水とはなにか―ミクロに見たそのふるまい〈新装版〉 (ブルーバックス)

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水の不思議をさぐる

本書では、水分子の運動やその並び方のようなミクロなふるまいが、水の性質にどのように反映しているかを考えて、生命システムでも重要な役割を果たす「水」についての不思議さを探っています。水に関することを基本的なことからわかりやすく説明しています。水について詳しくなりたいと思っている人におすすめです。

水は万物のみなもとである。
(矢島文夫訳・世界最古の物語 カナアン出 土の楔形文字で書かれた物語の中の言葉)
五行は河から始まる。万物の由って生ずる ところのもの、元気の膜液である。
(森鹿三他訳・元命苞水経注に引用されて いる言葉)

カバー装幀/芦澤泰偉・児崎雅淑
カバー写真/CIDC/orion/amanaimages
編集協力/(有)東行社 古友孝兒

はじめに

生物は水がなくては生きることができない。水は人間の生活に、はかり知れないほどの大きな影響をあたえてきた。
人類ははるか以前から水の驚くべき力を知っていた。たとえば、古代中国人は五害(水害、早害、風霧雷霜の害、疫騰の害、虫による穀害)のうち、水害を最大であると言っている。二一世紀に入っても毎年のようにどこかで局所的に起こる集中豪雨は人々に甚大な被害をあたえている。
また、水に豊饒と再生の力があるという神話や民話が多くの民族の間で語り継がれてきている。

これらの事実は、水は生命を育てる根源的なものであると同時に、生命を奪うものに転換する という二面性をもっていることを示している。この二面性は水の自然現象によって現れるので、 これらの問題は水文学で取り扱われている。
次に水を日常生活の観点からみてみよう。たとえば、健康に良い水とか汚染された水という言葉をよく耳にする。その原因は水に溶けている成分にあるのだと言われている。

しかし、さらに詳しく調べると、溶け方にもいろいろあり、また溶けている成分の濃度や、ある るいは温度・圧力のような外部条件でも水の性質が変わることがわかってきた。
また、水に溶けている高分子や分散している微粒子の表面の水、あるいは狭いすきまや細孔の 中の水は普通の水とは違うことがわかった。
さらに生物の体の中の水はどうだろうか。生体の水は、極限状態、たとえば乾燥した高温の砂漠、あるいは極地の南極大陸などで生存する生物では変わるのだろうかという疑問が浮かぶ。

このような多様性を示す水はきわめて魅力的な物質で、さまざまな分野の研究者の関心の的と なってきた。現在でも水に関する多くの研究が行なわれている。新しい結果が発見され、それに 応じて新たな問題が提起されている。
水の多様性は本質的には水分子の性質によって決まる。水は分子量がわずかに一人で、二個の 水素原子と一個の酸素原子からなる簡単な化合物である。この見かけの単純さにもかかわらず、 水分子は驚くべき性質をもっている。

本書では、水分子の運動やその並び方のようなミクロなふるまいが、水の性質にどのように反映しているかを考えることにする。
最初に第一章で分子の運動や分子間に働く力について説明する。そして第二章と第三章で水と水溶液の構造についてのべる。ここでは溶質の種類に応じて水分子の応答が異なることが示される。続いて第四章と第五章で界面や生体内の水の挙動、第六章では外部条件の変化によって生じ る水の興味ある挙動、最後に第七章では医学や食品科学の分野でますます重要になってきている 低温生物学と水との関係を説明する。

これらの章を通じて、水の多様性はそれぞれの場合に特有な水分子のダイナミックな応答によ るものであることが理解されると思う。

もくじ

はじめに

第一章 分子レベルでみた気体・液体・固体
気体、液体、固体の違い/弾丸なみの気体分子のスピード/分子運動からみた気体、液体 /並進運動と回転運動/分子間に働く種々の力/ファン・デル・ワールス力/力の勢力範 囲/ポテンシャル曲線/ポテンシャルの谷/分子を捕える

第二章 水の構造をさぐる
水は液体の代表か/水分子の構造と作用する力/水分子の二重性格/水の性質/さめにく い液体/水は蒸発しにくい/水は縮む/一八種類の水/純水とはなにか/なぜ氷は水に浮 かぶのか/激しく運動している氷の結晶/ガラス状の水/水の構造/水の構造の平均寿命 /クラスター説は間違い

第三章 水溶液の構造
物を溶かす特殊能力/蒸留酒と醸造酒/アルコール水溶液の性質/「5cc + 10cc = 14.6cc」!?/置換え型と空家型/エタノール水溶液中の分子の動きやすさ/似ている砂糖 と水/電解質の水溶液/イオンと水分子の間の力/イオンのまわりの水分子の配列/正の 水和と負の水和/イオンの熱運動

第四章 界面と水
表面張力/洗剤の働き/毛管現象/水と油の話/エントロピーの減少/疎水性水和/疎水 性相互作用/二〇度Cで凍るガス/地球温暖化とクラスレート水和物/すきまの水/浸透 圧/水の活量/浸透圧と生物/南極大陸の塩湖に生きるドゥナリエラ

第五章 生体内の水
人は一日にどれだけの水が必要か/体液の組成/細胞/蛋白質の構造/三次構造と疎水性 相互作用/蛋白質構造内部の水分子/蛋白質の水和量/三重の水に取り囲まれた蛋白質/ 蛋白質生合成と水分子の働き/蛋白質を守る構造化した水/酵素反応と水和/イルカはな ぜ速く泳げるのか/細胞内の水の状態/体の中を水が回る速さ/老若生死の識別/似てい る赤血球とガン細胞/休眠と冬眠/重水の生理作用

第六章 麻酔・温度・圧力
麻酔と温度の関係/不活性気体の性質/ガス麻酔/細胞の増殖を停止させる/立枯れの原 因は/人は何度Cで凍死するか/すきまの水と温度変化/生命に危険な一五、三〇、四 五、六〇度C/エコロジー/圧力と気体の溶解度/高圧と水の二面性/潜水病(ケイソン 病)/クジラはなぜ潜水病にならないか?/潜水酔い―窒素の麻酔作用

第七章 低温生物学
低温生物学とは/細胞内の水は何度Cで凍るか/生体組織の凍結/精子の凍結/利点の多 い冷凍血液/冷凍人間は蘇生するか/雪どけ水の謎/血液と精子の凍結乾燥/ガンの凍結 療法/人体実験

あとがき
参考文献
さくいん