図でよりわかりやすく
民事訴訟や民事訴訟法というものについて、言葉は知っていてもその内容について知っている人は少ないのではないでしょうか。しかし、市民が弁護士に相談しやすい環境が整備されつつある現在、民事訴訟も身近なものになってくるでしょう。本書は、民事訴訟法及び関連法について、どのような内容で、現実のトラブルや問題の解決にどのような役割を果たすのかをわかりやすく解説しています。
はしがきに代えて
近年、わが国は司法制度改革の名の下、司法制度全般について多岐にわたる改革を進めてきました。刑事裁判における裁判員制度、法科大学院(ロー・スクール)の設置に代表される法曹養成制度などがその例ですが、それらと並び改革の柱とされたのが市民の立場からのリーガル・アクセスの拡充、すなわち、市民が弁護士に相談しやすい環境を整備することでした。これにより今日では、誰もが日常の法的問題を気軽に弁護士に相談することが可能となっています。
このように市民にとって弁護士が身近であるような環境は、これまでとは異なり、わたしたちの誰もが民事訴訟の当事者となり、相手方を訴えたり反対に訴えられたりする可能性のある時代になったことを意味します。したがって、今後わたしたちにとって民事訴訟が果たす役割はますます増えていくこととなるでしょう。
しかし、この民事訴訟や民事訴訟法というものについては、言葉は知っていてもその内容についてはほとんど知らないという方が多いのではないでしょうか。これは、民事訴訟法やその関連法が民事訴訟という手続に関する法律であるため、とっつきにくいということもありますが、やはり、わたしたちにとっての民事訴訟がこれまでは別世界での出来事であり、内容を理解する必要性が 民法や会社法といった実体法に比べれば小さかったことが大きいのではないかと思います。しかし、これからはわたしたちにとって民事訴訟が身近なものとなっていく以上、わたしたちも民事訴訟に関しての最低限の知識をもつことが 望まれることになるでしょう。
本書はこうした観点から、わたしたちの日常生活にとり身近な存在となりつつある民事訴訟法および関連法につき、それがどのような内容をもち、現実のトラブルや問題点の解決においてどのような役割を果たすのかを解説することを目的としています。したがって、民事訴訟法等の学問的な解説については必要最小限度にとどめ、民事訴訟の国民にとっての役割を図解を多用しつつ、平易に分かりやすく解説することに主眼を置いています。
本書が、民事訴訟法等に興味はあるが勉強の機会のない方、自らが直面している事柄が民事訴訟になった場合のことについて考えてみたい方などの一助となることがあれば望外の喜びです。
著者
目次
巻 頭 30分で理解する民事訴訟の基本構造
1 民事訴訟法とは何か
2 民事訴訟法の性質(実体法と手続法)
3 民事訴訟における原則(当事者主義と職権主義)
4 民事訴訟の審理の構造
5 弁論主義
6 判決の確定と既判力
○ さまざまな民事紛争と解決手続き
第1部 民事訴訟法
○民事訴訟法・早わかり
第1編 総則 (1条~132条の10)
▶︎民事訴訟法「第1編 総則」の条文の構成
2 日本の裁判所の管轄権 ▷日本の裁判所の管轄権のしくみ
3 どこの裁判所に訴えるか ▷民事訴訟と裁判所の管轄のしくみ
4 裁判官は代えることができる ▷裁判官の除斥・忌避のしくみ [第3章/当事者(28条~60条)] 5 訴え・訴訟ができる人は ▷当事者能力・訴訟能力のしくみ
6 共同訴訟ができる場合とは ▷共同訴訟のしくみ
7 第三者の訴訟参加 ▷訴訟参加のしくみ
8 訴訟代理人と補佐人 ▷訴訟代理人のしくみ [第4章/訴訟費用(61条~86条)] 9 訴訟費用は敗訴者が負担 ▷訴訟費用の負担のしくみ
10 訴訟費用の担保を立てる場合 ▷訴訟費用の担保のしくみ
11 訴訟上の救助 ▷訴訟上の救助・扶助のしくみ [第5章/訴訟手続(87条~132条)] 12 訴訟はどう行われるか ▷訴訟における審尋等のしくみ
13 専門委員等の関与 ▷専門委員の関与のしくみ
14 訴訟の手続と期日 ▷期間48期日および期間のしくみ
15 訴訟書類の交付方法 ▷訴訟書類の送達のしくみ
16 確定判決の効力等 ▷確定判決の効力のしくみ
17 訴訟手続の中断と中止 ▷訴訟手続の中断・中止のしくみ [第6章/訴え提起前における証拠収集の処分等(132条の2~132条の9)] 18 通知・照会・証拠収集・事件記録の閲覧 ▷訴える前の証拠収集等のしくみ [第7章/電子情報処理組織に申立て等(132条の10)] 19 オンラインによる申立て等 ▷オンラインによる申立て等のしくみ
第2編 第1審の訴訟手続(133条~280 条)
▶︎民事訴訟法「第2編 第1審の訴訟手続」の条文の構成
4 準備書面の作成と手続 ▷準備書面等のしくみ
5 争点・証拠の整理手続 ▷準備的口頭弁論のしくみ
6 3つの整理手続 ▷弁論準備手続、書面による準備手続のしくみ [第4章/証機(179条~242条)] 7 証拠と証拠調べ ▷証拠と証拠調べのしくみ
8 証拠①証人と尋問 ▷証人尋問のしくみ
9 証拠②当事者の尋問 ▷当事者尋問のしくみ
10 証拠③鑑定 ▷鑑定と鑑定人のしくみ
11 証拠④書証 ▷証拠と書証のしくみ
12 証拠⑤検証 ▷証拠物の検証のしくみ
13 証拠保全の手続 ▷証拠保全のしくみ [第5章/(2431~260)] 14 判決の種類と効力 ▷判決の言渡しのしくみ
15 判決の言渡しと判決書 ▷判決書の記載のしくみ [第6章/裁判によらない話なの完結(261条~167条)] 16 取下げ和解・請求の放棄・認諾 ▷裁判によらない訴訟の完結のしくみ [第7章/大規模に関する特則(268条~269条の2)] 17 大規模の特則は3つ ▷大規模訴訟の特則のしくみ [第8章/簡易裁判所の手続と特訓(270条~280条)] 18 簡易裁判所の手続と特則 ▷簡易裁判所の訴訟手続と特則のしくみ
19 訴え提起前の和解等 ▷訴え提起前の和解・和解に代わる決定のしくみ
第3編 上訴(281条~337条)
▶︎民事訴訟法「第3編 上訴」の条文の構成
2 控訴審(第2番)の裁判 ▷控訴審の裁判のしくみ [第2第/上告(311条~327条)] 3 上告とは何か ▷上告と手続のしくみ [第3章/旅告(328条~337条)] 4 抗告とは何か ▷抗告と手続のしくみ
第4編 再審 (338条~349条)。
▶︎民事訴訟法「第4編 再審」の条文の構成
1 再審制度と手続 ▷再審と手続のしくみ
2 再審の訴えと審理・裁判 ▷再審の訴状のしくみ
第5編 手形訴訟及び小切手訴訟に関する特則 (350条~367条)
▶︎民事訴訟法「第5編 手形訴訟及び小切手訴訟に関する特則」の条文の構成
1 手形訴訟とは何か ▷手形訴訟のしくみ
2 手形訴訟の要件 ▷上手形訴訟の訴状のしくみ
3 手形訴訟の提起と判決 ▷異議申立のしくみ
第6編 少額訴訟に関する特則 (368条~381条)
▶︎民事訴訟法「第6編 少額訴訟に関する特則」の条文の構成
1 少額訴訟とは何か ▷少額訴訟のしくみ
2 少額訴訟による手続 ▷少額訴訟の訴状のしくみ
3 判決と異議申立 ▷少額訴訟の判決と異議のしくみ
第7編 督促手続 (382条~402条)
▶︎民事訴訟法「第7編 督促手続」の条文の構成
[第1章/総則(382条~396条)]
1 支払督促とは何か ▷支払督促のしくみ
2 支払督促の申立てと発付等 ▷支払督促の申立書のしくみ
3 仮執行宣言と異議申立て ▷異議申立て仮執行宣言のしくみ
第8編 執行停止 (403条~405条)
▶︎民事訴訟法「第8編 執行停止」の条文の構成
1 執行の停止と手続 ▷執行停止と手続のしくみ
○司法制度改革と民事訴訟法の改正
第2部 民事訴訟の関連手続
○民事訴訟の関連手続・早分かり
第1章 強制執行・担保権の実行(民事執行法・全207条)
▶︎強制執行・担保権の実行と民事執行法
1 強制執行とは何か ▷民事執行のしくみ
2 不動産の強制執行 ▷不動産の強制執行のしくみ ▷強制競売申立書のサンプル
3 不動産の強制管理 ▷不動産の強制管理のしくみ
4 不動産に対する強制執行 ▷不動産の強制執行のしくみ
5 債権に対する強制執行 ▷各種の債権執行のしくみ
6 金銭以外の請求の強制執行 ▷金銭の支払を目的としない請求の強制執行のしくみ
7 担保権の実行 ▷担保権の実行(競売等)のしくみ
第2章 仮差押え・仮処分(民事保全法・全67条)
▶︎仮差押え・仮処分と民事保全法
1 仮差押え・仮処分とは何か ▷保全(仮差押え・仮処分)手続のしくみ
2 仮差押えと手続 ▷仮差押えのしくみ ▷仮差押命令の申立書のサンプル
3 仮処分と手続 ▷仮処分のしくみ ▷不動産仮処分命令申立書のサンプル
第3章 供託 (供託法・全10条)
▶︎供託法の全条文
1 供託制度の概要 ▷供託制度のしくみ
2 供託の手続 ▷供託の手続のしくみ
第4章 公正証書(公証人法・全84条)
▶︎公証人法「第3章 証書の作成」の条項
1 公正証書の効力 ▷公正証書の効力のしくみ
2 公正証書の作成手続 ▷公正証書作成のしくみ
第5章 内容証明(郵便法・郵便規則)
▶︎内容証明に関する郵便法・郵便規則の規定
1 内容証明の効力・効果 ▷内容証明郵便のしくみ
2 内容証明の書き方・出し方 ▷内容証明郵便の作成のしくみ
○不動産登記の重要性と手続
第3部 民事訴訟の関連法
○民事訴訟の関連法・早わかり
第1章 人事訴訟法(身分に関する事件)
▶︎人事訴訟法の条文の構成
1 人事訴訟の手続 ▷人事訴訟のしくみ
2 人事訴訟の申立て ▷人事訴訟(離婚)の訴状しくみ
3 人事訴訟(離婚)の審理・判決 ▷人事訴訟と民事訴訟の違い
第2章 家事事件手続法(家事審判・調停)
▶︎家事事件手続法の条文の構成
1 家事事件の手続 ▷家事事件手続のしくみ
2 家事審判の手続 ▷家事審判のしくみ
3 離婚などの調停手続 ▷離婚事件と調停のしくみ
4 相続事件の審判・調停事件 ▷相続事件と審判・調停のしくみ
第3章 非訟事件手続法(訴訟によらない迅速な裁判)
▶︎非訟事件手続法の条文の構成
1 非訟事件の種類と手続 ▷非訟事件の手続と種類のしくみ
2 非訟事件手続①公示催告 ▷公示催告手続のしくみ
3 非訟事件手続②借地非訟事件 ▷借地非訟事件手続のしくみ
第4章 民事調停法(民事事件の調停手続)
▶民事調停法の条文の構成
1 民事調停の手続 ▷民事調停のしくみ
2 民事調停の申立て ▷民事調停申立書のしくみ
3 民事調停の成立と不成立 ▷民事調停の成立・不成立のしくみ
第5章 破産・再生(債務整理) 関連法(破産法・民事再生法・特定調停法)
▶︎破産・再生(債務整理)の関連法の条文の構成
1 破産法による債務整理 ▷破産手続のしくみ
2 民事再生法による債務整理 ▷民事再生手続のしくみ
3 特定調停による債務整理 ▷特定調停手続のしくみ
第6章 仲裁法・ADR(裁判外紛争解決手続)
▶︎仲裁法・ADR法の条文の構成
1 仲裁による解決法 ▷仲裁手続のしくみ
2 仲裁機関の活用 ▷弁護士会の仲裁センターのしくみ
3 ADR機関による解決手続 ▷ADR(裁判外紛争解決手続)のしくみ
○法テラス(日本司法支援センター) 総合法律支援法
第7章 各種の訴訟関連費用(民事訴訟費用等に関する法律など)
▶︎民事訴訟の費用(手数料)等の法律・規程
1 民事訴訟費用等に関する法律
▷別表第1・申立手数料 ▷別装第2・記録の閲覧・謄写等の手数料
2 弁護士報酬等基準額
3 その他(公証人の手数料・執行官の手数料・契約書に貼る印紙税)
○民事事件の紛争解決のしくみ
事項索引
30分で理解する 民事訴訟法の基本構造
■民事訴訟は、人間の生活関係に関する紛争を、国家の裁判権によって法律的かつ強制的に解決するための手続きです。そのための基本法が民事訴訟法で、これには原則(「当事者主義」、「弁論主義」など)があり、これと合わせて民事訴訟法の構造を知ることで、全体系の理解が容易となります。
1 民事訴訟法とは何か
民事訴訟法とは、その名のとおり民事訴訟に関する法律です。では、民事訴訟とは何でしょうか? 民事訴訟とは、民事の紛争、すなわち私人間の紛争を判決によって解決することを予定した裁判所の手続きです。民事訴訟法は、このような私人間の紛争を判決によって解決する裁判所の手続きについて定めた法律なのです。民事紛争を解決する手続きは、民事訴訟に限られるわけではありません。裁判所外の手続きとしては、当事者同士の話し合いで解決を図る示談交渉もその一つですし、第三者に仲裁人として間に入ってもらう仲裁という手続きも存在します。裁判所の手続きに限っても、話し合いでの解決を目的とする調停や、家庭に関する紛争であれば、家事割という手続きなどが用意されています。こうした種々の紛争解決手続きのうち、民事訴訟は、判決という背後に強制力を控えた裁判所の下す判断によって紛争解決を図る点で、民事訴訟法によって極めて厳格な規制が施されているのです。
2 民事訴訟法の性質(実体法と手続法)
民事訴訟法は民事訴訟という紛争解決手続きを規制対象とするため、民事調停法や家事審判法などと同じく手続法」に分類されます。同じく私人間の関係を対象とする民事法のうちでも、民法や会社法 は、裁判における私人間のルール、争解決基準を定めたものである点で「実体法」に分類されますが、民事訴訟法は、そうした実体法が適用される場である民事訴訟手続き自体を対象としている点で実体法とは性格を異にします。言わば、実体法が中身を規制対象としているのに対し、手続法は箱を規制対象とするといった感じでしょうか。なお、こうした実体法と手続法との関係は、刑事法においては、刑法と刑事法の関係となって現れます。
3 民事訴訟における原則(当事者主義と職権主義)
⑴当事者主義(処分権主義)と職権(進行主義)
民事訴訟法は民事紛争の解決手続きを対象とするものですが、手続きである以上、その手続きがどのように開始、終了するか、また、どのように進んでいくかが決まっている必要があります。また、紛争解決の手続きである以上、その手続きによって解決されるべき紛争、すなわち当該手続きで処理する題材・テーマをどのように設定するかということも決められていなければなりません。これらのことをそれぞれの場面において誰が決めるか、すなわち誰が主導権を有するかという観点から見た場合、民事訴訟法は、手続きの開始と終了、および訴訟の題材の決定については、主に当事者に主導権を認める「分権主義」を採用しています。民事訴訟は、一日始まった訴訟手続きの進行の場面においては裁判所が主に主導権を有するとする「職権進行主義」を採用していますが、民事訴訟という手続をどのような紛争に対し、どのようなタイミングで選択するかは当事者が決定するものとしているのです。ここで現れる「処分権主義」は後に述べる「弁論主義」と遊び、民事訴訟法における当事者主義の一場面を形成しています。
⑵ 訴訟の開始についての処分権主義
民事訴訟は、当事者(原告)が裁判所に対し、訴えを提起することによって初めて脱始します。いくら私人間の紛争が存在していても、当事者による訴えがなければ、裁判所が率先して民事訴訟手続きを開始するというようなことはありません(訴えなければ裁判なしい。 この手続きの主導権を裁判所ではなく、当事者が有するというのが上述の処分権主張の第1の内容ということになります。なお、当事者の一方が原告として訴えを提起した場合、訴えを提起された他方当事者(被告)はその訴訟を絶することが許されず、応訴の義務が生じることになります。原告が訴えを提起する場合、単に「訴える」と言うだけでは足りず、具体的にどのような請求をなすかを特定してそれをなす必要があります。この特定についての権能が処分権主義の第2の内容なのですが、これについての詳細は後述いたします。
⑶ 手続の終了についての処分権主義
訴訟の開始が当事者主導であることは前述しましたが、この開始と同様、訴訟の終了においても当事者主導が採られています。例えば、申立当事者たる原告は裁判所の意向とは全く関係なしに、一度提起した訴えを取り下げたり(訴えの取下げ)、請求を放棄すること(請求の放棄)ができますし、訴えられた当事者である被告の方も、裁判所の考えとは無関係に、原告の請求を認めること(請求の認諾)が可能です。また、原被告当事者双方の話し合いで紛争を解決することも認められており(訴訟上の和解)、裁判所によって判決が下されるのは、当事者間の自法的な解決ができなかったときに限られることになります。このように、訴訟を終了するか継続するかについての主導権を当事者が有しているということが処分権主義の第3の内容です。
⑷ 民事訴訟の進行の職権進行主義
どのように、民事訴訟の開始・終了については処分権主義により当事者が主導権を有しているのですが、一旦始まった訴訟の進行については、裁判所が主導権を有するものとされています。このように、訴訟の進行につき、裁判所が主導権を有するという建前を「職権進行主義」と呼び、民事法において職権主義の一場面となります。具体的には、訴訟が行われる場である「期日」を指定して、争点や証拠の整理を実施したり、和解を試みたりなどの期日の設け方に関してのもののほかか、当事者を求めたり、時機に遅れた攻撃防御方法をするなど期日内においての訴訟指揮もそれに含まれます。以上、民事訴訟を開始から終了までの時系列で見た場合、最初と最後については処分主義により当事者が主導し、その間においては職権進行主義により裁判所が主導するという制度となっているのです。
⑸ 訴訟物の決定についての処分権主義
原告が訴えを提起する場合、単に「訴える」というだけでは足りず、誰に対して具体的にどのような請求をなすかを特定する必要があります。この原告が求める請求は訴訟上の請求、あるいは訴訟物と呼ばれ、これが以後の訴訟の審理の対象、すなわち当該訴訟のテーマとなるわけですが、この訴訟物の決定について当事者(原告)が主導権を有することも処分権の内容とされています。このことは、民事訴訟において裁判所は、当事者(原告)が提供した訴訟物に拘束され、裁判所が勝手に訴訟物を変更したり、作り出したりすることは許されないことを意味します。例えば、当事者が元本の返還だけを求めた場合、裁判所は求められていない利息の支払いを認めることはできないのです。
⑹ 訟事件と訴えの利益
民事訴訟においては、「お金を払え」というように相手方の一定の行為を求める類型である「給付訴訟」が一般です。しかし、「自分が代表者であることの確認を求める」というように法律関係の確認のみを求める「確認訴訟」という類型や「離婚せよ」というように判決自体に法律要件を期待する「形成訴訟」という類型も存在します。こうした類型のうちどの類型を選択するかについても処分権主義により当事者(原告)が決定できるのですが、この中でも確認訴訟は、あらゆる法律関係をその対象とすることができるため、確認訴訟という類型を求める理由が厳しく審査されます。そして、例えば、給付訴訟によった方が目的達成に近道というように判断されると確認訴訟という類型で審理するにあたっての「訴えの利益」がないとされ、「訴訟要件」欠缺による訴え却下の訴訟判決がなされることになります。このように、訴訟物の決定につき、当事者(原告)が主導するといっても、訴訟要件を充たす必要があることには注意しなければなりません。こうした訴訟要件は、無駄な裁判を避けるなどの主に公益の要請に基づくものであるため、その充足についての審理は職権主義でなされ、人の自由処分には委ねられないものとされています。
4 民事訴訟の審理の構造
⑴訴訟物と請求原因事実
ここで、民事訴訟の審理の構造について触れておきたいと思います。これまで述べてきたように、民事訴訟の対象、すなわち訴訟物については処分権主義の一内容として原告が決定します。そして、以後の手続きにおいては、その訴訟物を題材として、その存否、すなわち原告の請求に理由があるか否かについて審理されていくことになります。ここで、民事訴訟の対象、すなわち訴訟物は、その法律効果の発生のために必要ないくつかの具体的事実によって構成されていることに留意する必要があります。例えば、貸金返還請求訴訟の場合、訴訟物は貸金返還請求権となりますが、この返還請求権という法律効果の発生のためには、①金銭の交付、および②その返還約束、という2つの具体的事実が必要です。①がなければ、そもそも貸付がなかったことになるし、②がなければ、もらったものということになるからです。
ここで現れる①金銭の交付、②その返還約束といった具体的事実は、貸金返還請求権を基礎づける「請求原因事実」と呼ばれ、原告は、訴え提起の段階で「訴状」において、訴訟物とともに記載することが求められます。そして、以後の訴訟においては原告は、これらの請求原因事実が存在することを契約書などの証拠を提出することで証明していくことになります。
⑵ 訴訟物と抗弁事実
原告の請求に対する被告の対応としては、いくつかのパターンが考えられ、民事訴訟において被告は、「答弁書」等においてその対応を明らかにすることが求められます。被告の対応としては、まず大きく「認める」か「争うか」に分けることができ、原告の請求、すなわち訴訟物の存在自体を認める場合は 処分権主義のところで述べた「請求の認諾」が成立し、訴訟は終了することになります。一方、争う場合はその争い方によってさらに細かく分けることが可能ですが、民事訴訟においては、被告の争い方は、原告の請求を基礎づける請求原因事実に対する対応を認否という形で 明らかにすることで明らかにします。例えば、上記の①を争えば「お金を借りた(受け取った)覚えはない」といった主張となりますし、②を争えば、「お金は受け取ったがもらったものだ」という争い方になってきます(否認)。
さらに、そうした否認による争い方とは別に、①と②は認めつつも、新たに③弁済、すなわち「お金は確かに借りたが、既に返した」という主張をなすことによって、原告の主張を争う方法もあります。このような被告の主張は「抗弁」と呼ばれ、ここでの弁済の事実は抗弁事実と呼ばれます。
⑶主張と証明
このように、民事訴訟は、当事者同士が自己に有利な事実を主張し合うことによって進んでいきます。上記の例でいえば、①と②が原告に有利な事実であり、③が被告に有利な事実になります。原告の貸金返還請求に対し、被告が①の事実を争う場合を考えてみましょう。すなわち、原告の金銭を交付したという主張に対し、被告が金銭の交付を受けていないという反対事実を主張する場合です。この場合、原告は「金銭を交付した」という自己に有利な事実を証拠によって証明していこうとするのに対し、被告はそれとは両立しない「金銭の交付を受けていない」という事実をやはり証拠によって証明してゆくことになります。こうした双方の立証活動により、いずれかが民事訴訟によって必要とされる証明、すなわち「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証」に成功すれば、裁判所はその事実を認定することになります。しかし、双方ともがそのレベルの立証にまで成功しなかった場合、裁判所としてはどのような態度と採るべきでしょうか。
この場合、裁判所としては事実の認定がきなかったとして真意不明という判決(ノン・リケット)を下すことは許されません。このように双方ともが立証に成功しないような場合でも、裁判所は相矛盾するどちらかの事実を認定して、結論を出さなければならないのです。このことは立証活動をする当事者からみれば、自らの立証活動が成功しなかった場合の不利益(「証明責任)をどちらが負担するかという問題であり、これを「証明責任の分配」と呼びます。ここでの例では、金銭の交付の有無については原告が証明責任を負担しており、原告が立証に成功しなければ、被告の立証の成否に関わらず、裁判所はその事実を認定することはできません。
ここでの①~③の事実については、①、②については原告の請求を直接理由づける事実であることから、原告が立証(証明)する責任を負うのですが、③については、原告の請求を阻害する別個の事実であることから、被告の側で立証する責任を負います。上述の否認と抗弁を厳密に定義すれば、否認とは、相手方が証明責任を負担する事実を争うこと、抗弁とは、請求原因事実に対し、自らの責任を負う事実を主張することということになります。
5 弁論主義
前記のように、民事訴訟においては、訴訟物を基礎づける事実の主張、立証が審理の中心となるわけですが、民事訴訟では、こうした事実に関する資料の収集・提出は当事者の権能かつ責任であるとされる弁論主義の原則が採られています。これらは裁判所の権能とする職権探知主義に対置されるもので、前述の処分権主義と同じく、この弁論主義も当事者主義の一内容とされています。
弁論主義は、その具体的内容として、3つの内容を包含しているものと説かれます。①当事者の主張していない事実に基づいて判決をしてはならない(弁論主義の第1テーゼ)、②両当事者間で一致した事実(すなわち、自白)については、裁判所はその真否を審理せずそのまま判決の基礎としなければならない(弁論主義の第2テーゼ)、③証拠調べは当事者が申請したものを調べることができるだけである(職権証拠調べの禁止)(弁論主義の第3テーゼ)がそれです。以下、各別に見ていきます。まず、第1テーゼは、例えば、原告の貸金返還請求の主張に対し、被告は、返還約束の存否について争い、贈与を受けたものだとの主張をしているだけであるのに、裁判所が被告が主張してもいない弁済の事実を認定して、被告を勝訴させてしまうような場合です。このような結果は原告にとってはまさに不意打ちとなるものであり、弁論主義違反とされるのです。
第2のテーゼは、例えば、原告の返還約束の主張に対し、被告もそれを認め、返還約束をしたことを認めているような場合に、裁判所が返還約束が存在しなかったとして、被告を勝訴させることはできないということを意味します。当事者間に争いのない事実については、裁判所もそれに拘束されるということです。
最後の第3のテーゼは、職権証拠調べの禁止であり、裁判所は当事者の提出した証拠のみを判断の資料にでき、裁判所自らが証拠収集をすることは許されないというものです。このように、処分権主義と弁論主義は、ともに当事者主義の内容をなすものですが、処分権主義が訴訟の内と外との区別に関する問題であるのに対し、弁論主義は、訴訟内における事実や証拠といった訴訟資料の収集についての役割分担の話ということができます。なお、職権探知主義は、真実発見の要請が強い人事訴訟(親子関係不存在の訴えなど)などにおいて採用されています。
6 判決の確定と既判力
わが国の民事訴訟法は、上訴の回数を2回とする三審制の原則を判決の確定採用し、裁判の適正を期しています。したがって、第1審判決が言い渡されただけでは、その判決は未だ確定の状態には至っておらず、判決が最終的に確定するためには、当事者双方が上訴をしないままに上期間を経過する、最高裁の判断が下され当事者の不服申立手段が尽きるなどの段階に至る必要があります。
もっとも、判決が一旦確定してしまえば、当事者はその判決の内容判決の確定を別訴を起こすことで再び争うことはできません。これを認めてしまえば、紛争がいつまでも蒸し返されてしまい、民事訴訟の紛争解決の機能が失われてしまうからです。確定判決に認められるこのような拘束力を「既判力」と呼び、民事訴訟はこの既判力によって紛争を解決する制度となっているのです。
以上が民事訴訟の基本的なスタンスですが、一口に民事紛争といっ ても多種多様であり、また、紛争当事者の求める解決方法は様々であるため、手続きを裁判所におけるものに限っても上で説明した原則とは異なる原則を採用したり、上の原則を修正した手続きが存在します。
ただ、いずれの手続きにおいても法的手続である以上、手続きの開始から終了に至るまでの時系列からのものの見方(横軸の観点)と求める結果に至るために当事者それぞれはどのような主張・立証が必要で何が不要であるかという的構造からのものの見方(縦軸の観点)が必要となります。民事訴訟を考えるにあたっては、目の前の問題点が手続きの進行に関しての問題であるのか、あるいは法的構造に関する問題であるのかを意識することが一つの重要な視点ということができると思います。