はじめに
「サブスクリプション(サブスク)」は昔から存在しました。新聞や雑誌の購読に始まり、貨貸住宅や公共料金、電車の定期券など、一定期間、利用の契約関係を結び定額制もしくは従量制で月額料金を支払い、製品やサービスを享受するシステムです。これらはいわゆる「レガシー・サブスク」として社会の片隅で息を潜めていました。しかし、経済成長の停滞が長期化し、人々の生活や暮らしが多様化していくと共に、現代社会の中心へと躍り出てきました。
インターネットが商用化して高度情報化社会を迎えるまでの約30年間は、デジタル化が進み、情報量が格段に増加し、多くのビジネスが生み出され、モノやサービスが現れては去って行きましたが、その背景には大きなトレンドが存在していました。「所有」から「利用」への変化です。
重要なのはこの大きな流れが進化し続けていることで、このトレンドが未来の社会でも消費の原動力として増大し続けることです。現状では、この流れを止めるようなものは見えていないばかりか、今後、少子高齢化やAI(人工知能)などのテクノロジーの進歩が促進されることで、格差社会がさらに進展することになれば、このトレンドが益々大きな潮流となっていくことが予想されます。
利用したいものを所有したいと考えるのは、一昔前では当たり前でした。経済的に裕福になれば、気に入ったものを手に入れたいという所有欲は強くなります。日本では、高度経済成長期に「1億総中流」という意識が生まれ、この意識が以降の日本社会を支配するようになりました。経済的な生活水準の向上は購買意欲を高め、購入して所有することがステータスにもなった時代です。
以来何十年も続いてきた「製品やサービスを販売して収益化する」というビジネスモデルは今、大きな転換点にさしかかっています。計画的に陳腐化していく仕組みを作り出し、頻繁に新製品を市場に投入し、消費者に購入を促すという時代は終焉を迎えようとしています。それを後押ししたのはデジタル化の波であり、「所有」から「利用」への消費者ニーズの変化であり、ミレニアル世代以降の新しい価値観でありました。
「所有」から「利用」への変化は、まさしくビジネスに広がる成長機会です。それは、成長への新たなる道筋として置き換えることもできます。なぜなら、利用の中心に位置するサブスクが、今ではあらゆる産業やビジネス分野に取り入れられ、潜在需要を顕在化させ、製品中心から顧客中心への変革を創り出しているからです。経営の財務基盤として機能するだけでなく、ビジネスの常識を塗り替えているのです。
サブスクは、消費する側にも多くのメリットをもたらしてくれます。私たちは、日々の生活や暮らしの中でさまざまな選択を迫られますが、その中で最も価値ある選択肢のひとつとして機能してくれます。膨大な情報の中から判断を下す際の煩わしさを和らげてくれます。所有や維持に伴う負担や労力を軽減してくれます。自動的もしくは定期的に製品やサービスが提供されるので便利でもあります。こうした便益は、まさに購入では得られないサブスクならではのものであるため、サブスクを選択する人たちが増えているのです。
本書では、サブスクを多面的に捉え、さまざまな視点から考察して行きます。
第Ⅰ章のテーマは、「所有から利用へーサブスクリプション時代の到来」です。サブスクの考え方やクラスタリングに始まり、サブスクとレンタルやリース、シェアなどとのビジネスモデルの比較、サブスク3.0などの考え方、サブスク・ボックスの俯瞰、サブスクの成功事例と成功条件などを検証した上で、サブスクの戦略モデルについて考察します。第Ⅱ章では、「サブスクリプション・エコノミーの創出―デジタル化と融合するサブスク」をテーマにして、急速に発展するサブスクリプション・エコノミーの促進要因やデジタル化との関係性、サブスクのシェアリングエコノミーにおける位置付けなどについて考察します。
第Ⅲ章では、「米国を席巻するサブスク・ボックスの波―製品中心から顧客中心へ」と題して、米国における12のサブスク・ボックス事例を取り上げ、戦略やビジネスモデル、オペレーション、マネタイズ(収益化)、マーケティングミックスなどの面から成功や失敗要因を探ります。第Ⅳ章では、「未来社会に広がる成長機会――新たなる成長機会を捉えるサブスク」のテーマのもとに、今後、少子高齢化やAIなどのテクノロジーが進展していく社会において、サブスクがあらゆるビジネスに広がる成長機会をどのようにして捉えるか検証します。第Ⅴ章では、「モノを売る時代の終焉――すべての消費を飲み込むサブスク」のテーマで、自動車産業を始めとして、コンテンツ業界、外食産業、家具業界、家電業界でサブスク化が進みモノを売る時代が終焉しつつあることを検証した上で、究極のサブスク・モデルについて考察します。
サブスクでは、会員になってもらうまでのフェーズと会員になってもらった後のフェーズでは明らかに戦略が異なります。それぞれのフェーズで、顧客獲得と会員継続に焦点を当てた戦略が必要になります。特に会員継続では、顧客志向の「サービス化」(顧客価値の創出)が求められます。2つの異なる戦略を使い分けてサブスク・モデルを構築するという点ではどちらも同じくらい重要ですが、会員獲得後も顧客志向を徹底していかないとリカーリング・レベニュー(継続的な収益)を失うという意味では、「サービス化」の重要性が高くなります。なぜなら、「チャーン・レート(解約率)」をできるだけ低く維持することが、「顧客生涯価値(ライフタイムバリュー)」を高めることに繋がるからです。
本書ではできるだけ多くのサブスク事例を取り上げて、創業に至った経緯、経営者の考え方、競合他社との競争に勝つための打ち手とそのビジネスモデルなどについて、詳細に説明するよう心掛けました。特に、サブスクの生命線である会員に継続を促す「サービス化」については、詳細な説明と共にその戦略性を見極めて論述するよう努めました。
本書が、読者諸賢にとってサブスクという時代を読み解く一助になれば幸甚です。
目次 – サブスクリプション 製品から顧客中心のビジネスモデルへ
はじめに
第I章所有から利用へーサブスクリプション時代の到来
1.消費者の志向の変化がもたらすサブスクの拡大
2.サブスクの火付け役となったのは?
3.利用する消費行動の最上位に位置するサブスク3.0とは?
4.サブスクはどのように分類できるのか?
5.米国で人気を集めるサブスク・ボックスとは?
6.サブスク・コマースで成功する条件とは?
7.継続購入に成功しているサブスクとは?
8.顧客ファーストのサービスでV字回復を果たしたサブスクとは?
9.サブスクシフトで復活を遂げた老舗のメガテック企業とは?
10.サブスクの戦略モデルとは?
第Ⅱ章サブスクリプション・エコノミーの創出――デジタル化と融合するサブスク
1.急速に発展しつつあるサブスクリプション・エコノミーとは?
2.サブスクリプション・エコノミーを促進する要因とは?
3.デジタル化と融合したサブスクとは?
4.シェアリング・サービスの基盤となるサブスク
5.シェアリングエコノミーの領域で最適とされるサブスクとは?
6.プラットフォーム型事業を展開する企業の特性と行動戦略とは?
7.ネットフリックスのSVOD戦略とは?
8.SVODの新たなる競争軸とは?
9.Amazonプライム・ビデオのコンテンツ戦略とは?
10.アマゾンプライムはどこまでスケールアウトするのか?
第Ⅲ章米国を席巻するサブスク・ボックスの波製品中心から願客中心へ
1.米国で成長し続けるサブスク・エコノミーとは?
2.米国で人気の高いミールキットサブスクとは?
3.ミールキットサブスクの成長戦略とは?
4.ビューティー・プロファイルが導線となるイプシーの戦略とは?
5.バーチボックスのキュレーション型サブスク戦略とは?
6.ダラーシェイブクラブの価格転嫁戦略とは?
7.ハリーズのブランド戦略とは?
8.D2Cサブスク・ボックスによる独自ブランドの形成
9.バークボックスは飼い主とメーカーをどのようにして結び付けたのか?
10.スティッチフィックスのデータ主導型のビジネスモデルとは?
11.レント・ザ・ランウェイのサプライチェーン変革の取り組みとは?
12.ショッパーを活用したインスタカートの戦略とは?
13.ルートクレイトはニッチをどのようにして取り込んだのか?
第Ⅳ章未来社会に広がる成長機会――新たなる成長機会を捉えるサブスク
1.少子高齢化の進展はさまざまな問題を引き起こす
2.肩車社会の到来で企業は消費需要をいかにして取り込むのか?
3.日本は階層帰属意識の分散傾向が強まり格差社会が進展する
4.現代日本の新たなる階級構造とは?
5.AIの実用化で産業構造が変わる
6.スマート化が期待される分野とは?
7.自動化は人類に何をもたらすのか?
第V章モノを売る時代の終焉―すべての消費を飲み込むサブスク
1.あらゆるモノがサブスクになる時代へ
2.自動車産業の新たなる競争領域の創出
3.コンテンツ業界で革新的な流れを生み出すサブスク
4.サブスクへの移行が進むゲーム市場
5.データドリブンで会員を集める外食産業
6.消費者目線でサブスク化が加速する家具レンタル市場
7.サービス品質の向上でサブスクが家電市場を席巻する
8.未来の暮らしに不可欠となる究極のサブスク・モデルとは?
おわりに
[参考文献]