ふしぎな総合商社 (講談社+α新書)

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商社の真の姿とは

日本の総合商社は、誰もが名前と存在を知っているにも関わらず、実際に何をしているのか知っている人はほとんどいないでしょう。知っていると思っている人でも、大抵は実態と異なる認識をしている人が多いです。本書は、長年商社に勤めていた筆者が体験した具体的なエピソードを織り交ぜながら、現在の商社の真の姿を紹介していきます。

小林 敬幸 (著)
講談社 (2017/9/21)、出典:出版社HP

はじめに

日本の総合商社(以下、本書では基本的には商社)は、誰もがその名前と存在を知っているのに、実際に何をしているのかほとんど誰も知らない。知っていると思っている人の認識も、たいていは実態と異なっていて間違っている。

もともと、取り扱う商品・サービスが多岐にわたり、しかも本社が消費者と直接接することがほとんどないので、一般の消費者には、わかりにくかった。

それに加え、2001年以降、商社は、そのビジネスの形態を大きく変えてしまった。だから、知っていると思っている人の認識も、いまの実態とはかけ離れていることが多い。

商社は、バブル以後の急成長業界であり、知られざる「ポストバブルの勝ち組」である。バブル崩壊で衰退した業界・会社はあまたあるけれど、三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事、丸紅の商社のトップ5社は、吸収合併もされず、会社名も変わらず、利益もバブル発生前の数百億円から数千億円へとざっと10倍くらい飛躍的に拡大した。

5商社平均の連結純利益(連結税後利益:税引後の最終利益)の、1986~2017年の30年間の推移を見てみよう(図0-1)。商社は、バブル発生まで、1社の年間純利益は、数百億円のレベルだった。その後バブル崩壊のダメージを手ひどく受け、1996~2000年では、5社5年の純利益平均がほぼゼロに近い赤字にあえぐ。ところが、2001年以降、収益が急成長し始め、5年から1社当たり純利益1000億円、8年からは2000億円を超え始める。

図0-1 総合商社(5社平均)連結決算純利益の推移

2001年からの7年の短期間で純利益が赤字から2000億円台に到達するというのは、グローバルで見ても一企業で見ても珍しい急成長ぶりである。しかも、同業界のトップ5社でそれができている。2007年には業界5位の丸紅も、純利益が1000億円を超えている。シリコンバレーでも、一つの業種・分野でこんなに急成長して大きな利益を出している企業群はないだろう。

これほどの高収益、高成長業界であるにもかかわらず、一般の人だけではなく、ベテランのビジネスパーソン、ビジネス系記者、経済・経営の学者でも、商社がどういうビジネスの仕方をしているのかよくわかっていない。

例えば、商社は財閥などの企業グループを遺產的基盤(レガシー)にして昔から持つ権益を維持して生き延びたと、したり顔で説明する人がいるが、これは全くあたらない。むしろ、利益を生まなくなった古い企業グループの枠を冷酷に断ち切って、別のパートナーと組んで新しい収益源を得ることによって成長につなげている。

資源バブルだったからという説明も、安易にすぎる。三菱商事、三井物産こそ資源への依存度が高いが、他の商社は、それほど資源への依存度は高くないのに、数千億円という利益水準をたたき出している。

本書で詳しく説明するように2000年頃を境に商社は、ビジネスの手法もビジネスの規模も社員の働き方も大きく変えてしまった。そのため、前世紀の頃に商社と付き合いがあった人ほど現在の商社を誤解していることも多い。就職活動をしている息子・娘から、ビジネスマンの父親が商社のことを尋ねられても、いまの商社のことを正確に答えられない。

この15年、商社の高い成長性と収益力ほどには、その株価が上がらなかったところを見ると、株式のアナリストでさえも、結果的に、商社のことを完全に理解して商社の成長性を読み切れなかったと言えるかもしれない。成長戦略が見えない成熟企業で、何年かに一度大きな減損が出る会社として扱われ、冒頭で述べた「ポストバブルの勝ち組」というような評価は、なかなか株式市場では得られなかったように思う。

それも批判できない。私も含め商社で働いている「中の人」でさえ、2000年代の商社の高成長期には、自社の決算数字を見るたびにあまりに大きな利益が出ているのに驚いていたくらいだから。

私は、1986年に新卒で三井物産に入社し、30年間勤めて2016年に円満に退職した。冒頭のグラフは、ちょうどその期間をカバーしており、それぞれの年の利益水準での会社の雰囲気が思い出される。

入社してしばらくは、昔ながらの商社の貿易・売買・口銭ビジネスを担当したが、その後、商社の変化に合わせ、新しい形のビジネスを立ち上げてきた。

「お台場の大観覧車」、ライフネット生命保険の立ち上げ、リクルート社との資本業務提携、米国人材派遣会社の買収、超小型人工衛星のベンチャーへの投資などの仕事を担当した。最初は、先輩から「これが商社の仕事か」と驚きあきれられ、叱られ、やがてサポートされて――たいていは、この順で受容された――、一つ一つ実現することができた。

それは、従来の商社が関係していなかった世間一般のビジネスと、商社のビジネスの違いを知り、その違いを商社の言葉によって社内で説明する作業でもあった。

そういう現場で経験した商社の変化と現在の商社の真実の姿を、本書では説明したい。

従って本書は、特定の商社に関する告発本でもないし、ある商社の経営戦略を誉めそやすものでもない。私が体験した具体的なエピソードも随所に織り交ぜているが、他商社の知人もうなずく、どの商社でも当てはまる「商社あるある話」ばかりだ。

商社は、バブル崩壊後各社とも巨額損失を何度も出し、四苦八苦して自らを変えて新しい儲け方を身につけ、「ポストバブルの勝ち組」として成長してきた。その変化は、社員の立場からどういう風に受け止められたかも含めて書いてみたい。

異なる業界、業種の会社が、商社が実行したことをそのまま行っても、すぐには成長に結びつかないかもしれない。しかし、商社の経験に触発されて、読者において、日本の経済や企業の活性化に新しいアイデアを浮かべていただければありがたい。

また、勤め先として必ずしも商社を勧めてもいないし、特定の商社を勧めたりもしていない。だからこそ、商社志望でない就活生にも参考にしていただければと思う。商社の新入社員に、入社前後で認識が変わったことなどを聞いたうえで、就職活動をする学生に参考になるように書いてみた。

結局のところ、商社の仕事にこだわらず、ビジネスというのは、じつに多様かつ自由で、変化が激しく、なかなか成功せず、だからこそ面白いというのが、伝わることを願っている。

2017年8月 スウェーデンのマルメにて
小林敬幸

小林 敬幸 (著)
講談社 (2017/9/21)、出典:出版社HP

目次

はじめに

第1章 「ヘンな会社」としての総合商社
売上ゼロでも優良「営業部」
世界的にも稀な業界全体の業態変革
世界的に見てもヘンな会社「SHOSHA」
すっかり変わる商社のランキングの基準
取引先との会話も変わる
社員の考え方も変わる?
一人で同時に何でもやる
事業投資型ビジネスでもすべてやる
一人の商社マンが手掛ける分野の広さ
就活生の息子と父親の会話
じつは平凡?

第2章 サラリーマンとしての商社マン
出世コースと左遷
タコツボ人事?
エビ博士
炎熱商人は絶滅危惧種?
職場の雰囲気
体力のいるハードな仕事?
長時間労働?
クリスマスイブの残業
商社の仕事は危険?
一番怖いのはヒト
SARS騒動体験
過酷な気候と事故

第3章 課題先進企業としての総合商社
コア機能も変化させてきた
商社元来の貿易機能
従来の貿易機能喪失と業態の変容
資源の調達機能
資源調達は、ずっと商社の中心的機能
工業製品の輸出機能
製造業のグローバル展開サポート
国内産業の育成機能
先進ビジネスの導入と開発
「○×ジャパン」の蹉跌
事業投資型の新規事業開発

第4章 ビジネスとしての総合商社
商社と投資会社ファンドの違い
商社=カエル論
ポストバブルの勝ち組
関連会社・子会社で稼ぐ
事業投資型ビジネスの業績評価
連結決算税後利益へのつながり方
商品の多様性から収益方法の多様性へ
キャッシュか利益か
内部の業績評価と仕事の実際
稼いでいる人は一握り
業績評価の難しさの

第5章 仕事としての総合商社
どんなときに仕事は楽しいのか
商社で仕事が楽しいとき
商社ならではの仕事の楽しさ
利益の意味
新規事業立ち上げはやめられない
クレーム対応は辛いよ
ブエノスアイレスでクレーム対応
売れないときは全く売れない
プロの仕事とは
大きな仕事と小さな仕事
参謀的仕事

第6章 商人としての総合商社
商業は虚業か
江戸商人に見る商業の意味
現代のビジネス
中国ビジネスに見る「商売」の原点
「ものつくり」的発想と商業的発想
商人がものつくり文化と付き合うとき
コンプライアンスとビジネス
行政組織と民間組織的
NPOとビジネスの違い
分配に関わる仕事の危険性的

終章 総合商社の未来
なぜ商社は、変革できたのか?
商社の寿命
商社が衰退する兆候とは
成熟社会へ向けて

付表

小林 敬幸 (著)
講談社 (2017/9/21)、出典:出版社HP