貨幣の日本史 (朝日選書)

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日本の貨幣の歴史を俯瞰的に見る

本書では、日本における貨幣のダイナミックな歴史を俯瞰的に捉えて体系的に整理しています。歴史の振り返りにもなりますが、内容が具体的で、歴史の面白さを貨幣によってうまく引き出していると言えます。また、一般的な世界史の授業には見られない、日本と世界のつながりを描き出しています。

東野 治之 (著)
出版社 : 朝日新聞社 (1997/3/1)、出典:出版社HP

貨幣の日本史 目次

はしがき

1 貨幣の誕生とまじない銭
富本銭の発見 / 和同銭と同時期に / 流通用でない厭勝銭 / いろいろな厭勝銭の存在 / 鋳銭司任命はなんのために
2 和同開珎の銀銭と銅銭
最初の通貨発行 / 試験答案に残る貨幣政策 / 導入期の貨幣の価値 / 流通のための蓄銭叙位の法 / 金銭と銀銭 / 鋳造と鍛造 / 銀銭発行の意味
3 和同開珎と唐の開元通宝
和同開珎の手本 / 開元通宝か、開通元宝か / トルファンの貨幣の文字 / 日本銭を手がかりに / 開元通宝そのままに / 桓武“新王朝”の独自色
日日
4 東の貨幣と西の貨幣
形・製法・価値 / 世界各地のドラクマ銀貨 / 閉鎖的な東洋世界 / 海を越えた和同開珎 / 東西交渉の接点
5 宋銭の輸入
貨幣流通の浸透 / 贋金造りと乱脈発行 / 東アジアの北宋銭流通 / 新安沈船の銅銭 / 土地売買に宋銭 / 選択受容の日本
6 銭の重さ
銭貨を束ねる / 紙幣の誕生 / 日本では為替 / 埋められた銅銭 / 紙幣流通の条件 / 贋札対策
7 永楽銭に筆蹟を残した日本僧
日本で人気の水楽通宝 / 五山僧の筆蹟 / 能筆の日本人 / 義満外交のなかで / 大銭は避ける / 明の鎖国と貿易
8 倭寇の輸入銭
倭寇と密貿易 / 倭人の好むもの / 銅銭の粗悪化 / 悪銭を嫌う / 悪銭をどう流通させるか / 銀精錬法の普及 / 銅銭から米、そして銀へ
9 世界史を動かした日本銀
生糸と日本銀と倭寇 / ポルトガル人の参入 / 東西貿易資金として / 布教活動の経済的背景 / イエズス会神父の役割
10 金貨の相場、銀貨の相場
家康の金銀貨 / 小判が流通用 / 別体系の相場 / 金座・後藤家 / 銀座・大黒家 / 銅銭は認可制
11 貨幣の海外流出と改鋳
貨幣増量が目的 / オランダの東アジア貿易 / 日本の金銀輸出 / 貿易高制限で流出防止 / 狙われる日本銅 / 相場安定策
12 輸出された銅と銅銭
銅銭輸出国への転換 / 日本製北宋銭をアジアへ / アダム・スミスと日本銅 / 輸出銅の行方
13 田沼意次の新貨幣的
田沼の改革 / 田沼の金銀輸入策 / 名目貨幣の定着 / 銅銭も名目貨幣に / 大型銅銭、天保通宝
14 貨幣収集家、朽木昌綱
江戸版貨幣カタログ / 蘭学大名、朽木昌綱 / 蘭学の花開く時代に / オランダ商館長と物々交換
15 流出した金と小さな小判
開国と金流出 / 不利な条件を呑む / 安政小判、大量に国外へ / 閉鎖社会の経済失策 / 銀本位制へ / 職人芸の生きる明治貨
16 紙幣の神功皇后と藤原鎌足
紙幣のデザイン / 神功皇后の肖像画 / なぜ神功皇后か / 紙幣に選ばれる人々 / 藤原鎌足像のモデル

あとがき
参考文献
索引

図版/モリヤマ

東野 治之 (著)
出版社 : 朝日新聞社 (1997/3/1)、出典:出版社HP

はしがき

歴史の語り手として、貨幣は大きな意味を持っている。文献資料の乏しい西アジアやヨーロッパの場合はもちろんだが、そうでない日本のような国でも、その意義は変わるまい。しかしこれまでに書かれた歴史のなかで、貨幣が十分生かされてきたかといえば、そうではないだろう。もちろん貨幣を抜きにした歴史などありえないが、具体的な実物となると影が薄いのである。しかし貨幣をモノとしてながめれば、そこからまた独自の歴史を聞きとることができるのではないだろうか。

実物の重要さということは、主に貨幣収集を趣味とする古銭家によって、早くから指摘されてきた。しかし古代や近世の一部を除けば、歴史学との連携は、あまり進んではいない。これには、実物の世界が容易に極められない奥深さを持っていることや、歴史にとってそれはさほど大きな意義がないという意識が災いしていたといえよう。しかし近年、こうした通念は、ゆるぎつつあるように思われる。古代から近世まで、ほぼ全時代にわたり、出土銭が大量に発見されるようになったからである。銅銭のなかには、銭の文字から一見中国銭のようにみえても、実は日本で鋳造されたものもある。これは出土銭の意義を見定める上で見逃せないポイントといってよい。しかしこの判別は、一般の日本史研究者や考古学者には無理で、古来、古銭家の得意としてきたところだった。一方、古銭家の泣き所は、種類分けには詳しくても、それが実際の年代に結びつきにくいことである。古銭家の扱ってきた貨幣は、たとえもともと出土品でも、どのような遺跡から、どういう状態で出土したかが、ほとんどわからない。それでは年代を決めるにも定点が定められないのである。この点については考古学者の発言が重みを持つ。どのようなタイプの貨幣が、いかなる遺跡から出てくるかを押さえてゆけば、貨幣のさまざまなタイプを、ある程度時期分けしてゆくことも不可能ではないだろう。

このようにみてくると、貨幣に歴史を語らせるには、日本史家、古銭家、考古学者の相互乗り入れが、どうしても必要なことがわかる。現に出土銭を研究する新しい学会が生まれるなど、こうした気運が盛りあがりつつあるのは歓迎すべきことである。理論でも文献研究でもなく、古銭研究でもない、新しい貨幣史が書かれねばならないだろう。

本書をその試みだというつもりはないし、にわかにそれをものする能力も私にはない。ただモノとしての貨幣に、もう少し光を当てたいという思いを、本書に託してみた。今までにないなにかを読みとっていただければ、これに過ぎる喜びはない。

東野 治之 (著)
出版社 : 朝日新聞社 (1997/3/1)、出典:出版社HP