国際経済学 国際金融編 (Minervaベイシック・エコノミクス)

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国際金融の理論を学ぶ

この本は、国際経済学の中の国際金融論に関するテキストです。初学者向けの内容となっており、理論の基礎となっている国際収支と外国為替市場から、モデルの解説や経済政策などまでを簡単な数学を用いて解説しています。現実の現象との関係性も説明されていることもあり、幅広いテーマを直感的に理解することができます。

岩本 武和 (著)
出版社 : ミネルヴァ書房 (2012/10/1)、出典:出版社HP

はしがき

2つのエピソード
本書は国際金融論(国際マクロ経済学)のバイエルである。バイエルというのは、ピアノの初学者が最初に通過するテキストであり、私も数十年前、我が家の愚息は現在、悪戦苦闘している。美しい曲も多く含まれるが、あまり面白くない指の練習もある。
バイエルの練習者には早いけれども、有名な逸話を紹介しよう。昔、ニューヨークの5番街を歩いていたルービンシュタイン(ショパンと同郷であるポーランド出身の世界的ピアニスト)に、ある観光客が「カーネギー・ホールにはどう行ったらよいのですか(How do I get to Carnegie Hall?)」と尋ねたところ、ルービンシュタインは、「練習して、練習して、練習したら行けるのですよ(Practice, Practice, Practice!)」と答えたという。
ピアノの練習と同様、経済学を含め大学で学ぶ学問には、やはり徹底的な「練習」が必要なのであり、その厳しさは、高校までの受験勉強とは一線を画する。格差社会が進展するなかで、高等教育を受けているはずの本書の読者には、まず自分が然るべき水準のプロフェッショナルになるという自覚を持つべきであると強く思う。
もう1つ個人的なエピソードを紹介しよう。数年前、入学式後のオリエンテーションで、ある新入生からこんな質問を受けた。「経済学を勉強して何の役に立つのですか?」答えに窮して、こう問い返した。「君は日本史や世界史や、センター試験で理科の勉強をして、何の役に立ったの?」するともちろん「受験勉強の役に立ちました」と言った。咄嗟に答えることができなかったが、家に帰ってから、あの新入生にこう答えれば良かったと思った。
『たそがれ清兵衛』という映画がある。藤沢周平の原作を山田洋次監督が映画化した2002年の作品である。下級武士で、妻を亡くした井口清兵衛は、夜なべの内職をしながら論語の素読をしている幼い娘と、次のような会話をした。「今読んでいるのは論語ではねえか」。「お師匠はんがこれからはおなごも学問しねばだめだっておっしゃったの。お父はん、針仕事習って上手になれば、いつかは着物や浴衣が縫えるようになるだろ。だば、学問したら何の役に立つだろう」。「そうだなあ。学問は針仕事のようには役にたたねえかもよ。でも、学問しれば自分の頭でものを考えれるようになる。この先世の中どう変わっても、考える力持ってればなんとかして生きて行くこともできる。これは男もおなっこも同じことだ」。
江戸時代に幼い娘が論語を学ぶことと、現代に経済学の専門化した分野である国際金融論を学ぶこと、それぞれの時代にどう役に立つのだろうか? 今の時代に、論語は役に立たず、国際金融論は役に立ちそうだ。しかし「役に立つ」ということを、目先の近視眼的な、経済学の言葉で言えば、短期的な視点から考えないで欲しいと思う。1990年代以降、日本も世界も、歴史的に見て大きな変革期を経過中である。少子高齢化の日本に必要なことは、長期的には生産性の向上であり、そのために高等教育が果たす役割は大きいはずだ。筆者も読者もその責任は重い。

本書の構成と内容
ところで、本書が国際金融論のバイエルたるに相応しいテキストかどうかについては、読者の批判を待たなければならない。本書は、4部10章の構成になっている。
第Ⅰ部は、国際金融論の基礎編で、国際収支と外国為替市場の説明を行っている。おそらく類書と異なる点は、第1章では、フローの統計である国際収支のみならず、ストックの統計である国際投資ポジションにも重点を置いたことである。経常収支と対外純資産の関係やグロスの対外資産や対外負債の意味については、後の章でも頻出する。第2章では、為基レートの最も古典的なフロー(国際収支)アプローチを使って、変動相場制と固定相場制の違いを詳説したことである。現代の為替レート・モデルは、こうした古典的なアプローチとは全く異なるが、固定相場制の下での外貨準備の増減等を理解するために、このモデルの直感的な説明は本質から外れていない。
第Ⅱ部(為替レート・モデル)と第Ⅲ部(国際収支モデル)は、国際マクロ経済学の理論編で、本書の中核をなす。第Ⅱ部では3つの為替レート・モデルを考察するが、それぞれのモデルにおける異なった仮定、それらから導出される異なった結論を理解することが重要である。第3章(金利平価とアセット・アプローチ)は、価格が硬直的という仮定を置いた短期の為替レート・モデルで、最も基本となる考え方である。第4章(購買力平価とマネタリー・アプローチ)は、価格が伸縮的という仮定を置いた長期の為替レート・モデルで、第3章とは異なる結論が導出される。この2つの章は、資本移動が完全に自由であり、かつ内外資産が完全に代替的であるという仮定を置いていたが、第5章(ポートフォリオ・バランス・モデル)では、内外資産が不完全代替という異なった仮定を置くことによって、前の章とは異なった結論が導き出される。おそらく類書と異なる点は、これらの章に配置された補論にあるはずである。第1に、対数関数に関する必要な説明を行い、それを使って本文で展開した代数計算に対応させている。第2に、期待(予想)といった将来に対する不確実性を扱う場合、経済主体のリスクに態度がモデルに仮定されているが、これについては、「補論5.1期待効用関数とリスクプレミアム」で必要最小限の説明を行った。
第Ⅲ部は、通常のマクロ経済学のテキストでも触れられている内容を多く含んでいる。第6章(経常収支不均衡の調整)では、経常収支の黒字や赤字が、為替レートやマクロ経済政策でどのように調整されるかを論じている。ここでも、価格が伸縮的か硬直的か、完全雇用か不完全雇用かによって結論が異なることが重要である。第7章(マンデル=フレミング・モデル)は、開放経済下でのマクロ経済政策の有効性を分析する古典的なモデルであり、IS-LM分析と同様に、物価水準が一定のケインズ経済学の枠組みで分析される短期モデルである。ここでは、為替相場制度の違い(変動相場制と固定相場制)や、資本移動の程度の違い(資本移動が完全に自由であるか、資本規制が存在するか)によって、マクロ経済政策の有効性に違いがあることを理解することが大切である。第8章(資本移動の動学モデル)では、一期間の経常収支だけではなく、異時点間の経常収支に関する動学モデル(異時点間貿易モデル)を、最も簡単な2期間(現在と将来)モデルで考察する。特に、ある期間の経常収支の不均衡が、資本移動(国際貸借)によってファイナンスされる限り、一国の経済厚生が高まることを、ミクロ経済的な基礎付けによって理解することが重要である。現在のマクロ経済学では当たり前のように頻出するものの、初学者にはみつかりにくいはずの「ミクロ経済的基礎付け」にページを割いて解説を加えたつもりである。また、本章のモデルで得られた理論的結論と、現実の資本移動とがどのように異なっているか(何が理論的に解明できていないか)についても、多くの紙面を使った。
第Ⅳ部(国際資本市場と国際通貨システム)は、国際金融の歴史、制度、および現在を扱っている。第9章(国際通貨システム)では、第2次世界大戦後のブレトンウッズ体制の原則と、金ドル交換停止後の変動相場制とドル本位制にについて、おおよそ1980年代までの国際通貨システムについて解説し、さらにEUで採用されている独自の通貨制度と、単一通貨ユーロ導入までを取り上げる。第10章(国際資本市場と金融のグローバル化)では、国際資本市場について、特にユーロ市場とオフショア市場について説明し、1990年代以降の金グローバル化と、その下で拡大したグローバルインバランス、さらに頻発する通貨危機、金融危機、債務危機について検討する。2008年のリーマンショックによって頂点に達した世界金融危機、および2009年のギリシャの財政破綻を契機に現在まで続いている欧州債務危機については、2012年半ばまでに筆者が、知り得た情報に基づいていることをお断りしたい。

謝辞
私が教育に力を入れようと思ったのは、恩師の伊東光晴先生(京都大学名誉教授)が、大学院卒業直前に模擬授業をさせて下さり、それを聞いていただいた伊東先生の「君は研究者としてより教育者として一流になる可能性がある」との一言だ。研究とは、当たり前に思われることを抽象化することで、教育とは、一般化されて難しく見えることを易しく具体化することである。同じことを理解するのに人の数倍も時間がかかる私には、そういう生き方が向いているかもしれないと思った。本山美彦先生(大阪産業大学学長)には、このようなテキストブックを執筆することさえ、受け入れていただけないかもしれない。しかし、国際経済学ではない世界経済論を京都大学で講義するという先生との約束だけは、今後もずっと果たし続けることで、ご寛恕願うしかない。
日本国際経済学会の諸学兄たちとの交流から学んだことは、私の何よりの知的財産である。また「国際的な資金フローに関する研究会」(財務省財務総合研究所)、および「世界経済の構造転換が東アジア地域に与える影響に関する研究会」(内閣府社会総合研究所)の研究メンバーとして参加させていただいたことは、必ずしも専門ではない分野も含むテキストの執筆期間中であったことや、学会関係者だけではなく政策担当者や民間実務家の立場からの視点を学ばせていただけたことでも幸運だった。特に、青木浩治(甲南大学)、阿部顕三(大阪大学)、井川一宏(京都産業大学)、石川城太(一橋大学)、石田修(九州大学)、市川真一(クレディ・スイス証券)、上田淳二(財務総合政策研究所)、遠藤正寛(慶應義塾大学)、大田英明(愛媛大学)、小川英治(一橋大学)、奥村隆平(金城学院大学)、嘉治佐保子(慶應義塾大学)、加藤隆俊(国際金融情報センター理事長)、河合正弘(アジア開発銀行研究所所長)、木村福成(慶應義塾大学)、神事直人(京都大学)、高木信二(大阪大学)、竹中正治(龍谷大学)、竹森俊平(慶應義塾大学)、中西訓嗣(神戸大学)、春名章二(岡山大学)、藤田誠一(神戸大学)、松林洋一(神戸大学)、若杉隆平(京都大学・横浜国立大学)の諸先生方には、学会や研究会等で有益なご助言をいただいていることに感謝したい。
京都大学の経済学研究科に着任して、すでに20年近くなるが、その間の私にとって最大の資産は、卒業生だけで200人を越えるゼミ生や院生たちだ。さらに私の拙い講義を受講してくれた学生たちは、ゼミ生たちの数十倍にも達するはずである。講義の後に、質問を投げかけ、疑問点を指摘してくれたことで、私の教育能力は大いに改善された。歴代のティーチングアシスタント(TA)たちは、真摯に学生たちの質問に答え、ミクロやマクロ、数学や計量などのサブゼミを担当してくれた。特に、長年TAを務めてくれた荒戸寛樹(信州大学)と磯貝茂樹(京都大学大学院経済学研究科博士後期課程、ペンシルバニア州立大学留学中)の両氏には、本書の第Ⅱ部と第Ⅲ部の原稿を読んでいただき、有益なコメントをいただいたことを記して感謝したい。もちろんありうべきミステイクは全て筆者の責任である。
ミネルヴァ書房の堀川健太郎氏と初めてお目にかかったのは、もう何年前のことかも忘れてしまった。国際経済学というテキストブックを1人で執筆するという当初の無謀な計画を断念し、2分冊という形での出版を快諾して下さったことに、まずお礼申し上げたい。中西調嗣氏(神戸大学)には、『国際経済学 国際貿易編』のご執筆をお引き受けいただいたことに感謝すると同時に、読者には本書と合わせて学習されることを強く勧めたい。計画変更後も、筆者の無能故の多忙故、執筆は遅れに遅れ、堀川氏の適切な督促なしに、原稿の完成はありえなかったであろう。
最後に私事にわたるが、家計という面では全くの不経済学者である夫と違い我が家の生活を支えてくれている妻と、いつもわれわれに笑顔と元気と希望を与え続けてくれている息子に「ありがとう」の言葉をおくりたい。

2012年8月17日
岩本武和

岩本 武和 (著)
出版社 : ミネルヴァ書房 (2012/10/1)、出典:出版社HP

目次

はしがき

序章 国際金融論の考え方
1 ミクロ経済学的な視点
2 マクロ経済学的な視点

第Ⅰ部 国際収支と外国為替市場

第1章 国際収支と国際投資ポジション
1.1 国民経済計算と国際収支統計
1.2 国際収支の構成
1.3 国際投資ポジション

第2章 外国為替市場と為替レート
2.1 外国為替市場の構造
2.2 為替レートのフロー・アプローチ
2.3 変動相場制と固定相場制
2.4 直物為替レートと先物為替レート
2.5 名目為替レートと実質為替レート
2.6 実効為替レート
補論2.1 カバー付き金利平価
補論2.2 実効為替レートと通貨バスケット

第Ⅱ部 為替レート・モデル

第3章 金利平価とアセット・アプローチ
3.1 フロー・アプローチからアセット・アプローチへ
3.2 金利平価と無裁定条件
3.3 アセット・アプローチ
3.4 為替レートのオーバーシューティング
3.5 国際金融のトリレンマ
補論3.1 対数関数の利用(1)
補論3.2 カバー付き金利平価(CIP)とカバーなし金利平価(UIP)の違い

第4章 購買力平価とマネタリー・アプローチ
4.1 購買力平価
4.2 貿易財と非貿易財
4.3 マネタリー・アプローチの基本方程式
4.4 フィッシャー効果と実質金利平価
4.5 マネーサプライの成長率と為替レートの変化率
補論4.1 対数関数の利用(2)
補論4.2 ビッグマック指数と購買力平価の推移
補論4.3 バラッサ=サミュエルソン効果の数学的証明

第5章 ポートフォリオ・バランス・アプローチ
5.1 資産の不完全代替性とリスクプレミアム
5.2 リスクプレミアムを含む為替レート・モデル
5.3 ポートフォリオ・バランス・アプローチ
補論5.1 期待効用関数とリスクプレミアム
補論5.2 一国の資金循環

第II部 国際収支モデル

第6章 経常収支不均衡の調整
6.1 対外インバランスとは何か
6.2 弾力性アプローチ
6.3 アブソープション・アプローチ
補論6.1 マーシャル=ラーナー条件の数学的導出
補論6.2 国際収支のマネタリー・アプローチ

第7章 マンデル=フレミング・モデル
7.1 IS-LM-FXモデル
7.2 IS-LM-BPモデル
7.3 資本規制の効果

第8章 資本移動の動学モデル
8.1 異時点間の予算制約
8.2 消費の決定——資本移動の利益(消費の平準化)
8.3 生産の決定——資本移動の利益(投資の効率化)
8.4 2国・2期間モデルにおける消費・生産・経常収支の決定
8.5 資本移動の理論と現実
補論8.1 現在価値

第Ⅳ部 国際資本市場と国際通貨システム

第9章 国際通貨システム
9.1 ブレトンウッズ体制
9.2 ブレトンウッズ体制の崩壊と変動相場制への移行
9.3 変動相場制とドル本位制の構造
9.4 ユーロと最適通貨圏
補論9.1 レーガノミックスと双子の赤字
補論9.2 ラテンアメリカの債務危機

第10章 金融のグローバル化と国際資本市場
10.1 国際資本市場
10.2 金融のグローバル化
10.3 グローバルインバランス
10.4 世界金融危機
10.5 欧州債務危機
補論10.1 アジア通貨危機

練習問題解答
文献・統計資料案内
索引

岩本 武和 (著)
出版社 : ミネルヴァ書房 (2012/10/1)、出典:出版社HP