AI時代の新・ベーシックインカム論 (光文社新書)

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ベーシックインカムとAIの関係について考える

本書は、経済学者である著者がベーシックインカムとAIとの関係を論じる一冊です。ベーシックインカムとは何かという入門的な内容に始まり、AI時代におけるベーシックインカムの必要性について説明しています。ベーシックインカムだけでなくAIにも興味のある方に特におすすめです。

井上智洋 (著)
出版社 : 光文社 (2018/4/17) 、出典:出版社HP

はじめに

私は裕福な家庭で育ったわけではなく、学生の時には昼ご飯として非常用の乾パンを食べていたくらいにお金がなかった。にもかかわらず、お金を稼ぐために労力を費やすという気がそれほど起こらなかった。
お金が嫌いなわけではないのだが、楽しい活動をしたついでにもらいたいというくらいの意識しか持ち合わせていなかったのである。我ながら世の中をなめ切っていて、今となっては反省することしきりだ。
そんな調子だから、就職活動からして、応募した二社のうち、一つは書類選考で、もう一つは一次面接で落とされて、それきり嫌になってやめてしまった。
しょうがないんでバイト先の会社の社長に泣きついて正社員にしてもらったけれど、申し訳ないことにその会社も3年弱で退職してしまった。会社員には向いていなかったのである。
そんな私にもちょっとした救いがあって、勉強が嫌いではなかったので大学院に入り直して経済学を学び、なんとか大学教員になることができた。
大学院に入っても出られるかどうか分からないし、大学院を出て博士号を取得しても大学教員になれないことは多々ある。だから、自分はラッキーだったとしかいいようがない。
だが、それよりもなによりも、お金儲けの意欲が乏しい代わりに、勉強意欲をかろうじて持ち合わせていたということが最大のラッキーだ。それすらもなければ、私は今頃ニートになっていたかもしれない。
そう考えると、今、私がニートやホームレスではなく大学教員でいられるのは、究極的なところ偶然に過ぎない。そして、私だけでなく、今順調な人生を歩んでいるという人は、等し並みに運が良いのではないだろうか。
努力したとしても、成功するか否かは運で決まるということを強調したいわけではない。それよりも重要なのは、「努力する能力」を授かったこと自体が運の賜物だということだ。
ただし、全てが運だからといって、お金儲けにいそしんだ人がたくさんの所得を得ることを私は否定しない。全ての人の所得を等しくしたら、経済は立ちいかなくなるだろう。
私にはないお金儲けの才能を持った人を私は尊敬するし、そうした人が家邸に住んだり高級車を乗り回したりするのも結構なことだと思っている。その一方で、誰もが最低限の暮らしを営めるような社会であってほしいとも願っている。
人は、病気や障害、高齢、失業など様々な理由で貧困に陥る。純粋に労働意欲がなく怠けているというケースも中にはあるかもしれない。
だが、勉強意欲や労働意欲がないことも、広い意味でハンディキャップといえないだろうか?そうした人たちにも、生きる権利があってしかるべきではないだろうか?生まれる前にまで遡行すれば、自分がホームレスになる人生を歩んでいたという可能性を私は全く否定できなくなる。その可能性に想いを馳せた時、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保障された社会であってほしいと願わずにはおれない。
生活保護は、まさにそのための制度のはずだが、実際にはそうした高邁な理想を実現する制度にはなっていない。日本では、生活保護基準以下の収入しかない世帯のうち、給付を受けていない世帯が8割だといわれている。
貧困層の生活は、生活保護の受給を受けられるかどうかで、天国と地獄ほどの開きが生じてしまう。つまり、8割の世帯が地獄のような生活を強いられているわけだ。だから、現在の生活保護を拡充して、残り8割の人も給付を受けられるようにしようという改善案がさしあたり考えられる。しかし、それで本当に貧しい人々が漏れなく受給できるようになるのか、はなはだ疑わしい。
それだったらいっそのこと、全ての国民にお金を給付して、その分お金持ちの人たちから余計に税金をとったらどうだろうかという考えも浮かんでくる。
このような制度を「ベーシックインカム」(BI)という。収入の水準に拠らずに全ての人々に無条件に、最低限の生活を送るのに必要なお金を一律に給付する制度だ。例えば、毎月7万円のお金が老若男女を問わず国民全員に給付される。世帯毎ではなく個人を単位として給付されるというのも重要な特徴だ。
毎月7万円の場合、3人家族だったら1万円、4人家族だったら28万円の給付が受けられるようになる。それにプラスして、月15万円くらい稼ぐことができたら、暮らしていくには十分だろう。
重い病気や障害などのハンディキャップを負っている人に対しては、別途給付が必要だろうが、それ以外のあらゆる貧困にはBIで対処できるはずだ。
全く労働意欲がなく7万円のみで暮らしたいという独身者の場合、都市部であってもルームシェアをすれば暮らせるし、地方に行けば一人暮らしを営むこともできる。
なによりBIが優れているのは、全ての貧しい人を余すことなく救済できることだ。食いっぱぐれる心配が要らなくなれば、貧困に直面している人々の暮らしはもっと明るく健康的なものとなるだろう。おまけに、生活保護と違って働いた分だけ給付額を減らされるということもないので、労働意欲を削がれることはない。BIは、「貧困の罠」から抜け出しにくいという生活保護の欠点を克服した制度となっているのである。
BIを夢物語のように思う人も多いかもしれない。しかし、フィンランドでは政権与党が導入に向けての準備を進めているし、インドでは2020年までに一つか二つの州で導入する予定である。イランでは石油から得られる公的収益が国民に分配されており、既にそれだけで最低限の生活が送れるようになっている。にもかかわらず、イランの人々の労働意欲はほとんど低下していない。
現在、世界ではBIに関する議論がかつてないほど盛り上がっている。その背景には、人工知能(AI)やロボットが多くの人々の雇用を奪うようになるのではないかという予想がある。
日本でもこうした議論がなされるようになってきたので、いずれBIが導入されるだろうと私は楽観的に考えている。だが、できる限り早くBIを導入するには、この制度を多くの人々に知ってもらう必要がある。本書は、まずはそのために書かれている。
ただ、既にBIについての良書が幾つか出版されているので、本書ではBIという制度を単に紹介するだけでなく、BIと貨幣制度やAIとの関わりについて、私独自の視点で論じていきたい。
なお、本書の内容は一部、既に出版されている拙著『人工知能と経済の未来』と『ヘリコプター・マネー』と重なっていることを最初にお断りしておきたい。

本書の第1章では、BIに関する基礎的な知識について紹介し、第2章では、BIの財源と具体的な制度について論じる。BIには、常に財源の問題が付きまとっている。この問題の解消を図るとともに、具体的な制度として、固定BIと変動BIからなる「二階建てBI」を提案したい。
第3章では、貨幣制度について議論する。私は、貨幣制度の変革がいずれ必要だと思っているが、これはBIの導入に不可欠なわけではない。しかし、貨幣制度の変革は、より平等でより豊かなBI制度を可能にするだろう。
第4章では、今後AIの急速な進歩が失業や貧困を増大させる可能性について論じ、そうした問題の対処のためにBIが必要になるということを主張する。
第5章では、様々な政治経済思想について論じ、その中にBIを位置付ける。怠け者にもBIを給付することが、どうして正しいといえるのか。そもそも怠けることは悪いことなのか。私たち日本人が常識として持つ勤労道徳は、普遍的な価値を持つ規範なのか。そういった問題についても掘り下げていきたい。

井上智洋 (著)
出版社 : 光文社 (2018/4/17) 、出典:出版社HP

AI時代の新・ベーシックインカム論 目次

はじめに

第1章 ベーシックインカム入門
1.1 ベーシックインカムとは何か?
1.2 ベーシックインカムvs生活保護
1.3 起源と歴史
1.4 現代のムーブメント

第2章 財源論と制度設計
2.1 なぜ生活保護よりもベーシックインカムの方が安上がりなのか?
2.2 負の所得税・生活保護との制度上の違い
2.3 所得税以外の財源
2.4 日本の財政危機は本当か?
2.5 貨幣発行益を財源としたベーシックインカム

第3章 貨幣制度改革とベーシックインカム
3.1 貨幣発行益をベーシックインカムとして国民に配当せよ
3.2 貨幣制度の変遷
3.3 銀行中心の貨幣制度の問題点
3.4 国民中心の貨幣制度へ

第4章 AI時代になぜベーシックインカムが必要なのか?
4.1 AIは雇用を奪うか? 格差を拡大させるか?
4.2 日本の雇用の未来
4.3 人間並みの人工知能が出現したら仕事はなくなるか?
4.4 脱労働社会にベーシックインカムは不可欠となる
4.5 資本主義の未来

第5章 政治経済思想とベーシックインカム
5.1 右翼と左翼は対立しない
5.2 なぜ右派も左派もベーシックインカムを支持するのか?
5.3 儒教的エートスがベーシックインカム導入の障壁となる
5.4 なぜ怠け者も救済されるべきなのか?
5.5 労働は美徳か?
5.6 人が人であるために

おわりに

注釈
引用文献

井上智洋 (著)
出版社 : 光文社 (2018/4/17) 、出典:出版社HP