ベーシックインカムへの道 ―正義・自由・安全の社会インフラを実現させるには

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ベーシックインカムの全体像を掴む入門書

本書は、ベーシックインカムについてわかりやすく網羅的にまとめられた入門書です。ベーシックインカムの歴史、及ぼす社会的・経済的影響、導入事例などを解説しています。また、賛成と反対の両方の議論を紹介しており、ベーシックインカムの全体像を掴むことができます。

ガイ・スタンディング (著), 池村千秋 (翻訳)
出版社 : プレジデント社 (2018/2/10) 、出典:出版社HP

目次

はじめに

第1章 ベーシックインカムの起源
第2章 社会正義の手段
第3章 ベーシックインカムと自由
第4章 貧困、不平等、不安定の緩和
第5章 経済的議論
第6章 よくある批判
第7章 財源の問題
第8章 仕事と労働への影響
第9章 そのほかの選択肢
第10章 ベーシックインカムと開発
第11章 推進運動と試験プロジェクト
第12章 政治的課題と実現への道

付録 試験プロジェクトの進め方
謝辞
世界のベーシックインカム推進団体
原注

BASIC INCOME
By Guy Standing
Original English language edition first published by
Penguin Books Ltd., London
Text copyright © Guy Standing 2017
The author has asserted his moral rights
All rights reserved
Japanese translation published by arrangement with
Penguin Books Ltd. through The English Agency (Japan) Ltd.

ガイ・スタンディング (著), 池村千秋 (翻訳)
出版社 : プレジデント社 (2018/2/10) 、出典:出版社HP

はじめに

進化の原動力となる創造性を生み出すのは、「可能なこと」の奴隷になっている人物ではなく、「不可能なこと」に挑もうとする人物である。
――バーバラ・ウートン(二〇世紀イギリスの社会学者・経済学者)

少なくとも、一五一六年にイギリスの思想家トマス・モアが『ユートピア』という著書を発表して以降、多くの思想家がなんらかのかたちの「ベーシックインカム」について論じてきた。社会のすべてのメンバーが権利として、一定額の所得を定期的に受け取れるようにしようという考え方のことだ。そのあまりに大胆な発想におののく人もいれば、現実離れした夢物語、さらには文明に対する脅威だと嘲笑する人もいた。「どうせ無理だよ」と、このアイデアへの憧憬を心の奥底にしまい込む人もいたし、熱烈に支持を訴えすぎて辟易される人もいた。ベーシックインカムという考え方は、実にさまざまな感情や反応を呼び起こしてきた。
しかし、議論を促進するための国際的なネットワークが誕生するには、一九八〇年代まで待たなくてはならなかった。「ベーシックインカム欧州ネットワーク(BIEN)」が正式に発足したのは、一九八六年九月のことだ。西欧の少数の経済学者や哲学者、その他の社会科学者たちがベルギーの大学都市ルーバンラヌーブ(フランス語で「新しいルーバン」という意味)に集まった。これは象徴的なことだった。公的な資金によるベーシックインカムの実現をはじめて訴えた著作である『ユートピア』が刊行されたのが、ルーバン(ルーベン)だったのだ。わたしはこのときの創設メンバーの一人で、「ベーシックインカム欧州ネットワーク(BIEN)」という名称の考案者でもある。「BIEN」という呼び名は、「よい」という意味のフランス語「bien」とも重なり、ベーシックインカムが幸福をもたらせることを示唆できると考えた。
その後、ヨーロッパ以外のメンバーが増えるにつれて、「欧州」という名称が実態に合わなくなってきた。そこで二〇〇四年、BIENの「E」を「欧州(European)」から「世界(Earth)」に変更した。それでも、主流派の評論家や研究者、政治家たちは最近まで、すべての人に権利としてベーシックインカムを支給すべきだという考え方にほとんど関心を示してこなかった(フランスのミシェル・ロカール元首相や、ノーベル平和賞を受賞した南アフリカのデズモンド・ツツ大主教などの素晴らしい例外はいた。この二人はBIENの世界会議で演説したことがある)。状況が変わったのは、二〇〇七~〇八年の世界金融危機がきっかけだった。これ以降、ベーシックインカムへの関心が高まりはじめている。
長い停滞期にBIENの活動を通じて理念を守り続け、研究と執筆に打ち込むことにより、無関心な政府に代わってベーシックインカムの考え方をかたちづくってきた人々に、称賛の言葉を贈りたい。BIENは一貫して、あらゆる政治的な立場の人たちを受け入れるよう努めてきた。ジェンダーの平等、人種の平等、そして自由で民主的な社会を否定しない限りは。
ベーシックインカム推進派のなかでも、リバタリアン(自由至上主義)的な考え方の持ち主と平等主義的な考え方の持ち主の間に、また、ほかの政策と切り離して推進したい人と、進歩主義的な政治戦略の一環と位置づける人の間には、つねに対立があった。それでも、あらゆる政治的な立場の人たちを歓迎する方針を採用してきたからこそ、BIENは大きな成功を収め、「機は熟した」と言える日のために、このアイデアの知的基盤を充実させてこられたのだ。

政治的な必須課題?
昨今、ベーシックインカムへの関心が高まっている一因は、現在の経済政策と社会政策の下で、持続不可能な規模の不平等と不正義が生まれているという認識にある。猛烈なグローバル化が進み、いわゆる「新自由主義」の経済が浸透し、テクノロジーの進化により労働市場が根本から様変わりするなかで、二〇世紀型の所得分配の仕組みは破綻してしまった。「プレカリアート」と呼ばれる人たちの増加は、その一つの結果だ。プレカリアートとは、雇用が不安定で、職業上のアイデンティティを持てず、実質賃金が減少もしくは不安定化していて、福祉を削減され、つねに債務を抱えているような人たちを指す言葉である。
以前は、国民所得のうち「資本家」と「労働者」がそれぞれ手にする割合はおおむね一定だった。しかし、昔の常識は崩れた。ごく一握りの「不労所得生活者(ランティエ)」——物的資産や金融資産、知的財産などの資産が生み出す利益により、豊かな暮らしを謳歌する人たち——への所得の集中が加速している。このような状態は、道義的にも経済的にも正当化できるものではない。社会の不平等が拡大し、人々の怒りも高まっている。不安、無関心、疎外、怒りが混ざり合う結果、社会は最悪の危機に飲み込まれつつある。ポピュリスト(大衆迎合主義者)の政治家たちが人々の不安を煽り、支持を広げやすい環境が生まれているのだ。これは、一九世紀の金ぴか時代[「金ぴか時代」とは、一九世紀後半のアメリカで資本主義が急速に発展を遂げ、貧富の格差が拡大した時期のこと]にアメリカで起きたのと同じ醜悪な事態だ。
新しい所得分配の仕組みの確立に向けた確かな一歩を踏み出せなければ、社会はますます極右に傾斜していくだろう。二〇一六年にイギリスの国民投票でEU離脱(ブレグジット)が選択され、アメリカ大統領選でドナルド・トランプが当選した底流にあるのは、そうした社会の右傾化だった。このような潮流に抗し、より平等で自由な社会を築くためには、ベーシックインカムの導入が政治的な必須課題だとわたしは考えている。この本を執筆した理由の一つはそこにある。

本書について
この本は、ベーシックインカムへの賛成論と反対論を一とおり読者に紹介することを目的としている。ここで言うベーシックインカムとは、年齢や性別、婚姻状態、就労状況、就労歴に関係なくすべての個人に、権利として、現金(もしくはそれと同等のもの)を給付する制度のことだ。本書の内容は、この三〇年間にわたり多くの人たちが取り組んできた研究、政策提言、市民運動、とくに、これまでのBIENの活動、二〇一六年七月のソウル大会にいたるまで一六回の世界会議と、そこで発表された何百本もの論文を土台にしている。関心がある読者のために、できるだけ参考文献や引用文献も示した。
しかし、本書の目的はあくまでも、読者にベーシックインカムの基礎知識を提供し、掘り下げた紹介をすることにある。ベーシックインカムとはどういうものか、この制度が必要な理由として挙げられてきた三つの側面、すなわち正義と自由と安全について論じ、あわせて経済面での意義にも触れる。また、さまざまな反対論も紹介する。とくに財源面での実現可能性の問題と、労働力供給への影響についても検討する。さらに、実際に制度を導入するうえでの実務的・政治的な課題も見ていく。
本書が政治家や政策立案者だけでなく、いわゆる「一般読者」(いささか上から見下ろすような表現だが)にも役立てば幸いだ。「すべての人にベーシックインカムを」という主張は、一見シンプルだが、実際にはいくつもの複雑な問題が絡み合っている。実際の証拠に目を向けず、深く考えることもせずに、頑なな持論をいだいている人も多い。読者は、できるだけオープンな精神で本書を読んでほしい。
わたし自身はBIENの創設メンバーで現在は名誉共同理事長を務めており、筋金入りのベーシックインカム推進派を自任している。それでも、本書の執筆に当たっては、反対派の意見を最大限フェアに紹介するよう努めた。賛成派と反対派が互いの主張に耳を貸さずに、自分たちの言いたいことだけを主張するのではなく、冷静な会話をすべきだと考えているからだ。その会話の内容を実行に移すのは、政治の役割である。
では、ベーシックインカムに前向きな政治家たちがそうした主張を堂々と発信し、実現に向けて行動するよう背中を押すためには、どうすればいいのか?
有力政治家が内輪の席でベーシックインカムへの賛意を表明しつつ、どうすれば「カミングアウト」できるのかと述べるのは、もう聞き飽きた。ポピュリズムの隆盛という、近年の世界の政治的動向にも裏打ちされて、本書の議論が政治家たちに気骨を持たせる一助になれば、幸いである。

ガイ・スタンディング (著), 池村千秋 (翻訳)
出版社 : プレジデント社 (2018/2/10) 、出典:出版社HP