世界史で学べ! 地政学 (祥伝社黄金文庫)

【最新 – 地政学を理解するためのおすすめ本 – 超初歩的から専門的な内容まで】も確認する

国際紛争を地政学的見方から読み解く

地政学は、リアリズムの一つで、国家間の対立を地理的条件から説明するものです。敗戦後の日本では地政学ではなく理想主義史観が幅をきかせましたが、世界では地政学に基づいた考え方をして行動しています。本書は、今日の国際紛争を地政学的見方から読み解いたものです。世界のルールや日本の取るべき選択肢が見えてくるでしょう。

茂木誠 (著)
出版社 : 祥伝社 (2019/4/12) 、出典:出版社HP

プロローグ いまなぜ地政学が必要なのか?

一番よく売れている高校の世界史教科書に、こういう記述があります。
「第二次世界大戦は、東アジアにおける日本、ヨーロッパにおけるイタリア・ドイツのファシズム国家が、国内危機を他国への侵略で解決しようとし、ヴェルサイユ・ワシントン体制を破壊する動きから始まった。(中略)……ドイツ・イタリアがヨーロッパで、日本が中国でそれぞれ別に始めた侵略戦争は、1941年の独ソ戦と太平洋戦争の開始とともに、世界戦争へと一体化した。
連合国側がはやくから反ファシズムを掲げ、大西洋憲章によって新しい戦後秩序を示して、多くの国々の支持を集めたのに対し、ファシズム諸国は自国民の優秀さをとなえ、それぞれの支配圏確立をめざすだけで、広く世界に訴える普遍的理念を持たなかった。さらに、ファシズム諸国の暴力的な占領地支配は、占領地民衆の広い抵抗運動を呼び起こした。この結果、ファシズム諸国は事実上、全世界を敵にまわすことになって、敗北した」(山川出版社『詳説世界史B』2013)

要約すると、
・連合国=新しい戦後秩序、普遍的理念を示し、多くの国々の支持を集めて勝利した。
・ファシズム諸国=侵略戦争、自国民の優秀さを主張、暴力的な占領地支配により敗北した。
という歴史観を示しているのです。「正義は勝つ」という物語です。戦後、ドイツと日本で行なわれた戦犯法廷(ニュルンベルク裁判と東京裁判)で示された歴史観をそのまま記載しています。これが、戦後70年を経ても、高校世界史教科書の執筆者の認識を呪縛しているのです。
「連合国」の中には自国民を数百万人虐殺したスターリンのソヴィエト連邦が含まれていたこと。「強奪された主権の返還」を掲げた「大西洋憲章」の起草者チャーチルが「この宣言はイギリス植民地には適用されない」と明言していること。東アジア各国首脳が東京に集まった大東亜会議で「相互の自主独立、人種差別の撤廃」を掲げた「大東亜宣言」を採択したこと。これらの事実については、完全に黙殺しています。
第二次世界大戦が「悪に対する正義の勝利」であったのなら、戦後の世界は戦争のない理想郷であったはずです。ところが実際には、朝鮮戦争、インドシナ戦争、中東戦争、キューバ危機、印パ戦争、チェコ事件、中ソ国境紛争、ベトナム戦争、中越戦争、カンボジア内戦、ソ連のアフガニスタン侵攻、湾岸戦争、イラク戦争……と戦禍は絶えず、日々新たな紛争が生まれているのが現実です。

米ソ冷戦は、アメリカの勝利という形で終わりました。アメリカの思想家で日系三世のフランシス・フクヤマは『歴史の終わり』という著書の中で、「自由と民主主義が勝利したことにより、もはや世界に対立はなくなった」と書きました。ところが9・11テロ事件が起こり、アメリカのブッシュJr.政権は「テロとの戦い」を宣言してアフガニスタンとイラクに派兵します。今度は「自由と民主主義の擁護者アメリカと、テロ支援国家との戦い」のはじまりであり、「歴史は終わらなかった」のです。
世界史を「悪(野蛮)に対する正義(文明)の勝利」とする見方は、古代ギリシアのヘロドトスに始まり、中世には十字軍を提唱したカトリック教会が引き継ぎ、近代になるとヘーゲルやマルクスが合理化しました。アメリカもこの理論に基づいて西部開拓(先住民迫害)、東京大空襲や原爆投下、イラク戦争を遂行してきました。「野蛮を撲滅するためには、多少の犠牲はやむを得ない」という論法です。
世界史を正義の実現と見る「理想主義」とは真逆の立場を、「現実主義(リアリズム)」といいます。「歴史には正義も悪もない。各国はただ生存競争を続けているだけだ」という見方です。
つまり第二次世界大戦は「列強の勢力争い」であり、連合国が勝ったからといって正義が実現したわけではなく、今度は戦勝国の間で新たな勢力争い(冷戦)が始まったのだ、となります。リアリズムの歴史観では生存競争は無限に続き、「歴史が終わる」ことはありません。古代から21世紀まで、国際紛争の主要因は常に国家間の生存競争であり、これを正当化するために宗教やイデオロギーが利用されている、という見方です。

地政学(ジオポリティクス)は、リアリズムの一つです。
国家間の対立を、地理的条件から説明するものです。国境を接していれば、領土紛争や移民問題が必ず発生する。だから隣国同士は潜在的な敵だ、という考え方です。現在、日本との関係が悪化しているのは、隣国である中国と韓国です。日本がナイジェリアやアルゼンチンと争うことはありません。遠すぎるからです。
冷戦中、ソ連と中国はいずれも共産党政権でしたから、鉄の団結を示すはずでした。ところが両国は7000キロの国境を接する隣国であり、中国からの人口圧力をソ連は脅威に感じていました。つまり地政学的には敵対関係にあったわけです。
このことに気づいたのがキッシンジャー博士でした。アメリカのニクソン大統領の補佐官として、「アメリカが中国に接近すれば、中ソ関係に楔を打ち込むことができます」とニクソンに進言したのです。この結果、ニクソン訪中が実現して米中蜜月時代が始まり、外資導入によって中国経済は急発展を遂げたのです。
地政学は、帝国主義の論理です。国家と国家が国益をかけて衝突するとき、地理的条件がどのように影響するかを論じます。アメリカのマハン、イギリスのマッキンダーが、海洋国家(シーパワー)としての地政学を構築しました。海軍による海上交通路(シーレーン)の確保を最重視する理論です。これに対抗する形で、第一次世界大戦の敗戦国ドイツでハウスホーファーが大陸国家(ランドパワー)としての地政学を練り上げました。
大戦中に日本は「大東亜共栄圏」を提唱しましたが、モデルを提供したのがハウスホーファーでした。ドイツの軍人として日本に長期滞在し、日本学の専門家でもあった彼は、イギリスの世界支配に対抗するため、米・独・ソ連・日本による世界四分割を構想したのです。松岡洋右外相に代表される日本のランドパワー派がこれを採用し、日独伊三国同盟や日ソ中立条約に結実しました。しかしヒトラーがソ連に攻め込み、また日本海軍が真珠湾を攻撃したことで米・ソを連合国側に追いやった結果、世界四分割構想は挫折したのです。

敗戦後の日本では地政学の研究自体が禁じられ、タブー視されました。代わりに山川教科書のような、理想主義史観が幅をきかせてきました。日本の敗北は戦略・戦術の誤りではなく「倫理的に間違った戦争をしたから」であり、「日本が深く反省し、謝罪を行なえば」戦争はなくなる、だから「憲法9条を守れ」という脳内お花畑歴史観です。
しかし日本が反省と謝罪をすればするほど、周辺諸国は居丈高になり、平和が遠のいていくという現状を、私たちはいま、目の当たりにしています。

こういったお花畑歴史観、世界観を正すために、地政学は有効なのです。
アメリカ、ロシア、中国、EU(欧州連合)……。各国の指導者はリアリズムでモノを考え、行動しています。それが道徳的に正しいかどうかではなく、プーチン大統領や習近平国家主席が地政学的に行動しているという事実(リアリティ)が重要なのです。
相手の思考方法、世界のルールを熟知すれば近未来予想も可能になり、日本のとるべき選択肢もはっきり見えてくるでしょう。
本書は、今日の国際紛争を地政学的見方から読み解いたものです。地政学そのものの理論については、巻末の参考文献を参照してください。

2015年6月

文庫版へのまえがき

本書刊行から4年が経ち、大手の書店さんでは地政学のコーナーが置かれ、ビジネス雑誌でも地政学の特集が組まれる時代になりました。地政学を広めたい筆者にとって喜ばしいことである反面、普通の読者が地政学に関心を持たざるを得ないほど、日本をめぐる国際情勢が緊迫してきた証左でもあります。
この4年間で、アメリカにドナルド・トランプという「異形の政権」が誕生し、イギリスはEU離脱を宣言し、フランスでもEU離脱を訴える国民戦線のマリ・ルペンが大統領選で大躍進しました。
中東ではシリア内戦に軍事介入してテロ集団ISを崩壊させたロシアとイランが存在感を強め、中国は習近平政権が米国に代わる覇権国家への野心をあらわにし、これを警戒するトランプ政権は米中貿易戦争を発動しました。
朝鮮半島では金正恩政権が米国本土を脅かす核とミサイル開発を急ピッチで進め、トランプを米朝首脳会談の席に引きずり出すことに成功、親北朝鮮派の文在寅政権のもとで韓国のアメリカ離れが加速しています。
日本では安倍晋三政権によるアベノミクスで脱デフレは実現しましたが、憲法改正も、拉致問題解決も、日露交渉も目処がたたないまま、長期政権の維持が自己目的化している感があります。
世界はどこへ向かうのか?
われわれはどのような立ち位置を取るべきか?
もう一度立ち止まって考えるためにも、本書がお役に立てれば幸いです。

2019年3月
茂木 誠

茂木誠 (著)
出版社 : 祥伝社 (2019/4/12) 、出典:出版社HP

世界史で学べ! 地政学 目次

プロローグ いまなぜ地政学が必要なのか?
文庫版へのまえがき

[第1章] アメリカ帝国の衰退は不可避なのか?
アメリカは「島」である/貧農たちが開拓者精神を育んだ/カリフォルニアへの道/「シーパワー」理論を見出したマハン/日本の対米戦争戦略はマハンから学んだ/エアパワー時代の到来/9・11後の世界/2050年にアメリカの時代は終焉を迎える/大国の草刈り場、中南米

[第2章] 台頭する中国はなぜ「悪魔」に変貌したのか?
そもそも「中国」とは何か?/「ランドパワー帝国」中国がとった三つの政策/海戦が不得手だったモンゴル軍/北虜南倭――漢民族を脅かすランドパワーとシーパワー/数百隻の大艦隊で南海を遠征した鄭和/清朝崩壊を早めた海防・塞防論争/ランドパワー派・毛沢東の大躍進政策/シーパワー派・鄧小平の改革開放政策/中国はシーパワー大国になれるのか?

[第3章] 朝鮮半島――バランサーか、コウモリか?
侵略されつづけた半島国家/夷狄を排斥しつづけた李氏朝鮮/東アジアのシーパワーによる支配/竹島問題を引き起こした「反日大統領」李承晩/日韓条約を結んだ現実主義者の朴正煕/冷戦終結がもたらした北朝鮮の核開発危機と韓国通貨危機/韓国政治を読み解くカギ――激しい地域対立/中国への急接近/日・米による韓国切り捨て/「血の盟友」が「不倶戴天の敵」に

[第4章] 東南アジア諸国の合従連衡
なぜ東南アジアは雑多な世界なのか/中国vsベトナムの2000年戦争
世界を読み解くポイント チョーク・ポイント
インドシナ半島三国志/ミャンマーの華麗な寝返り/最後の王制国家タイの苦悩/南の巨人インドネシア
世界を読み解くポイント 華僑・華人・客家・苦力
夢から覚めたフィリピン

[第5章] インドの台頭は世界をどう変えるのか?
「インド人」という民族は存在しない
世界を読み解くポイント そもそもインドって何?
チベットという防波堤/植民地支配が生み出したインド・ナショナリズム/イスラム国家パキスタンの誕生/インド外交の柱、非同盟中立/ソ連のアフガニスタン侵攻がアルカイダを生んだ
世界を読み解くポイント ガンディー・ネルー王朝
そして核武装が始まった
世界を読み解くポイント 核の拡散は核戦争を助長するのか?
インドが世界最大の国家となる日
世界を読み解くポイント ヒンドゥー教とシク教

[第6章] ロシア――最強のランドパワーが持つ三つの顔
ロシアは三つの顔を持つ
世界を読み解くポイント ビザンツ帝国とギリシア正教
世界最大のランドパワー/海洋覇権を回復した共産主義国家
世界を読み解くポイント マッキンダーのランドパワー理論
ソ連崩壊後の混乱を制したプーチン/地政学的に中露は敵対関係/なぜロシアはウクライナを手放したくないのか/北方領土の解決策はあるのか/ロシア復活のラストチャンス

[第7章] 拡大しすぎたヨーロッパ――統合でよみがえる悪夢
ヨーロッパは「世界島」から突き出した半島/オフショア・バランシング――島国イギリスの世界戦略/シーパワーになりたかったフランス/ランドパワーとして生き残ったドイツ
世界を読み解くボイントグレート・ゲーム(the Great Game)
強いロシアを掲げるブーチン/ギリシア危機を地政学で読み解く/バルカン半島をめぐる奪い合い/ギリシアに公務員が多い理由/ユーロ危機は「ギリシアの嘘」から始まった/ドイツに対し戦時賠償問題を持ち出した

[第8章] 永遠の火薬庫中東①サイクス・ピコ協定にはじまる紛争
輸送ルートをめぐる争い/中東紛争の種はまかれた――サイクス・ピコ協定/サウジアラビアの誕生/英仏がアラブ諸国に対して間接支配を行なった/ナセルの偉業―スエズ戦争の勝利
世界を読み解くポイント 傀儡国家(Puppet State)
アラブ民族主義の時代/90年代に始まるアラブ民族主義政権への打撃/「アラブの春」が招いた新たな混乱/「イスラム原理主義」という解決策?
世界を読み解くポイント イスラム原理主義

[第9章] 永遠の火薬庫中東②トルコ、イラン、イスラエル
オスマン帝国はセーブル条約で切り刻まれた/日韓関係とそっくりなトルコ・ギリシア関係/「トルコはヨーロッパではない」と見ている欧州諸国
世界を読み解くポイント アルメニア問題、クルド問題
ペルシア帝国の復活を目指すイラン/イラン革命が世界に与えた衝撃
世界を読み解くポイント シーア派とスンナ派
なぜパレスチナにユグヤ国家が建設されたのか/パレスチナに流れ込むユダヤ人たち/「約束の地」は地政学的には最悪だった
世界を読み解くポイント ホロコーストと日本

[第10章] 収奪された母なる大地アフリカ
人類の母なる大地/黒人奴隷狩りの真相/紅海ルートに注目した欧州列強
世界を読み解くポイント ブラック・アフリカ
ソマリアvsエチオピアという米ソ代理戦争/スーダンは一日として統一国家だったことはない/石油利権の陰に中国が/マグリブ諸国とナイジェリア/アフリカが抱える問題の基本構造は同じ/日本にできることは何か?

エピローグ 2050年の世界と日本
地政学を学ぶための参考図書

茂木誠 (著)
出版社 : 祥伝社 (2019/4/12) 、出典:出版社HP