国際経済学 (有斐閣アルマ)

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国際貿易の理論を学び、検証も行う

この本は、国際貿易の原理を理論とデータを用いて実証的に学ぶテキストです。伝統的な貿易理論から新しい話題まで丁寧に解説しながら、その理論が現実の貿易取引を説明できるかを、分析して検証していきます。現在の自由貿易と保護貿易の政治的な駆け引きを考える一助となるかもしれません。

阿部 顕三 (著), 遠藤 正寛 (著)
出版社 : 有斐閣 (2012/12/7)、出典:出版社HP

はしがき

筆者らは,長い間,いくつかの大学で国際経済学あるいは国際貿易の講義を担当してきました。時が経つのは早いものですが,この間,これらの科目をわかりやすく教えることはかなり難しいと感じ続けてきました。このことは多くの先生方が共通の認識として持っておられると思います。
通常,これらの科目では,リカード・モデルやヘクシャー=オリーン・モデルを用いて比較優位や貿易利益の解説を行い,その後で貿易政策などの説明が行われます。前者の話は,政府が介入しない閉鎖経済と自由貿易を比較するという点で簡単です。しかし,貿易取引は国際的な財・サービスの交換であり,輸出もあれば輸入もあります。その分析の枠組みは,輸出財と輸入財を含むいわゆる一般均衡分析とならざるをえません。したがって,講義の早い段階で一般均衡分析が出てくるため,学部学生にとって非常に難しいという印象を与えているように思えます。需要曲線や供給曲線を用いた分析までは理解できるが,それ以上になるとよく理解できないという学生は多くいるのではないでしょうか。
他方,貿易政策などの説明では,国際価格と国内価格の乖離や政府収入の取り扱いなどを考慮に入れる必要があります。この意味では,政府の介入がない状態のみを比較する場合と比べて難しいと感じるかもしれません。しかし,通常,その説明は1つの財の市場のみを考える部分均衡分析から始まります。分析手法が簡単になっているために,学部学生でも比較的容易に分析内容を理解することができるようです。もちろん,貿易政策を一般均衡分析の枠組みで考察することは,二重の意味で複雑さを増すことになります。したがって,貿易パターンや貿易利益のみならず,貿易政策などの解説でも共通して言えることですが,一般均衡分析は学部学生にとっかなりハードルの高い内容であるということです。
本書を執筆するにあたって,筆者らは難しい内容もできるだけ多くの学生に興味を持ってもらい,またその本質を理解してもらいたいという思いを強く持っていました。そのためにはどのようにすればよいのか,自由に意見を交換しました。
そのアイディアの1つが,一般均衡分析をあたかも部分均衡分析のように需要曲線や供給曲線を用いて統一的に説明をすることでした。それによって,高度な内容も本質を失うことなく,比較的容易に理解することができると考えました。内容の理解を深めるためには,従来通りの手法を用いて,丁寧な解説を行うこともできます。しかし,筆者らは前者の方法を選ぶことにしました。2つ目は,日本経済あるいは世界経済の現状と照らし合わせながら理論的な内容を説明したり,理論的な結論を実証的に分析したりすることでした。これまでの講義アンケートの結果などを見ると,学生たちは国際貿易の理論を勉強するだけでなく,現実との関連や理論の妥当性を知りたいという思いが強いようでした。そこで,本書では理論と現実をできるだけ結びつけて説明し,また,コラムを用いて実際の政策などへの応用も多く取り入れました。

以上の2点が本書のとくに新しいところですが,より具体的には次のような工夫をしました。たとえば,本書では,従来のテキストにあるような生産可能性フロンティアと無差別曲線が同時に出てくるような図,あるいはオファー曲線を用いた図はいっさい出てきません。より一般的に解説をしたい場合にはこれらの図が有用であるかもしれませんが,国際貿易や貿易政策などの本質を説明するのにこのような手法は必要ないと筆者らは考えました(研究者を目指す大学院生ならばそのようなことも知っておく必要があるでしょう。)その代わりに,効用関数を特定化することで,一般均衡分析のもとでも需要曲線を用いて経済厚生を表現できるという性質を利用し,需要曲線と供給曲線を用いて説明を行っています。このやり方は従来の教科書では用いられてこなかったものだと思います。
本書を手にする多くの学生や社会人の方々は,さまざまな場面で,たとえば貿易の自由化について意見を求められることもあるでしょう。そのとき,「貿易を自由化すると,より高い効用水準に対応する無差別曲線が達成可能になるので,自由化は望ましい」「自由化によって経済厚生が上がることを数式によって示すことができます」と言ってみても,間違いなくほとんどの人は何も理解してくれません。それよりも,どのような理由で自由化によって利益が発生するのかをきちんと説明できる方がより重要であると考えます。本書では,国際貿易の理論について,わかりやすいツールを用い,とても丁寧に解説を行っています。また,実際のデータや政策などもこれまでの教科書よりも多く取り入れていますので,政策の議論をする際にも本書を役立てていただきたいと願っています。

本書は,学部学生が国際貿易の理論をしっかりと学ぶことのできるテキストとして書かれました。しかし,できあがってみると,学生だけではなく,社会人で国際経済問題に興味を持っている人も十分読めるものになったのではないかと思います。なお,有斐閣書籍編集第2部のブログ(http://yuhikaku-nibu.txt-nifty.com/blog/2012/07/post-4087.html)には,本書の練習問題の解答やより進んだ議論が掲載されています。本書の理解を深めるために,ぜひ活用してください。また,講義を担当する先生方のために,4単位や2単位の講義に対応した本書の利用例や,本書で掲載した図表のスライドファイル(PowerPoint)も掲載しておりますので,参考にしていただければ幸いです。
共著のテキストは他にも多々ありますが,本書は真の意味での共著であると言えます。本書の執筆の過程でも当初は,担当の章や筋を分担して執筆しましたが,担当以外の箇所もきちんと読み,お互いに数多くの意見交換をしました。所属する大学は東京と大阪で離れていましたが,頻繁に意見交換をする機会を持つようにしました。その結果,草稿も大幅に書き換えられ,より読みやすくなったと思います。これも自由に意見交換を行うことができたことによるものだと思います。

本書の執筆に当たり,多くの人にご意見をいただきました。とくに,杉山泰之氏(福井県立大学)と川越吉孝氏(京都産業大学),そして大阪大学大学院生の小川弘昭君には,草稿を丁寧に読んでいただき,有益なコメントをいただきました。また,小林友彦氏(小樽商科大学)と江頭進氏(小樽商科大学)からは,国際経済法や経済学史について助言をいただきました。さらに,大阪大学阿部ゼミの学生には草稿を読んでいただき,学部生の視点から意見をいただきました。有斐閣書籍編集第2部の渡部一樹氏からも,多くのご意見をいただき,本書が非常に読みやすいものとなりました。また,渡部氏には遅れがちな私たちの作業を辛抱強く支援していただきました。これらの方々に心より感謝する次第です。

2012年10月
阿部顕三
遠藤 正寬

著者紹介

阿部顕三(あべ けんぞう)
略歴 : 1958年愛媛県生まれ。80年,慶應義塾大学法学部政治学科卒業,85年,神戸商科大学経済学研究科博士後期課程単位取得退学,90年,経済学博士(神戸商科大学)。名古屋市立大学経済学部助手,立命館大学経済学部助教授,大阪市立大学経済学部助教授,大阪大学経済学部助教授,同大学院経済学研究科教授などを経て2011年より現職。日本国際経済学会顧問。
現在 : 大阪大学理事・副学長
主な著作 : 「International Transfer, Environmental Policy, and Welfare” (共著, The Japanese Economic Review, 63(2), 2012), “Endogenous International Joint Ventures and the Environment” (共著 , Journal of International Economics, 67(1), 2005), “Tariff Reform in a Small Open Economy with Public Production” (International Economic Review, 33(1), February 1992), 『岩波小辞典 国際経済・金融』(共編著,岩波書店,2003年)など。
読者へのメッセージ : 本書では,できるだけわかりやすいツールを使って国際貿易の理論を説明し,実際のデータを用いた理論の検証や現実の政策との関連についても解説をしています。本書によって,多くの学生や社会人の皆さんが,国際経済の問題により興味を持っていただけることを期待しています。

遠藤正寛(えんどうまさひろ)
略歴 : 1966年埼玉県生まれ。91年,慶應義塾大学商学部卒業,96年,慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程単位取得退学,2000年,慶應義塾大学博士(商学)。1996年,小樽商科大学商学部助教授,99年,慶應義塾大学商学部助教授を経て現職。日本国際経済学会常任理事。
現在 : 慶應義塾大学商学部教授
主な著作 : “Can a Regional Trade Agreement Benefit a Nonmember Country without Compensating It?” (共著 , Review of International Economics, forthcoming), “Cross-Border Political Donations and Pareto-Efficient Tariffs” (Journal of International Trade and Economic Development, 21(4), 2012), “Quality of Governance and the Formation of Preferential Trade Agreements” (Review of International Economics, 14(5), 2006), 『地域貿易協定の経済分析』(東京大学出版会,2005年)など。
読者へのメッセージ : 本書は,章立ては国際貿易論の標準的な構成ですが,説明方法では類書にない工夫が行われ,理論と現実の関連も強く意識しています。読者のみなさんに,このユニークさを楽しんでいただければ幸いです。

本書の使い方

本書の構成 本書は10章で構成されています。第1章では,日本と世界の国際貿易の現状と歴史を概観し,国際収支統計の見方を学びます。第2章では,国際貿易を分析するための基本的枠組みを,第3,4章では伝統的貿易理論を学びます。また,貿易データを用いた実証的な分析も行います。第5章では,産業内貿易と新貿易理論を学びます。第6~8章では,関税政策や数量制限,補助金政策などの貿易政策を学びます。第9章では,直接投資や労働移動などの国際要素移動を学び,第10章では,地域貿易協定,貿易と環境などの新しいトピックスを紹介します。
各章の構成 各章は,Introduction, Keywords,本文,Column,練習問題,参考文献で構成され,複合的に理解できるようになっています。
キーワード 重要な概念を説明している箇所を太字(ゴシック体)で表記しました。
Column 本文の内容に関連した興味深いテーマや専門的なトピックスについて,より踏み込んで解説したColumnを収録しました。
練習問題 各章末に,本章の内容の確認問題や計算問題を収録しました。解答は,本書のウェブサポートページに用意しています。
参考文献 各章末に,本文中で参照した文献や,章の内容をさらに専門的に学習するための文献を掲載しました。
略語表 巻末に,本文中で用いられた英文略語の正式名と日本語(例:GDP: gross domestic product,国内総生産)を一覧で掲載しました。
索引 巻末に,キーワードを中心とした基本的なタームを引けるように索引を精選して用意しました。より効果的な学習にご利用ください。
本書のウェブサポートページ 「練習問題の解答」とより詳しい解説がまとめられた「補論」,図表に用いた「Excelデータ」を用意しました。
http://yuhikaku-nibu.txt-nifty.com/blog/2012/07/post-4087.html

阿部 顕三 (著), 遠藤 正寛 (著)
出版社 : 有斐閣 (2012/12/7)、出典:出版社HP

目次

第1章 国際貿易の概観
自由化への歩みと現状
1 世界と日本の貿易額の推移
世界の貿易額の推移
日本の貿易額の推移
2 世界と日本の品目別貿易額
世界貿易の主要品目
サービス貿易
高・中・低所得国の貿易構造
日本の品目別貿易額
3 日本の戦後貿易の概観
GATTへの加盟
国際収支の天井
輸出の急増と貿易摩擦
市場開放圧力
WTOと整合的な貿易政策
地域貿易協定の締結
4 国際収支統計
国際収支統計の主な構成項目
複式計上の原理
貿易収支・サービス収支・所得収支
投資収支
投資収支と対外資産の関係
経常移転収支・その他資本収支
外貨準備増減・誤差脱漏

第2章 国際貿易の経済分析
基本的枠組み
1 部分均衡分析
閉鎖経済と自由貿易
需要曲線・供給曲線・均衡:小国のケース
需要曲線・供給曲線・均衡:大国のケース
2 経済厚生
消費者余剰
生産者余剰
貿易利益
自由貿易の最適性
3 一般均衡分析
一般均衡の概念
閉鎖経済
開放経済
ワルラス法則と相対価格
閉鎖経済におけるワルラス法則
自由貿易におけるワルラス法則
4 比較優位と経済厚生
相対価格と需要曲線
相対価格と供給曲線
閉鎖経済・自由貿易の均衡と比較優位
交易条件と経済厚生
補論 需要・供給が相対価格で決まる例
需要曲線と供給曲線の導出
経済厚生の構成要素

第3章 生産技術と貿易パターン
1 生産技術の国際的相違
生産技術
生産可能性フロンティア
2 比較生産費説
企業による生産の決定
価格と生産の関係線
供給曲線
閉鎖経済の均衡
3 自由貿易と貿易利益
超過需要曲線と超過供給曲線
自由貿易の均衡
完全特化と不完全特化
総余剰の増加
自国における貿易利益
外国における貿易利益
実質賃金率の上昇
不完全特化のケース
4 データによる比較生産費説の検証
分析方法
比較優位財
機会費用

第4章 生産要素の供給と貿易パターン
1 要素賦存量の国際的相違
要素賦存と要素集約性
生産可能性フロンティア
リプチンスキー定理
1人当たりでの生産要素市場の均衡
1人当たりの生産可能性フロンティア
2 比較優位の決定
企業による生産の決定
価格と生産の関係
供給曲線
閉鎖経済の均衡と比較優位
3 貿易利益と所得分配
自由貿易の均衡
貿易利益
要素価格フロンティア
4 データによるヘクシャー=オリーン定理の検証
分析方法
労働・資本投入係数
要素賦存比率
比較優位の検証
レオンチェフ・パラドックス
補論 可変的投入係数のケース
可変的投入係数
生産可能性フロンティア
供給曲線

第5章 産業内貿易と新貿易理論
1 産業内貿易の動向
産業内貿易指数
産業内貿易の要因
2 独占的競争と産業内貿易
国際的な独占的競争
独占企業の行動
独占的競争の均衡
独占的競争下の貿易
企業の異質性と独占的競争
3 国際的寡占と産業内貿易
国際的寡占市場
寡占企業の行動
国際寡占下の貿易
貿易利益
4 規模の経済
マーシャルの外部性
産業全体の供給曲線
カード・モデルの拡張
自由貿易
幼稚産業保護論

第6章 関税政策の基礎分析
1 関税制度の基礎
関税の役割
関税の形態
関税の種類
関税の指標
2 関税の効果
●小国のケース
資源配分効果
厚生効果
3 関税の効果
●大国のケース
資源配分効果
厚生効果
関税率と経済厚生の関係
最適関税
外国と世界の経済厚生
4 保護政策の厚生効果
●日本のコメの事例
日本のコメ市場のモデル化
コメ市場の部分均衡分析
生産量の変化
消費量の変化
総余剰の変化

第7章 関税政策の応用分析
1 不完全競争下の関税分析
外国企業による独占の場合
寡占市場の場合
2 関税の一般均衡分析
予算制約と貿易収支
相対価格と財政余剰
輸入税の効果
ラーナーの対称性定理
貿易政策と歪み(ディストーション)
両国による関税賦課
3 関税の政治経済学
中位投票者定理
政治活動コストと利益団体
市場の失敗と関税
政府の目的関数
4 関税引き下げの国際交渉
政府目的関数と関税
関税率の設定
相互的・互恵的な関税引き下げ

第8章 数量制限と補助金政策
1 輸入数量制限
資源配分効果:小国のケース
厚生効果:小国のケース
大国のケース
2 国内産業保護政策の選択
輸出自主規制
国内生産補助金
関税と輸入数量
制限:不完全競争のケース
3 輸出補助金
資源配分効果:小国のケース
厚生効果:小国のケース
大国のケース
4 戦略的貿易政策
国際寡占下の数量競争
数量競争における輸出補助金の効果
国際寡占下の価格競争
価格競争における輸出税の効果
戦略的貿易政策の留意点

第9章 国際要素移動
1 国際資本移動
国際資本移動の類型
国際資本移動の動向
投資残高の推移
国際投資の収益率
2 国際資本移動の所得への影響
要素移動のない1財モデル
資本移動による生産と所得の変化
3 多国籍企業
多国籍企業の活動
多国籍化の要因(1) : 立地
多国籍化の要因(2) : 内部化
輸出とFDIの選択
進出国決定の要因
進出阻害要因への企業の対応
オフショアリングの進展
4 国際労働移動
国際労働移動の大きさ
国際労働移動の経済効果
労働受入国に関する議論
労働送出国に関する議論

第10章 国際貿易システム
1 GATT/WTOによる貿易の自由化
GATTからWTOへ
GATT/WTOの無差別原則
GATT/WTOによる自由化交渉
ドーハ・ラウンドの停滞
公正な貿易を促進する関税措置
2 地域貿易協定
地域貿易協定の叢生
地域貿易協定の特徴と種類
国際貿易システムへの影響
地域貿易協定によるルール形成
3 地域貿易協定の経済効果
貿易創出と貿易転換
大国のケース
NAFTAの例
日墨EPAの例
4 貿易と環境
貿易と環境の関連
貿易の自由化と環境
多国間環境協定と貿易制限
環境保護のための貿易制限
貿易制限と生産工程・生産方法
政府間の政策競争
補論 環境保全のための収束手段の北戦
最適資源配分と経済厚生
関税と物品税の効果

略語表
索引

Column一覧
① 日本の貿易依存度はなぜ低いのか:グラビティモデルによる説明
② 企業数と財の性質から分類した市場構造
③ オフショアリングをめぐる論争
④ 要素価格均等化定理
⑤ 企業の異質性と国際貿易:日本の事例
⑥ キューポラのある街
⑦ モデルや前提によって異なる貿易自由化の経済効果
⑧ 外国からの政治献金
⑨ 対米乗用車輸出自主規制の経済効果
⑩ “Invest Japan”
⑪ サプライチェーンの国際的な広がり
⑫ 地域貿易協定の盛衰:ヨーロッパと南米
⑬ APEC

阿部 顕三 (著), 遠藤 正寛 (著)
出版社 : 有斐閣 (2012/12/7)、出典:出版社HP