喰い尽くされるアフリカ 欧米の資源略奪システムを中国が乗っ取る日

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グローバル経済の実態がわかる

しっかり取材されたノンフィクションの上、一般読者にも読み易い良著となっております。
内容が濃く、アフリカ諸国についての知識に乏しい読者にもわかりやす、浮き彫りにしてくれる本で、読み物としてもテンポ良く読ませてくれます。

トム・バージェス (著), 山田 美明 (翻訳)
出版社: 集英社 (2016/7/26)、出典:出版社HP

目次

喰い尽くされるアフリカ 欧米の資源略奪システムを中国が乗っ取る日
はじめに
序章 富の呪い
第1章 フトゥンゴ
第2章 貧困の温床
第3章 関係
第4章 ゾウが喧嘩をすると草地が荒れる
第5章 北京への懸け橋
第6章 融資とシアン化物
第7章 信仰は関係ない
第8章 新たな富裕層
エピローグ 共犯
*編集の都合上、原著の本文の一部を割愛いたしました。

喰い尽くされるアフリカ
欧米の資源略奪システムを中国が乗っ取る日

母と父、そして二人のキッチンテーブルに

トム・バージェス (著), 山田 美明 (翻訳)
出版社: 集英社 (2016/7/26)、出典:出版社HP

はじめに

二〇一〇年の暮れごろから、私の体の具合が悪くなった。吐き気が治まらない。最初は、数か月前に選挙の取材に行ったギニアでマラリアにかかったか、胃腸を侵す悪い菌でも拾ったのかと思った。しかし、しばらくしても吐き気は一向に 消えない。当時、フィナンシャル・タイムズ紙のアフリカ西部特派員として、ナイジェリアの大都市ラゴスで仕事をして いた私は、一週間ほどの休暇のつもりでイギリスに戻った。帰国すると医師に胃カメラで診てもらったが、何も見つからない。やがて私は、眠ることもできなくなった。さまざまな物音にびっくりしたり、急に涙が止まらなくなったりするの だ。休暇の終わりに、空港までの電車の中で読む新聞を買いに行こうとしたが、脚ががくがくしていうことをきかない。 結局私は、休暇を延長して別の医師に診てもらった。するとその医師は、精神科医を紹介してくれた。その精神科医のところへ行き、原因不明の症状に悩まされ、途方に暮れていることを説明していると、なぜか涙が出てきた。自分でも訳が わからないまま、すすり泣いていた。精神科医の見立てによると、私は重度のうつ病だった。すぐにでも精神科病棟に入ったほうがいいと言われ、その場で抗不安薬のジアゼパムや抗うつ薬を処方された。そして入院して数日すると、このうつ症状とともに、もう一つのものが私を苦しめ始めた。

一八か月前、私はラゴスからジョスへ取材に行った。ジョスはナイジェリアの都市で、イスラム教徒が多い北部とキリ スト教徒が多い南部の境にある。そこで、対立する住民の間で暴動が発生したという。私がジョスの外れの村に到着したのは、暴徒が家々に火を放った直後だった。中には住民がいた。もちろん子供や幼児もだ。私は写真を撮り、死体を数 え、記事を書いて送った。この殺戮の原因を突き止めようとしたが、数日後には別の仕事のため、その場を離れた。それからの数か月間は、遺体の映像が頭に浮かぶたびに、本能的にその映像を頭から追い出し、見ないようにしていた。

このジョスの亡霊が、病院のベッドの端に現れたのだ。井戸に詰め込まれた女性たち、首の骨を折られた老人、それに 赤ん坊だ。亡霊たちは、一度現れるとそのまま居座った。そこで精神科医は、軍で働いた経験のあるセラピストとともに (二人とも、ものわかりがよく親切だった)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療に取りかかった。PTSDに ついては、自身も怖ろしい体験をしたことがあるという私の友人が、わかりやすいたとえ話で説明してくれた。その話に よれば、人間の脳は、ゴルフのパットの練習に使う簡易ホールのようなものだという。ボールは普通、スムーズにカップ に落ちる。あらゆる経験は次から次へと処理されて、記憶の彼方へと落ちていく。しかし、交通事故や暴行や残虐行為な ど、重大な精神的打撃を受けると、ボールはカップに落ちない。脳の中を騒々しく動き回り、ダメージを与える。不安が ふくれ上がり、そのことだけしか考えられなくなる。その経験の生々しい鮮やかな映像が 蘇ってくる。それは、何の理 由もなく不意に現れることもあれば、その映像を連想させるものが引き金になることもある。私の場合は、映画の暴力シーンや炎が引き金になった。

それでも、家族や友人がしっかりと私を支えてくれた。幸いにも入院して六週間が過ぎたころ、寒々しいユーモアで笑 わされたこともあった。BBCでウィリアム王子とケイト・ミドルトンの結婚式の模様が中継されたときに 、司会者がこう言ったのだ。「視聴者のみなさんはきっと、この場面を目にした場所を一生忘れることはないでしょう」すると、病棟 のロビーで放送を見ていた依存症やうつ病の患者たちが、一斉に皮肉めいた笑い声を上げ、画面に向けてさまざまな野次 を飛ばした。

PTSDの治療は単純だが、かなりの荒療治だ。たとえばクモ恐怖症の治療の場合、まずはクモの絵、次いでクモのビ デオを見せ、それから本物のクモを見せて、最終的にはタランチュラに触れるようにする。それと同じように、私もジョ スの記憶に真正面から立ち向かわされた。まず部屋を、心を落ち着かせるアロマで満たす。カモミールの香りと、昔のざらざらした日焼け止めクリームのようなにおいだ。どちらも幸せだった幼年時代を思い出させる。その中で私は、自分が 目撃したことを思い出し、書き留めていった。紙を漏らすほど涙が流れてくると、セラピストが優しく励ましてくれた。 そしてその作業が終わると、自分が書いたものを声に出して読み上げた。それを来る日も来る日も繰り返した。 すると少しずつ恐怖は薄れていった。そして罪悪感が残った。自分は、ジョスの殺戮で亡くなった多くの人々と同じように苦しまなければならないと思った。同じ形でではないにせよ、同じ程度に苦しまなければいけない、と。死んだ人々 に対して、自分が生きていることが償いきれないほどの負い目となった。しかしそれから数か月してようやく、私はある 疑問に答えを出すことができた。もし自分が、ジョスでの殺戮行為について裁判にかけられたとしたら、私の想像の中に 出てくる厳格な裁判官はともかく、私と同じような立場の陪審員は私を有罪とするだろうか?おそらく有罪にはしない だろう。そう考えられるようになると、亡霊は消えた。

しかし、それで完全に罪悪感が消えたわけではない。私は以前、ジョスの暴動は「民族間の対立」が引き起こしたもの だと報道した。実際、そのとおりではある。しかし、何を巡っての対立なのだろう? 一億七〇万人のナイジェリア 国民は、ほとんどが極貧状態にある。しかしナイジェリアという国は、少なくともある一面だけを見れば、信じられないほど裕福でもある。原油の輸出により、毎年数百億ドルもの利益を生み出しているのだ。

私はやがて、アフリカの辺部な村で起きた殺戮と、裕福な世界の人々の快適な暮らしとをつなぐ糸があることに気づいた。その糸はグローバル経済を通じ、紛争地帯から、権力や富が集中するニューヨークや香港やロンドンへとつながって いる。その糸をたどってみようというのが本書の内容である。

誰もがフォークの先にあるものを見つめる、あの凍りついた瞬間
―ウィリアム・バロウズ「裸のランチ」

序章

富の呪い
天然資源に恵まれた国々に暮らす人々の大半は貧困に苦 しんでいる。アフリカも例外ではない。エコノミストはこの 現象を「資源の呪い」と呼んでいる。フィナンシャル・タイム ズ紙特派員としてアフリカに赴任した著者は、「資源の呪 い」の実態に加え、資源に依存しているアフリカ諸国で行 われている組織的な略奪について取材を始めた。

「世界の金融の交差点」と記された旅行者用の案内標識のそばに立つニューヨーク証券取引所。その向かい側、ウォール 街二三番地に、堂々たる石造りの建物がある。立派なたたずまいは、その建物を建てたある銀行家の力をまざまざと見せ つけている。ある銀行家というのは、アメリカの大資本家J・P・モルガンである。このビルは、モルガンが自分の銀行 の拠点として一九一三年に建てたものだ。ビルの外観は、ハリウッド映画でもよく知られている。二〇一二年の映画『ダークナイトライジング」で、ゴッサムシティの証券取引所として使われたのだ。しかし、二〇一三年末に私が訪れたと きには、赤いカーペットは薄汚れ、大西洋から吹き込んでくる霧雨に濡れていた。かつて巨大なシャンデリアがきらめいていた内部は荒れていた。金属製の門は閉ざされており、汚れたガラスを通して見えるものといえば、数本の蛍光灯、ベニヤ板で覆われた階段、それに赤く光る「出口」の表示ぐらいだ。

しかし、これほど荒廃しているにもかかわらず、ウォール街二三番地はいまだにエリートの象徴である。変わりゆくグ ローバル経済のゲームの勝者だけが、これを手にできる。この建物を現在所有している人物を調べると、香港の高層ビル の一〇階のオフィスにたどり着く。かつてイギリス軍の兵舎があったクイーンズウェイ八八番地は、鏡張りの高層ビルが 並ぶ複合施設パシフィック・プレイスに姿を変えた。太陽光がビルに反射し、金融街の上でぎらぎらと輝いている。一階 は豪勢なショッピングモールとなっており、アルマーニ、プラダ、シャネル、ディオールなどの店舗が軒を連ねる。エア コンがきいていて、外のじめじめした湿気もここまではやって来ない。七つ並ぶ高層ビルのうち、いちばん高いビルの上層階には高級ホテルのアイランド シャングリ・ラ 香港が入っており、一泊一万ドルでスイートルームを提供している。
そんな中にあって、その一〇階のオフィスはほとんど目立たない。そこを本拠地として、あるいは企業グループの登記 住所として使用している男女もまた同様である。この企業グループは、その足跡を追っている人々から非公式に「クイー ンズウェイ・グループ」と呼ばれている(1)。このグループは、秘密のオフショア会社を含む複雑な企業ネットワークを通じ、モスクワやマンハッタン、北朝鮮やインドネシアで事業を展開している。そのビジネスパートナーには、中国の 国有企業、BPやトタルなどの欧米の石油企業、スイスを拠点とする巨大商社グレンコアといった名前が並ぶ。ただし、 クイーンズウェイ・グループの資産や力のもとになっているのは主に、アフリカの大地に眠る天然資源だ。

ニューヨークのウォール街二三番地からも香港のクイーンズウェイ八八番地からも同じく一万1000キロメートルほど離れたところに、もう一つ高層ビルがある。アフリカ南部の国アンゴラの首都ルアンダの中心部に、大西洋の波が打ち 寄せる湾を見下ろすように、二五階建ての金色のビルがそびえている。正式名称はCIFルアンダ・ワンだが、地元では トム&ジェリー・ビルと呼ばれている。二〇〇八年に完成した際に、外壁にそのアニメーションが映し出されたからだ。 ビルの中には、ダンスルーム、シガー・バー、そして、海底の巨大油田から原油を採掘する外国の石油企業のオフィスがある。
がっしりした体格の警備員が見張っている入り口の上には、三つの旗が翻っている。第一の旗はアンゴラの国旗、第二 の旗はアンゴラで勢力を増しつつある中国の国旗である。中国は、アンゴラに道路、橋、鉄道を気前よく提供している。 その見返りにアンゴラは、中国が輸入する石油の七分の一を供給しており、それが中国の猛烈な経済成長を促進してい る。どちらの旗にも共産主義の黄色の星印があるが、最近では両国の指導者は、社会主義的な政権運営のかたわら、信じ られないほどの個人財産を築き上げている。

第三の旗は国旗ではなく、このビルを建てた企業の旗だ。白地に「CIF」というグレーの文字が並んでいる。CIF とは中国国際基金 (China International Fund)のことだ。クイーンズウェイ・グループの謎に満ちた多国籍ネットワー クの中では比較的、表舞台に出ることの多い企業である。これらの旗は三つ合わせて、新たに生まれた帝国の象徴となっている。
二〇〇八年、私はフィナンシャル・タイムズ紙の特派員として、南アフリカ共和国のヨハネスブルグに赴任した。そのころの南アフリカは好況に沸き返っていた。いや、それまではと言ったほうがいいかもしれない。南アフリカや近隣諸国 が豊富に抱える天然資源の価格が、二〇00年代に入ってから絶えず上昇を続けていた。中国やインドなど、急成長を遂げている国々が、いくらでも天然資源を欲しがったからだ。一九九〇年代、プラチナ一オンス(およそ二八・三五グラム)の平均価格は四七〇ドルだった(2)。また、銅一トンは二六〇〇ドル、原油一バレルは二二ドルだった。それが二〇〇八 年になるころには、プラチナは三倍の一五〇〇ドル、銅は二・五倍の六八〇〇ドルになっていた。原油は九五ドルと四倍 以上になり、二〇〇八年七月のある日には一バレル一四七ドルを記録した。だが間もなく、アメリカの金融システムが崩 壊した。その衝撃は世界中の経済に波及し、天然資源の商品価格は急落した。遠く離れた国の銀行家が無茶をしたせい で、アフリカ経済の生命線である資源収入が危機に陥ったのだ。企業幹部や大臣、解雇された鉱山労働者はなす術もなく 事態を見守るしかなかった。ところが中国など一部の国は、それでも成長を続けた。数年のうちに商品価格は金融危機以 前のレベルに戻った。景気が回復したのである。

私は一年にわたりアフリカ南部を行き来し、選挙や政変、汚職裁判、貧困対策、ヨハネスブルグに拠点を置く巨大鉱業 企業の資産について報道した。二〇〇九年にはナイジェリアのラゴスに移り、紛争の危険をはらむ西アフリカ諸国を二年 間取材した。
アフリカの貧困や紛争の原因については、数多くの説が唱えられている。しかしその多くは、サハラ砂漠以南のアフリ カ四八か国、九億人の人々を一くくりに考えている(3)。一部の学者は、植民地化によりアフリカが荒廃し、世界銀行 や国際通貨基金(IMF)の独断的な命令により被害がさらに悪化したと主張する。また別の学者は、アフリカ人はきわ めて「部族的」であり、腐敗や暴力に走りやすい傾向があるため、自らを統治する力がないと説く。あるいは、アフリカ はさほど問題なく統治されているのに、刺激的な記事を求めるジャーナリストや、支援者の気を引こうとする慈善団体 が、アフリカのイメージをゆがめているのだという人もいる。こうした原因の分析と同じように、提唱される対策もまた 多種多様だ。中には相反する対策さえある。政府支出を削減して民間企業を活躍させる、軍隊の改革や「よい統治」の 促進や女性の地位向上に取り組む、支援金を注ぎ込む、市場を開放してグローバル経済にアフリカを引き込む、などだ。

ところが、裕福な国が景気後退に苦しんでいたころ、評論家や投資家、専門家などが、アフリカは逆に成長していると 主張し始めた。商業指標によれば、商品相場の急騰による経済革命のおかげで中流階級が成長し、紛争や衝突が減り、携帯電話や高価なウィスキーの消費が大きく増えたという。しかし、こうした明るい分析は、アフリカのごく一部の地域にしか当てはまらない。私が実際に訪れてみると、ナイジェリアの石油産業の本拠地であるニジェール川のデルタ地帯は油 まみれになっていた。鉱物が豊富なコンゴ民主共和国(アフリカにはコンゴ民主共和国とコンゴ共和国がある。本書では以下、コンゴ民主共和国を「コンゴ」、コンゴ共和国を「コンゴ共和国」と表記する)の東部地域は戦場と化していた。私はやがて、アフリカの貴重な 天然資源は、アフリカを救うどころか、アフリカに呪いをかけているのではないかと考えるようになった。
二〇年以上にわたりエコノミストたちは、天然資源がどうしてアフリカに害をもたらしているのかを明らかにしようと している。コロンビア大学のマカータン・ハンフリーズ、ジェフリー・サックス、ジョセフ・スティグリッツは、二〇〇 七年の著作でこう述べている。「矛盾しているように聞こえるかもしれないが、石油などの天然資源の発見や採掘により 富もチャンスも増えるものと期待されたにもかかわらず、こうした資源は、バランスの取れた持続可能な発展を促進する どころか、むしろ妨げている場合がほとんどである(4)」 コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーの アナリストによれば、貧困に苦しむ人々の六九パーセントは、石油や天然ガス、鉱物資源が経済的に重要な役割を果たし

ている国で暮らしている。また、こうした国の一人あたりの平均収入は、世界平均をはるかに下回っているという
(5)。実際、天然資源だけを見ればきわめて恵まれた国に暮らす人々の大半が、明日をも知れない生活をしている。世 界銀行によれば、一日一・二五ドル未満で暮らす貧困者の割合は(国ごとにそれだけの額で何が買えるのかを調べ、調整 を施している)、ナイジェリアで六八パーセント、アンゴラで四三パーセントに達している。ちなみに、アフリカの石 油・天然ガス生産量の第一位がナイジェリア、第二位がアンゴラである。また、ザンビアとコンゴの国境周辺は、アフリ カ有数の銅産出地帯となっている。だが両国の貧困率を見ると、ザンビアが七五パーセント、コンゴが八八パーセントに 及ぶ。比較のためにほかの国の貧困率を挙げておくと、インドは三三パーセント、中国は一二パーセント、メキシコは 。・七パーセント、ポーランドはO・一パーセントだ。

エコノミストはこの現象を「資源の呪い」と呼んでいる。もちろん、アフリカにしろほかの地域にしろ、それだけで紛 争や飢餓が蔓延している理由を説明することはできない。たとえばケニアなど、資源産業がさほど重要な地位を占めていないアフリカ諸国でも、汚職や民族対立はある。逆に、資源が豊かな国が必ずしも呪われる運命にあるというわけでもな い。ノルウェーを見るといい。しかしたいていの場合、石油産業や鉱業など、資源産業が経済を支配している国は、好ましくない状態に陥る。資源の売買によりドルが流入してくると、経済そのものがゆがんでしまうのだ。そもそも、政府が 天然資源から得る収入は、いわば不労所得である。政府は単に、外国の企業が原油を汲み上げたり鉱石を採掘したりする許可を与えているだけだ。この種の収入は「資源レント」と呼ばれるが、健全な管理が行われることはなく、国家を支配 する人々が勝手に使える資金を大量に生み出す。極端な場合になると、統治者と国民との社会契約さえ破綻させてしま う。支配階級の人間はもはや国民に課税して政府の資金を集める必要がないため、国民の同意を取りつける必要もなくなってしまうからだ。
このように天然資源で利益を上げている政府は、国民に対する借りがないため、政府の利益になることに国の収入を費やす傾向がある。そのため、教育支出は減り、軍事予算がふくらむ(6)。また、資源産業には汚職がつきものだ。泥棒 政治が幅をきかせる。一度権力の座につけば、そこを離れようとはしない。その結果、大量の資源収入に基づいた経済 は、独裁政治を生み出す。大統領在職期間が世界一長い人物の上位四人は、いずれも石油や鉱物資源に恵まれたアフリカ の国の支配者である。具体的には、赤道ギニアのテオドロ・オビアン・ンゲマ、アンゴラのジョゼ・エドゥアルド・ド ス・サントス、ジンバブエのロバート・ムガベ、カメルーンのポール・ビヤだ。この四人の在職期間を合計すると一三六 年になる。

石油で財を成したロシアの新興財閥や、数世紀前にラテンアメリカの金銀を略奪したスペインの征服者を見ても明らか なように、資源レントは少数者の手に富や権力を集中させる。そのため、「生き残りをかけた熾烈な戦い」を生み出す。 これは、西アフリカの国連高官として、さまざまな政変の仲裁役を務めてきたアルジェリアの政治家サイード・ジニット の言葉だ(7) 生き残りとは、そのレントの分け前を獲得することである。獲得できなければ死ぬほかない。
この資源の呪いは、アフリカに限ったことではない。だが、世界でもっとも貧しいと同時に、おそらくもっとも資源が 豊かであるこのアフリカにおいて顕著に表れている。
アフリカは、世界の人口の一三パーセントを占めている。それにもかかわらず、世界の国内総生産(GDP)の二パー セントしか占めていない。しかしアフリカには、世界の原油の一五パーセント、世界の金の四〇パーセント、世界のプラ チナの八〇パーセントがある。アフリカ大陸がほかの大陸ほど調査が進んでいないことを考慮すれば、それ以上の石油や 鉱物が眠っている可能性さえある(8) アフリカには、世界最大のダイヤモンド鉱山がある。ウラン、銅、鉄鉱石、ボーキサイト(アルミニウムを作るのに利用される)など、火山性の地質が生み出すありとあらゆる鉱物の大規模な鉱床が ある。ある試算によれば、世界の炭化水素資源および鉱物資源のおよそ三分の一がアフリカにあるという(9)。

内情をよく知らない人は、アフリカに援助しても無駄だと言う。いくら支援をしても、それをがつがつ飲み込むばかり で、その見返りにグローバル経済に貢献することはないと主張する。しかし、そんな人には資源産業をもっとよく見てほしい。アフリカとほかの世界との関係が、違った形で見えてくるはずだ。二〇一〇年にアフリカから輸出された燃料や鉱 物資源の総額は、三三三〇億ドルに上る。これは、アフリカへの支援額の七倍以上に当たる(汚職や脱税によりアフリカ から流出した膨大な資金はここには含めていない(1))。だが、こうした資源を供給するところと消費するところで は、かなりの生活格差がある。その格差を見れば、石油や鉱物資源の取引でどちらが得をしているかがわかる。大半のア フリカ人がいまだにぎりぎりの生活をしている理由もそこにある。たとえば、女性が出産時に死亡する割合を見ると、フ ランスは砂漠国家ニジェールの10分の一である。だがフランスは、その経済を支える原子力発電の燃料であるウラン を、主にこのニジェールから輸入している。また、フィンランド人や韓国人の平均寿命は八〇歳ほどである。両国の経済は、フィンランドはノキア、韓国はサムスンといった巨大企業に支えられている。どちらも世界有数の携帯電話メーカーだ。その携帯電話のバッテリーの製造に欠かせない鉱物の世界有数の鉱床がコンゴにあるが、この国では五〇歳過ぎまで 生きられれば運がいいほうだ。 「アフリカの石油や鉱物は世界のあちこちに運ばれていく。主に北アメリカやヨーロッパだが、最近は中国も増えてき た。しかし全体的に見ると、アフリカの天然資源はグローバル市場に流れ、ロンドンやニューヨーク、香港を拠点とする トレーダーが価格を決める。そのため、南アフリカが金の輸出を減らしたり、ナイジェリアが石油の輸出を減らしたり、 コンゴが銅の輸出を減らしたりすれば、世界中で価格が上がる。もちろん、貿易ルートが変わることはある。たとえば、 最近アメリカではシェールオイルの生産が増えたため、ナイジェリアからアメリカへ向かう石油の量が減り、その分アジ アへ向かう石油の量が増えている。しかし、世界全体の石油供給量に占めるアフリカの石油の割合を考えると、自分の車 にガソリンを満タンに入れた場合、一四回に一回は、アフリカの原油から精製したガソリンを入れている計算になる(= 一同様に、携帯電話の五台に一台は、コンゴ東部の荒れ地で産出されたタンタルの小片を使用している。

アフリカは、天然資源が過度に豊富なだけではない。天然資源に過度に依存している。IMFは、輸出の四分の一以上 を天然資源に頼っている国を「資源の豊かな」国と定義している。こうした国は、資源の呪いに陥りやすい国でもあるの だが、アフリカの実に二〇以上の国がこれに当てはまる(2) 輸出に占める天然資源の割合は、ヨーロッパで一一パーセント、アジアで一二パーセント、北アメリカで一五パーセント、ラテンアメリカで四二パーセントだが、アフリカでは 六六パーセントに及ぶ。旧ソビエト連邦よりやや多く、中東よりやや少ない値である(B)。実際、ナイジェリアでは輸 出の九七パーセント、アンゴラでは輸出の九八パーセントを、石油と天然ガスが占めている。残りの大部分はダイヤモン ドである(1) 二〇一四年後半、天然資源の価格が下がり始めると、アフリカの資源国家があまりに資源に依存しすぎていたことが浮き彫りになった。こうした国は、好況時に度の過ぎた支出や借り入れをしていた。そのため資源レントが 急落する見込みが高まると、国の財政の不安定さが露呈することになった。
資源の呪いとは、こうした目に見えない力が生み出す不運な経済現象だけに留まらない。現在、資源に依存しているア フリカ諸国では、組織的な略奪が行われている。その犠牲になっている人も、その利益を手にしている人もはっきりして いる。アフリカ南部での略奪は一九世紀に始まった。ヨハネスブルグの開拓地の近くでダイヤモンドや金が発見される と、それに刺激され、ヨーロッパ列強から開拓者、使節、鉱山労働者、商人、傭兵がアフリカにやって来た。彼らは豊か な鉱物資源を求め、海岸から大陸内部へと分け入り、大西洋岸から奴隷、金、ヤシ油を運び出した。二〇世紀の半ばになると、ナイジェリアで発見された石油も国外へ運び去られた。やがてヨーロッパ列強による植民地支配が終わり、アフリ カ諸国は独立を勝ち取ったが、資源産業を牛耳る巨大企業がアフリカから離れることはなかった。現在では、新たな時 代の始まりを告げるさまざまな技術革新が行われている。化石燃料が地球に与える脅威についても理解が進みつつある。 それでも、アフリカに豊富に存在する主要資源は、グローバル経済の主役であり続けている。

数多くの裕福な多国籍企業から成る石油産業・鉱業のリーダーたちは、自分たちが悪いことをしているとは考えたがらない。むしろ、いいことをしているのだと考えている場合もある。世界最大の鉱業企業BHPビリトンの最高経営責任者 アンドリュー・マッケンジーは、二〇一三年にロンドンのローズ・クリケット・グラウンドで開催された夕食会の席で、 鉱業界の指導者五〇〇人を前にこう述べた。「世界のGDPの半分は、資源に支えられています。いや、全部が資源に支 えられていると言っていいでしょう。私たちの仕事の崇高な目的はそこにあります。私たちが経済を成長させれば、数十 億人とは言いませんが、数百万人を貧困から救い出せます(5)」
採掘と略奪は違う。略奪することなどまったく考えていない鉱業企業や石油企業もある。私が実際に会って話を聞いた こうした企業の幹部、地質学者、投資家の多くは、崇高な目的に貢献しているのだと信じている。自分たちの取り組みがなければ事態はもっと悪くなるだろうと、もっともらしい主張をする人もいる。それは、天然資源を利用して国民を貧困 から救い出そうと努力しているアフリカの政治家や公務員にも当てはまる。しかし、アフリカを略奪しているシステム は、こうした人々の力よりも強い。
略奪のシステムは近代化されている。かつては銃で脅し、アフリカの住民から土地や金やダイヤモンドを奪う協定に強 引に署名させていた。ところが現在では、年商数千億ドルの石油企業や鉱業企業が法律家の一団を派遣し、アフリカの各 国政府に欲深な条件を押しつける。こうして税金逃れをして貧しい国から利益をしぼり取るのだ。以前の列強諸国に代わ り、多国籍企業、アフリカの支配者層、その仲介人から成るネットワークが密かに幅をきかせている。このネットワーク は、国家権力と企業の力を結びつけるが、どこの国にも支えられていない。むしろ、このグローバル化の時代に成長して
きた多国籍エリートと結びついており、自分たちの富を増やすことだけを考えている。

[原注] 部分はカット

トム・バージェス (著), 山田 美明 (翻訳)
出版社: 集英社 (2016/7/26)、出典:出版社HP