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ベーシックインカムで貧困問題は解決できるのか
本書は、貧困問題解決に焦点を当ててベーシックインカムについて考える一冊です。財源は確保できるのか、労働意欲を阻害しないかといった疑問に対する著者の考え方が示されています。特に財源面について具体的な検討がなされており、一読の価値があります。
はじめに――ベーシック・インカムとは何か
「ベーシック・インカム(BI、基礎的所得)とは、すべての人に最低限の健康で文化的な生活をするための所得を給付するという制度である。そう言うと、なぜそうするのか、そんなことをしたらただでさえ財政赤字がひどいのに、さらにとんでもないことにならないか、という批判があるだろう。福祉を充実させるべきだと考えている人からも、貧困は単に所得がないことから生まれるのではなくて、仕事がない、社会から排除されるなどの、社会的な根深い問題から生まれるのであって、単にお金を配れば解決できるという問題ではないという批判がすぐさま返ってくるだろう。
これらに対する私の答えは簡単である。なぜそうするのかという疑問には、人々の生活を保障することは現代の先進工業国家がすでにしていることだからであると答える。日本国憲法第二五条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあり、その第二項は、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とある。
そのためにすでに生活保護制度がある。憲法第九条を変えよという人はいるが、憲法第二五条を変えよという人を私は知らない。多くの子どもや高齢者がホームレスになってあちこち食料をあさりながら歩き回っているという社会に住みたい人はいないだろう。だから、人々は憲法第二五条にも、生活保護制度にも賛同していると言ってよいだろう。働けるのに働かないで生活保護給付を受けている人、子どもが高額所得者なのに生活保護給付を受けている人に国民は批判的だが、生活保護制度そのものに反対しているわけではない。だから、BIを給付すべきだという主張に反対する人は本来いないはずだと私は考える。
そんなことをしたら財政赤字がさらにひどいことになるという批判には、すでに行っていることを別の形でするだけだから、赤字がさらに膨らむことはないと答える。むしろ、BIは、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるようにするうえで、もっとも効率的な手段だから、財政支出を減らすことができる。ただし、これは多くのデータによって説明しなければならないことなので、「第3章 ベーシック・インカムは実現できるか」できちんと答えることにしたい。
貧困とは単に所得がないことではないという批判には、そういう面があることは事実だが、現行の制度で、貧困を取り巻く根深い問題を解決できているのだろうかと反論したい。幼い子どもや女性が、貧困と家庭内暴力の犠牲になるという痛ましい事実がある。このような問題に対しては、もちろん、BIを給付しても解決することはできない。しかし、現行の福祉制度は、これらの問題を解決できているのだろうか。
大部分の人は、たまたま所得を得る能力が低くても、子どもや女性に乱暴を働いたり、その所得を分別なく使ってしまったりはしない。まともでない人はごく少数だ。しかし、貧困は、ごく少数のまともでない人々の問題ではない。であるなら、貧困とは、大部分の人々には、所得が少ないという問題なのだから、すべての人々にBIを給付し、現在の福祉制度は、まともでない人々にまともになってもらうように尽力するような制度に改組すべきである。児童相談所は、無責任な、あるいは残虐ですらある親から、子どもを断固として守らなければならない。BIは、福祉官僚の仕事を減らし、彼らがしなければならない本来の仕事をする余裕をもたらすはずである。
貧困とは所得が少ないことだ。本文で詳しく述べるが、現行の生活保護制度の問題点は、その給付額が十分か否かではなくて、そこにアクセスできない、つまりもらうべき人がもらっていないことだ。BIという制度にアクセスできれば、人々は生活費を得られ、絶対的な貧困から脱却することができる。BIの利点は、すべての人々を貧困から救うことができるということだ。
BIについては、日本において、二十一世紀の最初の一〇年間の後半に議論が盛り上がった時期があった。BIについての解説本や翻訳書が立て続けに出版された。その主なものは、ゲッツ・W・ヴェルナー『ベーシック・インカム――基本所得のある社会へ』(渡辺一男訳、現代書館、二〇〇七年)、フィリップ・ヴァン・パリース『ベーシック・インカムの哲学――すべての人にリアルな自由を』(後藤玲子・齊藤拓訳、勁草書房、二〇〇九年)、山森亮『ベーシック・インカム入門――無条件給付の基本所得を考える』(光文社新書、二〇〇九年)、立岩真也・齊藤拓『ベーシックインカム分配する最小国家の可能性』(青土社、二○一○年)などである。
また、元ライブドア代表取締役社長の堀江貴文氏、楽天証券経済研究所客員研究員の山崎元氏、脳科学者の茂木健一郎氏、サントリーHD代表取締役社長(前ローソン代表取締役社長)の新浪剛史氏など多彩な人々がBIを支持したことが、多くの人々の関心を呼んだ。ネットでも雑誌でも、BIに関する議論が見られるようになった。
その後、議論は低調になったようだ。その理由は、すでに説明したように、BIは巨額の財政支出をともなうという誤解と、貧困はお金のないことではなく生活をめぐる根深い問題なのだという考えが流布したからだろう。本書は、これらの誤解をただし、超高齢社会に向かう今こそ、BIについて正しく理解していただきたいと思って書いたものである。BIは世代間の不公平をもたらさない公平な制度でもある。
本書は三つの章と短い「おわりに」からなる。第1章では、日本における所得分配と貧困の現実を説明し、貧困の問題を解決するために、BIが有用な方法であることを示す。第2章では、所得分配とBIをめぐるさまざまな思想とその対立軸を説明し、本書の立場を明らかにする。第3章では、BIを実現するための財政的裏付けを議論する。短い「おわりに」はまとめである。
ベーシック・インカム
目次
はじめに――ベーシック・インカムとは何か
第1章 所得分配と貧困の現実
――生活の安心は企業ではなく国家が守るべし
はじめに
国家が国民の生活を守る以前の時代
自営経済における資本財としての子
雇用が生活の安心を守っていた
男性の非正規も増えている
会社福祉から取り残された人もいる
日本の社会保障の機能と仕組み
これまでのやり方ではよい雇用を増やせない
最低賃金の引き上げは失業率を上昇させる
最低賃金の問題ではなく生活保護の問題
日本の生活保護水準は高い
保険原理の欠陥
雇用重視の財政金融政策の重要性
企業を生活保障から解放しよう
日本の特徴はワーキングプアーが多いこと
昔の日本は平等だったのか
戦前の格差はどうだったのか
ベーシック・インカムの提案
第2章 ベーシック・インカムの思想と対立軸
はじめに
功利主義の再分配理論
リベラリズムの所得再分配理論
リバタリアンの所得分配論
現実の所得分配状況と再分配政策
BIの発想
BI思想の活性化
負の所得税の概念図
自由な社会と負の所得税
負の所得税と現実
給付レベルに現れる哲学の相違
権利としてのBI
BIと富の正当性
近衛の危険思想の背景
世界革命的共産主義者としての近衛文麿
アジアの共産化をもたらした日本のアジア侵略
存在しえなかったABCD包囲網
明治の元勲の富の認識
ウォール街を占拠する人はいても……
富の正当性が疑われている
報酬返還の議論
報酬返還の実例
BIと家父長主義
パレンス・パトリエ政策の限界
日本政府はパレンス・パトリエであるのか
貧困とパターナリズム
ケースワーカーの不正関与
日本政府は必要な家父長の役割を果たしていない
BIの思想を整理する
第3章 ベーシック・インカムは実現できるか
はじめに
BIは給付と税が一体の制度である
代替財源と考えられるもの
貧しい人々の人数とBIの水準
二兆円とインセンティブのための費用
BIと所得階級ごとの関係
給付水準と実行可能性
比例税についての修正の余地
日米の所得格差と累進課税の影響
BIの水準は低すぎるか
医療保険制度をどう扱うか
なぜ豊かな人にもBIを支給するのか
結婚税を避ける
BIと資産保有
労働意欲を阻害するか
BIは賃金を引き下げるか
BIと移民
夢追い人を増やさないか
BIの付随的利点
BIと地域
事実として地方にもさまざまな産業がある
BIと富の正当性
パラマキ政策は悪くない
バラマキでない農業政策は何をもたらしたか
バラマキでない林業政策とはいかなるものか
震災復興も一律給付で可能となる
高台移転のコスト
結語
おわりに
――国家は貧困を解消できるか