魚が食べられなくなる日

日本の漁業の現状・課題についての5冊も確認する

目次 – 魚が食べられなくなる日

「はじめに」に代えて

第1章・日本の海から魚が消える
減少する国産天然魚/ホッケが小さくなっている
ウナギはすでに絶滅危惧種/乱獲が続くクロマグロ
正月料理用の数の子はほぼ外国産
自然環境要因で大幅に増減するマイワシ/季節感がなくなったブリ
水産資源は明らかに減少/漁獲規制が世界の潮流
「養殖魚があるから大丈夫」の誤解
激減する輸入「買い負けは当たり前」
高い魚は欧米日へ、安い魚はアフリカへ
消費者の「魚離れ」はいつから?
なぜ魚はいなくなったのか/誤解されている中国の漁業
中国は世界一の養殖大国/したたかな中国の戦略

第2章・なぜ日本漁業は衰退したのか
2つの転換点/終戦から続いた黄金時代/外洋へ漁場を拡大
漁獲技術の発展と収奪型漁業/200海里時代へ
海外の漁場から締め出される日本漁船/つくり育てる漁業に活路
稚魚を撒いて資源を増やす/種苗放流と漁獲規制、魚が増えたのはどっち?
水面下で進む漁業の衰退/「獲れない+売れない→儲からない」の連鎖
進む漁村の高齢化・限界集落化/漁業者はどこまで減るのか?
養殖業の深刻な労働者不足/補助金頼みの漁業経営

第3章・世界の漁業は成長産業
「日本の一人負け」世界銀行レポートの衝撃
EEZ時代の漁業のあり方/入口規制と出口規制
漁獲規制に成功したノルウェー
個別漁獲枠方式の導入―政策①/ノルウェーの漁業制度
世代交代を促進するSQS制度―政策②
補助金削減と水産業の自立―政策③
ノルウェー漁業の民主的な意思決定
ノルウェーサバはなぜ脂がのっているのか
競争至上主義の米国でさえ規制に踏み切る
最下位グループから抜け出すために

第4章・破綻する水産政策
江戸時代から変わらない日本の漁業/漁業権システムの制度疲労
まるで意味がない日本の漁獲枠制度
乱獲にお墨付きを与える水産庁の言い分/資源量を超えて設定される漁獲枠
水産基本計画は乱獲宣言?/漁獲規制が成功したキンメダイ

第5章・日本漁業再生への道
研究機関を水産庁から切り離す/漁獲量を正確に記録する仕組みをつくる
水揚げ量の監視体制の構築/個別漁獲枠制をどのように導入するか
TAC魚種+数魚種から規制する/漁獲枠の配分をどうするか
離島特別漁獲枠を設定すべし/沿岸漁業は漁業権の強化が不可欠
漁獲枠の譲渡ルールを定める/経済性と生産性
規制すると漁業者は減るのか?
漁獲枠設定は労働環境の改善とコストダウンにつながる
魚の質向上と「売る努力」で魚価もアップ

第6章・魚食文化を守るためにできること
「変われない日本」が顕在化した漁業/改革を消す「免疫システム」
外に学ぼうとしない日本の漁業関係者/漁業の改革には国民世論が不可欠
「よいことしか流さない」マスメディアの責任
国民に危機感を抱かせない仕組み
独立した情報発信拠点が必要/消費者が持つべき義務
「大切に食べる」とはどういうことか?/オリンピックに食のレガシーを
義務は国民自身のためでもある

おわりに

勝川 俊雄 (著)
小学館 (2016/8/1)、出典:出版社HP

 

「はじめに」に代えて

「昼は久しぶりに回転ずしでも食べに行くか?」
20××年8月のある日曜日、圭一はリビングにいる中2の娘と小5の息子、キッチンで朝食の片づけをしていた妻の晴美に問いかけた。
「やったあ、お寿司、久しぶり!」
無邪気にはしゃぐ息子とは対照的に、娘は「しょうがないから付き合ってあげる」という表情だ。娘が大きくなってからというもの、一緒に外食することがめっきり減った。回転ずしなんてもう何年ぶりだろう。

「さあ、いっぱい食うぞ!」
店に入ってテーブル席に座ると、全員一斉に回転ずしのレーンに目を注いだ。回っているのは、「から揚げ軍艦」「塩豚バラ」「フライドポテト」……。
「なんだ、ぜんぜんお魚さんが回ってないじゃないか」
「ほんとね。惣菜っぽいものばっかり」
ため息をつく晴美に息子が追い打ちをかける。

「そういえば、いま魚があんまり獲れなくなっているんだって、学校で先生が言ってた」
「そうなの?そういえば、スーパーでも鮮魚コーナーが前より狭くなったような……」
「ふむ、そういや、オレが昨日、同僚と行った居酒屋でも刺身の盛り合わせって、ほんのちょっとだったなあ。昔はホッケなんかすっごくでかくて皿からはみ出してたもんだが」
「だよねえ。どれどれメニューを見てみようかな。……あれ、マグロがないんだけど……」

間髪を容れず、圭一は通りかかった店員に声をかけた。
「あの~、マグロってないの?赤身とか中トロとかのアレ」
「マグロはごくたまに入荷したときだけ出していて、今日はないんです」
「ええっ!回転ずしにマグロがないの?」
一同が食べ終えて満足の表情を浮かべているなか、圭一はどうにも釈然としなかった。マグロが食べたくてやって来たというのにこのままでは帰れない。帰りにスーパーに寄って、酒のつまみに刺身でも買って帰ろう。スーパーなら、いくらなんでもあるだろう。一家4人で買い物をするのも久しぶりだ。めいめいが思い思いの売り場に散らばっていく。圭一は鮮魚コーナーを目指した。

「ない!」
そこへ晴美がやって来た。
「ここにいたんだ。マグロなかった?やっぱりね。ここにあるのは、えーと、国産はアジとイワシに、タイは3尾だけ。しかもこんな小さいやつ。あとはノルウェー産のサバでしょ、チリ産のサケ、アメリカ産のカニ、ニュージーランド産の白身魚ぐらいね」
「こんなことになっていたのか、全然知らなかった」

「確かにうちでお魚出すの減ったもんね。ねえ、見てよ、魚の値段。100グラム当たり600円だよ。豚や鶏なら600円出せば300グラムは買えるわ。魚は体にいいからあの子たちには食べさせたいけど、魚って割高なんだよね」
圭一は自分の稼ぎを指摘されたようで、胸がちくっと痛んだ。しかし、それ以上に、魚の種類が少なくなり、小さくなり、価格も高くなっていることに気づいて愕然とした。

「父よ、マグロは諦めたまえ」
寄ってきた娘が笑いながら茶化す。なぜこうなってしまったのか、圭一は考えようとしていた。いや、娘との関係ではなく、魚のことだ。
日本人が魚を食べなくなったから、漁業が衰退して魚が獲れなくなったのだろうか。漁師が高齢化していることは知っていた。だから、魚を獲る人がいないのだろうか。それとも中国や韓国の乱獲で獲り尽くされてしまったのか………。いずれにせよ、今晩のつまみに刺身の線は消えた。

「さあ、これ買って帰りましょ」
圭一は晴美の持っている買い物カゴを見た。野菜や調味料、子どもたちが好きなスナック菓子に交じって「若鶏の一口から揚げ」と「おつまみチャーシュー」が入っていた。
これは近未来を予想したフィクションです。さすがにまったく魚が食べられなくなるということは考えられませんが、このフィクションのように、良質の水産物が日常的に食べられなくなることは十分あり得ます。

まず、マグロのような高位捕食者(食物連鎖ピラミッドの上位にいるもの)の量は確実に少なくなっています。そして同時に、他の魚も徐々にスーパーや居酒屋で見かけなくなったり、小ぶりになっていくということが起こります。突然そうなるのではなく、今のやり方を続けていれば、真綿で首を絞められるようにゆっくりとゆっくりと、しかし、確実に進行していきます。もうすでにゆっくりと首を絞められている最中なのです。

ピーク時には200万人とも言われていた漁業者は、今や7万人を切っています。跡継ぎのいない3歳以上が大半で、平均年齢は3・1歳(自営漁業者、平成3年)です。
その上、魚が少なくなっています。カツオも日本近海では獲れなくなり、2015年はサンマが不通でした。マグロやウナギも絶滅危惧種になってしまいました。漁師もいない、魚もいないので、日本の漁獲量は減少の一途をたどり、今は最盛期の4割以下にとどまっています。

私たちの食卓を支えているのは、ノルウェーサバやアトランティックサーモンのような輸入魚です。日本漁業の衰退の原因は「安い輸入魚」とも言われてきましたが、それは昭和の話で、サバのように輸入魚のほうが高くなっているケースも少なくありません。近年、世界的に魚価が上がったこともあり、日本の輸入量は減少しているのが現実です。

こうした日本漁業の苦境については枚挙にいとまがありませんので、本文に譲りますが、まずそうした現状があることを、この本を手に取った読者の皆さんには知っていただきたいのです。

すでに何十年も日本漁業は衰退の一途を辿っています。私たちがこれまで築き上げてきた豊かな魚食文化の存続が危ぶまれています。「では、どうすればいいのか」――それを記したのが本書です。「水産に関するグラフを描いてみるとほとんどすべてが右肩下がり。上がっているのは漁業者の平均年齢だけ」という状態を打破するには、海外の成功事例から学び、これまでの日本漁業のルール、仕組みを変えていくしかありません。

そのための道筋を示しました。本書では、難解になりがちな科学的な分析結果を、極力平易な言葉に置き換え、わかりやすく書いたつもりです。日本の漁業の未来を読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思いますので、最後までお付き合いいただければ幸甚です。勝川俊雄一

勝川 俊雄 (著)
小学館 (2016/8/1)、出典:出版社HP