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写真と図で理解する日本の建築
本書は、「社と堂」、「楼・閣・塔」、「農家と町屋」の3部構成になっています。どの章でも実際の建築物の写真と、構造を図に起こしたものが掲載されているので、目で見て理解しやすい構成になっています。
まえがき
本書は、日本建築の形状や空間を「建築構法」の観点から読み解いたものである。
市ヶ谷出版社では、「伝統建築」をテーマとした書籍を2009年からシリーズとして出版している。その一冊目となった内田祥哉『日本の伝統建築の構法』は、日本の伝統的な木造建築が極めて長寿命であることに注目し、補修を繰り返すことで社会環境や生活スタイルの変化に対応できる柔軟性を高く評価している。この柔軟性はこれまであまり指摘されていなかったものである。しかし、日本の伝統建築を、失われつつある存在として捉えるのではなく、現在でも有用な存在と捉え直していこうとした場合には、重要な視点といえよう。戦後長く続いたスクラップアンドビルドの時代にあっては、建築の寿命は短くても何ら問題はなかったが、こうした建築の在り方は確実に変化している。建築の寿命を延ばすこと、そして古い建築であっても、破棄するのではなく保存しながら現代的な資産として活用していくことが求められている。伝統建築シリーズの二冊目となった鈴木博之『保存原論』は、伝統建築を保存する際に考えられ、実践されてきたことをまとめたものである。伝統建築は保存の対象となるばかりではない。日本という場所に根ざした、良質な建築を目指すうえで規範ともなりうるであろう。
伝統建築シリーズに連なる隈研吾『場所原論』や今里隆『次世代に活きる日本建築』は、伝統建築の上に姿を見せる新たな日本らしい建築の姿を示すものとなっている。これからののなり方を考えていく上でも、日本の伝統建築の姿を理解しておくことは必須なのです。
ここで、一日に日本の伝統建築といっても、そこには長い時間の中で育まれた様々な形式があることに気付く。それは、本堂・本殿・塔・農家・町家といったもので、日本列島で育った者ならば、特別な教育を受けていなくても、自然に区別することができる。本書では、構法、特に柱や梁を組み合わせて作る架構に注目して、こうした様々な形式の内部空間や外観形状が、具体的にどのような考え方で、どのような技術を用いて作られているかを検討していく。
また本書の内容は、愛知県建築士会が文化庁の補助事業として実施してきた実施してきた「あいちヘリテージマネージャー養成講座」における講義にも共連している。ヘリテージマージャーという職種は、我々の周囲に存在している膨大な数の歴史的な建築を、文化的な価値を損なわないで現代の資産として活用するための専門的な技量を身につけた建築家である。ヘリテージマネージャーを目指す建築家にとって、本書が役立つものとなることを願っている。
以上のように、本書の内容は日本建築の仕組みを語るものであるから、建築を学ぶ学生や建築に興味のある一般の方々が対象である。そして、最も念頭に置いている読者は、設計ないしは施工の実務に携わっている方々である。
本書が多くの方々の目にとまり、日本の伝統木造建築を再認識していただくことにつながるものとなれば幸いである。
2016年6月 光井 渉
目次
序 構法からみた日本建築の空間
第I章 社と堂
I-1 社の建築
社の意味
棟持柱を用いた構法
梁と束を用いた構法
屋根の延長とその意味
コラム 檜皮とこけら
I-2 モヤーヒサシの堂
堂の構法
モヤの空間
基壇
ヒサシの追加
モヤーヒサシの空間と屋根
モヤーヒサシの展開
コラム瓦と組物
I-3 和様の堂
構法と空間の日本化
改造による変化
隠される構造
軸組と小屋組
床と天井の構法
建具の構法
住宅建築の構法
和様の建築
コラム懸造
Ⅰ-4 大仏様と禅宗様の堂
東大寺の再建
浄土寺浄土堂の特徴
大仏様のその後
禅宗様の内部空間
身舎の拡張
大虹梁と大瓶束
柱の省略と移動
禅宗様の展開
コラム 窓と扉
I-5 中世の堂
本堂
正堂と礼堂
本堂の誕生
外陣の拡張
柱の省略
小屋組の変化
内部空間の演出
奥行規模の拡張
モヤーヒサシの崩壊
I-6 近世の堂
近世の展開
立ち登せ柱
縁側の拡張
小屋組の強化
近世的構法の自由度
自由度を活用した造形
複雑な屋根の形状
近世住宅建築の構法
I-7 その他の堂
様々な形態
柱が林立する空間
求心的な空間
權現造
複数棟の結合と屋根形状
榮螺堂
コラム 茅葺の堂
第II章 楼・閣・塔
II-1 鐘楼・鼓楼
鐘楼と鼓楼
積上の構法
積上時の逓減
袴腰を持つ楼
通柱を用いた楼
コラム 音響効果
Ⅱ-2 楼門・二重門
重層の門
楼門
立ち登せ柱を用いる楼門
二重門
立ち登せ柱を用いる二重門
コラム 楼拝殿
Ⅱ-3 楼閣・天閣
高層化の系譜
室町時代の楼閣
楼閣の複雑化
天守閣の性格、
小型の天守閣
天守閣の完成
Ⅱ-4 層塔
塔の起源
層塔の初型
組物の発達
平安時代の変化
層塔の和様化
中世・近世の構法
コラム 石造の塔
II-5 その他の塔
塔の類型
裳階の利用
層数の多い層塔
八角形の層塔
多宝塔の発生
多宝塔の構法
大塔の形式
コラム 層数の変更
第II章 農家と町家
III-1農家建築の原型
農家建築と先史の建築
棟持柱の残存
非木構造
垂木構造の小屋組
首構造
モヤ材と追首
コラム 農家建築の間取り
Ⅲ-2 上屋と下屋
奥行規模と梁材
上屋と下屋
千年家の構法
四方下屋
独立柱の除去
桁行方向の梁の利用
チョウナ梁の利用
農家建築の梁組
コラム もう一つの農家建築
II-3 農家建築の空間
独立柱除去の進展
構造体のブロック化
室内空間の高さの操作
見せる構造
小屋組の活用
合掌造
コラム 大黒柱
II-4町家建築の原型
町家建築の2つの系譜
京町家型
在郷町家型
2つの系譜の合流
コラム 町家建築の間取り
III-5町家建築の高層化
都市密度の向上
簡便な2階
登り梁の使用
総二階と指物
屋根形態の操作
3階建ての町家
コラム 指物
Ⅲ-6 町家建築の空間
町家建築の大型化
突出部による拡張
複雑な構成による拡張
内部空間の演出
土蔵の構法
コラム 町家建築の建具
図版出典
索引
ヘリテージマネージャー資料
序 構法からみた日本建築の空間
■伝統木造建築の再評価
日本列島の長い歴史の中で育まれてきた伝統建築を見直し、積極的に活用しようとする動きが全国で高まっている。東京都内でも、下町を中心にその数は急増し、人気を博している(図1)。
しかし、少し時間を遡ると状況は全く異なっていた。戦後の日本社会では、効率性と機能性を追求するあまり、一時期は伝統木造建築という存在自体が否定されていた。そうした風潮にあって、守られていたのは「国宝」や「重要文化財」などの文化財建造物だけ、という状況が長く続いていたのである。
この状況は、1970年代以降に少しづつ変化していった。高度成長が終焉を迎えると、歴史や伝統あるいは地域性などを再評価する機運が高まり、1975年には地方独自の視点で文化遺産を選出する「地方指定文化財」や、集落・町並を保存する「伝統的建造物群保存地区」制度が創設された。そして、「文化財登録制度」(1996年)・「景観法」(2004年)・「歴史まちづくり法」(2008年)などの後押しもあって、文化財に代表される伝統建築を、現代に伝えられた資産として活用し、町づくりや景観保全の核として捉えようとする動きが広まったのである。
この結果、文化財として保存の対象となっている伝統建築などは急増し、2016年時点でその総数は27000棟を越えている。こうした文化財の指定数増加に伴って、保存対象の性格も変化している。大正・昭和期の住宅や店舗などが、活用を前提として文化財に指定されるようになっているのである(図2)。すなわち現代は、少し前の普通さが再評価される時代となったといえよう。
さらに、失われてしまった建築を再現し、新たな町のシンボルとする試みも、近年盛んになっている。同様の試みは戦前から行われていたが、多くは鉄筋コンクリート構造で外観のみを再現するものであった。現在では伝統構法を用いて、内部空間も再現するものへと変化している(図3)。
伝統建築の総数は減少しているが、それに反比例するかのように、かえって本物だけが持つ魅力はその輝きを増しているのである。
それでは、伝統建築を楽しむためには、どうすればよいのだろうか。風景の一部として眺めるだけでも、建築の中で時間を過ごすだけでも一向に構わない。しかし、伝統建築にはどのようなタイプがあるのか、特徴的な外観や内部空間と構法とはどのような関係があるのか、について少しばかりの知識があれば、より深く建築を味わうことができる。こうした知識は、伝統木造建築の活用に携わる建築関係者にとっては、必須のものとなろう。
これから本書では、日本の伝統木造建築の主要なタイプ毎に、その形状や内部空間と構法との相関関係を検討していく。そこで、最初に本書の構成に沿って、各章の内容を簡単に見ていくことにしよう。
■寺院と神社の建築
第1章「社と堂」では、神社や寺院の中核建築を扱っている。特に寺院建築である堂は、宗教儀式の場となるもので、千年以上の長い歴史の中で多様に展開している。
まず、奈良時代までに建設された「モヤヒサシ」の堂は、中国大陸で発達した建築構法を採用したもので、瓦葺の重厚な屋根と土壁に囲まれた閉鎖的な外観となり、一つの大空間となる内部には、石積の基壇や屋根を支える構造材がそのまま露出している(図4)。
これを基本にしつつ、日本の気候や環境に適合させたものが「和様」の堂である。屋根材は檜皮などの植物性材料が主流で、板床と天井に挟まれたフラットな内部空間が開放的な建具を通じて屋外と繋がる点に特徴がある(図5)。一方、平安時代末期に東大寺再建のために開発された構法を用いるのが「大仏様」で、ダイナミックな構造体に特徴がある。そして、大仏様よりも少し後に出現した「禅宗様」の堂は、柱を省略し高さを強調する内部空間と精密な細部に特徴がある(図6)。
中世の「本堂」は、和様をベースにしながら、大仏様や禅宗の構法を部分的に用いるもので、奥行の長い外形に大型の屋根を乗せ、内部空間を前後左右に細かく分割し、室内高や細部意匠を変化させている(図7)。そして、江戸時代の堂は、急勾配の大屋根と、複雑な間取りに対応する柱配置に特徴がある(図8)。
■多層の建築
続く第2章では、「塔」・「楼」・「閣」と呼ばれる多層の建築を扱っている。
堂の建築は、内部空間の充実に主眼が置かれており、外観は基本的には平屋で、似通ったものとなっている。一方、多層の建築ではシンボル性が重要視され、個性的な外観を創り出すための構法が発達している。
多層建築の中でも、寺院や神社の境内に立地するものは、音を遠くまで響かせるための「鐘楼」や「鼓楼」、境内の出入口に聳え建つ「楼門」や「二重門」(図9)、仏陀の遺骨を安置したことに起源を発する「層塔」などがある(図10)。
これとは別に、権力者の居館などとして建設された多層建築も存在している。この類型には、庭園との関係が強い「楼閣」の他に(図11)、「城郭」があるが、中でも「天守閣」は日本における多層建築の到達点である(図12)。
■民衆の住宅
最後の第3章で扱うのは、江戸時代に発達した民衆の住宅である。
権力が関与した寺社建築や城郭には、その時代の最高の材料と技術が集約されている。一方農家や町家では、材料と技術の双方で制約が大きく、構法の独自性が高い。まず「農家」の建築は、包み込むような大型の茅葺屋根と土壁を多用した外観に特徴があり(図13)、2本の斜材がもたれ掛かり合う「収首組」や、柱を省略するための「梁組」を内部空間に露出する点に特徴がある(図14)。農家建築は乏しい材料を駆使して作られており、内部空間と構法の関連性を読み取く楽しみを提供してくれる。「もうひとつの「町家」は、都市型の住宅建築である。狭い間口と長い奥行という敷地外形に対応するため、奥に向かう細い土間と一列に並ぶ居室部から構成されている(図15)。そして、大型の町家では2階建の構法が発達し、農家と同様に豪壮な梁組を見せるものも出現している(図16)。
■構法の展開
以上、日本の伝統木造建築について概説してきたが、ここまでに掲載してきた写真を一見しただけでも、大きく異なるタイプがいくつも存在していることに気付くだろう。
日本では、なぜ建築はこのような多様な展開をみせたのであろうか。その背景には様々な要因が想定できる。時代や地域に応じて安定的に入手可能な木材には制約があり、構法は常にその問題に対応している。また、地震や台風といった自然災害への対応、あるいは生産性の向上も常に課題となっている。さらに、建築の使用方法やデザインの指向性といった文化的な要素も、変化をもたらす原動力である。
こうした数多の課題に対して常に最適な解答を求めていった結果、日本建築は長い時間をかけて、多様なバリエーションを生み出していったのである。この多様な形式を生み出した構法は、具体的にどのような課題に対応したものなのか、また結果として生み出され
た建築の外観形状や内部空間はどのようなものであったのか、その相互関係についてこれから本文で詳細に検討していこう。
なお、本書は文化財建造物の修理事業に伴う知見やそこで作成された図面に全面的に依拠している。まず最初に、これまで文化財の修理に携わってきた多くの技術者に感謝しておきたい。
図1〜図16