総合商社の研究―その源流、成立、展開

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総合商社の背景

総合商社とは、世界中でいろいろな商品を扱っている大きな企業といったイメージを持っている人が多いでしょう。しかし、最近では、工場や倉庫の保有・運営や、日本国内での事業も増えています。本書では、総合商社がどのように生まれ、発展してきたのか、そしてこれからの展望を整理していきます。

田中 隆之 (著)
東洋経済新報社 (2012/3/23)、出典:出版社HP

はじめに

総合商社とは何か。商社と縁の薄い方でも、「世界中でいろいろな商品を扱っている大きな企業」といった程度のイメージはお持ちだと思う。そのイメージは、少なくとも1980年代ごろまでであれば、ほぼ正しいし、現在でも大筋において間違ってはいないだろう。しかし1990年代以降、総合商社は大きな変貌を遂げている。多様な商品・サービスを扱っていることに変わりはないが、単にこれらを売り買いするだけでなく、大きなバリューチェーンの中で、工場や倉庫、輸送設備を保有・運営して、商品の製造や輸送まで複合的に行うようになっている。鉱山や油田、農場、発電所や水道などのプロジェクトに関しても、ときに初期の開発段階から取り組み、これを事業化して、保有・運営している。

また、世界中であまねく事業を行っている姿は変わらないが、日本国内での事業も増えている。スーパーやコンビニエンス・ストアの経営にも本格的に関与するようになっているし、医療・介護を支援する事業や、放送局を持つ会社まである。もちろん、日本の産業や国民のために海外からエネルギーや資源を調達し、輸入するという役割は何ら変わっていない。いや、さらに強化されていると言えるだろう。福島の原発事故の影響で全国的に電力需給が一気に逼迫した際には、火力発電用の天然ガスの調達を大幅に増やして、電力不足の回避に一役買ったと自負している。

このように、現在の総合商社は、企業間の取引だけではなく、人々の生活に直結する事業にも幅広く進出しており、多くの人の目に触れる機会は増えているものと考えられる。しかし、事業分野があまりにも広くなり、その手法も多彩になってしまったことで、総合商社の実態はむしろ見えにくくなっているように思う。それは、必ずしも外部の方にとってだけではない。商社の内部にいる我々にとっても、総合商社とは何かという問いに答えることは難しくなっている。

そうした認識は、商社業界内部で広く共有されており、商社の業界団体である日本貿易会では、2010年度~2011年度の重点事業のひとつとして、総合商社のアイデンティティを再確認することを目的に、総合商社原論特別研究会を立ち上げた。本書は、その最終報告書という位置付けでもある。この研究会をあえて「原論」と銘打ったのは、総合商社の近年の動き、姿だけでなく、その成り立ちから今日までの歩みを整理するとともに、それぞれの時代に、学界やメディアからどのように見られていたかも含め、今一度原点に立ち返って、総合商社の本質を捉えなおしてみようという我々の思い、姿勢を明確にするためである。

それを実行するうえでは、現在の総合商社各社に関する詳細かつ包括的な情報を持ち寄る必要があることに加え、外部の客観的な視点、とりわけ総合商社の果たした役割を日本経済の歴史のなかで捉えていく視点が不可欠だと考えられた。そこで、研究会では、現時点で一般に総合商社と位置付けられている伊藤忠商事、住友商事、双日、豊田通商、丸紅、三井物産、三菱商事の7社に、阪和興業を加えた8社と日本貿易会の役職員が委員として参画し、専修大学経済学部で日本経済を専門とする田中隆之教授を主査に迎えて研究活動を行ってきた。

印象派の画家ポール・ゴーギャンの作品に「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」というタイトルの絵があるが、本書は、まさにそのような構成になっている。本書の前半、第1章から第4章までが「どこから来たのか」にあたるパートだ。第1章で「総合商社」という用語の出自を明らかにした後、第2章と第3章では明治の開国期から戦後の高度成長期に総合商社のスタイルが確立するまでの歴史を振り返り、第4章では日本以外の国で見られた類似業態の歴史を整理している。そして、第5章、第6章では、客観的な財務データと業界内部の認識を考え合わせて、今日までの総合商社の変質を追うことで「我々は何者か」を明らかにし、終章では、そこまでの整理を踏まえたうえで、「どこへ行くのか」という問いに答える仮説を用意している。

日本貿易会では、今日の総合商社の実態を、商社業界以外の多くの方に知っていただきたいと考えている。それと同時に、現役の総合商社の役職員にも、業界の歴史をきちんと知ったうえで、改めて総合商社とは何かを問い直していただきたいと思っている。本書がその一助となれば幸いである。

2012年3月
社団法人日本貿易会
会長 槍田 松肇一

田中 隆之 (著)
東洋経済新報社 (2012/3/23)、出典:出版社HP

目次

はじめに
序章 なぜ総合商社研究か

第1章 総合商社の概念、定義、類型―研究の出発点
【1】「総合商社」という概念はいつ成立したのか
【2】総合商社、商社の定義
〈1〉総合商社の定義と本書の研究対象/〈2〉商社の定義
【3】商社の類型と位置―総合商社と専門商社
〈1〉商社の類型と総合商社/〈2〉日本経済における商社、総合商社の位置――データによる確認
【4】総合商社の動態――源流から構造変化まで

第2章 戦前の「総合商社」形成と成立の条件
【1】商社の形成と「総合商社」の形成
〈1〉開国と貿易政策/〈2〉戦前の商社の産業組織とその推移/〈3〉総合商社の源流としての財閥系商社の発生と形態
【2】「総合商社」をめぐる諸学説の検討
〈1〉経済史における総合商社/〈2〉経営史における総合商社
【3】戦前に「総合商社」を必要とし、成立を可能にした条件
〈1〉戦前「総合商社」成立の四つの条件/〈2〉戦前の「総合商社」とは何であったか

第3章 戦後の総合商社体制の成立とその条件
【1】戦後における総合商社の形成
〈1〉戦後復興と貿易政策/〈2〉総合商社体制の形成過程――業界の再編成/〈3〉総合商社体制の成立と総合商社の機能
【2】戦後、総合商社化を促進した条件
〈1〉総合商社化を促進した四つの条件/〈2〉高度成長期に成立した総合商社とは何であったか

第4章 総合商社は日本独自の業態なのか―海外の類似業態との比較
【1】 諸外国における商社 (Trading Company)と総合商社
〈1〉世界の商社/〈2〉 諸外国の商社育成策と商社
【2】なぜ先進諸国の商社は総合商社化しなかったのか――経営史の研究成果を中心に
〈1〉イギリスにおける商社の盛衰/〈2〉ドイツとアメリカにおける商社の展開/〈3〉先
進諸国で総合商社が育たない理由
【3】海外の商社との比較からみた日本の総合商社の特徴
〈1〉日本の総合商社の特徴/〈2〉海外の商社研究をめぐる論点

第5章 総合商社体制確立後の展開
【1】「トレード」への不安と新たな業務展開
〈1〉総合商社の先行きに関する悲観論――「トレード」への不安/〈2〉新規分野への進出・既存分野での新事業開拓
【2】総合商社の危機、改革と再編
〈1〉総合商社の直面した危機/〈2〉リスク管理、ガバナンス体制の向上/〈3〉総合商社
の再編成と業績の回復

第6章 構造変化のとらえ方と総合商社の現在
【1】構造変化―コアとなる「収益モデル」の変化
〈1〉総合商社の構造変化をどうとらえるか/〈2〉収益モデルの6パターン/〈3〉コアと
なる収益モデルの変化を数字でつかむ/〈4〉コアとなる収益モデル変化の内実
【2】総合商社は自らをどう認識しているか
〈1〉総合商社の強さと弱さ/〈2〉総合商社の「理念」/〈3〉総合商社の現状認識と将来
の方向論議
【3】現在の総合商社は何であるか
〈1〉現在の総合商社――「総合事業運営・事業投資会社」/〈2〉総合商社の気質

終章 総合商社はどこへ行くのか
【1】総合商社の存立条件を探る
【2】総合商社の存続要因とは
【3】総合商社はどこへ行くのか――今後の方向性

要約的総括
おわりに

参考文献
戦前・戦後商社関連年表
日本貿易会総合商社原論特別研究会名簿
日本貿易会法人正会員名簿(加盟商社)

田中 隆之 (著)
東洋経済新報社 (2012/3/23)、出典:出版社HP

序章 なぜ総合商社研究か

総合商社は、極めてユニークな経営体として、戦後内外の経営者や学者の注目を浴びてきた。その理由は、おおよそ次のようなものである。

第1に、それはほぼ日本にしか存在しない業態である、という見方が一般化している。本当にそうであるかどうかは、総合商社をどう定義するかに左右される。しかし、日本で総合商社と呼ばれている何社かの企業が同質的であり、他国に存在する商社(Trading Company)と呼ぶことのできる企業体とはかなり異なるものであるという観察が、容易になされうることは間違いない。その意味で、総合商社は、世界の企業体の中でひとまず日本に独特の存在であるととらえてよいであろう。

第2に、それは戦後の日本経済において大きな位置を占め、日本の経済発展に大きな役割を果たしてきたからだ。総合商社は、戦後復興期以来、輸出入の促進のみならず産業構造高度化の過程にも深くかかわることで、高度成長に重要な役割を果たした、という評価が可能である。やや具体的にいえば、資源・エネルギーの安定的な調達(輸入)、急成長する製造業のための海外市場開拓(輸出)だけでなく、新規産業に投融資したり、企業集団による新規産業分野への進出をオーガナイズするという役割を果たした。

第3に、それは開港・明治維新後の日本経済の自立過程においても、重要な役割を果たしたことが知られているからだ。戦前の日本にも、総合商社と呼ぶにふさわしい商社がいくつか存在した。その典型は三井物産であり、これを数社が追いかけた。当時は総合商社という言葉自体は存在しなかったが、これらが日本経済の自立・発展に大きく貢献した。一例を挙げれば、日本の貿易は当初、居留地で外国人商館に牛耳られ、その直貿易化(日本人・企業による輸出入比率の向上)が政府の悲願であった。輸出入合計の日本商社取扱比率は1911年に5%を超えており、その半分を三井物産1社が占めていたから、これら「総合商社」が直輸出の促進に果たした役割の大きさがうかがえる。

総合商社研究が始まったのは、1960年代のことである。それは戦後この時期に10大総合商社体制が確立し、高度成長の牽引役として広く注目を浴びたからである。同時に、論壇で日本の戦前における近代化過程が論じられるようになり、やはり総合商社が果たした役割がクローズアップされた。1965年に三井文庫資料が公開されたことも、戦前の三井物産を中心とする実証的な商社 研究を可能にした。その中で、「総合商社とは何か」「総合商社の本質・機能は何か」「総合商社はなぜ日本にしか存在しないのか」などの問いが発せられ、戦前にまで遡ってその成立の条件、成立過程を明らかにする研究が数多く出現した。それは、1960年代から1980年代にかけてのことであった。し かし、本書でも第2章でサーベイを行うように、それらの研究は、必ずしもこうした疑問に一致した解答を与えるに至っていない。

現在、総合商社は7社とされているが、特に2000年代以降、多くの日本企業が目立った業績を上げられないでいるなか、未曽有の好業績を示している。その背景として、資源・エネルギー関連の投資からの収益が各社で大きく膨らみ、投資会社的な側面が強まっていることがしばしば指摘される。現在の総合商社のビジネスモデルは、戦後間もなく成立して高度成長を牽引した当時のそれと、もはや大きく異なるものになっている可能性が高い。そして、経済のグローバル化、国際資 本移動の激化を背景に、欧米の投資家やマスコミに向けて企業のコンセプトを説明することの重要性が増すなか、この総合商社というユニークな経営体を説明するのは非常に難しい。

このような時点において、この経営体のビジネスモデルは何か、経済におけるより本質的な機能や役割は何か、なぜ存在しうるのか、今後どのように展開していくのか、を明らかにすることは意義が大きい。そこで、本報告書の問題意識を次のように設定することにする。

①総合商社とは何か(他国の類似の経営体とどう違うか)
②総合商社の成立の条件は何か(なぜ日本にだけ成立したか)
③総合商社はどのように変わりつつあるのか

田中 隆之 (著)
東洋経済新報社 (2012/3/23)、出典:出版社HP