邪悪に堕ちたGAFA ビッグテックは素晴らしい理念と私たちを裏切った

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「巨大ITへの規制強化」の流れがわかる

ビッグテックが市場を独占するに至った過程が詳しく解説され、その上で今後とるべき方針が記された一冊です。便利で、我々の生活の一部となっているITの負の側面を知り、対策していく上でおすすめです。

ラナ・フォルーハー (著), 長谷川 圭 (翻訳)
出版社: 日経BP (2020/7/16)、出典:出版社HP

アレックスとダリアへ
私は命をもたない体に生命を吹き込むためだけに、およそ二年ものあいだ懸命な努力を続けてき た。そのためなら、睡眠も健康も犠牲にした。並々ならぬ情熱でそれを望んでいた。でも、いざ完 成してみると、美しかった夢は砕け散り、息が詰まるような恐怖と嫌悪が私の心を満たしたのだった。
メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」

まえがき

本というものは、大きくて抽象的な思考から生まれることもあれば、現実的な生活に根ざして書かれる場合もある。私 の前回の著書『Makers and Takers (メーカーとテイカー)」は金融業界に関する高度に政策的な討論から生まれたのだ った。一方、本書はテクノロジー業界が過去二〇年でもたらした経済や政治への被害、あるいは人々の意識や精神への影 響について調べるのが目的で、いわば大きなレンズをもっていると言える。しかし、執筆の動機はとても個人的な出来事 だった。
始まりは二〇一七年の四月が終わろうとしていたころ。ある日の午後、帰宅した私はクレジットカードの明細書を開 き、大きなショックを受ける。身に覚えのない九〇〇ドルもの額が、アップル(Apple)のアップストアから請求さ れていたのだ。「ハッキングされた」が最初の考えだった。だが少し調べてみると、当時一〇歳の息子が原因だったこと がわかった。大好きなオンライン・サッカーゲームの仮想選手を、息子が購入していたのだ。
当然ながら、私は息子からデバイスを取り上げて、すぐにパスワードを変更した。しかしちょうどそのころ、この出来 事がきっかけとなって、より大きな問題が私の時間と関心を奪いはじめる。私は新しい仕事として、世界最大のビジネス 紙として知られる『フィナンシャル・タイムズ」のグローバル・ビジネス・コラムニストとしての活動をはじめたばかり だった。任務は、その日起こった最大の出来事について、経済の観点から週に一回コラムを書くことだったのだが、ほと んどの場合で「ビッグテック」と呼ばれる現代を代表する巨大企業―グーグル(Google)、フェイスブック(F acebook)、アマゾン(Amazon)、そしてアップル―が関係していた。
過去数十年にわたって、ごく一部の企業が市場を独占するという現象が数多くの業界で観察されてきた。それが収入の 不均衡や経済成長の停滞、あるいは政治の世界におけるポピュリズムの台頭など、さまざまな問題と関連していることも わかっていた。わかっていたはずなのに、それでも私は『フィナンシャル・タイムズ」紙のコラムニストとして経済関連 の情報を集めはじめたとき、驚いてしまった。企業総資産のじつに八〇パーセントを、全体のわずか一〇パーセントの企業が占有していたのである[注1]。しかも、この一〇パーセントに属する会社はゼネラル・エレクトリックやトヨタ、あ るいはエクソンモービルなどのような、物理的な資産や商品を有している企業ですらなかった。そうではなくて、現代の 経済においてかつての“石油”に取って代わる存在、すなわち情報とネットワークを活用する術を見つけた企業だったの だ。

それら新星の多くはテクノロジー企業だった。現代社会において、テクノロジー業界ほど一気に独占的地位に駆け上っ た例はほかにない。何しろ、現在全世界で行われているウェブ検索は、たった一つの検索エンジン上で行われているので ある。グーグルだ[注2]。インターネットを利用する三〇歳未満の成人の九五パーセントがフェイスブックまたは二〇一 二年にフェイスブックに買収されたインスタグラム(Instagram)、あるいはその両方にアカウントをもってい る[注3]。ミレニアル世代の人々がネットでビデオを視聴する場合、ほとんどの時間でユーチューブ(YouTube) を利用する。ほかのストリーミングサービスを使う時間をすべて足し合わせても、ユーチューブを眺めている時間の半分 にも満たない[注4]。全世界の新規広告費のおよそ九〇パーセントがグーグルとフェイスブックに集まり、携帯電話の九 九パーセントにグーグルまたはアップルのオペレーティングシステム (OS)が搭載されている[注5]。デスクトップの OSでは、アップルとマイクロソフト (Microsoft)の二社が世界で九五パーセントのシェアを占めている[注 6]。全米におけるEコマース(電子商取引)の売上の半分がアマゾンによるものだ [注7]。以上のような項目は、挙げよ うと思えばまだまだ挙げることができる。ビッグテックの場合、やることなすことのすべてにおいて、大成功するか大失 敗に終わるかの二通りしかないようだ。そしていったん成功すれば、どんどん大きくなっていく確率が高い。

デジタル界の巨人たちが手に入れた富は計り知れない。いわゆるFAANG―フェイスブック、アップル、アマゾ ン、ネットフリックス(Netflix)、グーグル―の時価総額だけで、フランス一国の経済を超えるのである。ユ ーザー数で言うと、フェイスブックは世界最大の人口を誇る中国よりも大きい[注8]。しかし、すでに大きな企業がさら に大きくなっていく陰で、残りの経済は苦しんでいる。ビッグテックが成長を遂げた過去二〇年で、公開会社の半数以上 が消滅した[注9]。経済の一極集中が進むにともない、ビジネスのダイナミズムや起業家精神が低下しつつある [注10 ]。 このような問題点について『フィナンシャル・タイムズ』紙に記事を書いていくうちに、私は数多くの人―労働者、消費者、親、投資家―から耳にした話に不安を覚えるようになっていった。彼らは、ビッグテックが彼らの(そして愛 する人々の)生活を、いやそれどころか命までも危険にさらしていると感じているのである。テクノロジー中毒になって しまった子供を何とか救おうと奮闘する母親や父親がいる。アマゾンに立ち向かおうとしたものの、倒産してしまった会 社に務めていた社員もいる。アイデアと知的財産をライバルに盗まれた起業家には、相手を裁判に訴える費用もない。不 動産保険の契約を結んでもらえなかった住宅所有者もいた。保険会社が彼のことをリスクが高すぎるとみなしたのだ。も ちろん純粋に、「テクノロジー業界は富を公正に分け合っていない」と考える者もいる。

それにしても、その富の大きさたるやすさまじい。現在、地球上で最も裕福で強力な会社がビッグテック企業なのだ。 扱う製品やプラットフォームはどれも、それ自体が魅力的なものであることに加え、利用者が増えれば増えるほど、さら なる利用者の増加を促し、その結果としてより多くのデータを集めることができる―いわゆる「ネットワーク効果」が 働く―ため、ビッグテックは想像を絶する規模に巨大化した。そしてその巨大さを利用して競合を押しつぶし、あるい は吸収し、ユーザーの個人情報を集め、さらには―グーグルとフェイスブックとアマゾンの場合は―集めた情報を利 用して高度に対象を絞った広告(ターゲティング広告)を行うのである。また、彼らだけでなくほかのビッグテック企業 も途方もない利益のかなりの部分を、税的に有利な外国へ持ち出している。クレディ・スイス社が二〇一九年に行った調 査によると、外国へ資産を持ち出している企業のトップ10にはアップル、マイクロソフト、オラクル(Oracle)、 グーグルの親会社のアルファベット(Alphabet)、クアルコム(Qualcomm)が含まれ、六〇〇〇億ドルを 海外の口座で管理している[注11]。一般の人々が嫌でも受け入れなければならない法や規制を、最大級の企業は合法的に 逃れているのだ。それを可能にしている税法の抜け穴を維持するために、シリコンバレーは「経済的な利害が政治を支配 する文明は衰退する」という経済学者マンサー・オルソンの言葉を引用しながら、熱心にロビー活動を続けている[注12]。

確かに、公務員の多くも私と同じような懸念を口にする。結局のところ、シリコンバレーは政府が資金を提供して―要するに、国民の税金を使って―開発が進められた新技術を中心にできあがったと言えるのだから。GPSマッピン グ、タッチスクリーン、インターネットなど、あらゆるものが、最初は国防総省の資金で研究開発されたのである。それ らがのちにシリコンバレーによって商業化された。それなのに、フィンランドやイスラエルのような繁栄している自由市場を含むほかの多くの国々とは違って、アメリカの場合は税金を使って開発された技術がもたらす利益が納税者にまった く還元されていない[注 13]。その代わりに、企業は資金だけでなく労働者も外国に移管、つまり*オフショアリング”し ている。しかもそれと同時に、二一世紀の労働力をデジタルに精通させろ、そのための教育改革にもっと予算を投じろ、 と政府に働きかけているのだ。これは経済だけでなく、政治にも大いに影響している。というのも、ビッグテックの態度 が、資本主義やリベラルな民主主義に対するポピュリストたちの不満の火に油を注いでいるのである。

二〇〇七年以降、金融業界に注目してきた人は、当時と今の状況がとてもよく似ていることに気づくだろう。みるみる うちに、排除するには大きすぎ、管理するには複雑すぎる、新たな業界が発生した。その業界は歴史上のどの業種よりも 富を集め、高い時価総額を誇る一方で、過去のどの巨大企業よりも雇用機会を減らしつづけた。私たちの経済と労働を根 本からつくりかえたと言える。何しろ、人々の個人データを集めてそれを売り物にすることで、いわば人間を商品にする ことに成功したのだから。それなのに、事実上まったく規制を受けずにきたのである。そして、二〇〇八年ごろの金融業 界と同じで、この業界も、今の状態が続くように、政治と経済の分野に大いに口出ししているのだ。
二〇一六年の大統領選で予想外の結果が出たことをきっかけに、これらの企業に批判が集まりだした。そこで私はビッ グテックについて詳しく調べてみることした。すると、いろいろなことがわかってきた。今では誰もが知っているよう に、フェイスブック、グーグル、ツイッター(Twitter)をはじめとする世界最大級のテクノロジー・プラットフ ォーム企業が、ドナルド・J・トランプを大統領選で勝たせようとするロシアの工作員によって悪用されていたのだ。つ まり、これらの企業が提供するプラットフォームは、もはや格安航空券を探したり、旅行の写真を投稿したり、離ればな れになった家族や友人と連絡したりする場所ではなくなっていた、ということだ。代わりに、国際政治を意のままに操 り、国家の運命を揺さぶるための手段になっていた―しかも、そのように利用されることを通じて、経営陣や株主は財 をなしていたのである。純真だった時代は過ぎ去ったのだ。

この点は大切なので忘れないでおこう。なぜならテクノロジー業界は、これまでずっと金銭的な利益だけを追求してき たというわけではないからだ。実際のところ、シリコンバレーは一九六〇年代の反体制運動の影響を大いに受けていて、
事業を立ち上げた人の多くは、テクノロジーが世界をよりよく、より安全に、より豊かにする未来を夢みていたのであ る。デジタルの世界に理想郷を求めた人々は、自らのビジョンを人々に伝えながら、まるで福音のように、こう繰り返した。情報は無料であるべきで、インターネットは民主化を推し進める力であり、私たちのすべてにとって公平な場所だ、 と。かつて、インターネットの教祖たちが『フォーブス』誌の世界で最も裕福な人物のリストに載っていない時代があっ た。代わりに、彼らは新興のブロゴスフィア(ブログのネットワーク)上でリナックスの、ウィキペディアの、あるいはほ かのオープンソースプラットフォームの創造主として紹介されていた。欲望や利益よりも信頼や透明性が重視されるコミ ュニティの創始者として。
だからこそ、問わずにはいられない。どうして今のように状況になってしまったのだろうか、と。かつては野心的で、 革新的で、楽観的だった業界が、わずか数十年のあいだに、欲深くて、閉鎖的で、尊大になってしまったのはなぜだろう か? 私たちはどうやって「情報は無料であるべき」だった世界を、データが金儲けの手段になった世界に変えてしまっ たのだろう? 情報を民主化することを目指していた運動が、民主主義の構造そのものを壊しているのはなぜ? そし て、地下室でマザーボードをいじくり回していたリーダーたちは、どんな理由があって政治経済の世界を支配する気にな ったのだろうか?
その答えは、ある時期を境に、最大級のテクノロジー企業と、それらが奉仕する相手である顧客や一般人の利害が一致 しなくなったことにあると、私は調査を始めてまもなく確信するようになった。過去二〇年以上、検索に始まり、ソーシ ャルメディア、あるいは優れた演算能力をもつポータブル・デバイスなど、シリコンバレーは私たちにすばらしいモノを もたらしてくれた。現在の私たちは、一世代前なら一つの企業全体が有していたよりも優れたコンピュータ技術をポケッ トに入れて持ち運んでいる。ところが、便利にはなったものの、まるで中毒のようにテクノロジーにのめり込むあまり に、時間が奪われて生産性が下がってしまった。さらには誤った情報やヘイトスピーチの拡散、弱者や不利な立場にある 人を食い物にしようとするアルゴリズム、個人のプライバシーの完全な喪失など、多大な代償がともなっていた。また、 社会が数多くの小さなグループに分断されるため、富が国家に集中するようにもなった。

これらの問題については、個別で論じられることは多いものの、実際にはすべてが複雑に絡み合っていて、その根底に は一つの避けられない問題が潜んでいる。シリコンバレーの人々の多くは認めようとしないだろうが、「人々をできるだ け長い時間オンラインに釘付けにして、彼らの関心を利益に変える」ことがビジネスモデルになっている、という問題
だ。コロンビア大学のティム・ウーはビッグテック企業を「関心の商人」 と呼んだ。関心の商人は行動信念、大量の個人データ、そしてネットワーク効果を利用して、独占的な力を手に入れようとする。独占的な地位を得ることができた 企業は政治的な力も手に入れ、それがまた、独占を維持する力に変わる。
過去、フェイスブック、グーグル、アマゾンの三社が規制上何をやっても自由でおとがめなし 権を手に入れた。結 局のところ、この論理の延長線上で、グーグルは検索を”無料”で提供するし、フェイスブックは“無料”でメンバーに なれる。アマゾンは価格を切り下げ、製品を無料に近い値段でたたき売る。これは、消費者にとってありがたい、こと なのだろうか? 問題は、ここで言う「フリー」は実際にはフリーでも何でもないことだ。確かに、デジタルサービスの ほとんどで私たちは現金を支払わないが、その代わりにデータや関心を大いに差し出している。 ”人間”が金儲けの手段 なのだ。私たちは、自分のことを消費者だと考えている。だが実際には、私たちこそが製品なのである。
もちろん、そうした問題をシリコンバレーの大物たちの多くは隠そうとする。あまりにも多くの権力者たちが身勝手な 考えを捨てようとせず、人々の正当な懸念に対して誠心誠意かつ透明に対応することを拒みつづけている。人々は、デー タは安全に守られているのか、人工知能と自動化によって多くの仕事がなくなるのではないか、プライバシーが失われ、 位置情報が数多くのアプリを通じて一秒一秒追跡されるのではないか、選挙結果が操作されているのではないか、あるい は、私たちの生活のあらゆる側面に浸透している輝かしいデバイスが脳にどんな影響を与えているのだろうか 、など数多 くの不安を覚えているのである。私がハイテク関連の人々にこれらの不安について質問すると、自己弁護から知らんふり まで、さまざまな反応が返ってくるが、なかでも最もひどいのは、偉そうににやけながら、あるいは憤慨した表情で「あ なたはテクノロジーのインサイダーではないから、何もわかっていない」と反論する態度だろう。
しかし、わかっていないのはテクノロジー業界の大御所たちのほうである。『ワイアード』誌の創刊を手がけたジョ ン・バッテルはかつて私にこう言ったことがある。「テクノロジー界は自分を高く買っていない。自分たちは人道主義者 でも哲学者でもない。エンジニアだ。グーグルやフェイスブックにとって、人々はアルゴリズムなのだ」 [注14] この考え方は、意外でも何でもない。年齢的に、私はテクノロジー業界の好況も不況も経験した。一九九九年から二○〇〇までは、ロンドンにあるハイテク関連のインキュベーター企業(訳注 : ベンチャー企業に経営のノウハウなどを提供する 会社)に勤めてもいた。そのときの経験については、本書内で詳しく述べるつもりだ。今と同じで、そのころも業界は閉鎖的だった。彼らの見せる不遜な態度は、ドットコムバブルの崩壊以来ずっと高まりつづけ、今や最高レベルに達してい る。アマゾンやアップルが基本的にアメリカの全家庭に浸透しているという事実を考えると、今の状況はかつてないほど 有害だと言える。ウォール街の銀行と同じで、ビッグテック企業も莫大な資金と権力を得たことに加え、膨大な量のデー タも手中に収めているのだ。しかも、ゴールドマン・サックスの最高経営責任者 (訳注 : 二〇一八年一二月に退任)のロイ ド・ブランクファインとは違って、ビッグテックは冗談抜きに本気で、自分たちは神の仕事を代行していると考えてい る。テック・カンファレンスに参加すると誰もが気づくように、シリコンバレーの面々の多くはいまだに、彼らは世界を もっと自由に、もっとオープンにするために働いているのだと誇示する。実際はその逆である証拠がたくさん見つかって いるにもかかわらず、だ。

ヒッピー的な起業家精神が旺盛だったシリコンバレーは、すっかり様変わりしてしまった。ビッグテックの経営者たち をたとえるなら、金融関係者と同じぐらい強欲な資本家でありながら、それに加えて自由主義的な傾向も持ち合わせてい る人々と言えるだろう。彼らはすべてが、政府、政治、市民社会、法律など、本当にすべてが破壊されうるし、破壊され るべきだという世界観をもっている。ビッグテック評論家のジョナサン・タプリンはかつて私にこう説明したことがあ る。「民衆が―社会そのものが―頻繁に“邪魔者”とみなされる」[注15] それではなぜ、政治家たちはそのような欲望を抑え込むための規制を行わないのだろうか? 金の流れを見てみよう。 昨今、ビッグテックがウォール街や巨大製薬会社を政治的なロビー活動における最大の出資者とみなしているのは理由の ないことではない。二〇〇八年の金融危機以前、世界の主要銀行はワシントンやロンドン、あるいはブリュッセルに代理 人を送り込んでいた。銀行を規制する当事者たちの近くにいて、ロビー活動を円滑に行うためだ。それがここ一〇年で様 変わりして、金融の中心地でシリコンバレーの代表者たちが見られることが日常になった。グーグルにいたっては、あま りに多くの使者をワシントンに送り込んでいるため、彼らの拠点として、ホワイトハウスと同じぐらい大きなオフィスが 必要なほどだ[注16]。
しかし、シリコンバレーがどれほど多くのロビイストやPRチームを送り込んで努力させたところで、人々はテクノロ ジーが社会と経済に与える影響を心配しているし、その心配は減ってもいない[注17]。それどころか、技術が経済と政治 と文化に深く行き渡るにつれて、不安は増すばかりだ。ビッグテックが新しいウォール街になったと言える。そしてそのような存在こそが、経済的にも社会的にもますます分断されつつある世界において、反動的なポピュリストが最も目の敵にする相手なのだ。
ビッグテックがもたらした変化が、現在の経済を圧迫する最大の要因になっている。ハーバード・ビジネス・スクール の名誉教授であるショシャナ・ズボフをはじめとして、数多くの学者が「監視資本主義」の出現を非難している。ズボフ によると監視資本主義は「人の経験を隠れた商業目的のための自由素材として選別、予測、あるいは販売する新たな経済 秩序」であり、デジタル監視技術を通じて「製品とサービスの創出に代わって行動変容という新しいグローバルアーキテ クチャが主役の座を占める寄生経済的ロジック」を意味している[注18]。ズボフは(そして私も)、監視資本主義は現在 の経済と政治にとって大きな脅威であり、社会を支配する強力な道具になっていると確信している[注19]。加えて私は、 ある有力な民主党議員が話したように、シリコンバレーの悪影響の広がりを食い止めることが、「自動化が進み、シリコ ンバレーがほかの経済分野にも投資を行っている現状において、[立法府にとって]今後の五年間で最重要な経済課題に なるだろう」と考えている。
しかし、こうした動きはビジネス紙だけの関心事にとどまらない。実際のところ、現在報道されているニュースのほと んどがビッグテックにまつわる話題だ。ビッグテックよりも頻繁に記事になっているのはドナルド・トランプぐらいだろ う。とは言え、トランプ大統領はそのうちいつか去っていくが、ビッグテックは存在しつづける。技術の根を経済、政 治、文化に深く食い込ませ、私たちの経験を毎日少しずつ変えていきながら。まるで錬金術だ。しかも、まだ始まったば かり。これまでの二〇年の変化は驚くべきものだったが、この歳月は今後何十年もかけて行われるであろうデジタル経済 への改革の第一段階に過ぎない。その影響力はかつての産業革命に引けを取らないだろう。デジタル経済への移行が終わ ったとき、その影響は産業革命よりも広範囲にわたり、自由民主主義の、資本主義の、それどころか人類そのものの性質 さえ変えてしまう力をもっている。

ビッグテックがやっていることは「巨大」の一言に尽きる。確かに、私はこれまで多くの点でデジタル改革に否定的な 立場をとってきたが、この改革には大きな利点もあることを否定するつもりはない。シリコンバレーは歴史上、単独にし て最大の企業資産の創出源として機能してきた。世界をつなぎ、圧政に抵抗する革命の火付け役になり(抑圧の手段とし て使われることもあったが)、発明やイノベーションの新しい方法を生み出してきた。プラットフォーム技術のおかげで、私たちはそれぞれ遠く離れた場所で仕事ができるようになったし、遠くの人々とも関係を維持できるようになった。新し い才能の発展、ビジネスのマーケティング、考え方の共有、独創的な表現の発表、全世界の人々へ向けた製品の販売など も利点に数えられる。ビッグテックのツールを使えば、食品の配達から医療介護まで、さまざまな製品やサービスを必要 なときに呼び出すことができる。要するに、かつてのどの時代よりも便利に苦労なく生活できるようになった。
列挙しただけでなくほかの多くの意味でも、デジタル革命は奇跡的な発展であり、歓迎すべきことだろう。しかし、テ クノロジーの恩恵を本当に幅広く受けるためには、公平な競争の場が欠かせない。それがなければ、次世代のイノベータ ーたちに繁栄するチャンスがなくなってしまう。
しかし、世界はそうなっていない。ビッグテックが労働市場を作り替え、所得のバランスを崩してしまった。さらに は、私たちが気に入るであろう情報ばかりを選別する。言い換えれば、私たちは自分がすでにもっている意見や先入観を 強める情報だけを提示するフィルターバブルに押し入れられてしまった。しかし、そのような問題に対する解決策を、ビッグテックが提案することはない。私たちを賢くするのではなく、視野を狭めている。団結をもたらす代わりに、ばらばらにしてしまった。
電話がピッと鳴るたびに、ビデオデータが自動でダウンロードされるたびに、デジタルネットワークに新規コンタクト がポップアップするたびに、私たちは広大な新世界―情報と偽情報、トレンドとツイート、そして次第に当たり前のよ うになりつつある高速監視技術で成り立つ、ほとんどすべての人間の理解を超える奇怪な世界―のほんの一部だけを目 の当たりにする。ロシアによる選挙戦への介入、悪意に満ちたツイート、個人情報の盗用、ビッグデータ、フェイクニ ュース、オンライン詐欺、デジタル中毒、全自動運転車の事故、ロボットの台頭、顔認証技術の不気味さ、私たちの会話 のすべてを盗み聞きするアレクサ(Alexa)、私たちの仕事と遊びと睡眠を監視するアルゴリズム、私たちをコント ロールする企業や政府。最新技術が社会にもたらす混乱は数限りない―それらのすべてが過去わずか数年のうちに生じ た問題なのである。個別に見ればどれも小さな問題に過ぎないが、それらが集まれば大吹雪になり、私たちの視界を真っ 白に閉ざして感覚を鈍らせてしまう。現代は不安の霧に包まれてしまった。

問題は、技術が大きく変革する時代は大きな混乱もともなうという点にある。だからこそ、社会全体のためにうまく対 処しなければならない。失敗すれば、一六世紀や一七世紀の宗教戦争のような事態につながるだろう。『スクエア・アンド・タワー』を書いた歴史家のニーアル・ファーガソンの意見に従うと、印刷機など大きな新規技術が現れなければ宗教 戦争は起こっていなかったと考えられる。印刷機が古い秩序をかき乱し、結果として啓蒙時代をもたらしたのだ。それと 同じように、インターネットとソーシャルメディアも現代の社会をひっくり返してしまった[注20]。

誰にもテクノロジーの進化を止めることはできないし、止めるべきでもない。しかし、生じてしまった混乱に過去よりもうまく対処できるはずだ。そのためのツールもすでに存在している。今の私たちの課題は、国家よりも大きな力を手に入れたテクノロジー企業をどのような形で規制するか、その境界を見極めることにある。デジタル技術の暗黒面から人々を守りながらも、イノベーションをさらに促し、恩恵を広く分け合う仕組みをつくることができれば、これからの数十年 は世界成長の黄金時代になるだろう。

本書の目的は、私たちを悩ませるビッグテックの問題に光を当て、それを解決する手段を探すことにある。ビッグテックの経営者や政治家だけでなく、イノベーションと技術発展が個人や社会に犠牲よりもはるかに多くの恩恵をもたらす未来を信じているすべての人に関心をもっていただくきっかけになればいいと願っている。そのような未来をつくることが できると信じることは、誰にとっても有意義なはずだ。なぜなら、過去数年にわたって明らかになったように、人々が信じるのをやめたとき、体制は崩壊するのだから。

ラナ・フォルーハー (著), 長谷川 圭 (翻訳)
出版社: 日経BP (2020/7/16)、出典:出版社HP

目次

まえがき

第1章 概説
A SUMMARY OF THE CASE
世界の崩壊――ビッグテックが政治に与える影響
新たな独占 : ビッグテックと経済
人々を中毒に陥れるビッグテックの魔力
これからどこへ向かう?

第2章 王家の谷
THE VALLEY OF THE KINGS
ヒーローの登場
人間のもとに舞い降りた神々

第3章 広告への不満
ADVERTISING AND ITS DISCONTENTS
データ産業複合体
科学のオーラ
クリック一日一〇〇万回

第4章 1999年のパーティ
PARTY IKE IT’S 1999
フェラーリとドットコムパブル
ドットコムの破滅を扱うドットコム
今回は違う?

第5章 広がる暗闇
DARKNESS RISES
ミスター・シュミット、ワシントンへ行く つくる者と使う者
情報は“無料”であるべき
流れが変わった?
カルテルと談合

第6章 ポケットのなかのスロットマシン
A SLOT MACHINE IN YOUR POCKET
“説得”の技術
スマホに潜む悪魔
大覚醒?
人道的技術?

第7章 ネットワーク効果
THE NETWORK EFFECT
生活のためのオペレーティングシステム
エコシステムの力
ドーピングを得たネオリベラリズム
大きなものがさらに大きくなる仕組み
信頼の管理人?

第8章 あらゆるものの、ウーバー化”
THE UBERIZATION OF EVERYTHING
「いつもハッスル」
ギグワーカーの苦悩
アルゴリズムが仕事を破壊する
スーパースターの一人勝ち
労働者の逆襲

第9章 新しい独占企業
THE NEW MONOPOLISTS
「安さ」の幻想
反トラストのパラドックス
データの値段?

第10章 失敗するには速すぎる
TOO FAST TO FAIL
新しい“つぶすには大きすぎる”会社
ガバナンスよりも成長を優先
貪欲の世代
監視資本主義の犠牲
必ず勝つ
規制するには大きすぎる?
第11章 泥沼のなかで
IN THE SWAMP
グーグルの“シリコンタワー”
金の流れを追え
「地球最大の黒幕」

第12章 2016年、すべてが変わった
2016: THE YEAR IT ALL CHANGED
度を超した監視資本主義

第13章 新たな世界大戦
A NEW WORLD WAR
テクノナショナリズムの台頭
トップダウンとボトムアップ
アメリカの“ナショナル・チャンピオン”?
よりよいシステムの構築

第14章 邪悪にならない方法
HOW TO NOT BE EVIL
ビッグテックに制限を
私たちのデータで利益を得る者と利益をよりよく分配する方法
デジタル時代の公正な税制
デジタル・ニューディール
デジタル世界における健康とウェルネス

謝辞
参考文献
注釈

ラナ・フォルーハー (著), 長谷川 圭 (翻訳)
出版社: 日経BP (2020/7/16)、出典:出版社HP