検証した上で、究極のサブスク・モデルについて考察します。

サブスクでは、会員になってもらうまでのフェーズと会員になってもらった後のフェーズでは明らかに戦略が異なります。それぞれのフェーズで、顧客獲得と会員継続に焦点を当てた戦略が必要になります。特に会員継続では、顧客志向の「サービス化」(顧客価値の創出)が求められます。2つの異なる戦略を使い分けてサブスク・モデルを構築するという点ではどちらも同じくらい重要ですが、会員獲得後も顧客志向を徹底していかないとリカーリング・レベニュー(継続的な収益)を失うという意味では、「サービス化」の重要性が高くなります。なぜなら、「チャーン・レート(解約率)」をできるだけ低く維持することが、「顧客生涯価値(ライフタイムバリュー)」を高めることに繋がるからです。

本書ではできるだけ多くのサブスク事例を取り上げて、創業に至った経緯、経営者の考え方、競合他社との競争に勝つための打ち手とそのビジネスモデルなどについて、詳細に説明するよう心掛けました。特に、サブスクの生命線である会員に継続を促す「サービス化」については、詳細な説明と共にその戦略性を見極めて論述するよう努めました。本書が、読者諸賢にとってサブスクという時代を読み解く一助になれば幸甚です。

目次 – サブスクリプション 製品から顧客中心のビジネスモデルへ

はじめに

第1章所有から利用へーサブスクリプション時代の到来
1.消費者の志向の変化がもたらすサブスクの拡大
2.サブスクの火付け役となったのは?
3.利用する消費行動の最上位に位置するサブスク3・0とは?
4.サブスクはどのように分類できるのか?
5.米国で人気を集めるサブスク・ボックスとは?
6.サブスク・コマースで成功する条件とは?
7.継続購入に成功しているサブスクとは?
8.顧客ファーストのサービスでV字回復を果たしたサブスクとは?
9.サブスクシフトで復活を遂げた老舗のメガテック企業とは?
10.サブスクの戦略モデルとは?

第2章サブスクリプション・エコノミーの創出――デジタル化と融合するサブスク
1.急速に発展しつつあるサブスクリプション・エコノミーとは?
2.サブスクリプション・エコノミーを促進する要因とは?
3.デジタル化と融合したサブスクとは?
4.シェアリング・サービスの基盤となるサブスク
5.シェアリングエコノミーの領域で最適とされるサブスクとは?
6.プラットフォーム型事業を展開する企業の特性と行動戦略とは?
7.ネットフリックスのSVOD戦略とは?
8.SVODの新たなる競争軸とは?
9.Amazonプライム・ビデオのコンテンツ戦略とは?
10.アマゾンプライムはどこまでスケールアウトするのか?

第3章米国を席巻するサブスク・ボックスの波製品中心から顧客中心へ
1.米国で成長し続けるサブスク・エコノミーとは?
2.米国で人気の高いミールキットサブスクとは?
3.ミールキットサブスクの成長戦略とは?
4.ビューティー・プロファイルが導線となるイプシーの戦略とは?
5.バーチボックスのキュレーション型サブスク戦略とは?
6.ダラーシェイブクラブの価格転嫁戦略とは?
7.ハリーズのブランド戦略とは?
8.D2Cサブスク・ボックスによる独自ブランドの形成
9.バークボックスは飼い主とメーカーをどのようにして結び付けたのか?
10.スティッチフィックスのデータ主導型のビジネスモデルとは?
11.レント・ザ・ランウェイのサプライチェーン変革の取り組みとは?
12.ショッパーを活用したインスタカートの戦略とは?
13.ルートクレイトはニッチをどのようにして取り込んだのか?

第4章未来社会に広がる成長機会――新たなる成長機会を捉えるサブスク
1.少子高齢化の進展はさまざまな問題を引き起こす
2.肩車社会の到来で企業は消費需要をいかにして取り込むのか?
3.日本は階暦帰属意識の分散傾向が強まり格差社会が進展する
4.現代日本の新たなる階級構造とは?
5.AIの実用化で産業構造が変わる
6.スマート化が期待される分野とは?
7.自動化は人類に何をもたらすのか?

第5章モノを売る時代の終焉―すべての消費を飲み込むサブスク
1.あらゆるモノがサブスクになる時代へ
2.自動車産業の新たなる競争領域の創出
3.コンテンツ業界で革新的な流れを生み出すサブスク
4.サブスクへの移行が進むゲーム市場
5.データドリブンで会員を集める外食産業
6.消費者目線でサブスク化が加速する家具レンタル市場
7.サービス品質の向上でサブスクが家電市場を席巻する
8.未来の暮らしに不可欠となる究極のサブスク・モデルとは?

おわりに
[参考文献」

第I章 所有から利用へーサブスクリプション時代の到来

1.消費者の志向の変化がもたらすサブスクの拡大

最近、テレビや新聞、雑誌などのメディアで「サブスクリプション」という言葉を耳にすることが多くなりました。日本では、単なる定額制サービスとして語られることが多くなっていますが、実際には異なります。テクノロジーを活用することで、顧客のニーズに応じた商品やサービスを提供し、継続的に課金するビジネスモデルが最新の潮流になっています。課金方法は、定額制、従量制を問わず、時に料金が変動するモデルであるとも言えます。
サブスクリプション(サブスク)とは、利用者側の視点で捉えると、「利用する期間に応じて料金を支払うシステム」を指します。例えば、古くは、牛乳の定期配達、新聞や雑誌の定期購読、公共料金、貨貸住宅、固定電話など、近年では、携帯電話、ケーブルテレビ(CATV)などが挙げられます。これらのサービスや製品によるサブスクは決して目新しいものではなく、どれも昔存在していました。それゆえ、こうしたサブスクは、「レガシー・サブスク」と呼ぶこともできます。

他方で、サブスクを事業者側から見ると、「利用する期間に応じて利用者から料金を受け取ることで、継続的にサービス提供や製品販売を行う事業モデル」と捉えることができます。継続的に課金する事業モデルという意味では、リカーリングという考え方も当てはまります。サブスクは、従来のワンショット販売(アラカルト)を継続的な販売に転換できることから、事業者に財務的な安定基盤をもたらします。例えば、買うという消費行動で云えば、新聞は毎日買ってもらえるとは限りませんが、定期購読ならそうした心配を必要としなくなります。このように、安定収益モデル化による長期的な財務基盤の確保が可能なことから、ビジネスモデルを見直して、アラカルトからサブスクに移行する事業者も増えつつあります。

レガシー・サブスクの存在から、サブスクは最近になって新たに誕生したビジネスモデルではないことが分かります。それではなぜ、近年、サブスクが注目されるようになったのでしょうか。最大の要因は、消費者の志向の変化にあります。従来「購入・所有」が前提だった消費者の意識は、「利用」するだけで十分であるという意識へと変化しつつあります。この志向はミレニアル世代以降の若者に顕著で、モノを所有することに価値を感じなくなっているのです。例えば、「自動車を買っても週末しか乗らないということであれば、レンタカーやカーシェアで十分なので購入しない。しかも、保険や車検といった煩わしい手続きさえも必要なくなる」といった考え方です。

こうした意識は、自動車のみならず、洋服や食品などあらゆる分野に広がりつつあります。その後押しをしているのが、デジタル化です。インターネット(ネット)を介して映像や音楽のストリーミングが可能になったことで、本来、CDやDVDなどを購入しなければ利用できなかったコンテンツやサービスをデジタル化により享受できるようになったのです。それゆえ、こうしたサブスクは「デジタル・サブスク」と呼ぶこともできます。
サブスクが増加している要因を利用者側の視点で捉えると、消費者の志向の変化の他にも幾つか挙げることができます。そのひとつは、選択するという手間が解消されることです。その道の専門家もしくはAI(人工知能)が、利用者の志向や経験を踏まえて商品やサービスを選んでくれるので、ネットにある膨大な情報を調べて比較衡量するという手間が省けます。その上、プロが目利きしたモノが送られてくる際のワクワク感も、期待値という付加価値を利用者に与えてくれるのです。

また、アラカルトからサブスクになることで、コストパフォーマンスがアップすることも大きな要因です。単価が安くなることや、購入に伴う高額出費が無くなること、さらには、定額でさまざまなモノが試せることは、利用者にとって魅力的です。消費者の志向が所有から利用へと変化していることから、ビジネスの常識も変わることになります。これまでの所有の時代からこれからの利用の時代へという流れで見た場合、企業は、従来の商品を売るという「物売り」から商品の利用を通して「サービスを売る」という変革を求められることになります。

それに伴い、企業はサブスクの戦略性を高めるために、ミッションでは従来の「ヒット商品の開発」から「長期的な頭客リレーションシップの強化」へ、営業では「数量」から「サービスや価値」へ、マーケティングでは「ブランディング」から「ユーザー成功体験」へ、財務では「販売利益」から「見客生涯価値(ライフタイムバリュー)」へと、それぞれ軸足をシフトさせることが求められます。とりわけ、ユーザー成功体験では、顧客満足度を常に高めるための施策を提供(サービス化)する必要があります。なぜなら、それが、サブスクの生命線でもある長期的な顧客リレーションシップの強化に繋がっていくからです。

2.サブスクの火付け役となったのは?

世界的にも、サブスクは多くのビジネスに取り入れられています。日本でも、サブスクは、ちょっとしたブームになっています。ブームということであれば、一過性で終わってしまうということになりますが、果たしてそうなのでしょうか。結論から言うと、そういうことはなく、これから将来にかけてサブスクは、益々増えていくと考えられます。その大きな要因は、少子高齢化とAIの実用化が進展することです。これを少しずつこれから説明していくことにします。

サブスクの火付け役は、ネットフリックスやセールスフォース・ドットコムといったオンライン事楽者でした。どちらも1999年にサブスクを開始しています。両社のビジネスモデルに共通するのは、クラウド型の配信サービスをサブスクで提供しているという点です。クラウドというのは、2006年にグーグルの前会長であるエリック・シュミット氏が生み出した言葉で、平たく云えば、インターネットを通して音楽や映画などのコンテンツや、パソコンなどで使うソフトウェアを利用できることを意味します。