はじめてのゲーム理論 (ブルーバックス)

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趣向を変えたゲーム理論入門!

ナッシュ均衡とパレート効率性のあとに、混合戦略、協調問題、知識と情報の問題、メカニズム・デザイン論、不可能性定理、そして量子ゲームという流れになっています。演習を進めながら、一歩ずつ理解し、慣れることに焦点をあてているのも良い点です。ゲーム理論の入門としては扱うテーマがバラエティ豊かですが、こういうこともゲーム理論で考えていくことができるのかと理解することもできます。時間をかけてゲーム理論に取り組むところならおすすめの1冊といえます。

川越 敏司 (著)
出版社: 講談社 (2012/8/21)、出典:出版社HP

はじめに

わたしがゲーム理論に出会ったのは、大学生のときでした。アルバイト先で、隙をうかがっては仕事をさぼっている人を見て、こういう人たちをまじめに働かせるにはどうしたらよいのだろうかと考えたのがきっかけです。

「もっとまじめに働いてくださいよ!」と訴えてみても、人間関係が悪くなるばかりで、たいして効果もなさそうです。もちろん、怖い上司や先輩が怒鳴ったりすれば一時的には問題が解決するかもしれませんが、またすぐに元に戻ってしまいそうです。人の性格や態度というのはそれほどすぐに変わるものではありませんし、同じ給料をもらうのなら、まじめに働くよりもさぼったほうが得だからです。では、暴力や脅しによらないで人をまじめに働かせる方法はないのでしょうか?

そんなとき、ゲーム理論の考えを使えば、うまく問題を解決できるということを本で読んで知りました。そこでは、職場のルールをうまくデザインすれば、自己利益を追求しがちな人でも、仕事をさぼらなくなるようにできるとありました。人の性格を変えるのではなく、社会のルールを変えるのです。

これはとても大きな発想の転換でした。わたしたちの社会にはさまざまなルール(法律や制度など)があります。こうしたルール(ゲーム理論ではメカニズムといいます)をうまくデザインしさえすれば、わたしたちを取り巻くいろいろな問題が解決される。それは、社会の矛盾や不正に悩む若者にとって、まったく新しい福音でした。
人間行動の原理や意思決定の原則を分析する学問であるゲーム理論を応用して、社会を変えることができる。ゲーム理論の中でもとくにこの「メカニズム・デザイン論」という研究分野に、わたしは非常に惹きつけられました。

ところが、メカニズム・デザイン論による社会の変革というわたしにとっての夢はやがて「不可能性定理」という壁にぶち当たりました。不可能性定理とは簡単にいえば、ゲーム理論による理想的なルール設計の限界を示す定理です。ゲーム理論をどんなにうまく使っても、解決できない問題が必ずあることをこの定理は示しているのです。

それ以来、なんとかこの不可能性定理から抜け出す道はないかと、大学院に進んでさらにメカニズム・デザイン論の研究を続けました。具体的には、不可能性定理が示すような問題が発生する確率を計算して、それがどれくらい深刻であるかを評価する研究をしました。しかし、ゲーム理論を深く学ぶにつれてますます、不可能性定理の深刻さを知ることになりました。

それでも「希望は失望に終わることはない」と聖書にあるように、メカニズム・デザイン論にも少しずつ新しい方法論が導入されて、不可能性定理の限界を超える道が次第に開かれてきました。そうした成功例は本書でもいくつか示していくつもりです。

こうして、メカニズム・デザイン論によって発見され、理論的には成功を約束されたルールを、被験者を集めて実験室内で検討することがわたしの主要な研究テーマになりました。実験でその性能を保証されたルールを現実社会の問題解決に用いてもらうこと、それがわたしの研究の目標になったのです。

本書はゲーム理論にはじめて出会う人のために書いた入門書です。ただし、わたし自身のこうした歩みから、ほかの多くのゲーム理論入門書に比べて、メカニズム・デザイン論に関する話題がたくさん盛り込まれています。しかし、その成果はみなさんの日常の問題解決に用いることができるものが多いので、きっとそれを知れば、実際に使ってみたくなるに違いありません。

ずいぶん前置きが長くなりました。それでは、すばらしいゲーム理論の世界へ、わたしと一緒に飛び込んでいきましょう。

川越 敏司 (著)
出版社: 講談社 (2012/8/21)、出典:出版社HP

目次

はじめに
プロローグ
ビジネスに生かされるゲーム理論
ふだんの生活でも有効なゲーム理論
広がるゲーム理論の世界
ゲーム理論の中心概念「ナッシュ均衡」
パレート効率性とナッシュ均衡のジレンマ
メカニズム・デザインと不可能性定理
本書のねらい

第1章
ナッシュ均衡とパレート効率性
フォン・ノイマンのミニマックス定理
ミニマックス定理への失望
ナッシュ均衡とはなにか
予想された戦略が最善の戦略という状態
もっとも単純なナッシュ均衡の例
ナッシュ均衡の求め方
パレート効率性は「無駄がない配分」
囚人のジレンマ・ゲーム
●練習問題

第2章
混合戦略とナッシュ均衡
アメリカの国民的ギャンブル
ブラフは合理的な戦略か?
簡略化ポーカーによる分析
展開形ゲームの標準化
支配された戦略
純戦略のナッシュ均衡を探す
混合戦略のナッシュ均衡を探す
ブラフは合理的な戦略である
●練習問題

第3章
協調問題
2つの協調問題
コーディネーションの問題と「焦点」
非対称性のある協調問題
エスカレーターの協調問題
相関均衡と信号機
チキン・ゲームと相関均衡
「協力の発生の問題」も潜んでいる
チキン・ゲームにおける相関均衡
囚人のジレンマ・ゲームと相関均衡

第4章
知識と情報の問題
共有知識とは何か
ユダヤ人の知恵
帽子のパズル
自動車保険の例
パスカルの賭け
全知のパラドックス
ニューカムのパラドックス
心理学的ゲーム理論によるパラドックスの解消
人間行動の機微をモデル化情報の非対称性

第5章
メカニズム・デザイン論
公平とは何かナイフ移動法(2人の場合)
ナイフ移動法(3人の場合)
ナイフ移動法の問題点
ソロモン王のジレンマ
非対称情報のもとでのゲーム設計
実現できない目標
マスキンの単調性
2段階ゲームによるジレンマの解消

第6章
不可能性定理
アメリカ建国時代の議席割り当て問題
ハミルトン方式とアラバマ・パラドックス
ウェブスター方式
人口パラドックス
バリンスキー=ヤングの不可能性定理
コンドルセ・パラドックス
アローの不可能性定理
投票制度に求められる5つの仮定
仮定を満たすのは独裁制のみである
点数投票制度と戦略的操作
ルイス・キャロルの投票制度
ギバードーサタースウェイトの不可能性定理
補論単峰的な選好と不可能性定理

第7章
量子ゲーム
ギャンブラーの錯誤とホットハンド
ブラックジャックとカウンティング
「地獄チンチロ」
電子スピン合わせゲーム
2つの状態の「重ね合わせ」
量子力学的戦略とは

電子スピン合わせゲームにおける量子力学的戦略
実現可能な必勝法
量子囚人のジレンマ・ゲーム
量子力学的戦略Q

エピローグ~読書案内
ゲーム理論の入門書
ゲーム理論の教科書
ゲーム理論の応用
古典・伝記
コラム①ノーベル賞を受賞したゲーム理論家たち
コラム②宮本武蔵「五輪書」にみる混合戦略
コラム③文学作品に描かれた囚人のジレンマ
コラム④労働者を一生懸命働かせるには?
コラム⑤オークションと「勝者の呪い」
コラム⑥ほかにもある不可能性定理
コラム⑦ゲーム理論が教える割り勘の賢い方法
あとがき
巻末付録
参考文献

川越 敏司 (著)
出版社: 講談社 (2012/8/21)、出典:出版社HP

プロローグ

みなさんはゲーム理論と聞いてどのようなことを想像するでしょうか?おそらく、まずは将棋や囲碁、麻雀といった遊戯ゲームを想像するのではないでしょうか?それは決して間違いではありません。

実際、このあとでもう少しくわしく説明しますが、ゲーム理論の生みの親であるアメリカの数学者ジョン・フォン・ノイマンは、もともとはポーカーというカジノでプレーされるカード・ゲームを分析するためにゲーム理論を生み出したのでした。また、フォン・ノイマンが最初の体系的研究を発表する以前に知られていたのは、エルンスト・ツェルメロという数学者による、チェスには必勝法が存在することを示す研究でした。

このように、ゲーム理論はそのはじまりの時点では、遊戯ゲームととても密接な関係のある学問でした。ところが、やがてゲーム理論は経済学において必須の分析道具とされるようになりました。

どうしてでしょうか?それは、ゲーム理論が研究の対象としているのは、人々の間での戦略的な駆け引きだからです。「もし相手がこの手できたら、自分はあの手で応じよう」戦略的な駆け引きとはこのように、相手の出方を予想し、それに対する自分の最善の策を考えることです。こうした駆け引きは遊ゲームで頻繁に現れるだけではなく、ビジネスの現場でも不可欠なものです。

ビジネスに生かされるゲーム理論

建設会社は大きな工事契約を勝ち取るために、入札で競争しています。ほかの会社がどのような価格で入札してくるかを予想しながら、自分の会社が赤字にならない範囲でいくらなら落札できるかを考えることになります。ここに戦略的駆け引きが必要になってくるのは言うまでもありません。

アメリカなどでは携帯電話サービスの普及に伴い、これまでは政府が規制していた電波周波数帯を民間企業に売却する際に、ゲーム理論に基づいた分析を通じて最適な販売方法が考案され、用いられていました。1990年代にアメリカの連邦通信委員会は、問題の多かったヒアリングやくじ引きによる配分に代えて、オークションによって周波数帯を配分することに決めたのです。このとき、業者に適切に周波数帯を配分しながら、なるべく市場価格に近い価格で販売するにはどうしたらよいかという問題を解くために、ゲーム理論が用いられました。

医学部を卒業した研修医を、どの病院に配属して研修させるかという問題についても、ゲーム理論の研究が役立っています。この場合、研修医には、内科や小児科など、なるべく自分が研修を受けたい部門に配属されたいという希望があります。一方、病院側でも指導する側の医師の数などにより、どの部門で研修医を迎えたいかについて希望をもっているはずです。この両者の希望を最大限生かして配属するしくみが、ゲーム理論によって考案されてアメリカなどで実用化され、最近は日本でも用いられるようになってきています。

このように、ビジネスや社会の現場ではゲーム理論はなくてはならない分析道具としての地位を獲得しているのです。

ふだんの生活でも有効なゲーム理論

しかし、ゲーム理論が有効なのはビジネスの現場だけではありません。

たとえば、1つしかないケーキを2人の兄弟でどちらにも不満がないように分けさせるには、どうすればよいでしょうか?子供というのは自分のことしか考えられない場合が多いですから「兄弟仲よく分けっこしなさい」と言うだけではうまくいかないこともしばしばです。こうしたとき、ゲーム理論が役に立ちます。

ひとつの方法は、兄にケーキを半分に切らせて、弟にどちらか好きなほうを選ばせるというものです。兄は残ったほうのケーキをもらいます。これを「カット&チューズ法」と呼びまこの方法では、ケーキを切る兄は、あとで弟がどちらを選ぶかを予想したうえでケーキの切り方を考えなくてはならないという意味で、戦略的駆け引きが必要な「ゲーム」になっています。結局、切ったケーキのうち弟がどちらを選んでも自分が損しないように、兄はケーキをちょうど半分の位置で切ることになるはずです。
この方法はほかにもいろいろと使い道があります。たとえば、都会のアパートでルームシェアをしていた2人が、大学卒業の機会にそれぞれ別の地へと旅立つことになったとしましょう。ところが、部屋には2人が共有してきたテーブルや冷蔵庫、テレビに洋服ダンスなどがあります。これらの一部は粗大ごみとして処分するか、リサイクルショップに売ることになるでしょうが、一部は新しい住まいに持っていきたいかもしれません。そのとき、これらの家財道具を2人で公平に分けるために、やはりこの方法が使えます。

まず、2人の間で分けるべき物品の名前を上から下へ順に並べたリストを作ります。次に、2人のうちどちらかが、そのリストを上下半分に分ける線を好きな位置に引きます。そのあともう1人が、リストの上下どちらか好きなほうを選びます。
この方法もケーキカットの場合と同じく、最初にリストを2つに分ける側の人は、上下どちらのリストも(なるべく)同じ価値になるように分けることになるはずです。このように、ゲーム理論はわたしたちの日常生活上の諸問題を解決する処方箋も与えてくれる便利な道具なのです。

広がるゲーム理論の世界

遊戯ゲームの研究からはじまり、ビジネス・経済から日常生活に至るまで問題解決に盛んに応用されているゲーム理論ですが、その適用先はさらに広がりを見せています。今日では、生物学や物理学といった自然科学の世界にもゲーム理論は応用されているのです。

生物学の世界では、「進化ゲーム」と呼ばれるゲーム理論が盛んに研究されています。物理学では「量子ゲーム」が最近のホット・トピックになっています。
進化ゲームでは、チャールズ・ダーウィンが『種の起源』で示した自然選択のしくみをベースにゲーム理論の考えを取り入れて、生物進化の謎を解き明かすのに貢献しています。

量子ゲームでは、現在盛んに研究が続けられている量子コンピューティングや量子通信といった、量子力学を応用した超高速計算・通信技術によってはじめて可能になる戦略を考慮に入れたゲーム理論が研究されています。

それだけではありません。ゲーム理論は、いまでは政治学、社会学、心理学、脳科学、認知科学、人工知能など、人間や生物、あるいはロボットなどの戦略的行動や意思決定がかかわる幅広い分野において、重要な分析道具として活躍しているのです。
このゲーム理論とはどのような学問なのか?その内容をできるだけわかりやすくお伝えし、なおかつその適用の広がりに
ついてもお知らせしようというのが本書のねらいです。

ゲーム理論の中心概念「ナッシュ均衡」

ゲーム理論を理解する第一歩はナッシュ均衡とは何かを知ることです。ナッシュ均衡こそ、現代のゲーム理論においてもっとも重要な概念なのです。
なぜかというと、ゲーム理論では戦略的駆け引きをナッシュ均衡という形で理論化しているからです。戦略的駆け引きとは、さきほど述べたように「相手の出方を予想し、それに対する自分の最善の策を考える」ことでした。ナッシュ均衡とは、この考え方を表現したものにほかなりません。ですから、ゲーム理論を理解するには、まずナッシュ均衡を理解しないといけないわけです。

くわしくは次の章で説明していきますが、与えられた意思決定状況で、ナッシュ均衡が何であるかを探し求めること、これがゲーム理論による分析の第一歩なのです。

パレート効率性とナッシュ均衡のジレンマ

ゲーム理論を理解するうえでもう1つ重要な概念があります。それはパレート効率性です。パレート効率性とは簡単にいえば、結果の「善し悪し」を決める基準のようなものです。
さきほど述べたナッシュ均衡を求めれば、与えられた意思決定状況下でプレーヤー(意思決定をする人)は互いに最善の選択をしたことになります。ところが、この最善の選択が、必ずしもよいものであるとは限らないのです。

実は、ナッシュ均衡には重要な前提があります。それは、プレーヤーは「あくまで自分の利益だけを考える」という前提です。自分の利益さえ高ければ、相手の利益がいくら低くなっても気にしない。そういう利己的な人を想定しているのです。
ところが、そうした利己的な人にとっての最善の意思決定は、必ずしも自分と相手双方にとって最善の意思決定となるという保証はありません。これもあとでくわしく述べますが、パレート効率性とは、自分と相手双方にとって最善な結果であると理解してください。

残念ながら、多くの意思決定状況では、ナッシュ均衡はパレート効率的な結果になりません。つまり、各自が自分のことだけを考えて行動すると、結局みんなが不幸になるという結果になることが少なくないのです。
たとえば、2人でチームを組んであるプロジェクトに取り組んでいるとしましょう。プロジェクトが成功するかどうかは、2人がプロジェクトのために費やした時間の合計にかかっているものとします。
一生懸命働くと、それだけ余暇が削られ、個人的には損になります。しかしプロジェクトが成功すれば、昇進・昇給が期待できます。こんなとき、どのように行動すべきでしょうか?
ナッシュ均衡に従って考えると、人はあくまで自分の利益だけを考えて行動するので、相手が努力してくれているかぎり、相手の努力にただ乗りして自分は何もしないほうがよいことになります。2人ともそう考えると、結局、どちらも努力しないためにプロジェクトは失敗に終わり、せっかくの昇進・昇給の機会を失ってしまいます。
ところが、2人がお互いの利益を考えて協力して取り組めば、プロジェクトは成功し、ともに昇進・昇給するという双方にとって最善の結果になります。これがパレート効率的な結果です。
このように、ナッシュ均衡とパレート効率的な結果は異なる場合があるのです。

メカニズム・デザインと不可能性定理

こう書くと、だったらはじめからみんながパレート効率性だけに従って行動すればよいのではないかと考える人もいるでしょう。でも、そうはいかないのです。
実際には、人が利己的な行動(ナッシュ均衡)をとるのを止めるよう強制する手段がないという状況のほうが多いのです。先に述べたケーキ・カットの例を思い出しても、幼い兄弟に公平に分けることを強制するのはなかなか難しいものです。

では、どうしたらよいのでしょうか?その答えは、ゲームのルールを変えることです。双方の利害に関係のない第三者が、ゲームに新しいルールを導入するのです。ちょうど、ケーキ・カットの問題でカット&チューズ法を導入したようにです。
このとき理想的なのは、あくまで自分の利益を追求する利己的な人でも、最善の策(つまりナッシュ均衡)を考えていけば、みんなにとってよい(パレート効率的な)結果に知らず知らずのうちに導かれてしまう、そんなルールをデザインすることです。それがまさに、ゲーム理論におけるメカニズム・デザインという研究分野が課題としている問題です。

このように、ナッシュ均衡をどうにかしてパレート効率的な結果へと導いていくルールを考え出すことが、ゲーム理論において非常に重要な研究テーマなのです。
しかし、残念ながらどんな場合でもうまいルールがデザインできるとは限りません。「はじめに」でも述べたように、むしろ、どんなに工夫しても、問題をうまく解決するルールをデザインすることはできないという不可能性定理さえ知られているのです!

本書のねらい

「何事もはじめは難しい」という有名な格言があります。それはゲーム理論についても例外ではありません。一つの学問を習得するには、結局は砂をかむような思いで一歩一歩進んでいかなければいけないものです。しかし、学ぶにあたっては目標が必要です。

本書では、通常の入門書ではなかなか取り扱われない進んだ話題を大胆に取り入れながら、わたしたち研究者がゲーム理論のどこを面白いと思っているのかを読者のみなさんに伝えたいと考えました。ゲーム理論を学ぶとこんな面白いことが理解できるようになる。読者がそんな気持ちになれるような本にしようと願って、あえて難しい上級レベルの題材も取り入れてみました。

ゲーム理論は、わたしたちを取り巻く問題を未然に防ぐ理想の社会が実現可能かどうかといった、もっと深刻で重要な問題にも光を投げかけてくれます。さきほど述べた不可能性定理とはいったいどのようなものなのか、早く知りたくて読者のみなさんはうずうずしているのではないでしょうか。

さらに、ギャンブルの分析をきっかけにして生まれたゲーム理論が、経済学のみならず現在では自然科学にも応用されていると述べましたが、とくに本書では最終章で、最先端の話題として「量子ゲーム」にも焦点を当てました。日本人の貢献も多い分野ですので、やがて専門家の手による解説書が出てくると思いますが、本書はその予告編として、その内容を楽しい例を通じて解説しています。どうぞご期待ください。

もちろん、高校生からでも理解できるように説明には工夫をしているつもりです。ゲーム理論は数学者によって生み出された数理科学の一分野ですから、専門的なレベルまで習得するには数学的訓練が欠かせませんが、なるべく式の計算をしないでも理解できるようにしました。どうしても必要な計算や証明などは巻末付録にまとめましたので、興味ある読者はそちらも参照してください。

本書を読んだみなさんが、さらにゲーム理論を深く学びたいという気持ちになってくだされば、これに過ぎた喜びはありません。幸いわが国ではすぐれたゲーム理論の教科書が数多く出版されていますので、本書を読み終えたらぜひ手にとってみてください。

川越 敏司 (著)
出版社: 講談社 (2012/8/21)、出典:出版社HP