イーロン・マスク 世界をつくり変える男

【最新 – イーロン・マスクについて知るためのおすすめ本 – 生い立ちから彼の目指す未来まで】も確認する

イーロン・マスクのビジョンがわかる

本書は、イーロン・マスクの生き方や考え方についてまとめています。多くの人が想像もしなかったような壮大なビジョンを掲げ、そのビジョンを現実にしていく力強さは多くの人を惹きつけます。本書で、彼がどのようにこの世界をみて、どのような未来をつくろうとしているかが理解できます。

竹内 一正 (著)
出版社 : ダイヤモンド社 (2018/1/25)、出典:出版社HP

プロローグ

イーロン・マスクとは何者なのか?

もし、あなたがイーロン・マスクのことを「あまりよく知らない」というのなら、せめてこのプロローグだけでも読んで、この人のことを知って欲しいと思います。

たとえば近年、世界を一変させたビジネスリーダーと言えば、誰を思い浮かべるでしょうか。
スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ、そんな面々を思い浮かべる人は多いでしょう。

たしかに、ジョブズは洗練されたプロダクトと、まったく新しいビジネスモデルを生み出し、人々のライフスタイルを一変させました。ジェフ・ベゾスが作り出したアマゾンは世界中の流通システムを変え、人々の「買い物」という概念を完全にひっくり返しました。あるいは、ザッカーバーグのフェイスブックは人々のコミュニケーションのあり方を変え、現実の世界に革命をもたらす原動力ともなりました。
しかし、そんな彼らの破格の活躍でさえ霞んでしまうほど、イーロン・マスクが実現しようとしている「未来」には、とんでもないスケール感と奇想天外さが溢れています。
グーグル創業者の一人で、資産約5兆円を有するラリー・ペイジはこう言っています。

もし、自分の莫大な財産を残すとしたら、慈善団体ではなく、
イーロン・マスクに贈る。
彼なら未来を創れるからだ。

イーロンと仲がいいラリー・ペイジのこの言葉には、もちろんジョークも含まれているでしょう。しかし、グーグルで世界を変えてきたビジネスリーダーの一人ラリー・ペイジにそう言わせるだけの魅力がイーロン・マスクにあることは間違いありません。ラリー・ペイジをして「未来を託したくなる」という男。
イーロン・マスクとはいったい何者なのでしょうか。
どんな未来を見据え、何を実現しようとしているのでしょうか。
興味を引かれると思いませんか。ラリー・ペイジだけでなく、世界中の名だたる投資家が「イーロン・マスクが描く未来」に期待を寄せ、莫大な資金を投資しています。
これがまた奇妙な話で、イーロン・マスクがやっているビジネスがものすごく大きな利益を出し続けているかと言えば、決してそうではありません。むしろ、赤字であったり、倒産の危機を迎えたりするなど、お世辞にも「投資家が喜ぶ業績」を挙げてはいないのです。
「自らの資産を増やす」ということに熱心な『ふつうの投資家』なら、イーロン・マスクに投資などしません。金儲けが上手な経営者ならほかにいくらでもいるからです。
それなのに世界中の投資家がイーロン・マスクに投資するのはなぜか。
それは彼がカネ儲けよりも、未来を作ることに情熱を傾けているからです。
その期待感こそが、イーロン・マスク最大の魅力であり、独特の光を放つ個性でもあります。こんなにも愉快で、痛快で、ワクワクするビジネスリーダーがほかにいるでしょうか。

170億円の成功など「ほんの序章」に過ぎない

1971年、南アフリカ共和国で生まれたイーロンは、7歳で母国を離れ、カナダへと移住し、クイーンズ大学に入学。その後、アメリカのペンシルベニア大学に編入すると物理学と経営学を学び、1995年、スタンフォード大の大学院へと進学しました。1995年と言えば、ウィンドウズ5が発売され、世界中の人々のライフスタイルから産業のあり方までも大きく変わっていく年でした。
そんな時にシリコンバレーの空気を吸っていれば、起業への思いが沸き立つのは自然の流れ。イーロン・マスクも例外ではなく、せっかく入ったスタンフォード大学院をわずか2日で辞めると、弟のキンバル・マスクとソフトウェア制作会社「Zip2」を起ち上げます。

天下のスタンフォード大学院を2日で辞めてしまう決断と行動力はさすがですが、それだけシリコンバレーの熱狂がイーロン・マスクを突き動かしたとも言えるでしょう。
そして、イーロンが考えついたインターネットのイエローページ版のアイデアは時代を先取りし、「Zip2」は大成功。
PC大手のコンパックに約3億ドル(約300億円)で売れるまでに成長し、この買収によってイーロン・マスクは約2200万ドル(約8億円)を手にします。
この資金を元手に、今度はインターネット決済のサービス事業会社「Xドットコム」を起ち上げました。紆余曲折がありながらも、この会社も結局は成功。「Xドットコム」は創業翌年の2000年にはコンフィニティ社と合併してペイパル社となり、そのペイパル社を、 ネットオークション大手のイーベイが5億ドル(約1500億円)で買収することになります。この買収劇は全米でも話題となりました。
端的に言えば、イーロン・マスクが起ち上げた会社は次々と栄光し。合併を経て、さらに、成長。そして、最終的に大手企業に売り切ることで、とんでもない金額を手にしたわけです。 起業家が成功し、大金を手にする典型的なパターンでしょう。
ちなみに、ペイパルの買収によって彼が手にしたお金は約1億7000万ドル(約 170億円)。まだ30歳そこそこのイーロン・マスクは、シリコンバレーの風に乗り、まんまと億万長者となったのでした。

「世界をつくり変える」ビジョンをぶち上げる!

しかし、それぐらいの成功ならシリコンバレーではよくある話ですし、ラリー・ペイジがわざわざ「未来を託そう」などと思うはずがありません。
わずか数年で170億円を稼ぎ出したサクセスストーリーが「ほんの些細な序章」と感じられてしまうほど、その後のイーロン・マスクはとてつもない事業へと手を伸ばしていきます。
ペイパル社の次にイーロン・マスクが挑んだのは、なんと「宇宙ロケット事業」でした。 そもそも、大学時代のイーロンは「人類の将来にとって、もっとも大きな影響を与える問題は何だ?」とたびたび考えていました。そして、辿り着いた結論が「インターネット」 「再生可能エネルギー」「宇宙開発」の3つだったのです。

火星移住計画を提唱

そんな学生時代の夢を叶えるかのようにイーロンは、2002年に「スペースX」という宇宙ロケット開発会社を起業。そして、この男がぶち上げたのが「人類を火星に移住させる」という驚天動地の目標でした。

人類を火星に移住させる。

これだけ聞けばまるでSF映画のストーリーのように感じますが、イーロン・マスクは本気でした。本気どころか、「ロケットの開発コストを従来の100分の1にする」と公言し、「打ち上げに使用したロケットを何度も再利用する」など宇宙ロケット業界ではあり得ない目標を次々と打ち出します。なるほど、ロケットを再利用できればロケットコストは、大幅に減らせます。そして、人類を火星に移住させることができれば、地球上で起こっている環境破壊、お億人を超え100億人にも届こうかという人口爆発などの問題を根底から解決させることができるかもしれません。
しかし、話が飛びすぎていて、ついていけないと多くの人は思いました。ところが、そんな凡人の心配などどこ吹く風とばかりに、イーロンはロケット再利用の妥当性をこう言ってのけたのです。
「飛行機だってロサンゼルスからニューヨークへ飛行したら、それで機体を壊すわけじゃない。向きを変えてロスに向けて飛ばせばいいんだから、ロケットだって同じことをすればいい」
しかし、こんなにもクレイジーな発想を、誰が本気で信じて、誰が支援してくれるでしょ うか。普通に考えれば、ツッコミ所が満載の与太話ともとられます。

そもそもイーロンは宇宙ロケットに関しては完全なる素人でした。ロケット工学を学んだこともなければ、ロケットを打ち上げる知識も、技術も、ノウハウも知りませんでした。そんな人間が簡単に手を出せるほど、宇宙産業は甘くはない。誰もがそう思いました。
これまでイーロンが成功させてきたビジネスは、いわゆるシリコンバレー型です。つまり、 資金がなくても、アイデアとプログラミングの技術があれば、自宅のガレージでだって起業できる。それが当たればお金を生んでいくビジネスでした。
しかし、宇宙ロケット産業は根本的に異なります。
開発するのに膨大なお金がかかる上に、苦労の末に運よく口ケットを完成させたとしても、 打ち上げに失敗すればすべてがゼロになってしまう。リスクが超ド級にでかいビジネスです。 プログラミングのように「バグが出たから修正しよう」という類いのものではないのです。 一度口ケット打ち上げに失敗すれば、何百万ドルという「お金の塊」が一瞬にして海の藻屑 と消えてしまいます。
だからこそ、国家レベルのプロジェクトでしか成し得ない領域で、はっきり言って、ベンチャー起業家が思い付きで参入できる分野ではない。それが業界の常識でした。
しかし、そんな「つまらない常識」がイーロン・マスクに通用するはずはありません。

地球環境が汚染されていくのなら、火星に移住すればいい。
ロケットだって、飛行機のように何度も同じ機体を使えばいいじゃないか。
私なら、100分の1のコストを実現させてみせる。

そんなシンプルかつ大胆な発想で、未来を見据え、それに向けて世界を変えていく。それがイーロン・マスクという男のやり方です。

イーロンがぶち上げた「未来」が少しずつ「現実」になる

イーロンは、誰もが「無謀だ」と吐き捨てたプランを次々と実現させていきます。
2002年に「スペースX」を創業した後、わずか6年で宇宙ロケット「ファルコン1」 の打ち上げに成功。それだけでなく「ファルコン 1」の9倍の推進力を持つ「ファルコン 9」、宇宙船「ドラゴン」を次々と開発し、「ドラゴン」に至っては地球軌道周回を成し遂げ、 国際宇宙ステーションへのドッキングを民間企業として初めて成功させました。
素人社長率いるベンチャー企業がわずか10年で成し遂げた偉業に世界中が驚嘆しました。

しかも、スペースXの「ファルコンロケット」はNASAが作るロケットに比べてコストは約10分の1であったことが後にNA A自身の分析で明らかになりました。そして、イーロンが掲げる「ロケットのコストを100分の1にする」を達成するためには、ロケット再利用が欠かせません。すると、2015年には、打ち上げたファルコン9の1段目ロケットを無事に着陸させることに成功し、全米が沸き立ちました。NASAでさえできなかった快挙でした。
さらに2017年の6月には3日で2回の打ち上げを行い、並行して1段目口ケットの再 利用とその着陸・回 [収を実現させて、開発ペースを加速させています。
イーロン・マスクは物理学的思考でロ ケットを分析し、その結果「ロケットを量産する」ことでコストを格段に下げる という前代未聞の結論に達しました。それはNASAでさえ考えつかない「コロンブスの卵」的発想でした。
スペースXはNASAの技術協力を得 ながらも、NASAの物真似はしません。 ロケット本体もエンジンも宇宙船もすべてスペースXが独自に設計し製造しているのです。
それは、ロッキード・マーチン社やボーイング社など宇宙ロケット企業のライバルたちが外注に頼ってロケットの組み立てを行っているのとは真逆の発想でした。異端の企業スペースXのサイトにはこんな挑戦的なメッセージが躍っていました。
「スペースXは、人々が不可能だと思う任務を成し遂げる会社だ。我々の目指すゴールはムチャクチャに野心的だが、私たちはそれを実現する」と。
イーロンは「毎月ロケットを打ち上げる」と公言しています。家電製品やテレビを作るようにロケットを量産する。それはまさに、ロスから飛んできた飛行機がニューヨークに着陸し、再び口スに向けて飛び立つ姿と完全にダブってきます。文字通り、イーロンの描く未来が一つ現実になるのです。

新車なら「電気自動車」という時代がやってくる

話を宇宙から地球にガラリと変えましょう。なぜなら、イーロンが活躍するフィールドは何も宇宙だけではないからです。多少なりともイーロン・マスクを知っている人にとっては、 むしろ「テスラモーターズのCEO」としての顔の方に馴染みがあるかもしれません。
イーロン・マスクは2004年に電気自動車会社「テスラモーターズ」の起ち上げに参画し、会長に就任し、現在はCEOも兼務しています。

宇宙ロケットと電気自動車
一見すると、まったく関係ない事業を始めたように感じるかもしれませんが、決してそうではありません。イーロンに言わせれば「人類が火星に移住するロケットを作り上げるにはもう少し時間がかかる。それまでに地球環境の破壊が進んでしまうので、排気ガスをまき散らすガソリン車に代わり、世界中に電気自動車(EV)を走らせよう」というわけです。
理屈はわかります。
しかし、そんな巨大な事業を同時に二つも起ち上げるなんて、並の経営者の考えることではありません。しかも、「細々と電気自動車を製造し、少しずつシェアを伸ばしていこう」なんてショボイ発想はイーロンにはありませんでした。

世界で最も売れている自動車を電気自動車にする
イーロンは「電気自動車の年間販売台数を、世界中で1億台にする」と発言したのです。
この数字は「世界中で一年間に販売される自動車の台数」そのものです。つまり、イーロンは「新たに車を購入する人は、すべて電気自動車になる」という未来を実現させようとしているのです。

たしかに、少し前から自動車業界では、いわゆるガソリン車から排気ガスをまき散らさない車(電気自動車や水素燃料電池車)への移行が緩やかに始まっています。しかし、イーロン・マスクほど「本気でガソリン車をなくそう」と考え、実施している自動車メーカーはテスラ創業期の2004年頃にはありませんでした。現実的には「時代の流れは意識するけど、本丸のガソリン車ビジネスは絶対守るぞ」というのが既存自動車メーカーの本音だったのです。

ところが、イーロン・マスクは違いました。彼が目線の先に見据えているのは「自らのビジネスの成功」なんてものではなく、「世界の未来」であり「実現させたい理想」だからです。
イーロン・マスクが凄まじいのは「電気自動車の販売台数を1億台にする」と言うときに、「テスラ車の販売台数を……」とは言わなかったところです。
彼は何も、テスラで金儲けをしたいわけでもなく、テスラの株価を上げたいわけでもありません。「新しい世界」「世の中の未来」を思い描き、創造しようとしているのです。未来の街を走り回っている車が電気自動車であれば、それがテスラだろうが、他社製だろうが構わないのです。
マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツと比較するとその姿勢は対照的です。ゲイツは「世界のすべてのPCに、マイクロソフトのソフトウェアを搭載すること」を目標にし、市場の独占を図りました。ライバル企業は徹底的に撃退して帝国を築き、ゲイツは世界一の大金持ちになったのです。インターネットブラウザーを世界で初めて作り出したネットスケープ社に対しては、マイクロソフトはOSを牛耳っているという独占的な立場を利用して、これを叩き潰したことはPC関係者の間では有名な事件です。
こうしたビル・ゲイツの強欲とも思える姿勢は彼だけでなく、程度の差こそあれ20世紀の経営者にとって、共通であり常識でした。
だからこそ、イーロン・マスクはこれまでにない、極めて特異で興味深いビジネスリーダーと言えます。
事実テスラは、自社で開発した虎の子の電気自動車の重要特許でさえ、一般に無償で公開し、誰もが使えるようにしてEVの普及を加速しようとしています。

ポルシェより速いEVを作れ!

電気自動車がいかに地球に優しかったとしても、長距離ドライブが可能で、スピードが出るといった車としての性能が根本的に劣っていたら、ユーザーは見向きもしません。
もちろん、イーロンはそこにも徹底的にこだわっていて、テスラが開発した第一号であるEVスポーツカー「ロードスター」の最高速度は時速210km。とりわけ、スタートダッシュの素晴らしさはファンを熱狂させました。

すると「ロードスターとポルシェはどちらが速いのか」という話題が沸騰。自動車メディアの「SPEED」がこの対決動画をネットに公開したほどでした。
結果は、0~400mでの対決でテスラが圧勝。アクセルを踏み込んだ瞬間から、ポルシェを置き去りにし、ロードスターは走行性能の素晴らしさをみせつけました。
また、電気自動車最大の弱点といわれる「走行距離」についても、ロードスターは一度の充電で走行できる距離が394km。東京から名古屋までが約360kmですから、充電なしで走破できる距離としては十分です。イーロン・マスクとテスラの優秀なエンジニアたちは、走行距離の面でもガソリン車に引けを取らないレベルを実現させたのです。
しかし、それだけで彼が描く未来が実現できるわけではありません。
ロードスターの販売価格は、じつに10万ドル(約1000万円)。とても一般大衆が手にできる代物ではありませんでした。
イーロン自身もそれはわかっていて「我々のEVはエコカーではなく、プレミアカーだ」

と言ってロードスターを送り出しました。それでも、 一部の金持ちにしか手が届かないのであれば「電気 自動車、年間1億台」なんて未来は絶対に訪れません。

高性能の電気自動車をいかに安く、大量に作るか。

テスラはロードスターの次に高級EVセダン「モデルS」などを登場させながらも、ずっとその難題 に挑み続けてきました。
そして、ついに2017年7月、テスラ初にして待 望の大衆車「モデル 3」(3万5000ドル・約 350万円)が完成しました。真の大衆車と言うには、まだ少し高価な気もしますが、それでも一般の人に手が届くところまできていることは事実です。「モデル3」の期待の高さはその事前の予約台数に現れています。予約台数は10万台を超え関係者を驚かせただけでなく、1台あたり100 ドルの予約金の合計は約5億ドル(約500億円)に達し、売上高は175億ドル(約100億円)にもなるスケールです。それだけの人が「テスラに乗りたい」と思っているわけです。
BMWもメルセデスも凌駕するテスラの大衆向けEV車「モデル3」の人気は極めて高いのですが、問題は、10万台も大量生産できるかです。なぜならテスラはこれまで年間で10万台も作ったことはありません。
本当の大量生産を経験するテスラの真価が問われるのは、これからです。

イーロンの前に立ちはだかる「強力な敵」

イーロンが描く未来の実現には、ほかにもさまざまなハードル(それもとてつもなく高いハードル)がいくつもそびえ立っています。「モデル3」が完成し、イーロンが打ち出した強気の予測通りの量産が可能だったとしても、それですぐに「EVの時代」にガラガラポンと置き換わるかと言うとそうでもありません。
イーロンが革新的なビジネスを展開すればするほど、強力な抵抗勢力が現れ、その相手ともことあるごとに戦っていかなければならないからです。当然のことながら、イーロンの存在を苦々しく思っている人も大勢いるのです。
その巨大な敵とは、たとえばGMなど全米の自動車業界であり、それによりかかる全米ディーラー協会。その背後には石油利権に群がる企業や政治家など「石油族」が控えており、まさに「権力の中枢」とも呼ぶべき相手と対峙していかなければなりません。
「安くて、いいもの」を作れば、それで万事うまくいくほど、世の中はシンプルでも、甘くもないのです。
たとえば、これが「スマートフォンを作る」とか、「新しいSNSを開発する」といった、『シリコンバレー型ビジネス』なら、比較的簡単にいくかもしれません。
なぜなら、それらは新しいマーケットを形成するため、抵抗勢力も少ないからです。実際、ザッカーバーグがフェイスブックを10億人に広めるのに、それほど大きな抵抗勢力は存在しなかったでしょう。
しかし、イーロンがやっているビジネス領域は違います。
「スペースX」の航空宇宙産業にしろ、「テスラ」の自動車産業にしろ、既得権益でガチガチに守られた牙城にこの男は殴り込みをかけているのです。その抵抗たるや、半端ではありません。金と、人脈と、政治力をすべて持ち合わせた「悪の権化」みたいな巨大企業や政治家連中がウヨウヨいて、ドロドロとした巣窟の中でも戦わなければならないのです。
つまり、イーロンは、

まったく新しいテクノロジーを開発しつつ、
自らのビジネスを成功させ、
同時に巨大な既得権者とも戦っていく。

こんな「とんでもないミッション」を、想像を絶するスケールとクオリティとスピードで同時進行させなければならないのです。
しかし、それこそが「世界を変える」「未来を作る」という仕事であり、イーロン・マスクという男の一挙手一投足に多くの人が注目し、ワクワクし、痛快ささえ感じるのでしょう。

イーロン・マスクは「現代のコロンブス」

イーロン・マスクにとって金儲けは目的ではなく、手段です。もちろん、テスラもスペースXも、お金がなければ経営できません。車にガソリンが必要なように、企業にはお金が必要ですが、それはあくまで手段なのです。人は空気と水がなければ生きていけませんが、だからといって人は、空気や水のために生きているのではありません。
イーロンにとってのお金は、会社を経営し、新しい技術を生み出していくための燃料であり、新しい未来を切り開くために必要な手段なのです。

さて、ここまで、イーロン・マスクの宇宙産業と、自動車産業について語ってきましたが、そのほかにも、太陽光での「発電事業」、その発電した電気を効果的にためる「蓄電事業」、まったく新しい交通システム「ハイパーループ」、人間の脳とコンピュータを融合させる「ニューラリンク」など、世界を驚かせる巨大なプランを次々と打ち出し、着実に進行させています。
何度も言いますが、彼は「宇宙ビジネスでカネを稼ごう」とか「電気自動車で儲けよう」 なんてレベルで考えているのではありません。
イーロンは、自ら新しい世界を切り開き、輝く未来を創造するという、ある種の使命感に突き動かされているようです。
今、世界中を見渡して、これほど未来を託したくなるリーダーがいるでしょうか。イーロンのことを知れば知るほど、数兆円もの自分の財産を「あげてもいいと言った」ラリー・ペイジの気持ちがわかります。
イーロン・マスクは現代のコロンブスだと私は捉えています。
約500年前、コロンブスがヨーロッパから西に向けて船を漕ぎだしたとき、「この先に インドがある」という言葉をいったい誰が信じ、まして、そこに新大陸があるなんて、誰が想像したでしょうか。
しかし、実際には新大陸が発見され、多くの人々が移住し、新しい文化と経済を生み、豊かな国家を築きました。
99.999%の人が信じなくても、たった一人の開拓者が信じた未来が現実になるということが、本当にあるのです。誰もが「バカバカしい!」「あり得ない!」と切り捨てる荒唐無稽な発想でも、それを実現させ、本当に未来を切り開く人物はいるのです。
イーロン・マスクの描く未来がどこまで実現するのか。そんなことは誰にもわかりません。
しかし、彼なら、本当に実現させてくれるかもしれない。そんな期待を抱かずにはいられないのです。

イーロンに学ぶ「常識を破壊する力」

本書では、イーロン・マスクの「破壊的実行力」を生み出すAのルールを抽出して、彼の型破りな戦いでの輝ける成功と、目を覆いたくなる失敗を紹介しつつ、イーロンの考え方や行動を紐解いていきたいと思っています。
ともすれば現状に安住しようとする私たちが、世界をつくり変え、未来を創造しようと奮闘するイーロン・マスクから学ぶ点は数多くあるはずです。
そして、たとえイーロンと同じことはできなくても、あなたのすぐ横には「第二のイーロン・マスク」がいるかもしれません。世間の逆風を真正面に受けながら、常識を打ち破り、独創的なアイデアと行動力で世界を変える逸材が潜んでいるかもしれません。
ならば、そんな人のことを認め、応援してあげるのもいいでしょう。
本文ではイーロン・マスクのみならず、スティーブ・ジョブズやラリー・ペイジ、ゼロックス成功の立役者であるチェスター・カールソンの話も登場させますし、松下幸之助、盛田昭夫など日本をリードしてきた伝説のリーダーたちのエピソードも交えながら語っていきたいと思っています。
彼らもまた、紛れもなく「世界をつくり変え、未来を創造した人物たち」だからです。

未来の創造者たちから、私たちは何を学ぶべきなのか。
そんなことを考えながら、ぜひ楽しんで読んでください。

イーロン・マスク 年表

イーロン・マスクの足跡
1971 南アフリカ共和国の首都プレトリアで、三人兄弟の長男として生まれる
1988 17歳 南アフリカの家を出てカナダに渡る
1990 19歳 カナダのクイーンズ大学に進学
1992 21歳 米国ペンシルベニア大へ編入。経営学と物理学を学ぶ
1995 24歳 スタンフォード大大学院に入学。
だが、2日で退学し、Zip2社を弟のキンバル・マスクと共同で創業
1999 28歳 Zip2社をコンパック社に約3億ドルで売却し、Xドットコム社を創業。後にペイパルに
2000 29歳 クイーンズ大で知り合ったジャスティン・ウィルソンと結婚
2002 31歳 ペイパルをイーベイに5億ドルで売却。これによりイーロンは1億 7000万ドルを手にする
宇宙ロケットベンチャー 「スペースX社」を設立、CEOに就任
2004 33歳 電気自動車ベンチャー「テスラモーターズ社」に出資し、会長就任
2006 35歳 太陽光発電ベンチャー「ソーラーシティ社」に出資し、会長就任
スペースX社のロケット「ファルコン1」1号機が打ち上げ失敗
2007 36歳 テスラ社のCEOエバーハードが退任。後継CEO探しで迷走
2008 37歳 テスラ社が高級スポーツカー「ロードスター」を発売開始
ファルコン1が4度目の打ち上げで成功。民間ロケット初の地球軌道を飛行
危機のテスラ社のCEOに就任。妻・ジャスティンと離婚
2010 39歳 テスラ社が株式上場(1956年のフォード以来)。女優タルラ・ライリーと再婚
宇宙船ドラゴンが地球を周回後、無事帰還に成功。民間初の快挙
2012 41歳 宇宙船ドラゴンが国際宇宙ステーションとのドッキングに成功。民間企業初
タルラと離婚騒動
テスラ社がセダン「モデルS」を発売
2013 42歳 高速充電「スーパー・チャージャー・ステーション」の全米展開を開始
時速1200mの高速輸送計画「ハイパールーブ」を発表
スペースXのファルコン9の1段目ロケットが洋上着水に挑戦するも失敗
2014 43歳 次期有人宇宙船「ドラゴンV2」を発表
2015 44歳 – 家庭用蓄電池「パワーウォール」発売
テスラ初のSUV「モデルX」を発売
ファルコン9の1段目ロケットが陸上着陸に成功、史上初
2016 45歳 テスラ社がソーラーシティ社を経営統合
脳神経科学開発企業「ニューラリンク」設立
地下高速道路開発企業「ボーリング・カンパニー」設立
2017 46歳 世界最大のリチウムイオン電池工場「ギガファクトリー」稼働開始
ファルコン9で一度使った機体を再利用しての打ち上げに成功
宇宙船ドラゴンの再利用に成功、史上初
テスラの大衆車「モデル3」発売

竹内 一正 (著)
出版社 : ダイヤモンド社 (2018/1/25)、出典:出版社HP

目次 『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』

プロローグ イーロン・マスクとは何者なのか?
170億円の成功など「ほんの序章」に過ぎない
「世界をつくり変える」ビジョンをぶち上げる!
火星移住計画を提唱
イーロンがぶち上げた「未来」が少しずつ「現実」になる
新車なら「電気自動車」という時代がやってくる
世界で最も売れている自動車を電気自動車にする
ポルシェより速いEVを作れ!
イーロンの前に立ちはだかる「強力な敵」
イーロン・マスクは「現代のコロンブス」
イーロンに学ぶ「常識を破壊する力」
イーロン・マスクのビジネスドメイン
イーロン・マスク年表

Rule01
理想を掲げた現実主義者になる ――ビジョンに実行力を近づける
誰もがワクワクする未来を描く
近未来感に溢れた「新交通システム」
「現実の一歩」を示すからこそ人々の期待感が高まる!
世界は「イーロン・マスクの描く未来」に近づいている

Rule02
社会全体を見ろ、世界の未来を担え! ――スケール感を2段階アップして考える
地球規模のスケール感で考える
「再生可能エネルギーを使うように」と電力会社に要求する
日本企業に求められる「世界視座を持った、自立した企業スタンス」
松下幸之助が大事にした「水道哲学」

Rule03
どんな失敗でも、正面から受け入れる――絶望をモチベーションに昇華する
失敗は成功の必要条件
ロードスターの出荷が遅れるなど、テスラはトラブル続き
「ファルコン 1」は打ち上げ失敗の連続
スペースXは「宇宙の宅配便」
アメリカにおける宇宙産業の光と影
タフなハートがなければ「未来の創造者」になんてなれない

Rule04
ギブン・コンディションを超える ――「ワク」を取っ払う図太さ 与えられた状況に甘んじるな
大きく見ながら、細部にこだわる
ハードワークを恐れない
「普通の仕事」に安心するか、ボイコットするか
車にソフトウェア・アップデートを行う

Rule05
ひとつの成功なんかで満足しない――21世紀を切り拓く起業家の正体
イーロンが連続起業する理由

ビル・ゲイツより金持ちになったかもしれない男 それは、人生を賭けるに値する仕事なのか 人間の知能レベルを飛躍させる 聖人君子ではない 脈々と受け継がれる「開拓者」のDNA …… 2世紀は開拓者の時代だ

06
Rule
最後はトップがリスクを取る ――やり抜く組織はリーダーがつくる イーロン、最大の苦境 すべての投資家が見捨てても、私がテスラを支える! 商品を世に出すまでに2年かかった男と、その理解者 テスラ車の自動運転で死亡事故が起きた時 死亡事故でわかるトップの覚悟

Rule07
常識は疑え、ルールを壊せ
絶望をモチベーションに昇華する
業界の慣習を破る
テスラの前に立ちはだかる巨大な敵「全米ディーラー協会」
松下電器も苦しんだ「販売ルート」の変遷
MITの「不服従賞」? 常識を壊せば、そこから未来が見える

Rule08
すべてを、ハイスピードで実行する ――頭脳とフットワークの両輪を回す
スピードのあるジェネラリスト
専門家を束ねる指揮者となる
インプットに比べて「人間のアウトプット」は凄まじく遅い
誰もが熱中した「プログラミングの時代」
21世紀を生きるすべてのビジネスパーソンに求められること
ICBMを買いに、ちょいとロシアまで
輸送中に「ファルコンロケットの機体」がへこんでしまった

Rule09
相手が強敵でも、怯まず戦う
―攻撃は合理的かつ客観的に
ニューヨークタイムズとの戦い
データをもとに理詰めで反論していく
「エンタメの巨人」を相手に一歩も引かなかった盛田昭夫
米国防総省や公正取引委員会まで敵に回す
ドラゴンV2で有人飛行へ挑戦

Rule10
常にオープンであれ ―自ら「矢面に立つ」覚悟を持つ
すべてを公開して協力を得る
業界の外側にいる「大衆」を味方につける
オープンにしたくないこともある
「電気自動車の要」の特許を無料公開するわけ
特許を公開することで業界を活性化させる

Rule11
本質に立ち戻って考える――日本企業にこそ必要な思考法
すべて当たり前だと思わない
「料理は科学だ」を実践している老舗料亭の料理人
「なぜ」を繰り返すことで本質に迫っていく
トヨタに引き継がれている「本質に立ち返る精神」
企業には4つのフェーズが存在する
なぜ、日本の大企業はイノベーションを起こせないのか?
本質に立ち戻ってわかるロケット再利用の方法

Rule12
世界を変えるビジネスモデルを構築する――点から線に、線から面に拡大せよ
新たな価値を創造する
テスラは「サスティナブル・エナジーカンパニー」になる!
「太陽光発電の未来」はすぐそこまで来ている

Rule13
時流に乗り、大勝負に出る――勝敗を分けるタイミングの見極め方
世界最大のリチウムイオン電池工場を建設
経営とは「後ろしか見えない車を運転するようなもの」
時流を読めば「無茶」は「飛露」へと変わる
イーロン・マスクの大勝負は規模を拡大させながら続いていく

Rule14
株主の言うことなんか聞くな! ――ぶれない信念が壁を壊す
最大の敵は「株主」
「株式会社」と「株主」の微妙な関係
火星ロケットBFRを打ち上げろ
危機の時こそ、冷静に判断する
未来を託したくなる男

参考文献

竹内 一正 (著)
出版社 : ダイヤモンド社 (2018/1/25)、出典:出版社HP