貨幣の「新」世界史──ハンムラビ法典からビットコインまで (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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お金の性質を多角的に考える

本書は、お金の起源とお金と人間の関係について様々な視点からアプローチしている本です。生物学や宗教といった、お金とはあまり直接的な関連がないように思える項目から、お金のルーツを探ろうとしていく過程には、知的な刺激があります。多角的な見方について触れたい方には、参考となるでしょう。

カビール セガール (著), 小坂 恵理 (翻訳)
出版社 : 早川書房 (2018/10/4)、出典:出版社HP

貨幣の「新」世界史 ハンムラビ法典からビットコインまで 【目次】

序文 ムハマド・ユヌス(ノーベル平和賞受賞者・グラミン銀行創設者)
はじめに

第1部 精神
アイデアのルーツ
第1章 ジャングルは危険がいっぱい 交換の生物学的起源
第2章 私の心のかけら お金の心理学的分析
第3章 借金にはまる理由 債務の人類学

第2部 身体
お金の物質的形態
第4章 ハードな手ごたえ ハードマネーの簡単な歴史
第5章 ソフトなのがお好き? ソフトマネーの簡単な歴史
第6章 バック・トゥ・ザ・フューチャー お金の未来

第3部 魂
価値の象徴
第7章 投資家は天使のごとく 宗教とお金
第8章 貨幣は語る お金に表現された芸術

エピローグ
謝辞
訳者あとがき
写真クレジット
主要参考文献
原注

カビール セガール (著), 小坂 恵理 (翻訳)
出版社 : 早川書房 (2018/10/4)、出典:出版社HP

序文

一九七四年、私はバングラデシュのチッタゴン大学で経済学を教えていた。新しく建てられた大学キャンパスの隣には、パングラデシュの典型的な農村ジョブラがあって、キャンパスへ行くための通り道になっていた。この年は国じゅうが深刻な飢饉に見舞われ、何百万人もの国民が苦しんだ。そして、この苦しみのいっさいを和らげるために自分は何もできないことを認識すると、学問や知識に裏付けられた私の思い上がりは消え去っていった。無力な自分に何ができるか悩んだすえ、一度にひとりでもよいから、救いの手を差し伸べたいという発想がわいてきたのだった。

ささやかな使命を胸に秘め、私は毎日村の様子を観察し始めた。しかし仕事は山ほどあって、どこから手を付けてよいかわからない。やがて、村全体に高利貸しが蔓延している実態が目につくようになった。最も貧しい人たちを食いものにするこのメカニズムを目の当たりにして、私の胸は痛んだ。そこで、一度にひとりでもよいから助けようと決めた目標を実行に移すため、ポケットマネーを貧しい村人に貸し出すようになった。こうしてマイクロクレジットというアイデアは生まれたのである。

貧しい人たちの銀行としての活動を始めると、私はお金に対する評価を改めた。従来の経済学においてお金の定義は範囲が限定され、自己利益の最大化を図る手段、もしくは慈善のための施しのどちらかだった。しかしお金は、貧困の減少や環境保護など、重要な社会的目標を促進するためにも利用することができるのだ。ただしそれには、お金を斬新な形で応用し、新たな視点から、言うなれば複数の学問のレンズを通して積極的に見直していかなければならない。カビール・セガールの新著である本書は、まさにそれを実践している。

私は二〇一〇年にニューヨーク市でカビールとの初対面を果たした。当時の彼は、二〇〇八年の金融危機が世界中の何百万もの人たちを悲惨な状況に追い込んだ現実を深く憂慮していた。無責任で排他的な金融機関は設計し直すべきだという点でふたりの意見は一致したが、カビールは私よりもさらに踏み込んでいた。お金はなぜ、どのような形で私たちの人生を左右しているのか解明する作業に、積極的に取り組もうとしていたのだ。お金が私たちの人生でどんな役割を果たしているのか、評価し直したいとさえ考えていたのではないか。お金に対する私たちの理解を豊かにし、視点を広げ、金融リテラシーを高めるような本を執筆したいと語っていた。

カビールの努力から生まれた本書は、ユニークで興味深い視点からお金を研究している。モノを売買する手段としてだけでなく、人類の長年の進化の延長としてお金は生まれたという発想に基づいている。そして、人間に備わっている多面性を反映するかのように、生物学、人類学、歴史学、宗教学など、様々な学問の視点を通してお金や交換行為について探究している。お金がどのように発明され、利用され、時間と共に変化して、未来はどうなるのか。なぜ私たちの生活を大きく左右する存在になったのか、結局のところどのように利用したらよいのか、カビールは様々な角度から分析している。

本書のなかでカビールは、お金の過去と現在を考察し、未来の姿を予想している。そのなかで特に私は、お金の未来に興味を持っている。どんな姿に発展し、どのような影響力で社会に変化を引き起こしていくのだろう。私はマイクロクレジットを通じてお金の力を認識した。お金は人びとを勇気づけ、社会に意義と持続可能な変化をもたらしてくれる存在でもある。ソーシャルビジネスにおいては、無配企業がこのような形でお金を利用すれば、人間の直面する問題の解決に貢献できる。少しでも多くの方々が本書を読み、お金は貯めこむだけの存在ではないことを理解して、将来的にソーシャルビジネスを立ち上げてくれれば幸いだ。

しかしお金が将来どのような形になるにせよ、本書を執筆してくれたカビール・セガールの貢献は大きい。過去何世紀にもわたってお金が人びとに対してどのような意味を持ってきたのか、そのいっさいが大局的な視点から紹介されている。言うなれば私たちは、セガールから前進基地を提供された。本書を出発点としてお金に新しい意味を加え、生活における新たな役割を提供し、未来の理想の世界を構築するための土台としてあるべき姿を想像していけばよいのだ。ありがとう、カビール。

ムハマド・ユヌス
ノーベル平和賞受賞者
グラミン銀行創設者

カビール セガール (著), 小坂 恵理 (翻訳)
出版社 : 早川書房 (2018/10/4)、出典:出版社HP