入門・倫理学

【最新 – 倫理学を学ぶおすすめ本 (入門からランキング)】も確認する

倫理学における基礎知識が身につく

本書は、日本の哲学、倫理学研究の第一人者が九人集まって書かれました。タイトルに「入門」とあるように、倫理学を本気で勉強しようとする人だけでなく、高校倫理から知識を深めてみようかなと考える大学1,2年生にもおすすめとなっています。

赤林 朗 (編集), 児玉 聡 (編集)
出版社: 勁草書房 (2018/1/30)、出典:出版社HP

はじめに

赤林朗
倫理学って,何となくおもしろそう、でもどうやって勉強をはじめていいのかわからない。何かいい本はないだろうか、今,本書を手に取られている方は、きっとそのように思っておられるのではないでしょうか.

私は、医師であり,医療倫理学を医学部やその上の大学院で教えています.高校の授業で教わった倫理しか知らない学生さんを、何となく難しく聞こえる倫理学の次のステップにどういざなうかは、私にとって深刻な問題でした。これまで、「入門・医療倫理」シリーズを勁草書房から出版させていただきましたが、このシリーズを着想したのは,2000年,京都大学に日本で初の,大学院レベルの医療倫理学分野が設立され,そこに私が着任した頃でした。
当時、日本には,体系だった生命・医療倫理学の教科書は無かったにも関わらず,とにかく授業をはじめなくてはならなかったのです。多くの英語圏の教科書や、欧米の大学のシラバスをとりよせ必死に読み込みました。しかし,日本と欧米との文化の違いや法・社会制度の違いから、そのまま翻訳すれば使えるような教科書・シラバスは見出すことができませんでした。

それでは、もう自分で作るしかないと決心し、日本の文脈に即した生命・医療倫理学の教科書作りに着手したのです。本音を言えば、哲学・倫理学を専門とし、大学での職を得ている先生方にこうした入門書を書いていただきたかったところです。しかし、当時の哲学・倫理学界では文献学が主流で,医療等の応用領域に手を出すことは、むしろ道を外すことになると考えておられる方が 多かったのではないかと思います。

2003年に私が東京大学に異動してから,多くの哲学・倫理学を若いスタッフに恵まれ,「入門・医療倫理」シリーズ出版の企画は本格的に動き始めました。その際に、私が哲学・倫理学を専門とするスタッフにお願いしたことは、「私が読んでもわかるように書いてください」ということに尽きます。
わかりづらい表現が含まれる原稿に対して私が延々と「ダメ出し」をし、私が読んでもすっきりと頭にはいるように、何とかついていけるように改訂することを何度もお願いしました。この作業は、私にとっても執筆者にとっても、本当に大変なことでした。

このような時,当時,東京大学医療倫理学教室及び Center for Biomedical Ethics (CBEL:www.cbel.jp)のスタッフで,現在,京都大学文学部の児玉聡先生の、極めて柔軟なご理解とご協力に、大変助けられました。改めてここに感謝をいたします。そして、ようやく出来上がったのが、「入門・医療倫理」シリーズの理論篇です。
本書の読者層として,これから哲学・倫理学を本気で勉強することを考えている方はもちろんですが、高校の倫理の授業から一歩進んで,さらに少し深めてみようと考える、大学1,2年生の皆さんにもぜひ読んでいただきたいと考えています。私が読んで、なんとかわかったのだから、関心のある方ならば必ず読みきれると思うし、十分な基礎知識がつくと思います。また,本書はその来歴から、本文で取り上げられている具体例はそのほとんどが医療に関わる話題となっていますが、医療以外の応用倫理学分野に関心がある方にも有用な入門書になるでしょう。本書は,20年前に私が一番欲しかった本です。このような本を、当初想定しなかった形で、私が編者になって世に出すことができるとは、望外の喜びと驚きの感で一杯です。

執筆者の皆さんの経歴をみてください。全て、哲学・倫理学の各領域での一流の研究者です。そのような方たちによる教科書ですので,内容はわかりやすく見えても、かなり高度な専門的領域にまで踏み込んでいます。読者の皆さんは、本書を読み切ったときに、倫理学はやっぱりおもしろい,基本的なことはこの本でとてもよくわかったので、その先を深めていきたい、ときっと思われるだろうと信じています。
本書をきっかけに、倫理学にさらに関心をもち、それぞれの領域で、深めていただくことを期待しています。

赤林 朗 (編集), 児玉 聡 (編集)
出版社: 勁草書房 (2018/1/30)、出典:出版社HP

目次

はじめに(赤林 朗)

I 倫理学基礎(総論 赤林 朗,児玉 聡)
第1章 倫理学の基礎
児玉 聡
第2章 倫理理論
奈良 雅俊
第3章 權利論
藏田 伸雄
第4章 法と道徳
山崎 康仕
Ⅱ 規範倫理学(総論 児玉 聡)
第5章 功利主義
水野 俊誠
第6章 義務論
堂国 俊彦
第7章,德倫理学
奈良 雅俊

Ⅲ メタ倫理学(総論 児玉聡)
第8章 実在論・認知主義
奈良 雅俊
第9章 反実在論・非認知主義
児玉 聡
第10章 メタ倫理学の現在
林 芳紀

IV 政治哲学(総論 児玉 聡)
第11章 現代リベラリズムの諸理論
島内 明文
第12章 現代リベラリズムの対抗理論
島内 明文

おわりに(児玉 聡)

BOX一覧
外国人名索引/事項索引
執筆者紹介

赤林 朗 (編集), 児玉 聡 (編集)
出版社: 勁草書房 (2018/1/30)、出典:出版社HP

I 倫理学の基礎

赤林 朗,児玉 聡
本書の第Ⅰ部では,倫理学の基本的な考え方や発想、いわば「基礎の基礎」とでも言うべき事柄について説明がなされている。読者の中には,「倫理学は幸福になる方法について論じる学問である」とか、「法は守るべきだが,道徳は守っても守らなくてもよい」,あるいは「倫理は必ずしも重要ではなく,人権が侵害されていないかどうかのみが重要だ」といった理解をしている人もいるかもしれない。だが,こうした考えは,現代の倫理学の少なくとも主流の立場からすれば、すべて誤解に基づいている。そこで,第Ⅰ部では、倫理学に関する基本的な考え方を身に付けることで,第II部以降のより理論的な考察に進む準備を行う.
いかなる議論においても、最初に用語をどのような意味で用いるのかを明らかにしておくこと(つまり,定義をすること)が重要である。そこで、ここでは、倫理と倫理学の意味に加え,道徳と倫理,法と倫理,哲学と倫理学などの関係について簡単な説明を行う。

日本語の「倫」とは、もともと仲間・人間・世間という意味であり,「理」とは、もとは玉の筋目・模様のことで,転じてものごとの筋道・道理を指すにいたったという。⑴
したがって,日本語の「倫理」は、人間模様とか世間風景という弾力的な意味を持つ「倫理」とは、狭義には「人と人がかかわりあう場でのふさわしいふるまい方」、「仲間の間で守るべき秩序」という意味合いである。一方、「倫理学」の語の由来は、英語の ethics の訳語であり、倫理について理論的・体系的な考察を行う研究分野である.

倫理学は狭義には個人道徳――個人がどう生きるべきかという問い――を扱うが,広義には社会道徳――法律や政策を含む社会制度がどうあるべきかという問い――もその考察の対象となる。本書では、個人道徳と社会道徳の両方を倫理学の考察の対象として考える。
倫理学が学問として成立するための要件としては,論理の一貫性があること、体系性があること(まとまりをもって提示されること)が必要とされる。この点において、聖書や論語は倫理思想であっても,倫理学そのものではない。倫理の一貫性や我々のもつ道徳的直観の役割など、現代の倫理学の基本的な考え方は、第Ⅰ章で説明される。また,体系性を持った倫理理論の代表的なものは、第2章,および第Ⅱ部で詳述される..
「道徳」と「倫理」は,本書では原則として言い換え可能なものとして用いられる。ただし、論者によっては、道徳は特定の個人がもつ心のあり方や社会に共有される一般的な態度を指し,倫理は特定の個人や社会を越えたより普遍性を持った規範を指すといった区別をする場合もある。また,倫理を法と道徳を含む社会規範一般として捉える考え方もある

BOX1:「倫理的」の二つの意味

倫理学は「倫理的なもの」に関する研究であるが,この「倫理的」ethical という言葉には二つの意味があるため、注意を要する。一つは、「あの人は倫理的だ」と言うときの意味で、「倫理に反する」unethicalの対義語としての「倫理的」ある。
これは「倫理にかなっているということである。もう一つは、「倫理と無関係な(道徳外の)non-ethicalの対義語としての「倫理的」である、これは「(倫理に反するものも倫理にかなっているものも含めて)倫理に関わる」という意味である。
倫理学が「倫理的なもの」に関する研究であると言われるときには、後者の意味に用いられている。⑵
同じ区別が,moral.immoral, non-moral(amoral)についても成り立つ。

「法」と「道徳」の区別は、⑴法は社会の秩序を維持することを主目的とするのに対し,道徳は個人に属する事柄に重きがおかれる。⑵法は外に現れた行為を,道徳は人間の内面的な意志を取り上げ規制する。⑶法は社会(あるいは国家)による強制力を伴う規範であるのに対し,道徳は行為者の自発性が重視される、などの違いがある。
また,「法は倫理の最小限」という言い方もある。法と道徳の区別については第4章で,また法的権利と道徳的権利の関係については第3章で詳しく論じられる。
「哲学」と「倫理学」との関係については、「哲学」という語の意味に応じてさまざまな関係が規定される。その一つに、哲学を広義に捉え倫理学をその中に位置づけるというものがある。たとえば,哲学は,認識論,存在論,価値論から構成され,倫理学は哲学の価値論の一部門と考える立場がある。その場合,「道徳哲学」という名称で呼ばれることもある。倫理学の下位分野,および政治哲学の概説については,第II部から第IV部の総論を参照されたい.

参考文献

• Darwall, S, 1998, Philosophical Ethics, Boulder: Westview Press.
• Frankena, WK, 1973, Ethics, 2nd ed., New Jersey: Prentice-Hall. (フランケナ,
WK, 1975,杖下隆英訳『倫理学』培風館)

赤林 朗 (編集), 児玉 聡 (編集)
出版社: 勁草書房 (2018/1/30)、出典:出版社HP