セッター思考 人と人をつなぐ技術を磨く

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《はじめに》

私は、世の中には三つのタイプの人がいると思っています。
バレーボールのポジションになぞらえれば、「アタッカー型」と「セッター型」「リベロ型」の人間です。
「アタッカー型」の人間は、人をグイグイ引っ張っていくような、行動力のあるタイプ。会社なら、カリスマ経営者やNo.1営業マンに多いでしょうか? 団体競技のスポーツなら、チームのエースになるような存在です。
「セッター型」の人間は、人と人をつなぐ黒子のようなタイプ。自分から人前に出るようなことはあまりせず、チームみんなの活躍を支える縁の下の力持ちのような存在です。
リベロというのは、バレーボールに詳しくない方はご存じないかもしれませんが、守備専門のポジションです。サーブ、スパイク、プロックはできず、基本的にはレシーブしかできないのですが、相手チームのスパイクを最初に受け止め、セッターにつなぐ大事なポジションなのです。「リベロ型」の人間は、受け身だけれども、与えられた役割をしっかりこなす職人タイプです。
どのタイプがいちばん優れているかは一概にいえませんが、リーダーになるとしたら、アタッカー型かセッター型の人間かな、と思います。本書ではこの二つのタイプについて、私なりのリーダー論をお話ししていきます。
ひと昔前まで、リーダーには一般的にアタッカー型がふさわしいとされてきました。バレーボールの世界でもそうです。少し前までは、選手を激しく叱り飛ばし、「やる気があるのか!」「気合を入れろ!」と根性論で引っ張っていくような、カリスマタイプの監督が主流でした。しかしながら、いまは徐々にセッター型の監督が増えてきています。
とくに女子チームでは、根性論を振りかざすのではなく、いまはコミュニケーションとデータを直視。選手たちを監督の色(スタイル)に染めるのではなく、選手一人ひとりの色(個性)をより際立たせようとするような育て方をしているのです。
これからはどんな世界でも、セッター型のリーダーのほうが望まれるんじゃないかな、と考えています。
私は二十五年間、セッターひと筋でバレーボールをしてきました。セッターというポジションは、私に多くのことを教えてくれました。
バレーボールをあまり知らない人にとっては、セッターは地味なポジションに思えるかもしれません。高く飛んで鋭いスパイクを決めるアタッカーのほうが、試合の主役のようなイメージがあります。トスを上げてスパイクを決めさせたり、相手チームが打ったスパイクをレシーブで受けたりと、攻撃よりも”つなぐ”ことがセッターの役制です。
でもセッターには、ほかのポジションでは味わえない楽しみがあるのです。
それは、ゲームメイクをすること。セッターは「監督の頭脳」と呼ばれるポジションなのです。監督の戦略に従って、どのアタッカーにトスを上げるのかを決めます。アタッカーのほうが、「次は私に打たせて!」とジャンプするのではありません。セッターの思い描いた攻撃に合わせて、トスを上げます。ですから試合中は、セッターがみんなに「次はこの作戦で行くよ!」とサインを出しています。
黒子でありながら、ゲームをコントロールする司令塔。それがセッターなのです。

私は二〇一三年に現役を引退しました。
「火の鳥NIPPON」の一員として、オリンピックには三回出場でき、二〇一二年のロンドン五輪では銅メダルを獲得しました。金メダルを獲れなかったのは残念でしたが、自分にできることは”やりきった”という思いでした。
引退してからは、バレーボールの解説をしたり、子供たちを指導するバレーボール教室の講師を務めたり、テレビのトーク番組にもときどき出演するなど、自分がコートの中で表現していたバレーボールの魅力を、異なるかたちで世の中に伝える仕事をしています。
こうしてバレーボール以外の世界を知るようになり、「セッターの考えって、いろいろな場面で役に立つんだな」と気づきました。会社でも役立つでしょうし、友人とのつき合いや家庭でも使えるかもしれません。
基本的に、自分は人に尽くすことが好きなんだと思います。周りを支える喜びが自分の喜びに変わるんですね。そこで本書では、「セッター思考」とでもいいましょうか、人と人をつなぐ技術をどうやって磨けばいいのか、あらためて考えてみました。
全貝がアタッカー型やリベロ型になっても、チームはうまくいきません。いまの時代は、さまざまなタイプの人間をまとめてチームをつくり上げる、セッター思考が求められているのかな、と感じます。
また、私は女子バレーという女性だらけの世界で、キャプテンとしてチームを率いる立場でもありました。女性のいい面も悪い面も知り尽くしています。これからはますます女性が社会に進出していくでしょうし、会社では女性との接し方で悩んでいる男性上司も多いと聞きます。そんな方にも、セッター思考は必ず役に立つでしょう。
いまの時代、セッター思考こそ、みんなを輝かせて、チームを、組織を、そして日本を元気にする可能性を秘めているのです。

二〇一五年五月
竹下佳江

竹下 佳江 (著)
PHP研究所、出典:出版社HP

目次 – セッター思考 人と人をつなぐ技術を磨く

はじめに

第1章 女性チームは「セッター思考」で輝く
あなたはカリスマタイプか、セッタータイプか
男性にはどうでもよくても女性には大切なことも
“いい群れ”をつくるか”悪い群れ”をつくるか
みんなをつなげることでチームは強くなっていく
損をする覚悟がなければ人の上には立てない
本人の気持ちが変わるのを辛抱強く待つ
どう頑張ればいいのかを具体的に示すのが役割
積極的に話しかけて警戒心を早めに解く
できない理由をできる理由に変えれば強くなれる
悩み続けることでしか答えは出てこない

第2章 いかにして「セッター思考」を身につけたか
両親の「長く続かないよ」の言葉でやる気にスイッチが
ひたすらバレーボールに打ち込んだ三年間
小さな私でも世界で戦えると確信
1%の可能性に賭けて120%の力で頑張る
社会人四年目にして初めてレギュラーに選ばれる
奇跡は起こらなかった二〇〇〇年の世界最終予選
バレーボールに対する情熱が戻ってこない日々
逃げるようにバレーボールの世界を飛び出す
止まっていた時計が少しずつ動き出した
自分が大きくなるより、チームが大きくなるほうが難しい
戻ってきてよかった、あらめなくてよかった
世界を相手にそんなに簡単に勝てるものではない
「あのときの竹下は、根性とかじゃない、執念だよ」

第3章 セッター型リーダーに求められる条件
ほどよい距離感でみんなをつなぐ”いい接着剤”に
リーダーはどこまで素顔をみせるべきか
いまはどういう心の状態なのかを把握する
バレーに限らず、プレ一も人間性も大事
リスクを承知であえてトスを上げ続ける
手を差し伸べるタイミングを考える
ときには原因を分析するのも責任を追及するのも後回しに
リーダーが真っ先にあきらめてはならない
小さなミスにもしっかり目を配って、すぐに問題に対処を
歳下で尊敬できる人、歳上で求心力のない人

第4章 「セッター思考」の鍛え方
自分が本当に試されるのはエースから黒子に変わるとき
一人ひとりの個性や得手不得手をどう見極めるか
第一印象や直感で感じたことだけで終わりにしない
対等に話すとは、相手を尊敬しながら話すこと
人を簡単に変えることはできないが、待つことはできる
IではなくWeを主語に考えるから冷静でいられる
部下や後輩とも一定の距離感は必要である
「注意したい」気持ちは相手への思いやりから出てくる
言葉一つで力をあげることも、もらうこともできる

第5章 「セッター思考」を磨く七つの習慣
習慣1 迷ったら「楽な道」よりも「厳しい道」を選ぶ
そういう環境に身を置くことが、自身の成長につながる
習慣2 「できない理由」ではなく「できる方法」を考える
考えることから逃げなかったから、いまの私がある
習慣3 「仲間を信じる」と決めた自分を信じる
たとえ失敗したとしても後悔を残さないために
習慣4 「試合前」というよりも「日々」を大事にする
日ごろの意識と入念な準備が、最高の結果を生み出す
習慣5 いまからでも一番になれるものを見つける
些細なことでも自信は人を成長させやる気にさせる
習慣6 「成功」も「失敗」も引きずらずに気持ちを切り替える
目の前の本番に集中することでしか、乗り越えてはいけない
習慣7 結果に踊らされず「目の前のこと」に真摯に向き合う
後悔のない思いが私を支え、私を励まし私を導いてくれる

第6章 後悔しない人生を送るために
キャプテンに向いているのかどうか、じつは自分でもわからない
人はリーダーになってから、少しずつリーダーになっていく
これからはコートの外の世界で、いいトスを上げたい
子供たちに”自分で問いをつくって答えを見つける”習慣を
人は自分だけの力で生きていけるものではない
十年後、二十年後のために、毎日やりきる、頑張りきる

竹下 佳江 (著)
PHP研究所、出典:出版社HP