ユニクロ潜入一年

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目次 – ユニクロ潜入一年

はじめに

序章 突きつけられた解雇通知
「週刊文春」で潜入記を発表した二日後の出勤日。私はビックロの店長室に呼ばれた。待っていた本部の人事部長が「当店を退職するご意思はないのでしょうか」と尋ねた

第一章 柳井正社長からの”招待状”
私に一年にわたる潜入取材を決意させたのは、ユニクロ側の徹底した取材拒否と海外NGOの潜入調査に受けた刺激、そして柳井社長自身が雑誌で語ったある言葉だった

第二章 潜入取材のはじまり
イオンモール幕張新都心店①(二〇一五年十月~十一月)
ウェブサイトから専用の履歴書をダウンロードし、伊達メガネをかけて臨んだ面接で、即日採用・翌日勤務が決定。改名して勤務を始めるも、何度か正体が露見そうになる

第三章 現場からの悲鳴
イオンモール幕張新都心店②(二〇一五年十二月~二〇一六年五月)
秋の感謝祭は絶不調。なおも予算通り送られてくる商品で倉庫には在庫が積み上がり、作業効率が低下。あまりに吝嗇な人件費の削減のやり方に現場の士気は下がる一方だ

第四章 会社は誰のものか
ららぽーと豊洲店(二〇一六年六月~八月)
柳井社長の会議での発言を掲載する「部長会議ニュース」が貼り出される。そこにはごく些細な事柄まで社長が口を出すユニクロの意思決定のあり方が如実に表れていた

第五章 ユニクロ下請け工場に潜入した香港NGO
中国の下請け工場での違法な長時間労働、危険な労働環境などの実態を暴いた香港人権NGOの本部を訪問。不誠実なユニクロの対応に強い不満と怒りを感じているという

第六章 カンボジア“ブラック告発”現地取材
製造原価の大半を占める人件費を抑えるべく、中国から東南アジアにシフトしつつある生産拠点。しかしそこでも、長時間労働や組合つぶしなどの問題が起こっていた

第七章 ビックロブルース
ビックロ新宿東口店(二〇一六年十月~十二月)
「日本一の立地で日本一売りたい」。柳井社長がそう宣言した新宿の超大型店は、慢性的な人手不足やパワハラが幅を利かせる、まさにユニクロの矛盾を凝縮した店だった

終章 柳井正社長への“潜入の勧め”
私が実際に働いてみてわかったことは、店舗の現場から見えるユニクロと、はるか高みから見下ろす柳井社長の目に映るユニクロは、全く違っているということだ

主要参考文献
略年表

横田 増生 (著)
出版社: 文藝春秋 (2017/10/27)、出典:出版社HP

はじめに

ユニクロについて二冊目の書籍を書こうと思った出発点は激怒であった。
そう、私は、メロスのように激怒していたのであった。彼が「必ず、かの邪知暴虐の王を除かなければならぬ」と決意して、短剣を懐中に忍ばせ王城に入っていったように。
事の発端は、二〇一五年四月のファーストリテイリングの中間決算会見の当日のこと。
私は、東京証券取引所に向かうためJR京葉線に乗っていた。電車が“夢の国”がある舞浜駅までくると、同社の広報部長から電話がかかってきたので電車を降りた。当日発売となった「週刊文春」に「ユニクロ請負工場カンボジアでも“ブラック”告発」という記事を書いたことを問題視し、この日の会見への参加は見合わせてほしい、と彼は言う。
記事で揉めたとき、私が必ず訊くことがある。
「記事に事実誤認はありましたか」
それはなかった、と彼は言う。
ユニクロが文藝春秋を相手取り前著『ユニクロ帝国の光と影』を名誉毀損で訴えたため、私は二〇一一年以降、決算会見から締め出されていた。最高裁がユニクロ側の上告を棄却したのは二〇一四年一二月だった。
さらに、私は訊いた。
「裁判に勝ったのはどちらでしたか」
勝ったのは文藝春秋側だ、と彼は認めた。
できるだけ冷静に書こうとしているが、そのときの私は駅構内で地団駄を踏みながら、電話口に向かって絶叫していた。口惜しさのあまり血液が逆流しはじめたか、と思ったほどだった。
前著は裁判で問題がないという判決が下り、決算当日に私が書いた記事にも事実誤認はない。
ならばなぜ、私は依然として決算会見から締め出されなければならないのか。
「柳井から、横田さんの決算会見への参加をお断りするようにとの伝言をあずかっています」
と彼はすまなそうに言った。こんな理不尽なことがあっていいのか。
私は心の中で「あぁ、そういうつもりかい。会見や取材から締め出せば、ユニクロにとって面倒くさいことを書く人物の口を封じることができると思っているのかい」と呟いた。
柳井正社長はこの日、二〇一四年につづき二回目となる値上げを発表した。その後、ユニクロが大きく失速する転機となる大切な決算会見だった。
その会見から締め出しを食った私は、それならばこちらにも考えがある、と思った。
それから、ユニクロの店舗にアルバイトとして潜入すべく準備を進めた。
もしあの日、決算会見に出席することができたのなら、私は別のテーマで書籍を書く取材を進めていた。そういう意味では、瓢箪から駒が出たような企画である。
しかし、私の瞋恚の炎が天を衝く勢いであることは確かだ。この怒りを原動力に、果たしてどのような潜入記が出来上がるのだろう。首尾よく、私を締め出そうとしたユニクロを内部から剔抉し、最後には「暴君」の気持ちを翻すほどの調査報道を書くことができるのだろうか。

横田 増生 (著)
出版社: 文藝春秋 (2017/10/27)、出典:出版社HP