ニッポンの裁判の真相と深層に迫る
裁判の表裏を知り抜いた元エリート裁判官による判例解説本です。刑事訴訟や国策捜査、名誉毀損訴訟、厳罰訴訟、住民訴訟などについて理解できます。不条理な判決、でっち上げの証拠や不誠実な弁護士などが存在する日本の現状がよくわかるので、司法制度について学びたい方には必読の1冊です。
はしがき——ニッポンの裁判
あなたがたは、みずからの裁きによって裁かれ、みずからの秤によって量られる
マタイによる福音書第七章第二節
本書は、『絶望の裁判所』([講談社現代新書、二〇一四年]以下、本書では『絶望』として引用する)の姉妹書である。『絶望』が制度批判の書物であったのに対し、本書は、裁判批判を内容とする。つまり、両者は、内容は関連しているが、独立した書物である。もっとも、双方の書物を読むことでより立体的な理解が可能になることは間違いがない。その趣旨から、本書では、前記のとおり、『絶望』を適宜引用している。
より具体的に述べよう。『絶望』は、もっぱら裁判所、裁判官制度と裁判官集団の官僚的、役人的な意識のあり方を批判、分析した書物であり、裁判については、制度的な側面からラフスケッチを行ったにすぎなかった。これに対し、本書は、そのような裁判所、裁判官によって生み出される裁判のあり方とその問題点について、具体的な例を挙げながら、詳しく、かつ、できる限りわかりやすく、論じてゆく。
裁判所、裁判官が国民、市民と接する場面はまずは各種の訴訟であり、その結果は、判決、決定等の裁判、あるいは和解として実り、人々を、つまりあなたを拘束する。その意味では、裁判や和解の内容こそ国民、市民にとって最も重要なのであり、制度や裁判官のあり方は、その背景として意味をもつにすぎない。
しかし、裁判の内容を正確に理解するのは、それほどやさしいことではない。法学部や法科大学院の学生たちにとってさえ、最初のうちはそうである。私が、裁判の分析に先行して、まずは、誰にとってもその形がみえやすくその意味が理解しやすい制度の分析を行ったのは、そうしておかないと裁判の内容の理解も難しいからということが大きい。
そして、日本の裁判の内容は、実は、一般市民が考えている以上に問題が大きいものなのだ。そのことは、弁護士を含む法律実務家(以下、本書では、この意味で、「実務」、「実務家」という言葉を用いる)にも、あるいは十分に理解されていないかもしれない。学者も、それぞれの専門分野のことはよく知っていても、全体を見渡す視点まで備えているとは限らない。ましてや、メディア、ことにマスメディアの司法や裁判に対する理解は、本書でも述べるが、一般的には、かなり浅いのが普通だ。
以上のような意味では、おそらく、日本の裁判全体の包括的、総合的、構造的な分析も、これまでに行われたことはあまりなかったのであり、本書の内容に驚愕され、裁判に対する認識を改められる読者は多いはずである。
書物の構成について簡潔に解説しておく。
まず、第1章、第2章では、私の、三三年間の裁判官としての経験とそれと並行して進めてきた学者としての研究に基づき、裁判官の判断構造の実際を、機能的に、また、リアリスティックに分析する。そして、裁判の内容は、裁判官の人間性や能力によっていくらでも異なりうることを、具体的なケースに触れながら明らかにする。
第3章から第5章までは本書の中核部分であり、詳しくわかりやすい記述に努めている。第3章では刑事裁判(冤罪と国策捜査)について論じる。第4章、第5章は広い意味での民事系の裁判を対象としている。第4章では、名誉毀損損害賠償請求訴訟、原発訴訟という二つの訴訟類型を中心に、最高裁判所事務総局が下級審の裁判内容をコントロールしてきたことについて述べ、第5章では、行政訴訟、憲法訴訟等官僚裁判の弊害が顕著ないくつかの訴訟類型を選んで分析する(最高裁判所事務総局は、裁判官と裁判所職員に関わる行政、すなわち「司法行政」を行うことを目的とする最高裁判所内部の行政組能であり、人事局等の純粋行政系セクション(官房系に相当)と民事局、行政局、刑事局等の事件系セクションとに分かれている。『絶望』一八頁以下)。
第6章では、裁判官の手の内を明かしつつ、日本の裁判官が行う和解の国際標準を外れた実態とその裏面について、掘り下げた検討を行う。これは、あなたが民事訴訟の当事者となる場合には、ぜひとも知っておくべき事柄である。
第7章では、日本の裁判がなぜ事なかれ主義、先例や権威追随志向のものになるのかを構造的に説き明かす。この章の内容には当然制度的な分析を含むが、『絶望』では触れなかった側面を中心に、「裁判」に関連する限りでかつそのような角度から論じてみたい。
第8章では、『絶望』の読者から寄せられた疑問の一つ、日本の司法をよりよいものにしてゆくために一般市民は何ができるのだろうかという問いかけに、可能な限り具体的に答え、併せて、裁判官の人間としての側面、その孤独と憂鬱について語っておきたい。私が、ただ裁判官を批判するだけの学者ではないことが、おわかりいただけるはずである。
ところで、『絶望』は、司法、法律系の一般書としてはほとんど初めてといってよいほどの大きな反響を呼んだ。新聞、雑誌、テレビ、ラジオからウェブマガジンまで、私が知る限りでも四〇以上のさまざまなメディアが本書を取り上げたのである。国際的にも反響が大きく、韓国最高裁は留学中の裁判官に命じて至急一〇冊を送らせたというし、また、出版の五か月後にはいち早く韓国語版が刊行されている。アメリカ等の海外メディアからの取材、照会も入るようになり、私は、アメリカのロースクールにおける日本法研究者にも複数の知己を得ることができた。
それはなぜだろうか?
二つの理由が考えられると思う。
一つは、日本の裁判所、裁判官が抱えるさまざまな問題を、インサイダーとアウトサイダー双方の視点から包括的、構造的に批判、分析した書物がそれまでに存在しなかったことによるのではないだろうか。
もう一つの理由は、司法、裁判に対する人々の不信と不満が耐えがたいほどに鬱積していたことによるのではないだろうか。
民事訴訟は、いずれかが勝ち、いずれかが負けるものだから、その利用者の満足度(訴訟制度に対する満足度)は、本来なら五〇%に近くてよいはずであり、これが三三%を割れば、かなり危機的な状況であろう。ところが、日本における広範なアンケート調査の結果は、実に一八・六%(二〇〇〇年度)にすぎなかったのであり(『絶望』五頁)、法曹界がタイアップしたその後の二回の調査でも、その数値は、二四・一%(二〇〇六年度)、二〇・七%(二〇一一年度)と、ほとんど改善していない(日本弁護士連合会編著『弁護士白書』二〇一二年版六二頁)。
しかも、この間、地裁民事訴訟事件新受件数は二〇〇九年度をピークとして、訴訟事件以外の事件をも含めた地裁民事事件全新受件数は二〇〇三年度をビークとして、いずれも減少しており、二〇一三年度には、前者はビーク時の六七・五%、後者はビーク時の四五・一%という有様なのだ(『絶望』一六〇頁に示した二〇一二年度の数字からさらに大期に減少)。また、私が転身した二〇一二年ころの民事訴訟は、難しい事件の割合が目にみえて減ってきており、国民の訴訟離れの傾向が、実感としても感じられるようになっていた。
司法制度改革が行われ、弁護士数は激増、裁判官数も相当に増加している状況下の以上のような惨憺たる数字は、司法、裁判に対する人々の深い失望を現しているとみるほかないであろう。日本の裁判所、裁判官に、また、司法と裁判に「絶望」しているのは、おそらく、私だけではない。
本書も、『絶望』同様、国民、市民が司法の機能とその実態を知り、それを継続的に監視するとともに、それをよりよいもの、真に国民、市民のためのものとしてゆくために必要な、基本的な知識と視点を提供するための書物である。
『絶望』同様、大きな情報をコンパクトに凝縮した密度の高い記述を行っているので、じっくり読み込んで、司法、裁判に対する自分なりの見方をもち、それに適切に対処できる市民となるための一助としていただきたい。
それでは始めよう。
目次
はしがき——ニッポンの裁判
第1章 裁判官はいかに判決を下すのか? ——その判断構造の実際
裁判にはどんなものがあるか? 三審制は国際標準か?/裁判官の判断は積み上げなのか直感なのか? FBI心理分析官による分析との共通性/判決の役割とそのあるべき姿/裁判官の総合的能力と人間性の重要性/裁判の生命——事件の個別性と本質を見詰める眼/事実認定の難しかった四つの裁判
第2章 裁判官が「法」をつくる——裁判官の価値観によって全く異なりうる判決の内容
裁判官が「法」をつくるーリアリズム法学の考え方/結争正当化のためのレトリック/気の毒な未亡人の訴えを粗暴な論理で踏みにじった控訴審判決/問題の大きな最高裁判決に特徴的なレトリック/裁判官は正義の自動販売機?
第3章 明日はあなたも殺人犯、国賊——冤罪と国策捜査の恐怖
1国家による犯罪であり殺人である築罪
罪は国家の犯罪である/捏造証拠の後出し?
袴田事件/連壊した科学裁判の神話―足利事件と東電OL殺人事件/明日はあなたも殺人犯! ——恵庭OL殺人事件、女性にも起こりうる罪の恐怖/自白はいかにして作られるか?/日本の刑事司法は中世並み?
2民主主義国家の理念と基本原則に反する国策捜査
3あなたが裁判員となった場合には…..
第4章 裁判をコントロールする最高裁判所事務総局——統制されていた名誉毀損訴訟、原発訴訟
1政治家たちの圧力で一変した名誉毀担担害賠償請求訴訟
国会の突き上げを受けての御用研究会、御用論文/一変した認容額とメディア敗訴、予断と偏見に満ちた認定判断
2統制されていた原発訴訟
一般には知られていない裁判官「協議会」の実態/実質的な判断放棄に等しかった原告敗訴判決群/大飯原発訴訟判決/もう一度電力会社、官僚、専門家、そして司法を信用できるのだろうか?
第5章 統治と支配の手段としての官僚裁判―これでも「民主主義国家の司法」と呼べるのか?
1「超」絶倒の行政訴訟
刑事訴訟と並んで権力寄りの姿勢が気者な日本の行政訴訟/住民訴訟もまたイバラの道/住民が勝っても首長の債務は戦消し! ——堕然、呆然の最高裁「債権放棄議決是認」判決/刑事・行政・憲法訴訟等における裁判官たちの過剰反応の根拠は?
2そのほかの訴訟類型
憲法判例は裸の王様?/訴訟類型と裁判官によって結論の分かれる国家賠償請求訴訟/アメリカに後れて始まったスラップ訴訟/担保が高すぎ、仮処分命令の出し
渋り傾向も根強い民事保全
3裁判の質の信じられない劣化
第6章 和解のテクニックは騙しと脅しのテクニック? ——国際標準から外れた日本の和解とその裏側
民事訴訟における和解の重要性/和解を得意とする裁判官の類型/和解のテクニックは騙しと脅しのテクニック?/アメリカにおける和解との比較/日本では対席和解は無理なのか?本当にそうなのか?
第7章 株式会社ジャスティスの悲惨な現状
最高裁判所の問題点/下級裁判所の問題点/あなたはそれでも株式会社ジャスティスに入社しますか?/裁判所と権力の関係/最高裁長官史と裁判所の空気の移り
変わり/コンプライアンスを行う意思が全くないことを明らかにした最高裁判所
第8章 裁判官の孤独と憂鬱
裁判官の孤独と/同法が変われば社会が変わる/客観的な批判にはきわめて弱い裁判所/司法健全化のためにあなたができること/マスメディアのあり方とそれに関して注意すべき事柄/法曹一元制度の提言という苦渋の選択/最高裁判所という「黒い巨塔」の背後に広がる深い闇
あとがき——宇宙船と竹刀