サブスクリプション – 「顧客の成功」が収益を生む新時代のビジネスモデル

最新注目のサブスクリプションを知る4冊

目次 – サブスクリプション – 「顧客の成功」が収益を生む新時代のビジネスモデル

はじめに
目次

第1部 THE NEW SUBSCRIPTION ECONOMY
サブスクリプション・エコノミーの到来

第1章 製品中心から顧客中心へ すべては顧客を知ることから始まる
「デジタル・トランスフォーメーション」の意味
「製品の時代」がもたらした代償
「顧客の時代」を前進させたデジタル世界の破壊者たち
「顧客の時代」の新しいビジネスモデルとは?
急増するデジタル・サブスクリプション

第2章 小売業にまつわる誤解 古い「筋書き」を逆転させる
リアルの小売店舗は死んだのか?
リアル店舗に進出するネット小売業
「Eコマース ・ リアル店舗」という二分法の間違い
サービスとしてのアップル
コロムビア・ハウスの破綻が示唆すること
顧客を最高のパートナーとして扱う
フェンダー|ギターの販売からミュージシャンの育成へ
まず必要なのはオンライン体験
創業329年のスタートアップ企業

第3章 | メディアの隆盛 新たな黄金時代の幕開け
ブロックバスター狙いのハリウッド・ビジネス
エンターテインメント業界盛衰史
ネットフリックスのポートフォリオ効果
クランチロール  ネット動画配信の草分け
ダゾーン 「スポーツ版ネットフリックス」の有力候補
ケーブルテレビ業界を襲う解約の大波
スティーブ・ジョブズvsプリンス
ミュージシャンとリスナーの進化した関係

第4章 飛行機、電車、自動車 サービスとしてのモビリティ
加速する自動車業界のサブスクリプション
ライドシェアリングという新しい移動概念
車輪を付けたスマートフォン
シリコンバレーに負けないデトロイト
いつでも飛べるー「空の旅」のサブスクリプション
「空の旅」の近未来図
乗客を奪い合う鉄道、ライドシェア、格安航空会社
移動のあらゆる問題にソリューションを提供

第5章新聞・出版 かつて新聞を出していた会社
購読者数を伸ばすデジタルコンテンツ
広告モデルから購読料モデルへのシフト
定額サービスにお金を払う消費者の特徴
「紙かデジタルか」という問題設定の間違い
かつて自動車雑誌を出していた会社
フィナンシャル・タイムズとエコノミストの価格戦略
ニューヨーク・タイムズという名のユニコーン企業
有料購読者のエンゲージメントが鍵を握る

ティエン・ツォ (著), ゲイブ・ワイザート (著), 桑野 順一郎 (監修, 翻訳), 御立 英史 (翻訳)
ダイヤモンド社、出典:出版社HP

 

第6章| テクノロジー産業の復活 魚を飲み込め!
産業史に残るアドビの決断
ソフトウェアの「冬の時代」
景気の悪化とSaaS企業の躍進
サブスクリプション移行期に現れる「フィッシュ」
アドビが直面した2つの課題
ソフトウェア大手、PTCの大転換
シスコーハードウェアからの移行

第7章|10Tと製造業の興亡 モノを売る時代は終わった
サブスクリプション化できないものがあるか?
私たちがコマツやキャタピラーに提供しているもの
製造業のサブスクリプション化が急進している理由
「モノのインターネット」がもたらす革命
ビジネスプロセスを変革する「デジタルツイン」
製品を売るな、結果を売れ
産業界で広がるIoTの活用
どうすれば結果を売れるのか?
製造業の輝かしい未来
IoTを活用すれば顧客を再発見できる

第8章 所有から利用へ あらゆるビジネスに広がる成長機会
サブスクリプションがビジネスの常識を塗り替える
ヘルスケア業界
政府・自治体機関
教育産業
保険業界
ベットケア業界
公益事業(電気・ガス・水道)
不動産業界
金融業界
成長への新しい道筋

第2部 SUCCEEDING IN THE NEW SUBSCRIPTION ECONOMY
サブスクリプション・モデルで成功をつかむ

第9章|企業がサブスクリプション・モデルを選択するとき
全社で沸き起こる「なんてことだ!」の大合唱
サブスクリプション文化を根づかせるには?
開発チーム
財務チーム
ITチーム
営業・マーケティングチーム
組織の壁を取っ払え!

第10章|イノベーション 永遠のベータ版にとどまれ
Gメールの新たな開発哲学
カニエ・ウェスト|音楽業界初のSaaSアルバム
グレイズの「アジャイル・ファクトリー」
ネットフリックスーもうパイロット版は要らない
スターバックスIDが持つパワー

第11章 | マーケティング 4つのPが変わった。
サブスクリプションは「1対1の関係」を構築する仕組み
場所―ウィン・ウィン・ウィンの関係を築く
プロモーション||3つの物語を語る
プライシングとパッケージング―成否を左右する重要な鍵
サービスを成長させる2つの基本的方法
プライシングによる利用増加
パッケージングによる機能追加
マーケティングの黄金時代がやって来た

第12章 営業 8つの新しい成長戦略
顧客とダイナミックで対等な関係を築く
1 最初の顧客グループを獲得する
2 チャーン率を引き下げる
3 営業チームを拡大する
4 アップセルとクロスセルで顧客価値を高める
5 新しいセグメントに参入する
6 海外展開を図る
7 買収によって最大限の成長機会をつかむ
8 プライシングとパッケージングを最適化する

第13章 | ファイナンス 新しいビジネスモデルの構造
財務部門こそ、すべてを顧客から始めよ
私とCFOがクビになりかけた日
ルカ・パチョーリと複式簿記の世界
サブスクリプション・エコノミーの損益計算書
年間定期収益(ARR:Annual Recurring Revenue)
チャーン(Churn)
定期コスト(Recurring Costs)
定期利益(Recurring Profit Margin)
成長コスト (Growth Costs)
定期利益と成長コストの関係
会社を成長させる「タイラーのスライド」
新しい会計発想が成長を牽引する

第14章 IT 製品ではなくサブスクライバーを中心に置く
ITには答えられない重要な質問
わが社のサブスクライバーは誰か?
サービスの価格を柔軟に変更できるか?
「更新」ボタンはどこにあるのか?
なぜ企業と個人の両方に売れないのか?
わが社の財務状況はどうなっているのか?
従来のITシステムはどのように機能しているか?
従来のITシステムが対応できない3つの問題
新しいITアーキテクチャの構造とは?

第15章 組織にサブスクリプション文化を根づかせる
ビジネスモデルに適した企業文化に変える
ズオラの8つのサブシステム「PADRE」
1パイプライン(Pipeline)
2獲得(Acquire)
3導入(Deploy)
4利用(Run)
5拡大(Expand)
6人材 (People)・7製品 (Product)・8資金(Money)
PADREを活用したオペレーション
古き良き、新しいビジネスの世界

謝辞
監訳者あとがき
巻末資料 サブスクリプション・エコノミー・インデックス
原注

ティエン・ツォ (著), ゲイブ・ワイザート (著), 桑野 順一郎 (監修, 翻訳), 御立 英史 (翻訳)
ダイヤモンド社、出典:出版社HP

 

はじめに

ビジネスは歴史の転換点を迎えた

数年前、私は「フォーチュン」誌に寄稿して、ビジネススクールになど行かないほうがよい、時間の無駄だ、 と書いた。過去100年にわたり、ビジネススクールは基本的にただ1つの考えを教え続けているにすぎないか らだ。あらゆるビジネスの目標は、煎じ詰めれば、ヒット商品を作り、できるだけ多く売り、固定費の負担を減 らして儲けを増やすことであるという教えだ。私は、このモデルは終わった、状況が変わった、と論じた。
そして、これからのビジネスの目標は、まず特定の顧客のウォンツ(欲求)とニーズ(必要)に着目し、そこ に向けて継続的な価値をもたらすサービスを創造することだと主張した。つまり、顧客をサブスクライバーに変 えて、定期 収 益がもたらされる構造を築くことだ。この変化をもたらした文脈を、私はサブスクリプショ ン・エコノミーと呼んだ。

私の寄稿は読者から辛辣な批判を浴びた。たとえば次のようなコメントが寄せられた。「そんなことを知らな いとでも思っているのか?」「製品とサービスの違いを知らないとでも?」「そういうことをビジネススクール で教えていないとでも?」。私は卒業したビジネススクールで今もさまざまな活動をしているが、誰もそこには 気づかなかったようだ。毎年、招かれて講演をしているし、授業にも協力しているのだが、ただの認識不足と見 なされ、真意を汲んでもらうことができなかった。

なるほど、寄せられた批判にはもっともな面もある。なんといっても私がビジネススクールを出たのは199 0年代後半のことだ。その後、授業内容も変わっているだろう。だが、以前のまま続いていることも多いはず だ。特に入門コースのクラスではそうだろう。実は私はこの目で見て知っているのだ。毎日のように、若く聡明 なMBAホルダーが率いる会社が魔法のヒット商品を追いかけて無残な最期を遂げていることを。時代に逆行し ている企業が他社に勝てるはずがない。製品ファースト、顧客セカンド、という順番を逆転させなくてはならな い。だが、失敗する会社は、自社が誰の役に立とうとしているのかさえわかっていないようだ。

ここで読者にたずねたいことがある。クレジットカードの利用明細のうち、財布からカードを出さずに行った 利用分の請求はどのくらいあるだろう?たぶんネットフリックス(Netflix)やスポティファイ・プレミアム (Spotify Premium)から毎月の請求があるのではないだろうか。ファイルをクラウドに置いているデジタル通 なら、ドロップボックス(Dropbox)への支払いもあるだろう(本書の読者ならあるに違いない)。料理や菓子 の定期購入サービスを利用しているかもしれないし、ムービーパス(MoviePass)で映画を楽しんでいるかもし れない。パトレオン (Patreon)【クリエイター向けのクラウドファンディングのプラットフォーム]でポッドキャストを聴いているかもしれない。要するに、われわれの関心も支払いも、物の所有から利用へと移行しているとい うことだ。

仕事で使っているパソコンはどうだろう? いまだに立ち上げ時にチャイムが鳴り、デスクトップに丘の風景 が現れる古いOSだったりするのだろうか。遅くて不安定なアプリケーションが使われていて、読み込み状況を 示すプログレスバーがジリジリと動いていたりするのだろうか。そんな環境でないことを願うが、さすがにもっ と洗練された環境になっているのだろうと思う。ログインは1度だけ、ごく軽いアプリケーションが2つか3 つ、あとはブラウザだけ。会社がEメールのホスティングをGメール(Gmail)に切り替えていれば、半年ごと にアウトルック (Outlook)の古いファイルを削除する手間もなくなっているかもしれない。会社の全ファイル がボックス(Box)に収納されるようになり、かつてのサーバールームでは社員が卓球をして遊んでいるかもし れない。

すべてがこれまでと様変わりした。なぜか? いまがビジネスの歴史の重要な転換点にあるからだ。産業革命 以後、見られなかった転換である。一言でいえば、世界の中心が製品からサービスに移行しつつあるということだ。
デジタルの世界で、何十億という消費者の関心が所有から利用へと加速度的に移行しており、サブスクリプ ション・エコノミーが爆発的に拡大している。それなのに、ほとんどの企業はまだ製品を売ろうとしていて、こ の先100年ビジネスを続けていくための正しい備えができていない。その結果、誰がこの巨大な機会をつかむ かわからない。いま、サブスクリプション・ビジネスに移行しなければ、数年後、生き残りのために移行しよう としても、移行できるビジネスそのものがなくなっている可能性がある。

サブスクリプションは将来を見通す収益モデル

10年前、私たちはこの兆候に気づいた。その頃、ネットフリックスはDVDを毎月郵便で会員に届けていた が、すでにレンタルチェーンのブロックバスター (Blockbuster)を追い詰め始めていて、人々のメディア消費の 方法を変えつつあった。オンラインストリーミングがすぐそこまで来ていた(多くの人が指摘するように、リー ド・ヘイスティングスCEOは意味なくネットフリックス〔フリックスは映画と同義]と名乗ったわけではな い)。
ジップカー(Zipcar)も興味深い新しいコンセプトだった。当初はレンタカーのハーツ(Hertz)やバジェット (Budget)と短時間利用客を奪い合う存在ぐらいに見られていたが、いまでは自動車と輸送の分野で新しいアイ デアが進行中であることに誰もが気づいている。後にウーバー(Uber)とリフト(Lyft)もそのアイデアに立脚 して事業を始めた。

もちろん、iPhoneも出始めていた。当初はプラグ・アンド・プレイのアプリで遊ぶ娯楽寄りのデバイス だったが、地理位置情報の活用、SNSを絡めたアイデンティティ構築、メッセージの送受信といった方面で大きな可能性を秘めていた。通信速度が向上し、プラットフォーム構築に要するコストが減少するにつれて、オン デマンドのデジタル対応サービスが拡大するのは論理的必然であった。この手のことがあらゆる場所で起こった。
私たちがズオラ (Zuora)という新しい会社をつくろうと決めたのはそんな時だった。請求業務とファイナン ス管理を行うサブスクリプション型プラットフォームを構築したいと思ったのだ。当時、多くの創業者は事業を 営む上でどうしても生じる退屈でうんざりする問題を解消しようとしていた。そのニーズに目をつけて、ゼンデ スク (Zendesk)は顧客サポート、オクタ (Okta)はパスワード管理、ゼロ(Xero)は会計管理に取り組んだ。 私たちも同じ思いから創業した。世界中で嫌われ、絶望的に複雑で、とてつもなく高価なビジネスプロセスは、 起業家にとっては大きなチャンスだったのである。
「ズオラの創業が2000年代後半、リーマンショックに象徴される大不況の真っ只中であったことを記憶にとどめてほしい。業務用ソフト業界は打撃を受け、小売業は疲弊し、自動車販売は崖から転がり落ち、広告が姿を消しつつある最中の創業だった。

2008年の混乱の中、痛い目にあった多くの企業や投資家が、自分たちはハリウッド型ビジネスを行ってい たということに気づいた。大枚をはたいて製品を開発し、ヒットを祈る。うまく行けばよし、行かなければ運が なかったとあきらめるだけのビジネスである。
そういう企業には自社の財務状況が見えておらず、予想の手がかりもない中で事業予測を語っていた。四半期 ごとに売上ゼロからスタートして、目標の収益額に達するまで匍匐前進を繰り返していた。だが、サブスクリプ ション・モデルはそれとは異なる。収益の3%をサブスクリプションで得ている1000万ドル企業であれば、 常に800万ドルの売上が約束された状態で新年度をスタートすることができるのだ。株価が将来を見越した価 値評価だとすれば、サブスクリプションは将来を見通す収益モデルである。

セールスフォースからズオラの創業へ

ズオラの創業メンバーは全員、この分野の知識と経験があった。私自身は1番目の社員としてセールスフォー ス・ドットコム (Salesforce.com)に加わる幸運に恵まれ、その後の10年で同社を10億ドル企業に成長させる取 り組みの一翼を担った。セールスフォースの初期の社員はすべて、従来型の業務用ソフトウェア業界の出身で、 その仕事にはうんざりしていた。私たちは、オラクル (Oracle)やシーベル(Siebel)といった企業が作ってい るのは無駄に複雑な製品でしかなく、他業界に寄生するシステム・インテグレーターがはやし立て、営業の傭兵 部隊が売り歩いているにすぎないと考えていた。

2000年問題では恐怖の体験を味わった。営業担当者の数は開発者の10倍を超えていた。導入されたシステ ムの半分は日の目を見ず、「成功」と見なされたものでもエンドユーザーから嫌われた。業界は完全に顧客を見 失っていた。顧客は誰なのか、毎日何をしているのか、システムのどこが気に入っているのか、何に腹を立てているのか――そうしたことが何もわかっていなかった。変わらなくてはならない時が来ていた。
私たちはマーク・ベニオフ【セールスフォース・ドットコムCEO」が借りたワンルームのアパートで、アマゾン (Amazon)で本を買うときのようなシームレスで直感的な体験を顧客に提供できるような仕組みの構築に取り 組んだ。

しかし、すぐに、そのためにはあらゆることについて考え方を改める必要があることがわかった。ソフトウェ ア企業としての目的を考え直さなくてはならなかった。自らに対する根本的な問いは、「この製品はどれぐらい 売れるか」から、「顧客が望むものは何か、どうすればそれを直感的なサービスとして提供できるか」に変わった。
セールスフォース・ドットコムが立ち上げられたとき、誰もが「この会社は違う」と思った。もはや膨大なプ ログラムのインストールやハードウェアの設置は必要ない。必要なのはサービスとしてのソフトウェアであって、デンと構えている製品ではなかった。それを実現するため、私たちはサービスを市場に導入し、販売し、サ ブスクリプション・ベースの企業運営をするための新しい方法を考案するべく権限を委譲された。
私たちがたどり着いたのは、利用状況に応じた価格設定、さまざまなパターンでのサービス提供、カスタ マー・サクセスのための組織というアイデアであった。いまでこそSaaS(Software-as-a-Service) [ソフト ウェアの必要な機能だけをネット経由で提供するサービス]の標準的オペレーションだが、当時そのような方法は存 在しておらず、ゼロからつくり上げなくてはならなかった。

だが、すべてをゼロから始めることには問題もあった。この新しいビジネスモデルを機能させるためには、た とえば、オラクルで働いていた時代からなじみのある通信会社や出版社のものに近い、まったく異なるバックオ フィス・システムを用意する必要があった。しかし、そんなものはどこを探しても売っていないし、過去に作ら れたものは巨大な電話会社やエネルギー会社のためのものだったので、すべてを自分たちで構築しなければなら なかった。請求、取引、見積などのシステムを含むインフラ全体の構築に毎年何百万ドルもの費用がかかった。 すぐにそれは問題だと気づいた。もちろん、エンジニアを自社のコア事業にではなく、自社の請求業務のソ リューション構築に当たらせることが賢明ではないこともわかっていた。

2007年のある日、マーク・ペニオフはウェブエックス(WebEx)から訪ねてきたK・V・ラオとチェン・ ゾウと話をしていた。彼は気軽に、私をそのミーティングに招き入れた。話した時間の半分ぐらいが、自社の詩 求システムに対する愚痴だった。マークは、お粗末な自家製の請求ソリューションを構築するためにさらに何百 万ドルも費やさなければならないという事実に顔をしかめた。チェンは「いやあ、どこも同じ問題を抱えている んだな。悪夢だね。ウチはそのためにれ人も人も貼りつけている」と言い、ラオは「セールスフォースもウェ ブエックスも請求業務で困っているということは、ビジネスとして取り組めばモノになるかもしれない」と言っ た。たぶんそうだろう。

われわれはその後の数カ月間、議論を続けた。ラオはサブスクリプション課金に特化したSaaS企業のアイ デアに執心だったが、私はすぐには納得できなかった。私たちは、すべてのスタートアップ予備軍と同じ問いを突きつけられていた。それを誰に売るのか? 市場規模はどれくらいか? わが社は他のソフトウェア会社にだ け販売するソフトウェア会社になるのか、それとももっと大きなビジネスをする会社になるのか?

こうした問いを自問すればするほど、私の中で、サブスクリプションのアイデアはソフトウェア市場に限定さ れるものではないという認識が強まっていった。そして、セールスフォースで学んだテクノロジー、イノベー ション、マーケティング、営業に関する知識は、あらゆる業界のあらゆる種類のサブスクリプション・ビジネス にとって価値があるということも認識した。

今日、ズオラは何十もの業界で1000社以上の顧客と仕事をしている。顧客の中には、ストリーミングメディア企業、出版社、新聞社、メーカー、オンライン学習企業、ヘルスケア企業がある。巨大なトラクター会社や小さな合法的大麻ビジネスのスタートアップ企業もある。飛行機を飛ばしている企業も、電車や自動車を走ら せている企業もある。そして私たちは毎日何十億ドルもの収益を管理している。

その結果、私たちはサブスクリプションについて多くのことを学び、あらゆる分野でそれがどのように使われ ているかを知るに至った。このモデルで事業展開している会社は、S&P500社の9倍の速さで収益を伸ばし ていることがわかった(2016年調べ。巻末の「サブスクリプション・エコノミー・インデックス」で最新 データを確認していただきたい)。私たちの開発チームは、顧客企業の規模とタイプに応じて、めざすべき具体的な目標や回避すべき固有の脅威について多くの研究を行ってきた。

この本を読むと何がわかるか?

あちこちでプレゼンテーションをする機会があるが、最後にはいつも、どうすれば伝統的な製品ベースの会社 をサブスクリプション・モデルに移行できるのかという質問が出る。この質問をする人の多さには驚かされる。 結局、企業というものは、競合他社の製品の特徴は盗めても、ロイヤリティを有するサブスクライバーから得た インサイトは盗むことができない。読者がこの本から読み取りたいのも、このモデルはどのような仕組みで機能 しているのか、自分の会社でこれを適用するにはどうすればよいか、という点についての明快な説明だろうと思う。業界のベンチマーク、関連するケーススタディ、ベストプラクティスなどは知っておいて損はない。それを読者に提供するのがこの本の目標だ。

この本で私は、情報不足の状況を解消したいとも思っている。このテーマについてのしっかりした記事や本は 奇妙なほど少ない。会員制プログラムやサブスクリプション・ボックス〔箱に入れられて定期的に宅配される各種の 品物」に関して書かれたものは多いし、SaaS企業が提供する各種メトリクス 〔測定基準」を駆使したデータ野 球に関する本は山ほどあるのだが、ビジネスリーダー向けに書かれた、定期収益を得る仕組みに移行するための 基本的な解説書はほとんど存在しない。最近でこそサブスクリプションについての記事は増えているが、私は最 も重要な情報と知見を、それこそ石板に刻むような気持ちで読者にお届けしようと思う。

第1部では、サブスクリプションがビジネスを変えている状況を、いくつかの業界について紹介する。第2部では、サブスクリプション・モデルを企業のあらゆる面に適用するための手順やオペレーションについて詳しく 説明する。全体として、次のようなトピックについて述べようと思う。

●サブスクリプション・モデルがあらゆる産業をいかに変容させているか。取り上げる産業には、小売り、ジャーナリズム、製造、メディア、運輸交通、エンタープライズ系ソフトウェアなどが含まれる。
●サブスクリプション・ビジネスの基本的な財務モデルと重要な成長指標。
●サブスクリプション・モデルが企業のエンジニアリング、マーケティング、営業、ファイナンス、およびITへの取り組みをどのように変えるか。
●すべてのサブスクリプション・ビジネスに共通する8つのコア成長戦略。
●サブスクリプション・ビジネスを推進するための顧客中心のオペレーション。

この本はシリコンバレーの物語ではないし、いわゆるシリコンバレー本でもないことをここでお断りしておき たい(そういう本ならたくさんある)。これはビジネスストーリーだ。多くの意味でこの本は、スタートアップ 企業よりも伝統的企業に身を置く読者に、ビジネス未経験者よりもビジネス経験を積んだ読者に、より役立てて いただけるのではないかと思う。なぜなら、テクノロジーによる破壊が進む現状の根底には、シンプルだが強力 な認識の変化が存在するからだ。すなわち、企業がついに顧客を理解し始めたという変化である。

顧客を理解すると、組織のすべてが変わり、あらゆる役割の人が影響を受ける。サブスクリプション・モデル では、開発チームはリーダーの一存で動くことをやめて、ユーザーの使用データに基づいて新しいサービスを進 んで開発するようになる。財務チームはチャーン 〔解約・離脱」を防ぐために、新しいアイデアを試し始める。カ スタマーサービスチームは、問い合わせに対応する受動的サポートではなく、顧客に積極的に働きかけるように なる。マーケティングチームは提供する価値に対して価格を設定できるようになるので、創造的で新しい商品パッケージやサービスを考え出すことができる。
もはや融通のきかないバックエンド・プロセスに悩まされることもなくなり、硬直化したバケツリレーのよ うなオペレーションもなくなる。組織は、流動性の中にも一貫性を保ち、継続的でありながらも変化に即応できるようになる。何よりも、顧客を中心に置いた活動に徹するようになる。

・訳注は文中に[ ]で記しました。
・文中に添えた「*1、*2…」は巻末の原注番号を示しています。

ティエン・ツォ (著), ゲイブ・ワイザート (著), 桑野 順一郎 (監修, 翻訳), 御立 英史 (翻訳)
ダイヤモンド社、出典:出版社HP