なぜ「健康経営」で会社が変わるのか: 判例から学ぶ、健康に配慮する企業が生き残る理由

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健康経営の実践テキスト

この本は、健康経営研究会理事長・岡田邦夫氏を著者として、健康経営の基本的な考え方、健康経営を推進し構築するための具体的方策や実践面でのアドバイス、そして、参考となる労働判例を盛り込んだハンドブックです。「健康経営銘柄」「健康経営優良法人」認定をめざす企業、企業経営者、人事、労務、厚生、管理監督者、産業医、産業保健スタッフに是非手に取ってもらいたい一冊です。

はじめに

働く人の健康問題が大きな社会問題となり、また労働災害として認定され、さらには、訴訟となって経営者に多額の賠償が請求されるようになっている。本来、働くことは私たちの生活や人生に生きがいや充実をもたらすものであるが、一方では、不幸にも長時間労働などによって健康障害の原因となっているのが現状である。

『女工哀史』に記述されている過酷な労働は、多くの若い人の命を奪うことになった。その轍を踏まないために工場法が制定され、現在では労働法によって働く人の安全と健康を確保することが事業者の責務となっている。労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定し、「生命、身体等の安全」には、心身の健康も含まれるものであること、と通達に記載されている。従来、判例法理であった「安全配慮義務」が、ようやく法律として明文化されることになったのである。

さらに昨今では、従業員の健康障害にかかわる損害賠償の根拠法律として、民法のみならず会社法も適用されるという現状がある。また、パワーハラスメントに基づく従業員の心身の不調については、刑法上の違法性についても言及されるようになってきた。企業の根幹を揺るがしかねない従業員の健康問題が、社会的にも大きな課題であることはいうまでもない。

わが国の急速な少子高齢化により、今後、生産年齢人口はさらに減少し、企業が労働省を確保することはますます難しくなり、これを経営課題としてとらえなければならない時代になってきた。人材を確保するためには、多くの人が働きたいと感じるような職場環境の醸成が重要であり、喫緊の課題でもある。それを実現するためのひとつの方策が、「健康経営」として浮上してきた感がある。経営と健康の両立は果たして経営戦略として結果を出すことができるのか、は企業未来を予測することにもつながる。

企業の未来を考えたとき、経営上のリスクとして、従業員の健康問題は避けることのできないものである。しかし、そのリスクを回避するための手立てとして、従業員の健康づくりを事業として位置づけ、経営戦略として投資を行い、利益を創出することは、すなわお、労働生産性の確保と従業員の健康の保持増進の両立を促すことになる。

「健康経営」は、企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面でも大きな効果が期待できるとの基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践することである。従業員の健康管理、健康づくりの推進は、単に医療費というコスト面の節減のみならず、生産性の向上、創造性の向上、企業イメージの向上など、さまざまな効果が得られ、かつ、企業におけるリスクマネジメントとしても有効である。従業員の健康管理者は経営者であり、その指導力のもと、健康管理を組慧戦略に則って展開することが、これからの企業経営にとってますます重要となっている。

「健康経営」は、単に従業員の健康の保持増進を事業として推進することだけではない。企業ブランドを創造するためには、経営者の「雇い方」、管理監督者の「働かせ方」、そして従業員自らの「働き方」を踏まえて、働きがいのある職場や職務を創造することが不可欠となる。人事労務管理による企業リスクの回避、少子高齢社会における労働生産性の向上、高齢化する従業員の健康増進対策と豊かなセカンドライフの基盤づくりなど、社会的存在としての企業の果たすべき役割が求められている。

「健康経営」の基盤には法令遵守があるが、会社法に基づいて起業した会社が、今、会社法によって、経営者に対する損害賠償請求がなされるようになった。まさしく、従業員の健康問題は経営責任であるとの司法判断がなされ、経営者としても健康管理担当者に一任するだけではその責務を果たしていないことになったのである。現在、CHO(Chief Health Officer)を選任する動きも加速しており、経営者は、経営責任として働く人すべての健康問題に取り組まなければならない。

働き方改革は、このような現状から、労働生産性の向上と健康の保持増進の両立をひとつの目的として提案されたものである。正規・非正規それぞれの雇用のあり方、高齢者の雇用と健康問題、低迷する労働生産性など、山積する課題を抱えるわが国の企業の行く末をいかに乗り切っていくのか。経営者が、多くの人々や組織等とスクラムを組んで実践していかなければならない。

本書は、このような社会的状況において経営者が「健康経営」に取り組み、企業価値を高めることの重要性について理解を深め、同時に、過去の労働者の健康問題に関する判例から企業における健康問題の発生防止対策と解決法を学ぶことを目的としたものである。働くことは、従業員の健康の保持増進に直結するとともに、従業員を支える家族の健康にも多大な影響を及ぼす。経営者自らが推進する「健康経営」の積み重ねが、社会の健康にも寄与するものであると確信している。

なお、本書には、経営学の立場から神戸大学大学院経営学研究科・金井壽宏教授、行政の立場から経済産業省商務・サービスグループヘルスケア産業課長・西川和見氏に原稿をお寄せいただいた。ご多忙の折、また限られた時間のなかでご執筆を賜ったことに厚く御礼申し上げる。

健康経営研究会理事長
岡田邦夫

目次

はじめに

第1章 「健康経営」とは何か
健康経営という新たな潮流
「経営」と「健康」の歴史
「健康経営」という考え方
健康経営を構成する3つの軸
第1軸:コスト軸体と心の健康―コンプライアンス軸
●判例にみる健康診断の重要性
●パワーハラスメントと従業員の心の健康問題
●突然の無断欠勤は自殺のサイン
第2軸:マネジメント軸ストレス対応とリスク回避―リスクアセスメント軸
●管理監督者へのメンタルヘルス教育は不可欠
●上司に求められるメンタルヘルスケアの知識とスキル
●会社法による経営責任の追及
●ストレスや不安要因を定量的に把握
第3軸:投資軸環境改善とコミュニケーション向上ソリューション軸
●判例にみる職場環境とメンタルヘルス
●健康経営の効果的な進め方
健康経営における健康投資とは
第1の投資「時間投資」
第2の投資「空間投資」
第3の投資「利益投資」
健康経営のすすめ

第2章 健康経営で企業はどう変わるのか
3つの柱で健康経営を推進
経営者が進める健康経営
教育によりリスクを回避する
業務に起因する健康障害をどう防ぐか
問われる産業医の専門性:リスク回避と経営者の責任
管理監督者による健康経営の推進
自分を超える部下の育成
パーソナリティ問題への知識と対応
心の健康問題と復職支援
「手引き」に準じた対応を
解雇の有効性が問われた判例
従業員による健康経営の推進
ヘルスリテラシー向上に基づく自己健康管理意識の醸成
健康食の養用対効果を考える
職場の人間関係が労働生産性に影響

第3章 長時間労国の解消と過労死対策
法令順守、CSR、そして健康経営へ
従業員の健康管理問題と企業の取り組み方の変化
健康経営における法令遵守とリスクマネジメントの意義
法令遵守と公法的規制・私法的規制
安全配慮義務をめぐる議論の進展
●事上の損害賠償責任と安全配慮義務
●安全配慮義務と労働安全衛生上の義務の関係
●安全配慮義務の範囲をめぐる裁判例を通じた拡大化
●安全配慮義務の拡大化に対する歯止めの必要性
●判例にみる安全配慮義務と自己保健義務・プライバシーとの関係
●安全配慮義務の履行と経営者や管理監督者の果たすべき役割
長時間労働と健康問題に関する法的規制の変遷
1990年代までの状況
過労死に関する労災認定基準の改定
●認定基準の対象拡大
●脳・心臓疾患の発症と漢眠時間との関連性に留意
●二次健康診断により脳・心臓疾患の予防を図る
労働時間の適正な把握に向けて使用者が講ずべき措置
管理監督者の過労死事案も多数存在
「総合対策」の策定と長時間労働者に対する面接指導
過労死等防止対策推進法の制定とその後の状況
健康経営の視点からみた長時間労働対策
健康経営と健康診断の実施
①健康診断の実施②健康診断実施後の措置③健康診断結果と「要配慮個人情報」
ワーク・ライフ・バランスと長時間労働の抑制
働き方改革実行計画と健康経営

第4章 メンタルヘルス対策に対するニーズの高まり
メンタルヘルス不調に関する法的規制の変遷
「判断指針」策定に至るまでの経緯
2006年の労働安全衛生法改正とメンタルヘルス指針の策定
新認定基準の策定
2014年の労働安全衛生法改正とストレスチェック制度
●ストレスチェックの流れ
●定期健康診断とストレスチェックの関係をめぐる法的課題
健康経営の視点からみたメンタルヘルス対策
運営におけるペンタルヘルス対策の位置づけ
快適な職場環境の整備
●健康経営と快適職場づくり指針
●受動喫煙防止対策
ワークエンゲージメント
ストレスチェックに関する集団ごとの集計・分析を職場環境の改善につなげる
●メンタルヘルス不調者が出れば損害賠償責任を問われる可能性も
職場の人間関係とハラスメント問題
①セクシュアルハラスメント②パワーハラスメント③マタニティハラスメント
職場復帰の支援
①私傷病休職制度の趣旨②復職判定③復職条件の決定④退職・解雇⑤「手引き」が提示する職場復帰支援の5つのステップ
働き方改革実行計画とメンタルヘルス対策

第5章 多様化する雇用形態と多様な人材活用
日本型雇用システムとその変容
非正規雇用をめぐる課題と法規制
非正規雇用とは何か
有期契約労働者
●雇用の不安定さに対する「雇止めの法理」
●労働条件の相違をめぐる争い
パートタイム労働者
●雇用の不安定さに対する改善措置
●処遇の低さに対する改善措置
派遣労働者
●雇用安定のための措置
●処遇の低さに対し派遣会社が講ずべき措置
非正規雇用と労働者の健康問題
雇用関係によらない働き方
日本型雇用システムを見直す契機として
雇用関係によらない働き方における働き手と健康問題
多様な人材活用をめぐる課題と法規制
ダイバーシティの意義
女性労働に関する労働法上の規制の概要
①平等取扱原則との関係②母性保護との関係③少子高齢化と就業支援
女性活躍推進法の制定
①制定の経緯と法律の概要②女性活躍推進法の概要
女性労働と健康管理問題
高齢者雇用
①高齢者雇用に関する法規制の概要②高齢者雇用と健康問題
障害者の活躍推進
①障害者雇用に関する法規制の概要②障害者雇用と健康問題
健康経営と多様化する雇用形態、多様な人材活用
働き方改革実行計画にみる雇用形態の多様化・多様な人材活用

第6章 これからの健康経営のあり方
わが国における「働くこと」の意義
●労働時間は長く、生産性は低いという現状
雇い方・働かせ方・働き方の重要性
働き方改革と健康経営
●変わりつつある「働く人と企業の関係」
企業と従業員がウィンウィンの関係に
安全と健康の両立を図るルールづくり
コラボヘルスの望ましいあり方
健康経営による企業ブランドの確立を

【特別寄稿】
健康経営銘柄とは
経済産業省商務・サービスグルーブヘルスケア産業課長 西川和見
働くひとのモティベーションやキャリアに配慮する健康経営への視点
神戸大学大学院経営学研究科教授 金井壽宏

【健康経営ミニ知識】
計画のグレシャムの法則/パンとサーカス
新型うつ病ディスチミア親和型/健康情報と「匿名化」を通じた活用
ホーソン効果とは/パワハラをめぐる誤解
フリーランスという働き方/「M字カーブ現象」の解消に向けて

巻末資料
関連する最近の裁判例
不適切な言動(暴言、パワーハラスメントなど)として認められた事例
長時間労働による脳・心臓疾患の発症に関する労災認定の可否(業務上外の判断)をめぐる最近の裁判例
長時間労働による脳・心臓疾患の発症に関する民事上の損害賠償責任の有無をめぐる最近の裁判例
メンタルヘルス不調(精神障害)の発症に関する労災認定の可否(業務上外の判断)をめぐる最近の裁判例
メンタルヘルス不調(精神障害)の発症に関する民事上の損害賠償責任の有無をめぐる最近の裁判例
メンタルヘルス不調(精神障害)を理由とする休職者の復職可否の判断をめぐる最近の裁判例
関連する通達・ガイドライン
定期健康診断における有所見率の改善に向けた取組について
障害者差別禁止指針
合理的配慮指針

あとがき