インバウンド・ビジネス戦略

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インバウンドを如何にして活用するか

本書の目的は、新規参入を含めた多様なインバウンド・ツーリズムに関わっている人々が、大きな方向性を議論する具体的なフレームワーク、そして戦略を構築し、具体的に実践する指針を提示しようというものです。既存のツーリズム事業者や新規参入を狙っている方におすすめです。

早稲田インバウンド・ビジネス戦略研究会 (著), 池上 重輔 (監修)
日本経済新聞出版

まえがき

本書は日本の未来を持続的に発展させ得るインバウンド・ビジネス戦略の方向性を提示することを目標にしており、そのために読者が自社・自地域の特性を最大限に活かしながら持続的に利益を獲得できるパラダイムシフト(考え方の転換)を支援する様々な示唆を盛り込んでいる。

昨今“インバウンド”がツーリズムを中心に注目を集めている。2019年1月にJNTO(日本政府観光局)が出した発表によれば、いくつかの災害があったにもかかわらず2018年の年間訪日外国人客数は前年比8.7%増の3119万2000人で、JNTOが統計を取り始めた1964年以降で最多となったという。

これは、世界全体の国際観光客到着数の成長率を大きく上回るペースで伸長している。地域別では東アジア圏を中心に、欧米圏からも堅実な成長を見せ、香港を除く19市場で過去最高を記録したという。2017年時点で外国に旅行した人は世界中で3億2000万人で、1990年の4億4000万人から3倍の成長をみせていることから考えると、世界における観光客到達数ランキングで12位である日本には数的にまだまだ成長の余地があるといわれている。

日本政府はこれまで、「観光/ツーリズム」を国の重要な成長戦略の柱として位置づけ、積極的に観光を振興してきたが、2016年3月、「観光先進国」の実現を目指して「明日の日本を支える観光ビジョン」を策定し、これまでの政府目標を大幅に前倒しする形で、「訪日外国人旅行者数を2020年に4000万人、2030年には6000万人」という新たな目標値を発表した。発表当時はかなり挑戦的な数値とも思われたが、着実に射程圏内に入ってきたといえよう。

このように、訪日外国人旅行市場の急速な拡大や、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、2025年の日本(大阪)万国博覧会といった国際的な巨大イベントの開催決定などを背景に、「観光」、とくに、「インバウンド(訪日外国人旅行)」に対する期待がますます高まっている。東京・大阪・京都などの、いわゆる「ゴールデンルート」と呼ばれる人気観光都市はもちろん、地方都市から農山漁村地域に至るまで、日本全国すべての地域にとって、インバウンドは大きなビジネスチャンスとなるからだ。

しかし、ここで一瞬立ち止まって考えてほしい。訪日観光客数を今のやり方の延長線上で増やしていくことが日本の未来を、読者の皆さんの未来を持続的に豊かにしていけるのだろうか?訪日人数の増加も必要であろうが、どのような状態になっている未来像が我々にとって、そして海外の人々にとって理想的な状況なのか、そのビジョンと戦略を議論しておく必要があるのではないだろうか?そして、それをどのように実行していくかの具体的な方法論も必要であり、それらのビジョン・戦略・具体的な実践方法の間で何らかの一貫性も必要になってくる。

政治家、官僚、観光事業者、観光以外の事業者、学者、コンサルタントなどから様々な提言・提案・取り組みがなされているが、1中長期的に持続的に収益を上げ、2国際競争力を意識し、3理論と実践のバランスをとった――議論・本は少ないように思われる。監修者が最近座長をさせていただいた経済産業省の「インバウンド起点のクールジャパン政策研究会」でも、同じような課題が提示されていた。

本書は「インバウンド・ビジネス」という、ツーリズムにとどまらない広い定義を適用しているが、ツーリズム分野だけでも既存のツーリズムプレイヤーに加えて新規プレイヤーが参入しつつあり、インバウンド・ビジネスと広義に捉えるとより幅広いプレイヤーが関与してくる。そうした新規参入を含めた多様なプレイヤーが大きな方向性を議論する具体的なフレームワーク、そして戦略を構築し、具体的に実践する指針を提示しようというのが本書の目的である。ゆえに執筆メンバーもアカデミック、実務家の両方で構成されており、それぞれの専門分野も相互補完的である。アカデミックの専門分野は経営戦略、国際経営、コンテンツマーケティングなど、実務家の専門分野はアジア、旅行代理店、IT系、IR系など多種多彩である。

本書はこれまでのインバウンド・ビジネス、インバウンド・ツーリズムの常識感とはやや違った提言をしているかもしれない。しかし本書で提示しているようなパラダイムシフト(考え方の転換)なくして、収益性を伴った持続的成長は期待しにくい。ぜひ、既存のツーリズム事業者の皆さん、新規参入を狙う皆さんに、本書を片手に現在の戦略の見直し、中長期の方針検討を行ってほしい。

本書の構成は大きく3つに分かれる。

1つ目は新たなインバウンド・ビジネスを考察・実行するにあたっての考え方、基本的な知識を記述した第1~8章である。第1章は本書の基調となる、1事業ドメインの拡張、2サービスと価格のバランスに対する価値観の転換、3“ビジネス・エコシステム戦略”の適用、4顧客アプローチの転換、5インフォーマル・リーダーシップの習得という5つのメッセージを提示し、富裕層の潜在性を述べている。

第2章ではツーリズムを取り巻く国内・海外の環境とその変化を概説し、読者にグローバル・ツーリズム・ビジネスの全体像と日本の位置づけを提示している。第3章はオーセンティシティ(本物感)という概念を提示し、日本の潜在性がさらに広げ得ることを語っている。第4章はツーリズムにおいてイノベーションの果たす役割とその活用に関して説明している。様々なタイプのイノベーション例をみることで活用のチャンスが広がるだろう。

第5章はインバウンド戦略を構築するための“ビジネス生態系”戦略について述べている。スタンダード、プラットフォームの活用によって面としての魅力度を向上させ、競争力をアップさせること、そのひとつの具体化としてのDMOをロンドンの事例を使って説明している。またプレミアム化に向けてのビジネス生態系戦略に関しても述べている。さらには新たな市場を創造するためにブルー・オーシャン戦略の要点にも触れている。

第6章は特にSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)にフォーカスしてインバウンド・ツーリズムのマーケティングを語っている。どんなターゲット国・地域、ターゲット層を狙うかは重要なテーマである。第7章ではツーリズム生態系を構築するためのICT(情報通信技術)プラットフォームに関して、旅マエ、旅ナカ、旅アトの全体像を提示し、様々なツーリズム事業者がどのように位置づけられるかを解説している。ツーリズムはストーリーによってその魅力を増加させるが、第8章では、その多様な方法論をニューツーリズムというフレームワークを使いながら解き明かし、青森県田舎館村の事例などを使いながら説明している。

2つ目は、いくつかの重要な論点に関する事例である。第9~11章はエリア事例で、2~3章はテーマ事例である。

第9章は現時点では訪日観光客の7割を占める中国・韓国・台湾・香港の東アジア圏へのアプローチに関して具体的な処方箋が語られている。第10章は世界最大の観光客吸引国であるフランスがどのようにその地位を構築してきたか、そして観光急進都市であるアムステルダムがどのような戦略をとっているかを考察している。第11章はストーリー戦略の中でも特にアートツーリズムを瀬戸内国際芸術祭、リボーンアート・フェスティバルなどを事例に解説している。

第12章は、金額ベースでは世界最大の観光大国であるアメリカのなかでも特に富裕層の取り込みに成功しているナパバレーのワインツーリズムを分析している。第13章は昨今日本でも話題のIR(統合型リゾート)を扱うが、海外におけるビジネスモデルとその功罪、国内におけるチャンスとリスクを、ここまでコンパクトでありながら包括的に深く語った本はほかにないのではないだろうか。

3つ目は人材に関するパートである。インバウンド・ビジネスをけん引するには、公式なポジションや権力を持たないインフォーマル・リーダーシップも必要となってくる。第14章では国際的にインフォーマル・リーダーシップを発揮するにはどうすべきかを、開花亭(福井県)の開発毅氏がどのように衰退しつつあった料亭街を立て直し地域活性化につなげ、国際的なトップブランドとの懸け橋を構築してきたかを説明する。第15章は、そのようなインバウンド・ビジネス、ツーリズム・ビジネスにおけるリーダー人材育成に関して、国内・海外の教育機関、内容などについて包括的なスタディを行っている。

早稲田インバウンド・ビジネス戦略研究会 (著), 池上 重輔 (監修)
日本経済新聞出版

謝辞

寺﨑が担当した第3章は、平成30年度公益財団法人戸部眞紀財団研究助成事業の支援による研究成果の一部である。工藤が担当した第10章では原泰史(パリ社会科学高等研究院/一橋大学経済学研究科)、稲垣京輔(法政大学)、徳田昭雄(立命館大学)に支援をいただいた。井上が担当した第12章ではVisiting Napa Valley CEOのClay Gregory氏および職員の皆様に多大なご協力とご助言をいただいた。また、Travel Trade担当のLynn Jakubowski氏には研究資料の収集にご協力いただき、Fuller & Sander CommunicatesのTom Fuller氏には現地調査の手配にご協力いただいた。ナパバレーコミュニティの皆様には、常に暖かくサポートをしていただいている。桑原が担当した第5章では早稲田アカデミックソリューションの小柳恵子氏にサポートいただいた。マレーシアのアップルバケーションから留学していたZhan Hao Lee君にはコラムで支援いただいた。池上の取材・執筆全般において息子剣太郎と妻智子に多様な支援を受けた。

ご支援いただいた皆様、諸団体に心から感謝の意を表したい。

*本書執筆時点以降の新たな動きをフォローした情報を随時更新していきます。
https://www.nikkeibook.com/item_detail/32283/を参照ください。

早稲田インバウンド・ビジネス戦略研究会 (著), 池上 重輔 (監修)
日本経済新聞出版

目次

まえがき
謝辞

第1章 はじめに―持続的成長のためのインバウンドにおけるパラダイムシフト
1 観光立国ドバイと日本の潜在性
2 日本に必要な5つのパラダイムシフト
3 「インバウンド・ビジネス」として事業機会を広くとらえる
minicolumn 医療ツーリズムのポテンシャル
4 インバウンド・ビジネスにおけるサービスレベルと価格の関係性を抜本的に変える
5 富裕層顧客におけるミスマッチ
6 インバウンド・ビジネスのメリットとリスク

第2章 ツーリズムを取り巻く環境――機会と課題
1 日本の社会・経済とツーリズム
minicolumn 新技術普及に必要な補完的投資
2 インバウンドの再定義と観光・ツーリズムの定義
3 世界の観光市場
4 日本の観光市場
5 ニーズの変化
6 観光市場の多様性を整理する軸

第3章 ツーリズムを考察する視点
1 本物感としてのオーセンティシティ
2 オーセンティックな場所とは何か
minicolumn アフィニティ(愛着・好意)とインバウンド・ツーリズム

第4章 ツーリズムのイノベーション
1 なぜイノベーションなのか
2 イノベーションからインカムへ
3 イノベーションの概念と種類
4 ツーリズム産業イノベーションの競争フレームワーク
5 イノベーションの競争フレームワークについての要素分析
minicolumn 訪日客への案内・説明サポート

第5章 インバウンドの戦略―連携と創造
1 観光地の競争力と差別化要因
2 ビジネス生態系を対象とするビジネス・エコシステム戦略
3 プレミアム化に向けた観光とビジネス・エコシステム
4 ツーリズム生態系の構成メンバー
5 インバウンド・ビジネス生態系をマネージするDMO―ロンドン&パートナーズの事例
6 市場創造とブルー・オーシャン戦略

第6章 インバウンド・ツーリズムのマーケティング
1 インバウンドにおけるマーケティングとは
2 STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)
3 STPのための足元固め
4 製品・サービス
5 顧客との距離感と価格
6 プロモーション/コミュニケーションとチャネル
minicolumn 海外現地旅行代理店の活用

第7章 ツーリズム生態系のICTプラットフォーム基盤
1 日本のインバウンド概況
2 観光分野におけるデジタル化状況
3 観光プラットフォーム構築の取り組み
minicolumn 海外旅行先としての国の魅力を上手く伝えるには?――パーソナリティ尺度を用いた国家ブランドの分析枠組

第8章 ツーリズム・コンテンツとストーリー戦略
1 ツーリズム・ビジネスの新たな潮流「ニューツーリズム」
2 ツーリズム・ビジネスの変遷
3 ニューツーリズムと観光まちづくり
4 ストーリー策定の成功事例
5 ニューツーリズムによる観光まちづくりの実現に向けて
minicolumn オタク市場の活用

第9章 〈エリア事例〉アジア:東アジア4カ国・地域を中心とした訪日市場動向と戦略
1 訪日観光市場のなかのアジア
2 主要4カ国・地域の訪日マーケット概況
3 東アジア4カ国・地域の比較
4 「訪日ヘビーリピーター」の獲得法―訪日リピーターに選ばれる「価値ある感動」の提供
5 現場体験からの東アジア・インバウンド戦略具体策

第10章 〈エリア事例〉フランス、アムステルダム:観光大国フランスと観光急進都市アムステルダムにみる「暗黙的観光資産」
1 フランス観光概要
2 フランス観光資産の文化的・歴史的背景
3 観光大国フランスの暗黙的観光資産
4 観光急進都市アムステルダム
5 日本は何を学べるか

第11章 〈エリア事例〉アートツーリズムによる観光まちづくり
1 アートツーリズムによる地域活性化の可能性
2 文化芸術を活用した地域活性化の取り組み
3 芸術祭によるアートツーリズムの事例
4 アートツーリズムの実現に向けて

第12章 〈テーマ事例〉プレミアムツーリズム戦略:ナパバレーのワインツーリズム
1 日本のツーリズムビジネスの発展と問題点
2 ナパバレーのワインツーリズム
3 ナパバレーのプレミアム・ワインツーリズム
4 日本のプレミアム観光化への示唆

第13章 〈IR事例〉観光産業における統合リゾートビジネス
1 海外IRとは
2 日本版IR

第14章 インバウンド・ビジネスのリーダーシップ
1 インバウンド・ビジネスのリーダーとグローバル・リーダー
2 リーダーの役割:変革のマネジメント
3 インフォーマル・リーダーシップの例:福井県開花亭の開発毅氏

第15章 ツーリズムリーダー育成の現状と今後
1 「ツーリズム」と「ホスピタリティ」の定義
2 日本におけるツーリズム人材育成の現状
3 国内外高等教育機関のツーリズム関連プログラム
4 日本のインバウンド・リーダーに必要な異文化マネジメント

早稲田インバウンド・ビジネス戦略研究会 (著), 池上 重輔 (監修)
日本経済新聞出版